今回は「作品を鑑賞すること」について考える講座です。午前中にアートスタディールームで3つの映像を見て話し合い考え、午後には実際に東京都美術館の展示室で、対話による鑑賞を体験しました。
講師をつとめるのは、東京都美術館 学芸員 アート・コミュニケーション担当係長の稲庭彩和子さん。
最初に見た映像はアメリカはメトロポリタン美術館の館長であるトーマス・キャンベルのTEDでのプレゼン映像:「美術館の展示室で物語をつむぐ」。美術館の展示室という場所で作品を鑑賞したときに起こる体験について、キュレーターとしての哲学とともに、語られています。
映像を見終わったあと、気になったキーワードについて、まずはとびラー同士3名で感想や気になった点をシェアし、さらに全体で何人かの意見を発表していきながらプレゼンを振り返りました。
トーマス館長が語っている「美術館の作品のまえで居心地が悪いと感じている来館者」に対して、アート・コミュニケータ「とびラー」としてどんなことができるのか、考えた方も多かったのではないでしょうか。
また、トーマス館長が導入で語っている大学の授業で先生から言われた言葉「自分の眼で見る」という話を聞いて、自分の眼で見ることが自分はできているか?と自分の体験をふりかえった方もいると思います。
作品が目の前にあるのに、説明のキャプションを読んでみた気持ちになってしまったり、予備知識で学んだ専門知識を確認して満足したり、作品のイメージを見て、つい昨日の夕ご飯を思い出して目の前の絵から離れてしまったり、実際に作品そのものを「よく自分の眼で見る」ということは意外に難しいのです。それは美術史の学生にとってもとても良い教えだったとトーマス館長は振り返っています。
他にもミュージアムで「本物」に出会う意味や、ミュージアムだからこそできる、異文化への提示の仕方、その影響力など、ほんの16分の映像の中にたくさんのヒントが散りばめられていました。
稲庭さんはこのトーマス館長のメッセージを通して、「私たちにとって美術館での鑑賞体験とは何か?」ということを意識的に考え続ける必要がある、ことを示唆されていました。そして、絵の鑑賞の仲介役になるときには、常に「絵に戻るファシリテーションをすることがコツ、という次の映像へのヒントも出していました。
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では、いよいよ作品を前にして、どのようなことをこの「ファシリテーター」は行っているのか?
対話による鑑賞を使った手法:Visual Thinking Strategies(以下:VTS)について映像を通して学びます。イザベラ・ガードナー・スチュワート美術館で行われている取り組みを紹介した映像です:「Thinking Through Arts」
この映像では、子供達(作品を鑑賞することに慣れていない初心者)が対話を通して作品を見ていくときに、どのような反応するのか、またファシリテーターがどのような働きをしているのか見ていきます。
映像を見た後、まずは先ほどとはまた別の3人組になって感じたこと、疑問に思ったことなどをシェアします。
みんなの疑問・質問をあげてもらい、順番に答えていきます。
「鑑賞をして、こどもたちが作品に対して自由な意見を言っているのに対し、おとなはいわゆる『正解』を伝えないのか?」
VTSでは、「絵を鑑賞すること」だけが目的ではありません。絵の鑑賞を通して、主体的な学びのステップを踏んでいくことを目的としています。稲庭さんは、その内容を3つのポイントにして伝えていました:
● ホンモノの作品を前にして考える、よく見る
● 考えたことを言語化する
● 言語化したことをみんなの前で提示する
実際に行われているのはこの3つ。これが、どのようにしてこどもたちの「学び」につながるのでしょうか?
次に出た意見は「こどもの意見が自由に言い合えるには、おとなが鍵だと思った」。
そう、まさにファシリテーターがしているのは、みんなが話しやすい環境の場づくり。
こどもたちは、「思ったことを言ってもいいんだ」という安心感を持って考えたことを言葉にし、それを聞き合い、互いの違いを認め合う環境をファシリテーターが作っているのです。そして、子供達の発言を別の言葉で言い直して確認したり、いくつかの発言をつなげて伝え直したり、みんなの発言を編集しながら、中立的なファシリテーションを心がけることで、だんだん見えていることへの理解が深まっていくのです。
午前中の最後には、実際にとびらプロジェクトが取り組んでいる学校連携事業:スペシャル・マンデー・コースの映像を紹介して終わりになりました。
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午後は、午前中で学んだことをふまえて実際に展示室に行って「対話による作品鑑賞」を体験しました。
3・4期生とびラーのみなさんが小さな旗を持ってご案内します。
この日に見た展覧会は、「ベスト・セレクション展」。各公募団体より推薦された作家方の作品が展示されており、いろいろな公募団体の展示を一同に見ることができます。
まずは各グループ8〜9人ずつになって作品の前で対話型鑑賞。
一人がファシリテーターとなり、鑑賞者が気づいたこと・感じたことを言葉にしてもらいながら、交通整理をしていきます。
その後、さらに3〜4人の小グループに分かれ、展示室内をお散歩しながらグループ鑑賞を続けます。おしゃべりをしながらの作品鑑賞です。
たっぷり1時間ほど作品鑑賞を味わったあと、ふりかえり。どんな体験となったでしょうか?
5期生のみなさんは、さっそく「ファシリテーター」という存在について気になった様子。どんな風な準備をされているのか?どうしたら私もあんな風になれるの?という質問もありました。
稲庭さんはファシリテーターの準備について、このようなアドバイスを伝えていました:
ファシリテーターが行なっていた言葉の「いいかえ」や全体の対話の文脈をつなげる「リンク」をさせる作業は、通訳のお仕事と似ています。
発言者が本当に言いたいことは何か、それをその場にいるみんなで共有するにはどんな風に伝えたら良いか、を考えています。まさに、作品と鑑賞者との仲介役となっているわけです。
そのためには、たしかにたくさんの訓練や準備が必要です。作品の中にも、物語のように「あらすじ」があると考えたら、ファシリテーターはその
作品のあらすじやストーリーをつかんでいることが大事。
事前準備の段階で言葉出しの作業をしたり、言葉同士をつなげる分析の作業をしたりしていると、発言者からその言葉が出てきても慌てずに対処ができるわけです。
さらに、「準備はどれくらいの時間をかけるの?」という質問に対して・・・
準備は人それぞれではありますが、たくさんの作品を「見る」ことに慣れることによって、準備が早くなっていきます。視界に入ってくる情報はみんな同じように目にしていると思いがちですが、実は経験値がそれぞれ異なります。ヴィジュアルの(視覚的な)経験値を鍛えることで、視覚的な情報をどんどんキャッチできるようになっていきます。
午前中でインプットされた学びが、午後の実体験を通じてたしかに学びにつながっているのだということが伝わる時間となりました。
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「ファシリテーター」のやり方や鑑賞の場づくりについて詳しく学ぶことができるのは、「鑑賞実践講座」にて。本日案内してくださった3・4期のとびラーも、1〜2年前にそれぞれ始めたばかりでした。これからぜひご一緒に、「鑑賞体験とは?」「作品を鑑賞することとは?」ということを考えつづけながら、”とびラー流ファシリテーション”を身につけていって欲しいと思います!
次回からは基礎講座もいよいよ折り返し。「とびらプロジェクト」について考える機会として、ぐぐっと迫ります。
(東京藝術大学 美術学部特任助手 鈴木智香子)
2016.05.14