色づいた銀杏の葉の黄色が晴れ渡った青い空に映える 2025年11月下旬、東京藝術大学(以下、藝大)上野校美術学部を訪れました。絵の具の匂いや制作の音がする中、柔らかな優しい印象のmightさんがにこやかに迎えてくれました。6畳くらいのスペースには油彩画とアクリル画の作品(この時にあったのは8作品でこれから倍くらいに増える予定)が壁面だけでなく、床に置かれていたり、家を形どった木枠の中に吊られていました。その中には楽器と椅子が置いてあり、それをフェンス越しにみるという、空間全体で作品を体感できるような展示になっていて、インタビュー前からお話を伺うのが楽しみになってきました。
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色々な位置に絵を配置して、空間全体で作品を体感できるような展示
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– 藝大を目指したきっかけは何でしたか。
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小さい頃から絵を描くのが好きで、美術好きの祖父母がよく上野の美術館へ連れて来てくれました。私は静岡出身なのですが、上野の空気感やその中に大学があることに惹かれて、小学生の頃から「藝大に行けたらいいな」と思っていました。また親もよく芸術に触れさせてくれたのでその影響も大きいと思います。小さい頃に見て覚えている絵は、ひとつあげるとすれば印象派の絵です。具体的に描いていないのに光や風景がこんな風に表現できるんだ!と感動したのを覚えています。その感覚が、風景や人や物に惹かれる理由のひとつかもしれません。
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– 卒業制作について教えてください。
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卒業制作の試作段階では、カセットブック(歌詞に挿絵が添えられており、ブックカバーも含めて、音楽と絵を一緒に味わえるアート作品)を制作していましたが、卒業・修了作品展(以下、卒展)では手元でみるような小さな作品ではなく、作品をその迫力も含めて体感してもらいたいという想いがあり、今年の9月頃に完成形が見えてきました。そこから空間全体を通して感じとれる展示形式へと今の形に近づいています。ただ、これはまだ制作途中で、卒展のときには音楽も聴けるようにする予定です。
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カセットブックという形式の音楽と絵を一緒に楽しめるアート作品
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元々音楽が好きで、高校卒業後からイラストレーターとしてミュージックビデオやジャケットを担当していたこともあり、音楽にずっと支えられてきた分、自分の絵で今度は音楽を支えられる活動をしたいと考えていました。絵と音楽との新しい関わりも模索していた頃、大学3年次の課題の際、友人のシンガーソングライターに絵の前で歌ってもらうという試みをしました。それをきっかけにご縁ができて一緒に暮らしながら制作したらどうなるのだろうと、1ヶ月間の共同生活をしながら、彼女は音楽を、私は絵の制作をするという体験をしました。
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– なかなかできない経験ですね。
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これから先、このようなことはできないだろうなという貴重さを感じながら暮らしました。ほぼ毎日、朝起きて、食べて、制作することの繰り返しで1ヶ月でお互いに20作品ぐらい制作しました。ただただ夢のような時間でした。とにかく時間がたっぷりあるので、生まれ育ちのことや制作のこと、お互いの共通点や逆に相違点を知ったり。それぞれに長い間別々の人生を歩んできてもすごく通じ合うものがあって、彼女が見てきた風景を私が想像して描いたりすると、これこれ!というようなことがあったり。その経験から別々の道を歩んできてもお互いに通じる共通の感覚があり、そのありふれた日常が人と人を繋げるのだと感じました。そのような経験をしたからにはぜひ卒業制作に活かしたいと思い、卒展のために暮らしたわけではなかったのですが、今回の制作にも繋がっています。
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– 何か新たな気づきはありましたか。
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この生活を通して、積み重なっていて表には出てくることは少ないけれども確かにある記憶で私たちはすでに溢れてるんだなという感覚をもちました。そのことに希望を感じたので「私たちは溢れている」をテーマに制作しています。時には、私には何もないかもしれないと不安になることもありますが、本当はもうたくさん持っているんだということを彼女の曲づくりを見て振り返ることができました。卒展では彼女が以前に録りためた下書きの曲も聴けるようにします。それを元に描いた絵も一緒に体感してもらうことで「全部があって今に繋がっている」ということを伝えられたらいいなと思っています。
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卒展では絵の元となった音楽を聴きながら、鑑賞できるようにする
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– 曲を元に描いたということですが、具体的にどの作品をどのように描いたのですか。
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彼女の作った楽曲を元にその下書きも含めて20曲分ほどの歌詞を読み込み、言葉を書き留めて、どんな風景が見えていたんだろうと想像しながら、私が見てきた風景、撮り溜めてきた写真と重ね制作しました。左側のバス停がある作品は地元の田舎の景色で、右側の鉄橋のある作品は上京するときに新幹線から見えた景色です。その曲の持つ、不安もあるけど背中を押してくれる感じを絵にも表現しました。1曲ができるまでに積み重なった言葉も大切に拾い上げて、作品に仕上げたいです。
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たくさんの歌詞や書き溜めた言葉も作品のインスピレーションになっている
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– 色々なところに作品が配置されていますが、どのような意図があるのですか。
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レイアウトはインスタレーション全体の手前が「現在」、奥が「過去」を表すレイヤー構造にしています。家の形の木枠の中には、心の内を表しているのではないかと感じる曲を元に描いた作品を窓の位置に吊るしたり、屋上や校舎、桜など高校生の頃(過去)を思い出すような歌詞を読んで想像した風景は「過去」を表す奥に配置しています。
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フェンス越しに心の中をそっと覗き込むような体験にしたい
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卒展では外側のフェンスから内には立ち入れないようにして、私や、シンガーソングライターの彼女が普段出していない部分を覗きみるような体験にしたいと思っています。心の中にある風景を絵にしているので、鑑賞者はあえて遠くからみる位置関係にした方が展示の意図が伝わると考えています。
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– 作品の中の光や瑞々しさが印象的です。
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光を“描こう”というよりはいいなと思って撮ったり描いたりすると自然と光になる、という感じかもしれません。気分が明るくなる風景やモチーフが好きなので、光や瑞々しさを表せたらいいと思っています。女の子がレモンを持っている作品もモデルは同年代の友達で、10代、20代の年齢にある瑞々しさも重なっているから、そのような印象になるのかもしれません。これから私自身が歳を重ねていく中で、どのような絵を描くようになるのだろうという変化も楽しみにしています。
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光を描こうというより感覚的にいいなと思って描くと、自然と光になる
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– ここにある作品は油彩画のようですが、表現するときのこだわりはありますか。
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小さい頃はクレヨンなどアナログで描いていて、同時にデジタル画面の中で描くことも身近だったので区別していませんでした。デジタルは主にモニター越しで見てもらう作品に使いますが、今回はせっかく来場者の方に作品を実際に見てもらう機会でもあるので、生の筆跡や絵の具の厚みといった質感まで届けたいと思い、油絵とアクリルを使って描いています。
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– どの作品も一瞬を捉えている感じがして、学生時代の記憶が蘇ってきます。
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嬉しいです。自分のテーマとして「日常のふとした瞬間」というのがあります。私自身平凡な日常の中で見てきた町や通学路の景色が好きで、東京でも地元を思い出す瞬間があります。絵を眺めて、思いを馳せたり記憶や気持ちが蘇ったりする、それが絵を見る良さだと思うし、なくなってしまった場所や人も絵の中に存在し続ける。ありふれた日々にも、確かに積み重なった一瞬があって、それがいつか自分を支えてくれると思っています。
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– 最近ハッとしたことはありますか。
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先日卒業制作の指導教授からの講評会があり、その時に友達の作品を見たのですが、みんなそれぞれの思いや好きなものを抱えて作っているのが作品からあふれていて、そういう環境にいられるのがすごく幸せだなと思って、めちゃくちゃハッとしました(笑)。デザイン科といってもこれをデザインしなさいということもなく本当に自由にやらせてもらえるので、みんなの「好き」が溢れてみえてきて、それでいいんだなと。好きなことに夢中なのはこんなにも眩しくて強い存在になるんだと改めて感じました。卒展まであと1ヶ月ちょっとですが、改めて頑張ろうとみんなの作品を見て背中を押されました。
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– 時間があるときは何をしていますか。
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今日着ているベストも自分で作ったのですが、もの作り全般が好きです。お菓子作り、料理、アクセサリー作り、とにかく作ることが大好きで、材料が山のように部屋にあります。大学に入学してからも作風はどんどん変化しているのですが、今後はアクセサリーや洋服、大好きな音楽ともの作りのコラボレーションなど、幅広く挑戦してみたいと思っています。ただ誰かに届けるにはまだまだだと思っているので、納得できるものができるようになったらお見せしたいです。
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– 音楽が欠かせないとのことですが、音楽のジャンルにこだわりはありますか。
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何でも聴きますが、日本語で日常を歌った曲を聴くと風景が浮かび、絵がさらに描ける気がして好きです。言葉は絵にはない要素で繊細にイメージを伝える力があると感じています。私は静止した絵より、少しの時間の幅を一瞬に閉じ込める絵を描きたいと思っていて、それは音楽と重なる感覚です。「この曲を聞くとあの景色を思い出す」というような力に憧れているので、音楽を体感できるような絵を描きたいですし、匂いや風などの感覚を自分の意思で絵にのせたいと思っています。記憶を思い出しながら描く行為そのものが、私にとってリラックスする時間でもあり楽しさでもあります。
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– 見ている人に何を届けたいですか?
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絵を描くときもすべてが選択の積み重ねで、生きてきたことと同じ、人生の経験と似ているところにすごく興味があります。悲しいことなど負の出来事があっても、それも含めて今の自分なので、全部を受け入れたいという気持ちがあります。みんなにそう思ってほしいというよりは、同じように考えている人の気持ちが少しでも楽になるような作品をこれからも作っていきたいなというのが今の目標です。
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– 藝大での学生生活について教えてください。
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みんなが何かを作っているという環境は本当に特別で、高校生までは味わえなかった感覚です。友人と専門的な相談も気軽にできて、深い話ができることが本当に楽しいです。例えるなら“文化祭前夜”のような感じで、みんなで何かをより良くしようと動いている。それは非日常のようでいて、でも毎日そこにある日常でもあり、本当に貴重な4年間でした。
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– これからのことを聞かせてください。
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これからは高校生の頃から続けているイラストレーター兼アーティストとしての経験も活かしながら、さらに自由に制作していきたいと思っています。初めて制作活動で社会に出るという不安もありますが、今までの経験を糧に活動を広げていくことが楽しみでもあります。この卒業制作を通して、みんな違う人生を歩んできたからこそ、自然とそれぞれ違うものができるのだという考え方にすごく支えられていますし、忘れないようにしようと思っています。これからも経験や記憶を丁寧に積み重ねながら、歳を重ねたときも面白いと感じられるといいな、作り続けられたらいいなと思っています。
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取材・執筆:井戸智子・柴田麻記(アート・コミュニケータ「とびラー」)
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普段は主婦、たまに絵本作家の活動をしています。mightさんの描く、何気ない日常の一瞬に勇気をもらいました。卒展もこれからの活動も楽しみにしています。(井戸智子)
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愉快な高校生と小学生と過ごす主婦。優しい雰囲気のmightさん。「描くことは生きること」という凛とした希望を感じました。これからも生み出されていく作品に出会うのが楽しみです。(柴田麻記)
2026.01.21