東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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Archive for 1月 24th, 2026

2026.01.24

年末も近づく12月下旬、私たちは東京藝術大学(以下、藝大)取手キャンパスの教育棟を訪れました。大学構内で飼育されている散歩中のヤギと出会うなど、上野キャンパスとは異なる取手キャンパスの雰囲気を楽しみながらアトリエのドアを開けると、篠崎遥香さんがあたたかく迎えてくれました。アトリエに入ってまず目に飛び込んできたのは、壁に掛けられた大きな絵と、床に置かれた同じサイズの下絵。その迫力に圧倒され、ご挨拶もそこそこに、思わず絵に引き寄せられてしまいました。
「触っても大丈夫ですよ」とのことで、特別に手で触れながら、さっそく作品についてのお話に。和紙を使ったコラージュの技法や、「一度描いたら直せないから、緊張しながら進めています」と、制作時の心持ちも教えてくださいました。
少し落ち着いたところで、改めてお互いに自己紹介を交わし、椅子に腰かけて本格的にお話を伺うことにしました。


篠崎遥香さん

– 大学院に入学するまでの経緯をお聞かせください。

私は、一度別の大学で日本画を専攻した後、社会人入学で藝大に入りました。普段は高校の講師をしています。元々、アートスクールを開きたいという夢があり、いずれは自分のスクールをメインに活動したいと考えています。その一環で数年前はカルチャースクールや絵画教室で修行していました。コロナ禍で教室の継続が難しくなり、生活スタイルや描きたいものに大きな変化がありました。その中で美術教育を本格的に学び、制作も教育も両方を極めたいという思いが強くなって、美術教育研究室(以下、美教)への入学を決めました。

1 修了制作について


制作中の作品

今後、このような青系の色がついていくそうです

– これが修了制作ですね。

2年くらいで心境の変化がありました。元々コロナ禍の誰もいない情景に人が空を舞っている作品を描いていて、2023年にコロナが落ち着いてきてから構成を変えたりしています。今最も追及しているのは、浮遊することとは何かを人物像を用いて表現することです。突き詰めて描いていきたいと思っています。

– 「浮遊」している状態は、どういうメッセージが込められているんですか?

これまで「絵でしか表現できないこと」をやりたいと思ってきました。浮いている状態を違和感なく表現できるのは、絵画の醍醐味だと思います。「飛ぶ」のは昔から多くの人が興味を持つことなので、見た感じ方は人それぞれ、いろんな感情が想起されるような浮いている状態を作りたいと、最近は思っています。


二人の人物を重ねるような配置で「浮遊」を表現したいと思ったのは、自分自身の実体験がきっかけです。実際に人間が空を飛ぶことはできませんが、ジャンプやトランポリン、飛び込み、泳ぐといった浮遊に近い身体の動きを通して、私はいつも開放感や心地よさといった浮遊が持つイメージとは裏腹に、怖さや体に力が入るような感覚も抱いてきました。そんな相反する気持ちを、異なるニュアンスを持つ二人の表情に込めることで、鑑賞する人にも「浮遊」という感覚に少しでも近づいてもらえたらと思っています。わざとダブらせて物理法則を無視したり、服の形もあちらこちらになびかせたりするのは、「浮いている」と人の目をうまく錯覚させることができないかと考えて、二人の人物を重ねる配置にしてみました。

制作で参考にしている服も見せていただきました

制作に使うケーキナイフとヤスリ

– 制作の過程で、楽しかったことや大変だったことは?

2025年6月頃にサイズ感と方向性が決まり、人生最大の作品になりました。大きいということで一人ではできないことも多く、研究室の仲間の協力には本当に助けられました。美教は論文の提出もあり制作との両立はとても難しく、仕事もしているので日々葛藤しながら駆け抜けて行く感じでした。最近はアクリル絵具を主軸に制作することも多かったのですが、そんな中でも日本画の伝統的な技法を取り入れて制作できて、今までの学びに立ち返ることができました。

2 これまでについて

– 教えるということが、元から好きだったのですか?

結果として適性があった、という方が近いです。たまたま人生初のアルバイトが塾講師で、続けていく中で教えるスキルが積み上がっていきました。私は喋ることが好きで、言葉にするのが得意だったので、できるかもしれない、と思うようになりました。
指導をしている中で、子どもたちが何かを理解したときにニコッと笑みを浮かべた姿を見て、教えたことでその人の人生にプラスになったと実感でき、私の喜びになりました。

– 小さいころから、アートは身近にありましたか?

全く身近ではありませんでした。お絵描きは好きでしたが、小・中学校で、特別な教育は受けていませんでした。

– いつ頃から美術の道に進もうと思ったんですか?

小学5年生のときの担任の先生がきっかけです。40代の体育の先生で、ご自身の今後のことを考えて、夏休みの間に大学で美術の教員免許を取得したという話を朝の会でして、実技の授業のデッサンを見せてくれました。私はそこで初めて大学というものがあること、そして美術が学問になるということを知りました。それまで図工の時間はレクリエーションのように考えていたので、ただ楽しいだけではない美術の世界に興味を持ち、進路として意識しました。そのあと少し時間が空いて、高校で美大受験予備校に通い始めました。美大を目指す他の人に比べたら本格的な実技対策は遅い方だったと思います。

– 将来描くことが生活につながっていくとは想像していましたか?

始めは大学で美術を学ぶことってなんだろうと考えるところまでで、その先はあまり意識していませんでした。
絵画教室の先生になるという夢は、大学3年生のころには思っていたのですが、人生の目標としてもう少し先のことと捉えていました。中高を過ごした地元に絵画教室がなく、地域にそういう場所があった方が良いと思っていました。

– どうしてそう思ったのでしょうか?

父が社会科の教師で、教える環境には自然と馴染んでいたからだと思います。気が付いたら人に何かものを教える自分という像が表れていました。振り返ると、人生の決断には出会った人や環境の影響が大きく、教育の力は侮れないと実感しています。

丁寧にご説明くださる篠崎さん

3 美術教育研究室での学びについて

– 美術教育とはどんな研究室ですか?

「教育」の名の付く研究室なので学校の先生を養成する場所と思われがちですが、必ずしもそういうわけではないです。美教では、作品制作の他に理論研究として論文を書くのですが、そこで自分の研究を丁寧に言葉にしていきます。言語化はとても大切なプロセスで、美術を学ぶ意義を深く掘り下げることができます。
修了後の進路は結構バラバラです。学校の先生になる人も、学校ではない教育活動をする人も、作家で頑張る人も、学芸員になる人もいます。なんらかの形で言葉にすることを強みに活かした進路にいく人が多いですが、必ずしも学校の先生ではありません。そこが教育学部系の美術教育とは異なる、藝大ならではのところです。

– 美教の2年間を振り返って心に残っていることは?

古美術研究旅行がとても楽しかったです。古美術研究旅行は他の科では単位として設置されていますが、実は美教にはこの制度が無く、私の代の学生の強い要望で美教内でも希望者による催行という形で実現しました。美教には学生の「学びたい」気持ちを尊重してくれる空気があると思います。美教では学生の制作分野はバラバラなので、日本画、彫刻など専門の異なる学生と一緒に古美研行くのですが、日本画専攻の学生は仏像の塗装や絵付けについて、彫刻専攻の学生は木彫の作り方など、互いに知識を共有できるので学びも多く、貴重な体験となりました。


この経験は私の制作にも活かされていて、「浮遊」を表現する際は、平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩像を参考にしています。物理法則として正しい形と、人が見て心地よい浮遊表現になるかどうかというのは全く別だと気がつきました。これまでは物理法則に囚われていたところがありましたが、最近は解放されてきたと思います。

図録に掲載されていた平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩像

また、一度社会人を経験してから藝大に入学したのですが、最初に他の大学で学んだ時は、なぜ勉強するのかが本当はよくわかっていませんでした。どこかで「みんなが大学に行っているから私も進学する」という気持ちがあったのだと思います。今回はただ自分が勉強したくて藝大に入学したというところが大きいので、主体的に学ぶことができています。普段教員をやっているので、先生がどういう意図で話しているか、学生に何を求めているのかが以前よりはわかるようになり、指導内容がより理解できていることを実感しています。
この2年で、学びたいと思ったときにいつでも学べる生涯学習の喜びを、身をもって実感しています。

4 おわりに

– アートスクールを開きたいという夢があるとのことでしたが。

私は生涯学習に関心があり、学校教育や美術教育の機関と連携・協働しながら、地域に開かれた教室をつくりたいと考えています。
様々な学びが展開できるすごいスクールでありながら、出で立ちは素朴で、「街の絵画教室」のような、老若男女さまざまな人が集まる場をイメージしています。私は絵画を専門に教えたいと思っていますが、他の分野の人たちとつながりながら、幅広い学びを提供できたら嬉しいですね。美教で、横のつながりが広がったことも大きな収穫でした。関わる人たちと協調しながら、私自身も活動を通して成長していけるような、「一緒に楽しく勉強しよう」というスクールにできたらいいなと考えています。

(※ちなみに…制作と同時に提出されたという修士論文もみせていただきました。論文名は「高等教育の美術教育における学外連携の現状ーー学外教員と学外教育者の両者調査から見える課題の考察」。理論と制作のいずれからも、夢に向かって進まれている姿が印象的でした!)

– これからの展望を教えてください。

自分のスクールに向けての準備を、本格的に行っていきたいです。まずは自宅での子ども教室からスクールの一歩を踏み出していこうと思っています。もっと「楽しい」にフォーカスした活動ができれば良いなと思います。

– 藝大を目指す方へのメッセージをお願いします。

藝大にはいろんな側面があり、美教のようなアート×教育の研究室もあります。藝大の学びは想像より広い、ということを伝えたいです。
藝大を目指す人には、何が自分の学びとしてフィットするかは実際にやってみないとわからないので、「色々やってみよう」と伝えたいです。何か自分が最も輝くものが見つかるかもしれない。それが今現在の自分が好きでやっていることと一致しているかはわからないから、広い視点を持ってやってみることも大切です。何かハマるものがあって、藝大へ足を踏み入れることになるかもしれない。それがもしかしたら10年後、20年後、30年後かもしれない。学びはいつまでもあるということを伝えたいです。
ここまでさまざまな経験をして、私は本当に美術や教育の勉強がしたかった、勉強が好きだったんだ、という感覚がやっと出てきました。これからも楽しく長い目で学んでいって、理想の「先んずる人」になっていけたらいいなと思います。

– 私たちも篠崎さんのスクールに通いたいと思いました。ありがとうございました!

ありがとうございました

最後にみんなで「浮遊」体験!

14期の高阪妙子です。とびらプロジェクトでは、主に鑑賞にかかわるプログラムに参加しています。

13期の西田明子です。今回で2回目となる藝大生インタビュー。様々なプログラムに参加することでたくさんの出会いや気づきがありました。

14期の坂本悠美子です。普段は出版社で編集をしており、今後は美術分野の書籍編集にも携わっていく予定です。とびらプロジェクトでは鑑賞講座をとっています。

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