東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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「『染め』と『コラージュ』、『光』が織りなすファンタジーの世界へ」 藝大生インタビュー2017|油画 修士2年・栗木結生さん

藝大取手キャンパスの303号室。多目的ルームの大きな扉が開くと、そこには栗木さんのアトリエが広がっている。左手の壁面一杯に十数枚のキャンバスがかけられており、床一面には、卒業制作のためのさまざまな材料や道具、画集などが所狭しと置かれている。部屋の奥に置かれていたのはベッド。忙しいときは泊り込みになる日もあるという。一日の大半の時間をそこで過ごしているであろう、生活の一部である場所で栗木さんのお話を伺った。

ふわふわしたヘアスタイルをゆらしながら、独特の語り口で部屋にあるものについて説明してくれる栗木さん。急須を大事そうに抱えながら、われわれとびラーに緑茶を注いでくれた。それにしても、この季節には寒そうな格好をしている。

そんな栗木さんに、まずは今回取り組んでいる卒業制作の作品について聞いてみた。

 

 

【制作中の作品は…】

「今取り組んでいるのは、キャンバス地の布を染め、その布を使ったコラージュの作品です。まずは大きな布を染めるところから始めていきました。何回かやってみると、どのような模様になるのか、どんな操作をすればそうなるのか、ある程度わかるようになってきて。いくつか布を染めてみて、染めた色合い感じで『これは!』というものを画面の下地にするんです。それで、その上にまた別の布を、いろんな形に切り取りながら、コラージュとして重ねていっています。」

 

そういって見せてくれたのは、絵画のようなキャンバスの上で展開されている、複雑な色と形が展開されているコラージュ。染め絞りの模様のグラデーションとにじみによる何ともいえない形と色合いで、ひとつひとつが、そして、全体が、見る者に意味を問いかけているかのような、不思議な雰囲気を醸し出している。これは何だろうか?

また、これまでどこにも見たことがないような、独特な質感がある。

「こんな風に縫ったりしてるようなのもあって。さらに、その上から絵具を塗ったり、つやだしの加工をしたりしているのもあります。」

このような不思議な世界は、どのように生まれてきたのだろうか?

「もともと絵を描くのが好きだったので油画科にいるのですが、大学院に入ってから、コラージュに関心をもちました。いろいろ試しながら、このような制作方法になったのは昨年(2016年)の2月頃です。これは、私が好きな形になるように切ってて。また、切りながら、どのような形にしようかと考えています。切り落としたのももったいないから、拾って使うこともよくあって。マティスのコラージュとか、いいなと思ってよく見ています。」

 

そもそも油画を専攻しているのに、なぜコラージュなのだろう?

 

「これまで油絵具で絵を描いてきて、どうも自分の感覚と違う、思ったとおりにいかないという違和感が残りました。筆と絵具の調整が難しくて。」

 

「以前は絵から立体にしてみたくなって、タンバリンや靴にビーズを縫い付けてみたり、紙でのコラージュもやってみたりしたんです。紙は、布より切りやすいのですが、布のぐちゃぐちゃってするかんじの皴(しわ)とか、何ともいえない質感、手触りが好きなんです。それで、いろいろやってきた結果、今は布を染めてコラージュ、というスタイルに落ち着きました。」

 

「布は染めるのに手間がかかるので、あまり作品数ができないのですが、『染める』という感覚が私には合っていると思います。」

 

これとか一ヶ月くらいかかっちゃって、といいながら大きい作品を指差す栗木さん。薄く溶いた絵の具で色を重ねるように、にじみの加減や色の淡さに気を使って布を染めるそうだ。

 

「布に染めが残っているような感覚、厚塗りではなく、薄塗りがちょっとずつ重なっているような感じが好きで。和、アジア、東洋っぽい感じがするし、女性的という感じ。染めという技法、染め具合や調整など、私にとっては感覚が合っているというか、やりやすいのです。油絵具ではなかなかうまくいかなくって。染め、コラージュは、絵を描くことと変わらない感覚です」

 

【制作のイメージにつながるもの】

「染めた布のキャンバスの上に、切り取った布の小片をのせていくのですが、私の心の中にあるファンタジーな物語や世界観など、いろんな想像をしながら制作しています。好きな作家や作品をイメージするのもあるし、無意識のうちに入り込んでいるのもある。

たとえばこれは、アンデルセンの『雪の女王』。かなり具体的に一つの物語をイメージしているのもあります」

 

作品を見ていると、色数は限られているが、ひとつひとつが選び抜かれた色であるような気がしてくる。特に紫の色合いにこだわりを感じる。

 

「色については、紫が大好きです。神秘的、魅惑的、憧れというイメージもありますが、私には『まもられている』という感じがして、心が落ち着きます。最近は水色、緑、グレーも多く使うようになりました」

ところで、この不思議な画面のリズムはどこから生まれてくるのだろう?

 

「作品をつくるときは、音楽を聴きながらリラックスした状態でつくるのが多いです。音楽はあまりジャンルを問わず、90年代テクノポップもあれば、クラシックもあります。今壁にかかった作品だと、ドビュッシーを聴きながらつくったのもあります」

そう言いながら、多様なジャンルの音楽を流してくれる。音楽を聴きながら作品をみると、また違った感じに見えてくるから不思議だ。

 

「自然にあるものが大好きで、植物のモチーフをイメージしながらつくることが多いです。

それから、雲と雲の間に消えゆくような空、夕暮れ時の空のように、曖昧な感じで色が染まっているような感じとか…。

島や海岸の岩場で、光がプリズムみたいになっている光景も好きです」

 

「好きな作家は、オラファー・エリアソンとか。やっぱり光はとても大切で。

だから、私の作品も自然光で見てほしいという気持ちがあります。とくに夕暮れの、薄暗い時間とか。」

 

時刻はちょうど黄昏どき。電気を消して、夕暮れの薄暗い光の中で作品を見てみることにした。蛍光灯の白い明かりで見るときよりも、作品と作品の間が消え、まるで壁が一つのキャンパスとなったようだ。作品ひとつひとつが宙に浮きあがり、それぞれの物語を語りだすかのような感じになる。作品の存在感がひと際増すとともに、一体感のようなものが生まれたように感じる。

 

【藝大には入るまでは?】

 

「子どもの頃から、自然の中で駆け回るのが好きでした。また、絵を描くことも好きで、学校の授業では図工や美術の時間が少ないことが物足りなくて。いつも早く大きくなって、『思いきり絵を描きたい!』と思っていました。

高校までは水戸で過ごし、大学の学部時代は東北芸術工科大学で油絵を描いていました。だけど、油絵ではどうしても濃い、厚い感じになり、『にじみ』みたいな、淡い感じをなかなか出せなくて…。もっと自分の感覚にあう方法を探していたら、徐々に今のスタイルになっていったというか。」

 

「コラージュという手法では、染めによる美しいにじみを隠してしまうのではないか、と思うかもしれません。だけど、見えている部分の美しさだけで完成させるよりも、コラージュによって隠れてしまう部分、見えない未知の部分が残った方がいい。答えがすべてわかるのは面白くなくて、完璧であることよりも、違和感や不足感がある方がいいと思っています。これで終わりではない、みたいな。」

 

見えない部分、見せない部分には、いったい何が隠されているのだろう?

 

【卒展で作品を見る人に向けて】

 

「小さい作品では完成したものもありますが、まだ未完成のものも多くあります。卒展の展示については、これからどうしようか考えていて。複数の作品で連作にするという手もありますし。でも、連作でなくても、一つ一つの作品で学んだことがつながり蓄積されているので、一点の作品だけでも伝わることはあるのではないか、とも思います」

 

アトリエの壁一面に並ぶキャンバスを見ていると、初めてこの部屋に入ったときとは全く印象を抱いていることに気づく。作者の思いをきき、一枚一枚の異なる物語に加え、部屋全体が、ひとつのコラージュの作品のように思えてきた。そして、文章の行間を読み解くように、そのコラージュの中に隠された部分へと様々な想像がめぐる。

「卒展では見る人のことを考えた展示にしたいと思っていて、どう見せるかが大切だと思っています。展示場所は、絵画棟の8階にしました。8階は天井が低くて、屋根裏部屋みたいで、光がきれいに入ります。

染めの色合いは、光の加減次第で大きく変わります。もちろん色のバランスや配置も考えて展示しますが、さっき見せたように、夕方の光のなかで見てほしいですね」

蛍光灯の電気が消えた、薄闇のなかで作品と向き合っていると、ひとつひとつの形が動いているような気がしてくる。やはり不思議な感覚だ。

 

【これからのこと】

 

「自分にはまだまだ足りないことが多いんです。他の作家の作品を見る経験だけではなく、たとえばイタリアとか、海外の都市を旅するなどの体験を積むことも必要だと思います。

それから自分の作品数もまだ少ないので、これからもっとつくっていきたいと思っています。その際、見る人がどう思うかということはとても大切だと思いますし、そういう意味では、今日とびラーの方に会えたのはよい機会でした。見てくれる人がいるというのは、本当にうれしいことで、これからも見ている人の存在を意識しながら制作していきたいと思っています」

◉インタビューを終えて

制作途中にある作品を前に、栗木さんからいろんなお話をお伺いすることができたのは、極めて幸せな時間でした。私たちは普段、とびらプロジェクトの活動のなかで、来館者や鑑賞者との対話・交流を主に行っていますが、今回は制作者との対話・交流のなかで、その思いや方法、作品をつくりあげる過程を垣間見ることができました。

自然が大好きだという栗木さんは、自分の中にある感覚に、常に素直であろうとしています。「何か違うな」という「違和感」をそのままにせずに、試行錯誤を重ねた結果として「染め」と「コラージュ」に辿り着き、そしてどのように見てもらいたいかという「光」の効果を重ねて、一つのファンタジーである物語の世界を作ろうとしているのかなと理解しました。

今回のインタビューを振り返ってみて、栗木さんの不思議な語り口−自らの頭と身体のなかからこれまでの取組を通じて感じたことを掬い取って放たれた言葉−は、連なりあい、重なりあい、また、予想外の展開に驚いたりしながら、これもまたひとつのコラージュのようだったと思えてきました。

卒展では、栗木さんの提示した物語に、見る人はどのように感じ、触発され、それぞれのファンタジーの世界を描くのでしょうか。僕自身も一鑑賞者として、作品を見るのを心待ちにしています。

 

 

取材:藤田まり、山本俊一(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:山本俊一

撮影:峰岸優香(とびらプロジェクト アシスタント)


第66回東京藝術大学 卒業・修了作品展
2018年1月28日(日)- 2月3日(土) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場:東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所


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2017.12.12

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