2020.05.30
【「VTSフォーラム」とは】
2020年5月30日(土)に開催した、「VTSフォーラム」。
「VTS」とは「Visual Thinking Strategies」の略で、日本語では「対話型鑑賞法」などと訳されています。
このラボは、参加者同士で作品をよく見て、思ったこと、感じたこと、考えたことを自由に語り合うというVTSを、とびラー同士でもっと楽しもう! というコンセプトで始まりました。ミーティングの中でとびラーたちから出てきた様々なアイデアを複数のプログラムにし、1日で体験できるように「フォーラム」というスタイルをとることにし、3月に東京都美術館のアートスタディールームで開催する予定でした。しかしコロナ禍の影響によりオンライン上に場所を移しての実施となりました。
【実施までの道のり】
元々「VTSフォーラム」は、6期とびラーがラボを立ち上げたラボです。しかし3月末で3年間の任期が満了したため、このラボに関われなくなってしまいました。
そこで在任中である7・8・9期とびラーがラボを引き継ぎ、最終的にとびらプロジェクトを卒業した6期とびラーも巻き込んで、とびラー史上初・4期合同の大規模なオンラインイベントとなりました。
打ち合わせから開催まですべてがオンラインで行われ、zoom環境に慣れない状態から手探りでミーティングを重ねること、40回以上。
それぞれのプログラムが試行錯誤と失敗を繰り返し、自分たちの考えるVTSの魅力を追求しました。
運営チームは開催日までのスケジュールを調整し、とびラー内での告知の方法などを何度も検討しました。
【プログラム紹介】
では、当日のタイムスケジュールをご紹介しましょう!
プログラムは全部で7種類。9時30分から19時まで、VTSにどっぷりつかる1日に。
続いて各プログラムの内容です。
担当とびラーのコメントと合わせてご紹介いたします。
■『最初で最後4期合同! アートdeトーク‼』
5人のファシリテータと楽しむ“正統派” VTS
普段とびらプロジェクトの活動で行っている“正統派”のVTSプログラム。1つの作品についてみんなで対話しながら、ゆっくり・じっくり鑑賞します。
コロナ禍だからこそ、6~9期の4期合同VTSが実現できました。
6期さんとスタッフさんを含む5人のファシリテータが、過去に東京都美術館で行われた展覧会から作品をチョイスし、五人五色のVTSを楽しむプログラムを目指しました。
あえて「チャット」を使わず鑑賞に集中
なによりZOOMの操作に慣れることが一番大変! ミーティングやトライアル、個人練習などを重ねました。
ZOOMのチャット機能を使うかどうかに悩みましたが、使用しないことで、参加者ひとりひとり作品に対する思いの変化を大事にしてもらいました。
オンラインVTSを楽しむ下地をつくれた
「ZOOMでVTSができるのか?」という疑問が一気に解消され、とびラーの中でオンラインのVTSをすることに抵抗がなくなったり、技術的な部分でのハードルが下がったりしたことがこのプログラムの成果だと思います。
最後に6期の方々とご一緒できたことも良い思い出になりました。
参加とびラーの感想(一部)
「VTSの面白さを知りました!」
「普段美術館で絵画を見るよりも近寄れる!? オンラインの鑑賞の楽しさがわかった」
「6期とびラーがファシリテーションするVTSを体験できて嬉しい! 念願が叶いました」
■『ひとりVTS』
作品理解を深めるためのプログラム
「ひとりVTS」はとびラーが鑑賞実践講座で知る1つのスキルです。VTSのファシリテータをする前に作品を理解するために行います。その効果をみんなが実感して使いこなせるようにするために方法を分かりやすく紹介し、体感してもらうことを目指しました。
初めての人も楽しめる資料を配布
このイベントで初めて「ひとりVTS」を知るとびラーも多くいました。一度体験して楽しんだあとにも自分で実践してスキルを獲得してもらいたいので、図と写真をいっぱい入れた資料をつくって配布できるように工夫しました。参加されなかった方も後から見て楽しまれたのではと思っています。
VTSのフルコースを体験
プログラムは濃密かつ長時間(2時間)だったため、参加者は多くはありませんでしたが、各人がひとりVTSを行ってから同じ作品でVTSをするというVTSのフルコースを満喫していただけたと思います!
参加とびラーの感想(一部)
「作品をじっくり見ながら一人で考えを深める経験ができた」
「ひとりでやるVTSと大勢でやるVTSは発見できることが違った。皆で感じたことを共有することが楽しい」
■『目隠しdeトーク』
「語る」と「想像する」から作品に迫る
作品を「語る人」と「想像する人」が言葉だけで共通の認識を目指すプログラムです。お互いに語って作品が育っていったり、ワンワードで全く違う作品に変わったり。言葉の持つイメージの違いを知り、伝えること・聴くことが少し丁寧に優しくなれたのではないでしょうか。
声に集中するために視覚情報をシャットアウト
Zoomでできることを模索し、ひとりの「語る人」と複数人の「想像する人」が言葉だけのやり取りを行うことに。問題は集中力! 耳だけの情報で作品を想像するため画面オフ、アイマスクでブラインドモードに。雑音はイヤホンマイクで対応しました。
アイデアとアドバイスを支えに
全くの手探り状態から新しいプログラムが生まれました。どんなアイデアも実践する「とびラー魂」は素晴らしい! 外から気にかけてくださり暖かいアドバイスを頂けたのも、このラボの支えでした。ありがとうございました。6期から9期まで4つの期が一丸となった忘れられないラボです。
参加とびラーの感想(一部)
「伝えられた言葉から作品を予想し、最後に正解を見たら大きくはずれていました。でも、作品を見た瞬間の『うわ〜〜〜感』が楽しかった」
「言葉で伝える楽しさ、難しさを堪能しました。オンライン向きのプログラムだと思います」
■『アートカードで遊ぼう! すごろく編』
身近なすごろくで学芸員の仕事を追体験
「すごろく」という誰にもなじみのある伝統的なゲームを選び、参加者に楽しんでもらうことを目指しました。
すごろくは、神奈川県立近代美術館オリジナルの「Museum BOX(宝箱)」に入っているすごろくびじゅつかん”を使用し、展覧会ができるまでの学芸員の仕事をみんなで追体験しました。
慣れないオンライン作業に苦戦
完全オンラインだったため準備のミーティングなどの手順に不慣れで、段取りが悪かったのが残念でした。一方、ブラウザ上でサイコロを振るアプリを導入したり、コマを進めるアイコンをつくったりと、試行錯誤をしながらかなりリアルなすごろくに近づけたと思います。
みんなでアートを楽しめて良かった!
このすごろくは、学芸員となった参加者たちがどんな作品を集めていくのかを見守っているだけでも楽しめます。コロナ禍の影響もありストレスが溜まる時期に、とびラーがオンラインに集まり、盛り上がれて良かったです。
参加とびラーの感想(一部)
「オンライン上のゲームとして面白かった!」
「学芸員として参加。無事満足のいく展示会を開くことができ、とても楽しかったです」
■『アートカードで遊ぼう! ストーリー/探偵編』
過去の共通体験からプログラムを考案
プログラムをつくろうと思ったきっかけは、数人のとびラーが香川県丸亀にある猪熊弦一郎美術館で、ミモカ・アートカードを体験したこと。複数のカードの作品について共通点を探したり、作品に登場する人物になりきってセリフを考えたりと、アートカードで遊ぶ楽しさに開眼し、みんなにも知ってほしいと2本のプログラムをつくりました。
1本目は、各自が手元に用意したアートカードを使ってストーリーをつなげていくというもの(ストーリー編)。2本目は、怪盗役のひとりが複数のアートカードの中から一枚のカードを選び、ほかの参加者が探偵役になって質問をしながらそれがどのアートカードなのかを当てるという、シンプルなゲーム(探偵編)です。
数々のハードルを越えて
ゲーム進行だけではなく、オンライン上でのアートカードの見せ方、画像の著作権など、今までにない問題をクリアにしていく作業に戸惑いました。
また、たくさんのトライアルを繰り返していく中で、やればやるほど迷宮に入っていき、はたしてこのプログラムはちゃんとVTSができているのかと悩みました。
その一方、成果もありました。ストーリー編では、各参加者が用意したアートカード一覧にそれぞれの趣味嗜好が出ていてお互いに見せあうだけでも楽しめました。探偵編では、似たようなテーマの作品や色のカードから一枚を選ぶと難易度があがることを発見。プログラム作成を通して多くの作品を知ることができました。
次はリアルでやってみたい!
作品をもっと観察できるようなゲームに発展させて、いつか対面でもやってみたいと思います。複雑なルールはないので、絵画や美術に詳しくなくても、アートを楽しむことができて、誰もが、どこの国の人も参加できるゲームです。
参加とびラーの感想(一部)
「怪盗になって探偵をかわせたときは嬉しかった!(探偵編)」
「一緒に物語を作ったことで仲間意識が強くなりました(ストーリー編)」
■『筆談deVTS』
はじめましてのメンバーたちが化学反応を起こす
「筆談」のキーワードに惹かれて集ったメンバーは、4月にとびラーになったばかりの9期も多く、ほぼ“初めまして”状態。会えるのはオンラインだけ、しかも本番まで時間もない……。しかし! その状態こそが化学反応を生み、途中参加や単発で準備に参加してくれたとびラーのサポート&応援も得て、「未来につながるなら失敗もあり!」の実験精神とチームワークが生まれました。
それぞれが筆談に感じる可能性と想いを重ね合わせ、実験を繰り返した結果、筆談のみをコミュニケーション手段としたVTSのプログラムを3つも実施することに。
筆談の魅力を再発見
実現したのは、Zoomを活用した「手書きフリップ式」と「寄せ書き式(ホワイトボード機能活用)」、オンライン掲示板を活用した「伝言板式」の3つです。
「手書きフリップ式」は、画面共有で作品を鑑賞したあと、ギャラリービューにし、それぞれが手元の紙に作品の感想を言葉やイラストで書き、それを見せ合ってやり取りしながら作品鑑賞を深めていきます。
「寄せ書き式(ホワイトボード機能活用)」は、ブレイクアウトルームに分かれ、4名程度のチームでホワイトボード機能を使って模造紙上で寄せ書きをするイメージでやりとりしながら作品鑑賞。その後メインルームに集合し、他のチームの寄せ書きも鑑賞します。
「伝言板式」は、とびらプロジェクトの活動で普段から使っている掲示板に鑑賞する作品画像を掲示。期間中、好きな時に訪れて、コメント欄に作品の感想を書き込んだり、誰かの感想にコメントしたり。VTSフォーラム当日に参加できない人も前夜祭・後夜祭として参加してもらいました。
一斉に共有できるワクワク感、時空間を超え各人のコメントがつながり広がる面白さ、そして、それらが可視化され「カタチ」になっていく達成感。そんな筆談の魅力と可能性を再発見したメンバーは、それぞれ新たなラボやとびラー活動へ! その中から新たな筆談型対話鑑賞が生まれる!……かも?
参加トビラーの感想(一部)
「コメントが増えていく様子が楽しかった。今度はリアルで模造紙を広げてやりたい」
「あとで読み返せるのがこのプログラムの特徴。成果を残したい」
■『占い「TO BE」館』
VTSって占いに似ている……?
作品を見て何かを感じたり、見つけたりするVTSには、自分の今の境遇や考えていることなどが必ずや反映されていて、カウンセリングと通じるところがあります。一方、カウンセリングと占いは、自分の力で自分の悩みを解決するという共通点が。ということは、VTSの言葉を読み解くことで“占い的”な楽しみ方ができるのではないかと考えました。
“占い師”不足になるほどの人気プログラムに
このプログラムは、お悩みを抱えた相談者役のとびラーが複数のアートカードから一枚を選び、カードを見ながら思ったことや感じたことを言葉にし、その言葉を占い師役のとびラーがお悩みの答えに結び付けていくという、占い風のVTSです。
オンラインのフォーラム開催になると参加希望者が続出! “占い師”が足りなくなり、占い師を養成する講座を開いたところ、6期から9期のとびラーたちがノリノリで参加してくれました。実施にあたっては占い師ネーム、衣装、手法、言葉遣いなど占いっぽさの演出にもこだわりました。
想像を超える大反響!
占いの最中、泣く人まで出るという想像を超えた反響にびっくり! 変身願望からか、占い師になりたい人も多いことがわかりました。オンラインだとお互いに恥ずかしさが減ってやりやすかったかもしれません。でもやっぱり、一度リアルでやってみたいです。
参加とびラーの感想(一部)
「占ってもらいながらカードをよく見る。占い師さんもカードをよく見る。VTSをとても身近に感じられました!」
以上が当日に実施されたプログラムです。どのプログラムも大盛況でした!
【VTSフォーラムで得たもの】
昨年東京に緊急事態宣言が発出されていたのは、4月5日から5月24日です。ちょうど同じタイミングで『VTSフォーラム・リターンズ☆』が走っていました。
直接会えなくても「アートを介して人と人をつなぐ」ために何ができるのか。アートコミュニケータの存在意義をそれぞれに模索していたのが、このラボだったと思います。
外出がままならず、スーパーからマスクやトイレットペーパーが消え、なぜかパスタも品切れになってしまうという日々の中、毎回のミーティングに満ちていたのは、「仕方なくzoomで」ではなく、「zoomという新しいツールでアートの新しい楽しみ方を作ろう!」という、前向きなエネルギーでした。
個人的な経験を書かせていただくと、私自身はITスキルがほとんどなく、6期とびラーから受け継いでこのVTSフォーラムのラボを立ち上げてはみたものの「どうしよう……」という状態でした。しかし、たくさんのとびラーたちの力が結集し、あっという間にラボが育っていきました。
当日の全プログラムの延べ参加人数は320人超! 立ち上げ当時には想像もできなかったし、リアルでは実現しなかった数字です。
今まで「立ち上げた人が最後まで頑張らないとラボは成立しない」と思っていたのですが、「できることをできる人がやりながら、みんなで1つのラボを完成させていく」ことを実感しました。
オンラインでしか繋がれなかった9期とびラーたちは、慣れないとびラー活動に大変だったと思います。でもすぐに頼もしい存在へと変わり、フレッシュな視点で一緒にプログラムを考えてくれました。9期さんからは「先輩とびラーと話せてよかった!」との感想も届き、名実ともに6期から9期までのとびラーが作り上げたラボになったと思います。
またすべての過程においてスタッフさんにご尽力いただきました。心から御礼申し上げます。ありがとうございました!
閉会式の様子です。6、7、8、9期のとびラーとスタッフさんたちが、こんなにたくさん集まりました!
執筆:有留もと子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
美術展に行くとついグッズを買い、カフェでお茶をしてしまう……。美術館の魔力に抗えないとびラー8期。東京都美術館で、ハマスホイかバスキアかロートレックのTシャツを着ている人がいたら、それはきっと私です。
2020.05.30
実施報告「ハマスホイ・ラボ」
2020年1月開催「ハマスホイとデンマーク絵画展」を目指して、2019年1月から動き出したとびラボ。1年間を通してハマスホイの作品と向き合った過程を報告します。
とびラボの多くは、展覧会会期が始まる前の「とびラー向け事前勉強会」もしくは会期開始直後の「スタッフ鑑賞研修会」で展覧会の情報に触れてからプログラム実施に向けてミーティングを始めるのが通例となっています。限られた時間で生み出すからこそ良いこともある反面、展覧会で触れない部分がおざなりになりがちな点や、準備期間が短く、展覧会閉幕直前のプログラム開催になってしまうという課題がありました。
この「ハマスホイ・ラボ」では、「ハマスホイとデンマーク絵画展」についての情報が入る前から、自分たちの手で展覧会のキーとなる作家であるハマスホイについて知っていくプロセスを踏むと、どういう結果になるのか、実験的にとびラボを開始しました。
<ハマスホイ深めるラボ>
2019年1月27日の『ハマスホイ深めるラボ』キックオフミーティングの様子
まずはハマスホイを深く知りたいという想いで、『ハマスホイ深めるラボ』が生まれました。
そのミーティングの中でとびラーの1人が発した「展覧会図録って、案外全ての文章は読めないよね?」という何気ない一言をきっかけに始まったのが『ハマスホイ深めるラボ/よむ編』です。2008年に国立西洋美術館で行われた「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展の展覧会図録をラボのメンバーと輪読して、それぞれの感想や文章の中の理解が難しいポイントをシェアするというラボを5回行いました(2019年3月〜5月。延べ人数45名)
次に「ハマスホイの絵をじっくりみてみたい!」という気持ちから始まったのが『ハマスホイ深めるラボ/みる編』です。気付いたことを客観的に整えて文章にする「ディスクリプション」と、複数人で対話しながら作品を鑑賞する「VTS」(Visual Thinking Strategies)という2つの手法を取り入れて鑑賞を言語化しながら、ハマスホイの作品をじっくり見るというラボを5回行いました(2019年3月〜5月。延べ人数37名)
「ハマスホイ深めるラボ/よむ編」の様子。
展覧会図録を読んだ感想や気づきを付箋に書いて共有。大学のゼミのような雰囲気です。思い思いの解釈を話し合うことでお互いのモヤモヤを解決したり、共感したり。とびラーの活動らしく様々な立場から様々な解釈が生まれ、図録の内容をより面白く学ぶ事ができました。
「ハマスホイ深めるラボ/みる編」の様子。
自分が作品に抱いた感想を「なぜ?」「どこから?」と自問しながら文章化していきます。そのあと、他の人と感想をシェアすることで、より作品の見方が深まりました。
各活動の最後には、学んだことを「壁新聞」という形にアウトプットし、とびラーの活動の拠点であるアートスタディルームの壁に貼って、ラボに参加していないとびラーにも共有しました。壁新聞は0~9号まで発行しました。
「ハマスホイ深めるラボ/よむ編」「ハマスホイ深めるラボ/みる編」でハマスホイという作家を自分たちなりの見方や考え使って深く知ったところで、『ハマスホイ深めるラボ』を解散しました。
<ハマスホイ広めるラボ>
そして今度は、「ハマスホイを世に広めたい」という気持ちで『ハマスホイ広めるラボ』を開始。このラボでは、ハマスホイの絵画の中に描かれる世界の音について想像したり、室内画の部屋のインテリアを考えてコラージュを作成したり、牛乳パックを用いて彼の部屋を体感できる空間を制作してみたり、実際に手を動かすクリエイティブな活動が中心となりました。(2019年6月〜2020年3月。)
インテリアコラージュの様子。
ハマスホイの部屋を立体的に再現することを目指した活動では、牛乳パックを300本以上集めて、ハマスホイの室内画の壁面の実物大模型制作することにチャレンジしました。牛乳パックを使うというアイデアは、実は私の経験をヒントにしています。中学高校の部活動で牛乳パックを使い舞台の大道具を作っていた友人に協力して、そこに所属していない私も牛乳パックを集めていました。その時、1Lの紙パックは規定サイズであることや、切り開いていない牛乳パックはかなりの強度があること、多くの方が簡単に集めやすく、気軽に協力しやすい点などを知りました。この呼びかけは「そこにいる人すべて式」のとびらプロジェクトの気質とも想像以上にマッチし、任期満了した方にもご協力を依頼し、そうした皆さんも巻き込んで、大きなムーブメントとなりました。
壁・窓・ドアが描かれているこの作品を再現。人物の大きさなどから、実際のサイズを割り出し、必要な牛乳パックの数を計算している図。
窓がかなり大きく、光の影が不自然なことなど、サイズを測りながら作品と現実の違いを発見するのも楽しみでした。作りながら「え?本当?」なんて言いながら作品と見比べたり話し合ったり少しずつ立体にしていきました。
「これ、どこの部分だっけ?」とたまに混乱しつつも、一つずつ丁寧に牛乳パックを貼り合わせていきます。
少しずつ完成。人と比べると窓の大きさが目立ちます。
ドア部分もダンボールで再現。「リアルサイズで作るなら開閉したいよね!」と開閉式に。
色は、作品の画像をみながら絵具を混ぜ合わせ、自分たちで作っていきます
完成!作品をよく見てみると実は単なるグレーではなかったことに気付き、忠実に色を再現。作ってみたからこその発見でした。
最後は、カーテンをつけて、ハマスホイの窓越しに再現写真の撮影を実施。
一年以上の活動の集大成となったハマスホイの牛乳パックルームでは、壁の色は単なるグレーではないことや、カーテンの影が一部消えていることなど、実際に作ってみたからこその気付きも多く、ハマスホイ自身とその作品をより深く知ることができたように思います。今回のラボでは、普段は教えてもらう側になりがちな私たち市民が受け身でなく自発的に芸術と向かう挑戦となりました。
中尾友莉恵(アート・コミュニケータ「とびラー」)
この春開扉。何かを作ること、美術史、ミュージアムが大好き。とびらプロジェクトの3年間で人や知らない世界に出会うことも好きになりました。もっと多くのミュージアムに行きたい。
2020.05.17
2020年5月17日(日)。今年度初めての「あいうえの」プログラム「ムービー部オンライン上映会」が開催されました。
「ムービー部」とは、小学4年生から中学3年生の18名の参加者が上野公園やミュージアムの魅力を、約1分間のショートムービーにして配信する”ミュージアム・チューバー”となるプログラムです。2019年度に全5回の予定で進められましたが、8月から12月にかけて4回実施されたものの、3月に予定されていた最終回(5回目)の上映会だけが、コロナ禍の影響で見送られていました。
そこで、今回改めて「ムービー部オンライン上映会」と題し、Zoom(ウェブ会議システム)を導入することで悲願の実施となりました。「あいうえの」にとっても新しいチャレンジとなったプログラムの様子をご紹介します。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2020.05.09
第3回基礎講座 「きく力」を身につける
日時 | 2020年5月9日(土)10:30~14:30
場所 | zoom(オンライン)
講師 | 西村佳哲(とびらプロジェクトアドバイザー/リビングワールド代表)、稲庭彩和子(東京都美術館 学芸員)
第3回基礎講座は、アート・コミュニケータの活動の核となる「きく力」について考えました。講座は、前半はレクチャー、後半は参加型のワークを軸として進行されました。
2020.04.11
4月11日(土)、とびらプロジェクトの新年度が始まりました。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、とびラボなどの活動を対面で行うことはできませんが、Zoomなどのオンラインツールを駆使して活動しています。
全6回で構成されている基礎講座の第1回目は、7〜9期全員が集合するオリエンテーションとして、スタッフ紹介や活動についてのガイダンスを行いました。
2020.02.22
6月より8回にわたって行ってきた建築実践講座も今回が最終回です。
講座はもちろん、建築ツアーをはじめ様々な実践的なプログラムを通して学びあった8ヶ月。
今日は講座全体のふりかえりを行います。
まずはこれまでどのような講座が行われてきたかを思い出していきます。
初回は東京都美術館(以下、都美)の建築と歴史を知ることからはじまりました。
続く2回目は少し視野を広げ、活動のフィールド・上野地域を見ていく回。文化発信拠点としての現在の上野がどのような変遷の上に成り立っているのか、その歴史を紐解きます。3、4回目はここまでに学んだことを活かしながら、自分たちでミニツアーや建築空間を活用するプログラムを考えるワークショップです。
建築を味わうことや見ることの楽しさを習得しながら、自分たちの活動拠点について知り、プログラムづくりにつなげていくための前半でした。
そして第5回目は、オープンレクチャーとして開催。テーマは「モノのための美術館?人のための美術館? ―コミュニケーションと建築のいい関係」とし、改めて美術館の社会的な役割にも立ち戻りながら、その空間がどうあれば人々にとって心地の良い場所になるのか、コミュニケーションのある場所となれるのか、を考えました。
空間を生かす
6回目の外部の建物見学を経て、7回目は、実践につなげるためのさらなる一歩として、人々の能動性を高めるコミュニケーションはどのように作ることができるのかををテーマに、多様な実践を展開するゲスト講師をお招きしました。
1〜7回目まで通し、自身が建築空間に親しむことからはじまり徐々に実践への移していく流れが意図されていました。
講座の目標である「建築空間を通して生まれるコミュニケーションの場づくりについて考え、プランを実践する。」に対して、どのくらい意識的に取り組むことができたのか、今度はとびラーそれぞれの8ヶ月をふりかえってみる時間です。
「”建築空間を通して生まれるコミュニケーション”について考えたことで、どんな気づきがありましたか?」
まずはワークシートに記入し、その後3人のグループで共有します。
グループごとにどんな意見が出のか、全体でも共有します。
・建築空間のその存在自体が働きかけるものがあり、無意識にそれを受け取っていることに気づいた。
・こうすれば心地よくこの空間を使えるのではないかと考えられるようになった。
・知識に頼らず建築を楽しむことについて考えた。
など、様々なことが話されたようです。
講座に続き、次は実践を場をふりかえります。
今回紹介したのは、
「建築ツアー」、「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」、そしてMuseum Start あいうえの(以下、あいうえの)で行われた「こども建築ツアー」「けんちく部」「美術館でポーズ!」のプログラム。それぞれ活動がどのようなものだったのかを写真とともにふりかえりつつ、実際に参加したとびラーにも、感想を話してもらいました。
様々なアプローチで建築空間を経験するプログラム。ツアーでは情報の一方通行ではないコミュニケーションをどのように試みたか、そしてあいうえののプログラムでは子供たちが主体的に建築に親しむための伴走役としてどのようなことを考えていたか、それぞれの経験から得た気づきをシェアしてくれました。
建築を活用するプログラムは様々な形がありますが、とびらプロジェクトでは、その歴史や情報を伝えることよりも、参加者が能動的に空間を見たり親しんでもらうためのコミュニケーションを大切にしています。実際に参加したとびラーの声からは、建築を介する中にも、参加したその人のことをいかに考えてふるまうか、がよく伝わってきます。
いよいよ講座も終わりの時間です。最後は”これから”を考えます。
テーマは、「6月からの講座での学び合いを経て、これから先に取り組んでみたいこと」。
建築実践講座を選択するとびラーの中には、講座に参加して初めて美術館の建物に注目した、という方も少なくありません。
まずは自分が建築空間を味わってみることを経て、建築空間を展示室の中にある作品と同じようにひとつの資源として捉えていく。作品の前で豊かな対話ができるように、建築空間にもその力があり、そこに集まる私たちが使い方を考えていくことができる。建築空間を捉えていくことには、私たちの豊かな体験の可能性を広げることに繋がるのではないでしょうか。
これからのとびラーの活動、そして任期満了するメンバーのその後の活動に期待します。
本年度の建築実践講座はこれにて終了です。
8ヶ月間、ありがとうございました!
(東京藝術大学美術学部特任助手 大谷郁)
2020.02.15
【速報!】
2/11に開催した、フォーラムの第一部ノーカット映像、第二部ダイジェスト映像を公開!
とびらプロジェクトフォーラム
「2030年の未来へ 美術館とSDGs
~アート・コミュニケータがひらく持続可能な社会」
期日:2020年2月11日(火・祝)
第一部
会場:東京都美術館 講堂
時間:13:00〜15:30
○「とびらプロジェクトとは」映像(23分)
・大谷郁(東京藝術大学特任助手)
トークセッション
「未来を変えるSDGs 世界をひらくアート・コミュニケータ」
・三ツ木紀英(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA)代表理事)
・西村佳哲
・稲庭彩和子
・平野文千/上神田健太/木村仁美(アート・コミュニケータ)
パネルディスカッション
「2030年の未来へ 美術館とSDGs
~アート・コミュニケータがひらく持続可能な社会」
・日比野克彦(東京藝術大学美術学部長/岐阜県美術館 館長/とびらプロジェクト代表教員)
・西村佳哲(プランニング・ディレクター/リビングワールド代表/とびらプロジェクト・アドバイザー)
・森 司(アーツカウンシル東京/事業推進室 事業調整課長/とびらプロジェクト・アドバイザー)
・稲庭彩和子(東京都美術館学芸員/アート・コミュニケーション係長/とびらプロジェクト・マネジャー)
・伊藤達矢(東京藝術大学特任准教授/とびらプロジェクト・マネジャー)
第二部
○オープンスペース・カフェ映像(3分)
会場:東京都美術館 アートスタディルーム
時間:15:45〜17:00
(映像:らくだスタジオ)
2020.02.02
アクセス実践講座・第8回
「1年間をふりかえる座談会」
日時|2020年2月2日(日)13:30~16:00
場所|東京都美術館アートスタディルーム
2020年2月2日(日)は、東京藝術大学第68回卒業・修了作品展の最終日でした。都美公募棟展示室とギャラリーには、力のある若い作家たちの作品を目撃しようとたくさんの来場者が詰めかけています。今日は、7月から12月まで半年間にわたって行ってきたアクセス実践講座の最終回です。
午前中にとびラボミーティングを行っていたとびラーや、ミュージアム・トリップで養護施設のこどもたちと活動していたとびラー、そこに午後の講座から参加するとびラーが合流し、会場はさながらオールスタープレイヤーの準備室の雰囲気です。
ざっと1年間でどんなことが起こったか、振り返ることから始めていきました。
どんな講座が行われたかスライドで確認します。
1〜3回と7回目の講座では、現在の社会が直面する課題に対し、それぞれの方法、切り口で活動を推進している団体の方に講義を行っていただきました。人々がWell-being(健康で幸せなあり方)ではない状態を作りだしている「社会が抱える課題」とは何か。そのことへの理解の解像度を上げるとともに、それぞれの団体が行う活動の実際について知ることで、活動を社会の中に実装させていくイメージを具体的にしていきます。
後半4〜6回の講座では、プログラムメイキングについて体験型の講義が行われました。社会が抱える課題に阻まれて文化に接続できない状態、美術館に来ることが出来ない状況にある人々に美術館へのアクセスの回路となる「プログラム」はどのように作るのでしょうか。どんな人たちが、どんな状況の中で美術館に来館するのか、その人たちが美術館でどのように文化に接続し、孤立しない状態になってもらうのか、プログラムを創ることは、「ここからは見えないもの」への想像力を駆使し、「人々が文化に接続する体験」という実を作り出すことです。アクセス講座の後半では、そのためのプログラムメイキングの基本となる考え方をとびラーと共有しました。
講座は講義と実践のサンドイッチ構造になっています。
実践の場で、とびラーはプレイヤーとして来館者とアートの出会いに伴走することができます。
実践の場でどんなことがどんな気づきがあったのか、3人のとびラーの「語り」を聞きながら紐解いていきました。実践の場として設定されている「障害のある方のための特別鑑賞会」とMuseum Start あいうえの のダイバーシティ・プログラムに参加しているとびラーの中から、3人に公開インタビュー形式で話を聞きました。
【障害のある方のための特別鑑賞会】
東京都美術館特別展ごとに一回開催される鑑賞会。特別展休室日を利用して行われる。障害のある方とその介助者が招待される。毎回1000名程度の来館者をアートコミュニケータが迎える。
【ダイバーシティ・プログラム(Museum Start あいうえの)】
家庭等の状況によりミュージアムを利用しにくいこどもたちと、その保護者をミュージアムに招待するMuseum Start あいうえのプログラム。とびラーがこどもたちの活動に伴走する。
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7期とびラー:西原香さん
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6期とびラー:大谷聡子さん
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8期とびラー:森奈生美さん
3人のとびラーからは、普段美術館へのアクセスが難しい方々が美術館でどの様に過ごしたのか、とびラーとどんなコミュニケーションがあったのか、1つ1つの思い出として語られました。
講座や実践の場を経て生まれた一人一人の出来事や変化はごく個人的なものかもしれません。けれど8期目を迎えたとびらプロジェクトに参加したとびラー全員の変化や活動が集積すると、1つの文化が生まれてくるように思いました。そして美術館・文化施設を舞台にすべての人の権利として文化的体験を位置付けようと試行錯誤をしているとびらプロジェクトの活動は、実は同時代的に全世界で起こっている流れの中にあります。
2019年9月のICOM世界大会(世界中の博物館関係者が集まって行われた1週間の会議)で、新しい「博物館の定義」について議論がなされました。(採択は延期されています)
この新しい「博物館の定義」の案を参加したとびラー全員で読み、議論する時間を持ちました。
以下に新定義案の原文と稲庭彩和子さん(東京都美術館学芸員)の日本語訳を掲載します。
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原文
Museums are democratising, inclusive and polyphonic spaces for critical dialogue about the pasts and the futures. Acknowledging and addressing the conflicts and challenges of the present, they hold artefacts and specimens in trust for society, safeguard diverse memories for future generations and guarantee equal rights and equal access to heritage for all people.
Museums are not for profit. They are participatory and transparent, and work in active partnership with and for diverse communities to collect, preserve, research, interpret, exhibit, and enhance understandings of the world, aiming to contribute to human dignity and social justice, global equality and planetary wellbeing.
稲庭彩和子訳(意訳)
博物館は、社会的な排除をせず多様な人々を迎え入れ、さまざまな声に耳を傾ける、民主化をうながす空間である。そこは過去・現在・未来について、物事の前提や内容、判断が本当に正しいか、なぜそうなのかを多角的に検討し思考する対話のための場所である。博物館は、現在の利害関係の対立や課題を認め、それらに対処しつつ、社会から信託された遺物や標本を保管し、未来の世代のために多様な記憶を守る。また、そうしたものに対する平等な権利とアクセスをすべての人々に保証する。
博物館は、営利を目的としない。博物館は、参加性・透明性が高く開かれたもので、多様なコミュニティと積極的に連携・協力し、収集し、保管し、研究し、解説し、展示し、世界についての理解を高める。そうした活動は、人々の尊厳や社会的正義、全世界の平等と、地球全体の幸せな状態(ウェルビーイング)に貢献することを目指している。
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とびらプロジェクトが目指して、アート・コミュニケータが活動を行ってきたことが、まさに新しい定義の案として盛り込まれている内容に会場のとびラーたちの議論にも熱が入りました。
講座の中で、活動団体のお話を通して見えてきたのは、活動と社会が相互に関係し課題が取り払われていく様子でした。社会が抱える課題に対してまず市民の活動が起こります。その活動が法整備を促し、法の整備が行われることがさらに活動を後押しするという形で大きな流れとなり社会は変わっていきます。
一人一人のとびラーが講座や活動を通して芽吹かせた芽が、草原となり、森となってこの世界の景色を変えていく。そんな未来が見えるような講座最終回でした。
「講座という体をとった社会を変えるミーティング」。これは、講座の初回で伊藤達矢さんが言った言葉です。
今年度のミーティングは、これをもって一旦解散です。
(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)
2020.02.01
2020年1月28日から2月2日に開催された第68回東京藝術大学卒業・修了作品展にて、2月1日(土)「なりきりアーティスト」が実施されました。卒修展では定番になっているというとびラボ「なりきりアーティスト」ですが、「なりきりアーティスト」って何だろう?どんな風に? とびラー1年目で疑問をたくさん抱えた私も興味津々で参加しました。
「なりきりアーティスト」とは、藝大生が制作した作品を参加者自らが作ったと仮定し、作家になりきり制作の動機や作品のコンセプトなどを語るワークショップです。参加者がアーティストになりきって作品を語ることで、参加者はより深くその作品を鑑賞できます。また、鑑賞を通して参加者と藝大生、そしてとびラーとの交流が生まれる楽しいプログラムにもなっています。藝大生にとっても、自分の作品への印象や感想を参加者から直接聞くことができる貴重な機会となります。
当日は9名の参加があり3グループに分かれて1作品ずつ鑑賞しました。この日協力くださった作家の方は、デザイン・学部4年生の武藤琴音さん、彫刻・修士2年生の瀬戸優さん、日本画・修士2年生の大山菜々子さんです。作品名は、武藤さん《α》、瀬戸さん《水月 -シロサイ-》、大山さん《百物語》です。
風が少し強い日でしたが真っ青な空から太陽光が燦燦と差し込む大学美術館1階で参加者を出迎えました。次々と到着する参加者らとの歓談が始まります。私が担当したAグループには、甥御さんが藝大生という男性と、とびラーの活動に興味があるという男性が参加。プログラムの趣旨が説明され、武藤琴音さんの作品が展示されている総合工房棟へ参加者と共に向かいました。
部屋に入ってしばらく作品をゆっくりみる時間がありました。この時、参加者は初めて作品と出会います。参加者には、”ヒントシート”なるものが配られ「どうしてこの作品を作ったの?」「みんなに見てほしいポイントは?」「もしあなたがタイトルをつけるとしたら?」という3つの質問をとっかかりにして、作品をじっくり鑑賞しながらトークの内容を考えていました。
武藤さんの作品は、部屋の壁や床に設置された円と楕円、そして直線のレールの上を3つの丸い形の発光体が動いたり止まったりする展示です。光が動いていくことで、壁や棚、カーテンに当たる光の角度が変化し、レースや水を通して光が揺らぎます。水を入れたガラスの容器がきらきらと輝いたり、植物の影が移ろったりする様子は見ていて飽きません。部屋全体の空気感も刻々と変わる作品、素敵な空間が広がっていました。
さあ、いよいよ「なりきりアーティスト」の登場!作家になりきるためのグッズとして、ベレー帽に眼鏡、マイク、そして「本日のアーティスト」と大きく書かれたたすきなど、なりきるための小物が用意されていました。これを着けてもらうようにトップバッターにお願すると快く受けてくださいました。
参加者は堂々と作家になりかわって作品を説明してくださいました。丸い形の光から星を連想した方、初日の出を拝んだ経験を語り、日の出、日の入りを連想した参加者、丸い球体の光源がかすかなモーター音を響かせて動く様子から電気掃除機のルンバから着想を得たと語った「なりきりアーティスト」。「光と陰」、「太陽」、「軌道」、「風」、「ゆらぎ」、「星」そんなワードが聞かれました。
「なりきりアーティスト」のトーク中に鑑賞に訪れた方々も、熱心にトークに耳を傾け全員のお話が終わるまで残ってくださった方もいました。空間を巻き込んで刻々と変わる部屋の様子をどの参加者も楽しんでいることが伺えました。
「なりきりアーティスト」全員のトークが終わった後、本物の作家さん武藤さんの登場です。打ち合わせではそんなに話せないかもとおっしゃっていましたが、「なりきりアーティスト」のトークに感激されて嬉しそうに話してくださいました。第一声が「私の作品に込めた想いは届いていた」という喜びだったのです。
「かつて窓のない部屋で一日の大半を過ごした経験から、蛍光灯の下で過ごしていると時間の変化が感じられなかった。光にとても関心があり、光が空間に対してもつ影響力について考えてきた。太陽は登ったり傾いたり沈んだりして空気感が変わっていく。部屋のライトでも変化を作れないかと試してみた。太陽が動いていく様子、沈んだ時、光の移ろいや雲のかげりなど、移り変わる光と空間を作りたかった。電気のなかった時代に比べて、現代は季節の変わり目さへも気づきにくくなっているのではないか。」などお話くださいました。
本物の作家さんを囲んで、制作費についてや、製品プロダクトにするつもりはあるのか、誰にこの作品を届けたいかという質問も飛び出していました。応答からは、制作に何か月もの時間をかけモータやプログラミングにも試行錯誤を重ねたことが分かりました。また、好きな光を使ったデザインでそこにいる人々が心地よく過ごせる空間を作ろうとしたこと、その空間で過ごす人々の心の豊かさや幸せを願いながら作成にあたったことなどが語られ、作家さんのあたたかい想いが伝わってきました。
プログラム終了後、「なりきりアーティスト」に参加した皆さんに感想をカードに書いていただき、武藤さんに手渡しました。「光の空間で癒されました」「移ろいゆく変化が素敵です」「作品への思いの裏にしっかりした考えがあり感心しました」「照明の新しい形に感動しました」「照明プロダクトとしても完成度が高いと思います」などの感想が寄せられていました。
Aグループの現場にしか立ち会えませんでしたが、Bグループ、Cグループでも楽しいトークが繰り広げられたようです。展示中の忙しい中、協力していただいた作家のみなさん、プログラムに参加していただいた「なりきりアーティスト」の皆さん、ありがとうございました。
武藤さんご自身「プログラム参加して、本当に良かった。こうした意見をじっくり聴けることは、私自身にとって非常に良いことでした」とコメントされていました。他人が作った作品を自分はどう見たのかを語るプログラム「なりきりアーティスト」は、「作家」と「鑑賞者」そして「作品」の距離をぐんと近づけるワークショップ。様々なコミュニケーションが生まれ、様々な気づきが生まれた豊かな時間でした。
今回の「なりきりアーティスト」の企画をしたとびラーの中には、このプログラムへの参加がきっかけでとびラーになった人もいました。今回の参加者の中からも未来のとびラーが生まれるかもしれませんね!
執筆:卯野右子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
初めて参加した「藝大卒展さんぽ」と「なりきりアーティスト」。私自身が一番楽しんでいたかもしれません。来年度はどんな作品や作家さんに出会えるでしょうか。今からわくわくしています。
2020.02.01
東京藝術大学卒業・修了作品展が、2020年1月28日(火)から2月2日(日)に開催されました。とびラーは、藝大生の集大成となる作品が展示されているこの場で、今年も「卒展さんぽ」を実施し、来場者とともに作品を見てまわり、作家さんとの会話を楽しみました。本ブログでは、その概要とともに、参加者のみなさんとどのようにこの場を楽しんだか、作家さんとどのような交流が生まれたかを、ご紹介します。
「卒展さんぽ」は、1月29日(水)と2月1日(土)の2回、いずれも午後2時から1時間実施しました。それぞれ、4〜5つのグループに分かれてさんぽに出かけます。
ここからは、「卒展さんぽ」でどんな出会いがあったのか、全部を紹介できないのが残念ですが、グループ毎に見ていきます。
●1月29日のさんぽ
受付後、グループにわかれて会場に向かいます。
グループAは、都美の会場で、デザイン科の大島利佳さんの作品から鑑賞します。
大島さんの作品はデザイン科の展示会場を入ってすぐのところにあります。入った途端に、参加者の皆さんは見入ってしまい、沈黙からスタート。大島さんに話を伺うと、これは幸福を願う絵で、全ての意匠に精密に福の要素が描かれているとのこと。それを聞いて、皆さんから春のような笑顔がこぼれます。参加者の感想には「幸せいっぱいの絵、こっちも幸せになりました。福々すてきです」「パッと目に入った瞬間に“福々しいな”と感じ、細部を見れば見るほどその福々しさが溢れ出てきます。画面からは音や風を感じることができ、五感が刺激されました」とありました。
こちらは藝大会場のグループB。彫刻棟の3階に上り、石下雅斗さんの作品が展示されている部屋に入ります。
展示室の中には、石下さんの、人体にケモノのような頭を乗せた像、髑髏が万力で挟まれている作品、開いた引き出しの上に載っている小さな像など、目を引く作品が沢山あリ、参加者は部屋の中を歩き回りながら、興味深そうに作品を鑑賞します。
石下さんに創作過程をたずねると、「夢の中のイメージから作品ができる」とのこと。参加者からは「私もそんな夢を見て、そのイメージを覚えていたい」「粘土の中から生まれてきたものなのか、粘土の中に戻っていく意識なのか、不思議な感じがしました」との感想を残していただきました。
グループCは、都美のギャラリーを降りていき、小野海さんの彫刻作品をみます。
有機的な形をカラフルな色の糸で覆った作品です。小野さんからの「色々な視点、立ち位置から見て欲しい作品」との言葉もあり、とびラーも参加者にいろいろな場所から見てみましょうと促します。参加者は作品の周りをグルグル廻って、それぞれのベストポジションを探します。
参加者のコメントも多様で、「子供や人間の顔のようにみえる部分がある」「放射線や光の強さなど、自然のエネルギーを感じる」「表面が毛糸で温かみがある」などなど。
ここでも参加者の皆さんに様々な発見をしていただきました。
グループDは、藝大美術館地下の展示室にある、美術教育の安島茜さんの作品へ。
ここでは、とびラーから、「この安島さんの5枚の作品を見てください。この中で1枚だけプレゼントします!と言われたら、どの絵が欲しいですか?」と問いかけ、参加者と対話を進めました。《なつみかんの木》という作品では、「生命感があり、元気をもらえる」「白と黒が効いていて、光を感じる。奥行きや勢いがある」と話が弾みます。《母親を呼ぶように》では、「とにかく、明るくてパッと迫って来る感じがいい」「花の周りの空間がいい。透明感があり、爽やか。いろいろ、試しながら描いているのかな」
安島さんからは、《母親を呼ぶように》というタイトルには「なんでも受け入れてもらえる母親のような存在を求めるこころ」があると、説明をしていただくこともできました。
ここには、作家と参加者の間が近く感じられるような空間がありました。
●2月1日のさんぽ
2月1日は土曜日だということもあって、受付開始時には既に大勢の方に集まっていただきました。早速、それぞれのグループは会場へ向かいます。
Aグループは都美に展示されている、漆芸の時田早苗さんの作品へ向かいます。
時田さんの作品は漆を塗った白熊です。参加者も大きな漆芸作品にびっくり。
参加者の感想は、「高級でも遊具というギャップが楽しい。大人はまたぐのにためらいそうですが、子供なら喜んで遊びそう」「とても、かわいい作品に出会えた」「漆とは思わなかった」「実際に幼児を乗せてみたい」
本当にこんな白熊で遊べたら、楽しそうです。
Bグループは、藝大の総合工房棟の前にある、先端芸術表現科の東弘一郎さんの作品へ。
東さんに、どうしてこのような作品を作るに至ったのですかと伺います。東さんは取手キャンパスに通っていらしたそうですが、取手の街に自転車が少ないことに気づき、住人たちの家にある乗らなくなった沢山の自転車を使って何か出来ないかと考えたそうです。そしてその結果が、自転車を何台も繋げて、自転車そのものを回転するこんな大掛かりな装置になったそうです。卒展会期中は友人に頼んでずっと漕いで自転車を回し続けているとのこと。
参加者からは、「まるで工芸か彫刻家の仕事のよう、これこそ先端芸術の真骨頂」「回転とは転生みたいなこと?ディテールまでこだわりを感じる」「街に自転車が走っていないことに気づき、フィールド調査をし、作品ができるまでのプロセスが意外でした」「単にインパクトがあるだけでなく、考えて作られた作品だなと奥深さを感じました」とコメントをいただきました。
Cグループは、都美の油画展示室の奥山帆夏さんの作品に向かいました。
参加者の方は、最初に作品の美しい色彩に魅せられ、そこに描かれているものに想いを馳せます。その後、参加者どうしで話し合い、最後に作家の奥山さんの話をお聞きして納得。
皆さんの感想は、「絵画の色が心に与える力を意識しました」「最後まで考え直すこだわりの強さに驚きました」「自然の大きさを表現しようとしたのだと伺い、納得しました」
Dグループは、藝大陳列館の文化財保護の朱若麟さんの所に向かいます。
陳列館を入って、右側の部屋の奥に、実物大の聖林寺十一面観音立像の模刻と、その木心の模型があります。早速これを制作した、中国から留学されている、文化財保存学の朱若麟さんに話を伺います。
朱さんは、この元の仏像は、天平時代に作られたもので、木心の上に木屎漆で成形し仕上げた像だというところから初めて、普段は聞けない珍しい話をたくさんしていただきました。朱さんが、木心の模型を分解して見せると、参加者からあーっという声が漏れます。参加者の方は、藝大にはこんなことを研究している人もいるということに感心しきりです。
「これが新作とは思えない。模刻でも時間や歴史を感じる」「仏像の中の構造まで視覚化できて、仏像を見る楽しさが増えた」「正面から見るのと下から見るのでは仏像の顔が違って見えるなど、仏像の見方を教わった気がします」「仏像がどう作られているか初めて知りました」と参加者から感想を残していただきました。
Eグループは、藝大絵画棟の一階の建物の外から中に入ったところにある秋良美有さんの展示を見に行きます。
絵画棟の建物の外には《2020ZOO》というタイトルと「JAPANESE WORKERS」というサブタイトルが表示されており、そこからブースに入ると、作品は展示スペースに曖昧な微笑みを浮かべて座っている人が3人。これが作品です。参加者は、見ているのか、見られているのか戸惑います。
案内役のとびラーは、参加者に、3分作品を見ていただき、どのように感じたのか、何が気になったかをお聞きします。参加者からは、「名前の由来」「作品を作ったきっかけ」「作家の想い」などなど気になった点があがります。そうするうちに、私たちが鑑賞者と思いきや、作品の裏側の通路から、私たちは見られているという構造に気づき、さらに戸惑いを感じます。
作家の秋良さんより、「怖い、悲しい、怒ったなど、何でも良いので自分の感情を持ち帰ってほしい。正解はありません」という話しがあり、参加者はこの状況に戸惑いながらも、JAPANESE WORKERSや、見ること見られることに関して様々に思いを抱きながら、次の会場に向かいました。
●「卒展さんぽ」を終えて
1月29日、2月1日、両日とも、プログラムの終了後に、参加者の方に作家さんへの感想カードを書いていただき、そのカードは作家さんにお渡ししました。
今年の「卒展さんぽ」に参加された方は、ふらっと立ち寄った方、美術館には良く来るが卒展は初めてという方、卒展を毎年楽しみにしている方、現役藝大生の親御さんや親戚の方、美大・藝大を進路に考えている高校生と多様でしたが、皆さんに楽しんでいただけたのではないかと思います。卒展期間中は雨や風もあり、展示が大丈夫か心配もしましたが、「卒展さんぽ」を実施した2日間は天気にも恵まれました。
最後になりましたが、このプログラムを充実したものにするために、ご協力をいただいた作家の皆さんに、感謝いたします。
執筆|鈴木重保(アート・コミュニケータ「とびラー」)
「卒展さんぽ」は、藝大生の学生生活の集大成を、来場者の皆さんと共に楽しめる、素晴らしいプログラムです。気づけば、3年連続で「卒展さんぽ」に関わってしまいました。