東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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Archive for 1月 14th, 2025

2025.01.14

 

執筆者:とびラー12期 坂井雄貴

活動期間:2024年2月〜2025年2月
1年間にわたるとびラボでは、10期から13期の延べ70名が参加してくれました。

 


 

 

性・ジェンダーについての”とびラボ”を立ち上げたきっかけ

LGBTQ(性的マイノリティ)は人口の約3〜10%程度と言われており、とても身近な存在です。一方で、社会に性やジェンダーに基づく差別や偏見が根強く残る様子を日々感じながら、こうした差別や偏見の根底には人の価値観があること、そして多様な人たちが社会で混ざり合い、認め合うためには価値観を揺さぶるような「心が動く」経験が必要だと考えました。
とびらプロジェクトでは、美術館は作品を介して人間や社会に関して共に考え、共有し共感する社会装置であると学びます。を通して、性・ジェンダーの視点からも人が多様性に触れ、見たこともない表現に出会い考えを深められる場を作りたいと思い、このとびラボを立ち上げました。

 

 

アートコミュニケーションの場で感じた”性・ジェンダー”

とびらプロジェクトの活動でも、性やジェンダーについて考える機会は多くありました。例えば対話型鑑賞(以下VTS* )のときに、「男性が」「女性が」と人物のジェンダーを指定することがよくあります。当たり前のように共有されているジェンダーの認識は、本当にその場の人たちの間で共有できているのでしょうか?
また、子どもを迎えての鑑賞プログラムでは、子どものジェンダーを尊重して「くん」「ちゃん」と決めつけるのではなく「さん」付けで呼ぶことになっています。私たちは鑑賞の場を作るときに、参加者のジェンダーを尊重するという視点を持てているのでしょうか?
性・ジェンダーは人の生き方の根幹にあるものだからこそ、美術館で行われるアートコミュニケーションの場にも様々な形で現れています。

(* VTS:Visual Thinking Strategiesの略。複数人の対話を通して作品をより深く鑑賞する方法。)

 

 

安心・安全な場のためにーとびラボのグラウンド・ルール

まず、参加するとびラボのメンバーにとって、安心・安全な場になるように、グラウンド・ルールを定めました。大切なのは「とびラボ」だから、失敗してもOK!みんなで考えていきながらルールを変えていくこともOK!としたこと。

 (とびラボミーティングで使用したスライドより)

4回重ねたキックオフおよびブレインストーミングの会では、それぞれが様々な当事者性や問題意識、バックグラウンドや関心のグラデーションがある中で、思いを表現し、仲間の語りをじっくり「きく」時間を持ちました。

・LGBTQという言葉がない時代を長く過ごしてきたため、自分の意識を変えていきたい。
・身近な人にLGBTQの当事者がいる。
・職場でのジェンダーバイアス、男女役割へのモヤモヤを感じる。
・最近話題に上がることが多いLGBTQについて学びたい。
・自分の中に無自覚の差別や偏見があるかもと思い、価値観をアップデートしたい。
・アート業界におけるジェンダーの不均衡への違和感を感じていた(歴史的に著名な作家に男性が多い、絵画のモチーフに裸婦が多いなど)。

関心を持って集まったとびラーが、それぞれ人の意見に呼応して言葉にしたり、自問自答したり。そんな場面がとびラボの中で起こっていました。
その後、実際に3つの活動を通して、性・ジェンダーとアートコミュニケーションについて深めていきました。

 


 

 

◼️鑑賞ピクニック「大吉原展」

2024年3月〜5月に東京藝術大学大学美術館で開催されていた「大吉原展」をグループで鑑賞し、対話を行いました。
江戸時代の一大遊郭「吉原」の文化を扱うこの企画展では、広報について「女性が性的に搾取されていた歴史への配慮が不足しているのではないか」との議論があり、開催前にタイトルや広報について一部変更がなされるということがありました。

対話では、次のような意見がありました。
・吉原が持つ二面性(人権侵害・性売買という負の側面と、文化の拠点としてのポジティブな側面)について、アート作品の扱い方や展示はどうあるべきなのか。
・鑑賞者は当時を考える上で誰の立場として鑑賞するのか(遊女の視点、客や訪問者など)。
・吉原の作品に多くある浮世絵の美人画は画一的な描かれ方だと感じた。
・江戸時代に、人権=一人一人の人間にフォーカスを当てる考え方がなかったことを、作品を通して感じた。

性・ジェンダーというテーマを意識してグループで鑑賞することで、作品そのものはもちろん、美術館という場の展示や広報のあり方にも意識を向けることができた時間でした。

 


 

 

◼️クィア・アートでVTS

LGBTQの「Q」=「queer(クィア)」は、もともと「奇妙な」「変な」といった意味があり、もともとは同性愛者の蔑称として差別用語として使用されていましたが、LGBTQの当事者運動の中で、性的マイノリティのアイデンティティを広く指す言葉として使用されるようになりました。
今回は、クィア(社会における多数派の性規範に一致しないこと)をテーマで扱った作品、あるいは広く性・ジェンダーをテーマとして鑑賞できる作品を”クィア・アート”として捉え、VTSを通して考えを深める時間を持ちました。

その後、性・ジェンダーラボでのVTSだから意識したこと(できたこと・できなかったこと)ってなんだろう?という点を議論しました。

・言葉に気を遣った(人物について、男性なのか、女性なのか、それはどこからどう感じたのかを意識するようになった)。
・男性、女性と言ってはいけないわけではないはずなのに、どう言葉にしたらいいかわからない感覚があった。
・ファシリテーションでは、描かれている人物の年齢や性別を決めつけてしまわないように意識した。決めつけると鑑賞者の見方を狭めてしまうが、カテゴライズすることのわかりやすさとのバランスも大切だと思った。
・男性、女性と決めつけないために「男性のようにみえる人」「白い服を着ている人」といった表現をしていた。
・とびラボの場を安心できる場所にしたいという思いがあるから、慎重になるのかもしれない。

VTSを通して、自分の考えを表現する「言葉」(自分はなにを伝えたい?その言葉は相手にどう伝わる?)に意識を強く向ける、そんな経験を多くのとびラーがしていました。
また、この人は男性?女性?どちらでもない?どこからそう思うのか?そもそも男性か女性かをどうして知りたいのか?性別を知ることで、ジェンダーに紐づいて共有していると思っている価値観や経験ってなんだろう?そうしたことに思いを馳せることができた時間でした。

 


 

 

◼️読書会「アートとフェミニズム」

村上由鶴著「アートとフェミニズムは誰のもの?」を読み、深めるオンライン読書会を開催しました。

現代アートではフェミニズムをテーマにした作品が多くありますが、「フェミニズム」と聞くと怖い、とっつきにくい、男性を敵視している、といったイメージが語られてしまうことがあります。とびラーとして、まずアートとフェミニズムについての理解を深めたいと思い企画した読書会でした。
それぞれのアートとフェミニズムに関する美術館での鑑賞体験について共有し、モチーフとしての女性、男性の違いなどについて議論をする中で、様々な意見が出ました。

・フェミニズムについて伝える方法としてなぜアートが選ばれるのか?言葉で理解するのではなくアートをみることは、体験として五感に訴えるものが強くなると感じた。
・鑑賞という体験では、一緒に何かを感じている人の存在にも意味がある。作品そのものだけではなく、その場所や環境に身を置き、参加することで得られる感覚がある。
・依然男性の力が強いことが多い社会で、フェミニズムは女性が人間としてどう存在するのかを考えることだと感じた。
・社会に根付いている「みる男性、みられる女性」という構造的なものを改めて感じた。
・性に関する視点について、自覚せずに生きている部分があった。自分が考えていたこと、感じていたことを思い出してみようと思った。

 


 

 

◼️最後に・・・性・ジェンダーをテーマにしたとびラボを通して

解散回(とびラボの最終回)では、合計8回のとびラボを重ねる中で、「性・ジェンダーなど時に対立を生みやすくセンシティブなテーマを扱うとき、安全な場とはどんな場だろうか? 場づくりに必要なことはなんだろうか?」というテーマで話し合い、さまざまな意見を交わしました。

・安全な場とは、何かがわかる場ではなく、わからなくてもよいと言える・感じられる場であること。
・ことばの主観と客観の違いに敏感であることが大切。日常では混ざっていて、主観をあたかも客観=共通の認識のように扱ってしまうことが多い。本当に共通の認識かを疑い続けて、場に問いかけていきたい。
・新しい価値観や見方との出会いや対話の場をデザインするアートコミュニケーションは、社会的マイノリティの公共性につながる社会的資源を育む活動につながっていくと感じた。

とびラーは、とびらプロジェクトの任期中、そして任期を満了した後にもアートコミュニケーションを通して、人と人、人とアートのつながりを作るハブになっていきます。このとびラボを通して、年齢やバックグラウンド、性のあり方も様々なとびラーと対話を重ねました。
とびらプロジェクトというコミュニティが、社会では時にセンシティブに扱われながらも人の生き方の中核をなす「性・ジェンダー」というテーマについてフレンドリーであること。そしてアートを通して、センシティブなテーマでも安心して話し合える場づくりができること。そんな未来の社会資源に繋がっていくような、種まきになったと感じられたとびラボでした。

 


 

 

執筆者:とびラー12期 坂井雄貴

とびラボの軌跡を振り返りながら、改めてアートや対話の場が持つ力を感じました。様々なバックグラウンドを持つとびラーは、社会の写し鏡でもあります。アートコミュニケーションの楽しさや可能性を多くの方に知っていただき、共に生きる多様な人たちにとってより優しい社会の実現につながっていくことを願っています。

 

 

 

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