東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

アクセス実践講座④⑤|「ワークショップデザイン入門:体験を通して学びを深める場作りとは?」

2017.10.29

今回のアクセス講座では、立教大学の舘野泰一さんをお迎えして、ワークショップメイキングにおける基本的な構造や方法、伝え方に関するレクチャーをしていただきました。

舘野さんの講座は昨年に続いて2回目。昨年のレクチャーで舘野さんからご教授いただいたワークショップの手立ては、とびラーによる「とびラボ」などのプログラムを組み立てる際に、重要な基盤を担ってきました。今回は昨年の内容を踏まえて、より実践的な課題にフォーカスしていきます。

 

【午前】

まずは舘野さんの自己紹介から講座がスタート。舘野さんの専門分野は大学での教育や、企業のなかの教育の在り方についてです。単なる情報や知識の伝達に限らず、どうしても体験を経た学習が必要なときに、有効な方法のひとつが「ワークショップ」。インタラクティブに学ぶことの意味や、そのために必要な設計の工夫について研究されています。

本日の講座の目的は、大きく2つ。まず、「ワークショップデザインの基礎を学ぶ」こと。ワークショップの基本構造や考え方、そして実際に設計するプロセスについて学びます。次に、「ワークショップの伝え方」。実際に企画を実施するにあたって、他者に自分たちのワークショップを伝える意味と方法を考えて行きます。

 

■導入のワーク【4項目で自己紹介】、『遊び』と『学び』のブレンド


まずはA4用紙を4つに折り、以下の項目を書き込みます。
・名前と普段の活動
・今日どんなことを学んでみたいか
・『遊ぶ』という言葉からどんな言葉を連想しますか?
・『学ぶ』という言葉からどんなことを連想しますか?
4つの観点から、まずは自分の関心について語り、今日のワークをともに進めるグループで共有します。

後半2つの質問がワークショップに必要な要素、つまり設計のポイントとなるキーワード。たとえば参加していたとびラーからは、『遊ぶ』・・・「非日常」「楽しい」「面白い」「知る」「没入する」「やりたくなる」、『学ぶ』・・・「知る」「ためになる」「自分の殻を破る」「生きる力になる」などの言葉がでてきました。考えていくと、その間に重なったりつながったりする部分があることにも気づきます。『遊び』と『学び』の要素を上手に統合する工夫が、ワークショップの醍醐味であるともいえます。

考案したワークショップには「楽しさ」があるか?自分でもやってみたくなるか?参加した人はその体験の後どのように変化するか?ねらいを引き起こす設計をし、チームで共有しているか?・・・といったように、『遊び』と『学び』の視点に立ち返りながら問い続けていくことがデザインのチェックポイントになっていきます。また、自分が偏りがちな思考を知っておいたり、チームを編成するメンバーの考え方、バランスを事前に知ることもキーポイントとなります。

■ワークショップの基本構造とは?
今日の講座にのぞむにあたり、とびラーには事前に2つの課題が出ていました。課題の1つ目は、舘野さんの著書「アクティブ・トランジション」のなかで紹介されているワークショップのうち一つから、内容を読み込んで他者に伝えること。
ワークショップの基本構造を自ら読み解き、分析して考えるための課題です。既にある内容を自分のなかに落とし込み、他者に伝えるワークを通して理解を深めていきます。

 

次に、紹介しあった3つのワークショップについて、基本構造や流れの共通点を発見しながら、それぞれのワークを横断的にみていきます。設計の際に気をつけるべきポイントを模造紙にまとめ、ワークショップを組み立てる際の統合的な視点について、グループごとに整理しました。

一連のワークを通して頭を使ったあとで、舘野さんからのミニレクチャー。新しい物事にアプローチする際、自分で「考える」→レクチャーを「聞く」という流れによって、より深い理解や知識の定着が得られます。

人の思考とは、白紙のように無意志なものではなく、素朴な気づきや、それまでの経験によって構成されているもの。学ぼうとする知識と、すでに持っている考えを関係づけることから、学びの体得へとつながります。さらに、自分の考えたことを他者に教え伝えるような、双方向性のある状況は学習者に「考える」ことを促します。

■ワークショップの設計

舘野さんが考案したワークショップには共通する5つのステップがあります。

①導入→②アイスブレイク→③メインワーク→④振り返り→⑤ミニレクチャー

ここでは舘野さんからそれぞれのステップにおいて大切なことを解説していただきました。『遊び』と「ずらし」による楽しいメインワークを、活動の目的や意味である『学び』でサンドイッチするのがポイント。参加した人が、体験を価値づけられるような設計意図が大切なんですね。

また、ワークショップの進行役にとって重要なのは『OARR(オール)を握る』こと。

『OARR(オール)を握る』
O:Outcome(目標やゴール)
A:Agenda(進め方)
R:Role(ファシリテーター・参加者の役割)
R:Rule(参加のルール)
(引用:「ファシリテーション 実践から学ぶスキルとこころ」/著者:中野 民夫ほか/岩波書店)

活動の内容と目的を結びつけ、さらには日常生活に活かせるような態度をめざすことが、ワークショップを企画・運営するにあたって非常に重要なポイントとなります。体験したことを振り返り、その具体的な経験や反省的観察から、普段の生活でも使えるような知識の体得につなげていきます。

 

【午後】
■実際にワークショップの体験と、進行のポイント
まず、舘野さんの考案したワークショップ「カード de トーク いるかもこんな社会人?」を、グループごとに実際に体験してみます。

様々な社会人のキャラクターが描かれたカードは11枚。
一緒に働きたい人は?あるいは、この人と仕事するのはちょっと…なんて人は?まずは1人で考える時間をもったあとに、他人の意見と比較して、違いや共通点を発見します。

一通りカードゲームを体験した後に、舘野さんからワークショップの構造について解説。このワークでは、普段は抽象化して話す機会をなかなか持つことがない、「仕事観」を語る設計がなされています。また、ファシリテーションで重要となるのが、話し合いを設計するときの「1人で考える時間」と「グループで話し合う時間」のタイムマネジメント。個人の考えを明確にし、それぞれの立場をもって比較することはディスカッション・ワークの肝でもあります。また、1人で考える時間をしっかりもつことで、自分なりの学びを作る時間にもなるのです。そして、進行のなかで常に、参加者に目的を伝え続けること。なんども企画の意図をリマインドすることで、持ち帰ってもらいたいメッセージや、知識・態度が参加者のなかに形成されていきます。

 

■課題の共有

午後は、2つ目の事前課題を使ったワーク。課題のテーマは「あなたがもしワークショップをデザインするとしたら、どのようなものを作りたいと思いますか?」今日学んだことを活かし、それぞれのプランがどう発展できるか?一人ひとりが持ち寄ったアイデアについてプレゼンし、グループごとに検討します。

誰にどんな学びを得て欲しいのか。学習者に「考え方」「ものの見方」を変えるきっかけを提供するには、どんな工夫が必要か。ワークショップで伝えるのは「聞けばわかる」情報ではありません。「体験を通さなければ得られない」「モノの見方の変化」「多様な人との出会い(越境)」など、態度や価値観の問題を扱うことができるのです。

ここで有効なのが「似た構造」の体験をすること、そして「対話に仕掛け」を取り入れること。短い時間で体験できる楽しい活動と、体験してもらいたい学びが、関連づけれらるようなメインワークを考えてみる。あるいは、抽象的な思考や、今まで考えたことのなかったトピックを表現しやすくするために、カードなどのツールで導入を工夫したり。自然と多様性がでてくるような演出を設計するのが重要です。

ここで、午前中にとびラーが紹介しあった3つのワークショップについて、舘野さんから設計のポイントに関する解説。大学生に知ってもらいたい社会人や仕事の状況と、ワークショップのなかでの具体的な活動が、どう結びついていたかについて紐解いてもらいました。

ここでもう一度、ワークショップの基本構造について気づいたことを話し合いつつ、持ってきた課題のワークショップについて、再度検討してみます。何人かのとびラーに発表もしてもらいました。

 

■まとめ

講座の終盤には、今日のレクチャーの振り返りとまとめ、さらに補足のポイントや、実際にワークショップを実施するときにぶつかる課題などについてお話していただきました。

ワークショップのポイントは、メインワークをアイスブレイクと振り返りで挟むこと。そして学びのプロセスを楽しめる仕掛けを随所に散りばめておくことです。そして、場を進行していくファシリテーターには、参加者が十分な遊びと学びを体験するために、以下のポイントが重要です。

ファシリテーションの5つのポイント
1 安心させる 心理的に安全な環境を作る
2 引き出す 問いかけをして説明させる
3 深める 一歩深い思考を促す
4 広げる 他の解釈を考えるように促す
5 つなげる 関係性に気づかせる

ワークショップを作る際は、とにかく実験してみること。最初から完璧を目指すのではなく、気づいた点を随時バージョンアップさせていく。そのために、プレ実践時の様子は記録撮影しておくと良いとのことでした。

また、ワークショップを「伝える」ことも実施にあたっては重要な課題です。企画書の書き方や広報の手段、受け入れ団体にとってのメリットを考慮して設計する等、学校の授業や講義とは異なる特性を理解してすすめることが、実現に近づく鍵となります。

最後に舘野さんから「学びの場づくりをしようと思うと、日常の過ごし方がちょっと変わります」という言葉がありました。つい夢中になって『遊んで』しまうもの、深く『学べた』と思う瞬間、そこにはどんな体験の構造があるのでしょうか。『遊び』も『学び』も、受動的な態度に収まることなく、心から楽しい・知りたいと思うと、自然とのめりこんでしまうものですよね。そんな我を忘れてしまうような豊かな体験を、学習理論の構築とともに学べる講座だったかと思います。レクチャーの最後、舘野さんが「よき学習者であってください」という言葉で締めくくられたように、よく遊び、よく学ぶ姿勢が、これからのアート・コミュニケータの活動にいかされていくことでしょう。

 

(とびらプロジェクト アシスタント 峰岸優香)

アクセス実践講座③| 「当事者研究:障害者と文化的活動」「視覚障害者とつくる鑑賞プログラム」

2017.09.17

「人と人を考える」をテーマに、多様な人々が芸術につながれる「回路」をデザインしていくこの講座、2017年度の「アクセス実践講座」もいよいよ3回目となりました。今回のキーワードは「身体と障害」。講座前半には、東京大学先端科学技術研究センター准教授 熊谷晋一郎さんのレクチャー(昨年度のアクセス講座)をVTRで視聴し、後半には、視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップより林建太さん・木下路徳さんを迎え、美術鑑賞と障害について考えていきました。

 

【前半】
「当事者研究:障害者と文化的活動」熊谷晋一郎(東京大学先端科学技術研究センター准教授)

(*写真は昨年度の様子)
 
車いすにのった男の子が階段の前で立ち止まっています。障害はどこに宿っているように考えられるでしょうか? 優等生は階段を指さします。街に段差があることが障害だ。車いすを指さす人もいます。段差を超えられる機能がないのがいけない。あるいは、もしかすると、まわりに手助けしてくれる人がいない環境が悪いのかもしれない。熊谷さんによれば、これらすべてが正解です。障害が人々を取り巻く社会の側に宿っているとするこのような立場は、専門用語では「社会モデル」と呼ばれるそうですが、もちろん視点をずらせば違った考え方もできます。近頃は発言すると「悪者」になりかねない「男の子の足に障害があるからいけない!」という考え方がそれ。障害が当事者の身体の側に宿っているとする立場「医学モデル」です。「近頃は」と記しましたが、社会モデルが台頭するようになったのは最近の話であり、少し前の時代までは、医学モデルが当たり前だったとのこと。例えば、熊谷さんが生まれつきもっている脳性麻も1970年代頃までは治療・リハビリ次第で治るものだと考えられており、健常者に近づくべく障害者に努力が求められていたこのことからも、医学モデルの優位が窺えます。障害の所在に対する人々の考え方が大きく変化したのが1980年代。その背景には「自立」に対する考え方の変化、「自立生活運動」がありました。
 
「自立」というのはどういう意味でしょうか? 難しい言葉ではあるものの、反対語は比較的容易に浮かびそうです。子どもたちに聞くと真っ先に返ってくるというのが「依存」。納得の行きそうな言葉ではあるものの、熊谷さんはこの「自立生活運動」においては特に、「自立」の反対語に「依存」を置くことを強く否定しています。熊谷さんは東日本大震災時、建物の5階から避難するにあたって、自分が依存できる逃げ道が作動しなくなったエレベーターに限れていることに気づき、助からない可能性に頭が真っ白になったと言います。梯子や階段、ロープ等、健常者には複数見つけられる依存先が、障害者である自分には限られている。健常者は複数の依存先を有しているために、それぞれへの依存度は低くなるものの、障害者はその逆。数限られた依存先へ依存の度合いも集中します。複数の逃げ道に向かって細く伸びる数多くの矢印と、エレベーターに向かって太く伸びるただ一つの矢印、この差を埋めること、すなわち「細いベクトルを数多く」持てるようになることこそが「自立」なのではないか。地震体験を通して「依存」と「自立」の逆説的な関係性を実感したそうです。

 


(*写真は昨年度の様子)
 
依存先を複数有しておく必要性は、何も災害時の逃げ道に限ったことではありません。日常的な生活環境、対人関係についても同様のことが言えます。熊谷さんによれば、「自立生活運動」が支持されるようになる1980年代まで、障害者が頼れる相手は、実家の年老いた両親か人里離れた施設の職員に限られていたとのこと。昼食に何を食べるか、いつ食べるか、日常的な行為のすべても介助者の顔色を伺いながらであり、障害者本人の主体性が軽視されていたことも指摘します。もちろん顔を合わせる人間の少なさは、「細いベクトルを数多く」持つこととは相容れません。介助者に対する障害者の依存度の拡大は、必然的に代替の効かない関係性を作り出し、逃げ場のない環境は暴力発生のリスクを高めます。障害者の自立支援において大切なのは、対人においても彼らの「依存先」の複数化に努めること。介助においては一対一の関係を避け、常にチームでアプローチすることの重要性を熊谷さんは強調します。
 
チームでのアプローチは、美術館でのプロジェクトの実施にも結びつきます。熊谷さんは、美術館に来場された障害者の方への対応を例に挙げますが、同様の考え方は、何も障害の有無に限ることなく、すべての人に共通しうるようには言えないでしょうか。美術館の来場者に向けて、多人数でアプローチすることにより、できる限り数多くの「依存先」を提供すること。「多様性」を「多様性」で迎えることは、人々の芸術への回路を検討する上での大きなヒントになるようにも考えられます。今回とびラーたちが視聴したVTRは、昨年度のアクセス実践講座にて、熊谷さんが講演された際のものです。その時の様子がこちら。レクチャーの詳しい内容をあわせてご覧ください。

 
【後半】
「視覚障害者とつくる鑑賞プログラム」林建太・木下路徳(視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ)
 
2012年の発足以来、北は宮城県から南は沖縄県まで、全国の美術館や学校にて百回を超えるワークショップを行っている団体「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」。彼らは団体名にあるように「障害者」との「美術鑑賞」を実践していますが、重要視していることとして「障害者」と「美術鑑賞」を結びつける「とつくる」の部分を掲げています。これはどういうことなのでしょうか?

同団体が美術館等と連携しながら毎月数回ずつ開催しているワークショップは、進行の都合上、定員に縛りは設けるものの、「見えている人」「見えていない人」の別は問わず、誰もが参加できるようにしています。ワークショップの内容は、参加者全員で作品を鑑賞し、対話を深めるというシンプルなもの。ひとつの作品に30分程度の時間をかけじっくりと向き合いますが、ここでも「見えている人」「見えていない人」の別は問われません。これを可能にしているのが、「見えることと見えないことを言葉にしてください」というファシリテーターの言葉。色や形といった「見えること」、印象や思い出といった「見えないこと」、双方について自由に意見を交わすことが、実際に作品が目に映っているかを問わず、全員が同じように参加可能なプログラムを成り立たせていると言います。
 
「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」について、プロジェクト発足の直接のきっかけは2007年にまで遡れるとのこと。視覚障害者である友人の美術館訪問に、林さんが作品説明のサポート役として同行したことが契機となったと話します。しかしながら、これが大変難しく、早々に挫折することになったそう。目に映った美術作品を客観的に説明することなんて出来ないのではないか。客観的とはそもそもなんだ? そこで開き直って今度は主観的に、作品に対する意見を言ってみたところ、それは説明になってはいないものの、自分と友人との間でなにかが共有されたことを実感できた。説明役である「サポートする側」と説明を受ける「サポートされる側」の壁を取り去ることで、「見えること」への責任を負うことなしに相互に影響し合える。林さんは一方通行ではない「相互のやりとり」が持つ可能性を強調します。

それでは参加者たちは具体的に、どんなことを共有されるのでしょうか。林さんは東京都現代美術館での事例を話しました。ある時、舟越桂の彫刻作品を前にした二つの感想、「寂しそうな感じ」と「安心している感じ」に、見えていない人は戸惑ったそうです。視覚障害を持つファシリテーターの「どうしてそう思ったの?」の問いかけに、前者は他作品からの距離感に、後者は作品にあたる陽光に、寂しさと安心感の原因をいわば「後づけ」で求めましたが、ここから分かるのは、見えている人同士では「どうして」が省略されることが多いということ。目の見えている者同士であっても、作品の映り方や感じられ方はそれぞれ異なる。言葉の介在によって見えていなかったものが立ち現れる瞬間がある。「見る」ことを取り巻く差異を実感するなかで面白さが共有されたことを指摘しました。
 
対する木下さんは、見えていない人の立場から面白さを話します。例えば「かっこいい」という作品の形容ひとつを考えても、「かっこよさ」の原因は多数見つけられる。そういった多数の情報を自分の経験に紐づけた結果、頭の中にイメージが浮かび上がるわけで、他者の言葉と自分の記憶が結びついて完成する作品像の魅力と、そこから得られる達成感を木下さんは強調します。加えて、浮かび上がったそのイメージをもとに、見えている人と同じ話を共有できるという楽しさや喜びについても指摘。確かに見えている人と全く同じ経験はできないけれど、他者の目を介して経験を得ることはできる。見えている人の作品に向かう姿勢を俯瞰することによって、「見る」という経験を知ることができる。東京都写真美術館にて鑑賞した佐内正史の作品を例に挙げて話します。

自分たちもワークショップを企画する立場にあるとびラーたちにとってとりわけ気になるのが「主催者側」の視点です。プロジェクトを展開させる際に、多様性を広く受け入れるための特別な工夫はあるのでしょうか。林さんが一例として取り挙げたのが、サポートにいらっしゃった介助者にも一参加者として発言を促すということ。講座前半の話と結びつけるならば、作品に関する情報の発信主の複数化、すなわち「依存先の複数化」を目指すチームでのアプローチがここでも採用されているわけです。林さんの言葉を借りるならば、説明が細かくなりすぎて止まらない「説明ループ現象」、無言が続く「誰も何も言えなくなっちゃう現象」、面白い発言を求めて作品からどんどん離れてしまう「大喜利現象」等、ワークショップを数重ねれば重ねるだけ、解決すべき多様な課題も見つかるそうですが、なによりも大切なのは、「見る」という多様な経験を互い考え互いに共有すべく常に立ち返るということ。一人ではなく複数の人間が、互いにコミュニケーションを取り合うという意味で、障害者と美術鑑賞をつなぐ「とつくる」の部分の重要性を、林さんと木下さんは指摘しています。
 
(東京都美術館・インターン 角田かるあ)

アクセス実践講座②|「経済格差とこどもたちの文化的状況」「多文化コミュニティーとミュージアム的機能」

2017.07.09

7月9日(日)、アクセス実践講座の2回目を開講しました。
今回は2つのレクチャーを通して、ミュージアムが社会的課題に関わる方法を考える糧にしていきます。
・NPO法人キッズドア・松見幸太郎さん「経済格差とこどもたちの文化的状況」
・秋田公立美術大学・岩井成昭さん「多文化コミュニティーとミュージアム的機能」

 

アクセス実践講座1回目からつづくこれらのレクチャーを通して、とびラーがこの夏つくりあげていくのがMuseum Startあいうえのミュージアム・トリップ」のプログラム。こどもたちを取り巻く社会のことや、さまざまな現場で起こっていること、実践されている取り組みについて学び、とびらプロジェクトでの活動に活かしていきます。

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アクセス実践講座①|「ミュージアムにおける社会包摂的活動」、「子どもの貧困・孤立の現状と課題」

2017.07.02

2017年度のアクセス実践講座が始まりました。
内容の概略をここでご紹介します。

まずは、伊藤さんから、講座の目的や関連するプログラムの「障害者のある方のための特別鑑賞会」と「ミュージアム・トリップ」についてのプログラム説明がありました。

【前半】

つぎに、東京都美術館の稲庭さんから「ミュージアムにおける社会包摂的活動」と題してお話がありました。
「ミュージアムにおける社会包摂的活動」稲庭彩和子(東京都美術館)

今、美術館には、社会包摂的機能、多様性を保つ場としての機能が求められています。東京都美術館がリニューアルを行なった際には、21世紀の美術館に求められる役割をプラスしました(ご参考:東京都美術館「使命と4つの役割」)。常にミッションに立ち返りながら、活動を行なっていくことになります。

 

●「教育普及」から「関わり合い(Engagement)」へ
美術館では「教育普及」活動と呼ばれる活動があります。作品の情報をわかりやすく伝えたり、美術館の持つコンテンツを教育的に扱ったり、普及する活動です。今現在、美術館と社会との回路を考えた時に、学校との連携などの教育活動(Education)や、作品を介してそれぞれの人の主体的な学び(Learning)を誘発するようなワークショップなどが増えていきました。そして、2000年代になってよく使われるのは、美術館を社会参加の場と考え、社会参加を促す「関わり合い(Engagement)」を誘発する活動です。では、ミュージアムは、公的機関、もしくは公共空間として「関わり合い」をどのように作っていかれる可能性があるのでしょうか。
人間は社会的動物なので、一人では生きていけません。人との関わり合いが丁度よく充実することは、その人の幸福度に密接に関係しているといわれています。ミュージアムでは、人と人が関わる回路を増やしていくために作品を介した「対話(Dialogue)」が起こしていくことが考えられたり、そうした関わり合いを増やしていくことで、人をケアしていく機能にも関心が集まっています。

 

●「ケアをする」
美術館の展示企画することを「キュレーション」するといったりしますが「キュレーション」の語源は、ラテン語の「curare」にあります。意味は、対象について「ケアをする(take care)」ことです。「大事にする」「大切に見守り育む」という意味を含みますが、つまるところ、ものを大事に次の世代に渡していく役割が美術館にはあります。「ものをケアする」というと、物理的なケアを考えますが、その作品が持つソフトの部分がともにケアされる必要があります。つまり、美術館は作品ををハード的にもソフト的にもケアする施設なわけです。ケアが行き届いた公的空間において、作品と鑑賞者の間にケアの往還が起こることにつながります。

 

●他者の世界と自己の世界をケアする
美術館で作品を鑑賞すると、日常のことを忘れて作品を見る時間が訪れます。その時、自分と誰かとの対話が始まったり、自己の内面との対話が始まります。対話をしていくうちに、自分と他者がそれぞれ異なる存在でありながら、自らの一部として他者を感じる感覚(相互主観性、共同的な主観性)が生まれます。それぞれ人は個別のアイディアがありますが、絵を何人かで見ていくときに、色々な人の意見があって、聞いていくうちに、違うけれども生まれてくる共同的な主観性が、私たちに安定感を与えるのです。共同的主観性は、社会で平和な関わり方を作っていく時に大切だといわれています。

●ミュージアムの非日常性
ミュージアムは、今自分がいる時間と場所から解放され、過去と現在を行き来できる場所になりうる可能性がある場所です。時間と場所から解放されることは、今の現代社会の社会的尺度や差異がいったんゼロにされて、もう一度考え直せる場所(社会的包摂の場)としての特性があります。

 

●ミュージアムでの社会包摂的活動:海外の事例
Meet ME MoMA(アメリカ)
アルツハイマーの方と家族のためのプログラム
美術館と医療機関の連携

House of memories(イギリス)
地域博物館での「ハンドリング・オブジェクト(触れる収蔵品)」
貸出可能な収蔵品を、介護士の人たちが高齢者に触ったりしながら、回想法によって成果を出している。4000人の介護士が参加し、介護施設で活動している。

ホームレスへの働きかけ(イギリス)

Met Escapes(アメリカ)
庭園の美しい美術館で、認知症の方たちが五感を刺激するようなプログラムを行い、展示室で鑑賞を行う。一番の効果は、作品や中立的な立場のファシリテーターを媒介に、同じ病を持つ患者やその介護者、といった問題を共有できる人々との関わりができた。作品を見て対話をすることが、社会への参加となっている。

 

●とびらプロジェクトでの実践
障害のある方のための特別鑑賞会
「アクセシビリティー調査報告書」
・Museum Start あいうえの
のびのびゆったりワークショップ(平成25年度)
ミュージアム・トリップ

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アクセス実践講座⑦

2016.11.27

11月27日に年内最後のアクセス実践講座を行いました。

前回(10/9)の講座では、年間課題を取り組んでいくためにグループごとに分かれて企画書をつくるワークを行いました。
年間課題に取り組んでいってもらうために、今回の講座では舘野泰一さんの「ワークショップ・メイキング」に関するレクチャーの復習と、企画書をつくるためのプロセスを順序立てて考えるワークを行いました。
まずは、とびらプロジェクトマネージャの伊藤達矢さんと一緒に舘野さんのレクチャーを振り返ります。

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続いて、グループごとに年間課題に取り組むワークに入っていきます。

この日は、企画書の構造を考えるにあたってツール(ワークシート)を用意しました。

このワークシートは5枚で構成されていて、
「ワークショップを通じて伝えたいことは?」「募集する対象者を具体的にイメージする」「ワークショップの内容を決める」「場を設定する」「企画の通し方をつかむ」というフレーズが書かれているものです。この一連の流れに沿って企画を考えていくと、舘野泰一さんのレクチャーが活かされている企画書を作成できる、というものです。とびらプロジェクトでは、アクセス実践講座に限らず全ての講座でこうしたツールを随時開発していて、とびラーがより深い学びを経験できるようにしています。
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企画書のブラシュアップをした後は、前回同様にワールドカフェ形式で、他のグループの取り組みを聞きます。
付箋にコメントバックをして、その場で出されたコメントを随時整理しながら進めていきます。

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この講座を終えた後はいよいよ企画書の提出です。
どんな対象者を設定して、その人たちのために有効なアプローチをとびラーたちが考えます。提案された企画が全て実現するわけではありませんが、内容によってはトライアル実施されるものもあります。一般公開する企画ではありませんが、トライアル実施されたものについては、またブログをご報告していきます。

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執筆:奥村圭二郎(東京藝術大学美術学部特任研究員)

アクセス実践講座⑥

2016.10.09

10月9日にアクセス実践講座(第6回目)を行いました。

4月からのプログラムスタート以降、下期に入りました。
今年度のアクセス実践講座では、美術館にアクセスすることができない人たちの状況について専門家を招いてレクチャーを受けました。
ここからはいよいよ実践編ということで、とびラーはグループごとに別れてアクセス実践講座の年間課題に取り組みます。

テーマ:
自分の周りにいる美術館に行く環境にいない人と、都美もしくは上野公園内のミュージアムを一緒に体験する。

この日の以下の流れで進行しました。

模造紙を広げて企画アイディアのブレスト

グループごとに共有

ワールドカフェスタイルで検証。ポストイットを使ってコメントバック。

コメントを受けて企画をグループごとに練り直し

企画書に仕上げて発表

前回の講座(9/25)では、舘野泰一さんからワークショップメイキングのレクチャーをしていただきました。
今回は、前回の講座を受けて実際に自分たちで企画書を作ってみる、という意図を込めています。またグループワークですので、とびラボとは違ってとびラーはグループメンバーを選ぶことができません。ゼロから関係を育み、同じ目的に向かっていくプロセスそのものが、アクセシビリティとどのように対峙するかということにつながると考えています。

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まずはチームごとにブレストをする時間です。

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話し合いの中で出て来たことを、どんどん模造紙に書き出していきます。

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ブレストの結果を全体で共有した後は、ワールドカフェ形式で他のグループの企画を聞き、コメントバックをする時間です。
3種類の付箋「いいね!(水色)」「なぜ?(黄色)」「こうしたら(ピンク色)」を用意し、色ごとにコメントの意図を分けて、他のグループの企画に対してどう考えたかお互いの意見を出し合います。

前回(9/25)の舘野泰一さんの講座では、他者に伝える事で経験的な学びにつながるということを知りました。自分たちでゼロから作った企画を他者に伝えることの難しさを学びます。

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他のグループのコメントを受けて企画内容を見直した後は、企画書のフォーマットに内容を落としていく作業です。
広がった内容を企画書という決められた体裁にどのように書き換えるか。企画書は他者に内容を伝える重要なツールですので、言葉の選び方、説明のプロセスをイメージしながら、伝わる企画書に仕立てていきます。

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最後はグループごとに発表してもらいました。
今回は講座の時間内で企画書を1本作る、という設定でしたが、とびラーには今回と同じテーマで年間課題に取り組んでもらいます。今回のワークを受けて、まずは企画書を提出していただきます!

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執筆:奥村圭二郎(東京藝術大学美術学部特任研究員)

 

アクセス実践講座④⑤「ワークショップデザイン入門 体験を通して学びを深める場作りとは?」

2016.09.25

2016年9月25日(日)アクセス実践講座④⑤
「ワークショップデザイン入門
体験を通して学びを深める場作りとは?」
講師:舘野泰一 氏(立教大学経営学部助教)

 

この日のアクセス実践講座では、ワークショップメイキングの基礎的知識や方法論、他者への伝え方について、立教大学の舘野泰一さんをお招きし、1日かけてレクチャーをしていただきました。とびラーたちは舘野さんから事前に出された課題に取組み、当日を迎えました。
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アクセス実践講座②③

2016.07.17

この日は今年から始まる《ミュージアム・トリップ》で対象となるこどもたち(①養護施設のこどもたち、②貧困など経済的困難を抱えるこどもたち、③カルチャー・ギャップなどの困難を抱える海外にルーツのあるこどもたち)について、3名の専門家をお招きして、レクチャーをしていただきました。
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講師:
1 渡辺由美子氏(NPO法人キッズドア)
http://www.kidsdoor.net/otona/mission/message.html

2 高取しづか氏(NPO法人JAMネットワーク代表)
http://www.takatori-shizuka.com/profile

3 小山紳一郎氏
https://www.meiji.ac.jp/ggjs/professor/koyama_shinichiro.html
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/col-koyama.html


 

 

1 渡辺由美子氏(NPO法人キッズドア)

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今回のレクチャー、まず初めにNPO法人キッズドアの渡辺由美子さんからのお話を伺います。

キッズドアは生活保護や一人親家庭の支援をしている団体で、2007年に立ち上げ、今年でもう7期目になります。
大学時代に工業デザインを学んでいた渡辺さんですが、キッズドアの活動を初めるきっかけとなったのは、
旦那さんのお仕事の関係で1年間滞在したイギリスでの生活が大きな動機となっているそうです。
当時のブレア政権は教育に対して手厚く予算をつけていたこと、また、美術館などの文化施設は全て無料で、日本とイギリスの差に大きく衝撃を受けられたそうです。格差で言えば、格差で言えばイギリスの方が日本より格差が大きいが、子供にはその影響を感じさせない施作が取られているとのことです。

日本は親が教育にとてもお金がかかる国です。親の収入が少ないと、教育を受けづらい事実があります。
親の収入が低い→子供に十分な教育を受けさせられない→子供はやる気を無くしてしまう、という貧困の連鎖に繋がっています。これをもう少し広い視野で見ると、階層の固着化になっていると渡辺さんは指摘します。
日本の子供の貧困は見えづらいく、服装だけじゃ見分けられないということも仰っていました。
*日本の貧困率:16.3%→6人に1人。年間122万円以下で暮らす人。

こうした日本の子ども達の貧困化は非常に新しい出来事だと渡辺さんは仰います。
これまでは一億総中流社会だったから貧困の子供はいないと思われていて、リーマンショック以降、顕在化してきた。正社員だった人たちがホームレスになる、無保険の子ども達。
こうした社会背景を元に、2009年には厚労省が日本の子供の貧困率を出しました。新しい課題として認知され、なんの手立てを取ってこなかったことが明らかになりました。
もう一つの大きな特徴はひとり親家庭が多く、OECDの中でも一番だそうです。

ではなぜひとり親家庭の子供の貧困が高いのか?
日本は養育費の支払い率が低く、正社員だったが子供を産んだ女性の収入が低い、なかなか正社員になれないという状況があります。
Wワーク、トリプルワークをしている親が多く、その状態が続くと体を壊してしまう。
母子家庭で、親が働いていないのは、働けない状況です。

なぜ教育はうまくいっていないのでしょうか?
端的に言うと、国が教育にお金を支出していないからだそうです。
教育費を税金で賄っている部分が少なく、そのほかは私費から出ている。
このため親の経済力が教育に直結している構図が生まれてしまいます。
高度経済成長を終えた今の日本では、安定していて高収入の職種は、高学歴でないとなれない。
どんなに優秀な子でも、家にお金がなければ医者や弁護士になれない。
高い教育を得るにはお金が必要、お金を得るには高い教育が必要。
そのループから一度出てしまうと、なかなか上がれない構造があります。

なぜ低所得の子供の学力が低下してしまうのでしょうか?
生活環境が悪く。勉強部屋、机がない。
家で勉強していて、わからなくなればそこで止まってしまう状況があります。

こうした子ども達の状況に対して、キッズドアでは様々な取り組みを行っています。
「学習支援事業・ガクラボ」「低所得世帯の中学生向け無料高校受験支援」です。
これらの事業の成果として、子ども達が世界を知る機会になっていることが挙げられます。
コミュニケーション能力が低く、まともに話したことがあるのは親ぐらい、という子ども達にとっては、
将来の仕事感が備わりません。成人するまでに、仕事に対するやる気が芽生えていなければ、その後の就業につながらず、負のループに陥ってしまうと渡辺さんは仰います。こうした子ども達を生み出す構図は、日本の社会全
体にとっても大きな課題です。
他にも、子供を通じた家庭への支援(食品提供)や奨学金の情報提供など、
「教育支援が窓口となり生活支援他の貧困の世代間連鎖を断ち切る支援を繋げる」ための事業をキッズドアでは取り組まれています。またそれ以外にも、現在来てくれているボランテイア学生をどう支えていくか、ということも課題とのことでした。

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2 高取しづか氏(NPO法人JAMネットワーク代表)

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続いて、NPO法人JAMネットワーク代表の高取さんから「児童養護施設に入所するこどもたち」の状況についてお話を伺います。

<話の進行>
(楽しいアクティビティ)
3 こどばキャンプの様子

1 ことばキャンプとは?

JAMネットワークが行う「ことばキャンプ」はゲームを通じたワークショップです。
アメリカのオーラルコミュニケーションがベースにあり、自分も相手も大切にしながら人と関わる7つの力を養います。2002年から活動を続けています。
アメリカではことばを使って伝え合うオーラルコミュニケーション教育が盛んです。
JAMネットワークの活動を始められる前に、米国ミシガン州へ視察をした時、に練習すれば上達し、
大人顔負けでプレゼン、理由も含めて意見を言えるようになっている事に感動を覚えたと高取さんは仰います。

JAMネットワークでは、これまで26冊著書を出されていて、活動に対してのオファーが全国からあるそうです。
これまでに約72施設に訪れたそうです。

2 社会的養護のこどもたち

◯社会的養護の子どもの現状
対象児童は、約46,000人(H25.3)
• 日本では施設に入る子どもたちが多い。
• 国としては里親の受入数を増やそうとしている

◯社会的養護 施設の現状
• 乳児院
• 児童養護施設
• 情緒障害児短期治療
• 児童自立支援支援
• 母子生活視線施設
• 自立援助ホーム

◯過去30年間における子どもの施設入所理由
• 近年は「親の虐待」が増えている
• 虐待によって精神のバランスを崩す

◯児童虐待相談件数の推移と障害児比率の推移
• 年々相談件数が増加
• 具体的な症状や課題
>衝動のコントロールが出来ない、年齢相応の生活習慣を獲得していない

◯過酷な環境を生き抜く仲で身に付いてしまったもの
• 虐待開扉型の非行
• 「解離」という精神の防衛機能
• 暴力・性的行動に対する高い親和性

児童養護施設の子どもたちは、一見素直でかわいい子どもたちです。
ただ、時として色々な問題が抱えています。成育歴の中で、気持ちを伝える言葉がけをしてもらった経験が乏しいと、心とは裏腹の行動をとってしまうことが多いと高取さんは話します。

◯児童養護施設で活動する際のポイント
1 個人情報の保護に十分注意する、施設名・子どもの名前は絶対出さない。SNSは厳禁。フルネームはあまり聞かない。

2 暴言や逸脱した行動があった場合は、常識の範囲内で大人として対応する。

3 不適切な質問をしない。家族、過去のことなど。

4 気になることはJAMネットワークのスタッフに何でも相談する。

5 施設職員、親御さんを尊重する、否定しない。

ことばキャンプの目的は、ドラえもんに出てくるしずかちゃんのコミュニケーションに例えられます。
じゃいあんは人に意見を押し付ける、のび太はドラえもんにしか意見を言えない。しかし、しずかちゃんは自分も相手も大切にしながら上手に伝えるコミュニケーション=「自尊他尊」の気持ちがあります。

続いて、児童養護施設で高取さん達が行なっている具体的な活動「ことばキャンプ」のワークを紹介していただきました。

◯ことばキャンプ
「どっちにす~る?」 (論理力のトレーニング)
「好きですか?嫌いですか?」(10人いたら意見が違うことを知る)
「ババチョップ」(応答力のトレーニング)
「聞くトレーニング」(聞くことを覚える)

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3 小山紳一郎氏

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最後は、明治大学の小山紳一郎さんより「多文化共生」についてのレクチャーです。

小山さんはこれまで、神奈川県立地球市民かながわプラザで、
1学校・NGO向けの国際理解教育講座
2外国人支援試策に関する調査研究
3外国人のこどもの教育に関する相談
を実践されてきました。

◯はじめに
まずは2年前に調査で訪れた韓国多文化家族支援センターのお話です。
・国際結婚した母子をサポートするセンター
・韓国内で現在、政策課題が深刻化してきている
・2010年1年間:10組に1組が国際結婚という統計データ

韓国では2008年に多文化家族支援法を制定。
この背景には、韓国内の外国人人口が増加傾向にあることがあります。
2006年53万人→2015年174万人(全人口で3.4%)この25年で非常に増えてきているそうです。

これに対して、日本はどうなのか比較してみます。
(在留外国人(短期滞在含む)のデータ)
・右肩上がりに増加。2015年:223万人(全人口で1.76%)
・日本の人口の推移 2012年:1億2773万人より減少していく一方
・外国人比率は上がっていく予想(厚労省データ)

これを受けて「選択する未来」委員会(内閣府作成)が発足され、
今後の人口減少・少子化に向けた検討会が開かれるようになりました。

都人口と外国人人口の推移としては、2年前から外国人の人口が再び上がってきていて、2020オリンピックに向けて定住外国人が増えていくのではないか予想されています。
また、中国、韓国・朝鮮、フィリピン・ベトナム・ネパール等、アジアからの移住者多いことが特徴として挙げられます。
日本での国際結婚の状況にも変化があります。
最新のデータでは、28組に1組が該当し、外国人女性と日本人男性のカップルが圧倒的に多いそうです。

公立学校に在籍している外国人児童生徒数は3万人まで増えてきており、日本語指導が必要になっていると、小山さんは仰います。

基本的なことを学び、ここで一旦グループワークに入ります。

◯グループワーク
・グループごとに自己紹介(アート以外で興味のある分野)
・外国にルーツを持つ子どもが学校で起こる課題を想像する

ーーーーーーーー
・ジェスチャーが違う
・食文化の違い
・漢字テストで悪い、英語テストで良い>個人のせいではなくルーツのせいにされる
・クラスメイトと笑いのポイントが違う
・文化の違い、学習内容(歴史、道徳)に困る
・保護者の方にも日本語が読めない>学校からのお便りが読めない
(持ち物・宿題が持って来れない)
・進路相談で困る(親が日本の現状を知らない)
・言葉がわからない
・宗教に関する習慣(ラマダンのとき、どうしているのか)
・異性との関わり方
・宿題を家で教えてもらえない
ーーーーーーーー
小山さんのまとめ
・日本語の壁(学習思考言語の習得)
・異文化適応
・いじめ
・友人ができない
・アイデンティティのゆらぎ(自分がベトナム人なのか、日本人なのか。思春期の悩み)
・高校進学率の低さ(学力遅滞)
・高校中退率の高さ(不十分なサポート)
ーーーーーーーー

小山さんが仰るにはこどもだけでなく、親御さんの悩み(通知や連絡が理解しにくい等)もたくさんあるそうです。

外国にルーツを持つ子どもを取り巻く状況に対して、行政の取り組みについてへと話は続いていきます。

◯外国人児童生徒支援の現状
人員:日本語学級担当教員の増員→23区内11区。中学校には23区内5区。
予算:モデル事業に予算投じる

○都教育庁(教育委員会)の取り組み
・都立高校の外国人特別募集枠など
・教材作成、情報提供、相談

行政施策だけでは十分に対応できていないと、小山さんは仰います。
これらの対策例としては、第三セクター(件・市区国際交流委員会)による日本語教室が挙げられます。
例)多文化共生センター(荒川区)みんなのおうち(新宿区)レガートおおた(大田区)
IWC国際市民の会(品川区)、CCS(全域)

また、認定NPO法人多文化共生センターでは、以下の取り組みを行なっています。
・教育相談
・多言語による高校進学ガイダンス
・放課後学習支援
・親子日本語クラス
・実態調査
・講師派遣

ここで、新宿アートプロジェクトの海老原周子さんから、ご自身の活動についてご紹介いただきます。

 

新宿アートプロジェクトは7月より「一般社団法人kuriya」になります。
これまで15年間、多文化共生に関する活動を行い、外国ルーツを持つ子どもたちの人材育成を行なっています。

2009年〜2013年までは、新宿を中心に、アーティストを呼んで地域の子どもたちと、外国にルーツを持つ子どもたちをつなぐ「第3の居場所」としてのアートワークショップを年間30回開催してきました。
2014年からは、居場所を用意するのではなく、自分たちで作っていく人材育成事業を手がけられています。

「なんで、外国にルーツを持つ子ども達がミュージアムに来ないんだろう?」と考えたりすることで、新しいニーズにつながるのではないか、と海老原さんは仰います。社会問題ではなくポテンシャルである、と捉えていると良いそうです。

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この日は長時間に渡り、私たちの社会で様々な状況にある子どもたちのことについて学びました。
最後に行った質疑応答も活発で、個人の中で疑問が多くの残ったことはポジティブな結果だと言えます。
今年は「ミュージアムトリップ」の活動がこれから本格的に始まります。ここで得た知識や施設に伺う際の注意点を実践の場で役立たせて行こうと思います。

執筆:奥村圭二郎(東京藝術大学美術学部特任研究員)

 

アクセス実践講座①

2016.07.10

2016年7月10日(日)

アクセス実践講座①
「創造・想像から排除された人々へとひらかれる美術館」
熊谷晋一郎氏(東京大学先端科学技術研究センター准教授)

 


 

今回のアクセス実践講座では、美術館にアクセスしづらい人々について、より具体的に先進的な事例から学びます。第1回目となる回では、医師で当事者研究をされている熊谷晋一郎さんをお招きしました。

障害はどこに宿るのか

生まれつき脳性麻痺の熊谷さんは車椅子で生活をされています。
熊谷さんが生まれた1970年代は少しでも健常なひとに近づこうというトレーニングが主流でした。当時脳性麻痺は治ると思われていたそうです。
80年代になってレジデンスが支持されるようになり、それまでは偉い人が治るといえば治ると言われていたが、しっかり研究したうえでその結果を知ろうという流れになってきました。81年に入ると当事者運動が起こります。

ここで一枚のスライドが映し出されます。
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「みなさんはどこにやどっていると思いますか」

「階段を指差す」
「車椅子を指差す」
「周り。まわりに人がいないから。」
「足。足に障害があるから階段がのぼれない。」

他の場所で行った例で、こどもたちは頭を指さして「根性がたりない」と言ったそうです。どれも正解です。

障害がやどる場所は大きく2つにわかれる、と熊谷さんは仰います。
本人の体のなかに宿っている医学モデルと本人の体のそとに宿っている社会モデル。

80年代は医学モデルから社会モデルに意識が移動した時期で、その背景には脳性麻痺はなおらない、当事者問題(社会が変わるべきなんだ 障害者に限らない問題。個人は変わらない。社会が変わるべきなんだ)が挙げられるそうです。医学モデルから社会モデルの変化は、熊谷さんにとって生きるための大きな変動だったそうです。

「みなさま東日本大震災はどこにいましたか?」と熊谷さんからとびラーへの投げかけがありました。震災の時、熊谷さんは研究室にいらっしゃいました。エレベーターが動かず結局救助されて担ぎ出された時に「これが障害だ」と思ったそうです。
健常者は階段に、はしごやロープに依存して逃げることができるので、エレベーターに依存しなくても逃げる手段がたくさんあります。この社会は健常者の身体用にカスタマイズされており、健常者は依存先が多いです。しかし、障害をお持ちの方にとっては、依存先が少ない。階段にもはしごにもロープにも依存できず、エレベーターへむける矢印が太いと熊谷さんが仰います。

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健常者は本数が多く矢印が細い
矢印の本数と依存度は反比例する
矢印の本数が多ければ多いほど依存度は低く、矢印の本数が少なければ少ないほど依存度が高い。

 

そもそも依存という概念に太さと本数のバラメーターを知らないと足元を掬われてしまいます。太さと本数のバラメーターを混ぜてしまうから間違った解釈が起こり、本数が多く矢印の細い方が自立していることになっています。結果として、依存先を奪うことが自立支援だということになります。

 

例として、薬物物依存症を挙げます。依存しすぎるのが依存症ではなく、
身内から虐待されている人、トラウマを抱えている人等、「人に依存してはいけない」「人なんか信用していたら大変なことになる」という人の病です。その結果物質や、一部の神格化した誰かにしか依存でき無くなります。これは、障害の問題にも通じることです。

 

回復するにはどうすれば良いか?矢印の数を減らすことではなく、薬物以外に依存するツールをふやす支援が大切であると熊谷さんが仰います。

 

1970年代までの身体に障害を持つ人々にとっては、依存先がとても少なかった状況でした。年老いた親か、施設に身を置くしかありませんでした。依存先が少ないということは、暴力の被害者になる確率が増え、共依存に陥ることが多くなります。こうした背景を変えるため、自立生活運動へと時代は進んでいきました。様々な視点からよりよい生活デザインの提案がされ、その結果、地域と市場に依存先を開拓することが可能となり、飛躍的に暴力事件は減りました。

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後半

前半より、自立生活運動の話が続きます。

 

自立生活運動では大きな二つのスローガンが掲げられました。
・自己決定の原則
・手足論
この2つは、介助者に支配されないためにどうすれば良いか、という課題から考えられました。
文化的な生活というのはそれをするためにたくさんの条件が必要ということを伝えたい、と熊谷さんは仰います。

 

当時は自己決定の権利を失ったら支配されてしまうと思っていたそうです。
しかし、例えば、シャワーを浴びる時、介護者は指示がないと動くことができません。
左腕から、左腕のどこから?脇から?爪先から?
日常生活のあらゆるところにこの構造があるが、全てこれに支持していたら生活が果てしなく終わりません。
しかし健常者の人はこれらのことを、ほぼ習慣として自己決定しています。手足に良き計らいボタンがあると、熊谷さんは続けます。
つまり、自己決定と手足論は同じ意味に成り立ちません。

このようなことを実現するためには、自分のベーシックレベルを相手に意識してもらうことが大事だと言えます。例えば、いつお風呂にはいるのか、いつ行くのかは自己決定だが、腕のどこから洗うのかなどは徹底しなくてもよい領域です。このベーシックレベルの幅は人によって違う。

ここで「自分の声を制御することができないから、会話に入れない。」という障害を持つ方の事例が出されます。

フィードバックが大事
A発生期間の筋肉
B肉体電線フィードバツク
C空気伝導
D他者のリアクションのフィードバック

発話を構造的に整理します。
・予想していたよりも喉の動きが大きかった、予測しながら運動していた
・運動指令とフィードバックをしている
・予測誤差に直面するとは話せなくなる。
・たとえば自分の声が違うようにきこえる、それだけで話しづらくなる。
・予測誤差の敏感さが自閉症の根本にあるのかもしれない

 

発声だと思考と運動が直列になり、手話だと思考と運動が並列になるそうです。
これはパソコンに通ずる親和性があると言えます。

 

人間の意識の状態について、3種類のモードを事例として説明されました。

—– —– —– —– —– —–

●あたふたモード
予想をたてた瞬間から予想を裏切られる状態が続いていること
予測誤差と自己決定がたくさんせめられている状態
親の気持ちがわからないなど
社会的弱者の子が多い

●すいすいモード
生活の中のおおよそ扉がひらく。
身体を含めた生活の基盤が予測可能な状態で、初めて人はクリエイティブにな意識を立ち上げることができる。

●ぐるぐるモード
世界とオフラインになる。過去の記憶だけど思い出して反芻する。生産的なこともあるし、ネガティブなこともある。

—– —– —– —– —– —–

薬物依存症の人は、日中は覚醒しあたふたしてしまいます。しかし夜になるにつれて、あたふたからぐるぐるに移動する。この時間帯が一番危ないと考えられます。そういったときにクリエイティブな気持ちになるのは難しい。

少数派の人たちは、単に不便さを享受しているだけでなく、すいすいモードや文化的体験の機会を剥奪されていると言えます。社会的排除、文化的生活の排除を受けている人たちにとっては、創造的な活動ができるために美術館が「安全な場所」である必要があります。そして安全な場所であると分かれば、すいすいモードになり、創造的活動をはじめて行うことが可能になると熊谷さんは仰っていました。

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執筆:奥村圭二郎(東京藝術大学美術学部特任研究員)

アクセス実践講座②

2014.07.27

 アクセス実践講座の第2回目です。今日の講座では、お二人の講師をお招きし、お話を伺います。

林建太さん(視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ 代表)

 林さんが代表されている「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」についてのお話を伺います。林さんがなぜ、視覚に障害のある方々と鑑賞をしようと思ったのか、その原点や鑑賞中(活動中)に交わされる言葉などについても話しが及びます。
 2014年3月には、とびラーによる「視覚に障害のある方々との鑑賞プログラム『トーク∞トーク』」の実施に向けても、林さんたちにご協力頂きました。(東京都美術館で行なわれている「障害のある方のための特別鑑賞会」内において実施)その時のわたしたち自身の活動についても振り返ります。


杉山貴洋先生(白梅学園大学子ども学部准教授)

 こどもの表現についてのお話の後、実際に手を動かす活動も行いました。「芸術の原型に近づこう!」という杉山先生の呼びかけの下、筆と墨汁で自分の目の前に座っている人の自画像を描きます。左手だけで描く、一筆書きで描く、画面を見ないで描く…、様々なルールをかせられて描く絵。少しずつ絵がのびやかに変化していきます。絵を見る時間よりも、目の前の対象をじっくり見る時間をもつこと。相手を感じて描きます。


 実際に自分の手を動かすワーク。頭で理解したことが、身体と結びついたとても楽しい時間でした。

(東京芸術大学美術学部特任助手:近藤美智子)

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