2020.12.12
第7回建築実践講座「こども向け建築ツアーメイキング」
日時 |2020年12月12日(土) 13:00~15:30
会場 |東京藝術大学 中央棟 第三講義室、zoom(オンライン)
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12月12日のお昼過ぎ、第7回目となる建築実践講座が開催されました。実践講座の参加者がオンライン以外の場に集合できたのは本年度初!しっかりと感染症対策を行いながら、これまでの実践講座や建築プログラムでの学びの集大成ともいえる建築ツアーメイキングに取り組みました。
講座の流れ
今回は、「参加したひとが“自分の力で建築を見る”ことができるようになる」ことを目指す、子ども向け建築ツアーをつくるワークを行いました。前半は、東京藝術大学の会場に集まった9グループとオンライン参加の1グループに分かれ、企画を考えます。まずはそれぞれで付箋にアイデアを書き出し、それからグループごとにメンバー同士でアイデアを共有しながら話し合うことで、段階的に企画を組み立てていきます。後半は、ほかのグループの企画に目を通し、それぞれの意見を交換し合いました。ここでのレスポンスを踏まえながら、グループごとに企画をあらためて見直し、プランを調整しました。
講座の様子
〇ひとりでアイデアを出す時間|まずは付箋にアイデアを出します。水色の付箋に建築ツアーの「テーマ」、ピンク色の付箋にツアーで「伝えたいこと」、そして黄色の付箋に「自分の強み」が書かれています。
〇企画書①「ツアープランを考える」|グループでそれぞれの付箋を出し合い、ツアーのテーマを設定します。そして、ツアーをどのような体験にできるのか考えながら、具体的なプランを練っていきます。
〇検証:全員で見合う|ひとつのグループにつき一人のとびラーがテーブルにとどまり、他のチームのとびラーたちに自分のチームが組み立てたプログラムをご紹介。テーブルに立ち寄ったとびラーは、そこから気づいたことを黄色の付箋に書き込み、その企画へのレスポンスとして付箋をテーブルに置いていきます。
〇企画書②「ツアープランを磨く」|グループごとに再集合。ほかのグループの企画やもらったコメントを踏まえ、ツアープランの内容をさらに磨き上げていきます。
〇発表:企画書を見合う|最後に、それぞれで各チームの企画書を見合います。ここでも黄色い付箋を用いてコメントを書き込みます。
まとめ:リアルでもオンラインでも!ともに学び合える場を目指して
今回とくに印象に残ったのは、会場の人々がオンライン参加のメンバーとも積極的に交流できるよう工夫を凝らしていた点です。本日の講座は、受講者とスタッフが同じ場所に集まることのできる貴重な機会でしたが、ブログ執筆者は都合によりオンラインで参加しました。「今回は一方的に会場の様子を観察することになるのかな」。そんなふうに思っていたのですが、建築実践講座の運営スタッフ、そして会場のとびラーたちがリモートの参加者のことも気にかけてくれたおかげで、オンラインでの参加者同士、さらには会場にいる人ともコミュニケーションを取りながら建築ツアーのメイキングに取り組むことができました。
〇オンライン参加者によるツアーメイキングの様子|とびラー3名とインターン1名で、GoogleのJamboardやスプレッドシートのようなツールを使いながら、建築ツアーのプランを組み立てていきました。
グループの企画を見合う時間には、会場にいるとびらプロジェクトアシスタントの原さんが配信用スマートフォンのレンズ越しに、それぞれの企画書や紹介の様子を見つめることができました。「このグループの企画は……」「こういう紙を使って、みんなで模型を作ったり……」会場の参加者たちは、身振り手振りを交えながら他のグループのメンバーに企画の内容を伝えています。話し手にイヤホンのマイクを近づけると、多くの方がレンズに目線を合わせながら企画をご説明くださいました。さらに、会場の参加者のなかには、オンライン参加者の作った企画書が映し出された画面を熱心に見つめてくださった方もいたそうです。
わたしは会場である東京藝術大学の第三講義室に行けませんでしたが、その場のメンバーがオンライン参加者の存在を意識しながらワークを進めてくれたおかげで、自分もその場の一員なのだと認識できました。オンラインでもリアルでも、ともに学び合えるように。今年度のとびらプロジェクトでのオンラインツールを活用した取り組みの数々が、このような共通認識に支えられた「場」としても実を結びつつあるのではないか?そのように感じることのできた回でした。
(東京都美術館 インターン 久光真央)
2020.12.06
◇Cozy Cozy アート・ワークショップ「ようこ書!美術館」とは……
私たちの「とびラボ」チームの名前は「Cozy Cozy ラボ」です。COZYは「居心地よい」という意味です。このラボは発達の特性があるために、周囲の理解や安心できる居場所を持ちにくい子どもとその保護者を対象に、アート・ワークショップができないかとの動機から生まれました。子どもたちにとって美術館は遠い存在かもしれません。しかし、アートには一人ひとりが異なる多様な人々を多様なまま受け入れてくれる場としての側面があると私は考えています。私たちは美術館で先生でも親でもないアート・コミュニケーターと一緒にワークをしながら、のびのびと自分を表現し、心地よく(Cozy)過ごせるアート体験をしてほしいとの思いでプログラムを考えてきました。
「ようこ書!美術館」とは、上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展(以下「読み、味わう現代の書」展)で「書」を味わい、東京都美術館(以下、都美)の建築や彫刻を鑑賞しながらとびラーと交流するプログラムです。Welcomeの気持ちを込めて「ようこ書!美術館」と名付けました。
今回のプログラムの対象となったのは、とびラーのひとりが所属する療育センターの子どもたちです。
◇この「とびラボ」のラボの出発からワークショップの実施まで、およそ9ヶ月もの時間を要しました。4月からとびラー同士で発達障害に関する学習や実際のワークショップの具体例などの勉強会をしてきました。CozyCozyアート・ワークショップの内容の検討では、100のアイディアが出るほどのトライ&エラーを重ねました。コロナ禍でもあり、活動場所や関われる人数、空間の使い方やワークで使う素材の選定などの難しさがありました。オンラインで行うプログラムの可能性も考えましたが、パソコンなどの環境が一律でないことや子どもたちと直接交流することの意義も考え、毛糸や影絵のワークなどなどアイディアを出し合いトライアルをしてきました。そして本質的に追求したいこと【子どもたちにとってCozyな気持ち】と都美で行う意義とその資源【作品、建築、彫刻など】を生かすことをコンセプトに据えてシンプルに絞り込みました。
その結果、都美で開催されていた「読み、味わう現代の書」展を軸に、子どもたちが自分の「お気に入り」を探すワークショップとなりました。また、保護者にも楽しんでいただけるよう、子どもとは別枠のプログラムを設けました。
10月中旬から具体案に落とし込み、ようやく12月6日にワークショップを実施しました。
これより、「ようこ書!美術館」の当日の様子をお伝えします。
▲▽◆◇▲事前にプログラムの案内を送る▲▽◆◇▲
ワークショップの参加者は全員、都美に来るのが初めてとのこと。
そのことを踏まえ、当日の活動への見通しを持っていただくためのツールとして2つの案内冊子を用意しました。ひとつは【パンダノート】、もうひとつは【ようこそ!東京都美術館 ソーシャルストーリー】です。
これらを事前に子どもたちにお送りするにあたり、保護者へも「待っています」の気持ちを込めて「招待状」を同封しました。
(送りもの一式)
◇【パンダノート】について
当日のプログラムの案内です。駅からの道順、当日の持ち物、どんな場所でどんなことをやるのか、当日一緒に活動するとびラーの顔写真やコメントなども載せ、参加する子ども一人ずつのお名前を入れて作成しました。とびラーからのwelcomeの気持ちを込めて、子どもたちや保護者が楽しみに安心してきていただけるよう工夫を凝らしながら編集をしました。
(パンダノート)
◇【ようこそ!東京都美術館 ソーシャルストーリー】について
ソーシャルストーリーは、目に見えない暗黙のルールや、あいまいな状況、活動などをテキストや写真を使ってわかりやすく視覚化することで、社会的なスキルを学ぶことができるラーニングツールです。
パンダノートの道順案内の先につながるよう、都美に入ったときのイメージをお伝えしました。都美の利用方法を、インフォメーションや展示室など施設の写真を大きく載せて丁寧に説明した16ページの冊子です。都美での過ごし方やふるまい方を事前に伝え、参加する子どもたちが自分の意思で適切な行動を選択できるように手助けするツールとして作成しました。
2つとも単なる案内ではなく、コロナ禍で直接の交流がしにくい中、事前に参加者と「つながれるもの」をと考えた結果、この形となりました。
この2つの冊子は家庭でもしっかり読まれたようで参加者からは「受け入れてくれていると感じた」、「美術館への親しみや見通しもって心の準備ができた」などの感想をいただきました。当日につながる気持ちの贈り物になったと思います。
▲▽◆◇▲いよいよプログラム当日▲▽◆◇▲
初冬ながらとても天気が良く暖かな日でした。参加者は小学校2年生から中学校2年生までの子ども8人とその保護者たち。エントリーしてくれた方全員が参加してくださり、嬉しい気持ちと遠くからよく来てくださったと感謝の気持ちでいっぱいでした。
ワークショップのテーマは「美術館でお気に入りを見つけよう!」です。「書」=「文字を書くもの」との考えを取り払って大きな紙に自由に墨で描いたり、展覧会「読み、味わう現代の書」展や都美建築や野外彫刻の鑑賞をしたりして自分のお気に入りをみつけます。とびラーはこの活動が子どもたちにとって心地よい時間であるようにとの思いを込めて関わりました。
◆参加者は来館後、一緒に活動するペアのとびラーと「はじめまして」の自己紹介に続いて、オリジナルの「はれやか体操」をしました。この体操では、「はれやか」という文字を全身で大きく空間に書き、体と心をほぐします。このことばは「読み、味わう現代の書」展に出品されていた《はれやか》(中野北溟作)からはれやかな気分でワークに入れたらいいなと選んだものです。中野さんの筆運びを追体験するように一画一画を体で表現しました。どの子も恥ずかしがらず体をうごかしてくれて、少し心がほぐれたようでした。
次に、書展につながるワークとして、広げた障子紙の上に薄い墨と濃い墨を使って大きな丸や線を描きました。最初に参加者みんなで空中に円を描いてから紙に丸を描いたためか、親子でのびのびと描き始めました。丸を重ねたり長い線を重ねたり・・・。手作りの毛糸の筆や、段ボールのかけら、スポンジなどを使ってぐいぐい描いていきました。水を使ったにじみにも挑戦! 広がっていくにじみの動きに注目する子もいました。最後に、子どもたちはとびラー手作りの枠を使って大きな作品の中から自分の「お気に入り」の箇所を見つける練習をしました。
子どもも保護者も描くことに夢中になり、もう少し墨のワークを続けたいような雰囲気が感じられるなか、子どもと保護者が別々になって活動する時間になりました。
◆子どもたちはとびラーとコミュニケーションをしながら「読み、味わう現代の書」の作品鑑賞や美術館内外の散策へと出かけました。
プログラムを考えている時とびラーの間では、子どもたちにとって「書」展は少し鑑賞が難しいかもとの懸念もありましたが、プログラムに参加した子どもたちは、本物の作品の持つ魅力や造形的な面白さに気づいて「書を飾る紙がすごく綺麗!」「細い線や太い線も綺麗だな」などつぶやきがありました。また、本文をテキストと見比べながら興味持つ子もいて、それぞれの視点をもって「書」の魅力を発見できた様子でした。
【書展や館内外でのお気に入り見つけ】
野外彫刻や館内の建築を鑑賞しながらiPadでお気に入りを撮影する場面では、枠を使って「この辺かな、ここかな?」とフォーカスし、写真の出来をとびラーと確認して集めていきました。アングルを工夫して様々な目線で撮ろうとしている子もいました。プログラム開始時に比べ、とびラーとの親密度も上がり、子どもたちがどんどんほぐれて居心地よく過ごしている様子が目に見えて分かりました。
【子どもたちが見つけた「お気に入り」の写真の一例】
活動場所にもどった子どもたちは、見つけたお気に入りの写真を自分の「パンダノート」に記録します。iPadで撮ったお気に入り写真を選び、ポラロイドカメラで印刷します。子どもたちはポラロイド写真からジワーっと現れる画像に興味津々でした。
次に、みんなで描いた墨の作品から「お気に入り」の場所を見つけ、切り取って額に入れました。フォーカス用に使った「枠」が「額」に変ることで、また見え方が変わりました。作品にはとびラーが手作りした子どもたちの名前の落款も押しました。
◆一方、保護者は3班に分かれてとびラーとともに「読み、味わう現代の書」展の鑑賞をしました。作品を見ながらお互いに気に入ったところや、「どうしてかな?」と思うところなどを言葉にしていきました。それぞれの感じ方、考え方を味わいながら交流し、鑑賞を深めました。その後とびラーのおすすめの場所などを紹介しつつ都美館内を散策しました。
「読み、味わう現代の書」展は字や文に込められた思いを創造的に表現した作品群であり、絵画と同じような感覚で鑑賞できます。これらを見て回った保護者からは「かきぞめの宿題に悩んでいたけれど、これでいいんだよね、これを学校の先生にもみてもらいたい(笑)」との声や実施後に「子どもとは別時間で、久しぶりに自分の時間を満喫できた」などの感想をいただきました。
◆今日の活動の思い出が一冊になった「パンダノート」。とびラーと子どもたちがお互いのノートを見せ合いっこし、書の鑑賞から戻ってきた保護者にも見てもらいました。
あっという間に2時間半の活動が過ぎ、ワークショップ終了の時間に。子どもの様子をとびラーから聞く保護者の方や最後に得意のけん玉を披露してくれた子もいて、名残惜しいお別れとなりました。出来上がったパンダノートや額付き墨絵、落款を手に嬉しそうに帰っていくみなさんの表情や姿がとても印象的でした。
◆果たしてCozyな機会は作れたのかは参加者一人一人の胸の中だと思います。後日届いた感想は「とびラーが寄り添ってくれて安心できた」、「シンプルな墨の表現は入りやすかった」、「日常ではない出会いや鑑賞を超えた体験に招待してもらえて良かった」、「おうちに帰って楽しかった出来事やとびラーと話したことなどを家庭でも沢山お話した」、「機会があればまた参加したい」、「お正月に家族で書初めに挑戦した」などなど心温まるものばかりで、プログラム終了後も暖かな時間が続いていたのだと、CozyCozyアート・ワークショップに携わったとびラー一同で感激しました。
◇振り返れば、勉強会も打合せもオンラインと今までにない形のラボでしたが、冊子など事前の送りものはすべて手作りで、当日も大道具から小道具までアナログ感満載のラボでした。コロナ禍であっても、人との結びつきはアナログの手触りを欲しています。そんな実感を子どもたちや保護者と共有したワークショップでした。関わったとびラーにとっても学びの多い充実感のあるとびラボとなりました。
◇コロナ禍の中にもかかわらず参加いただいた皆様に感謝いたします。
これからも美術館から心も体も遠く感じる方々のためのワークショップが継続的にできるといいなと思っています。
筆者:7期とびラー:松本みよ子(まつもとみよこ)
美術教師。特別支援学校退職後、教育相談員。とびラー3年目。このラボでは勉強会をしつつ凸凹道をたどってきました。オンラインを交えての歩みは困難もありましたが、とびラーや参加者が協労し交流することの意義を見つめる宝物のような時間でした!
2020.12.05
今年の新しいファミリープログラム「上野でGO!」は、Web会議サービスZoomを使った作品鑑賞と、実際にミュージアムで作品に出会うことを組み合わせた、2ステップのプログラムです。
オンラインとリアルの両方の良いところを組み合わせた「ブレンディッド・ラーニング」という新しい学びの形をデザインしています。
12月5日(土)は「上野へGO! リアル」と「上野へGO!オンライン」が東京都美術館で同日開催されました。
ここでは、「上野へGO! オンライン」の様子をお伝えします。
オンライン上で作品を鑑賞できるファミリー対象のプログラム「上野へGO! オンライン」は、8月、11月にひきつづき、今回で3回目の開催です。
今回の進行は、Museum Start あいうえのプログラム・オフィサーの鈴木智香子です。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2020.12.05
今年の新しいファミリープログラム「上野でGO!」は、Web会議サービスZoomを使った作品鑑賞と、実際にミュージアムで作品に出会うことを組み合わせた、2ステップのプログラムです。
オンラインとリアルの両方の良いところを組み合わせた「ブレンディッド・ラーニング」という新しい学びの形をデザインしています。
12月5日(土)は「上野へGO! リアル」と「上野へGO!オンライン」が東京都美術館で同日開催されました。
ここでは、「上野へGO! リアル」の様子をお伝えします。
12月5日(土)の午前、8月・11月のオンライン・プログラムに参加したファミリーが東京都美術館のアートスタディルーム(以下、ASR)に集合しました。
各回8組ずつの参加者です。ASRでのガイダンス、ノートづくりのワークショップに加え、今回は「展示室探検」が加わりました。
進行はMuseum Start あいうえの プログラム・オフィサーの渡邊祐子。ガイダンスでは、これまでのリアルの回と同じように、ミュージアムスタートパックの使い方、上野公園の楽しみ方に加え、「あいうえのからの指令」が伝えられました。
今回の「指令」は、「あかを探せ」です。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2020.11.23
近年ミュージアムの活動は、人々の幸福な状態=ウェルビーイング(Wellbeing)を支え推進する活動である、という視点が大切にされるようになってきています。ミュージアムは多様な人々をつなぐ場であり、私たちの世界にある多様な価値を対等に分かち合う場としての役割を担っています。Museum Start あいうえのは、それぞれの人の文化が尊重されるより良い社会の実現に向けて「ダイバーシティ・プログラム」に取り組んでいます。プログラムが始まり5年目を迎える今年の活動テーマは、『うつくしい文字ってどんなかたち?』”What Makes Letters Beautiful?“。当日の活動風景を伝えます。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2020.11.21
【開催報告】11月の建築ツアー
日時 |2020年11月21日(土) 14時00分~14時45分(ツアー実施)
場所 |東京都美術館
メンバー|参加者(事前申込)14名、とびラー11名、スタッフ5名
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ほのかな日差しのぬくもりが身に染みわたる11月の第三土曜日。本年度3回目となる「とびラーによる建築ツアー」が実施されました。今回もガイド&サポート役のとびラー2名と参加者2、3名の少人数グループに分かれ、東京都美術館(以下、都美)の建築をそれぞれの切り口から味わいます。
11月の建築ツアーでは、とびラー7期の井上夏実さんが進行役をつとめるグループにフォーカスします。
井上さんが目指すのは、「その場にいる人」が楽しめるツアー。
進行役となるとびラーから参加者へ都美の建築に関する知識を一方的にお伝えするのではなく、グループのメンバー同士で建築を介した双方向的な対話を行うことで、それぞれの眼から建築の魅力を発見していけるような場づくりを心がけているそうです。
今回は、井上さんのツアーの要となる「アイスブレイク」と「建築クイズ」のふたつに焦点を当て、実際の様子をお届けします。
◆アイスブレイク--その場の人をしる時間
はじめに紹介するのは「アイスブレイク」の様子。
アイスブレイクとは、はじめて出会った人同士の緊張感を、簡単な自己紹介やゲームによってときほぐすことを指します。建築ツアーでは、プログラム開始直前、グループのメンバーが揃いツアースタートを待っているタイミングで行われることが多いようです。
アイスブレイクの時間は、井上さんのガイドにとって欠かせないものです。
このグループの参加者はベビーカーのこどもを含めて4名。まずは、それぞれのお名前とツアーに申し込んだきっかけを伺います。
新聞に掲載された記事をみて、応募が始まってすぐ申し込まれた女性。普段から美術館の建物に関心を抱いている女性。建築系の研究者である配偶者かの紹介で参加した女性とベビーカーのお子さん。
井上さんいわく、このように状況を細かく把握できたタイミングで「もともと美術館や建築に興味を持っている方々だから、親しみやすい話もしつつ、押さえるところは押さえといたほうがいいのかな」と考え、もともと組み立てていたツアーのコースや話す内容を参加者に合わせて調整した、とのことでした。
頭の中に用意した台本をそのまま読み上げるのではなく、そこにいる人に合わせて、細かいところは臨機応変に整えていく。
「その場にいる人」を大切にする井上さんならではの工夫と言えそうです。
◆建築クイズ--自分で考えて、みつめる
次に紹介するのは「建築クイズ」の様子。
アイスブレイクを終え、正面エントランス外の中庭まで移動したところで、「ここでクイズです!」と井上さん。
グループ全員で見上げているのは、“東京都美術館”という看板の上部から右斜め上に向かってなだらかにのびる曲線。
これはオイルショックの影響を受け、次のセメントが注ぎ足される前に下のセメントが固まってしまった、という着工当時のハプニングの痕跡です。
今回クイズになったのは、この線を目にしたときの都美の設計者・前川國男のコメント。井上さんが示した選択肢は3つ。
「①ケーキの層みたいで美味しそう、②ボクシングの傷のようでカッコイイ、③アルプスの稜線みたいで趣がある。正解はどれでしょう?」
井上さんの掛け声に合わせ、参加者が指の本数で示した回答は三者三様。
それぞれの参加者にその答えを選んだ理由を尋ねると、「①…いわれてみれば、たしかにケーキみたいに見える」「②…石を削ることとボクシングに近いものを感じる」「③…建築家の言いそうなことだと思った」など、各々の視点から選択肢が選ばれたことが分かりました。
正解は③。しかしながら、このクイズのねらいは必ずしも正解へ辿り着いてもらうことだけではありません。
建築をじっくり見て、気づいたことを自分の言葉で表してみる。
そのための手がかりとして、井上さんの「建築クイズ」は機能しているようです。
井上さんのツアーでは、はじめの三者択一クイズだけでなく、二者択一式、自由回答式など、ツアーの要所要所でクイズが出題されます。
ツアー終盤に盛り込まれた、天井にある四角い装飾の用途(正解は釘隠し!)を尋ねる自由回答クイズのときには、参加者全員がためらうことなく回答するなど、すっかり打ち解けた空気が感じられました。
◆参加者のようす
ツアーの後半、参加者は自らの目で建築の魅力を発見しはじめたようです。
たとえば、新聞をみて申し込んでくださった参加者の方は、公募棟にいるとき「ここの絨毯とさっき見た柱(=はつりコンクリート)のピンクベージュがつながっているみたい」と、大きな窓越しに見える中庭を指さしながら、その場の人々に気づきを共有してくださいました。
また、もともと美術館の建物を見るのが好きな方は、エスプラナードから中央棟へと移動するとき、企画棟との間に見えるイチョウの木と打ち込みタイルの色の対比が気に入ったそうで、井上さんの話しを聞いたあと、少しだけその場に残り、スマートフォンで写真を撮っていました。
今回のグループのメンバーは、親子連れをのぞいて初対面同士。はじめは緊張感もありましたが、45分の建築ツアーの中で、互いの発見に笑顔で耳を傾けあえるアットホームな場となっていました。
井上さんによる「その場にいる人」をしっかりと見つめ、その人たちに合わせてツアーのコースと内容を丁寧に調整したからこそ、このようなツアーが生まれたのだとわたしは考えています。
次回、今年度ラストの建築ツアーは3月中旬に開催予定。(1月のツアーは新型コロナウイルス感染症拡大防止のため開催中止。)
井上さんをはじめとする7期とびラーにとっては、開扉(とびラー任期三年間の満了)前の最後のツアーとなります。
それぞれの学びが次回のツアーにどう反映されるのか。しっかりと見届けたいと思います。
(東京都美術館インターン 久光 真央)
2020.11.14
第6回建築実践講座|「教えない授業から考える」共同構築的な学び
日時|11月14日(土) 13:30〜15:30
場所|zoom(オンライン)
講師|山本崇雄(新渡戸文化学園中学 英語教諭)
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吹く風が冷たく身にしみるようになってきた11月14日の昼下がり。本年度6回目の建築実践講座が開催されました。今回は『「教えない授業」の始め方』の著者であり、現役の中学校の英語教諭である、山本崇雄先生をゲストにお迎えし、教える/教えられるという関係ではない「共同構築的な」学びについて考えました。
今回の講座では折り紙を用いた2つのワークがおこなわれました。はじめに取り組んだのは「今の自分を見つけるワーク」。手元の折り紙の色や形によって、アートコミュニケーターとして生かしたい自分の強みをカタチにしてみます。
もうひとつのワークへと移る前に、山本先生が取り組まれている「教えない授業」について、様々な事例を交えながらお話いただきました。そして満を持して取りかかった「なりたい自分を見つけるワーク」。これからアートコミュニケーターとしてどうありたいか、今度は目指したい自分を色や形で表現しました。そして最後に、山本先生と稲庭さんのディスカッションや質疑応答を通じ、自主的な学びについてさらに深く考えていきました。
〇今の自分を見つけるワーク|オンラインツール「My Padlet」にアップロードされた参加者の折り紙をみていく山本先生。参加者は自分の作った折り紙を4人組のブレイクアウトルームで紹介し合います。その後、それぞれで折り紙の写真を撮影してMy Padletに投稿することで、参加者全体に共有されました。
〇BORで意見交換|「教えない授業」について、山本先生から共有いただいた記事。この記事を読んで疑問に思ったことがあれば、チャットに書き込んでいきます。それぞれの質問には、山本先生ご自身からお答えいただきました。
参考:東洋経済オンライン「子どもの主体性を高める「教えない授業」の今」
〇講義「教えない授業」の実際|山本先生が所属する私立中学校の時間割。平日の7限目には、それぞれの生徒が興味関心に合わせて自由に学習できる「セルフペースドラーニング」が導入されています。
〇なりたい自分を見つけるワーク|折り紙で作った「なりたい自分」を紹介するとびラー。こちらの方は「緑に囲まれた上野公園で、角のとれた状態で様々な人とつながる姿」を切り絵で表現したそうです。
〇ディスカッション&質疑応答|日本の学校の現状と今後の展望について言葉を交わす山本先生と稲庭さん。
山本先生は、教える/教えられるという今までの授業の在り方を否定しているわけではありません。そうではなく、現代の状況に即して「教えない」という「選択肢を増やす」ことで、明治維新からの形式を保ったままの教育機関と急速に変化していくリアルな社会との間にある大きな隔たりを埋めていきたいのだと言います。
ここで今年度最初の建築実践講座をふりかえってみます。はじまりのガイダンスで伊藤達矢さん(東京藝術大学)は、講座全体の重要なテーマとして「自分の感覚を手がかりに建築を味わう」ことを掲げました。ただ都美の建築に関する知識を学ぶだけでなく、それぞれが自ら建築を楽しむ目をもち、その場にいる人同士で建築の魅力を共有していけるように。この目標は、教える/教えられるという知識提供型の教育から誰かに依存することのない双方向的な対話を目指す山本先生のお話やワークに少なからず通じるものがあるのではないでしょうか。
次回の講座では、外部向けのプログラムとしての提供を視野に入れたうえで、こども向けの建築プログラムメイキングに取り組みます。今回の講座で新たに出会った共同構築的な学びの在り方が、次回のグループワークにどう活かされていくのか。それぞれのとびラーの思考のプロセスやワークへの取り組み方に注目していきたいと思います。
(東京都美術館 インターン 久光真央)
2020.11.09
気持ちの良い秋晴れのもと、11月9日(月)に、足立区立高野小学校5年生のみなさんが
東京都美術館に来館しました!
来館のきっかけは、一本の電話でした。
コロナ禍において美術館の展覧会もお休みとなってしまった状況の中、
夏休みに入る前に、学校より来館希望の相談がありました。
そこで高野小学校と一緒に考えたのが、「美術館探検」プログラムです。
学校が立地するエリアには美術館や博物館などの文化施設がないので、
美術館を訪れる児童が少ないとのこと。
今回のプログラムがきっかけで、美術館の空間に親しんでもらうことをねらいとしました。
活動内容は、「建物探検」と「彫刻作品の鑑賞」です。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2020.11.08
オンライン上で作品を鑑賞できるファミリー向けのプログラム「上野へGO!オンライン」が、11/8に開催されました。
8月にひきつづき、今回で2回目の開催です。
これは、オンライン上で世界中どこからでも「ミュージアム・デビュー」の第一歩を踏み出すことができる、学べて楽しいデジタルネイティブ世代のためのプログラムです。
時間になると、次々と参加者がオンライン上に集合してきました。
プログラムが始まるまでの時間は、進行役が集合してきた参加者一人ひとりに声をかけ、プログラムにスムーズに参加できるよう、zoomの簡単な操作方法を一緒に練習します。
プログラムが始まると、進行役から今日の流れや絵を見るときの大切なポイントと、今日みんなと一緒に活動をする仲間「とびラー」の紹介がありました。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2020.10.24
第5回建築実践講座「コミュニケーションを生む場作りとは」
日時|10月24日(土) 13:00〜15:00
場所|zoom(オンライン)
講師|宇田川裕喜(株式会社バウム (BAUM LTD.)代表)
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さわやかな秋晴れに恵まれた10月24日のお昼過ぎ。今年度5回目となる建築実践講座が開催されました。今回のテーマは「コミュニケーションを生む場作り」。ゲスト講師としてコンセプトデザイナーの宇田川裕喜さんにお越しいただきました。
○街も一行の文章も「場」|講師の宇田川さんは、書き手と読み手がいるということから、「一行の文章」も最小単位での「場」と捉えています。
講座の前半は宇田川さんがこれまで手がけてこられた事業を、コミュニケーションという視点でご紹介いただきました。京都市京セラ美術館のミュージアムカフェ「ENFUSE」のコンペや丸の内仲通り「Urban Terrace(アーバンテラス)」などの事例を通じ、人の集う「場」を生み出し継続するためのプロセスについてお話しいただきました。後半にはコンセプトを考えるワークに取り組みました。ここでは3、4名ほどの少人数グループに分かれ、「良い街」と「悪い街」について思い浮かぶ要素を挙げていき、それぞれの考える「悪い街」をプロデュースするための企画を練りましたワークの終了後、宇多川さんから場をデザインするとき意識すべきポイントをレクチャーいただきました。また、本講座の中間と最後に設けられた質疑応答の時間には、とびラーから事業内容やキーワードに関連する質問や感想などが多く寄せられました。
〇コミュニケーションを生む場作り①:|京都市京セラ美術館の構想図。宇多川さんは採用された案が「建物のみで完結せず、街との連続性のあるもの」であったことに注目。「ピクニックセットをレンタルできる」カフェを設計し、晴れた日には美術館のある岡崎公園でお弁当を食べられる場をデザインしました。
〇コミュニケーションを生む場作り②:コンセプトを考えるワーク|東京都美術館のアートスタディールームから参加したとびラー数名によるワークの様子。
ここで練られた企画は「活気のない商店街」という悪い街のイメージをプロディースする方法として、「シャッターを地域の有志でペイントすることで人の集まる場をつくりあげる」というものでした。
〇質疑応答の時間|とびラーから寄せられた質問に答えていく宇田川さん。ここでは企画において人々を引き寄せる要素を指す言葉「磁石(マグネット)」についての質問に、具体的な事例を交えながら解説してくださいました。
ワークのまとめとして、宇田川さんはブランディングデザインを手がけるにあたって大切にしているポイントをいくつかお話くださいました。なかでもとくに強くお話されていたのが、「調査を丁寧に行う」こと。どのような場を作るにせよ、そこにはターゲットとなる、すなわち企画を届けたい対象の存在が必要不可欠です。その人たちにとって魅力的な提案となるよう、企画のモチベーションとなる要素(=マグネット)の力を把握し、対象者にとって足りないものや不便なこと(=ペイン)を理解しようと努める。このプロセスでの取り組みが丁寧であればあるほど、場のデザインの質が上がっていくのだといいます。
こうした考えは、とびラーが講座の中で考えてきた、東京都美術館の建築を軸に考える企画づくりにも当てはまることではないでしょうか。たとえば美術館に立ち寄った人全員が対象となる「とびラーによる建築ツアー(*)」とMuseum Start あいうえのの子ども向けプログラムとして開催された「うえの!ふしぎ発見:けんちく部」では、フィールドは重なっているものの対象者の層が異なるために、それぞれのプロセスのもとで別個のコミュニケーションの場が生み出されたといえます。さらに定期的に開催されている前者のプログラムに限っても、などの変化によりその場にいる人が変わることから、まったく同じ場が形成されることはないといえるでしょう。
(*)今年度は新型コロナウイルス感染拡大の影響から、事前申込制で実施中。
これまでのプログラムは、とびラーが建築という箱だけでなく、そこに集う人々もしっかりと観察することで入念に作り上げられてきたものです。今回の講座は、建築プログラムの組み立てのプロセスだけでなく、場に集う参加者についてもあらためて考えてみる機会となったのではないでしょうか。
(東京都美術館 インターン 久光真央)