東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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Archive for 1月 14th, 2025

2025.01.14

 

晩秋の木々に包まれた東京藝術大学取手校舎。研究室にたどり着くと、灯りがぽっとともったような炭屋さんの笑顔が迎えてくれました。部屋の中央には、どこか懐かしさを感じさせるカラフルなタイルと、地面を切り取ったような重量感のある作品が並んでいます。

― 修了制作の作品について教えてください


私の修了制作の作品は「包まれる」というテーマで、あたたかいものに包まれたいという思いを込めています。温泉が大好きで、ひとり用の壺湯の「浴槽」を作っています。


まだ暑い9月上旬に、ふるさとの佐賀県の親戚の畑に穴を掘り浴槽の形にして、そこにコンクリートを流し固めて作りました。掘り上げた浴槽の周りに付いてきた畑の土をそのまま残すために、樹脂でコーティングしています。

佐賀で作った浴槽は、底部と側面の5つのパーツに分けて藝大まで運びました。それを元の形につなげて内側にタイルを貼っていきます。浴槽の底には空から見渡した佐賀の田んぼを、側面には山並みや田んぼの風景を、絵を描くようにタイルで表現していきます。

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畦に囲まれた田んぼの区画をモチーフにした四角いタイルや、山の形をしたタイルを作りました。陶芸用の絵の具を刷毛で描くように色をつけ、透明釉(光沢のある透明無色の釉薬)をかけて焼きました。下描きをして貼るわけではないので、タイルの数が足りるかどうかも、やってみないと分からないんです。

― 作品を作るうえでどのようなことを大切にされていますか


素材を活かすこと、そして佐賀の畑で制作を始めたように、作る場所を大切にしています。東京に出て6年が経ちますが、ずっとホームシックなんです。大好きな佐賀の景色や空気、田んぼを東京に持ってきたらおもしろいだろうと思いました。

私には、「いいな」と思うものそのものになってみたいという気持ちがあります。この浴槽に入ったら、稲穂に囲まれ、田んぼに包まれる気持ちになり、大好きな稲や田んぼそのものになる体験ができたらと思います。卒展では屋外に展示する予定です。お湯は入れませんが、見に来てくださる人にも中に入ってもらえるものにしたいと考えています。

 

― なぜ修了制作でお風呂をモチーフにされたのでしょうか

 

よく家族で山登りをして、その後に温泉に行った思い出があり、幼いころから温泉が大好きでした。コロナ禍で外に出られなくなり、実家のお風呂に絵を描いたのをきっかけにお風呂をモチーフにするようになりました。お風呂はあったかく包んでくれて、何もしなくてもいい場所です。

修了制作作品の壺湯の周りには、3m×3mの白い布に絵を描いた、目隠しののれんをかけます。以前作ったのれんには、滝に打たれた体験を思い出して、包まれるように滝を描きました。今回は何を描くかはまだ悩み中です。

お風呂グッズも作りました。お湯に浮かべるおもちゃのアヒルは、はにわのイメージで野焼きをしました。

銭湯でよく見かける「ケロリン」と書いてある黄色い風呂桶をモデルにして、小松石を彫って桶を作りました。この桶は、重さが5キロもあります。グラインダーを使って彫る桶は、石から思った形がどんどん現れてくる楽しい作業でした。ですが、磨くのは大変で、爪が削れてなくなりました。

 

高校までやっていた書道の経験を生かして、拾ってきた板材に「壺湯 すみ屋」と筆で書き、壺湯の看板にします。興味があることには何にでも手を出すんです。

― ふるさとの佐賀ではどんな子ども時代を過ごしていましたか

小さい頃から、ずっと何かを作り続けている子どもでした。自然の中で育ち、泥団子を作ったり山に登ったり。今の制作活動も、すべて子どもの頃の体験の延長線上にあると思います。素材や作品に向かい合い、体を動かして何かを作りたいという気持ちは変わりません。


高校は美術コースのある学校で、先生に勧められて油絵を始めて、気づいたらここにいるという感じです。多摩美術大学への進学が決まった時には東京に行くことが不安でしたが、担任の先生が多摩美出身だったので、多摩美に行けば美術の先生として、佐賀に戻ってこられるかなと考えていました。先生にも「佐賀で先生をやりたいのなら1回外に出た方がいいぞ」と言われて、確かに外の景色を見ておいた方がいいかなと大学に行く決心をしました。

― 学部卒業後に東京藝術大学の美術教育研究室に進んだ理由を教えてください


私が藝大の美術教育研究室を選んだ理由は、実技制作と理論研究の両方をできるからでした。私は多摩美の油画専攻出身ですが、こうしてお風呂を作ったり、絵を描いていたりしていても、ずっと作品制作だけをしていてはだめだなって思っていたんです。作品と社会とのつながりを形にするためには、言語化することの大切さ、必要性を感じていました。でも言葉にするのは苦手だったので、きちんとものが言えるようになりたいと思っていました。

藝大の学びで印象に残っていることはなんですか

先生の紹介で、2024年に開催していた、静岡県島田市の「UNMANNED 無人駅の芸術祭/大井川」という芸術祭にインターンとして行かせていただき、実際に運営側を経験することができたことです。それ以外にも、あちこちの芸術祭に足を運べたことがとても貴重な経験になりました。

藝大の研究室はいろいろなワークショップの委託を受けているので、アシスタントとして様々な場所に行かせていただいたことも勉強になりました。学部2年生の時からコロナ禍が始まって、あまり外に出て活動することができなかったので、大学院に入ってから、実際に子どもたちと関われたことは楽しい学びでした。自分も制作者として、作ること自体をとても楽しいと思っているので、アートを通して子どもたちに、作る楽しさを伝えられたのではないかと思います。
将来は自分も人の役に立つことをやりたいと思うところがあって、それには、私の作品だけでは限界があると感じていました。作品と人とのつなぎ手となることで人を笑顔にしたいという気持ちを実現するために、もっと社会的な広がりのある、町や地域単位でプロジェクトをやりたいと研究室での体験を通じて考えるようになりました。

― 将来の夢を聞かせてください


地域芸術祭に興味があり、自分でも芸術祭を作ってみたいという夢を持っています。学部4年生の時に、新潟県の「大地の芸術祭」を見に行き、過疎化が進む地域にもかかわらず、たくさんの人が来ている様子に、アートってこんな力を持っているのかととても驚きました。その体験は、こういうことを九州に帰ってやりたいと思うきっかけになりました。

もちろん作品を作る側も好きですが、芸術祭を実行する運営側になるためには、人に論理的にものを伝える力が必要だと思いました。自分が考えたことを形にするだけでなく、多くの人と合意したり、協力したり、みんなで力を出していくためには、言葉の力が必要で、それを学ぼうと自覚したということなんです。芸術祭を実行するという夢がはっきりしてきたので、来年から、熊本県の湯前町の「地域おこし協力隊」として働くことを決めました。

 

― 湯前町とはどういうご縁があったのでしょうか


球磨郡湯前町の少し離れたところに祖父母が住んでいて、小さい頃からよく遊びに行っていました。日本三大急流のひとつ、球磨川の流れに沿って走るくま川鉄道が大好きなんです。くま川鉄道は、2020年の水害で線路や橋が流されて、今も復旧の途中です。湯前町はくま川鉄道の終点の地域ですから、沿線に沿ってアートで何かできるんじゃないかと考えています。あの場所で受け取った大事なものを残して、伝えていきたくて、湯前町役場の方々にアートで地域おこしをしたいと話をしたら賛同を得られました。この活動でなら藝大大学院での2年間の学びが生かせそうだなと思いました。今も教育にも興味があるので、地域おこしの仕事が学校教育に活かせるかどうかわかりませんが、将来的にまた教育方面でも何かできたらと考えています。
私は地域おこしにアートを持ち込みたいと勝手に考えていますが、町の人が本当はどう思っているのかわかりません。ですから最初は、ワークショップなどの交流を通じて地域の人たちが求めていることを理解した上で活動したいと考えています。また、レジデンスで国内外のアーティストを呼び、空き家の活用もやりたいと思います。

― これからの作品制作についてはどのようにお考えですか


大学院を修了してからも、作品制作は続けていこうと思っています。湯前町とも住む家を決めるにあたり、地域おこしをしながら作品の制作をやりたいと相談しています。今はとにかく石を彫りたい。石を彫るきっかけとなった温泉で見た20トンもある岩のお風呂のように、自分の手で石に触れ、包まれながら、大きな作品を彫れたらと思います。

― 地元の子どもたちに伝えたいことはどんなことですか


やはり佐賀と都市部は全然違います。美術館の数も、文化に関する情報量もとにかく違う。私は、油絵の先生に油絵制作を教わったことが、自分の興味関心を見つけることにつながっていったと思います。そこから東京の美術大学に進んでみたら、さらに立体作品や、インスタレーション作品など多様なアートの楽しさに気づいていきました。そんなふうに子どもたちの視野を広げてあげられる人になりたいと思います。外に出た人間が地域に戻ってくるということも、子どもたちが選択肢を広げて、自由になることに影響するんじゃないでしょうか。湯前町の地域おこしでもワークショップを開いて、子どもにいろんな創作体験をさせてあげたいなと思っています。
作品を作るって本人をそのまま表すと思います。アートは自分を表す手段としてとても有効なので、頭でいろいろ考えなくていい、心を開放する体験ができる学びなんじゃないかなと思います。

― 卒展を見に来てくれる人へのメッセージをお願いします


みなさんは、私の作品を見て何を思うのでしょうか。私はお風呂を作りたい、田んぼに包まれたいと思ってこの作品を作っているのですが、見てくださる方には、同じように思ってもらいたいということはないんです。温かいものに包まれたいというテーマで、温かい気持ちになる作品にしたいという思いはありますが、見たまま、感じるままに受け止めてもらえればいいと思います。
本当は、社会的なコンセプトもあるのですが、それを外に出して伝えるべきかは、慎重に考えたいと思っています。作品の素材も、思うところがあって、あえてコンクリートで作っています。
言葉はとても強く、作品の横に置くと見た印象に大きく影響すると思います。私の作品は、見て体験できたぐらいがちょうどいいと思っています。「佐賀の田んぼ持ってきました」という感じが伝わればいいんです。
私の作品を見て、特に地方から出てきた人からは「なんかすごく落ち着く」、「懐かしい」と言われることが多いので、やっぱり田んぼの景色を知っている人には言葉がなくても伝わるものがあるのだと思っています。

 

終始ほほえみながら楽しそうにお話してくださった炭屋さん。ふるさとの佐賀への愛情、作品に込められた想い、活動への情熱が、言葉や瞳の輝きから伝わってきました。柔らかな癒しの力をまとう芯の強さを感じます。

卒展で、完成した作品「壺湯 すみ屋」に入るのが楽しみです。作品に包まれ、ほっこりと優しい気持ちに満たされて、ついつい長湯をしてしまうかもしれません。


(参考)


新潟県十日町市・津南町「大地の芸術祭」
https://www.echigo-tsumari.jp/news/20230721/

静岡県島田市・川根本町「UNMANNED 無人駅の芸術祭/大井川」
https://shizuoka-hamamatsu-izu.com/shizuoka/shimada-city/unmanned-mujineki/

総務省「地域おこし協力隊」
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/02gyosei08_03000066.html


取材:井戸敦子・小木曽陽子・曽我千文・谷口圭
執筆:曽我千文
撮影・編集:越川さくら(とびらプロジェクトコーディネータ)

 

インタビューは炭屋さんがこれまでの出会いの中で感じたこと・大切にしていることにじんわりと包まれるような美しくて素敵な冬のひとときでした。(11期とびラー:井戸敦子) 

                           

故郷への想いがぎゅっと詰まった炭屋さんの作品に触れると、不思議と懐かしさがこみあげてきます。いつか佐賀県や熊本県湯前町に足を運び、温泉と大自然を味わってみたいです。(11期とびラー:小木曽陽子)

                           

炭屋さんとお話していると、時にやわらかく、時に力強い、田んぼを吹く風を感じる気がしました。佐賀のバルーンフェスティバルで風にのる熱気球から、田んぼや山なみを眺めてみたいです。(11期とびラー:曽我千文)

                           

初めて目にするのにどこか懐かしい気持ちになる作品と、炭屋さんご本人の柔らかな佇まいから、こんこんと湧き出る不思議な力を受け取りました。(12期とびラー:谷口圭)

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