2016.03.26
春は出会いと別れの季節。とびらプロジェクトも、ひとつの節目を迎えました。
3月26日(土)に行われたのは、2期とびラーの任期満了式「開扉会」。
3年間の活動期間を終えたとびラーたちが、上野からそれぞれのとびらへと進んでいく門出の日です。
開扉会の場をつくっていくのは、もちろんとびラー。
「3年目の節目を彩るプロジェクト」として、この日のために長い時間をかけて準備がすすめられてきました。
会のはじまりは、プロジェクトマネージャの伊藤さんと、東京都美術館の稲庭さんによって告げられました。ともに過ごした時間を振返りながら、美術館から社会的問題へアプローチしていくことについて考えていきます。とびラーの存在によってできたことや、生まれた活動、人とのつながり。とびらプロジェクトと連動するMuseumStartあいうえのの活動も、これまでの経験値を踏まえて変化していきました。
同じ時間を過ごし、様々な活動をともにしてきた仲間たち。これまでに作り上げてきたもの、迷い悩んだこと、来館者との出会い、成長していく子どもの様子、数えきれないほど重ねて来た話し合い。数々の記憶を思い返すと、自然に笑みがこぼれます。
3期、4期のとびラーも集い、限られた期間のなかでの活動や、任期終了後のことについて考えます。とびらプロジェクトのなかで築いた経験を、今後どう活かして行くかはそれぞれの課題です。ここでもらった種をどこに蒔くのか、どう育てるのか。これからの社会と美術館、それぞれの今後の活動をつくっていくきっかけを探る場を共有しました。
その後は、昨年任期満了した1期とびラーによる団体「アート・コミュニケータ東京」の紹介。
アート・コミュニケータ東京は任期を満了したとびラーの活動と、各所のつながりを支える一つの基盤です。楽しいプレゼンテーションにはたくさんの笑いが起きていました。
その後は場所を変え、3年間の活動拠点となった、東京都美術館の景観がみえるところへ。
いよいよ任期満了を記した「開扉の証」が授与されます。
とびラーひとりひとりの名前が伊藤さんによって読みあげられ、とびらプロジェクトの代表教員である東京藝術大学の日比野克彦さんと、東京都美術館の林久美子副館長から任期満了の証を手渡されます。
「開扉の印」に封入されているのは上野から次の場所に向かうための切符。2つ折りのカードの中には、東京都美術館・真室佳武館長、東京藝術大学・日比野克彦教授のお二人からのメッセージが書かれています。ひとつひとつが手作りです。
授与の後は、送り出すとびラーからの言葉。
3年間の感謝の気持ちと、今後の期待、そして、これからも人と人のつながりは続いていくことが伝えられました。
ここで、3・4期のとびラーから開扉するとびラーに向けてのプレゼント。2期生ひとりひとりにインタビューをして、それぞれの言葉を綴った冊子が贈られます。
インタビューの実施から執筆、企画から編集まで、とびラーらしい工夫や気遣いにあふれた一冊です。3年間の活動の記録も掲載されています。
懐かしい記憶がよみがえったり、一緒に過ごしてきたとびラーの意外な一面が見えてきたり。
続いて、開扉するとびラーからの言葉。
リハーサル無し、ぶっつけ本番!全員で声をあわせます。
旅立ちの声が揃って響きわたりました。
最後の「ありがとうございました」は、素敵な笑顔で締めくくられました。
そして、退任するスタッフからの言葉。石井理絵さんと伊藤史子さん。
とびラーとともにMuseumStartあいうえのをひっぱってきた2名にも、「開扉の印」が贈られます。
会の終盤では、東京都美術館で働く方々や、とびらプロジェクトを支える人々から祝辞が贈られました。
まず、東京都美術館より林副館長。
「文化財を通して人と人とのつながりをつくる大切さを、よく痛感します。これからもそれぞれの場所でがんばってください」
東京都美術館・山村学芸課長。
「絵を描く人だけでなく、絵を語る、楽しむ、広がりをつくる仲間が増えていったら、美術はもっと活気づいていくと思います。これからの活躍に期待しています。」
とびらプロジェクトスーパーバイザー、アーツカウンシル東京・森司さん。
「ぜひ、美術館をとびこえて活動を続けてください。ここでの経験を大事にして、歩みを止めることなく、アートの輪を広げる活動をしていってください」
東京藝術大学教授、とびらプロジェクト代表教員の日比野克彦さん。
「一つのことをやるにはどういうことが必要か、目の当たりにして学んできたかと思います。次からは自分で呼びかけて、自分なりのアート・コミュニケータ活動をしていってください」
東京都美術館アート・コミュニケーション担当係長・稲庭彩和子さん。
「一緒に歩いて来られて本当に嬉しいです。今年の開扉会では、去年とは違うビジョンが見えてきましたね。ここで蒔き、育てた種を、外に持って行ったり、温め続けたりしながら、また人と話すことでさらに育てていってほしいと思います」
最後に、東京藝術大学特任助教授・とびらプロジェクトマネージャの伊藤達矢さん。
「みなさんがここでつくったようなコミュニティを、ここから、他の場所へ広げていってください。お互いこれからも、がんばってやっていきましょう!」
その後はいつも活動するアートスタディルームでカフェタイム。
こちらもとびラーによる企画が満載のひとときでした。
これまでのワークショップに向けて作ってきたものを総動員!展覧会の思い出が詰まった道具たちで、思い思いに彩ります。
他にはとびラーが撮影したこれまでの記録映像を鑑賞したり、
とびラー考案のボードゲームに興じるスペース。一般向けにも開催された「ボッティチェリの人生ゲーム」は、大盛況でした。
最後の時間まで、話が尽きることはありません。とびラーの任期は終了しても、形を変えて人と人とのつながりは続いていきます。
本年度、次のとびらをあけたとびラーは33名。
33人のアート・コミュニケータは、これから1人1人が道をつくっていきます。
新しい所へ向かう人、今までいた所に戻る人。上野からの行き先は人それぞれです。
ここでみなさんと一緒に過ごした時間と、培ってきた体験は、全てがかけがえのない出会いに彩られていました。これからも自分らしく、アート・コミュニケータのマインドを大切に、次のとびらへ進んでいってください!
(とびらプロジェクト アシスタント 峰岸優香)
2016.03.19
上野公園の桜の蕾がほころび始めた3月19日。「ボッティチェリ・鑑賞・香り~聞こえない方と聞こえる方のサイレントコミュニケーション~」のワークショップが開催されました。耳の聞こえない方と聞こえる方が、美術館において、手話通訳を介した交流だけではなく、お互いの感覚を活かしながら・・・鑑賞を共有する、新しいアプローチの提案、コミュニケーションの可能性を広げる様な“体感の場”を目指しました。
◆ようこそ!東京都美術館へ
ごあいさつ プログラムのご紹介(とびラーによる手話通訳)
◆アイスブレイク
自己紹介の後に、アイスブレイク(初対面同士の緊張をときほぐすウォーミングアップ)!
ボッティチェリに関してのキーワードでジェスチャー当てゲーム(手を上げてヒラヒラする動作は聴覚障害者の方の「拍手」の意。いつの間にか、みなさん取り入れてらっしゃいますね)
◆展示室へ
グループごとに、実際に展示室に作品を観に行きます
◆作品鑑賞
展示室に入り、耳の聞こえない人と聞こえる人が一緒に、一つの絵を観て感じた事などを自由にボードを使いながら言葉にしていきます。
◆香り選び
作品から受けたイメージを14種類の香り(お香)の中から、選びます。
【参加者の声】
○絵が立体アートになって良かったです。脳内環境が100%満たされる?!
○香りを使ったコミュニケーションは、初めてだったので緊張もあり、少し疲れました。いかに日頃無神経だったかを実感します。
◆サイレントコミュニケーション
見た絵について、どのあたりからどのような香りや印象を感じたかを記入していきます。この際、耳の聞こえる人は発話せず、
耳の聞こえない人は手話を使わずに実施しました。
【参加者の声】
○最初は難しかったけど、だんだん話が分かると、楽しくなりました。
○戸惑いと迷いと工夫、創造の間で揺れつつコミュニケーションを考えるから、伝えていこうとするプロセスが何故かとても楽しい
◆グループごとの発表
参加者:聞こえない方9名 聞こえる方7名 計16名
◆おわりに・・・
耳の聞こえない方と聞こえる方、一人一人の違いや共通するものをアートを介して探っていくという時間でした。今回、鑑賞を深めるコミュニケーションツールとして「香り(お香)」を取り上げました。この「香り」や「サイレントコミュニケーション(手話や音声日本語を使わない)」は、とびラー達が試行錯誤しながら、独自に辿り着いた手法です。
芸術作品(アート)とは、無限の可能性を秘めていると思います。
その場で出会った人々と「香り」を通して、新たな価値を創造していくというプロセス。
その場でしか生まれない科学反応を、今後もカタチを変えながらデザインしていければと思います。
ご参加頂いたみなさま、柔らかい香りで包まれた空間をありがとうございました。
2016.01.30
1月30日(土)、卒展が行われている東京藝術大学のキャンパス内でとびらプロジェクト初となる藝大をめぐるツアーを開催しました。
◆受付
当日は、降雪によるキャンセルも覚悟したあいにくの空模様。10 時過ぎに何とか雨が止みましたが、 寒空の中、事前に予約を澄ませたお客様達は本当に来てくれるのか・・・と不安の中で受付を開始。 当日のキャンセルも有りましたが、午前の部、午後の部で計 26 名のお客様にご参加頂きました。
メンバーのオリジナル製作によるカードを持ってお出迎え〜受付。出発までの間は大切なアイスブ レイクタイム。参加者には「藝大ガイドツアー」シールを貼ってもらいました。
◆ツアースタート
小さなお子さんから大人までの幅広いお客様が集まった今回のツアー。和やかな雰囲気の中で、ま ずはガイドの自己紹介からスタート。藝大の生い立ちについて、江戸時代には寛永寺の境内だった 頃からのランドスケープの変遷を交えて判りやすく説明し、参加者も興味津々の様子。
◆門・アカンサス
植生している実際のアカンサスの前で、大正 11 年に施工されたレンガ造りの門扉の柵にデザインさ れたアカンサス紋様の前で、アカンサスをモチーフとした藝大の徽章をファイルで見せながら、「芸 術」「技巧」を花言葉に持つアカンサスのお話し中のガイドたち。
◆陳列館
我らが東京都美術館の前身の東京府美術館と同じ岡田信一郎の設計ときたら、ガイドに熱も入りま す。スクラッチタイルに触れ、象徴的なギリシャ・ローマ風の天窓を外から室内から見上げます。 二重橋から移設された飾電燈のナゼ?を話すと、参加者からへぇ〜との声が。
◆正木記念館
ここだけで30分はガイドできるであろう、ネタの宝庫。何と陶器製の正木直彦座像、見上げると数々 の顔の鬼瓦、旧本館の正面玄関を移築した門、そして室内に入ると和室の展示空間。高村光雲作に よる透し彫りの欄間をお子さんに見せるお父さん。少しピンぼけしているけど、この写真好きです。
◆屋外彫刻・植生・大浦食堂
岡倉天心座像が鎮座する六角堂に移動する道中、木々・植物を見ながら、屋外彫刻を見ながら、参 加者との会話を楽しみました。大浦食堂のバタ丼を紹介すると、20年くらい前に食べたことある! 懐かしい〜という声も!?
◆岡倉天心/六角堂
平櫛田中作の岡倉天心像を見ながら、早熟の天才「岡倉天心」は勿論のこと、縁起の良い108歳の 長寿を全うした「平櫛田中」の逸話に耳を傾ける参加者たち。子ども達に「六角形」で思いつくも の何?と聞くと、蜂の巣、ダイヤモンドといっぱい答えてくれました。
◆絵画棟大石膏室
ツアーのハイライト!撮影不可で写真が無いのが残念ですが、参加者からは「こんな素敵な場所が あるんですね!」との声が。パチパチパチと拍手を頂き、ツアーお開きとなりました♪
執筆:小林雅人(アート・コミュニケータ「とびラー」)
2016.01.30
藝大生の卒業・修了作品を展示する“卒展”が今年も1月末に開催されました。週末(1/30,31)にはとびフェスの一環として、卒展さんぽという企画を実施しました。来館者ととびラーが、5~8人程度のグループで卒展会場である東京都美術館と藝大キャンパス内を”おさんぽ”しつつ、卒業・修了作品を鑑賞します。
東京都美術館でのさんぽの様子です。参加者もとびラーも作者も(!)みんなでおしゃべりしながら作品を鑑賞します。
この記事では、私が担当した藝大のキャンパスでのさんぽについてご紹介します。
一日目、1月30日のさんぽは当日参加制でした。私のグループには保育園の年長さん三人と、そのお父さんお母さんが4人、計7人が参加してくれました。藝大のキャンパスに足を踏み入れるのはみんな初めて。「朝から夜まで、ずっとお絵かきか工作をしているお兄さんお姉さんの学校なんだよ!」と年長さんたちに紹介すると、「どんなところなのかな?」と期待が高まります。
最初に向かったのは、工芸科が展示をしている正木記念館です。普段は入ることのできない建物ですが、卒展期間中は公開しています。
ここでは、彫金を専攻している修士二年の水谷奈央さんの作品を鑑賞しました。
「頭につけて髪飾りにしてみたいな」「私はお部屋に飾りたい」「リビングのテーブルに置いたらいいと思う」と口々に話し合う年長さんたち。「何のために作ったものなのか、どのような素材・製造方法で制作しているのか気になります」と大人たち。おしゃべりしながら正木記念館を出ると、そこで待っていたのは、作者の水谷さんでした!
実は、この卒展さんぽでは、あらかじめ打ち合わせておいた藝大生が作品の近くで待ってくれていて、一緒におしゃべりをしながら作品を鑑賞できるのです。
水谷さんの作品は、シルバーで作ったティアラとブローチ。トチの木の「芽吹き」の力強さに着想を得て制作したのだといいます。思い通りの形にするために、道具から自分で手作りしているそうで、制作に対するこだわりが感じられます。今後は、ジュエリーにかかわる仕事をしていくとのことです。とびラーによる制作中のインタビューをこちらで読むことができます。
自分のほしいものを、自分で作り出してしまう水谷さんの話に興味津々の子供たち。ものづくりをする人の真剣さ、面白さに触れることができました。
次に向かったのは、先端芸術科の展示です。パッと見ただけでは分からない、一筋縄ではいかないような作品ばかりで、みんな言葉を選んで話し合います。
何のために作ったのだろう?どうやって作ったのだろう?この作品は私たちとどういう関係があるだろうか?
藝大生の頭の中で何が起きているのか、想像しながらおしゃべりします。
ここでお話を伺ったのは、先端芸術科修士2年の杉本憲相さんです。
暗室の中、青い光の中に浮き上がる黒い人影、黒い丸に白い丸、楕円形。
“青い光やうつむいた人影から、ネガティブな印象をうける” “楕円形や、白い月・黒い太陽は周期的なものを表しているのだろうか”
見る人それぞれが作品の物語やメッセージを見出そうと話し合いました。それに応えるように、作者の杉本さんも一つの答えとして自分の考えを話してくれました。
最後に向かったのは、デザイン科の展示。普段の生活の中では見られない、新しい発想の“デザイン”に、ただ目をみはるばかり。初めに入った部屋で気になったのは、たくさんの紙が湧き上がるように敷き詰められた作品です。
“ゴミがいっぱい……”“全部、人の写真だ!”“これからどんどん、増えていくのかな?”“なんか、広告みたい” 気づいたこと、考えたことがどんどん口から出てきます。
“水たまりみたいで、きれいだね”“透明な作品の部分もきれいだけど、影のところもきれい”“作者に、感想を書いていきたいな”
ということで、常備したあった感想ノートに、書いていきました!
デザイン科でお話ししてくれたのは、学部4年生で、とびラーでもある佐藤絵里子さんでした。
佐藤さんは、宇宙に興味を持ち、ダークマター(宇宙の大部分を構成する暗黒物質)について勉強をしたそうです。そして、天文好きが高じて、プラネタリウムを制作してしまったのだそうです。中でみられるのは、星空の再現ではなく、透明な業務用ネットを使って作った佐藤さんオリジナルの星空。子供たちはその“小宇宙”をすっかり気に入って何度も出たり入ったり。大人たちは、佐藤さんの語る宇宙の不思議に耳を傾けていました。
今日のさんぽはここまで!話をしてくれた作者一人一人に感想を書いてから解散しました。
***
さんぽ二日目の31日は、事前申込制。親子で参加する企画でした。私の班は、お父さん・お母さんと小学生の女の子、三人家族が参加してくれました。
集合場所の東京都美術館から、藝大へ歩いて向かいます。普段は閉鎖している北口が、卒展期間中は開放してあるので近道できるのです。
最初に来たのは、藝大美術館。地下一階では、先端芸術科の展示を見ました。
粘土で作った道具たちが並べて展示されています。
“なんのために使うどうぐなのかな”“とても丁寧に作られているものと、雑に作られているものがあるね”“この並び順には意味があるのかな”
道具や並び順に法則性があるのか。どんな法則性なんだろうか。思いつくままに話し合います。
ここで、作者の登場です! 先端芸術科修士2年の渡辺拓也さんが話してくれました。(下の写真の右端の方です)
この作品は、渡辺さんが制作期間中に使った道具を粘土で作って、小さいものから大きいものへ、形の似ているものを近くに置きながら、並べていったものなのだそうです。丁寧に作りこんであるものほど渡辺さんが頻繁に使っていたもので、でこぼことしていて形の分かりにくいものほど、あまり使わなかったものなのだそうです。
“同じはさみでも、丁寧に作ってあるのとそうでもないものの二つあるのはどうしてなんですか?”と参加者から質問が。
これは、制作に使ったはさみは頻繁に使っていたけれど、家のキッチン用のはさみはあまり使わなかったからなのだそうです。
同じ作品の中でも、見る人によって注目しているポイントが異なっていて、話し合う中でどんどん気づきが生まれていきました。
次は、彫刻科の展示している彫刻棟に向かいます。向かう途中、藝大のキャンパス内の植物にも注目します。
“あの木の幹が、彫刻に見える……作品じゃないよね?”“作品をたくさん見ていると、木や落ち葉も作品に見えてくるよね”
作品をよくみて話し合う、ということを重ねていると、普段は気に留めないような気づきもつい口に出してしまいます。藝大の自然もしっかり鑑賞したところで、彫刻棟に到着しました。
出迎えてくれたのは、白い石の像。“どんなに近づいて見ても、顔がよく見えないね”“おじいさんみたいに見えるけど……”“石を削って作っているんだろうね、どんなふうに削るのかな”
そんなことを話しながら、彫刻棟の奥のほうまで進みます。
鑑賞したのは、フィギュアと、古代・近代・現代のヒーローを主人公にした映画でした。
どういうストーリーなんだろうか、それぞれのヒーローはどんな性格なんだろうか、考えをめぐらせます。特に注目したのは、顔のない人々が散らばって立っているわきに、飛行機がある作品。この顔なし人間たちは、いったい誰なのか、何をしているのかについて話し合いました。
ここでお話ししてくれたのは、彫刻科修士2年の横川寛人さんです。
横川さんは、もともと映像を作る人で、今回の作品は過去にとったヒーローの映画の主人公をフィギュアにしたのだそうです。
なるほど、だから映像とフィギュアだったのか、と納得する参加者ととびラー。フィギュアは、実際の役者さんの顔をかたどりして制作したのだそうです。
ここで今日のさんぽはおしまい。作者への感想を書いて解散しました。
***
藝大卒展さんぽでは、他にもたくさんの藝大生に協力していただきました。ありがとうございました!
執筆:プジョー恵美里(アート・コミュニケータ「とびラー」)
2016.01.30
寒い北風の中、「卒展まわって缶バッジ」は、はじまりました。
缶バッジプロジェクト史上初の3つのシールを集めるシールラリー、そのシール収集後に卒展のポスターを使った「特製卒展缶バッジ」を持ち帰っていただくという試みに、全身全霊をかけ挑んだメンバーでした。
東京都美術館の第1公募棟で、声を掛けられるのを待ちながら、いよいよ来るぞーと、待ち構えること10分。
誰からの声掛けもなく、しょぼんとして作品を眺めていた時に参加者から「シールいただけますか?」「ありがとうございます」やっと1枚目のシールを渡し、私の最初のシフトは終わりました。
次のシフトは、東京藝術大学の絵画棟でした。今回のシールラリーは東京都美術館の第1公募棟・第2公募棟と東京藝術大学の絵画棟の3箇所をまわってシールを集めます。
暖かい美術館内を移動できる第1会場・第2会場とは違い少し離れた東京藝術大学まで、果たして来てくれるのか?など多少の不安はありましたが、のんびりと作品をみたり普段入れない大石膏室を覗いたりしていました。
その時に驚愕の報告が…
まだ始まって1時間しか経っていないのにマップ配布終了の知らせが届きました。
どよめくメンバー達ですが、やったねという笑顔も見られました。
その後、絵画棟1Fをウロウロしながら参加者とあれがよかったとかあれが好きだったとか、
楽しくお話をすることができ有意義な時間を過ごせました。
受付に戻り、ガチャポンの前に陣取ると先程お会いした方たちが、戻ってきてくれました。
皆さんが口々に「藝大の方も見れてよかった」といい、ガチャポンも楽しんでいただけました。
最後の参加者は、他館のスタンプラリーで手に入れた缶バッジを見せてくださり、「缶バッジラリーはとても楽しい」とお話してくださいました。
すべてがはじめて尽くしの開催でしたが、沢山の参加者の笑顔と沢山の楽しい会話から次回への確かな手ごたえを感じました。
山田美佐緒:いまだに「すべて潔し」の域には達せず、日々勉強の50代
2016.01.29
2016年1月29日に第64回東京藝術大学卒業・修了作品展で、「なりきりアーティスト」を開催しました。
「なりきりアーティスト」とは、藝大生が制作した作品を、ワークショップ参加者が作ったと仮定し、コンセプトや作品タイトルを語ってもらうワークショップです。今回がはじめての実施となりましたが、最年少は幼稚園の年長さん(!)から大人、日本語学習中の外国籍の方まで、8名のさまざまな“なりきりアーティスト”の皆さんに参加していただきました!
この日、外は冷たい風が吹いていましたが、都美術館内は藝大生や来館者の皆さんの熱気が充満していました。作品から発せられるエネルギーが溢れ出ています!
さて、開催告知を見て応募してくださった参加者の皆さん。とびラーとの自己紹介が済んだら、それぞれの作品のもとへ出発です。そうです、作品のもとへ行くまでは、自分の担当作品がわかりません。さらに、担当作品は公正にクジ引きで決められるので、私たちとびラーも、誰がどの作品を担当するのかはわからないのです。
ひとつの作品に対して、一人か二人のなりきりアーティストさんと、案内とびラー、そして作品を作った張本人である藝大生がいます。藝大生と案内とびラーが鑑賞のサポートに入り、寄り添っていきます。この時間は、作品のコンセプトやタイトルを考える時間です。
1.どうしてこの作品をつくったのですか?
2.みんなに見てもらいたいポイントはなんですか?
3.作品のタイトルは?
この3つの質問に沿いながら鑑賞し、深く作品に入っていきます。
ひとりでじっくりと深い鑑賞に入っていく方や、
とびラーとのお話の中で見出していく方。それぞれの方法でじっくりと、深く鑑賞します。
お子さんたちもじっと作品を見つめていきます。
藝大生の皆さんもその様子をじっと見つめています。
20分の鑑賞時間があっという間に終わり、いよいよ作品発表の時間です。
なりきりアーティストの皆さんは、もう一度全員集合し、みんなで最初の作品、油画科の展示室に移動します。
最初の作品は、壁一面に作者のモチーフが広がっているような作品。
少し緊張されながらも、“自分の”作品コンセプトを、なりきりアーティストさんがお話しします。
様々なモチーフから、ご自分の記憶や母の思い出の断片を辿っていくなりきりアーティストさん。とびラーや藝大生の大人さんもその発表を聞き入ります。
小学生のなりきりアーティストさんも、自分が発見したモチーフを中心に発表しました!
続いては、日本画科の部屋へ移動し、お二人の発表です。
”ご自分の”作品の出来栄えに大満足されたようで、自信に満ち溢れた発表です。
発表を聞いている皆さんに、作品に近づいてもらったり、離れて観たり。作品の見方にもこだわりがあります。
作品に漂う悲しみや、登場人物への想いを語るなりきりアーティストさん。優しく紡いでいくストーリーに、みんな真剣に聞き入る。
“自分のコンセプトに似てる”と語る藝大生の竹内さん。
続いては、先端芸術表現科へ。
発表の冒頭、藝大生を”お兄ちゃん”と呼び、新たな展開を呼び起こしたなりきりアーティストさん。
急遽“なりきりお兄ちゃん”になった藝大生の田中さん。
ユニークな発表で、和やかな空気が流れました。
そして最後は、彫刻科の展示室へ移動。
最年少のなりきりアーティストさん。“ヒーローが変身する瞬間みたい”と語りました。おお、カッコイイ!
“歯で成形されたような手“を独特な表現で語るなりきりアーティストさん。
“肉体は滅んでも、歯は残る”、”手で触り、歯で味わう”など印象深い言葉がたくさん飛び出しました。
メモをとりながら聞き入る藝大生の中本さん。
*
8名のなりきりアーティストさんの発表は、これにて終了。皆さん、素晴らしい発表でした!藝大生もとびラーも、参加者の皆さんのなりきりっぷりに圧倒されました。自慢げに作品を発表される様子は、”ほんものアーティスト”のようで、展示室を通りがかった方が藝大生と見間違えるほどです。
作品とじっくり対峙した皆さんの言葉や解釈は、偽りもなく本物ですから、間違いでも見当違いでもありません。
皆さん、素晴らしいアーティストでした。そして、発表をしっかりと受け止めてくれた藝大生の皆さん、ありがとうございました。
また、いつか、「なりきりアーティスト」でお会いしましょう!
執筆:アート・コミュニケータ(とびラー) 太田 代輔
アートを介したコミュニケーションに惹かれ、実践の場を求めてとびラーになる。
多彩な人々やアートとの出会いが楽しい3年目。とびラー卒業後もアート・コミュニケーションします!
2016.01.29
2016年1月29日 とびフェス初日の朝一番に、第64回東京藝術大学卒業・修了作品展にてベビーカーツアーが開催されました。
天気予報は雨のち雪の大荒れ。そんな中を6組の参加者の皆さんが集まってくれました。
ベビーカーや抱っこ。赤ちゃんとママの来館スタイルはいろいろです。集まった方ととびラーは、お天気が悪いのにありがとう、お子さん何ヶ月ですか?ここまで来るの、大変だったでしょう!といった会話で皆さんが集まるのを待ちます。おむつ替えや授乳室の場所もご案内します。
集合場所には、ベビーカーツアーバッグを提げたとびラーが皆さんをお迎えしています。もちろんメンバーの手作りです。硬い素材でお子さんが怪我をしないようアイデアを出し合い、試行錯誤して出来上がりました。
親子二組に、とびラー二人が寄り添います。
まずはご挨拶。
お子さんの年齢の近いお二人は、すぐに打ち解けていました。
授乳やおむつ替えが済んだら、それぞれのチームに分かれて展示室へ。
エレベーターを待つ間も話が弾みます。
いよいよ展示室内へ。
ベビーカーも荷物もとびラーがサポートします。ママは赤ちゃんとじっくり作品を鑑賞。
もちろん、赤ちゃんの発言にもみんなで耳を傾けます。ふむふむ、なるほど!
おねむになった赤ちゃんを抱っこして、建築模型を鑑賞。このグループは、偶然おふたりが建築模型の作成経験者。「これつくるのに○○日くらいかかるね!」 とびラーはおふたりの話に興味津々です。もちろん抱っこの間は、とびラーがベビーカーをお預かりします。赤ちゃんはちっともぐずることなく、ママの抱っこで安心しています。
立体作品も、みんなで囲んでそれぞれの角度から鑑賞。ひとりで見るのとは違う発見がたくさんあります。
どうなってるんだろうね?これ、なんだろうね?なんて近づいてみます。
少し前まで自分たちもこうだったね。
立体作品が多くベビーカーでの移動が大変な展示室内も、とびラーがいるので大丈夫。
ベビーカーツアーでは、特にプログラムはありません。とびラーと赤ちゃんを連れた皆さんが一緒に展示室をまわりながら、作品を介しておしゃべりします。
赤ちゃんがいることでちょっと遠のいた美術館、とびラーがサポートすることで美術館をより近くに感じていただこう。そして、ちょっとでも美術館でリフレッシュしていただこう、という目的で始まりました。今回も、赤ちゃんと美術館に来るのが初めてというママがいらっしゃいました。最初は緊張していたお顔も、終わるころには満面の笑顔。そんなデビューの日にご一緒できて私たちも幸せです。ママの笑顔のおかげで、赤ちゃんたちもみんな笑顔で過ごしていました。
このベビーカーツアーをきっかけとして、お子さんとのお出かけ先に美術館も仲間入りできることを願っています。
執筆:とびラー二期生 工藤阿貴(男児二人と暮らす母ちゃん)
2016.01.25
美術学部校内を奥まで進むと木材のよい香りがしてくる。
今回インタビューを受けてくれた森木ノ実さんとは、彫刻棟で待ち合わせた。
石彫を専攻する森さんは、寒空の下まさに制作をしているところだった。
沢山の石と機械が並ぶ屋外の屋根のついたスペースが彼女のアトリエだ。
「ここにある大半の石は、卒業時に先輩が残していったものです。私の作品の石も先輩から譲り受けました。素材が高価なこともあって、引き継いだ石を大切に使っています。」
「貰った時は既に円錐型に掘りかけてあった石でした。さらに、部分的に彫り込まれていました。」
ー 彫りかけのものということは、形の制約があったのでは?
「もちろん、ある程度決まった中ではありましたが、私の作りたい形になるよう考えました。粘土は心棒に形をつけていく作業ですが、石は性質によって割れ方も異なり、もとの形や固さを理解しながら彫るので確かに不自由な面が多い素材ではあります。」
ー いつ頃から作り始めたのでしょうか?
「ちょうど1年くらいです。決めてしまえばどんどん掘れるのですが、私は結構悩む方で…結構ゆっくりと彫っているんですよね。石って掘り続けると無くなってしまう。ここを彫ったらどうなるかなとか、ドキドキしながら作っています。でも躊躇していると進みません。」
「粘土をつけていく作業をモデリングといって、木や石などの材料から削り出すことをカービングと呼びますが、カービングを仕事にする人は勇気が無いと駄目だなと思います。」
ー モチーフを教えてください。
「女性を彫っています。私はよく200人程しか入れない小さなライブに出かけるのですが、この作品は、そこにいる女性ファンと男性出演者の関係から着想を得ました。ファンと出演者の関係が不思議だなって。差し入れをしたり、全国どこにでも付いていく。言い方は悪いですが貢ぐような感じ…。でもその関係は一生続くわけでもなく、それぞれ運命の伴侶が見つかればあっさりファンをやめることもあります。ファンでいることが将来その女性たちの為になることもない。何も生産性のない行為をしていると思うんです。私もファンの一人の立場から、この感覚に無理にでも意味をつけてみようかなって。」
「この女性はファン側を表現したものです。信者のような。でも宗教的なことではなく、人間が生きて行く中で、心から信頼して付いて行くところに、最終的には行き着くのではないかと思いながら制作しています。」
「彫り始める前にはマケットという小さな模型を作るのですが、この時点で基本の人体の形を放棄してしまおうと思いました。出演者に対するファンの熱い視線を考えると、少しとろけている方が面白いなって。タイトルは《Fanatic》、和訳すると『狂信者』です。」
ー ファンの存在を表現しようと思った動機は?
「ライブや好きなアーティストを見ていると、冷静になる瞬間があります。こんなライブ、私の人生に何の影響があるんだろう?と。でも、私だって表現者なんだから何か作りたいと思ったんですね。そんなフラストレーションや焦りから、制作のモチベーションが生まれています。」
「平らな面が床で、突起が人体。ライブ会場で一人冷静になり、自分は何もできていないと感じる瞬間を形にしてみたいです。」
ー 自分自身を掘り出しているのでしょうか?
「そうですね。今はまだ学生という立場なので、それだったら、怒られようが自分のことだけ考えて作りたいなって。甘えかもしれませんが、石という素材を扱うことは、自分自身と向き合うことだと思うので。先生の意見も取り入れつつ、自分のやりたいことをやり続けています。私は頑固で、言われたことを反映しないこともありますが(笑)まずは素材にじっくり向き合うことを大事にしたいです。」
ー 石彫を選んだのは何故ですか?
「まず屋外で作業するところに惹かれました。屋外は季節によって風の向きも違い、風向きを読んで磨いている石と粉塵の出る石の場所を交換したりと、自然と共存している感じがいいなと思ったんです。外だとみんな話かけてくれて、私も気軽に他の人の作業を見に行けます。朝日が作品に差すとこともあり、作品の奇麗な姿を見ると気合が入ります。」
「それと、私は受験のときから押すと変形してしまう粘土が苦手で…。石はちょっとやそっとじゃ壊れない。素材の硬さが自分に丁度よかったこともあります。あとは、石彫をやっている方々の溌剌とした雰囲気も私には結構合っていました。」
「石の魅力って重量感とか存在感だと思うので、更に大きい作品も作りたいのですが、そうなると重い。素材としては扱いづらかったりデメリットも多いのですが、多少ぶつけても割れないし、石のならではの格好良さがあると思っています。」
ー 藝大に入ったきっかけは?
「高校生の時、翻訳の仕事している母親に何故翻訳の仕事を選んだのか尋ねたことがあります。『私は24時間翻訳のことで悩むのが苦じゃない。』と。絵を描くことが好きだった私は、美大を目指すことにしました。丁度同じ頃、教育実習生としてきていた藝大の日本画専攻の方に出会いました。その方は人を惹き付けるのがうまくて…私と、同じく美大を目指していた友人はまさに「狂信的」にその人に付いて行くことにしました。その人に、藝大目指したら?と勧められたのがきっかけです。」
ー 卒業後は?
「このまま大学院に進もうかなと思っています。これからも石彫を続ける予定です。モチーフは人体を掘りたい。人間が一番感情移入するのは『人』かなって。」
石彫というとついその作業を思い、パワフルなイメージを持つが、「ライブに行く女性たち」に感情移入してしまうという森さんお話からは繊細な一面を感じることができた。
これからも石彫で人体をつくり続けたいとお話してくれた森さん。今後の展開も楽しみだ。
(2015.11.28)
執筆:大谷 郁(東京藝術大学 美術学部 特任助手)
2016.01.21
晴天に恵まれた秋のある日、見晴らしの良い絵画棟のアトリエで、油画科4年生の長谷川雅子さんにお話をうかがいました。
4年生4人で使用しているというアトリエは、高層階にある広々とした簡素な一室。卒業制作に取り組む中、数点の作品を披露してくださいました。
綺麗に額装された作品群は、少し昔の同人誌の表紙のような独特の雰囲気を醸しています。ほとんどの作品が絵と文字で構成されているのも特徴です。
一見、日本画を思わせる精巧だけれど温かみのあるタッチは、スパッタリングという技法が用いられていました。ブラシで網を擦るようにして絵具をのせていくその技法は、エアブラシよりも粗く、表面がざらっとしたマットな質感になるので“アナログ感”が出せるのだそうです。トレーシングペーパーに下絵をして、ボール紙に描きます。
「いつもこんな風に床で描きます。省スペースで(笑)」と、愛用の百均のクッションとペットボトルを取り出して、畳1畳ほどのスペースで制作風景を再現してくださいました。
−−−− いつ頃から今の技法に?
学部3年頃から、やっと自分の持っているものをうまい具合に出せるようになって、このスタイルに落ち着きました。段ボールで描いているのは、いつかボロボロになって消えていく感じがいいなという、風化するイメージで。
−−−− この手法に落ち着くまでは、どの様な作品を?
モザイク画やフレスコ画など壁画の技法も好きでいろいろ試しました。どんどん描写したい方なので、乾きにくい油画はあまり向いていないと思いました。テンペラの技法も好きなのですが時間がかかるので、この“和シリーズ”を使った日本画風のアクリル画に落ち着きました。
用紙もいろいろ試しましたが、薄い紙だと下地を塗っている時にだんだん反ってしまって描きづらいので、水を含んでも反りにくいボール紙を使うようになりました。発色が悪くなる点も好きだし、耐久年数50年というボール紙の朽ちていく様というか、一生懸命描いているうちにボロボロになって行くことも楽しみなんです。そういう消えていくものに価値がついていくというのも面白いと思っています。
−−−− イメージは何から先に浮かぶのですか?
文字ですね。文字から発想していくことが多いです。
もともと文字が好きで、昔のポスターや映画のクレジットロールとか、味のある文字と映像の組み合わせに興味があります。デザイン的な視点というよりも普通の美術作品を見るような感覚で好きなんです。
絵のモチーフは基本的に好きなもので構成しています。一見無関係と思えるものを組み合わせて、妙に深読みして関係性を見出そうとしたり、暗喩や皮肉のこもった意味として見える面白さを狙っています。
諸行無常、無常観のようなものに惹かれていて、侘しさの中にもクスッと笑えるものを目指しているという長谷川さんの作品群は、確かに明暗や悲喜のバランスが絶妙です。
例えば、気球とヒヤシンスをモチーフにした作品は、世界で最初に気球を飛ばしたモンゴルフィエ兄弟のイメージとガラスの花器を組み合わせ、熱に非常に弱いヒヤシンスを下から炊いて“結局飛べない”というユーモアを込めたそうです。
青空や雲と男女の姿を合わせた作品では「雷ができるまで」という一文が添えられ、愛し合う男女が修羅場を繰り返す不穏な空気を、爽やかな入道雲の下で嵐が起こっている様子で表現されていました。いずれもブラックユーモアのセンスがうかがえる作品群です。
−−−− 普段から文字やコピー文などが気になりますか?
気になりますね〜。授業中や日常の中でも面白い言葉は溢れているので、聞いた瞬間に携帯とかにメモしています。
古い図鑑や教科書も好きで、絶妙なダサさと妙な色使いに「なんでここにこの写真を組み合わせたんだろう?」と考えたり。特に90年代頃の、現代とはちょっと違う感覚にインスピレーションを受けることが多いです。母や祖母が結構古いものを残してくれていたので、小さい頃からそういうものばかり見ていたら自然と好きになりました。
教科書は時代の移り変わりも見れて面白いんですよ。
−−−− 一作を仕上げるのにどのくらい時間がかかりますか?
作業だけなら1〜2週間程度ですが、構想を含めると1月位でしょうか。
同時進行でいろいろ考えていて、アイデアが浮かんだらすぐにメモしたり下書きするのですが、いざ取り組むとなると完成が見えるまでは手を出せなくて、描き出すまですごく時間がかかります。
−−−− 額装はご自身でなさるんですか?
選んで買うだけです。
3年の始め頃に何を描いていいかわからなくて悩んだ時があって、「自分が部屋に飾りたい絵を描こう」と思って、まず額を買ってみたんです。それまでは学校の課題や批評会に間に合わせるために考えがまとまらないまま描いていたのですが、自分が飾りたい絵を描こうと思って描いたら、それが割といい感じで、吹っ切れたんです。
−−−− 額が先とは面白いですね。どういう額でしたか?
シンプルな黒い額です。最初に描いたのはシンプルな山と青い空。図鑑のイメージで、「気象」と「気性」をかけたんです。気が抜けた時に描いたのが結構よかったようです。
−−−− 絵をやろうとしたきっかけは?
物心ついた時からずっと描いていました。それをたまたま辞めずに続けていたら多少上達したという感じです。
漫画家になりたかった時期もありましたが、描いているうちに漫画じゃないなって思ってきて、一枚絵で勝負する方が自分には合っているようです。
−−−− 影響を受けた作家はいますか?
漫画家のつげ義春氏、どんなアーティストよりも好きです。無意味の哲学みたいなもの、諦めのような観念とか侘しさとか、私自身も貧乏な暮らしをしていたことがあったので心底共感できる部分が多いです。他には赤瀬川原平氏とか。マイナスな面に寄り添うけれど、どこかユーモアがあって一緒に笑えるような表現に惹かれます。
−−−− 油画を選択されたのはなぜ?
高校が美術系で、2年時に日本画か油画かを選択する際、せっかちで描写が得意だったので、比較的形式的な日本画よりも自由度の高い油画を選びました。芸大を受ける時も油画が一番自由で何をしてもいいと聞いていたので。
−−−− 油画科に入ってみた印象はどうでしたか?
良かったですねー! すっごい楽しいです。みんな個性が豊かで、豊か過ぎてちょっとついていけなかったりよくわからない時もありますけど。面白い人がいっぱいいます。
−−−− そこに立てかけてあるものは何ですか?
シタールと云うインドの琵琶みたいな楽器です。見た目も“インド感バリバリの”音もかっこいいんで、習おうと思って借りてきたのですが、時間がなくて全然弾けないままここにあります。
−−−− 絵を描いていない時はどんな風に過ごしていますか?
映画を見たり音楽を聴いたり、あとは博物館がすごく好きです。中でもちょっとマニアックな、床屋の歴史を展示してある理容博物館とか、NHKの放送センターとか。
(理容博物館は)浪人時代に床屋で働いていたこともあって興味を持ちました。
−−−− なぜ床屋で?
自分の興味のないところになるべく行きたくて、アルバイトは自分がやったことのないものを選ぶようにしています。床屋はたまたま募集が出ていたことと、サインボールに惹かれて。1年程勤めました。
今は携帯のコンパニオンをしています。ちょっと宇宙っぽいコスチュームに惹かれて(笑)。
次に選ぶとしたら、遺跡の発掘とか、撮影とかも興味深いです。
−−−− 将来はどんな方向に進みたいですか?
NHK番組が好きなので、番組制作に興味があります。作家として絵を描き続けるなら、絵とは関係ないことから取り入れたいという思いもあります。今の時代、全く新しいことを見出すのって難しくて、既存のアイデアからいかに遠いところ同士を組み合わせるかだと思うんです。
分かり合える喜び見たいなものもあって、(私の作品を)好きな人に見てもらっていいねって言って欲しいです。そういう絵をどんどん追求していきたいです。
−−−− 卒業制作はどのようなイメージですか?
一部屋スペースをいただいたので、その壁を埋めるように15点程仕上げる予定です。
自画像は(藝大に)半永久的に残ると言われているので、そのプレッシャーもあります。素材をダンボールでいいかどうか、あまり脆い素材に描くのは違うのかなとも思って悩んでいます。
明るく利発的な印象の長谷川さん。会話が展開するほどに意外な一面も垣間見えて、とても興味深いインタビューでした。一見爽やかな色調の絵に比喩を込めたシュールな作品群は、そんな長谷川さんの特長をよく表しているようにも感じました。
今週末(1月16、17日)には、卒展前の学部合同展覧会も開かれるとか。長谷川さんのシリーズ作品を一同に鑑賞できるのが楽しみです。
執筆:小松一世(アート・コミュニケータ「とびラー」)
2016.01.21
横川さんとは美術学部の敷地にある彫刻棟で待ち合わせをしましたが、アトリエには寄らず別の棟のアーカイブ室という小さな部屋でのインタビューとなりました。この部屋には大きな機械(インタビューの中で、これが1500万円もする3D スキャナーだということが発覚します)とパソコン、たくさんの書類が雑然と置いてありました。アーカイブ室はイメージしていた “彫刻の制作現場”よりも“デザイン事務所”のような雰囲気です。果してその訳は…
■修了制作について
—修了制作について教えてください
「自分で撮影した”映像”作品とその主人公の”フィギュア(立体)”を作って展示します。」
横川さんの修了制作は、粘土での制作ではなく、”映像とCG による立体の融合作品”でした。(そういうことなので、横川さんの制作現場は3D スキャナーがあるアーカイブ室だったのです。)
「これまで撮影した3本の映像の集大成となる作品(テーマ:過去の日本人)と登場人物(ヤマトタケル、侍、日本兵)のフィギュアを製作中です。」
■フィギュアについて
「昔からフィギュアが好きで、映画が上映されるとそのキャラクターのフィギュアも販売されることがよくあって、自分でもそおゆうこと(映画とフィギュアの両方を手掛ける)をしたいなぁと思っていました。」
フィギュアの製作過程は、モデルとなる人物の顔の骨格を30分ほどかけてスキャンしていきます。(これを前述のスキャナーで行います)この後、パソコンに取り込んだ画像に”フリーフォーム”と呼ばれるパソコンに接続されたペン1本で目や髪の毛などの細部を彫ったり足したりして、細部を作り込んでいきます。出力は業者にお願いするということですが、頭部の出力だけでも3万円ほどかかるそうです。横川さんが製作予定のフィギュアは3体ですので、3万円×3体…
フィギュアの衣装は全てオーダーメイドです。細部にまでこだわっています(笑)
(出力したフィギュアの頭部)
■映像について
横川さんが監督、編集(ちょっと出演)する映像は、”香港式”という撮影方法です。この”香港式”という言葉は映像の世界で正式に使われている言葉で、台本も絵コンテもなく、監督の頭の中だけにストーリーがあります。それを監督が現場で出演者に伝えながら作品を作り上げていくという方式です。(”香港式”と聞いて私の頭に浮かんだのは”サモ・ハン・キンポー”でした(笑))
—横川さんの映像のジャンルは?
「ブラックユーモアコメディです(笑)」(やっぱり”サモ・ハン・キンポー”!?)
“香港式”の横川さんが初めて手がけた映像作品は、「友達と2人で作った”マイケル=ジャクソンのスリラー”です。登場人物は1人だけです(笑)」(”サモ・ハン・キンポー”じゃないんだ(笑))
横川さんは、美術高校時代の仲間と”3Yfilm”という名でこれまでも映像を作ってきました。今は修了作品とは別に週に1本、5〜10分程度のショートフィルムを毎週(!)YouTube にアップしています。修了作品の映像もこの仲間と制作します。
「ここ(学校)で制作活動をしていない時は、映画を観に行ってるか、家でDVDを観ています。」「それしかしてないですね(笑)」
夜9:00頃までアーカイブ室で作業していても、その後終電までと言って映画を観に行くことも度々あるほど、”映画漬け”の毎日のようです。
■これまでとこれから
横川さんのお祖父様、お祖母様は共に画家で、ご両親も共に美術系の学校をご卒業されています。
「小さい頃から身の回りに画材道具があった。」という恵まれた環境で育ち、中学生の頃にはすでに芸大受験と映像の世界を意識していたそうです。美術高校で良き仲間を得て、その後3年と長きにわたる受験勉強の末、東京芸術大学美術学部彫刻科に入学されたわけですが、心の中にはいつも映像への”想い”があったようです。
—映像科への進学は考えましたか?
「色々学びたいと思ったので学部は彫刻科に入学しました。その後大学院進学の時に、先生から映像科を専攻する話がありました。でも映像科の映像は”アート寄り”なんです。僕がやりたいのは、”エンターテイメント”、”娯楽作品”なんです。映像科への進学はちょっと違うかな、と。」
「彫刻科で学んだ、“彫刻的な見方”を表現できる映像が作れたらと思っています。」
「これまでも展示の時は”映像と立体”の両方を作ってきました。」
■卒業後について
「(美術高校の)仲間と映像の会社を立ち上げたいと思っています。」
「僕は基本妥協しちゃうんです(笑)大きな目標を立てて妥協する。だから最低ラインにはいけるんですよ。迷いはなかったですね。なるようになると。いい意味で勘違いしながら生きてきました。」
肩の力が抜けていて、いつも自然体な横川さんが自分を評した言葉です。
■人に恵まれて
横川さんの口から出た”妥協”という言葉、インタビューの場にアーカイブ室助手の井田さんがいらっしゃいました。井田さんは横川さんのことを次のようにお話ししてくださいました。(井田さんは横川さんとは予備校時代からのお知り合いで、彫刻科の先輩です。更に、横川さんに3D を教えた方でもあります。横川さん曰く、”井田さんは3D のホープ”です。)
「彫刻は、例えば粘土で作って、それが最終形態にはならないんです。型とってそれ(粘土)はなくなる前提で作っているんです。残らないんです。でも彼はそのまま(粘土を作品として)使っちゃうんです。そのまま(粘土を)使うって僕らからすると本来ありえないことなんですよ。だけど、昔の日本で、例えば新薬師寺の十二神将がそうなんですけど、”木心塑像(もくしんそぞう)”という、焼かないし、素材も置き換えない、塑像の粘土の部分だけを使って作品にするという、”焼かない塑像”というのがあるんです。彫刻家ではタブーなんですが、でも彼はそれが平気でできてしまう精神力とユーモアがあります。」
「本人は妥協って言ってますけど、僕は彼の場合それが良い方(向)に働いていると思います。」
横川さん、妥協ではなくタブーをも楽々と乗り越える自由な発想なんですね!
横川さんの周りには横川さんを理解して、支えてくれる方が沢山いるなと思いました。彫刻科への進学を温かく見守ってくださった芸大の先生。アーカイブ室の井田さん。彫刻科の同級生。そして美術高校の仲間。芸大受験中はお祖母様の言葉に支えられたというお話も伺いました。横川さんにお話を伺って、”映像への想い”と支えてくださる”周りの方への感謝の気持ち”を感じました。横川さんのその人柄を慕って、これからも多くの人が”映像と立体”の制作をサポートしてくださると思います。私も短い時間お話ししただけですが、横川さんのファンになりました!これからのご活躍を信じて疑いません。修了制作の完成を楽しみにしています。
執筆:河村由理(アート・コミュニケータ「とびラー」)