2024.01.22
2023年12月のよく晴れた午後、緑豊かな上野キャンパスを訪れた。
正門をくぐり野鳥のさえずりが聞こえる雑木林を抜け、敷地の一番奥まで進むと、上野動物園に隣接した金工棟がある。中に入るとどこからともなくトントンとものづくりの音が響いていた。エプロンをした学生とすれ違いながら2階に上がると、凛とした雰囲気の髙橋さんがにこやかに迎えてくれた。
彫金オープンアトリエは、白い壁に大きな窓から陽射しが降り注ぐ明るい広々とした空間で、数人の学生が黙々と制作に励んでいる。入り口のホワイトボードには「卒制終了まであと15日!」というイラスト。卒展に向けたラストスパートの気迫がひしひしと伝わる。
―卒業制作について教えてください。
私は伝統的な装身具が好きで、装身具の作品を作っています。
現代のジュエリーは着飾ることが主な目的ですが、伝統的な装身具は、身を守るもの、民族のアイデンティティを示すものであり、身につける人にとって生きるためになくてはならない親密な存在でした。例えば、古代アジアの装身具には、護符(コーランや仏典の一節)を入れてお守りのように持ち歩くアミュレットケース(護符入れ)という箱型のものがあります。また中国の少数民族ミャオ族などは、婚礼の際に銀の装身具で身を飾りますが、これは魔除けの意味があります。
私は、ただ綺麗なジュエリーよりも、そういった身を守る意味がある伝統的な装身具、自分のアイデンティティを示す民族衣装、そして人の想いや歴史とともに大切に受け継がれてきたアンティークジュエリーなどに心惹かれます。
卒業制作では、人体の内側にある血管や骨などをモチーフとして、内側にあるものを体の外側に纏う装身具を作っています。これまでは実際に身に着ける作品を作ってきましたが、今回の作品はそうではなくオブジェです。
本来は装身具の内側にある人体を外側に露わす作品には、「装身具にはかつて心身を守る意味があったが、現代ではそれが忘れられている」という皮肉を込めました。血管という見えないものが見えているグロテスクさや、内側と外側をひっくり返すことによって、現代の装身具のあり方を問い直しています。
また体の内側にあって見えないけれど、生きるためになくてはならない血管を露わにすることで、装身具は自分のアイデンティティであることを表現しています。
大きさは、私の身長165cmくらいの人間が全身に纏うイメージで作っています。卒展では、棺桶をイメージした展示台に標本のように載せて展示します。白い長方形の展示台の上面にアクリル板が貼ってあり、作品を置くと白い展示台に陰影が映る仕掛けになっています。
―これまでも人体をモチーフに作品を制作されていますが、なぜ人体なのですか。
人体の「かたち」が好きだからです。美しいと思うし、生命の源であることに強く惹かれます。この作品では、心臓から全身に張り巡らされる毛細血管をイメージしています。
―ところどころ文字も刻まれていますね。
心臓の周りに、記憶、心、自分自身を一緒に閉じ込める意図で、言葉を散りばめました。見る人によって受け取るメッセージが異なると思うので、何を感じるのかな?と興味があります。
―どんな素材や手法でできているのですか。
中心の透明なハート型の心臓はガラス製で、全身を覆う血管は金属製で、シルバー925*を使用しています。銀は古代より月の光を意味し神聖な輝きを持つものと考えられ、強い反射で邪悪なものをはね返す力がある金属として尊ばれています。私が好きなアジアの装身具も銀で作られてきた歴史があるので、銀を選びました。
* 銀の含有率が92.5%の合金。
銀の細工は、まず下絵を描いて、それをスプレーのりで0.7〜0.8ミリの薄い銀板に貼り付けて、糸鋸を使って一つ一つ透かし技法*で切り抜いています。立体にするところは手で曲げて作ります。
*金属の一部を切り落とし、残った部分で模様を作る技法。
黒い部分は、銀の腐食が難しいので真鍮板を腐食させ、模様を出した後に黒色の耐火スプレーで塗装しています。それ以外は全て銀です。また血のような赤色の部分は、日本画の岩絵具を電着塗装しています。色をつける部分を電着塗装用の液体に浸け、岩絵具の粉を振りかけて接着させ、200℃くらいの乾燥炉で乾燥させて色を定着させます。
−全て手で切り抜いている!(一同びっくり)この作品はどれくらい時間がかかっているのですか。
学部2年の頃から構想はずっと温めていて、さまざまな装身具の資料を調べたりして具体的にどんな作品にするか決めるのに1年ほどかかっています。「こういうものを作りたい」というイメージを作ることが自分にとって一番重要なので、考える時間が長かったです。実際に作り始めたのは今年の8月頃で、半年近く金属板を切り抜く作業を続けています。
―制作プロセスは、構想を固めたら一直線ですか。
私は下絵を全部きっちり描いて作り始めるので、基本は下絵通りに作りますが、完成形には余白を残しておきます。最初から全部イメージできると途中でつまらなくなってくるので、色や重なり合いは途中で変更したりします。でも大体は最初のイメージ通りです。
―一番苦労したところは。
作品のイメージを固めるまでが、一番時間がかかって苦しかったです。装身具で人体を使った表現をしたいという想いは入学当初からあって、本を読んでリサーチしたり、精密なスケッチを描いたりして、時間をかけて考えていきました。精密なスケッチを描いても平面だと立体になったときのイメージができず、テストピースを作ってみて「こんな感じになるのか」とようやくイメージを掴めました。手を動かして試しに作っている時に、「これかもしれない!」と分かってくるところがあります。
―作品のインスピレーションは、どこから得ているのですか。
日常で美しいと感じるものや写真、ハイファッションのSNS、装身具に関する本を読むこと、アジアの伝統的な装身具や西欧のアンティークジュエリー、そして自分が大切にしたい装身具の持つ意味などから、作品のインスピレーションを得ています。
―髙橋さんは作り手として、作品の意図を強く伝えたい、または、作品の解釈は鑑賞者に委ねる、どちらですか。
作品の題名などで作者としての意図は伝えますが、同じ言葉でも伝わる意味合いは人によってそれぞれ異なるので、私は作品の解釈はその人に委ねるという感じですね。今回の作品に散りばめた言葉も、鑑賞者によって解釈が異なると思うので、その人が見てどう感じるかは逆に聞きたいなと思います。
作品について語る髙橋さんは、穏やかな口調ながら真っ直ぐで強い目をしていて、装身具や制作への真摯な思いが、聞き手の私たちにストレートに伝わってきた。
―どんな学生生活ですか。
新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化していた年(2020年)に入学したので、行動制限の影響で、大きな行事はほぼ潰れてしまいました。入学後1ヶ月くらいは休校でした。彫金は手を動かして技術習得することが必須なので、そのあとは通学を許可されて、人気のないキャンパスに通っていました。現在は、ひたすら制作の日々です。向こうの学生教室に自分の机があって、毎日そこで作業しています。行きますか?
毎日作品と向き合っている学生教室を、見せてもらう。
学生教室は、よく使い込まれて歴史を感じる木製の小ぶりな机が並ぶ部屋で、エプロン姿の学生たちが机に向かって作業している。レトロな石油ストーブが真ん中に置かれた温かな部屋にはコーヒーの香りが漂い、コンコンコンコンというリズミカルな打音が響いていた。
髙橋さんの机には糸鋸がセットされ、作業中の真鍮板が置かれている。
こうやって糸鋸で切り抜きます、と実際にやってみせてくれた。
―毎日、ここで何時間くらい制作するのですか。
毎日、朝10時〜11時に自分の机に来て、夜20時〜21時ごろまで制作しています。気分転換にキャンパス内の生協まで散歩をして甘いものを食べるくらいで、それ以外はずっと一日中、糸鋸で銀板を切り抜く作業をやっています。彫金は一人で作業することが多いので、黙々と制作して、時々おしゃべりする感じです。
―どんな子ども時代でしたか。
群馬県の、星がよく見える自然豊かな田舎で育ちました。だから今でも自然や星が好きです。自分の名前が「星(あかり)」であることもあり、星には自分のルーツが詰まっているという特別な想いがあります。星をモチーフにした装身具を制作したこともあります。
それと、子どもの頃からファッションが好きでした。東京のようにファッションが身近な環境ではなかったので、モードの世界への憧れがありました。装身具や民族衣装が好きになったのは、もともとファッションが好きだったからです。
―アートが身近な環境で育ったのですか。
身近に美大出身者などがいたわけではないけれど、子どもの頃から美術館にはよく連れて行ってもらいました。子どもの頃から絵を描くのが得意で、連絡帳にびっしり絵を描いたりしていました。絵を描くことも、モノを作ることもすごく好きでした。
―なぜ美術の道へ進んだのですか。
最初は好きなファッションの道に進もうかと考えましたが、ファッションは自分が作るイメージが湧かなかったので、得意な絵を活かそうと思い美大を目指しました。好きなことしかやりたくない性格ですし、親もやりたいと言ったことを自由にさせてくれる環境だったので、自分がやりたい道を選びました。
―卒業後の進路は。
学部を卒業したら大学院に進むつもりです。彫金は時間がかかる作業が多くて、2年生までは彫金の基礎技法を学び、3年生の半ばまでは与えられた課題をこなし、3年生の後半からやっと自分の作りたい作品を作る時間ができたという感じです。大学院へ進んで、これからは自分の作品を作っていきたいです。
―これからやりたいことを聞かせてください。
ジュエリー、美術、ファッションの3分野が重なり合う領域でやっていきたいです。例えば、アート寄りのジュエリーをもっと身近にすることや、舞台衣装のような自由なイメージの装身具を作ることに取り組みたいです。
これまで装身具を作ってきましたが、卒業制作では(実際には身につけない)オブジェとしての作品を作ることに挑戦しました。でも、これを作ってみて、やはり実際に身につける装身具を作っていきたいという気持ちが明確になりました。
―卒業制作の次に作りたいものは何ですか。
今面白く感じていて、次に作りたいと思っているのは、モーニングジュエリー(mourning jewelry)です。もともとヨーロッパで喪に服す意味で身につけられた装身具で、黒い宝石のジュエリーや、遺髪などを入れて死者を身につけておくものです。
凛とした佇まいで、一つ一つ真っ直ぐな言葉で語ってくれた髙橋さん。心身を守るという装身具本来の意味を表現する髙橋さんの作品は、身につける人の”内側”と結びついた装身具なのだと感じた。インタビューを終える頃には、髙橋さんの装身具への強い思いと作品を生み出すパワーに魅了されていた。卒展で完成した作品と出会うのがとても楽しみだ。
取材:田尻真也子、矢吹美樹、木原裕子(アートコミュニケータ「とびラー」)
執筆:木原裕子
執筆協力:田尻真也子、矢吹美樹、染谷都
作家の髙橋さんから製作過程をお聞きし、作品が生み出される思考を垣間見ることができました。アクセサリーでもジュエリーでもなく、『装身具』とこだわって語る言葉一つにも強い想いが伝わってきます。今後のご活躍を楽しみにしています。(田尻真也子)
過去の人々の「思い」を感じとり、作品が生み出されていたのが印象的でした。髙橋さんの「思い」が込められた作品によって、次は過去と未来をつないでいく。インタビューを通して、そんな時空を感じることができました。(矢吹美樹)
初めてのアトリエ訪問。髙橋さんの、心やからだと結びついた装身具への深い考察、そして作品を生み出す情熱に心打たれました。大きな窓から光が降り注ぐアトリエは心地よい空間で、作品が生まれる場のエネルギーを感じました。(木原裕子)