東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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Archive for 10月 8th, 2023

2023.10.08

 


 

執筆者:小野関亮吉

 

 

■モノを介してとびラー同士が知り合うためのとびラボ

同じとびラーといっても背景は人それぞれで、持っている興味関心もさまざまです。学びたいことや実現したいことの方向性が違えば、活動内容も変わってきます。

でもせっかく同じ時期にとびラーになったのだから、一人ひとりのことをもっと知りたくなりました。そこでこんなとびラボを「この指とまれ」しました。

 

※この指とまれ とは?
とびラーは、新しい活動のアイデアがひらめいたら「この指とまれ!」で他のとびラーを集めてチームを作ります。はじまるときには3人以上からスタートします。

 

 


 

■「人となり」が表れそうなものって何だろう?

人生の中で、一度に100人以上の人たちと出会う機会がどれくらいあるでしょうか?

それも同年代や同業種ばかりではなく、むしろ共通点を見つけることが難しく思えるような多種多様な人たちと。

私は入学や入社というライフイベントからだいぶ時間が経ってしまった年代ですが、この年齢になってからこれほど多くの人たちと知り合い、ともに活動できる機会に巡り会えるとは思ってもいませんでした。さらにそのステージは、東京都美術館であり、時には東京藝術大学のキャンパスの時もあります。とびラーとしての活動が始まった頃は、地に足のつかない思いだったことを思い出します。

とびラーになるとまず、美術館やアートコミュニケーションに関する基礎知識を学べる講座を受講します。基礎講座が始まると、徐々にとびラーたちの名前と顔が一致してきて、ここに集まった人たちがどんな人なのかをもっと知りたいし、私のことも知ってほしいと思いました。

 

知りたいのは、経歴や職業ではない。今興味のあることや大事にしているものなどから、その人の「人となり」を感じたいと思いました。しかし、いくらとびラー同士といってもねほりはほり尋ねるわけにもいきません。そこで、自然と「人となり」を伺い知れるアイテムって何だろう?と考えて、本に注目しました。

誰の本棚にも、捨てられない本や、忘れられない本、もう一度読みたい本があるでしょう。その中からお気に入りの1冊を持ち寄って、その本と自分とのエピソードを語ってもらったら、その人自身に近づけるのではないかと考えました。

 

 

 

■ききたいのは、本が好きな「あなたの話」

「この指とまれ」をする時のメッセージには、

「本の内容や、どんなにすばらしい本か、ということではなく、

どうしてその本を手に取ったのか?

どうしてその本を大事にしているのか?

その本からどんな影響を受けたのか?

・・・といったこと。つまり、

あなたの好きな「本の話」ではなく、本が好きな「あなたの話」をしましょう。」

というメッセージを込めました。

 

そして、集まったとびラーたちと、時間配分や順番の決め方、進行役や記録役などの役割分担も相談し、参加するとびラーみんなの語りに耳を傾け合う時間を設計しました。


話し合いを重ねている様子

 

 

 


 

■たくさんの「人となり」を感じられた

「とびラー文庫」は、計3回開催しました。

以下は参加したとびラーたちが、お気に入りの本を片手に話してくれたことを要約し、どんな人かを一言で表したものです。この記事を読んでくださっている方々にも、とびラーがどんなにバラエティ豊かな人たちの集まりであるかを感じてもらえたら嬉しいです。

 

・予備校講師の本の中の言葉から勇気をもらい、人生の大きな選択をした人

・ずっと同じ作家の小説を読み続け、作品ごとのスタイルの変化も楽しんでいる人

・一人旅には必ず本を一冊持って行く人

・古典文学から当時の恋愛事情や風習に興味を持った人

・中高生向けの哲学書を読んだ時に、周囲と自分との距離感を感じたという人

・カフカの作品だけでなく、人物像や作品をとりまく様々な考察を楽しむ人

・1930年代~1950年代頃のよく眠れる小説が好きという人

・スポーツを上達したいと足掻いていた頃に出会った本が、今でも自分の支えになっている人

・大きな地図の上で、自分が行った場所の距離感やスケール感を感じている人

・歴史に詳しく、歴史考証、科学考証がしっかりされた重厚な小説が好きな人

・絵本を読んで、自分の認識や価値観に鏡を向けられたように感じた人

・音楽を聴くように文章そのものを味わっている人

・ずっと読んでいたブログが書籍化され、その作者とのつながりができた人

・道を極めた染色家の思想や哲学に感銘を受けた人

・借金まみれの作家に関わった女性たちの気持ちを想像して、自分事のように怒ったり悲しんだりしている人

・建築界を舞台にした小説の登場人物に実在の建築家を重ねて楽しんでいる人

・長く続く歴史小説シリーズの怒涛の伏線回収にたまらない快感を覚えている人

・落ち込んだ時や疲れた時に何度も読み返す本が付箋だらけになっている人

・家出願望のあった思春期に、本の中に解放感を感じた人

・受刑者の詩集から、閉ざされた状況の中でも自由な感性が開かれる喜びを感じた人

・平凡な日常の学園生活を描いたマンガにどっぷりはまってしまった人

・ある“絵描き”が楽しそうにスケッチする様子から、自分の生き方を考えさせられた人

 


各々持ち寄った本をプレゼンテーションしている様子

 

 

 

こうして改めて並べてみても、どのお話からも一人ひとりが経験してきたことの厚みを感じます。そしてエピソードを語る声色や表情は、ある人は淡々と、ある人は情感豊かで、それぞれの独特な空気が表れていました。その人の好きなものや記憶に触れることができるアイテムを媒介にして、今目の前にいる人の「人となり」を感じられる機会となりました。願わくば、全てのとびラーのお話をきいてみたい。そう思えたとびラボでした。

 

 

 


 

◾️とびラーの「人となり」を知り合えた後

とびらプロジェクトでは「対話」が大切にされています。そして対話のための安心安全な場づくりについても、考える機会がたくさんあります。

この「とびラー文庫」では、一人が語り手となり、その他は聴き手となってゆっくりと話を聴き、その後に感想を言ったり質問したりする構成にしました。参加者は聴いている時間の方が随分と長いことになるのですが、皆が誰の話にも興味深く聞き入り、共感や驚きなどの反応を示していました。互いに関心を持っていることが態度にも表れており、受け入れてもらえる安心感のある場になっていたのではないかと思います。

 

また、「本」というモノを媒介としたことで、その人の趣味嗜好に加えて、その人がどんな経験をし、どんなことに感動してきたのかを知ることができました。ストーリーや思い出を纏う本というアイテムは、「人となり」を感じたいテーマとの相性が良く、対話を濃密にする効果があり、この場を共有したことによる親近感につなげられたました。

冒頭でも書いたように、同じとびラーでも興味関心は様々で、活動内容も人それぞれです。

とびらの活動に限らず、日常の中で自分とは考え方の違う人もいるでしょうし、意見がぶつかり合ってしまうこともあるかもしれません。しかし、間にモノを置き、モノを一緒に眺めながら互いの声に耳を傾け思いを巡らせ合うと、その人の価値観がゆっくりと自分の中に浸透してくるような感じがします。そして人と深く知り合うことは、自分とは違う感性を持つその人のことも、愛おしく感じられるようになるのだと思います。

 

誰かともう少し知り合いたくなった時、皆さんならどんなモノを選びますか?

 

 

 


 

執筆者:11期とびラー 小野関亮吉

普段はゲームソフトの開発現場でプロジェクトマネージャーをしています。公私共に人と関わる機会が少なくなっていることを感じ、コミュニケーションが生まれる仕組みやコミュニティ作りに関心を持つようになりました。美術館は作品を鑑賞するだけでなく、誰かかと出会える場所であることを伝えていきたいです。

 

 

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