2025.05.26
執筆者:寺岡久美子
東京都美術館の「ミロ展」で、2025年5⽉26⽇に障害のある⽅のための特別鑑賞会が開催されました。その中でとびラボの活動である、iPad を活⽤した来館者とのコミュニケーションを実施しました。 iPad を使⽤することで、⾞いすの⽅などで壁や台の上の作品が⾒づらい⽅や、ロービジョンの方、細かいところが見えづらい方が、作品を⼿元で拡大して⾒られるなど、アート・コミュニケータ(とびラー)とコミュニケーションしながら作品鑑賞を行う取り組みです。

ラボのキックオフ集合写真
当⽇を迎えるまで、ラボメンバーで準備を重ねました。まずは、どの作品がiPadを活⽤するのに適しているのか、メンバーで展⽰室を回りながら話し合いました。今回のミロ作品は⼤きなものが多く、作品のサイズが⼩さいことが理由で⾒づらいことはあまりないように、はじめは感じていました。しかし、展⽰室を回りながら確認するうちに「この作品は、近寄って⾒るとすごく細かく草⽊が描かれているから、ぜひこれを拡⼤してよく⾒てもらいたいね。」という意見や、「ミロが作品を描く元となったポストカードや素描と、作品を⼿元で⾒⽐べられるとより⾒やすいね。」というような意⾒が出ました。さらに「このエリアは他と⽐べて展⽰スペースの照明を落としていて、⾞椅⼦からだと作品が光ってしまって⾒えづらいかも。」など、さまざまな方に合わせた視点も重視しながら、どのようなコミュニケーションが⽣まれるか想像して、iPadで扱う作品選びをしていきました。

iPadで使う作品の選出1

iPadで使う作品の選出2
また、来館者からも何の取り組みをしているのかわかりやすいように、とびラーが肩から掛ける看板も作成しました。

肩掛け看板

鑑賞者との対話記録シート
そして以下の四作品を選定しました。
①《ヤシの⽊のある家》1918年
②ヘンドリク・ソルフ《リュートを弾く⼈》1661年 ※《オランダの室内Ⅰ》の元になった作品
③《オランダの室内Ⅰのための準備素描 Fig.4》1928年
④《コラージュ=ドローイング》1933年
特別鑑賞会にはさまざまな方が参加します。作品の前でしばし止ま
作品ごとにどのようなコミュニケーションをしたのか、⼀部ご紹介したいと思います。
①《ヤシの⽊のある家》1918年
この作品は⾮常に細かく建物やヤシの⽊、畑などが描かれている作品です。「この絵が新聞で紹介されていたので、ゆっくり観てみたかったんです。」と⼿元のiPadでも拡⼤してご覧になった⽅が、拡⼤して⾒てみると畑に描かれている植物がひとつひとつ異なることに気づかれました。「まるで着物の紋様のようね。」と、感じたことを伝えてくれました。
建物にツタが絡まっている様⼦や、ひまわりが1本だけ咲いていること、かぼちゃがたくさん並んでいるのを⾒つけたり、拡⼤して初めて発⾒したことを教えてくれました。そこから「季節は夏なのかなぁ。」「⼀般の⺠家ではないと思う。」など、絵の中の物語を語り合うことができました。
②ヘンドリク・ソルフ《リュートを弾く⼈》1661年(※《オランダの室内Ⅰ》の元になった作品)
③《オランダの室内Ⅰのための準備素描 Fig.4》1928年
ミロはオランダ旅⾏の際に買ってきた《リュートを弾く⼈》のポストカードを元に、《オランダの室内Ⅰ》を描きました。この元となった絵を、ミロ作品の前でiPadを使って⾒⽐べました。「あぁ、猫もあそこに描かれている。でも右側の⼥の⼈はどこに⾏っちゃったんだろう?」「元のポストカードにはカエルやコウモリはいないのに、ミロにはこんな⾵に⾒えるんだね、楽しさが伝わるなあ。」「⾃分はポストカードよりミロの絵のほうが、元気が出る感じで好きだなあ。⾊が良いんだよね。」など、お話が弾みました。

《オランダの室内Ⅰ》の前で、参考作品と見比べている
④《コラージュ=ドローイング》1933年
ドローイングの上に、ポストカードや切り取りされたモチーフが貼り付けられている作品です。「拡⼤したらコラージュだと気づいた。最初、貼られているものは窓だと思っていた。」と、拡⼤することでどのような作品なのか気づいてもらうことができました。「コラージュは、どう作られているのか良くわからなかったので、拡⼤して⾒られて嬉しい。」と、iPadを活⽤してじっくり作品を鑑賞してもらいました。ドローイング部分は「お地蔵さんがシャワーを浴びているみたい。」「⼥性が⽝を抱えているように⾒える。」など、いろいろな⾒⽅を聞くことができました。

《コラージュ・ドローイング》の前で、参考作品と見比べている
展覧会を鑑賞しに来た来館者の⽅に、作品そのものを楽しんでもらうため実施したiPadによるコミュニケーション。われわれアート・コミュニケータにとっても、来館者と直接⾔葉を交わしながら⼀緒に作品を鑑賞できることが予想以上に楽しく、喜びに満ちた嬉しい時間でした。これからも、来館者に楽しんでもらえる活動をしていきたいと思います。

執筆者:13 期とびラー 寺岡久美⼦
普段よく使っているiPadが美術館と掛け合わさることで気づきや喜び、嬉しさに繋がるという体感を得られました。普段は情報通信系企業で働いています。小さい頃は図鑑の昆虫、植物、図画・工作の巻を眺めるのが好きでした。大人になってから美術館で過ごす時間が癒しの時間で、展示室以外にも美術館のカフェであれこれ考え事するのが好きです。自分も描きたいなぁ、と昨年から通信制の芸術大学に入学して洋画を学び中です。
2025.05.14
・
・
【第3回基礎講座 作品を鑑賞するとは】
日時|2025年5月10日(土)10時~15時
場所|東京都美術館 交流棟2階 アートスタディルーム
講師|熊谷香寿美(東京都美術館 学芸員 アート・コミュニケーション係長)
内容|作品の鑑賞について理解を深めます。作品が存在することによって起こる体験とは、私たちにとってどのように意義があるのか、それらを鑑賞することの意味についても考えてみます。
・鑑賞とは何か?
・複数で鑑賞することとは?
・
・
鑑賞を知る・体験する
・
作品を鑑賞することは、美術館を拠点にアートを介してコミュニティを育むとびらプロジェクトの基盤となる活動です。
基礎講座3回目では、「作品を鑑賞すること」を考えるレクチャーとともに、 美術館で実際の展覧会の作品を鑑賞しながら講座を行いました。
・
・
・
・
午前の体験
・
午前中は、とびらプロジェクトマネージャの熊谷さんからレクチャーを聞いた後、1つの作品をじっくり鑑賞する体験をします。
鑑賞するのは、講座当日に東京都美術館 公募棟で開催されていた「東光展」(会期:2025年4月25日(金)〜5月10日(土))です。
とびラーは展示室を1周した後それぞれお気に入りの作品を選び、約30分間じっくり向き合いました。
展示室から帰ってくると、自分が選んだ作品について考えたこと・感じたこと・気がついたことをグループでシェアします。
同じグループのメンバーの気づきに対して、
「そんなこと全然気がつかなかった!」「視点が面白い!」と、驚く声が多く聞こえてきました
・
・
・
午後の内容
・
午後は1つの作品を複数人でみていく体験をします。
鑑賞するのは神奈川県立近代美術館所蔵、松本竣介《立てる像》の図版を使ったアートカードです。
描かれている人物の表情や身体の部分、背景などに注目してグループで作品について話し合いました。
同じグループのメンバーの気づきを
「ああ〜」「なるほど!」「確かに、、、」と、
きくことを通して鑑賞が育っていく様子が印象的でした。・
・
・
今回の講座ではとびらプロジェクトの特徴でもあるお互いに話をききあうことのできるコミュニティでの「共同的な学び」が、複数の人で作品を鑑賞する上でも重要になることについて考えました。
・
基礎講座も折り返し地点をむかえました。
回を重ねるごとに雰囲気が和らぎ、場が盛り上がっているように感じます。
後半3回の講座では、アートを介したコミュニティのあり方・活動の作り方についてみなさんと考えていきたいと思います。
(とびらプロジェクト アシスタント 三原凜子)
2025.05.07
【第2回基礎講座 「きく力」を身につける】
日時|2025年4月26日(土)10時~15時
場所|東京藝術大学 美術学部 中央棟2階 第3講義室
講師|西村佳哲
内容|コミュニケーションの基本は、上手な話し方をするのではなく、話している相手に、本当に関心を持って「きく」ことから始まります。この回では、人の話を「きく力」について考えます。
・話を〈きかない〉とはどういうことか?
・話を〈きく〉とは? また、それによって生まれるものとは?
基礎講座の第2回は「きく力」がテーマでした。
この「きく力」はとびらプロジェクトが大切にしていることのひとつで、毎年1年目とびラーはこの講座に参加します。
西村さんからレクチャーと、とびラー同士でのシェアする時間をはさみながら講座が進んでいく進め方の説明や、「きく力」についての導入がありました。
講座では3人組になる場面が多くあります。
自己紹介が終わると「はい、解散!」と、新たな3人組になり、コミュニケーションの輪が広がっていきます。
場が和んだところでいよいよ本題です。
まずは、西村さんと、とびらプロジェクト コーディネータ 大東さんがロールプレイを行いました。
話し手の大東さんに西村さんが様々なきき方をしていき、とびラーはきき方が話し手にどのような影響を与えているのか観察します。
「それぞれのきき方が話し手に与える影響は?」
「『話の内容でなく、その人に関心をもつ』ってどういうこと?」
ところどころで西村さんから問いかけがあり、とびラーは自分の考えを書き留めていきます。
午前中の最後には3人組でそれぞれが書き留めたものを回し読みした後、考えたこと・感じたことをシェアします。
「書く→読み合う」のワンクッションにより、それぞれが自分の考え・感覚を整理する時間になりました。
午後は新たな3人組で「話し手」「きき手」「観察者」の3役をローテーションしながら、「話の内容だけに関心を向けるきき方」「内容だけでなく話し手に関心を向けるきき方」を試していきます。
最後に西村さんから「お互いに表現し合える場をつくるためには、きいてくれる人がいること、そしてきき方の質が大切」という心理的安全性のお話がありました。
今回の講座で普段の自身の「きき方」を振り返ったとびラーも多かったのではないでしょうか。
皆さんの「きく力」によってこれから様々なアート・コミュニケーションが生まれることでしょう。
簡単なようでとても難しい、「きく」とはどういうことなのか、とびラーの皆さんと一緒に考えていければと思います。
(とびらプロジェクト アシスタント 三原凜子)