2026.01.23
東京藝術大学(以下、藝大)の建築科は1学年たったの15人だそうです。インタビューさせていただいたのはその建築科に所属する学部4年生の岡崎万実子さん。案内された総合工芸棟4階の製図室には、ゆるく仕切られたスペースで各自が研究や制作をする建築科独特の空間が広がります。お話を伺ったのは、まさに追い込み中の12月。卒業制作はなんと、施主さんがいる本物の建築物でした。
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建築科4年岡崎万実子さん
ドローイングの貼られた壁の前の建物模型に目が留まります
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岡崎さんのスペースには、建築素材や模型、図面がおかれ、右手の壁一面には何枚ものドローイングが貼られています。
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– こちらが卒業制作ですか?
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はい、卒業制作の背景からお話しします。藝大音楽科の友人のご両親が、住宅とゲストハウス(宿泊施設)を建てるという計画がありまして、その友人に声をかけてもらって、学部3年生の頃から設計に関わらせていただいています。その場所が、瀬戸内しまなみ海道が通る「大島」です。目の前には海が広がり、裏手には山がある敷地です。島の中でも住宅が集まった場所からは少し離れていて、波の音だけが聞こえるような静かな場所です。
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卒業制作が建つのは瀬戸内海の大島
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実際に現地では施工が始まっていてこの写真は棟上式の様子です。今の設計段階としては、建具の取っ手やフックなど、小さいものの選定と、ディテールの設計をしています。
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施工場所の写真と棟上げ式の様子
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– 3年生からメインの設計者として関わっていらっしゃるなんて素晴らしいですね!
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工務店さんと相談しながら進めています。全体は、住宅とゲストハウスが連なる構成で、まず住宅があり、その「はなれ」としてお父さんの書斎と倉庫が配置されています。その奥にゲストハウスが続き、ゲストハウスは中庭に面しています。住宅とゲストハウスの空間は分けられていますが、一部で動線が重なり合っています。設計する上では、ドローイングを描くようにしています。
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壁一面にドローイング。一旦抽象化して考えるのに欠かせないとか
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– 壁一面が全部そのドローイングなんですね。模型を作るより先に絵を描くのですか?
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そうです。正確には、模型を作りながらドローイングを描き、また模型を更新する、という往復をしています。
例えば、室外機の配置を考えたときも、ドローイングがきっかけになりました。これは、ドアの並びと室外機の関係を考えたドローイングです。ドアと同じような形で開口を設け、そこを室外機の置き場にしてみました。室外機を壁面から突き出さずに納めようとすると、壁に窪みが必要になります。その窪みは、室内側から見ると出っ張りとして現れますが、そこをスーツケースを置くための棚として利用できると考えました。すると、それまでキッチンが想定されていた位置と、クローゼットの配置が入れ替わることになります。
見え方やものの関係を起点に、そこから新しい形や機能に波及していく。そうした連鎖を意識しながら設計しています。
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左はドアと室外機の配置を考えたドローイング、右は内側にできた窪みの断面図
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– 見た目からの発想が機能に転換されていますね。では、こちらは何ですか?
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天井のドローイング
白抜きの楕円がダウンライト、黒い楕円が火災報知器
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寝室のベッドから天井を見上げた図です。ダウンライトが天井に3つ必要で、さらに火災報知器をどこかに置かなければなりません。ダウンライトと火災報知器の実物を並べてみると、似たような形と大きさをしているなと。
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ダウンライトと火災報知器
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普通は火災報知器は付属物として扱われますが、それを一旦ドローイングに置き換えて抽象化してみることによって、同じ形としてフラットに設計に取り込めるのではないかと考えました。同じようなものとして配列しているけれど1つだけ火災報知器になっているという訳です。
部分的にドローイングを描いて、その度に決定を下していきますが、全体を見ると部分同士はリンクしているというか、韻を踏んでいるというか。
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– リンクして韻を踏む・・・形や間隔のリズムがということですね。
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そうですね。例えば壁の高さとネジのピッチなど一見バラバラのものが関係づけられて、寸法が決められています。
そして、こちらのドローイングも・・・住宅側のトイレ前の壁のポケットに置かれた一輪挿しの花と、奥の窓越しに広がるお庭の風景とが、ちょうど同じ高さで並び、同じ額縁の中に切り取られたように重なって見えています。
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壁のポケットの一輪挿しと奥の窓
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ドローイングにすると、大きさとか距離感が抽象化されるので、大きい・小さい、遠い・近いみたいなことを同一平面で考えるきっかけになります。このようにすごく具体的な部分と、抽象的なイメージとを擦り合わせるように進めています。
建築の設計というのは、一般的に大きい外形から決まって、それから構造が決まって、壁、天井、巾木、家具、というふうに、ヒエラルキーがあると思うんです。一旦はディテールまで設計していきますが、引き戻ってスケールを横断的に考えていくように意識しています。
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– 施主さんとお話しして最初に作り上げたコンセプトやイメージなどはどんなものだったのですか?
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授業での設計と大きく違うと感じているところが、自分だけの設計ではなくて、施主さんの要望であったり、工務店さんの施工性の有無だったり、社会的な制度などが複雑に絡み合った中で設計されるというところです。最初にコンセプトは立ててはいたのですが、どんどん形が自分の手から離れていくというか。ですから、個々の要素を統合的に制御するのではなく、ものの関係を部分的に結びつけながら、全体が何となく見えてくるような設計を目指しています。
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例えば、全体プランとしては、もともとゲストハウスと住宅は別々の棟で考えていたのですが、建築申請をする段階で1棟に変更する必要が出てきました。それを受けて、この住宅とゲストハウスをつなぐ外壁が、住宅側から連続してそのままゲストハウスの内壁として現れてくるようにしました。制度によって定住する夫婦とゲストとの関係が作られていった訳です。このように、検討中の様々なフェーズで出てくる新たな条件に従って形が変形していくような設計をしています。
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手前が住宅、奥がゲストハウス、間の直線部分が書斎兼倉庫
ゲストハウスの中心には廊下が斜めに走っている
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– いろいろな変更は施主さんも予測できないのですね。そもそも施主さんがいちばん大切にされた設計上のポイントはありますか?
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ゲストハウスについては、海が見えること、そして、お庭でバーベキューができるスペースがほしいということでした。そこで、ゲストハウスには大きな土間を設けています。キャリーケースを持ったまま土足で入り、クローゼットで荷物を置いて、そのまま中庭に出られる動線を想定しています。釣ってきた魚を土足のままキッチンで調理できるなど、靴を脱ぐ・脱がないといった行為の切り替えも、意識しています。
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– こだわった素材、特徴的な素材はありますか。
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外装は「焼杉」にしています。焼杉は塩害に強いので海の近いこの地域でよく使われてきました。その焼杉を、外壁だけでなく内側の廊下にも連続して用いています。特徴的な焼杉の外壁に沿って外部を歩いていくと、そのまま内側の廊下へとつながり、さらに進むと再び外壁として現れます。表裏が次々と反転していくような感じです。
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焼杉の外壁が模型にも表現されている
焼杉の外壁材。仕上げで異なる表情が出る
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こちらはその焼杉のマテリアルのスタディ(素材の検討)です。焼いたままではマットな黒ですが、その上にオイル塗装をして、さらに強く表面を布でこすってみると、凸になった木目だけが浮き上がり、奥行きや立体感が出るようになりました。このように異なる仕上げ面をどこかで採用していこうと思っています。
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– 岡崎さんご自身についても伺いたいのですが、なぜ建築に興味を持たれたのですか?
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建築をやりたいと思ったのは物心ついた時からです。3歳くらいのことなのでよく覚えていないのですが、ものを作ったり絵を描いたりすることが好きで「建築家」という職業があると教えてもらったときに、これだ!って思ったのを覚えています。
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– 3歳から!家を作りたいと思うきっかけがあったのですか?
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家で部屋を移動するとなると、人は壁に沿って歩くことになりますよね。さらに、その壁の素材によって、過ごし方や人との関係性までも規定されることがある、そんな建築の力みたいなものに惹かれたんです。
建築は、作るものの中でも人に与える影響がすごく大きいものだと思っています。そういうものに携わりたいというのがいちばん大きいです。
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– その時思っていた建築家のイメージは今も同じですか?
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いいえ、大学に入ってすごく解像度が上がりました。それこそ今、実際の建築物の設計に初めて携わることでイメージは大きく更新されています。設備や制度的なことは、大学の課題だけでは考えることがない領域だったので、そういうものをむしろ肯定的に受け取りながら設計しています。
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– 藝大の建築科を選んだ理由は?
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意匠設計に興味があり、藝大にはそうした設計について議論し合える仲間がたくさんいると思ったので選びました。藝大に入ったことで、建築の表現にも興味を持つようになりました。今回は実際に建つ建築を設計していますが、実施されないものであっても、建築を通して考えを示すこと自体に意味があるのではないかと思っています。建築は建物そのものだけでなく、そこに至るプロセスや考え方にもあるという面白さに、大学で気づきました。
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– 建築は幅広いようですが、特に興味があって今後取り組んでみたいことはありますか?
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大学の課題では、一人で考えながら設計を進める時間が多かったのですが、実際の設計では、施主さんや工務店の方など、さまざまな人と対話しながら形が決まっていくことに面白さを感じています。そうした人との関係の中で建築が立ち上がっていくプロセスにも、関心があります。
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– 卒業・修了作品展はどんな展示になりますか?
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ここにある全部です。ドローイングと図面を並べておいて、ドローイングでは、切り取ったものの関係をどう見せたいのかを示し、図面ではそう見せるために実際にどのように設計しているのかを表現していきます。あとはその図面に至るまでの過程を文章で補ったり、採用されなかった図面を置いてみたり、そういうプロセス全体を作品として展示します。
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– 今回の設計に携わることで、見直したこと、感心したことはありますか?
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たくさんあります。例えば、コンセントカバーひとつでも、素材や質感の違いによって空間の印象が大きく変わることに改めて気づきました。造作家具を考える際も、ビスをどこに、どの間隔で留めるかによって見え方が変わってきます。そうした細部の選択が積み重なることで空間がつくられていくのだと実感し、これまで意識していなかったものが、少しずつ見えるようになってきました。
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– 建築に関する考え方に変化はありますか?
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建築は、ひとつの論理で説明できるものとして、わかりやすさを求められる部分がありますが、もう少し建築は複雑なものなのではないかと思い始めています。模型をそのまま肥大化させたような作り方ではなくて、もう少し包括的に全体を説明する・・・何というか「つぶさな目線」を持って建築を見るようなことではないかと。この制作に関わったことで、実際にものがどう成り立っているのかについて解像度がものすごく上がりました。今までは、建築の形態や機能性といった全体性に関心を持っていたのですが、最近は、材料やもの同士の接続といった細かな部分から建築を考えていくことの可能性を感じています。
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– 学部4年を卒業された後はどちらに?
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東京藝術大学の大学院に進学を予定しています。
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– どんな建築家に将来なりたいですか?
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常にまだ自分が扱ったことのない建築に関わっていたいですね。公共建築とか、住宅とか、家具スケールのものまで、いろんなスケールのものを手がける建築家になりたいです。
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– 岡崎さんのこれからがとても楽しみです。今日はありがとうございました。
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取材・執筆:12期斎藤朱織、14期清水愉美、14期岡本洸彰
撮影:神道朝子
2026.01.23
美術学部工芸科素材造形で木工芸を専攻するタオリグ・サリナさんが、茨城県取手にある取手校地で温かく迎え入れてくれました。美術学部専門教育棟2階の木工芸研究室は、鉄の重たいドアを開けると削りたての木の匂いと静かな作業場の空気が混ざり合い、時間の流れが少しゆっくりになるような感覚がありました。
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その一番奥に、彼女の修了制作である大きな木の構造体が立ち上がっていました。天井近くまで伸びる柱、組み合わされた桁(けた)*。まだ仕上げの途中であるはずなのに、すでに「庵(いおり)」としての気配をまとっていました。近寄ると、木材の節や色味の違い、そのひとつひとつの木材が呼吸しているようで、白いすべらかな木肌に思わず手を伸ばしたくなる存在感があります。
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*桁(けた):建物の柱の上に棟の方向に渡して、ささえとする材木。
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インタビュアーの背後にあるのがタオリグ・サリナさんの作品
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<修了制作展に向けて制作中の作品について>
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– 部屋に入った時に、小さな家のようなものが目に飛び込んできて驚きました。
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高さが3.1メートルほど、横幅は桁から桁の間で約3.3メートルくらいあります。これは庵のようなもので、一つの場所に固定せず、移動することで風景や人々との関係を更新していく、というコンセプトの作品です。楔(くさび)を外せば解体して運ぶことができます。
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この柱と床の交差する部分に刺さっている大きな釘のようなものが楔
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「自分で作る」というこだわりを強く持っていて、屋根以外は全部自分で組み立てました。基本的に日本の伝統的な建築の技術・技法を使っていますが、私の専攻(木工芸)では教わらないので、独学です。私は建築や大工の技術を知らないけれど、「庵」を作りたいと思ったので、図書館で本を読んだりしながら一から勉強をしました。今回は木の仕口(しくち)*や継ぎ手の作りといった技法にも挑戦しています。木と木をはめてみて合わなかったら少し削って、もう一度はめてまたやり直して、と微調整を繰り返しています。
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*仕口(しくち):木材の接合方法の1つ。2つ以上の木材を交差するように組み合わせる接合。
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作品の横にはさまざまな種類の鉋(かんな)やのこぎりが並ぶ
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– こんなにたくさんの道具を使うのですね。
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この部分を作るためにはこの道具が必要と、だんだん増えていきました。木工芸専攻に入ると全員が作る「罫書き(けがき)」は今回初めて実践で使いました。ほかにも自作の道具があります。その中で気に入っているものは鉋の刃を支える木の台です。
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自作の罫書き。墨を入れてまっすぐ木材に線を引く道具
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電動の工具もありますが、手の作業よりスピードがかなり速いので、怖くて使っていません。ほかにも木材の繊維を壊すのがすごく嫌なので、釘や接着剤は一切使いません。
木材は生きていたものなので、一本一本の癖を見て「木の心」を読みながら作業しています。「この木目はこっちを見せたいのかな?」など、その木が持っている力をそのまま活かしたいと思っています。今回ヒノキを選んだのは、日本の建築によく使われているということと、白い色に惹かれたからです。
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– この作品はどんなふうになる予定ですか?
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現時点でまだ制作中ですが、奥の壁に窓を取り付けたいと思っています。右手と左手で輪っかを作った形の窓です。(といってタオリグ・サリナさんは両手で〇を作ってくれました)
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右手と左手でつくった輪っか。この形の窓を「庵」につくるそう
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建築の基礎的な構造の中に、人間の身体から生み出した窓枠を付けたくて。自分の両手で作った窓の形がいいと思いました。窓の大きさは肩幅くらいです。既存の丸い窓ではそこから見える世界が「切り取られた世界」になるけれど、人間の身体から生み出した窓ならば「自分の手が作る世界」に。
そこから見える世界がどんなものかをみんなにも眺めてもらいたいです。
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自分の手が作る世界の窓
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– この作品はどのような場所に展示するのですか?
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大学附属図書館B棟1階のラーニングコモンズです。普段は自習したりイベントをするスペースで、コンクリート打ちっぱなしの天井が高い空間です。「庵」は場所を変えて変化していく作品です。今回は「庵」の窓からコンクリートの壁が見えますが、展示する場所が変われば光が入ったり、林がみえたり、その時々で違う風景を見ることができるところもこの作品の面白さだと思っています。
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– 移動する作品を作った理由はなんですか?
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作品を一つの場所に固定せず移動させることで、さまざまな人々と交流したり、文化と出会うことができます。そこからインスピレーションをもらい、アイデアが生まれるのが楽しみです。例えば「庵」に障子をはめてそこに穴をあけたりとか(笑)いろいろな可能性が出てくると思います。
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<アイデンティティと作品>
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タオリグ・サリナさんは中国・内モンゴルの出身。遊牧民の文化が自分の根底にあることに、日本にきてから気づいたそうです。
2025年の瀬戸内国際芸術祭では、香川県の粟島に4ヶ月間滞在し、島の人々と島の竹を材料にして制作した110羽のカモメとゲル*と船の作品《航海する記憶の船 -ノマドギャラリーin粟島-》を展示しました。それは、今回の修了制作へとつながる作品でした。
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*ゲル:モンゴル高原の遊牧民が使う、円形で移動可能な伝統的な住居のこと。
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《航海する記憶の船 -ノマドギャラリーin粟島-》(2025年)
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– どのようにして今回の庵へ至ったのですか?
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共通点は移動式ということで、そこにはこだわりがあります。私がモンゴル民族なので、遊牧民の生活を意識しています。私はそういう生活はしていませんが、遊牧民の自然を壊すことなく共生して、移動しながら生活しているところ、持っているものを最小限にして軽便さを大事にしているところなどに憧れがあります。道具も大切にして、一生のものとして使い続ける姿勢もですね。
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遊牧民の文化に携わりたいと思いゲルを作りました。ゲルも庵も現地の素材を使って組み立てるもので、そこにいる人が周りの風景や空気とも近い空間ということが似ています。
ゲルは窓がなく、空間が外と区切られています。足元の幕を上げて風を通したり、天幕を引いて光を通します。しかし、庵は障子などで光が自然に入ってきますし、縁側を通して外とつながっています。
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また、モンゴルは乾燥していて湿気が少ないため、床を地面から離す必要がなく、何か敷くだけで生活ができます。日本は湿気が多いので床の下にスペースを作りました。高さがあるので縁側のように座ってもらいたいです。
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– 瀬戸内国際芸術祭の制作について少しお話を聞かせてください。
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粟島は日本初の船員養成学校があり、今でも島に住むおじいちゃんたちは元船員の方が多いです。なので粟島の船乗りの物語をテーマにすることは最初から決めていたのですが、それをどう表現するかは、現地に滞在して制作する中で生まれました。
当初は木を使う予定でしたが、島にたくさん自生している竹を使用しました。おじいちゃんたちが船で世界中を回っていた話を聞き、船乗りもゲルで暮らすモンゴル民族も移動しながら生活する点がつながっていると思い、それを追体験ができる作品にしようと考えました。
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竹細工は私にとって初めてで、竹細工が好きなおじいちゃんが、道具を貸してくれたり切るところから教えてくれました。カモメをモチーフにしたのは、90代の元船乗りの方が昔、船に乗っていた時に、なかなか会えない奥さんへの想いをカモメに託した歌を作ったというエピソードに心を動かされたからです。110羽のカモメは地域の方々と一緒に作りました。平均年齢80歳ぐらいの島民のおばあちゃんたちが特に手伝ってくれたのですが、朝は畑があって午後にお手伝いに来てくれて、毎日ちょっとずつやって2ヶ月ぐらいかかりました。
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地域の方々と一緒に作った110羽のカモメ
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– 移動式の作品は最初はどんなものでしたか?
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最初は数年前にパフォーマンスとして始めました。《ノマドギャラリー》と名付け、籠のようなものを作り背負って、居合わせた人に手紙を配るイベントを様々な場所で行ってきました。
きっかけは内モンゴルで、モンゴル語での授業がなくなったことです。《ノマドギャラリー》はその出来事を知ってもらい、文化を守っていきたいという気持ちを込めた手書きの手紙を配り歩くというものでした。
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– アートを目指すきっかけ、日本へ留学した想いを教えてください。
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内モンゴルでは、子どもはたくさん勉強をします。私が高校生のときは朝7時から夜10時まで勉強で、部活や文化的な活動もなく、勉強だけをしていればいいという生活でした。趣味も必要ないという風潮でしたが、絵を描くことに自由を感じました。内モンゴルの大学での専攻は油画で、写実的な絵を描いていました。技法などに縛られずに表現したいと思い東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科に入学しました。日本に来てから私にしかできないものを探すようになり、自分の文化的背景やアイデンティティを考えるようになって、そこでゲルが生まれて、移動する作品として庵に行きついたと思います。
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<今後の活動について>
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– これからの夢、やりたいことはありますか?
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まだ見ぬ場所へこの庵と行ってみたいです。内陸育ちなので、4ヶ月間の粟島生活はとても刺激的でした。その影響もあり今度は新潟県で開催される「大地の芸術祭」に参加したいです。庵の窓から田んぼをみたり、その田んぼで穫れたお米を使った甘酒を飲んだり、お煎餅を焼いたり。ただ作品を見るだけじゃなく、中に入ってゆっくりして庵を五感で体験してもらいたい。人や場所との出会いで、思いがけないことになっていって欲しいです。
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<インタビューを終えて>
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修了制作の庵の作品を携えて、これからさまざまな土地の芸術祭に出向いてみたいというタオリグ・サリナさん。作品と人、作品と土地、そして人と土地。その三つが交差する「場」そのものを作品として立ち上げていく…。 木を組み、自らの身体を窓の形で表現し、移動しながら更新されていく庵は、これから出会う風景や人々によって、さらに別の姿へと変わっていくと感じます。静かに佇むこの小さな庵は、彼女自身の旅のように、これからも世界のどこかで新しい物語を受け取り続けるに違いないと思います。
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<インタビュー/構成>
染谷 都(とびラー12期) ラヂオ番組制作ディレクター。藝大の森お世話隊員。旅と森と建築が好き。興味が同じ仲間が集まり活動する「とびラボ」、「上野の森と建築を考えるラボ」では藝大の森&建築ツアーを試行。「とびdeラヂオぶ〜☆」では東京都美術館の来館者インタビュー番組を制作し音声公開。
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<執筆/構成>
久保田裕美(とびラー13期) オンライン秘書。香道を子どものころからたしなむ。古典文学と文化史が大好き。とびラボでは今年1年間の活動を残す「アーカイブラボ」、美術館を誰でも楽しめる「ガイドを作る」ラボに参加。気が付いたら作るもの、つながるものにばかり参加している。
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<構成>
河野智恵美(とびラー13期) 「自然×アート×探求」をテーマに昆虫クラフトのワークショップを開催、保育園へ探求学習のプログラム提供や、自然体験・アート体験の提供などを行なう。物作りが好きで、趣味で縄ないをしている。歴史好きで繊細な7歳女子と、多肉植物マニアで好奇心旺盛な9歳男子の子育て中。