11月下旬の晴れた朝、金色に輝く銀杏の木々を眺めつつ上野公園を抜けて、東京藝術大学(以下、藝大)上野キャンパスを訪れた。絵画棟に入るとドアの前に靴が並んだアトリエが続いている。私たちも靴を脱いでアトリエに入ると、大人の背丈ほどもある大きな作品の前で、竹石さんがにこやかに出迎えてくれた。
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1. 卒業制作のこと
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– 卒業制作はどんな作品ですか。
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私が暮らしている池袋の情景を描いた作品です。6年前に上京してから2年間池袋の予備校に通っていて、現在も池袋の近くに住んでいます。卒業制作は身近な題材を選びたいと思って通学路で探していたときに、この案内掲示板と信号と街灯と電柱を兼ね備えた、住んでいる街の身近にある構造物を見つけました。これは形も面白いし、かといって池袋の象徴というわけでもなく、ただ機能としてそこにある佇まいもいいなと思って、作品主題として選びました。作品サイズは150号です。
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– とても大きな作品ですね!制作プロセスを教えてください。
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4年生の夏頃から題材を探し始めて、見つけた題材の写真を撮りためておき、「小下図」を描きながら絵の構想を練りました。「小下図」では、風景を色んな角度から描いたり、主題とする構造物をアップで描いたりして、画面の中の構図を考えます。構図を決める時はスケッチした建物や人物をバランスを考えながら配置していって、風景を再構築します。同時に、画面の配色も決めていきます。この作品では、空の色を私の好きな青緑にすると最初に決めて、そこからどんな色彩の絵にしていくかを考えました。
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「小下図」で構想を固めたら、作品と同じ大きさの紙に正確に形を描き込んでいく「大下図」を描きます。それが終わったら、「大下図」を本番の和紙に転写します。木製パネルにまず脂止めのための薄手の和紙を貼って土台とし、その上に厚手の和紙を貼り、カーボン紙を挟んでさらに「大下図」を重ね、正確になぞります。この「大下図」を写し取った和紙に着色して、本番の完成作品「本画」にしていきます。この作品では、画面全体にグレーの下地を塗ってから「大下図」を転写しました。
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色を入れ始めたのは11月頃で、それから1ヶ月経った現在はまだ30%くらいの完成度です。このあとは、主題である街灯をくっきり浮かび上がらせるために、背景の建物に薄いベージュ色をかけて潰します。「潰す」とはいったん描いた部分に上塗りすることです。このように「描く」→「潰す」を繰り返して色を重ねて描くのが、現代日本画のベーシックな技法です。
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完成形は、空の部分の青緑色を主軸とする色合いの絵になる予定です。青緑色を主軸に選んだのは、私の好きな色であり、青緑の空が現実とも非現実とも感じられるところが面白いからです。卒業制作の提出締切が1月初めなので、構想から半年、色を入れ始めてから約3か月かけて仕上げていきます。
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– どんな材料や技法で描いているのですか。
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これが、私が使っている日本画の絵の具、皿、筆です。
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絵の具は、色材と水と膠(にかわ)が混ざった状態になっています。膠を水でふやかして電熱器で温めて溶かし、粉末状の色材と水を混ぜて絵の具を作ります。色材は石や土やガラスなどからできており、自然素材もあれば人工的に造られた素材もあります。粒子の大きさも粗いものから細かいものまであります。細かい粒子の絵の具で滑らかな質感を出すこともできますし、粗い粒子の絵の具でざらざらした質感を出すこともできます。また水や膠の量を調節することで、薄めた絵の具、とろっとした濃い絵の具など、自分の欲しい絵の具を作ることができます。
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色材と水と膠を混ぜる
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画面に色を載せる方法には、皿で絵の具を混ぜる、画面上で絵の具を混ぜる、絵の具を何層も塗り重ねる、水やお湯をつけた刷毛で上層の絵の具を剥がして下地の色を見せる、など多様なやり方があります。絵を描く道具も、柔らかい筆、硬い筆、刷毛、たわしなど様々なものを使います。例えば、私は油絵用の硬い豚毛筆を使って画面から絵の具を剥がしたりもします。
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絵の具を塗ってから乾かして色を固着させるのに2〜3日かかるので、画面に色を重ねていくのは時間がかかります。絵の具を塗った上から薄めた膠を塗って表面を固めることで、絵の具を固着させる方法もあります。
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このように、絵の具、膠、筆の組み合わせによって多様な技法を駆使して描くのが、現代日本画の特徴です。
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– 竹石さんの作品は平面なのに奥行きを感じますね。
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日本画は、どう奥行きを作っていくか?を常に意識しています。もともと日本の美術では白い背景に黒い墨の線で描いていたので、白背景に奥行きを出すために「近くのものを濃く描いて、遠くのものを薄く描いて白い背景に溶け込まる」、「近くのものを太い線で描き、遠くのものを細い線で描く」といった遠近感の出し方が編み出されました。現代は絵の具の色数が増え、白背景ではない絵も描けるようになりましたが、こうした技法は今も受け継がれています。この作品も、特に意識したわけではありませんが、伝統的な奥行きの作り方を用いています。
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– 制作していて楽しいところ、苦労したところは。
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作品のアイデア出しが楽しいです。自分がワクワクできるアイデアで描き始めたいので、完成したら絶対良い作品になると確信できるものを描くようにしています。頭の中にあるイメージを自分で描き上げなければいけないところは苦しくもあるけれど、自分のイメージに近づいていく過程は楽しいです。
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実際に作品を描いていく中で、下図で決めた色を思い通りに表現できないなど、最初の構想どおりにいかないこともあります。もしかしたら、この作品も完成形は違う色になっているかもしれません。
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– 竹石さんが作品づくりで大切にしていることは何でしょう。
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私は、自分がよいと感じたものを、自分が好きな色で、自分がワクワクするように描くこと、そして、私の絵を見た人が、作品を媒体として、描いた主題とつながるような絵を描くことを大切にしています。
卒業制作は、私の好きな身近な風景を好きな色で描いて、見る人が「あっ!ここ通ったことある。こんなふうに絵にするのか」と、絵を通して風景とのつながりを感じる作品にしたいです。
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– この作品を鑑賞する人に、どんなところを見てもらいたいですか。
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まずは、見た人が「池袋だな」と気づいてほしい、そして描いた風景を思い起こしてほしいです。それから、この色いいなと私の作家性にも共感してもらえたら嬉しいです。
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2. 美術の道へ進んだきっかけ
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– どんな子ども時代でしたか。
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私は新潟で生まれ育ち、子どもの頃はイラストやアニメを描くのが好きでした。母が美術好きで、家には母の好きな山口晃さんや会田誠さんなどの画集があり、子どもの頃からアートに触れる機会はあったと思います。
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– 美術の道へ進んだきっかけは。
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中学生の時にモネの展覧会を見に行って、モネの絵は「近くで見ると何だか分からないけれど遠くから見ると分かる」ところが面白い!と思いました。それまで好きだったイラストは描き方に型があると思っていたけれど、絵画ならば自分が感じたことをもっと自由に表現できると感じました。モネの絵を見て、自分の思いや感じたことを直球で表現できる絵画をやろうと思ったのが、美術の道に進んだきっかけです。
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高校では美術部に入って油絵を描いていて、藝大の油絵科に進学した先輩から話を聞いて私も藝大に行きたい!と思い、藝大を目指すことにしました。
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– なぜ日本画を選んだのですか。
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高校生の時にファインアートをやると決めて、油絵か日本画か迷った末、やったことがないし面白そう!と思って日本画を選びました。藝大の日本画専攻の入試はデッサンと水彩画で、私は水彩画をリアルに描くことが得意だったので、日本画の経験がなくても目指すことができました。
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3. 東京藝術大学の学生生活
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– 日本画専攻について教えてください。
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日本画専攻は、1学年に25人の学生がいて、各学年に2人の指導教授がいます。1年生から3年生前半までは、人物、風景、建造物などの指定課題を描きます。3年生後半からは自由課題となり、自分が描きたいものを自由に選んで描きます。
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– 竹石さんの最近の1日はどんな感じですか。
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毎日、10時頃にアトリエに来ます。早く来た人がお湯の準備をして、膠を溶かして、パネルを寝かせて描き始め、17時から20時頃まで描き続けて、最後に火の元を消して帰ります。
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描く時は、絵の具が垂れてしまうのでパネルを平置きします。見え方を確認するときは立てる必要があるので、寝かせて描いて、立てて確認し、また寝かせて描くという繰り返しです。卒業制作は大きな作品なので、アトリエの仲間と協力してパネルを動かしながら制作しています。
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– 4年間を振り返ってみていかがですか。
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現代日本画は、主題や技法の自由度が高く、日本画の絵の具で描けば何を描いても日本画とみなされます。こうした、画材に依拠して日本画が定義される現状に対して、私はこの4年間「日本画って何だろう?」という問いにずっと向き合ってきました。
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藝大の日本画では、材料や技法の研究が重視されており、指導では「どう描くか」が中心です。高校から大学入学当初の私は「何を、なぜ描くのか」へのこだわりが強く、なかなか筆が進まなかったのですが、日本画を学ぶうちに「どう描くか」も大切なのだと気づいて、それからは絵を描きやすくなりました。「どう描くか」の大切さに気づけたことは、藝大で得た大きな学びです。
現代はアートのコンセプトが大事だと言われますが、その時代にあって「どう描くか」にこだわり続けているのが日本画というジャンルです。「どう描くか」を追求することが作家性につながり評価されるのは、現代における日本画の価値だと思います。
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4. 今後の展望
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– 卒業後の進路は。
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大学院に進学して日本画の制作と理論研究の両方をやっていくつもりです。「日本画とは何か?」という問題意識から、大学院では、現代社会における日本画のあり方を探究したいです。例えば、戦時中は、横山大観が富士山を描いて戦意高揚を図るなど、戦争画として日本画が描かれた歴史があります。私はこうした日本画の社会的文脈を研究し、現代の日本画の立ち位置とは何か?を明らかにしたいです。並行して、作品の制作も続けます。
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– これから作りたい作品や将来の夢を聞かせてください。
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公共空間に置かれる作品を作りたいです。私の作品を中心に地域のコミュニティができるような、身近なランドマークのような作品を作りたいです。
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私は、みんなが見て共有している形やイメージに関心があって、日本といえば富士山のようにランドマークとなるイメージに面白さを感じます。だから、夢としては、池袋を描いたこの卒業制作が、豊島区役所に飾られたら嬉しいです。区役所を訪れる人がこの絵を見て「西口のあそこだね」と会話するなど、私の作品が地域の人々に共有されるランドマークのようなものになったらいいな、と思います。
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また、私は美術教育に関心があって、教員免許と学芸員資格を取得する予定なので、将来は学校の美術教育や美術館の教育普及などに携わりたいと考えています。
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5. インタビューを終えて
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竹石さんの「何を、なぜ、どう描くのか」を大切にする思いと「日本画とは何か?」を問い続ける真摯な姿勢に心を打たれた。身近なランドマークとなる作品を描きたいと語る竹石さんの卒業制作が、これからどう進化するのか、卒業・修了作品展で完成した作品と出会うのがとても楽しみだ。
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取材:木原裕子、前田浩一、矢吹美樹(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:木原裕子
写真:神道朝子(とびらプロジェクト アシスタント)
2026.01.17