12月中旬にしては暖かな午前。とびラー3名で東京藝術大学総合工房棟に訪れました。キュートな笑顔で迎えてくださったのは、デザイン科4年生の小河原 美波(おがはら みなみ)さん。案内してもらった広いホールのような部屋には、人の背丈くらいの高さの段ボールで、仕切りが作られています。コロナ対策で、各生徒の制作場所を区切っているそう。なんだか秘密基地みたい。そんなことを考えながら小河原さんの制作スペースに到着すると、机の上にはカラフルな模様が描かれた、大きな長方形の紙が置いてあります。こちらが小河原さんの卒業制作の作品。作品タイトルは『When the wind blew, the story of the sea in Hayama.』。
■自分が育った土地に取り残されたものたちを空に葬る、祈りのようなプロセス
作品づくりに正直に向き合う姿勢が魅力的な小河原さん
―素敵な色合いですね。どんな作品を制作されているのでしょうか?
私が育った、神奈川県三浦郡にある葉山町の海岸で拾ったペットボトルなどの人工の漂流物のシルエットからコラージュをし、このグラフィックをもとに凧をつくっています。葉山町には8つの海岸があるのですが、浜で拾った漂流物の形をとって、浜ごとに1つの凧にのせています。そしてこの凧を、漂流物を拾った浜で空に揚げるという作品です。
凧の隅には『from Isshiki beach to the Heaven』“一色海岸から空へ”というように、海岸の名前も記されている
―漂流物の形だとは気づきませんでした!言われてみれば、文房具のような形もあります。
海から流れてくる漂流物には、流木や石などの自然のものもあれば、ペットボトルや歯ブラシ、お菓子のパッケージ、釣り具など、ごみと呼ばれる人工物もありますよね。自然物は浜に流れ着いて、いずれ砂の一粒になって自然に還っていくという自然が本来持っている循環にのっていますが、人工物はその循環の流れに乗れずに取り残されてゆく存在です。波に流されてきて、地面に残された人工の漂流物を、私が拾い、それを凧にのせて空へ飛ばすという、自然の循環にのれない彼らを“葬る”試みです。作品名は『When the wind blew, 』“風が吹くとき”といいます。風が吹いて、漂流物が流れ着く。私が拾い上げて、そしてそこに吹いた風が凧を空へと連れてゆく。地面と空とを一本の線で繋いだ一連のプロセスを通して、私を育ててくれた海に祈りを込めるというのが1つのテーマとなっています。「海岸にごみを捨てないで」という、環境保全にまつわるメッセージではなく、葉山町で起こる私の手を通したひとつの循環の話なのです。
中間講評の時の写真。8つの凧が天井に吊るされ、その下に石や地図が置かれている。写真手前には、凧をあげた実際の写真や、漂流物を拾ったときの出来事をまとめた本も
―これが中間講評の時の写真ですね。凧の下に石や地図が置かれています。
「卒業・修了作品展(卒展)」では、葉山にある8つの浜ごとに、海岸線の地図、浜で拾った石、実際に私が拾っている間に出会ったできごとを綴った文章、そして凧を展示する予定です。その文章には、拾っている間に町の人からふいに話かけられたことなど、“地面”と“地面の上の漂流物”、“拾い上げる私”、“空”の4者の間に起こった出来事が書かれています。石は、海岸に残り自然に循環していくものとして、空へと昇ってゆく漂流物たちを見送っているようなイメージです。
―会話の節々から、葉山町への愛が伝わってきます。
幼稚園の頃から葉山で育ち、この町も海も大好きです。今も実家から、藝大のある上野まで2時間弱かけて通っています。大学の工房でしかできないことは大学で行いますが、家で作品づくりをすることも多いです。
―最初から凧で表現しようと考えていたのですか?
卒業制作では、葉山町という私が育った土地を題材にしたいと思っていて、葉山にまつわる造形物を表現する器として、紙に印刷するのか、お皿にするのか…と、色々と考えている中で、凧が思い浮かびました。作品が、美術館に置かれて終わりではなくて、別のところに居場所があってほしいという思いがありました。それに、凧は葉山の海風が吹いてこそ空へ揚がるものですし、町の人にも見えることで一緒に経験が共有できる。この町の一部になりますよね。最初は四角い平面凧ではなく、立体凧も選択肢として考えて作ったりもしていましたが、見る人に一番馴染みのある形にしようと考え、平面凧にしました。
―漂流物を扱うことにしたきっかけは何でしょうか?
もともと、地面と空との関係性に興味をもっていました。雨が降った翌日に地面を見ると、昨日まではなかったものが現れたりします。それは雨によって、空や木から落ちてきたものだったり。こんな経験から、空の機嫌が地面に影響するなという関係性に関心を持ち、この町の地面に落ちている物を観察しに行こうと思って、海へ向かったんです。そしたら、その日の海岸はゴミだらけで。。今まで「葉山の海は綺麗なんだ。」と友達にも言っていたけど、こんなにゴミがあるのかと悲しくなり、私はこの町の綺麗なところしか見ようとしていなかったんだなとも思いました。綺麗な流木や石だけ拾おうかとも思ったのですが、それだとこの町の海の現実ではなくて、美化された嘘の姿を現すことになってしまう。大事なのは、嘘をつかずに本当のことを語ること。だと思っていたので、その日の地面に残されていた、人工の漂流物だけを選んで写真に撮っていきました。そして、写真に撮ってそのまま砂浜に放っておくことはできないと思って拾いはじめ、調べたら海岸の美化団体があることを知ったので、そちらに引き取ってもらいました。多い日だと、200個以上拾ったときもありましたね。
―200個!そんなたくさんの素材の中から、どのように絵柄を決めていったのですか?
ひとまず写真に撮った漂流物はすべて出力し、形をトレースして、コラージュをしていきました。この工程が一番楽しかったです。ペットボトルや歯ブラシのようにわかりやすい造形と、抽象的で何かわからない造形のバランスが偏らないように、見る人にも伝わりやすくて自分の気持ちいいポイントを探して配置していきました。捨てられているものは機能を失っているので、もともとの物の意味合いや機能は考えず、形の面白さを味わうことにして、上から俯瞰したシルエットのみを捉えています。拾ってみないとどんなコラージュが出来上がるのかはわからない。けれどやっていくと必ず、ここ!と言う私の中でピタっとくる位置があって、その感覚を探って鍛えていく作業でもありました。拾えば拾った分だけ形が生まれていくので、いつまでも続けられる感覚はありましたね。
―逆に、制作していて大変だったことはありますか?
和凧作りが大変でした。いろいろと調べて、初めて凧作りをしたのですが、骨の強度や糸の張り方も試行錯誤の連続で、いざ外で揚げても綺麗に安定しなかったりと、本当に苦労しました。あまりにもうまくいかないので、いっそヘリウムガス風船を使って飛ばそうか…という思いもちらつきました(笑)。でも、それだと自分の作品に嘘をつくことになって、自分で作品を愛せないなと思ったので頑張りましたね。
■日々の「おう!」が作品の源
要素と要素をつなぎ合わせて、他の人にも魅力が伝わるように編集してゆく
―凧も、絵柄も、作品制作の過程をまとめた本も、とても温かみのある素材です。小河原さんの過去の作品も、光や素材の繊細さが感じられるものが多い印象でした。魅せ方にこだわりはありますか?
素材や肌触りにはいつもこだわっています。今回は、凧が太陽の光を受けて透けた時が一番綺麗に見えることを目指しました。普通のアクリル絵の具で刷った場合、白が混ざっている分、光に透かすと一段色が濃くなってしまいます。それを避けるために、手間はかかりますが、黒色・赤・オレンジなどは透明度の高いインクで刷り、その他の色はほとんど厚みのない薄い紙を凧に貼っています。デジタル印刷でも色合いを工夫すれば近い表現はできるだろうし、そのことに気づかない人も多いとは思うけれど、光に透けたときに物理的に下のレイヤーの色が透けて見えるといった微妙なニュアンスは出せない。平面作品とはいえ、奥行きはとても大事にしています。
凧を日光に透かすと、インクの黒色が薄く透けて、紙を貼っている部分の重なりも楽しめる
―小河原さんは、日常の小さな気づきを大事にされているなと感じます。
大事ですね…。いかに身の回りで自分の面白いと思う現象を見つけられるかだなと思っています。日々「おう!」と思った現象に出会ったらスマホで撮影して記録しておく「おう」という名前のフォルダがあります。例えば、この作品づくりの休憩時間中に積み重ねて遊んでいた材木と石の動きが面白かったから撮った動画とか、「この光の当たり方は素敵だなぁ」と思ったら写真を撮っています。藝大のクラスの友人と居る時も、いい現象を見つけると「これ私が最初に見つけた!」と取り合いになることも(笑)。このフォルダの中から、卒業制作が終わったらこれを作りたいなというアイディアはいくつかありますね。次は「あ、この現象おもしろい。きれい。」という個人的なワクワクを作品につなげられたらと思っています。
実際に「おう」フォルダに入っていた動画
―作品をつくる中で楽しかったり、ワクワクするのはどんな時ですか?
作品の題材となる要素と要素が、ピンっとつながったときですね。今回の作品でいうと“凧”、“葉山”、“循環”、“空と地面の関係性”などの要素があります。例えば葉山の町の歴史や地形だったり、和凧の役割・機能など。最終的には作品には表れない部分がほとんどなのですが、要素の背景は徹底的に調べていきます。集まった膨大な情報から、自分が表現したいことに結びつけて編集していくという作業はとても時間はかかりますが、ここだ!と、うまくつながったときは嬉しいですね。元から用意されていた情報の中に私が入って、今まで出会ったことのないもの同士を繋げて、新しい線を引いていくような作業です。
■小河原さんはなぜこの大学に。そして、今後どのような活動をしていきたいか
―なぜ東京藝術大学(藝大)のデザイン科に進もうと思ったのですか?
昔から、絵やイラストを描くのは好きでした。大学の進路選択の時に、文系も理系もやりたいことがなかったので、美術選択コースへ。その時、高校の美術の先生が藝大の絵画科日本画専攻出身で、一緒にデッサンの朝練につきあってくれたりして。その恩師の存在は大きかったです。
―大学を卒業後は、どのような活動をしたいですか?
藝大の大学院に進学したいと思っています。もともと自分のことを、器用貧乏だなと思っていたのですが、最近ようやく作品をつくっていく上での思考のプロセスを掴めてきたような気がしています。
けれど、まずは目の前の物を真摯に観察すること。そして例えばそれを、真上から見たらどうなのか、しゃがんで見たらどうなのか、どういう角度で切ったら見たことのない断面が見えてくるのか。私自身が実際に動き回ってその対象と向き合うことを、しっかり地に足をつけてやっていきたいです。その上で、見る人の感覚に訴えるものをつくっていきたい。頭で理解できるだけじゃなくて、ちゃんと物質が持っている震えみたいなものを大事にしていきたいです。
■インタビューを終えて
今後どんな人になりたいですか?と尋ねたところ、「いいデザイナーになりたいですね」と笑顔を見せてくれました。事実を美化せずに受け入れて、まっすぐに向き合う小河原さんなら、これからも心あたたまる素敵な作品を生み出してくれるのでしょう。大学院に進学したら、葉山を離れて一人暮らしをしようかと考えているそう。葉山に育てられ、葉山を巣立ってゆく小河原さんが祈りを込めた作品。ぜひ、作品を観に卒展へ足を運んでみてください。
小河原さんの他の作品が見られるインスタグラムはこちら:@miiiinyami
取材:小屋迫 もえ、中嶋 厚樹、草島 一斗(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:小屋迫 もえ (こやさこ もえ)
アートを通して、新たな発見・わくわくが生まれる瞬間をたくさん生み出したいと思いながらとびラー活動をしています。インタビューを通して、作品づくりへの向き合い方、普段から自分の中に起こった小さな気づきを大事にしている姿に感銘を受けました。
2022.01.25