東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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第3回基礎講座<アクセス・建築>

5月9日、第3回目の基礎講座が行なわれました。とびらプロジェクトでは「鑑賞実践講座」「アクセス実践講座」「建築実践講座」の3つのコースが設けられており、6回の基礎講座が終了するといずれか1つ以上を選択し、年間を通して受講します。今回の講座では「アクセス」と「建築」について、プロジェクトとしてこのテーマに向き合うこと、とびラーが活動していく意義やポイントを確認しました。
まず午前中は「アクセス」について学んでいきます。

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最初に稲庭さんから、国内外の美術館のアクセシビリティに関する取り組みについて紹介がありました。
紹介の前にまず、とびらプロジェクトの推薦図書としている「わかり方の探求 思索と行動の原点」(佐伯胖 著)から、冒頭の文章を取り上げます。
「わかる」とはどういうことか。
冒頭では、人が生涯を通して絶えず続けているこの「わかる」ということの本質について触れており、認知心理学をはじめ、多角的に分析されて書かれている本です。稲庭さんのお話では、この本に書かれているように、「わかる」ことは文化に参加することであり、自分の生活の質を高めていくときにとても重要な指標になるということでした。では美術館では具体的にどんなアプローチがあり得るのでしょうか。

アクセシビリティが美術館でどのように語られているか事例を通して見ていきます。
昨今の社会では、ひとりひとりが孤独になってしまったり、社会的参加が出来ない状況が生まれやすくなっていると言えます。またそれが原因となり、更なる社会不安が起こることもあります。インターネットの普及により、人々の繋がり方が変化し多様化しているなかで、新たな関わり合い方を考えなくてはいけない現代。人々の「わかりあう」ことが、社会の安定につながるのではないかという視点から、「わかりあう場」として美術館を活用することについてのお話でした。

美術館は全ての人に開かれている場ですが、美術館を活用する状況にいない人々(アクセスしにくい人々)に対して、いかに「わかりあう場」を提供していけるかが美術館の大きな課題のひとつとなっているということでした。
様々な問題を解決する時に一番重要なのは、人々の意識をつくっていくこと。高齢の方、子供たち、障害のある方など、こういった方々がより社会参加できるような意識を人々が持つ事が大切になってきます。

まずは海外の事例が3つ紹介されました。
一つめは、ニューヨーク「メトロポリタン美術館」の分館で行なわれている、認知症の方とその家族のための”MET Escapes”というプログラムです。
家族に加え、日頃のケアを担当している介護士の方も一緒に来館します。普段認知症の方を支え、1番近くにいる人も一緒に活動することが、このプログラムの大きなポイントです。
“MET Escapes”の名前には、日常から少し離れて非日常の空間に来てみませんか、という意味が込められています。

同じくニューヨークの近代美術館(MOMA)で行われているプログラム、”meet me”。作品を通して私に出会うことがテーマです。
作品を通して、家族、そして認知症の方とが対話を行い、家ではできなかった会話がここでは生まれていっているそうです。
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「作品を介することで、個々の物語が共有され、そこに共感が生まれ、患者自身、また介護者の生きる意義の探求に繋がっていきます。わかりあえる瞬間があるかどうかは、認知症の方を支える家族にとってはとても大事な経験になるのです。」

また、イギリスからは”House of memories”というプログラム。
地域の美術館・博物館を活用し、回想法という手法を使い、認知症に新たなケアの方法を確立していくものです。これまでに沢山の介護士の方がこのプログラムを受講しているそうですが、認知症の介護をしていく中で、どのようにケアをしていくか、また自分自身がどうしていけばいいかをこの場を通して考えていきます。
このプログラムでは地域ならではのコンテンツを活用し、自分が育ったまちの郷土・歴史を紹介している博物館のコレクションを持って、ケアホームなどの認知症の方々がいる場へ出かけていきます。そして、そのコレクション(モノ)を通して、患者本人と介護士が対話をします。具体的なモノが目の前にあることによってより会話が促進されるのと同時に、モノがもつ多くの情報が、記憶が引き出される、また「わかりあえる」きっかけを引き出すことができるのです。

「ミュージアムは、まず自分との関わり合いを作れる場所で、また他の人の世界とも関わることの出来る場所。その両方があることでわかりあうことが出来、その可能性を他の場よりも多くもっていると思います。もちろん、高齢者の方や障害のある方、何か身体的な理由がある方のみではなく、様々な理由からミュージアムにアクセスする環境にいない方も沢山います。自分以外の方々がどう生活をしているか、難しいことかもしれませんが、常にそのことを想像しながら社会的な課題をとらえていくこと、何より対話を諦めないことですが大切だと思います。」

国内の事例についても紹介がありました。
神奈川県立近代美術館で開催された特別支援学級の生徒たちに向けたプログラム、「音でつながる、私とアフリカ」。アフリカの現代作家の展示を舞台としたワークショップで、音楽を通して作品を鑑賞、表現していきます。
3回通した内容のこのプログラムは、まずは美術館に来館し、作品に出会い、音に触れ、2日目に学校で自分の楽器を製作。最終日には展示室の作品のある空間で一般の方に発表するという流れです。最後にはお客さんの前で発表するというとても大変なものですが、初日に展示室に入ってから、自分が奏者としてお客さんの前に立つまで、ひとつひとつのことが丁寧に組み上げられていることで実現できるものなのでしょう。

一度ここで3人組をつくり、これまでの内容をそれぞれが言葉にして共有します。

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では、とびらプロジェクトやMuseum Start あいうえのではどんなことができるのでしょうか。
次は奥村さん(東京藝術大学 特任研究員)より、過去のとびラーによる活動の紹介です。

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プロジェクトが始動してから3年間で、とびラーのアイディアから様々なプログラムが生まれました。
例えば、視覚障害の方と一緒に作品をみる鑑賞会や、都美のたてものをめぐる建築ツアー、また特別養護施設の子供たちを都美に招き、一緒に作品を鑑賞したりするものなど、中には3年の任期を満了した後でも続けられているものもあります。
東京都美術館でリニューアル前から行ってきた、特別展ごとに年4回開催される「障害のある方のための特別鑑賞会」でのサポートも大切な場のひとつです。普段はとても混み合う展示室ですが、月曜日の休室日を利用してゆっくりと展示を楽しんでいただけるように、各所様々な場面で来館者の方に寄り添います。
また、「Museum Start あいうえの」では、障害のある子とない子も一緒に活動する「のびのびゆったりワークショップ」を行ってきました。
(それぞれの詳細はブログにアップされています。)

最後に、7月より始まるアクセス実践講座についての説明がありました。
「誰もがアートや文化資源に出会える環境がどのようにつくられるかについて考え、自分の周りにいる様々な状況の人を想定しながら、実践を通して自身の働きかけ方から理解を深めていきます。」

アクセス実践講座では、いろいろな分野で活動されている方をお招きしお話を聞いたり、特別鑑賞会への参加、他施設での取り組みも吸収しながら、自身でどんなことができるのかを1年通して考えていきます。

午後は「建築」。
都美学芸員の河野さんによる、「都美の歴史について」のレクチャーから始まりました。実は都美は一番古い公立の美術館で、設立時は東京「府」美術館でした。初期の建物から2年前のリニューアルを経て今の姿になるまでのながれ、建築にまつわる様々なエピソードをお話いただきました。

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現在も二ヶ月に1度ほど開催されているとびラーによる「建築ツアー」ですが、実はこのきっかけはリニューアルに伴う2年間の休館に入る直前に行なわれた「おやすみ都美館建築講座」というイベントでした。都美を設計した建築家、前川國男の事務所の方をはじめ、建築の専門家によるレクチャーや、職員の方々総出の館内ツアーが行われたそうです。600名以上の方が参加したこのイベントが大変好評だったこともあり、リニューアル後はとびらプロジェクトの「とびラーによる建築ツアー」という新たな形で、引き継がれていくことになったそうです。
プロジェクト2年目には、お昼だけでなく夜のライトアップされた姿もぜひご案内したいという声から、夜間開館日を利用した夜の建築ツアー(トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー)もスタートしました。
ツアーの資料やアイテム、ルートなどは全てとびラーオリジナルです。3年間で様々に工夫が凝らされ、現在も続けられています。

美術館に来て、まっすぐ展示室に向かうだけでなく、その空間や道すがらに少し目を向けてみるのも美術館を楽しむ一つの醍醐味。鑑賞する空間や気持ちを作るのが、建築というハードの役割でもあります。
美術館や博物館に行くとき、建物もよく見てみるとそこに新たな発見があるかもしれません。日常の中でのちょっとした発見。建築ツアーはそのきっかけづくりの一つなのでしょう。

後半は、実際に館内を見てまわります。

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まずは公募展示室のバックヤードから。作品を運ぶための大きなエレベータに乗って移動します。50人全員が入る大きさです。
都美は建物の6割が地下に埋まっているそうで、今回見たバックヤードの大きな空間から建物全体の規模を窺い知ることができます。
ほとんど週代わりという早さで展示が入れ替わる公募棟の展示ですが、沢山の作品が出入りするこの空間は真っ白。ここで荷解きして作品を並べて審査して、そんな作業が日々行なわれているそうです。
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バックヤードを見た後は、通用口(裏口)を経由して正門へ。4棟の箱が少しずつずれて並んでいる公募棟の特徴を外から確認しながら歩きます。

正門からは、「ミニ建築ツアー」のスタートです。
赤・青・黄・緑の4つのチームに分かれます。先導するのは、2・3年目のとびラーたち。新とびラー向けに館内のみどころを紹介してもらいました。DSCN4135 2

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公募棟など、いつものツアーでも紹介しているポイントをまわっていきます。何度も足を運んでいる場所でも、教えてもらって初めて気づくことが沢山あります。

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アートスタディルームに戻り、3人組で体験してきたことを話し合います。
「まわってみて沢山の発見があったけど、今度は自分が人にどう伝えられるか、考えてみたい。」
「他のチームの方と、自分が体験してきたツアーが内容がかなり違っていた。自分の視点なども織り交ぜながら案内していたことに気づいた。」

建築実践講座は6月末にスタートします。
講座の目標は、「建築空間を通して生まれるコミュニケーションの場づくりについて考え、プランを実践する。」

そのプランのひとつがツアーであり、これまでも「館内みどころマップ」づくりなど、この講座から様々に派生した活動が生まれました。
建築を活かしながら、どういうコミュニケーションをつくっていけるか、新たに迎えた4期のとびラーとともに考えていきます。

いよいよ6月末から、鑑賞、アクセス、建築の3つの実践講座がスタートします。他にも「Museum Start あいうえの」のプログラムやとびラボなど、春から夏にかけてどんどん活動が広がっていきます。講座での学び合い、そして自分たちでつくっていく実践の場が更なる活動と学びの深まりになればと思います。

(東京藝術大学美術学部特任助手:大谷郁)

2015.05.09

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