2018.12.01
12月1日(土)に「墨の無限の可能性」をテーマに、ミュージアムに展示されている「墨」の作品を鑑賞して、作品に迫るプログラムを開催しました。
上野公園にある東京都美術館と東京国立博物館がコラボレーションをして行われた今回のプログラムでは、小学校1年生から6年生の幅広い年齢層のこどもたちとその保護者、全16組30名のファミリーがともに活動します。もちろんこの日もアート・コミュニケータ(以下、とびラー)がプログラムのサポートをしっかりします。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2018.11.27
ある秋晴れの日の午後、藝大上野校地内の一番奥、チェンソーとノミの音が響き渡る工事現場のような場所で、彫刻科の福島李子さんと出会った。
石を削った屑に汚れた厚手の作業着と灰色のキャップにゴーグルをかけた出で立ちで、チェンソーの音が響く空き地から小さく会釈をしてくれる。小柄で線の細い可愛らしい風貌の福島さんだが、たくましい服装と可愛らしい笑顔のギャップに心がつかまれた。
挨拶もそこそこに、現在取り組んでいる作品を見せていただいた。胸のあたりまである大きな四角い灰色の大理石の塊から、足や車や手などの形が今まさに生まれ出ようとしていた。
ーこの作品はどういうものを表しているんですか?
「これは私の『夢』です。夢と言っても、実際に自分が寝ているときに見た夢です。私はなぜか怖い夢を見ることが多くて、追いかけられたり、車の陰に隠れたり、といった夢のワンシーン、夢のかけらを集めています。何故見たのかわからないような漠然としたものを形にしたらどんな感じなのかな、と思って。自分の好きなカタチが現れてくれればいいな、と思ってやっています。」
作品の、雲のようにもやもやとした部分からリアルな物体が出てきている姿は、福島さんの言うように、もやのような夢の中から夢のかけらが飛び出してきているような、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
作品を眺めていると、福島さんから驚きの一言が。
「わたし、自分の作品があまり好きじゃないんです。愛着がわかないというか…」
思わず聞き返すと、
「今まで、自分の価値観じゃないものを作ってきた。…でも今回はいいものができそうな気がする」
…ということで、どういうことなのか、過去の作品を見せていただいた。
藝大の敷地の隅に、学生たちの様々な過去の作品が野ざらしで置かれていた。その中に、福島さんの作品が2点あった。
まずは、ひとつめ「灰皿」。
ーこのコンセプトは?
「何か実用性のありそうなものを作りたかった。外国の灰皿とか、周りに人がいて作品を囲んでコミュニケーションが生まれるというか。でも、こういう形を作るのは嘘がつけないので難しかったです。」
ふたつめは「クモ」の作品。
入学してはじめて作ったものだそう。
ーこれはどういう作品なんですか?
「はじめての作品では挑戦したいことをやりました。物体がくっついている構造で作ってみたのですが、石は割れてしまうと戻らないし、細い部分は割れやすくて。どう石に負担をかけずに削るかが難しかったです。」
確かに見せていただいた3つの作品は、コンセプトも雰囲気も違い、同じ人物が作ったものとは思えないくらい、振り幅がある。「灰皿」は機能的、「クモ」は精密でリアル、そして卒業制作は幻想的なイメージを膨らませた作品だ。
そこに、福島さんの自分の目指すもの、しっくりくるものを模索している姿勢を感じた。
話を聞いていくと、彫刻に本格的に取り組み始めたのは大学に入学してからとのこと。4年間の学生生活でたくさんの作品ができるのかと思っていたが、実際にはオリジナルの作品を作れるようになるには、長い月日が必要だということだった。
「1,2年生は素材に慣れるまでの実技。道具の使い方から、石、金属、木、テラコッタなど全素材を学んでから、さあどれを選ぼうか、となる。」
ー素材を選ばないといけないんですか?
「素材を絞っていかないと上手くならないし、4 年間だと時間が足りない。3 年生は自由に彫り、4 年生は卒展に向けての作品作りになるので。絵画より時間がかかるので、地道にやらないと…サボると自分に返ってくる。毎日学校開始の9時から来て夜まで制作をする生活が続きます。削ったときにでる粉も体に良くないので粉塵予防のマスクとゴーグルをかけています。外は寒いし、結構忍耐力が要ります。」
ーた、大変ですね…
「基本的にみんな没頭しているので、時間を忘れてやっています。楽しいので。」
と、作品に向かい続ける日々がとても幸せだと微笑む。
ーそもそも、どうして彫刻をやりたいと思ったんですか?
「もともと中学生から藝大に行きたくて、美術予備校で学んでいる中で粘土が一番楽しかったので彫刻にしようと思った。その中で、本物のウサギを見て作る粘土作品は鮮明に覚えています。粘土は焼かないと残らないので一瞬のアートですね。大学に入るための試験はデッサン。でも平面のデッサンからどうやって立体にするのか、これが難しい。立体にすると形の狂いなどの嘘が付けなくなるので。」
ー将来はどのようになっていきたいですか?
「作り続けたい。今やっと見えてきたものを無にするのはちょっと…でもどうしていったらいいかはまだわからない。受験で得た価値観からは一旦離れて、何が自分に合うかチョイスしていかないといけない。合う、合わないは、私はやらないとわからない。まだ今は、ちょっと見えつつあるけど漠然としていて、だけど『これだ! 』はあるんじゃないかと思っています。」
様々な場面で、作り続けたいという熱意と、でもまだ自分の作品には納得がいかずもがいているストイックな姿が映し出される。そういった悩みながらも真摯な姿が常に福島さんを纏う。
ーアイデアの源はなんですか?
「色んな作品を見ました。昔の彫刻から現代アートまで。でも、私は現代アートじゃないな、と感覚的に思っている。社会性が全面に出ているメッセージ性の強いビジュアルではなくて、形そのものが格好良ければいいと思う。コンセプトよりカタチ。そういう考えに至るまでにたくさんの作品を見ました。行ったり来たりです。」
ー好きな彫刻家はいますか?
「ルイーズ・ブルジョワです。女性のアーティストが好きで、フェミニズムアートでも社会性が強いのはちょっと自分の好みと違うな、と思う。ルイーズ・ブルジョワは、六本木のクモの作品などが有名なんですけど、内面の感情が作品を通し出てくるところが好き。女性の立場が弱くて、それを超えるための作品に、強さを感じます。」
と、自分の方向性を模索するように話す姿が印象的である。
ー作品を通じてどういうことを感じてほしいですか?
「自分のために作っていることが多くて。作品を通じて自分をどう見てくれているか知りたいです。」
作品は自分の化身、もしくは自分から出てきた自分の一部なのだろう。確かに今回の作品も、自分の見た夢というまさに自分の無意識世界を具現化した作品だ。
ー作品を作る原動力は何ですか?
「想像力を膨らませても限界があって、素材と向き合ってわかる、自分と素材との対話だと思う。手を動かして、考えて、手を動かして、考えて、の繰り返し。こうやって続けていくことで、表現したいものの方向性がみえてくるんじゃないか。そしたらもう少し答えが出るんじゃないか、素材と向き合うことで、自分が表現したいもの、自分が見てみたいものが見えてくるんじゃないかと思う。」
自分の中の自分を見つけるために、「作り続けたい」と繰り返す。
インタビューを通じて、福島さんの作品作りの原動力は、福島さんの中の「漠然としたキラキラしたモノ」を彫刻作品を通じて彫りだして、カタチにしていく作業ではないかと感じた。
そして、これからも自分の中の原石を彫りだすために、石を彫り続けてほしい、そういう安心して作品に没頭できる場所で、自分と真摯に向き合いながら、幸せに石と向き合っている福島さんと、福島さんから生まれる作品を見ていきたいと思った。
取材:市川佳世子、山本俊一(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:市川佳世子
第67回東京藝術大学 卒業・修了作品展 公式サイト
2019年1月28日(月)- 2月3日(日) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場|東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所
2018.11.26
穏やかな晩秋の日、藝大上野校地内の総合工房棟に建築科の國清尚之さんをお訪ねしました。
月曜日の午前中、研究室が並ぶ4階は静かです。
笑顔で出迎えてくださったのが、國清さんです。黒いシャツがお似合いの青年です。
トム・へネガン教授の研究室が國清さんのアトリエです。テーブルの上には、さまざまな模型、ファイル、資料、パソコンが整然と置かれています。事前に、修了制作が「妖怪建築」と伺っていましたが、それはいったいどんなものなのでしょう? 興味津々で、インタビューを始めました。
■ハロウィンの夜、渋谷で
まず、目の前に置かれた段ボールに貼られた写真は、実際に妖怪建築を作り、ハロウィンの夜、渋谷の街中に持ち込んだ時の記録だそうです。名付けて「塵塚怪王大作戦」。これも修了制作のプロジェクトの一つとのこと。
「ハロウィンて、イベントを主催している人がいるわけではないけれど、多くの人が集まって騒ぎ、結果的に皆が大量にゴミを捨てる…ある意味、現代の妖怪現象ととらえています。昔、『塵塚怪王』というゴミを集める妖怪がいました。ゴミでできたゴミを集める妖怪です。それで、藝大の廃材所で集めた廃材でゴミ箱を作ってみました。ゴミ箱として使えるけれど、ゴミ箱っぽくないものを。こういうものが街中に置いてあったら人々はどう反応するのか、それを動画に記録しました。」
―やってみてどうでしたか?
「観察していてわかったのは、意外と皆、無視してしまうこと。自分の目的と関係ないものに対して、これはゴミ箱なのか?と考えることすらあきらめているような…。こういうものには捨てないけれど、誰かが捨て始めると、何も迷わずに路上に捨ててしまいます。無意識なものを透明化しようとした時に、現代の妖怪がみつかるのでは、と。なぜ妖怪建築をやるのかという証拠動画が撮れたみたいな感じです。」
「現代で多く起きている『透明化してしまう現象』。例えばホームレス…人々は見て見ぬふりをしていて、お互いに近づいていくことは難しい。でも、もし近づいた時に、お互いに知らなかった世界があるのでは、と思います。いない、として扱われてしまうような存在、そういう声を聴きたいという思いが妖怪につながっています。」
■存在しないもののための建築に興味が
―なぜ妖怪建築をやろうと思ったのですか?
「もともと存在しないもののための建築に興味がありました。学部(九州大学工学部建築科)の卒業制作は、お墓でした。多くの人を一緒に埋葬する空間(=永代供養墓)として、もう少し違う形があるのでは、と考えて制作しました。」
パソコンで写真を示しながら話してくださった卒業制作「micro Re:construction」は、巨大な共同墓地で、21世紀のランドマークのイメージ。人工的な山並みの表面が祈る場所で、中が埋葬するところです。ここは祈りにくるだけでなく、人が住んだり、仕事をしたり…という空間。生きる人と死者が一緒にいる空間をデザインしたそうです。
■山口、福岡、東京、リヒテンシュタイン
―大学は九州だったのですね。そもそも、建築を専攻したきっかけは?
「生まれ育ったのは山口県です。中学生の時は『革命家』になりたいと思い、その後『数学者』『ハッカー』と変わっていって…(笑)今思うと恥ずかしいですが…。大学で建築科を専攻したのはたまたまだったんです。大学院から藝大に来ました。九州の大学と藝大、学部と修士とでは、全然違う学び方ができました。今は、僕が考えていることを表現できるのが建築だと思っています。」
―山口県で育ったとのこと。妖怪が身近に感じられた思い出はありますか?
「うーん、それがそうではなくて…。大学院で初めて東京に出てきましたが、守られた田舎から出てきて、東京の人々が妖怪に見えたのです。違和感がありました。『人間、怖い!(笑)』と思いました。それが、見知らぬ人だからに限定されず、一緒にいる友達もどういう人かわからない。そして、自分のなかにも妖怪的な面があると思ったのです。東京に出て感じたことが、妖怪に気づかされたきっかけです。」
―昨年度、留学されていたそうですね。
「リヒテンシュタイン公国に1年間留学しました。スイスとオーストリアに挟まれた小国で、人口は3万人。大学は一つ。ほとんど人と会わないような日本と真逆のような国です。その大学の教授が、藝大の担当教授(トム・へネガン先生)の友人で、考え方が近いと思い選びました。地理で選んだところもあって、もともとスイス圏に行ってみたかったのです。これは、行く前の仮説ですが、現代の日本ではまず歩く道があるけれど、もともとは人が歩いたところが道になったはず。スイスにはまだそれがあるかと思いました。アルプスの道とか。そういうことを知りたいと思っていましたが、スイスは思ったより現代的でした。」
「留学中、大きかった経験は、アルプスがいつも見える所にいて、『富嶽三十六景』のことを考えていました。1枚ずつ見ると富士山が主役だけど、36枚並べた時に、富士山が共通の記号となって消えてしまいます。そこで、富士山の手前にある日常的な風景が目立ってきて、こちらが主役になるのではないかと…。ふたつの世界が同じ大きさで重なり合うこと、見立てが異なる世界が同時にあることを感じました。妖怪も現実にある世界で、どっちから見るかによって人間と妖怪になると思います。留学の経験から、一周回って日本への関心に戻ってきました。」
■妖怪を学ぶ
リヒテンシュタイン留学から帰国後、修了制作として妖怪建築をやろうと決め、そこから妖怪学を学び始めたそうです。
「一番最初にやった作業は、江戸時代の鳥山石燕の妖怪画の画集を見て、妖怪にまつわる物語を分析したことです。200体くらいあります。現代のキャラクターは、キャラクターとして独立していて文脈がないけれど、昔の妖怪はその妖怪を通して、その時代に人々が考えていたことや教科書では語れない細部が見えてきます。妖怪って、100%悪くないし、100%善でもない。こうなったらダメだよ、これ以上行ってはダメだよ、というグレーゾーンを表現している。人間が間違いを犯さないよう作られたものだと思います。」
―昔の人々にとって、妖怪は身近な存在だったのでしょうか?
「昔は、今と違って簡単に見えていたと思います。例えば『天井嘗め』という妖怪は、天井についたシミを嘗めていました。ずっとそこに居られたのは、天井のシミが残っていたからです。今は、シミはすぐ除かれてクリーンになってしまいます。昔は、建築が妖怪の存在を保つ一側面になっていました。」
國清さんのデスクには、妖怪に関する本が山積みになっていました。その一部を見せてくださいましたが、どの本にも几帳面に付箋が貼られていました。中を拝見すると、各所に線が引いてあります。日本の妖怪に関する本だけでなく、西洋の幽霊学、民俗学、社会学、心理学などさまざまな分野から「妖怪建築」を考察していることがわかります。
デスクの壁には、読んだ本の一節をメモ書きしたものが壁いっぱいに貼られていました。今は、書き出すのが間に合わなくなって、パソコンでアーカイブを作っているそうです。
■現代の百鬼
―この夏に、Museum Start あいうえのの「ミュージアム・トリップ」というプログラムで、参加した中学生達とこちらをお訪ねした時に、オリジナル妖怪の絵を見せていただいたのですが、その後も描いていますか?
「はい、描いています。現代の百鬼を描きたいと思って、今、97体描きました。あと3体で百鬼です。昔の妖怪造形を知ったうえで、21世紀の文脈をどう入れるかを考えました。異界からの訪問者が、現代都市のどこに出現しているか、どんな物語が生まれているかを考ています。」
「例えば、ホームレスの人が押している荷台には、大量の空き缶が載っています。それを横に置いてホームレスの人が寝ている様子から、背中に缶を載せた亀のような妖怪が寄り添っているように見えました。その妖怪を『荷亀(にがめ)』と名付けました。名前を付けるのは、妖怪を作る上で大切なルールで、イメージを固定化でき、それを見ていない人にも想像してもらえます。他にも、タバコの吸い殻や、コンビニの袋も、それ自体が意志を持っているように思えて、妖怪にしてみました。ありえるかもしれないことを想像した時に、現代の都市空間を説明することができる。事実とは違う物語が、都市にはあるのではないかと思います。」
■妖怪建築
―この不思議な曲線の模型は何ですか?
「これは、煙の妖怪『座煙(ざけむり)』のための椅子です。ある雑居ビルの路地裏に二つの排気口があり、その下にビールケースが3つ並べて置いてありました。不快な臭いの立ちこめる空間です。ケースには、人が座った形跡があり、誰かが喫煙していたのでしょう。ここに妖怪がいるとしたらと考え、煙の妖怪『座煙』の椅子を作りました。図面もあります。排気口の向きから煙の形を想定し、立面と平面の大きさを決めました。『座煙』の形と椅子の形状は対応しています。幅はビールケース3つ分にして、煙が座るので椅子の足は細く軽やかなものにしました。『妖怪がいること』は事実ではないけれど、妖怪の身体性を信じて建築を考えることについては論理づけを意識的にしています。」
現実と想像をオーバーラップさせながら、國清さんの視点で論理的に組み立てられた妖怪建築…このような妖怪建築のモデルは12個あり、これから模型を作りこんでいくそうです。
■6つのプロジェクトを提案
―具体的な修了制作のプランを教えてください。
「妖怪と建築、人と妖怪の関係性は一つの落ちでは語り尽くせないので、6つのプロジェクトに分類してすすめています。6つに分けることで、それぞれの関係性を探りたいと思っています。ハロウィンでの検証や現代の百鬼、妖怪建築もプロジェクトの一部です。
妖怪がいるかもしれないと思わせるものを模型で表現するのは難しいですが、1分の1じゃない面白さを物語、図面、絵でも伝えていきたいです。展示は1月末からなので、時間も限られていて大変ではありますが、楽しみでもあります。今は、妖怪達と向き合い続けるしかないです。」
―大学院修了後はどうされるのですか?
「あまり良い人生設計ではないのですが(笑)。この修了制作が終わらないと、僕がどう生きていくかが見えてこないのです。今は自分の制作が終わることで、どう生きていくかがわかると期待しています。作品を見て下さる方には、僕の妖怪を面白いと思ってもらえれば嬉しいです。存在しないものについて想いを巡らせ、いないものを考えることが肯定され、一人一人の妖怪がいても良い、そんなことを感じてもらえたらと思っています。」
*
國清さんは、修了制作について、誠実に熱意を込めて語ってくださいました。
「建築」というと、公共建築物や商業施設、地域の再開発など、大きな新しいもの、というイメージがありましたが、國清さんの視点は、都市のなかで私達が見て見ぬふりをしてしまうものや存在しないものに向けられています。現実を疑いながら、社会を観察し、「透明化されてしまう存在の声」を聴き、思考を建築につなげています。
修了制作をまとめた後も、國清さんの観察、想像、思考、表現は続いていくことでしょう。今後、國清さんの表現は、「建築」という枠から広がり、さらに深まっていく予感がします。とても楽しみです。
國清さんの作品「妖怪建築―存在しないもののための建築」は、卒業・修了制作展の会期中に構内の陳列館に展示される予定です。6つのプロジェクトで紹介される妖怪建築をぜひご覧ください。そこに「ありえるかもしれない世界」を感じ、物語が聴こえてくるかもしれません。
そして、國清さんの素敵な笑顔にも出会っていただきたいと思います。
取材|関恵子、ふかやのりこ、黒佐かおり、濱野かほる (アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆|関恵子
小学校の教員を退職後、美術館で子ども達を迎える側になりたいと思い、とびラーになって3年目。子ども達のミュージアム・デビューに立ち会える幸せと、アートを通じてさまざまな人達と出会える喜びを感じています。
第67回東京藝術大学 卒業・修了作品展 公式サイト
2019年1月28日(月)- 2月3日(日) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場|東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所
2018.11.25
『100年前にタイムスリップ!!』
こんな見出しで、冒険ノートを書いてくれたのは、2018年11月24日に行われた「うえの!ふしぎ発見:けんちく部 歴史てくてく編」に参加したひとり。
「うえの!ふしぎ発見」は、9つの文化施設があつまる上野公園を舞台に、ミュージアムとミュージアムのコラボレーションを通じて、たくさんのふしぎやホンモノとの出会いを探求するプログラムです。*プログラムについてはこちらからご覧いただけます。
今回のテーマは「けんちく」。「歴史てくてく編」というタイトルどおり、『100年前の上野公園を見つけよう!』を合言葉に、国立国会図書館国際子ども図書館(以下国際子ども図書館)と東京藝術大学(以下藝大)、その周辺の歴史的建造物を巡る、こどもと大人の建築ツアーです。
プログラムの様⼦はこちら→
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2018.11.20
11月19日(月)、学校向けプログラム「スペシャル・マンデー・コース」が行われました。
「スペシャル・マンデー・コース」とは、展覧会休室日(月曜日)に学校のために特別に開室し、ゆったりとした環境の中でこどもたちが本物の作品と出会い、アート・コミュニケータ(愛称:とびラー)と共に対話をしながら鑑賞する特別なプログラム。
今回みんなで鑑賞しに行くのは東京都美術館で開催中の特別展「ムンク展―共鳴する魂の叫び」。
普段は多くの方で賑わっている展示室も今日はこどもたちのためだけの特別な空間に変わります。
今日参加したのは、全部で3校。午前は目黒区の小学校4年生と都立特別支援学校の高校3年生、そして午後は港区の小学校6年生が来館しました。
目黒区立月光原小学校4年生の様⼦はこちら→
都立白鷺特別支援学校の様⼦はこちら→
港区立港南小学校6年生の様⼦はこちら→
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2018.11.18
ファミリー向けプログラム「あいうえの日和」は、上野公園の9つのミュージアムをこれから冒険しはじめるファミリーにぴったりのプログラムです。11月17日(土)に東京都美術館のアートスタディルームで開催され、計41組82名のこどもと保護者が参加しました。
「ミュージアムにようこそ!」やってきたこどもたちにミュージアムを楽しく冒険するためのアイテム「ミュージアム・スタート・パック」を、アート・コミュニケータ(とびラー)からプレゼント!
プログラムの様⼦はこちら→
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2018.10.29
この日は11月に実践する「スペシャル・マンデー・コース」に向けての練習会!
とびラーがファシリテーションをたくさん実践する機会としました。
講座の流れ:
1)全員で作品鑑賞:VTSのポイントを思い出そう
2)グループごとに作品鑑賞:4チームに分かれてコーチング
コーチ役は、講師の三ツ木紀英さんに加えて、ARDAより近藤乃梨子さんと桑原さんが来てくださり、そして東京都美術館 学芸員の河野さんの4名が各グループに入って行いました。
3)スペシャル・マンデー・コースに向けて
<近藤乃梨子さんのファシリテーションによる作品鑑賞>
近藤さんは、実は2期とびラー。
とびらプロジェクトで鑑賞実践講座を選択し、鑑賞の場づくりを突きつめ、ARDAとして活動したりこの夏には「おべんとう展」のファシリテーター運営などを行ったりするまでに、活動の幅を広げている方です!
<そして4グループに分かれてのファシリテーション実践>
・各ファシリテーターは<対話8分+ふりかえり15分+移動2分=25分>という流れでやりました。
・ふりかえりは、以下の4ステップで行いました!
ーーーーーー
①ファシリテーターの意気込み(今回気をつけたポイント、やってみての感想など)
②ファシリテーションでよかったところを言う
③ファシリテーションでイマイチだったところを言う
④ファシリテーターの次なる意気込み(今後の課題など)
ーーーーーー
2018.10.22
<作品研究グループワーク>
1)みんなでひとつの作品を鑑賞しながら、出て来た発言をポストイットに書き出します。
2)なるべく「どこからそう思ったの?」とQ2の質問をはさみながら、どんどんみんなでVTSをしながら作品鑑賞をしていくのがポイント。
3)ある程度出て来たら、「事実(描かれているものなど、客観的事実)=☆」と「解釈(感じたことや個人的な主観によるもの)=♡」の2つに分けていきます。
4)そしてそれらがどうつながっているのかを、分類し並べ替えたりつなげたりしていき、「小見出し」をつけていきます。(「構図」や「2人の関係性」など)
5)最終的には、その作品の主題(メインのテーマ)やここが魅力!と思うキーワードを一言決めます。
<ひとりVTS>
上記で行った内容を、今度は1人でやってみるワーク。
グループで対話鑑賞する作品について、事前に準備をしている方がファシリテーターは万全に臨むことができます。
「作品により近づく」ことが目的です。
・まずは付箋に言葉を書き出し・・・
・☆と♡をつけていきます。
(この間に言葉の付箋を増やすこともOK!どんどん「どこからそう思ったの?」と自分の中で問いていくと、深まっていきます)
・分類し、カテゴライズしていきながら。
やっている間は黙々・・・(シーン)
最後にお互いのを見合いました。
<グループ作品研究の成果物>