東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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「もう忘れて思い出すこともできない記憶みたいなものを私の作品から感じてほしい」藝大生インタビュー2025|油画科専攻 修士2年・大松美加子さん

取手駅からバスに乗って10分ほど。そこは雑木林に囲まれた、なだらかな丘陵が続く東京藝術大学(以下、藝大)取手校地の広大なキャンパスでした。絵画専攻(油画)修士2年の大松美加子さんが、構内にあるバスの停留所で私たちを迎えて、制作室に案内していただきました。今回のインタビューは3名のとびラー(アート・コミュニケータ)で行いました。その中には全盲のとびラーもいます。事前にお伝えしていたので、大松さんは用意してくれていて、作品の一つを特別に触らせてくださいました。私たちはそれを手に取り、触感を確かめながらインタビューが始まりました。

 

– 大松さんの作品はどういう風にできているのですか?

キャンバスに描いた絵の上から豚革で覆っています。半透明で透けて見えるので、奥に描いた絵がうっすらと浮かび上がります。

– どうして豚革を使っているのですか。

最初は見た目から入って、視覚的に魅力があると感じたからです。半透明で、中のものが直接的に見えなくなるというか、まるでヴェールがかかったような状態になることに興味を持ちました。豚革で絵を覆うことを続けるうちに、革の内側に絵具が付着して、新しい層ができるような視覚的な面白さも感じるようになりました。

豚革に包まれた大松さんの絵画作品

あと、生活していると埃が溜まりますよね。埃は皮脂や服の繊維だったものが少しずつ剥がれて堆積して重なったものですが、その状態が豚革の質感と近いものを感じて面白いと思いました。

大松さんのお子さんのサイズアウトした靴を豚革で包んだ作品

学部生の時の卒業・修了作品展(以下、卒展)に出した作品も制作室に持ってきています。これらは一部が割れたガラスやコップ、サイズアウトした私の子供の靴で、豚革でくるんでいます。どれも形は保っていますが、私からすると既に失われたものです。もう役割を失って、ただの形になった時点での状態を残しておくのにちょうどよいという点で、豚革という素材でくるむことは私にとって、しっくりきました。

– 豚革という素材を見つけて、作品に使い始めたのはいつごろからですか。

思いついたのは学部2年の頃です。学校から紹介された訳ではなく、多分何かを調べていた時、偶然見つけました。初めて作品に使ったのは学部4年の卒業制作の時です。私は学部生の間に出産して一時休学していました。復学後は精力的に何か新しいことを試したり、作るというよりは、「今の自分ができることは何か」を考えていました。その後、卒業制作を考える時期になり、以前に少し試して、手元に残っていた豚革を手にして、これは活用できるかもしれないと思いました。豚革は面白くて、今触ってもらった時は硬く感じたと思いますが、水に濡らすとふやけて、ブヨブヨになるので、いろいろな形にできるという性質があります。そして、乾くとまた硬くなります。加工しやすい訳ではありませんが、私ならうまく表現に使える素材だと思いました。

– 今回の修了出品も豚革を使った作品が中心になるのですか。

半々でしょうか。これまで制作した絵画と豚革を使った作品に加えて、ジュエリーの技法を使った作品や写真作品の展示、そして私のiPhoneのストレージにある動画を編集した映像作品の上映を考えています。

まず、ジュエリーの工法を使った作品の途中経過をお見せします。これは1枚の写真から小さな円をたくさんくり抜いて、ロケットペンダントにはめ込んだものです。ティグ溶接というジュエリーを台座に取り付ける技法を使って、繋げてみました。これらをさらに長く繋げていって形を作ろうと思っています。元の写真は記憶が薄れてきていますが、iPhoneのストレージに残っていた旅行中のものです。

他にも、自分が食べ終わった皿の写真作品も準備しています。食べ終わった後の皿が視覚的にすごくきれいに見えることが多くて、数年前から撮ってきました。私は記憶みたいなものをテーマにしていますが、生々しい記憶というよりは、もう薄れてしまった後の記憶みたいなものに惹かれます。私には食べた後のお皿はきれいに美しく見えていますが、既に失われた後の姿に何か見出せるものがあるのがいいなと思ったりします。

– 目が見えない人にも楽しめるポイントがもしあれば教えてください。

今回、匂いを使った作品も取り入れたいと思っています。

匂いを使った作品の素材の香りを立たせている大松さん

渡された乳鉢の中の香りをかぐ山本さん「この香りは?」

これはミルラという天然の樹脂香で、昔からお香として使われてきました。サクランボ大の塊で、ブロック状の炭を砕いて一緒に焚くのが本来の使い方らしいのですが、今回は砕いてみました。匂いや音のような立ち上るものがある作品を出品するのもいいなと思っています。匂いに関しては、実験してみたいと思っている作品があって、今まで豚革でやっていたように、膠(にかわ)とミルラを混ぜて、花をコーティングしてみたいです。多分透明な膜のようになると思います。ミルラは東方の三賢者がキリスト誕生祝いの一つにしました。また、エジプトではミイラの防腐剤としても使われていたそうで、ミイラの語源ともいわれています。象徴的な面と実用的な面を併せ持つところが面白く、作品に展開していけたらと思っています。卒展でそれを出品する可能性があるかもしれません。間に合えばですが…(笑)。匂いというのは一番早く忘れる感覚といわれていますが、再び嗅いだ時に一番早く記憶を呼び覚ますきっかけになると思います。記憶が匂いと結びついていると以前聞いたことがあり、匂いという感覚は儚いけれど力強いものでもあると思っています。

– 修了制作で苦労した点やエピソードはありますか。

子供がいることもあって、制作に使える時間が減り、頭の切り替えがうまくいかないところが、苦労した点でした。修士課程での制作中のエピソードといえば、たびたび研究室で研修旅行に行ったことでしょうか。その土地その土地には記憶があるし、そこに溜まっている埃というか、生活の痕跡みたいな、ちょっと訪れたぐらいでは見えないものもたくさんあるのだろうなと旅行しながら想像していました。頭の切り替えが難しかったと先ほどお話しましたが、そんな小さい旅行をすることで、自分のペースを取り戻すことができたと思います。

もう一つ、卒展の作品構成のヒントをもらったエピソードがあります。修士2年になって、教授のプロジェクトで制作室内にホワイトキューブという四角い展示スペースができました。年度後期になってその教授から、この場所で学生が交代で個展を開こうという提案があり、私が最初に一週間後から作品を展示するように依頼され、急いで準備して、何人かを招きました。それまで自分の作品で個展をしたことがなく、自分の作品を一つの場所でまとまって見るという経験がありませんでした。展示してみて、制作の大きな気づきになりました。卒展へ向けても、あえて大作に挑まず、小さい作品をたくさん制作することで表現できると思えたのは、この経験がステップになったと思います。

– 美術系の大学に進もうと思ったきっかけは何でしょう。

高校が美術系だったこともあって、美大受験予備校にも通っていたのですが、現役の受験では落ちてしまいました。高校を卒業してすぐは、そこまで美大に行きたいという強いモチベーションがあったわけではなく、しばらく迷いの中にいて、派遣の仕事をしながら生活する時期もありました。その後、改めて美大に通っている友人に会って話をしたら、美大では長い付き合いの友達ができる場所だと思いましたし、興味の点で言えば、写真を撮ったり文章を書いたりするのがすごく好きだったこともあり、美大を再受験することを決めました。

– 藝大の絵画科油画専攻を選んだ理由は?

絵を描くこと以外、できる気がしなかったからでしょうか。入学する前は、未来の自分が作る作品をできるだけ楽しみにしたい、今は予想もしてないようなものを作ってみたいという気持ちがありました。そして、自由度が高いのは油画専攻だと思ったので、選びました。私はブランクがあったこともあって、まっすぐ絵を描くということより、他の要素を取り入れたり、他の媒体に挑戦したりすることに興味がありました。

– もともと美術はお好きだったのですか。

小さい頃から絵を描くことが好きで、小学校の休み時間は絵を描くとか図書室で過ごすような子どもでした。あと、祖父の家に紙がたくさんありまして、私が落書きをしているのを見るたびに、祖父がそれをいつも壁に飾ってくれていました。今考えるとそういう経験も大きかったのかもしれません。中学までは普通の公立です。中学の時は不登校だったので、普通科に進むよりは何か別なことをした方がいいだろうと、美術系の高校への進路を考えました。

– 藝大受験や学生生活の思い出は何でしょう。

最初に受験した時は緊張しましたし、こうでなければという気持ちも強く、力を抜くのが難しかったです。合格したのは3回目に受験した時だったと思います。記憶が薄れていて、しかも曖昧な年が1年あって、3回目か4回目かよく分からないのです(笑)。学部時代は上野キャンパスで過ごしました。学部1年の時は藝祭で模擬店係をやったことが思い出に残っています。確かタピオカ屋さんをやりました。油画科は、学部の間は全員が上野で過ごすのですが、大学院進学で上野の研究室と取手の研究室に分かれます。私は取手の研究室に配属になりました。今から考えるとそれが結果的にすごく良かったです。アトリエの居心地がとてもいい。制作しない時でも、学生同士で話したり、本を読んだり。取手はすごくゆっくりした場所です。散歩するなど、これだけ穏やかにいられる場所は、私のこれまでの中では割と珍しかったので、貴重な時間でした。

– 今は制作の時間が長いと思いますが、気分転換にはどんなことをされていますか。


散歩でしょうか。制作中にちょっと疲れたなと思うと、構内の下の方に行ったり、制作室内のソファーに座っておしゃべりしたりなど、うろうろしています。その際に何かひらめいたり、作品のヒントを得たりすることはないですね。作品制作に繋がらないところがかえって息抜きになっているかなと思います。

– 修了後の展望を教えてください。


本当に迷っていて、これがしたいなど、しっかり決まっているわけではありません。働きつつ、アート活動は続けていきたい。作品のサイズや規模が小さくなっても制作を継続するのが大事かなと思っています。どこかに作品を出品することも、これから考えていきたいです。

– 最後に、卒展へ来館される方々に伝えたいことや、こう感じてほしいと思うことがありましたら、教えてください。


誰の中にも、もう忘れて思い出すこともできない記憶みたいなものがあると思います。自己の中ですら辺境化されている記憶…。記憶に限らず、そんな部分があって、その存在を感じてもらえたらいいなと思っています。

取材:長谷山恵子、山本祐介(ガイドペルパー同行)、岡浩一郎
執筆:岡浩一郎
写真:大東美穂(とびらプロジェクト コーディネータ)

仕事は、小学1年生の児童支援と新任の先生のクラスで時々担任もしています。趣味は地元のスケッチ会で水彩画を外で描いています。猫二匹を飼っていて、餌の好みを研究中。(長谷山恵子)

2022年に全盲となった理学療法士。現在は、自転車旅や表現活動を通じ、善意による制約や無関心が生む社会の壁を打ち破るべく活動しています。とびラーとして、視覚に頼らない独自の感性を大切にしています。(山本祐介)

宮城で27年間、日本酒蔵元で働いて、親のいる東京に戻りました。現在は小学校で、3~4年生に英語を教えています。東京に来てから習い始めた津軽三味線は「乱れ弾き」を夢見て、練習に励んでいます。(岡浩一郎)

2026.01.25

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