東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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Archive for 1月 26th, 2020

2020.01.26

1月26日(日)、「ハマスホイとデンマーク絵画」開催中の東京都美術館で「とびらボードでGO!」を開催しました。

 

 

「とびらボードでGO!」とは、とびらプロジェクトがスタートした2012年から行ってきたプログラムです。
東京都美術館の特別展で中学生までの子どもたちに貸し出されている磁気式のお絵かきボード「とびらボード」。展示室で気に入った作品をその場でよく見ながら描画することができる道具です。でも、ボードを返却してしまうと、せっかく描いた絵が消えてしまい残りません。そこで、「とびらボードでGO!」では、描いた絵をポストカードにプリントアウトして塗り絵をして持ち帰ってもらいます。「お家に帰ってからも美術館での時間を思い出して欲しい」というとびラーの気持ちから生まれこのプログラムでは、「作品を見る」という行為をゆっくり、じっくり体験することができます。

 

今回は、しばらく実施がなかったこの「とびらボードでGO!」を、もう一度蘇らせよう!というとびラーたちの強い希望によって実施されました。多くの子供たちに是非体験してもらいたいと思ったのです。

 

「ハマスホイとデンマーク絵画」は、少し落ち着いた大人向けの展示内容なのかなと思っていました。実際に子供たちが、どのような作品に関心を示すのか私たちとびラーも興味深々でした。

当日は1日で40人の子供たちの参加がありました。この日の活動を振り返ってみます。

 

 

●まずは、チラシ配布で「とびらボードでGO!」をご案内

ロビー階に、案内の掲示板を設置して、お越し下さった皆様にアピール。
そして、チラシも配布しました。

 

チラシを配布するときに、とびらボードの現物と完成版のポストカードのサンプルを持参し、具体的にプログラムの内容がわかりやすく伝わる工夫をしました。
すると多くの子供たちが「なーに、これ絵描くの?」「面白そう!」「やりたーい」と興味を持ってくれました。「ハマスホイとデンマーク絵画」展に来た子供だけでなく、公募展にやってきた子供たちも興味を持ってくれました。書道展に来場した子供たちが、一度見終えて帰途についたものの「やりたい!やりたい!」とせがむので、また都美に戻って来てくれて参加してくれたご家族もいました。とっても嬉しかったです。

 

●展示室の入口前に設置された「とびらボード」の貸出場所。ボード配布担当のとびラーがお迎えします。

 

やって来た子供たちにボードを手渡し、とびらボードの使い方を説明したり、肩から掛けるヒモの長さを調節したりして準備をします。

 

「使い方はわかるかな?」「ボードのひもの長さは大丈夫?」「絵は書き直しできるよ。こうすると消えるからね」 とびラーが優しく子供たちに説明します。

 

 

さあ、展示室へ行ってらっしゃい!とびラーたちがお見送りします。

 

●展示室の中では、どうかな?ちゃんと描いているかな?ちょっと様子を見に・・

 

 

描いてる・・・・描いてる・・・みんな集中して真剣に描いています。
本物の絵画の前で描けるなんて、とっても贅沢な時間ですね。
ボードに描く姿がなかなか様になっています。小さな芸術家たちですね。
みんな、ちゃんと自分のお気に入りの絵を探していて、楽しそうに描いています。
会場内のスタッフさんたちも、静かに暖かく見守ってくださっていました。

 

 

一生懸命に描く子供の姿に、「こんなに集中して、真剣に絵を描く姿を初めて見た」とか
「新しい一面を発見した」とおっしゃる保護者の方もいらっしゃいました。
子供がまだ親の前で見せていない一面を知ることが出来る・・・子供たちが内に秘めている可能性は無限ですから、いろいろな体験・経験をしていくことは大事ですね。

 

 

●書き終わったら、2Fの休憩所でオリジナルポストカードを制作

展示室を出たところにある2Fの休憩室では、とびらボードに描いた絵をスキャンしてパソコンに取り込んで印刷する印刷チームが子供たちを待っています。

 

 

「おかえりなさい。どんな絵が描けた?」とお出迎えします。
「わあー、こんな絵描いたの?面白いね~。これは入ったところの隅にあった絵かな」
「そう。大当たり!」と嬉しそうに顔をほころばせる子供。色々なおしゃべりをしながらプリントします。

 

 

スキャナーで読み込みます。

 

 

「はい、プリントできましたよ」
アッという間に、さっき描いた絵がポストカードに変身しました。
「わあ、上手にできたね。」嬉しそうにカードを受けとる子供たち。

 

さて、次は、隣のぬりえコーナーへ移動します。
印刷したポストカードに色を塗って完成させます。とびラーも寄り添い、保護者の方々も、じっくりと仕上がりを見守ります。

 

 

「この絵のどこが気に入ったの?」ととびラーが問いかけると、様々な答えが返ってきます。「この人が面白かったから」「どんなところが面白いと思ったの?」「うーんとね・・・・」対話する中で、子供たちがどう考えたのか?どう感じたのか?をコミュニケーションによって顕在化していくと、子供たち自身や保護者の方々、そして私たちとびラーにもいろいろな気づきがあるのです。

 

 

「あれ~?どんな色だったかな?」思い出しながら、図録も見ながら、思い思いの色を塗って仕上げていきます。「もう一度、見て来ていい?」と展示室へ再び赴く子もいました。
本物の絵画を何度も見ながら絵が描けるなんて、なんと幸せな体験でしょう。
みんな、とっても楽しそうに一生懸命制作中です。色を塗っている子供たちの集中力には、びっくりしました。
これが「とびらボードでGO!」の魅力なのです。

 

 

子供たちのそばで、見守るとびラーや保護者の方々の暖かいまなざし・・・そこでは、とっても穏やかで良い空間が生まれていました。これこそが、デンマーク人が大切にしている価値観『ヒュゲ』的な空間だったといえるでしょう。
※ヒュゲ(hygge)とはデンマーク文化の特質の一つで、デンマーク人が大切にしている価値感。くつろいだ、心地よい雰囲気のこと。

 

●「こんなのできたよ!」みんなの自慢の作品とニッコリ 

 

みんな、とってもいい顔をしていますね。素敵な作品ができて良かったね。
「楽しかった」「もっと描きたい」「また、やりたい。」などなど、子供たちから嬉しい言葉を一杯いただきました。

 

●完成したカード

 

 

 

 

 

 

 

みんな、どれもユニークな着眼点で、素晴らしいですね。細部まで良く観察していたり、自分なりの解釈で描いていたり、発想も個性的で驚くばかりです。
それぞれ注目しているところが違っていて、絵の選び方も一つとして重複がなく、みんな異なった作品を選んでいることにもびっくりしました。

 

●今回いただいた感想

保護者の方からも、「とても、楽しかったです。次回はいつですか?」という嬉しい質問がありました。次回も是非お越しいただけることを願ってやみません。

とびらボードを体験したたくさんの子供たちが大きくなって「あのとき楽しかったな」と思い出してくれることがあると想像するだけで、とても嬉しい気持ちになります。

参加してくださった皆様、どうもありがとうございました。是非また、家族やお友達と美術館にお越しください。そしてまた、とびらボードを使って絵を描いてください。みなさんの力作と笑顔を見るために今後も「とびらボードでGO!」を開催したいと思っています。

 


執筆|今井和江(アート・コミュニケータ「とびラー」)

子供たちが自分の描いた絵を持ってニッコリ微笑んでいる写真を見ると幸せな気持ちになります。もうすぐとびラー任期満了ですが、今後も何らかのかたちで子供を笑顔にできる活動に携わりたいと思っています。

2020.01.26

本格的に冬の寒さを感じ始める12月6日の午後、久々となる大学の雰囲気にそわそわする我々の前に登場されたのは、建築学科の長田美波さん。
制作活動の熱気を感じる工房でのインタビューは、全く予想していなかった長田さんの一言から始まりました。

 

卒業制作のタイトルをサーフィンとしていて・・・

 

—あの、波に乗るサーフィンですか?

 

はい。揺れ続ける大地の上をまるでサーフィンするかのように、ただ漂うだけでも埋もれたりするでもなく、漂う中で決めポーズを取るような構築物を、今考えています。

 

最初に、1億5千万年前から日本列島がどのようにできてきたかを表すビデオを作りました。再生するとだんだん形が見えてきて、現在の姿に、そしてこれが5万年後の日本列島。

 

 

—5万年後も予想できるんですか?!

 

はい。日本列島全体の地質の分布等をリサーチし、海の底でできた層、火山性の層、というように性質によって大まかに色分けし、800万年前、現在、5万年後の図を作りました。

 

次に今進めているのが、地球上のある一点を中心としたリサーチです。

 

 

この図はよくある平面図ではなく、円錐断面図と名付けたオリジナルの図法です。地中の動きがあるから平面図が表せるのですが、私は平面図という結果より、その原因の方に興味があったことがきっかけとなり、円錐断面図を発明しました。

 

—長田さん自身で考案を?

 

そうです。書き方としては、地球上のある一点を選び、そこを中心に円錐形のコーンでくり抜いた時、円錐面に表れるであろう地層や核、マントルを展開して図にします。我々が生活している地表面と地球の一番深い所やプレートの動きなどを一度に可視化できる方法はないかと考え、この図法を作りました。これまで、平面図上のある一直線について表された地中の断面図はあったのですが、どの方角からどのくらいの力で押されて地層ができたのかは分かりにくいものでした。円錐断面図では方角、また地層の厚みがわかるので地層が流れてきた方向が予想できます。

 

 

—建築学科の卒業制作のイメージは建物だったんですが、こんなに地質学的なこともやるんですね。

 

個人の興味、私がやりたいからやっているというのもあります。この図だけでは断片的なので、経過が見える一枚のドローイングとして、例えば、この時代にここの火山が噴火して地層が流れてきたとか、断層の線がどのように変化してきたとかが、コマ送りのアニメのような一連の流れでわかるようにする予定です。国土地理院のデータベースや日本地方地質史などを読んでいたら楽しくて。ただ、私の頭に入っているだけでは人を説得できないので、データの形にして出そうと思っています。

 

 

—自分の欲しい年代の資料が手に入るものですか?

 

それが、なかなかないんです。その年代に何が起こったか活字資料には書いてあるのですが、何万年も前の地質を実際に見ている人はいないので、概念図ばかりです。ボーリングデータを集めて、あとは想像で補いながら線を書いていきます。地面の下まで計算している所をいかに伝えるか。読みやすい図面とするために4年間勉強してきたことをちゃんと活かさないと、と思っています。

 

 

タイトルをサーフィンとしているのは、動いている大地の上を流れていく中で、決めポーズを決めるような構築物を考えているからです。具体的には、地質の動きを使って構造物にこんなことが起こったら面白いというアイデアベースのスケッチをし、そのアイデアを実際に使えそうな場所で組み立て、一つの設計にしています。

 

 

諏訪湖の周りを敷地に選んだ理由は、構造湖で、フォッサマグナの地域だからです。東と西の地質がずれ、その谷地にできた湖ということです。諏訪湖自体もどんどん南から北の方に移動しています。その諏訪湖を中心に南と北の2カ所に設計物を置くと、時代によって漂流していきます。

 

 

—この構造物はどんなアイデアが元になっているんですか?

 

構造物の一方に片持ちのめちゃくちゃ小さい机を置いておくと、将来動いていって、ある時代のみもう一方に架け渡され、一瞬のティータイムができる机になる。しかしまた流されていくので、いずれティータイムはおしまい、というアイデアです。

 

—瞬の長さはどれくらいの時間ですか?

 

5千年以上です。

 

—結構長いような気もしますが、地球の歴史からするとやはり一瞬ですね。

 

ほか、諏訪湖は日本の中でも最も沈降の激しい場所なのですが、この歪んだ形の梯子は接線が移動していくので、どの時代でも登れる場所が必ずあるというアイデアです。ある時代において一方は無用の長物ですが、一方は有用であるというように、様々な梯子や階段を並べておき、どこか一点は使えるようにします。これが決めポーズです。

 

—決めポーズと呼ぶのがユニークですね。

 

 

他の言葉が思いつかないというのもありますが・・・
建物が決めポーズをしている、日常的に建物を使う私達からするとちょっとへんてこな形だけど、使おうと思えば使える。あっちを立てればこっちが立たずというようなバランス感覚の中で建築がどう振る舞うか。ありきたりな梯子をかけるより、梯子自体の形を変えてしまって、それが揺れ動く大地とアフォーダンスする、といったことを考えています。

 

—すごい!おもしろい。そこまで長いスパンで建築を考えるって珍しいですよね。

 

建築の寿命がコンクリートで大体4〜50年だからというのもあります。私の設計物は純粋鉄、世界で最も安定している物質を使うことを想定しています。

 

—完成はしているけど、変化し続けているような印象もあります。

 

ところどころ完成は起こっていますが、違う所では不十分で、ださい感じ。でも5万年したら決めポーズになっているようなイメージです。

 

—5万年単位の話が出るとは思っていませんでした。私達には地面は一つのものに見えますが、長田さんから見るといろいろな要因の集合体なんですね。構造物の用途は何を想定していますか?

 

用途というよりは、形そのものが持つ意味が浮き彫りになってくるような成果物を目指しているので、具体的には設定していません。

 

 

—これは?駅ですか?

 

これは丘です。今は川で、5万年後は湿地になってしまうであろう場所で、水だけ流して丘を作るというアイデアです。階段の踏み面には花崗岩のような風化しやすい石を詰めておいて、沈降に伴って踏み面が切れていって、導線がつながるような想定です。

 

—人工物だけでなく、丘も構造物の一部として扱うんですか?

 

そうですね、今サーフィンの言葉の定義を考えているのですが、サーフィンという行為を作っているのか、サーフボードを作っているのか、サーファーを作っているのか、波そのものを作り変えているのかというのは自分の中で悩んでいて・・・ティータイムはサーフボードの形の設計をして、それを人間がどう使うかに当たると思います。

 

 

—方、丘をつくることは、波を作り替えてしまうことにも当たるかな、と思います。今あるもので言うとダムなどが該当すると思うのですが、基本的に建築というのは元ある土地を乗り越えるためのものです。しかし私は、乗り越えるだけではいつか溺れていくような気がするので、溺れずに決めポーズをするための建築を作りたいと思っています。

 

それぞれの設計物で地質の動きを利用しているという点では同じなのですが、諏訪地区の南は非常に古い地質、北は火山の噴火の影響を受けるという地質の差があるので、それぞれの特徴を使いながら、決めポーズをいかに決められるかを考えています。

 

—南と北の設計物に相関性はあるんですか?

 

あります!引いて見ると、ちょうどそれぞれが直角になる瞬間だったり、軸線を持つ時代が来たりするように考えています。

 

—緻密!完成のイメージはドローイングと、模型ですか?

 

はい。模型づくりに当たって一番テンションが上がっているのは、この間諏訪湖に行った時、石を拾えたことです。たまたま居合わせたおじいさんからその場所でしかとれないような珍しい石を貰えたので、石を置いて、その上に模型を立てて、というように敷地の表現に使おうと思っています。

 

 

—石が好きなのも、やはり地面への興味からですか?

 

そうです。諏訪湖で石をくれた方とも建築の話を一切しないで、地質の話ばかりしていました。

 

—昔から石や地質が好きなんですか?

 

昔からというわけではないのですが、建築を始めたきっかけとしては、地面の下のことが気になったからです。

 

—そこで、地質学ではなく建築を選んだのはなぜなのでしょうか?

 

人間が、どうして壊れる物をつくるんだろう?という疑問からです。壊れる物だからこそ依り所にする、その矛盾みたいなものが気になり、それを考えるには藝大の建築学科がいいと思って入学しました。朽ちていく物もいずれ土の中に帰っていく、その土の中はどうなっているんだろうという、それ自体はどう動いているんだろうと気になります。壊れる物になぜ感情を上乗せするのか、物と人の感情にも興味があります。

 

 

—卒業後のご予定は?

 

まだどうなるかわかりませんが、就職して、建築の実務に携わりたいと思っています。住宅とか作ってみたいです。生活に密接に関わる建築ですし、人間の身体に即して、半径1m以内のことを考え続けられると思うからです。身体と、土の下の関わりについてよく考えられそうなので。

 

—やっぱり、長田さんが気になるのは土の下のことなんですね。ちなみに、建築以外のことでやってみたいことはありますか?

 

昔から音楽をやっていて、建築に興味を持つ前はピアニストになりたいと思っていたこともあるので、卒制が終わったら、作曲にも挑戦してみたいなと思っています。

 

 

長田さんの卒業制作はサーフィンという意外なテーマでしたが、論理的かつ丁寧な説明を聞くうちに、だんだん大地が波のように思えてきました。一貫して地面の下への興味を持ち、揺れ動く大地の性質を活かした構造物の設計に加え、時代ごとに変化する決めポーズがというチャーミングなアイデアを盛り込まれている点も印象的でした。

 

会場ではぜひ、卒業制作としての表現はもちろん、模型を支えているであろう長田さんの興味が詰まった石にも注目してみてください。

 

●長田さんのWebサイトはこちら

 


取材|井上夏実、中嶋厚樹、伏怡琳、草島一斗(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆|井上夏実

 

とびらプロジェクトでは、建築ツアーなどを中心に活動しています。卒展で藝大生の方々の建築や都市の課題に対する精緻な分析、ユニークな提案を拝見できることを、毎年楽しみにしています。

2020.01.26

クリスマスも間近の12月18日。

工芸科・染織専攻(学部4年生)の千田華子さんにお話を伺うため、総合工房棟4階の染織研究室にお邪魔しました。

岩手県がご出身という、色白美人の千田さん。

 

■母のマフラーがきっかけで織りの世界へ

 

― 染織専攻に進んだ理由を教えてください。

 

高校生の頃、たまたま地元の岩手県にmina perhonenの展覧会が巡回していて、皆川明さんのトークショーで少しだけ皆川さんとお話できたんです。

ちょうど進路に悩んでいたときで、「その目の輝きを忘れなければ大丈夫」と、一言だけでしたがものづくりに悩んでいる私に皆川さんが声をかけてくださいました。

そのとき飾られていた衣服がとても輝いて見え、着る人のことを想像しながらファッションを生みだしている皆川さんに刺激されて、テキスタイルに興味を持ちました。

 

― 染織専攻では「染め」と「織り」の両方の技法を学びますよね。卒業制作にあたってなぜ千田さんは「織り」を選んだのでしょうか。

 

織りを選んだのは、大学三年生のときに実家にあった母のマフラーにふと目が留まったことがきっかけです。ピンクと赤の混じったような糸でざっくりと織られていて、「これ、いいな。どこのだろう?」と思ったら、なんと地元の伝統産業の1つ、『日本ホームスパン』のものでした。地元のおばあちゃんたちや、若い織り手さんたちが工房に集まってコツコツ織ったんだと知って、とても興味をひかれました。

 

「ホームスパン」とは「家(Home)」で「紡ぐ(Spun)」という意味を持つ造語で、元々はイギリス発祥の毛織物のことです。ただイギリスは産業革命によって早々に機械化したため、伝統としては残らなかったそうです。

日本に入ってきたのは明治時代で、岩手県ではホームスパンが農家の副業として、あるいは未亡人になった女性たちの生活を支える仕事として、つくり続けられてきました。今でもいくつか工房が残っています。そういう歴史も調べていくと興味深いと思いました。

「母がホームスパンについての本(『てくり別冊 岩手のホームスパン』まちの編集室2015)を送ってきてくれました」(千田さん)

 

機械化が当たり前というこの時代に、どの工程も手作業でやっていることに魅力を感じ、夏休みに工房にお邪魔して勉強をさせてもらいました。

初めてホームスパンで織ってみたのが、この青いマフラーと赤いマフラーです。工房で織られたものと比べると、全然違いました。

 

大学では、三原(さんげん)組織といって、綾織りと平織りと朱子織りの基本的な3種類は習うのですが、力加減やリズムなどはたくさんの織りに触れながら自分に合ったやり方を見つけていきます。

ホームスパンは柔らかい手触りや軽やかさを意識するために、打ち込む筬(おさ/縦糸が通っているプレート)の重さだけで、空気を含めるようにゆっくりと織るのが衝撃でした。

織り方でこんなに変わるんだということを発見し、織りの面白さに目覚めました。

千田さんが織った赤と青のマフラーは、素朴で温かみのある色が特徴です。

 

■色、形、ものづくりのゴールが「工芸」だった

 

― 美術学部にはたくさんの科がありますが、千田さんが工芸科を志望した理由を教えてください

 

子どもの頃を振り返ってみると、4歳年上の姉と一緒に絵を描いたり、段ボールで家をつくったりと、何かを創作する遊びをよくしていました。

形にも興味があって、保育園に通っていたころは幾何模様が描ける製図用の定規を使ってシンプルな絵を描くことにハマっていました。

小学生の時は、自由研究で自宅の間取りの縮図を書くほど建築家に憧れを持っていて建物の形を見るのも好きでしたが、勉強、特に数学が得意ではなかったので諦めました(笑)

 

高校は地元で唯一の美術系の学校に進学しましたが、まだ本当にやりたいことがわからず迷走していていました。

一年生で専攻したのは油絵科です。でも絵の具の色がたくさんないと楽しくないことから、私は色にもすごくこだわりがあるんだとわかりました。自分の欲しい絵の具をそろえるにはお金がかかると悩み、二年生で彫刻科に行きました。形には興味があったので彫刻自体はしっくりきたんですが、ずっと木や石を削っていたらやっぱり色が欲しくなっちゃって(笑)色と形を扱えるということで、三年生になってデザイン科に行き、グラフィックを主に勉強しました。

 

色があって、形があって、ものがつくれる。紆余曲折したけれど、最終的なゴールが「工芸」だった感じです。

千田さんのデスク。窓の外には森があり、鳥のさえずりが聞こえてきます。

 

― 工芸の中でも染織専攻に進んだのは?

 

藝大の一、二年生は、日本画、油画、木工、ガラスなどさまざまな表現技法を学びます。その中に共通の表現を見出したり、自分に何が合っているのかを見つけたりするんです。私は基礎の2年間で、色や形のほかに素材も好きで、マテリアルをいじりたいということがわかりました。

 

また、以前は幾何学的な形に興味がありましたが、人間の生みだす有機的な形に関心が移ってきたんですね。

人の手に渡るなら、温かみがあるものを作りたいと思い、染織を選びました。

また自分にとっても色がある方がワクワクするので(笑)

人々の生活を素敵な色と形で豊かにしたいと思いました。

 

三年生の1年間は染めと織りを交互に勉強し、四年生になって卒業制作でつくるものによってどちらかを選択をします。

本人の性格によって合う・合わないがあるみたいです。正確なデータを取るのが好きという慎重派の人は染めに向いていて、織りはもうちょっと大らかというか(笑)失敗しても糸を戻してもう一回織り直せるんです。私はすでに母のマフラーがきっかけで織りに目覚めていましたが、性格的にも向いていたと思います(笑)

 

― 美術の道に進むことに対して、ご両親は?

 

幸い、我が家はけっこう芸術に理解がある家庭でした。

小さいころから両親がチェロを弾いていて音楽が常にそばにあり、姉もベースを弾いたり、私もピアノを習っていたので、どちらかというと音楽色の強い家庭でした。

ただ、芸術という視点では音楽と美術には通じるものもあり、私の進路も理解してもらえたのはありがたかったです。

 

 

■織りは心を映す鏡

 

― どうやって織るのですか?

 

最初は「染色」です。

羊の毛は繊細なので急な温度変化によって縮んだり固まったりしてしまいます。だから沸騰させすぎないように温度を注意深く管理し、染織していきます。

染める前の原毛。「真っ白!」「ふわふわだ!」「やわらかーい!」(とびラーたち)

 

色の濃さは、染料と被染物の割合によって決まっています。

毎回染料の割合などは計算して記録しますが、風が吹いて染料が数ミリグラム飛んでしまうこともよくあり、同じ色を出すことは難しいです。だからいつも奇跡的に生まれた色なんです。

千田さんが染めた糸。鮮やかで元気が出る色です。

 

次に「カーディング」といって、様々な色の糸を混ぜ合わせて一緒に梳かし、1本の糸にしていきます。ここも一期一会の糸をつくる作業ですね。

先ほどの糸を組み合わせ、カーダーにのせて一定方向に梳かします。

 

そして糸を「紡ぐ」。足踏み式の昔ながらの糸紡ぎ機で糸を紡いでいきます。

集中すれば、30分で1玉くらい紡げます。染織って無になれる瞬間が多くて、慣れてしまうと呼吸するみたいな感じで作業ができます。

子どもの頃に読んだ童話に、こういう糸巻機が出てきたような……。

 

縦糸を織り機にセットし、ようやく「織り」に入ります。シャトルを使って縦糸に横糸を通していきます。

糸を紡いだ状態と織った後では色の雰囲気が全然違います。最終的にどうなるか私には想像できないので、織りのサンプルをつくります。後は出たとこ勝負で(笑)、その時の状況に任せて織っていきます。

「ジャングルジムみたいですが、これが織り機です」(千田さん)

 

― たくさんの工程があるんですね!どれが一番好きですか?

 

やっぱり織っているときです。作業した量が長さになって目でわかるから、やりがいも感じます。朝の9時から夕方の6時まで、途中休みながらずっと織っていることもあります。1日あればマフラー1本半くらいは織れます。

 

じつは織りの作業は、けっこう感情が影響するんですよ。自分がニュートラルな気持ちだと織り目がきれいに揃いますが、心が乱れていると縁がボコボコに歪んでしまったりします。だから悲しいときはやらないです(笑)悲しみが入っちゃうから、織りに。

織り手さんたちは、「急ぎ過ぎないように」って自分に合ったペースでハッピーに織っているんですよ。

このスマイル! 千田さんが織ったものもハッピーに満ち溢れているに違いない。

 

■人が触れ続けるものをつくりたい

 

― 卒業制作の作品について教えてください。なぜ洋服をつくろうと思ったのですか?

 

以前は特に用途を決めずに好きなものをつくっていましたが、ホームスパンに出会ってから、人が触れ続け、使いこんでいくにつれて味が出てくるものをつくりたいと思うようになりました。

母のマフラーも最初は固かったはずですが、20年使い続けることによって空気が入り、より柔らかくなじんでいったのだと思います。

 

ホームスパンの製品は、織るのに時間がかかるためマフラーが多く、現在はほとんど服地をつくっていません。私にはせっかく1年という時間があるのだから、思い切って服地を織り、着られるものをつくろうと思いました。

最初にあったのは色のイメージです。鮮やかで温かみがあり、大好きな秋に似合う色にしたい。着心地も考え、ウール100%で緩めに織り、温かく柔らかく仕上げました。

 

タイトルは「Autumn Leaves」です。真っ白い羊毛が、染められ、織られることによって複雑な表情になっていく様子が、いろいろな色が重なる秋の紅葉の景色とリンクしたので、そう名付けました。

また、葉っぱに含まれる色の要素を抽出した色味にしています。

素朴で力強く、モダンな感じもする千田さんの作品。左側がレディス、右側がメンズです。

作品のアイディアとデザイン画。糸の色のイメージも。

 

― デザインのこだわりやイメージはありますか?

 

ところどころにオーガンジーを織りこんだり、あえて表面をボコボコさせたりして、服地としては十分にインパクトがあります。だから凝ったデザインや複雑な縫製にしなくてもいいと考え、最小限の布でシンプルにつくられている民族衣装を参考にしました。

二枚のスクエアの布を肩のところではぎ合わせて前身頃と後ろ身頃にし、筒状の布を絞ることで袖にしています。スカートもベルトで抑えているだけです。同様にメンズ服もつくりました。

左右で色が違う袖。スカートにはオーガンジーのリボンが織り込んであります。

 

実際に知り合いに着てもらって撮影したときは、ちゃんと使えるんだって感動しました(笑)

ディテールが強い服地なので、着ている人の動きによってかなり表情が変わります。

卒展では、白い全身マネキンに着せて、背景にモデルさんが着用した写真を飾る予定です。これから写真を撮るのですが、目の前の森で撮ろうかな。落ち葉がいっぱいでこの服のイメージにぴったりなので。

こちらはデモで撮った写真だそう。2人のモデルさんが素敵に着こなしていました。

 

― 卒業後のことを教えてください。

 

もし大学院に行ったら、そのまま織りを究めていくんだと思います。あるいは落ち着いて制作できて少しずつ形にしていけるようなものを見つけるのかな。

でも全然違うことをしているかもしれません(笑) その時の自分に託します(笑)

 

私は多分、何が自分に合っているのかを一生探し続ける性質(たち)なんだと思います。ものをつくるのには満足やゴールがないから。

この4年間も、取捨選択や創意工夫をしながらブラッシュアップして、ちょっとだけ道が開けた方向に進んでみる……そんな毎日を過ごしてきました。

 

私にとって美術は、高尚なものというよりは「衣食住にプラスするもの」という立ち位置です。

生活に寄り添いながら静かに糸を紡ぐとか、好きな色の組み合わせを考えるとか、そういう単純なものの中に豊かさを見つけていけたらいいなと思っています。

見る角度によって表情を変える、千田さんの織り。たくさんの色が心地良く調和しています。

 

★取材を終えて★

千田さんのやさしい語り口と木製の糸巻機や織り機に囲まれ、すっかり癒された90分でした。カラフルで温かくて一目見たら忘れられない千田さんの織りは、身に着けられるアート作品です。これからも千田さんの活動に注目していきたいと思います。

千田さんのインフォメーション……Instagram:@hanako.chida


取材|岡野三恵、草島一斗、河野さやか、有留もと子(以上アート・コミュニケータ「とびラー」)

撮影|原 千夏(とびらプロジェクト・Museum Start あいうえの アシスタント)

執筆|有留もと子


とびラー8期。ゆめのたねラジオ東日本チャンネル『artは野となれ山となれ/毎週土曜日11:30~12:00』(https://www.yumenotane.jp/)のパーソナリティとしても活動中。アーティストをゲストに呼びお話を聞いています。(2020.1.10)

 

 

 

 

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