2021.07.31
皆さんにとって、美術館って必要ですか?
そんな問いかけから、とびラボ『ともにつくる鑑賞の価値』は、はじまりました。新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちと美術館を取り巻く日常を、一変させてしまいましたね。いくつもの展覧会が中止・延期になり、開催できても事前予約制に……このコロナ禍で、様々な変化がありました。
以前のように「誰かを誘って、美術館にいく。鑑賞後に、お茶を飲みながら語り合う。」といった過ごし方も、なかなか思うようにできず、もどかしいことでしょう。
そんないまこそ、“アート・コミュニケータ”ができることが、何かあるはずだ……!
このように考えた私たちとびラーは、改めて原点に立ち帰り『美術館における、鑑賞の価値』について、みんなで考えることにしました。
『美術館における、鑑賞の価値』とは、どこから生まれるのか、“作家”や“学芸員”だけが作るものなのだろうかーーメンバー同士で対話を重ね、たどり着いたひとつの答えは、このようなものでした。
『美術館における、鑑賞の価値』は、
鑑賞者(来館者)がいて、はじめて実体化するものだ。
そして、それは「対話」によって、より豊かなものになるだろう。
一方、美術館には“本物の作品”があります。“本物の作品”との出会いは、そこでしか体感できない“生の感動”を生んでいきます。この普遍的な事実は、どんなに日常が変わっても、変わることはないでしょう。
そこで私たちは、「コロナ禍の東京都美術館で、来館した方々とともに、より豊かな“生の感動”を味わえる機会を作れないだろうか」と考えます。そうして生まれたのが、【鑑賞者が、鑑賞後に、作家・作品について語り合える場】です。
ー 一人ひとりが得た“生の感動”を、誰かと分かち合える
ー その“生の感動”を、誰かと語り合うことで、何倍にも味わえる
そんな場を作りたい!と思いをこめて、7月末に1日限りのワークショップを行いました。
ワークショップの名前は、
語りませんか、あなたがみつけた「イサム・ノグチ 発見の道」。
特別展「イサム・ノグチ 発見の道」を訪れた来館者と、気兼ねなく『あなたがみつけた「イサム・ノグチ 発見の道」について語り合うというものです。展覧会を鑑賞してきた参加者12名と、とびラー10名がグループに分かれ、展覧会を見て気づいたことや、作品・空間から感じたことについて語り合いました。
今回のワークショップ会場は、展示室ではなく、館内施設の「アートスタディルーム」。1つのテーブルに、参加者2名+とびラー2名が集まってお話をします。まずは自由にゆったりと、「自分のお気に入り」の作品を紹介しあいました。
ー なぜ、その作品が「好き」なの?
ー どんなところが、魅力的だと感じているの?
一人ひとりが「自分のお気に入り」の魅力を共有し、深堀りしていく……
すると、それまで自分自身の頭に留めていなかった作品に対しても、どんどん関心が深まっていきました。
「美術館でのワークショップなのに、展示室の外での活動なの?」
このような疑問を抱く方もいるかもしれません。本来であれば、実際に展示会場を巡りながら、グループで作品について語り合いたかったのですが……感染症防止対策のため、展示会場内での、複数人で語り合うコミュニケーションは避けることにしました。
しかし私たちは、「展示室に行かなくても、ともに鑑賞を味わうことはできるのでは?」と考え、【語りあいの場を作る】という方法を取りました。語りあうことで、お互いの鑑賞を追体験できれば、自分の体験以上の感動を味わえるのではないか?と考えたのです。
参加者は、ワークショップを通して、【自分の記憶の像を、頭の中で再構築し、わかりやすい言葉で伝える】という体験を重ねます。どうすれば、相手に「好き」が伝わるかを考えながら、もう一度作品と出会い直していきました。
「好き」を交換しあう時間は、とても豊かなものです。気がつけば、テーブルには笑顔がいっぱいになりました!「好き」と「好き」が重なり合うことで、みんなの心に「イサム・ノグチ」の作品の魅力が、じんわりと広がっていきました。
館内マップに、自分のお気に入りの作品のところにシーグラスを置いて、マッピング。一人ひとりの「好き」が重なり合っていき、鮮やかに色づいていく。
はじめまして同士でも、「好き」を語り合うだけで、自然と人は笑顔になる。
「好き」を語り合っていくなかで、段々と参加者の関心は「イサム・ノグチ」という作家自身に移っていきます。
ー イケメンだし、モテそうだよね。(作品からも)愛を感じる。
ー 奥さんを描いた作品は、他の作品に比べて具体的な作品だった。
ー 「イサム・ノグチ」が、オリンピックに携わったとしたら、どんなシンボルにしただろう。
「イサム・ノグチ」とはどのような人物で、その人柄は作品にどのように反映されているのか……対話を重ねていきます。すると、徐々に、「作品」だけでなく、「作家自身」に歩み寄っていくことができました。
作家」に歩み寄ることは、またさらに「作品」との距離も近づけていく。
なかには、中学生の参加者も!初めて訪れる東京都美術館を、展示と対話でたっぷり堪能。
また、あるテーブルでは、展示室ごとの世界観の違いに注目し、展覧会そのものを作品として味わっていました。
ー この展覧会は、全体を巡ることで、時の移ろいを感じる。
ー 展示室ごとに、周囲からの影響を受けているもの、より商業的なもの、「素材」そのものと向き合っているものがあるなと感じた。
ー 最後の展示室って、集大成的な場面なんじゃないかな。「作家」として成長し、より“素材”そのものの魅力に向き合っている感じがする。
それぞれの展示室で感じたことを語り合い、そこから「作家」と「作品」、「素材」との関係性がどう変化したのかを想像しました。
そこで語られた言葉は、情報としての「知識」ではありません……
体験から得た“生の感動”が紡ぐ、私たちの中の「イサム・ノグチ」の物語です。
しかし、その豊かな対話によって、時の流れを旅するように、改めて展覧会そのものを味わうことができました。
写真や図録を見返しながら、それぞれの展示室で何を感じたのかを語り合う。
他の参加者の「発見」も取り込みながら、頭の中で展覧会での物語が再構築されていく。
誰かの「発見」が、私の「発見」になり、新たな感動が豊かに広がっていく。
最後に、今日の体験を経て心に残った自分にとっての「発見」を、大小様々なサイズの、丸いカードに書き記しました。一人一人が頭の中で再構築したもの、誰かにシェアしてもらったもの、みんなの経験が混ざり合って生まれたもの……様々な形をした「発見」をアウトプットとして形に残します。
あれ?この形、この色合い、どこかで見たことがあるような……
書き上がったカードは、闇色に広がった布の上へ……
すると、あら不思議!まるで、展覧会冒頭に展示されていた「あかり」のように、発見という名の“あかり”が灯りました。参加者からも、「わぁっ!」という歓声が上がります。
誰かの“あかり”が、また別の誰かの“あかり”を照らすように……
他の参加者の言葉を追うことで、鑑賞を追体験し、新たな交流を生み出していく。
“生の感動”を、分かち合い、語り合うことで、もっと豊かに、何倍もの感動を味わえる!
ワークショップを通して、私たちは改めて『美術館における、鑑賞の価値』を実感します。それはつまり、【美術館は「作品を見る」だけでなく、「誰かとつながり、語り合う」という場所としての価値を持っている】ということーー
ちなみに、今回の参加者からは、体験後このような声がありました。
ー 他の人と意見を共有し、共感したり、違った意見を持てたので楽しかった。
ー 他者の意見を聞いて、発見がありました。
ー よくわからないって思った作品の素敵ポイントが見えたり、共感する時間が持てた。
皆さんも、作品や空間を通して、“生の感動”を味わってみませんか。
家族、友人、恋人……どなたとでも構いません。一緒に美術館に行った誰かと、いつもよりもじっくりと、気づいたことや、感じたことを、素直に語り合ってみてください。
そうすることで鑑賞はさらに深まるはず……きっと、皆さんの心の中に“あかり”が灯ることでしょう。
そんな風に豊かに広がっていく『鑑賞の価値』を、皆さんにも実際に実感してもらえたら嬉しいです。
執筆:大石麗奈 撮影:黒岩由華
外国の美術館の「何かするために訪れる」のではなく、「何となく立ち寄りたくなる」雰囲気が好きな、9期とびラーです。やわらかい未来を目指して、地域や人をあたたかく繋げられる存在になれたらいいな、と思っています。