2022.11.12
”今日はどんな気分?
「学校がしんどいな」とか
「いつもみんなで行動するのも疲れちゃう」と思ったら、
おいでよ、ぷらっと美術館に”
秋晴れの11月、土曜日の午後、私たちのこんな呼びかけに応募してくれた
3組の親子が東京都美術館のアートスタディルームに来てくれました。
「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」は、学校が「しんどい」と感じている小学生・中学生とその保護者を対象としたプログラムで、2021年度から始まり今回が3回目の実施になります。
参加者ととびラーが1対1でペアになり、東京都美術館や展覧会を一緒にお散歩することで、美術館での過ごし方をみつけていく、オーダーメイドのプログラムです。
学校に行っていても、行っていなくても、何かしら「しんどさ」と感じている子供たちに対して、「社会の中には学校と家だけじゃなくていろんな場所があるよ」「美術館は『自分の居場所』のひとつになれるかもしれないよ」ということを伝えたいと思い企画しました。
■美術館へようこそ!
子供たちがゆっくりと来られるように、受付は14:30〜15:00の30分間設けました。美術館に来るのが楽しみで受付開始した直後にきてくれる子もいれば、あまり乗り気そうではなく受付時間ぎりぎりに連れて来られた子も。どんな状況でも来てくれただけで私たちは嬉しくて、少しでも緊張を解きほぐせるよう笑顔でお出迎えしました。
担当とびラーと参加者が席に着いたら、お互いに呼んで欲しい名前を付箋に書いて交換し、このプログラムの特別パスポートをお渡ししました。この特別パスポートは、お散歩の中で見つけた「お気に入り」を記録するために使います。また、参加者は初めての場所や初めて会うとびラーに緊張しているだろうと思い、まずは少しでも安心感を持ってもらえるよう、これからプログラムでやることをフリップを使って説明しました。
■お互いを知り合う時間
次に、アイスブレイクとして、岡本太郎の作品や東京都美術館の写真を使って、どんなものが気になるかについてお互いに話しました。テーブルに並べたたくさんのカードの中から、まずはとびラーが好きなカードを紹介します。次に子供に興味があるものや見たいと思うものを選んでもらい、どんなところが気になるかを聞きます。名前を書いた付箋を指人形のように使いお話しするペアもあり、カードを通じてお互い興味があることを話すことで、とびラーと子供の距離が少しずつ縮まっていきます。
熱心にお話ししてくれる子もいる一方で、なかなか話そうとしない子もいました。初めて会う人といきなり仲良くなるのは大人でも難しいので、そんな子がいてもおかしくありません。本人のペースで心が開くまで、時間をかけて話しかけていきました。その子もきっと話しかけられる言葉を聞きながら、とびラーがどんな人かを知ろうとしてくれていたのだと思います。一言、二言と少しずつ話してくれるようになり、20分間のアイスブレイクが終わる頃には、最初の頃の緊張は解け、とびラーとお散歩に行く気持ちができているようでした。
■お散歩へ出発
心の準備ができたら、お散歩へ出発です。ここからは保護者とは離れて、とびラーと子供だけの時間が始まります。みんなしっかりとした足取りで「展覧会 岡本太郎」に向かっていきました。会場に入り岡本太郎のエネルギッシュな作品の数々を見ると、元々楽しみにしていた子はもちろん、最初は興味なさそうだった子も一気に作品の魅力に惹きつけられたようでした。それぞれお気に入りの作品を見つけて、熱心に観察したり写真を撮ったりしながら鑑賞しました。一つの作品をじっくり見る子もいれば、多くの作品に興味が止まらない子もいて、作品の鑑賞の仕方にも一人ひとりの個性が出て、一緒に回るとびラーにも発見のある楽しい時間となりました。はじめは一言だけだった感想も、展覧会の最後には「作品のこんなところがが好き」という話から、普段の好きなものの話までたくさんお話ししてくれるようになっていました。
展覧会の後には美術館内を一緒にお散歩しました。東京都美術館には心休まる空間がたくさんあります。とびラーおすすめの場所に案内すると「わぁ」と声を上げ、展覧会とはまた別の表情を見せてくれました。
今回は、保護者にも美術館が居場所になり得ることを知ってほしいと思い、「参加者」としてとびラーと二人で活動する時間を設けました。なぜ私たちがこのプログラムを作ったのか、それぞれの個人的な思いも含めて伝えることから始め、1対1でじっくりとお話をしました。保護者からも、このプログラムへの応募動機や美術館への関心についてお話ししてもらい、子供と離れ、一人の大人として非日常のリフレッシュする時間を体験してもらいました。
■お気に入りボードとパスポートの作成
一組、また一組とお散歩を終えた子供たちが、目を輝かせてとびラーと楽しそうにアートスタディルームに戻ってきました。ちょっと休憩をして、美術館で見つけたそれぞれの「お気に入り」からお気に入りボードを作成する作業に取り掛かります。撮影した写真の中から1枚選んでプリントアウトし、岡本太郎の消しゴムハンコを押したり、絵を描いたりとそれぞれの方法で、「お気に入り」を思いっきり表現してくれました。子供たちはプログラム当初の緊張していた様子とは打って変わり、周りのとびラーにも何が気に入ったのか、何を作っているのかを元気よく話してくれ、部屋全体が賑やかな空気に包まれました。最後に保護者と子供それぞれにアンケートを回答してもらい、全部で90分のプログラムが終了しました。
■おいでよ・ぷらっと・びじゅつかんに込めた思い
私たちはこの企画を進めるにあたり、どうしたら参加者が「自分の居場所」と感じられるようになるか、何度も何度も話し合いました。その中で出てきたキーワードは、「子供と真剣に向き合い続けること」「違いをありのままに受け止め、肯定すること」「正直に向かい合い、取り繕わないこと」でした。子供たちがどんな心の状態で来てくれるのかわかりませんでしたが、どのような状況でもこれらのキーワードを守り、あとは柔軟に対応することに決めていました。
実際に、学校が「しんどい」理由も性格や興味も参加者それぞれ違い、想定していなかった状況も多々ありましたが、参加者にとって安心できる場にすることを何よりも大事にしました。参加者全員が最後に笑顔で帰っていった姿を見て、また、保護者から「新しい場所に行くことを少し躊躇するようになっていたが、初めての美術館がとても楽しい時間となったようです。」「美術館がお気に入りの場所になりそうです。」という声をいただき、私たちの想いを十分に届けることができたと感じています。
おいでよ、ぷらっと美術館に。
美術館がそんな場所となれることを願い、今後もっと多くの人に私たちの想いを届けていきたいです。
執筆:飯田 倫子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
とびラー2年目。とびらプロジェクトを通じて色々な人に出会い、日々刺激を受けると共に、美術館が自分にとっても「居場所」になりつつあることを感じています。