東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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Archive for 1月 19th, 2023

2023.01.19

 上野キャンパス・彫刻棟。建物の前には、大きな丸太がゴロゴロと転がり、軒下には東京藝術大学と印字されたフォークリフト。入口をくぐると3mはあろうかという高い天井。

 空間に圧倒され、思わず「おお!」と感嘆の声が漏れる。インタビュー班は迷宮を彷徨う探検隊のごとく、きょろきょろと辺りを見渡しながら校舎を奥へと進み、おそるおそるアトリエの扉をノックした。

 私たちを出迎えてくれたのは、彫刻科 学部4年生の守尾美優さん。名前にたがわぬ優し気な佇まいに、私たちの心がほぐれる。

 

守尾さんの横には、小柄な女性の背丈ほどの人体像が。近づいてみると、表面が凸凹と波打っている。一般的な“彫像”とは少し違うようだ。見入っていると「卒業制作展では、この人体像と、もう一つ別の作品を並べて展示するつもりで…」と守尾さんが説明をしてくれる。私たちは前のめりに耳を傾けた。

 

― どのように制作しているのですか?

この人体像は、厚さ1㎝の板を積み上げて作っています。手順としては、まず、自分の体を友人に3Dスキャンしてもらって、次に、それを輪切りにしたデータを出力してもらいました。データは1㎝ごとに1枚。私の身長が150cmなので150枚の輪切りデータが出来ました。さらに輪切りの型紙をつくり、それをカネライトフォーム(※)という素材に地道に1枚ずつトレースし、電熱線カッターでカットします。最後に下から順に積み上げて、今のこの状態です。

(※)住宅の断熱材として使われる軽量な建築資材。

<輪切りにした腹部の型紙。足裏から頭頂部まで150段分の型紙がある。>

<とても楽しそうに説明してくれる守尾さん。一同興味津々!>

 

― つまりこれは、3Dスキャンした守尾さんの体を再現した像ということですね?

そうです。これまで、自分の体を作品のモチーフにするときに、鏡や写真で見て作品をつくってきて、どうしても背中とか、肉眼で確かめられない部分があることにもどかしさを感じていました。より正確なものを見てみたいと思い、自分の体を3Dスキャンをして再現してみようと思いました。

 

―自分の体をモチーフにすることへの思いは…?

私は、中学生のときに脊柱側弯症(せきちゅうそくわんしょう)と診断されました。生まれつきではなくて、成長期と共に背骨が曲がりはじめ、成長期が終わると曲がるのも止まったという感じです。日常生活にはほとんど支障はありませんでしたが、中学・高校の思春期は、体の歪みで制服が綺麗に着られないとか、やはりコンプレックスがありました。でも、解剖学的な本を読んだり、背骨の構造を知ったり、高校3年生からは彫刻の勉強もはじめて、だんだんと自分の体を受け入れられるようになってきて。そうしたら、側弯症の体って綺麗だなと魅力を感じるようになって、それを表現しようと思うようになったんです。

 

大学2年生のときに“SOKUWAN is beautiful”というタイトルの作品をつくりました。最初は、側弯症の方に向けて、ウエストとかが左右対称じゃなくても、一般的な美の規範から外れていると感じても、落ち込むことはないんじゃないかと伝えたくて。側弯症の体を綺麗と感じる人が私一人でも居るということを知っていただけたら少しはいいかなと思ってはじめました。でも“SOKUWAN is beautiful”を作ってから、側弯症は美しいというアプローチはやめようかと思いはじめて。体ってただ“在る”ものだし、美しいとか綺麗と言うことでかえって、社会からの美の規範に囚われてしまっているように感じて。今はけっこう迷っていて、側弯症をテーマにしつつも、明確にこういうことを表現したいというのではなくて、だいぶ曖昧になってきています。

 

― 今回、像として自身の体を再現してみて、どう思いましたか?

意外と、なんとも思っていないですね(笑)。あとは、まだ若干疑っています。本当に自分がこの形なのかどうか。なんか少し違う気がするなと思っていて。背中の肩甲骨の辺りが今まで造形するのに苦労していたところなので、それを見られてすっきりした感じはします。ただ、私としては立体の状態よりも、輪切りの状態の方が感動が大きかったですね。例えば、おなかの部分の型紙を見てみると、へその位置が全然中心にないんですよ。イメージはしていましたが、こうやって輪切りで見ると非対称であることがわかりやすくて。自分の体の謎を知ること出来て、すごく嬉しかったですね。私はずっと、自分の体の謎を探っている。なんで背骨が曲がったのかということが分からないので、その部分を探っている。自分の欲求としてはそれだけです。

<背中側からみた全身>

<左側の少し凹んだところが、へその位置>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―もうひとつ並べて展示する作品があるということですが。

もうひとつは、側弯症をテーマにした発展形で、背骨をイメージした作品です。大学3年生の頃にヘチマを縫い合わせて背骨のようにした作品を制作したのですが、今回は、そのヘチマに、泥漿(でいしょう)という土が泥のような液体状になったものをかけて、電気窯で焼きました。ヘチマは燃えて無くなってしまうので、中がストローのように空洞となった、陶磁器だけがのこります。

<これがヘチマから作られているのか…!>

ずっと整骨院や整体に通っていて、先生から自分の体の状態を聞いたり、どうなっているのかを考えたり、体の構造をイメージしたりしてきました。側弯症の背骨は、曲がるときに、ただS字に曲がるのではなくて、ねじれながら曲がっていきます。これは、ヘチマの造形的な骨っぽさと、私の背骨のねじれだったり、そういうのを融合させてみたという感じです。最終的には、これと人体像の二つで、一つの作品として展示する予定です。

<守尾さんが軽く爪で叩くと、キンキンと軽やかで透き通った音がした。>

ここまで守尾さんの話を聞いてきて、卒業制作展では、側弯症というテーマのもと、人体像と背骨の陶磁器の背骨が一つの作品として展示されることがわかった。それでは一体、どのような経緯を辿って、この作品を制作するに至ったのだろうか。少し昔までさかのぼって聞いてみることにした。

 

― 守尾さんが彫刻科に進学しようと思った理由はなんですか? 

高校時代はブラスバンド部に所属していました。もともとブラスバンドがやりたくてその高校を選んだのですが、入ってみると、かなり厳しくて実力が追い付かなくなってしまった。高校2年生の秋頃に辞めることにしたのですが、前向きな理由がないと辞められない。。そこで“前向きな理由”として、東京藝術大学への進学を決めました。

 

― 急展開ですね!もともとアートには関心があったのですか?

中学生までは、美術がすごく好きで頑張っていましたが、高校では音楽一筋でした。藝大に行くなら予備校に行った方が良いということで、美術予備校で体験入学をして、粘土をやってみたら褒められて、これがいいかもしれないと。最初は泥団子で遊んでいるみたいな感じで、幼少に戻ったような感覚でやっていました。試験で粘土を使う学科は彫刻と工芸があるのですが、もともと人体が好きだったので、彫刻かなと。

 

― 自分の体を彫刻で表現しようと思ったきっかけはなんですか?

予備校で勉強していく中で、色々な石膏像をデッサンしたり、粘土で像をつくったりして、その中にミケランジェロの「瀕死の奴隷」という石膏像がありました。その像の腰のあたりの感じが自分と似ているなと思ったあたりから、自分の体には動きがあると気づいたんです。歪んでいるなとずっと思っていたのですが、彫刻みたいに動きがある。結構、かっこいい体かもしれないとだんだん思い始めたんです。それから彫刻と自分の体が結びついた感じがあります。歪みとかねじれとか動きとかが、彫刻の要素に変わったような感じ。そういう目で自分の体を見ることができるようになり、高校まではコンプレックスだったけど、だいぶ救われたのだと思います。

 

― 守尾さんのこれまでの作品をInstagramで拝見しましたが、洋服のように着る作品もありますね。

大学2年生頃からファッションに興味を持ちはじめて、自分が着るという意味ではなくて、ファッションを造形物として見るようになったという感じです。洋服の質感や、フォルム、そういう造形物的な目線でファッションに興味を持ち始めました。それで、大学3年の昨年休学をして、半年間ファッションの学校に通ったんです。洋服はその時の作品です。

 

― ファッションの学校で学んだことは、作品に影響していますか?

大学に4年生で戻ってきたその時点では、服と彫刻をつなげるような表現をしたいと思っていました。側弯症の治療に使うコルセットに興味がわいて、愛知県の製作所まで見学に行ったりして、その方向で作品を作ろうと考えたりもしていたのですが、まだうまくいっていません。そのうち出来たらという感じです。

 

― とても迷いながら制作されていることが伝わってきました。

そうですね。迷ってばかりですね。“SOKUWAN is beautiful”を制作したころまでは、わりと、完成形をきちんとイメージして、そこに向かって作っていましたが、それ以降は、先ほども言ったようにテーマが曖昧になっていて、完成に向かってという感じではなくなってきました。素材と向き合いながら、考えるよりも先に手を動かして作ることが多くなっていて、以前とは制作の姿勢が少し変わったんです。今回の卒業制作も、まず人体像を作って、そこから考え始めました。特にヘチマの作品は、実験の成果という感じで試行錯誤して作っています。また、自分の体を知りたいということが根幹にあるので自分の体の輪切りのデータをみて、すごくテンションがあがったりという感じを楽しみながらやっています。

 

― 卒業後は?

できれば、大学院に進みたいと思っています。

 

終始、飾らず率直な言葉で話してくれた守尾さん。もっともっと話を聞きたい…私たちは名残惜しくインタビューを終えた。迷いながら、楽しみながら、制作を続ける守尾さんの、”いま”が形となる卒業制作。卒業制作展当日にはどのような姿で見られるのだろうか。とても楽しみだ。

 

■守尾美優さんinstagram
https://www.instagram.com/miyu_morio/

取材:足立恵美子、山﨑万里子、小林有希子

執筆協力:山﨑万里子、足立恵美子

執筆:小林有希子

撮影:工藤阿貴(とびらプロジェクト コーディネータ)


とびらプロジェクトとの出会いは昨年の藝大生インタビュー。この記事がまた別の誰かの目に留まり、何か感じてもらえれば、こんなに嬉しいことはありません。何と言っても守尾さんと作品の魅力が、届きますように。(足立恵美子)

 


美優さんにとって作品を作ることは自分と向き合うこと。これまでは側湾症ありきだったが、そこから少し離れつつあり、別の視点が加わりそうな予感がしました。
自分と向き合うこととは何なのだろう?と考えさせられました。(山﨑万里子)

 


1年目の11期とびラーです。彫刻の制作現場におじゃましたこと、身体の輪切りの型紙を見せてもらったこと、とにかく異次元の体験でワクワクしっぱなしでした。今は実際の展示を妄想してワクワクしています。(
小林有希子)

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