2019.10.17
東京都美術館ギャラリー「伊庭靖子展 まなざしのあわい」会場及びホワイエにて、8月25日(日)に、とびラー企画のワークショップを開催しました。
作品の対話型鑑賞・写真撮影・スケッチ・缶バッジ制作という、鑑賞から表現につながるこのプログラムには、当日受付で45名の方にご参加いただきました。
「見ること」を意識的に行うことで、作品の鑑賞を深めるとともに、自らのまなざしで発見したものを表現し、「見ること」のおもしろさを感じることがテーマでした。
<伊庭靖子さんの作品制作の過程にヒントを得たワークショップ>
「対話型鑑賞」→「モチーフを配置して写真撮影」→「スケッチ」→「缶バッジ制作」
どうして、このようなプログラムになったのか、なぜ写真撮影をするのか、まずは、その背景についてお伝えします。
伊庭靖子さんの作品の鑑賞を深めるための対話型鑑賞のワークショップの企画を考えていた時に、伊庭靖子展のとびラー向け事前勉強会がありました。そこで伊庭さんの作品制作について知ったことが、このプログラムを考える出発点になっています。
実物を見て描くのではなく、写真に撮って、そこに写っているものをもとに描くという伊庭さん独自のスタイル。近作では、アクリルボックスの中にモチーフを入れて、モチーフの質感やそれがまとう光を描き、その周囲の風景を表現しているということ。そして、今回の展示のために、東京都美術館内で撮影した写真をもとに描かれた作品があること。
それらのことに興味を持った私たちとびラーは、実際にその制作過程に倣い、小さなアクリルボックスに入れたモチーフを撮影してみました。光の反射によるさまざまな映り込みによって現れた世界に、自らの見ているものについての意識が揺さぶられるような気がしました。普段は意識して見ていなかった、眼とモチーフの間にある光や空気や周囲の景色の織りなす不思議な世界に驚きました。自らの眼とモチーフ、モチーフと空間の「あわい(間)」にあるものを感じ取れたら、作品の世界に近づけるかもしれない。「見ること」を考えるきっかけにもなりそうだと考えました。そこで、伊庭さんが制作のために写真を撮った、その同じ空間で写真を撮る体験を、プログラムに入れることにしました。これは、東京都美術館だからこそ出来るスペシャルな体験です。
さらに、伊庭さんが写真を撮ってそれをもとに作品を描いていることをふまえ、参加者も自ら撮った写真の中で心惹かれた部分を色鉛筆でスケッチすることにしました。そして、その描いたものを缶バッジというアートにして持ち帰っていただくことにしたのです。
こうして、作品を見て対話型鑑賞をし、自らの眼でモチーフを見て、撮影をし、その写真をもとに感じたものを描くという、「鑑賞」から「表現」へとつながるプログラムとなりました。
<実施当日の様子>
①プログラムの受付をします。
参加者は、受付のあと「伊庭靖子展 まなざしのあわい」を鑑賞し、グループで鑑賞をする作品の前に集合します。
②グループでお話をしながら作品を鑑賞します。
今回の展覧会のために、伊庭さんが東京都美術館館内で写真を撮り、それをもとに描いた作品をじっくりとグループで鑑賞。作品の中に描かれた光や空気感、モチーフの質感、描写など、お話の中でいろいろな発見を共有しました。
美術館で初めて出会った参加者が、アートを通じてつながっていきます。
作品の前で、他の参加者の発言に、みんな聞き入っています。
みなさんと対話をしながら鑑賞するのは楽しくて、ファシリテーターも笑顔です。
言葉の1つ1つに込められた思いを受け取って、共有していきます。
気づきが言葉になって出てくる瞬間。時には、マンツーマンで参加者に寄り添います。
グループでの鑑賞のあと、とびラーから、伊庭さんが制作過程で写真を撮ってそれをもとに描ていること、鑑賞した作品が、アクリルボックスの中にモチーフを入れて、東京都美術館館内で写真を撮ってから描かれたことなどもお話ししました。
参加者は、自分が立っているのがこの作品に描かれた風景と同じ空間であることに、驚いたり、感動したりしていました。
③アクリルボックスの中にモチーフを配置し、iPadで写真撮影をします。
展示室を出たところで、伊庭さんと同じように自らモチーフを選んで配置し、アクリルボックスを被せて、見え方の変化を観察します。とびラーが寄り添い、アクリルボックスへの映り込みによる像と実像、光の反射、周囲の景色との関係性など、角度やアングルを変えて、いろいろな見え方をあじわいます。
「どれがいいかな?」綺麗な瓶を嬉しそうに手に取っています。
モチーフを選んで配置を決めるところから、作品を描くことが始まっています。
「モチーフを置く位置は、どうですか?どんな方向から撮りますか?」「こんな感じで!」
親子での参加者。撮影の順番を待つ間も、他の方の撮影を真剣に観察されています。
「見え方はどうですか?この角度でいいですか?」背景の景色、光の反射などを確認中です。
撮影場所のホワイエにも、美術館入口の景色が映り込んでいます!
伊庭さんが写真を撮られたのと同じ空間で、みなさん「見ること」に集中しています。
写真を撮影している時のワクワク感が、寄り添っているとびラーにも伝わってきます。
「どの写真がお気に入りですか?」何枚か撮った中からプリントする写真を選びます。
プリントを待つ間にも、参加者同士で写真を見せ合ったりして、和やかな雰囲気です。
同じ場所で撮っても、1つとして同じ写真は存在しませんでした。1枚1枚の写真にも個性が現れています。
④プリントした写真を見てスケッチします。
写真を見てみると、眼で見ていた時に気づかなかったものが写り込んでいたり、反射光で見えなくなっているところがあったり、またまた新しい発見があったようです。
写真の中で特に心惹かれた部分を探し出し、それを色鉛筆でスケッチします。何十年ぶりにスケッチをされた方も、絵を描くのは苦手だとおっしゃっていた方も、とびラーとおしゃべりしながら楽しそうに、あるいは真剣に集中して、描いています。ここでは、お好きなだけ時間をかけてゆったりと作品に向き合っていただきました。
ここでは、みなさんは「鑑賞者」から「アーティスト」になっています。
「この写真の中で、一番いいな面白いなと思ったところはどのあたりですか?」
写真をよく見て、色や光を観察しながらスケッチされていました。
缶バッジに切り取る前に、時間をかけて描いた作品を携帯で写真に撮り、保存された方もいました。
「小学校以来、久しぶりに絵を描きました。東京の美術館て、面白いことやっていますね!」
などというご感想もお聞きすることが出来ました。
④スケッチしたものから缶バッジを制作します。
プログラムの最後は、スケッチに表現したものからお気に入りのところを切り取り、缶バッジにします。缶バッジの大きさに切り取る箇所によって、缶バッジの中の絵は大きく変わってきます。イメージ通りに描けたところ、デザイン的に面白いところ、色の気に入ったところなど、丸いスコープをあててそれらを探すのも、意識的に「見る」ことに繋がります。
直径3センチの円でトリミングした構図を決めるところです。
缶バッジが完成した瞬間、「わぁ、素敵!」「おお〜!」と参加者ととびラーの歓声が上がります。
世界に1つだけの缶バッジができました!
参加者のお顔がパアッと明るく輝くのを見て、とびラーたちも感動します。
マットなフィルムで仕上げた缶バッジ。とても落ち着いた味のある雰囲気になっています。
早速、胸につけて帰られた方も多かったようです。この缶バッジを見て、東京都美術館でのひと時を思い出していただけたら、嬉しいです。
⑤感想と写真を掲示します
参加者の撮影した写真は、1枚はお持ち帰り、1枚は感想とともに残していただきました。
「今回のプログラムはいかがでしたか?」とびラーと参加者の会話も弾んでいます。
感想コメントのいくつかをご紹介します。
・意識をして光の行き先を考え、ガラスの器を置いた。日常の空間で見過ごしがちな物、光、空気を感じることができた。アクリルBoxとカメラの力を借りて見えないものが見えた気がした。
・とびラーさんやグループの皆さんとの会話をしながらの鑑賞、とても刺激になりました。この様なワークショップ初めてで、真剣に楽しく取り組むことができました。
・伊庭さんの作品を鑑賞してから、実際に伊庭さんと同じような制作体験が出来て嬉しかったです。いただいた写真も記念、大切にします。バッジはすぐに服につけました。
・伊庭さんの作品の独特な美しさ、やすらぎを感じるひと時でした。絵は難しかったですが、久しぶりに楽しい時間でした!
・自分のまなざしを疑いながらぼんやりとその空間を楽しむことができました。一人で見るのと対話をするのと違った見方が出来てとても気持よいです。感謝。
・久しぶりに絵を描きました。楽しかったです。苦手、いらないと思っていましたが、出来上がるとうれしいものですね。対話は時間が短く感じるほど皆さんと盛り上がりました。のんびりとでした。
・対話、写真撮影、制作とさまざまな体験が出来たのが楽しかった。撮影の際には、アクリルや部屋の照明など予期しなかった要素の影響が新鮮で、もっとよく見たいと感じました。
・展示されている作品を見てこのワークショップと同じ空間であの豊かな作品が生まれたことを知り、衝撃的でした。
・作品を鑑賞するだけでなく、アーティストと同じ目線で作品創りができ、楽しみながら感性を磨くことができました。
「東京都美術館ニュースno.460」には、伊庭靖子さん自身の展覧会への思いとして、このような言葉が記されています。
「来館者の皆さんには、眼でみるだけではなく、五感でみて(感じて)欲しい。“見る”ことをあらためて意識する機会になったら嬉しいです」
このプログラムの参加者の方々の感想にも「見ること」の意識の変化が記されているものがありました。ワークショップ終了後、もう一度伊庭さんの作品を鑑賞するために再入場されている方もいました。最初に作品を鑑賞した時とワークショップの後で鑑賞した時とでは、見方に変化があったでしょうか。
「伊庭さんの作品て、素晴らしいなあ、深く鑑賞したいなあ。参加者にもその素晴らしさをあじわっていただきたいなあ。」というところから始めて、企画し準備を重ねてきましたが、このように参加者のみなさんとご一緒に伊庭さんの作品を深くあじわい、「見ること」についていろいろな発見をし、そのおもしろさを共有することができたことを、本当に嬉しく思っております。ご参加いただいたみなさまに、心より感謝申し上げます。
企画から実施まで、熱い思いを胸に、素晴らしいチームワークで走り続けたメンバーです。
執筆:原田 清美 (アート・コミュニケータ「とびラー」)
とびラ−3年目です。趣味は、写真とダイビングです。
とびラーになって、アートと人と美術館の出会いに、たくさんの
感動やプラスの刺激、そしてエネルギーをいただき、感謝しています。今、私の大切なものを3つ挙げるとしたら、「人・自然・アート」です。これからもアートに関わる活動を続けていきたいと思っています。