東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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2021.01.25

心地よい冬晴れの 12月11日、東京藝術大学絵画棟へ絵画科日本画専攻の芳野春惠さんを訪ねました。

 

 

アトリエに入ってすぐに芳野さんの作品が目に飛び込んできます。大きなパネルに、青を基調とした落ち着いた色彩で描かれた一艘の船。象徴的な「船」を描くにあたって、絵に込める思いなどをお話しいただきました。

 

 

 

 

ー どのように制作されているのですか?

 

「パネルに描き始める前に下図を用意するところからはじめます。スケッチブックサイズで書いた線画の下図に色を落とし込んでいきます。実際に岩絵具で描いてみると、画面で見るよりも落ち着いた色合いになります。」

「今は二種類の下図を前に実際に描きながら、どちらの案で進めていこうか検討しているところです。2枚の下図は、トーンの明暗の違うものを用意しました。下図を参考に明度、彩度をみながら描いていきます。」

 

 

「制作は8月からスタートしました。まずは作品の取材からです。実在する公園の遊具を描こうとしたので、足を運んで写真を撮ったりスケッチしたり、作品の構想を練ったりしました。描き始めたのは9月ごろですね。」

 

ー 船と青が印象的な作品ですね

 

「描いているのは船をモチーフにしている遊具です。幼い頃によく連れて行ってもらった公園なので、その時の思い出、記憶を踏まえて制作しています。船をモチーフにした作品はいままでも描いてきました。船とか港町に馴染んできた幼少期の大切な思い出を絵にしようと、目の前の風景の実像を残すというよりは自分の記憶とイメージをもとに、あいまいで、不思議な感覚を残すように描いています。」

 

「この船の遊具そのものを忠実に描こうとはしていません。パースを付けて手前を大きく誇張して見せています。船のマストも実際にあるものとは違っています。」

 

 

 

ー 船にどんなイメージを抱いていますか

 

「幼い頃から船が好きでした。船って、港に着いて荷物を運び入れている時間は長いのですが、それが終わるとものすごい速さで去っていってしまうんです。そこに寂しさ、郷愁やストーリー性を感じています。飛行機や車にはそういうイメージを抱かないのですが、船には物悲しさ、寂しさを感じるんです。」

 

ー 青色を基調としている理由は

 

「日本画は一般的にはセピア系が多くて、そういった色も好きなのですが、私は寒色系の色を好んで使っています。実はパネル一面に下地としてオレンジや赤を塗っています。制作し始めたころは一面オレンジでした。塗り進めていって青がうるさくならないように、補色となる暖色系を下地に入れて落ち着いて見えるようにしています。」

 

「赤や黄色からは温かみを感じますが、青色には寂しいイメージを持っています。船から抱くイメージと同じで、寂しさが感じられるところが好きです。」

 

 

ー 寂しさに惹かれるのはどうして

 

「人物を描いたときも、どこか寂し気な顔をしているねと言われることがあります。寂し気であったり、真剣に何かを考えていたりするような人の絵って、なんでこんな表情をしているのだろう、とイメージが想起されるんです。真剣な表情をしているその瞬間の決意や陰りが感じられる暗いところに本質が出るのではないか。そういった意味で暗い色を使ったりしています。」

 

「何かを決めようとしているときってニコニコした表情にはならないと思うんですよね。ニコニコしている表情は”楽しそうだ”というイメージで終わってしまう。逆に寂し気な世界観にすることで、どうして?と観ている人もいろんなイメージを持ってくれるのではないでしょうか。」

 

ー 日本画との出会いは?

 

「中学生のときに『皇室の名宝』という展示で、川端龍子の《南山三白》をみたときにびびっときました。日本画ってこんなかっこいいんだと。あの時の体験が日本画に興味を持ったきっかけです。」

 

「その後、高校の美術部に入部しました。美術の先生が日本画出身の方で、岩絵具を使わせてもらったり、指導をしてもらったりしました。その先生と出会えたことも大きいです。」

 

ー 日本画の良さと大変さ

 

「絵の具の発色がきれいですね。油絵も鉱物系の色を使うのでルーツは同じですが、膠(にかわ)を使って自然の色を乗せていくときの表情や、線の美しさは日本画独特のものがあると思います。『神は細部に宿る』じゃないですが、そこがよさかもしれません。」

 

「油絵との決定的な違いは混色ができないという点です。油絵や水彩では、例えばピンクを作りたい場合は赤と白の絵の具を混ぜれば作れますが、日本画ではそうはいかないんです。砕いた赤と白の石の粒子を混ぜてもまだらな粒子にしかならないので、使いたい色の数だけ岩絵具を用意しないといけません。色の数だけ絵の具を溶いた皿を並べて描いていきます。」

 

 

「日本画は和紙に描いていきますが、このパネルでは土佐和紙を使っています。硬めの和紙を選び、裏打ちもして割れないようにしています。和紙によって特性が違っていて、雲肌麻紙(くもはだまし)というものはやわらく伸び縮みするなど、和紙それぞれの特性があるのでそれを活かして描いていきます。和紙職人が減ってきて、和紙そのものが少なくなってきているのは残念です。」

 

 

ー 美大を目指したのは

 

「単純に絵がうまくなりたいという思いで目指していました。絵がうまくなりたい!一番絵がうまい大学はどこだ。藝大だ!という感じです。」

 

ー 芳野さんの思う「うまい」絵とは

 

「受験中は『リアルな絵=うまい』という考えでしたが、大学に入ってからはうまさではなく、制作をする上で大事にしているものは何か、どういう絵を描いていきたいのか、ということに重点を置いて学んでいます。」

 

「1年生のころから本質的なところは変わっていないと思いますが、どういう絵を描きたいのかが自分の中で見えてきている気はします。」

 

ー 藝大に入っての学び

 

「学ぶ機会は多いです。印象に残っていることの一つは、古美術研究旅行(古美研)で寺社仏閣を回ったことですね。古美研だから見ることができる場所もあるなど、特別感がありました。」

 

「日本画は講義より制作がメインになっています。絵具の溶き方、裏打ちの仕方、膠の使い方などの講義もありますが、それよりも自分がどういう絵を描きたいのかを講評してもらう事が多いです。」

 

 

ー 制作のインスピレーション、モチベーション

 

「気持ちを落ち着けたいときは海を見に行きます。埠頭から見えるクレーンとかコンテナ船とかをずっと眺めています。観光地的な海ではなく、工業地帯の見える海の景色が好きです。実家のまわりはビルが多い環境だったので、人工物、無機物に囲まれた空間のほうが落ち着くんだと思います。」

 

ー 気にしている作家さんはいますか?

 

「有元利夫さんの絵が大好きです。シュールな絵を描かれています。若くして亡くなってしまった作家さんなんです。」

 

ー 人物と景色とで、描くときの気持ちに違いはありますか?

 

「描くものは違いますが考えていることは一緒です。記憶、思いなど、その時感じていたことを表情にのせたり、いろんな題材を通して表現していきたいというのは変わらないです。」

 

ー コロナ禍で制作に影響はありましたか?

 

「この状況でずっと家にいて参ってしまった時期がありました。本来であればアトリエで描いているところなのに、家にこもって根を詰めて描いていました。絵を描き詰めていくというのはこういうことか、とわかった気がします。どんな絵を描きたいのか、この先何をしたいのかを考える貴重な時間にもなりました。いつもどおりだったら忙しいままにあっという間にこの時期になっていたと思う。一旦足をとめて、何が大切で、この先どうしていくべきか、良くも悪くも自分自身を見つめる時間になりました。」

 

「これまでは周りに誰かがいて一緒に絵を描く環境が普通でした。それが一変した今、制作は孤独なことなんだなと痛感しています。結局は自分自身がどうしたいのかが大事なんです。絵を作るのはその人自身なので。」

 

 

「どういう絵にしたいのか?と先生から問われます。その問いに答えられないことも多々あります。先生方からすると、自分自身がはっきりわかっていないところを聞いてくれているんだと思います。無意識にはいられないです。言葉にしたり形にしたり。」

 

ー これからのこと

 

「大学院への進学を考えています。まだまだ学びたいことが多いので。その後は、画家になるというよりは裏方として作家を支えていくような仕事ができたらと思っています。」

 

 

ー インタビューを終えて

 

「自分の中の大切な思い出をいろんな題材を通して表現していきたい」と語ってくれた芳野さん。例年とは異なる環境の中で、自分自身と向き合い制作を続けています。「結局は自分自身がどうしたいのかが大事なんです。絵を作るのはその人自身なので。」とおっしゃっていたように、絵を描き詰めていくことの難しさ、大変さを教えていただきました。

 

芳野さんの作品を前にどんなイメージが想起されるのか、今から卒業作品展が楽しみです。みなさまもぜひご覧いただければと思います。

 

(インタビュー・文/とびラー)

 


取材:小林正彦、卯野右子、尾駒京子(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:小林正彦

とびラーになって多くの出会いや学びがあり、アートを介して人と人がつながることのおもしろさを実感しました
アート・コミュニケータとして、アートを楽しむ体験をみなさんと作っていきたい。

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