2019.09.29
アクセス実践講座・第3回
「認知症に対応した鑑賞プログラム」
日時|2019年9月29日(日)13:30~16:30
場所|東京藝術大学第3講義室
講師|林容子(一般社団法人アーツアライブ)
全8回で構成されるアクセス実践講座の第3回目を行いました。第3回目は、一般社団法人アーツアライブの林容子さんを迎え、認知症に対応した鑑賞プログラムに携わる経緯と、現在のご研究、また、超高齢化社会が抱える課題に対しアートができることについてお話を伺いました。
日本の現在の状況について林さんはこのように説明します。
「日本は世界一の超高齢化社会です。65歳以上の人口が今年度の6月で全体の28%、すなわち4人に1人以上が65歳以上。これが2060年までには33.9%、3人に1人が65歳以上という、超超高齢化社会を迎えるっていう現実があります。今のままでは立ち行かないということがよくわかると思います。
現在認知症を患う高齢者数が500万人。さらに大きい問題は、都心部においては特に独居高齢者が多い。独居高齢者が700万人います。財政負担も非常に大きい。GDPの30%が社会保障でそのうちのなんと78%が高齢者向けになっています」
このような社会的課題に対し、これまでの林さんの活動の経緯とこれからをお聞きしました。
アートマネジメントの道へ
大学で美術史を専攻していた林さん。卒業後は、美術の仕事に想いを残しながらも貿易を扱う仕事につかれたそうです。「ペッパーミル」や、ホテルのポーターが使う機能性が高くエレガントな「ワゴン」など、当時はまだ日本に存在しなかった海外の文化を輸入し一般に広めていく仕事に心血を注がれた時期がありました。ビジネスの現場で様々なご経験を積まれた林さんは、アメリカの大学院で「アートマネジメント」という分野に出会います。アートマネジメントについて学ぶため、ニューヨークに渡った林さん。講義は、林さんがどのように「アートと福祉」の出会いに立ち会ったかというお話に続いていきます。
アートと福祉との出会い
海外で様々なアートプロジェクトに立会い、特に欧米の企業や社会全体が「アート」に大きな価値を見出す文化に驚いた林さん。1999年にイギリスで行われた国際シンポジウムに出席し、病院や施設を視察したことが、アートと福祉に関わるきっかけだったそうです。
「入院している方、高齢の方、リハビリ中の方、外出することができない方々にとって、アートがものすごく必要なものなのだということに気づかされました」
当時の日本では病院や施設は、アートとまったく無関係な世界だったと、林さんは言います。そんな中、林さんはどのようにアートと福祉を繋げていったのでしょうか。
福祉の現場にアートを持ち込む
「一番大変なのは、活動の許可を取るということなんですね。アートが健康に寄与するという意識が浸透していないので、アーティストが来てとんでもないことをされては困るという不安が施設側にあるのです」と、林さんは回想します。
そこで、ある高齢者施設を訪れた際、林さんはまず「何か困っていることはないですか」と聞いてみたのだそう。
すると、
「利用者が部屋にこもったきり出てこない」
「同じような作りの部屋ばかりで、自分の部屋がわからなくなってしまう」
という“困りごと”が見えてきました。
そこで林さんは、教え子である武蔵野美術大学の学生とともに各部屋の障子に絵を描くプロジェクトを始めます。その部屋の利用者の楽しかった思い出を聞き、その様子を学生が絵にしていく中で、「着物はこんな柄だった」、「今の私もここに入れて」と様々なコミュニケーションの中で、利用者と学生が一緒に作品を制作していったのだそうです。
この活動を始め、認知症の方のための施設などでも活動の場を続けていた林さん。2009年には、一般社団法人アーツアライブを設立します。
アーツアライブでは「アートリップ」というプログラムを行なっています。アートリップは、認知症の方と美術作品を鑑賞するプログラムです。アーツアライブでは、アートコンダクターと呼ばれるファシリテータを育成し、プログラムを実施しています。
認知症の方との美術鑑賞について、林さんは次のように語ります。
「日本の高齢者のレジャー白書では、一番やりたいことは旅行なんですね。それから、ハイキング。その次にくるのがこの美術鑑賞なんです」
実際にプログラムを行うと、これまで笑わなかった方がニコニコとお話をしながら楽しそうに鑑賞する様子が見られることもよくあるそうです。
認知症で認知の機能が低下しても、「感情」が最後に残ることに着目し、「感情」の部分に直接作用するアートの効果をを認知症予防に取り入れることを提唱されています。
国際シンポジウムの成果
2018年10月、国立新美術館にて「アート・記憶・高齢化:アートを通した“認知症フレンドリー社会”の構築」というシンポジウムを開催されます。このシンポジウムでは、欧米で美術館や劇場といった芸術団体が認知症当事者と家族の為のプログラムを企画実施し、介護の現場でも芸術が認知症当事者の症状の緩和や、QOL(生活の質)を向上させることに注目し、米国、英国、オーストラリアという同分野の先進国より第一線の研究者、実践者を迎えて国内外の先端事例を紹介し、芸術、アートの力は“認知症フレンドリー社会”の構築にどう寄与することができるのか、その実現に向けての課題について考察が行われました。国内外から、医療関係者、美術館館関係者など約230名が参加したそうです。
認知症に処方されるアート
海外では、認知症に効果があるとして、美術鑑賞が処方されるというニュースが報道され記憶に新しいところです。人々のwell-being(心身ともに病気ではない、虚弱ではないというだけでなく、肉体的・精神的・社会的にすべてが快適で幸せな状態)にとって、アートに触れる機会を持つのは、ヒューマンライツ(人権)として尊重されるべきという考え方が広まりつつあります。
林さんは力強く語ります。
「私の夢としては、日本は今はアートがリハビリ療法の対象にしかなりませんが、将来は音楽やアートとか、そういった活動が介護保険や医療保険の一部でまかなわれていくべきだと思っています。ずっとアートリップのプログラムを始めた2012年の頃からそう思って活動しています。最終的にアートというものが医療に組み入れられていくということに繋がっていくために、もっともっと、説得力を持ってそれを証明していく必要があります」
アートを介して社会課題に立ち向かう1人のアクティビストとしての林さんの信念と力強さに胸を打たれた林容子さんの講義でした。
(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)