2026.01.18
JR常磐線 取手駅からバスで15分ほどのところにある広大な東京藝術大学(以下、藝大)取手キャンパス。インタビューを行なった11月下旬は並木道の紅葉が美しく、青空の広がる穏やかな温かい日でした。大学構内で飼育されているヤギ達がのどかに草を喰むのを見ながら待っていると、藝大大学院であるGlobal Art Practice(グローバルアートプラクティス、以下GAP)の修士課程2年生のStiniguta Melanieさん(以下Melanieさん)が迎えにきてくださり、GAP生のスタジオにご案内いただきました。
(以下のインタビューは英語で行われ、取材したとびラーで翻訳・編集しました)
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– まず、Melanieさんご自身についてお聞かせください。
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私はブルガリア人の母とルーマニア人の父の下、オランダで生まれ、様々な文化や言語に囲まれて育ちました。オランダで通った大学もインターナショナルスクールで、クラスメートは世界中から集まっていました。それが私の作品に確実に影響を与えていますし、もちろん今、海外で生活していることも影響しています。
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オランダの大学ではFine Art(ファインアート、美術系学科)を専攻として学びました。もともとは油絵を描いていましたが、大学1年の終わりにはコンセプチュアルな作品作りに転向しました。そして、大学3年生の時、交換留学で名古屋で学ぶ機会があり、それがきっかけで日本のアート分野に興味を持つようになりました。名古屋では油絵、日本画や陶芸について学んだのですが、素材や実践に重点を置いていてとても新鮮な経験でした。特に日本画では、自分で顔料を作ったり紙を漉いたりする方法も学んだのですが、芸術の背景にあるコンセプトやアイデアに重点を置いて学ぶオランダの大学では絶対にやらないことでした。
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こうして私は西洋の概念的な部分と東洋の実践的な部分、両方の良さを知ることができました。そして、日本でも概念的な部分をもっと探求したいと思い始めた頃、GAPを見つけました。世界中から集まる人々と交流し、アートに対する考えや見解を共有できるこのプログラムは完璧だと思いました。実際、GAPには日本人で留学経験のある人もいれば、セーシェル、香港、中国、韓国出身の学生もいます。こうした文化的背景の違いだけでなく、ダンサーやパフォーマーもいれば、デジタル分野で活動する人やキュレーターもいるなど芸術的背景の点でも多様性が高いですし、皆さんは本当に親切で、先生方やアシスタントの方々も、とても協力的で優しいです。
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ここに来るためのお金を貯めるのに本当に頑張りました。オランダの病院で3年間栄養士をし、並行して画廊で働いたり、高校生にコンセプチャル・アートを教えたり、シンクロナイズドスイミングのコーチをしたり。実際に来られるかどうかわからなかったけど、チャンスに賭けてがんばり、希望が叶いました。
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ただ、朝から晩まで忙しく働いていたので、留学前に日本語を勉強する時間がありませんでした。日本にいながらも日本語が話せないことに罪悪感を抱いていましたが、同時に、言葉が通じない場所にいるのは非常に興味深い経験でもあります。言葉が通じなければ、人はコミュニケーションを取るために別の方法を見つけなければならないからです。私の作品の多くはそこからインスピレーションを得ています。
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– GAPに入られてからの作品について教えてください。
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日本に来てから生まれた問い ” Is it everything you wanted?(それがあなたが望むすべてですか?)” を半透明の紙に印刷して透明なフレームに挟み、藝大キャンパスの建物内の色々な場所に置きました。もともとは個人的な実験として始めたんです。この作品は実際には複数のレイヤーで構成されています。テキストの各行は重なった紙によって徐々に覆われていき、下の行にいくほど半透明性が低くなり、読み取りにくくなっています。そのため「Is it」 の部分が最もはっきりと見え、「wanted?」 に近づくにつれて不明瞭になります。これは、何かを強く望んで手を伸ばすほど、その対象がかえって遠ざかっていくように感じられる感覚を表現しています。
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”半透明”という概念にもとても興味がありました。自分を共有することはできるけれど、全てをさらけ出す必要はない。完全に透明ではなく、透けて見える状態は、ある意味で自分自身を正直に表現する方法として、共感できる概念だったんです。
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そして、GAPのある建物の照明がとても素敵だと気づき、そこからインスピレーションを得て、問いを挟んだフレームを、毎週違う場所に移動させました。見る場所や見る時間によって問いの持つ意味が変わったり、暗くなると文字はほとんど見えなくなるので、読めなかったりもします。
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私が創作で最も重視しているのは、観る人が作品に参加する余地を残すことです。私はオランダの大学に入学した時点では油絵画家を目指していたのですが、大学1年生の時に行き詰まってしまい、絵を描けなくなってしまいました。その時、先生が「君は絵に近づきすぎている、作品と観る人の間にスペースを設けなくてはいけない」とおっしゃったんです。これが自分にとって大きな転機になりました。それ以降、私自身の経験や思考、感情を取り入れて作品を作りつつも、それを見た人がその人独自の物語を構築できる形で提示する。これを大切にしています。
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あちこちにフレームを移動することを続ける中で、予想外のフィードバックをもらいました。私の作品だと気づいた人たちがご自身の考えた答えをテキストメッセージで私に送ってきてくれたんです。この作品から生まれた幸運なアクシデントでした。
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私は問いを投げかけるけど、見た人は頭の中で答えるだけで、私には決してわからないものだと思っていました。それが、答えが返ってきたんです。これがすごく楽しかったので、この経験をもとに、昨年の取手藝祭(取手キャンパスで行われる学祭)では他の問いも制作してキャンパス内にあちこち配置しました。また、自分の考えや感情について匿名で回答を書けるスペースを設けました。投稿する箱はプラスチックの透明な箱で、封筒は半透明なので中身が透けて見えたりもします。たくさんの人が投函してくれました。
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作業スペースに保管されている取手藝祭で展示した作品を見せてくれました
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– 1月に行われる藝大の卒業・修了作品展(以下、修了展)では、どのような作品を予定しているのですか?
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修了展では、体験型の展示を考えています。以前、藝大の教職員や学生の方々に私の作品を体験してもらって、直接フィードバックをもらうワークショップ形式の展示をしたのですが、それを発展させた作品を予定しています。そのワークショップをぜひ体験してみてください。
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まずは、壁に貼られた12枚の写真をみてください。
次に、字幕のような英語の短文を印刷した透明のシートをお渡ししますので、書かれた言葉を読んで、選んだ写真の上に一枚ずつ重ねてください。
学内で試した時には、写真の上に短文のシートを重ねた後に、感じたことを話してもらったりしました。
次は、英語の書かれたシートを外し、同じ写真の上に、日本語で書かれた短文が印刷された透明のシートを重ねてください。同じ写真でも、英語の言葉のシートを重ねる時と日本語のシートを重ねる時では違う味わいがあると思います。
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– 実際にやってみると、写真だけみるのと言葉を組み合わせるのとでは、違った見え方がしますね。
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言葉が重なることで、自分の過去の記憶や感情が浮かび上がってきました。そして他の人が組み合わせた結果も味わい深いですし、英語と日本語という言葉の違いでも感じ方が違うのが面白いですね。
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最後は、写真の上に、ブルガリア語やオランダ語で書いた短文を印刷した透明のシートを重ねてください。私にはわかるけれど周さんや加藤さんにはわからないという状態です。私は日本語がわからないので、お二人には私が日本語と写真の組み合わせを見ている時に感じていることと同じことを体感していただくことになります。
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日本語、英語、ブルガリア語、オランダ語など、色々な言語が透明シートに印刷されている
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– この作品はどのように着想したんですか?
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取手藝祭の後も、文字や短文などのテキストや言語を使った作品を創作したいと思っていました。担当の先生が「日本にいるんだから日本語でやってみたら?」と提案してくれたんです。最初は乗り気ではありませんでした。最初の作品で使った問いは、私自身の正直な感情から生まれたものだったので、英語で書くのが自然だったからです。
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でも、先生の提案を受け、日本語で作品を作ったらどうなるか、どんな結果になるだろうかと考え始めました。広告や看板など、道を歩けば私の周りには、様々な日本語が溢れているけれど、私には理解できない。だから、私が見るのとそれを見て理解できる日本の人とは違った経験をしているわけです。それを作品に取り込むことにしました。また、画像を見て感じることに文字や短文などのテキストがどう影響するかを知りたかったんです。こうしてこの作品が生まれました。
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先程述べたようにワークショップを実施したのですが、 ワークショップ体験者の反応そのものがとても良く、強い印象を残すものであり、 そして、美術館では来館者が積極的に関わったり触ってもいい作品の展示はとても珍しいので、 そういう場所で来館者がこの作品にどう関わるのかを知りたくなりました。
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修了展では、私自身が常に作品のそばにいて来場者と対話することができないため、 基本的な形式はそのままに「説明用の動画」を用意するなどの小さな工夫を加え、説明がなくても来場者が自分自身で作品を体験できる形へと発展させることにしました。
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– 使用される写真やテキストはどのように選んでいるんですか。
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写真は、この作品のために撮ったものではなく、自分のスマホの写真アルバムから選んだものです。日本、オランダ、ブルガリアなどいろんな場所で撮ったもので、私が見た世界のスナップショットです。使用したテキストの多くは、友達から送られてきたメッセージや友達との会話そのものです。私の日常のあらゆる要素をすくいとって作った作品は、自分自身を深く投影した極めて個人的なものです。一方で、観る人が、写真の上に短文の書かれたシートを選んで重ね合わせ、味わうことで、その人の中にある心象風景が浮かび上がる。つまり、作品としては誰でも参加できる非常にオープンなものです。
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Melanieさんのアトリエでの展示風景
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– キャンパス外での日本での日常的な生活はどうですか?
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GAPに入学してからずっと亀有に住んでいますが、ここに住んで本当に良かったと思っています。ちょっと郊外で、静かだし、いろんな年齢層の人を見かけます。それが本当に楽しいんです。
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日本人であろうとなかろうと、素晴らしい友人や人々がいて、小さなアパートに住み、行きつけのお店もあり、日本語で人と話せなくても、日常はとても平和で居心地がいいのです。そして、理解や繋がりが変に欠けているという感覚と、非常に多くの繋がりや理解があるという感覚が混ざり合っていて、私の作品と似ています。言葉は時に強すぎる力を持つから、言語を超えた繋がりがあるのは素晴らしいことだと思います。日常は常に創作の源です。日本に来て環境も経験も変わったので、私の作品では言語の要素がより顕著になりました。
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– Melanieさんはコミュニケーションに関心があるように感じましたが、オランダにいる時からそうだったんですか?
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そうですね。オランダにいる時は、言葉を話すことには困りませんでしたので、人とのコミュニケーションでは、その人がどれほど正直で、率直で、オープンで、他の人と共有しようとしているかに焦点を当てていました。
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それが「半透明」というコンセプトの起源です。私はオープンであることや他の人と共有することが好きですが、時にそれは無防備で怖いことでもあります。だから、私はあらゆる状況で自分自身を守るために半透明な中間領域を創り出そうとしているんです。完全に透明である必要もなければ、完全に閉ざされる必要もない。その間の微妙なバランスを探しています。
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そして、日本に来てからは、言葉の意味よりもむしろ言語そのものへと焦点が移りました。最初に名古屋に来た時、自分の言葉が理解されない場所、あるいは他人の言葉を理解できない場所に居ることが奇妙だけれど、むしろ楽しいと気づいたんです。
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– すべてが繋がっているように聞こえますね。
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ええ、まさにその通りです。私にとっては、ただ自分の人生を生きているだけですから。
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私の作品は、まず頭の中に浮かんだ言葉や文章から始まることが多く、最後にビジュアルが浮かび上がるんです。こういう自然に湧き上がる創作プロセスを大事にしています。学校という環境では難しいこともあるけれど、無理にテーマや作品に落とし込むのではなく、頭の中で考えたり、体験に多くの時間を費やして、それが一気に溢れ出るから、私は大抵、土壇場で作業するんです。
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– ここから修了展に向けての準備は大変ですか?
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言葉や写真選びもここから最終的なものに仕上げて行きますし、展示で使う備品も手作りします。最終試験も近々あるのでやることがたくさんです。通常の美術展は、作品を見るだけですが、今回は来館者に直接体験をしてもらえるのをとても楽しみにしています。ぜひ会場にいらしてくださいね。
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インタビューを終えて
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Melanieさんにとって、コミュニケーションが重要なキーワードであり、ご本人の中の正解を表現するというよりも、参加者との間に生まれる偶然性をアートとして表現していらっしゃるようです。そして、言葉が通じないという一見ネガティブに見える経験すらも楽しみ、創作活動の起点にするという話も大変興味深かったです。最終的な作品を体験するのが楽しみです。
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取材/翻訳/執筆 周思敏、加藤めぐみ(アートコミュニケータ「とびラー」)
写真/校正 西見涼香
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周思敏:14期とびラー、中国出身、日本在住13年目。言語とコミュニケーションに強い関心を持っているので、Melanieさんの作品に共感しました。
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加藤めぐみ:14期とびラー、プロジェクトマネジメントが大好きな会社員。アートを媒介として人同士が関係性を深めたり、コミュニティが形成されることに関心を持ちとびラーに参加しています。
2026.01.17
11月下旬の晴れた朝、金色に輝く銀杏の木々を眺めつつ上野公園を抜けて、東京藝術大学(以下、藝大)上野キャンパスを訪れた。絵画棟に入るとドアの前に靴が並んだアトリエが続いている。私たちも靴を脱いでアトリエに入ると、大人の背丈ほどもある大きな作品の前で、竹石さんがにこやかに出迎えてくれた。
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1. 卒業制作のこと
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– 卒業制作はどんな作品ですか。
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私が暮らしている池袋の情景を描いた作品です。6年前に上京してから2年間池袋の予備校に通っていて、現在も池袋の近くに住んでいます。卒業制作は身近な題材を選びたいと思って通学路で探していたときに、この案内掲示板と信号と街灯と電柱を兼ね備えた、住んでいる街の身近にある構造物を見つけました。これは形も面白いし、かといって池袋の象徴というわけでもなく、ただ機能としてそこにある佇まいもいいなと思って、作品主題として選びました。作品サイズは150号です。
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– とても大きな作品ですね!制作プロセスを教えてください。
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4年生の夏頃から題材を探し始めて、見つけた題材の写真を撮りためておき、「小下図」を描きながら絵の構想を練りました。「小下図」では、風景を色んな角度から描いたり、主題とする構造物をアップで描いたりして、画面の中の構図を考えます。構図を決める時はスケッチした建物や人物をバランスを考えながら配置していって、風景を再構築します。同時に、画面の配色も決めていきます。この作品では、空の色を私の好きな青緑にすると最初に決めて、そこからどんな色彩の絵にしていくかを考えました。
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「小下図」で構想を固めたら、作品と同じ大きさの紙に正確に形を描き込んでいく「大下図」を描きます。それが終わったら、「大下図」を本番の和紙に転写します。木製パネルにまず脂止めのための薄手の和紙を貼って土台とし、その上に厚手の和紙を貼り、カーボン紙を挟んでさらに「大下図」を重ね、正確になぞります。この「大下図」を写し取った和紙に着色して、本番の完成作品「本画」にしていきます。この作品では、画面全体にグレーの下地を塗ってから「大下図」を転写しました。
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色を入れ始めたのは11月頃で、それから1ヶ月経った現在はまだ30%くらいの完成度です。このあとは、主題である街灯をくっきり浮かび上がらせるために、背景の建物に薄いベージュ色をかけて潰します。「潰す」とはいったん描いた部分に上塗りすることです。このように「描く」→「潰す」を繰り返して色を重ねて描くのが、現代日本画のベーシックな技法です。
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完成形は、空の部分の青緑色を主軸とする色合いの絵になる予定です。青緑色を主軸に選んだのは、私の好きな色であり、青緑の空が現実とも非現実とも感じられるところが面白いからです。卒業制作の提出締切が1月初めなので、構想から半年、色を入れ始めてから約3か月かけて仕上げていきます。
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– どんな材料や技法で描いているのですか。
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これが、私が使っている日本画の絵の具、皿、筆です。
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絵の具は、色材と水と膠(にかわ)が混ざった状態になっています。膠を水でふやかして電熱器で温めて溶かし、粉末状の色材と水を混ぜて絵の具を作ります。色材は石や土やガラスなどからできており、自然素材もあれば人工的に造られた素材もあります。粒子の大きさも粗いものから細かいものまであります。細かい粒子の絵の具で滑らかな質感を出すこともできますし、粗い粒子の絵の具でざらざらした質感を出すこともできます。また水や膠の量を調節することで、薄めた絵の具、とろっとした濃い絵の具など、自分の欲しい絵の具を作ることができます。
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色材と水と膠を混ぜる
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画面に色を載せる方法には、皿で絵の具を混ぜる、画面上で絵の具を混ぜる、絵の具を何層も塗り重ねる、水やお湯をつけた刷毛で上層の絵の具を剥がして下地の色を見せる、など多様なやり方があります。絵を描く道具も、柔らかい筆、硬い筆、刷毛、たわしなど様々なものを使います。例えば、私は油絵用の硬い豚毛筆を使って画面から絵の具を剥がしたりもします。
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絵の具を塗ってから乾かして色を固着させるのに2〜3日かかるので、画面に色を重ねていくのは時間がかかります。絵の具を塗った上から薄めた膠を塗って表面を固めることで、絵の具を固着させる方法もあります。
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このように、絵の具、膠、筆の組み合わせによって多様な技法を駆使して描くのが、現代日本画の特徴です。
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– 竹石さんの作品は平面なのに奥行きを感じますね。
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日本画は、どう奥行きを作っていくか?を常に意識しています。もともと日本の美術では白い背景に黒い墨の線で描いていたので、白背景に奥行きを出すために「近くのものを濃く描いて、遠くのものを薄く描いて白い背景に溶け込ませる」、「近くのものを太い線で描き、遠くのものを細い線で描く」といった遠近感の出し方が編み出されました。現代は絵の具の色数が増え、白背景ではない絵も描けるようになりましたが、こうした技法は今も受け継がれています。この作品も、特に意識したわけではありませんが、伝統的な奥行きの作り方を用いています。
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– 制作していて楽しいところ、苦労したところは。
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作品のアイデア出しが楽しいです。自分がワクワクできるアイデアで描き始めたいので、完成したら絶対良い作品になると確信できるものを描くようにしています。頭の中にあるイメージを自分で描き上げなければいけないところは苦しくもあるけれど、自分のイメージに近づいていく過程は楽しいです。
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実際に作品を描いていく中で、下図で決めた色を思い通りに表現できないなど、最初の構想どおりにいかないこともあります。もしかしたら、この作品も完成形は違う色になっているかもしれません。
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– 竹石さんが作品づくりで大切にしていることは何でしょう。
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私は、自分がよいと感じたものを、自分が好きな色で、自分がワクワクするように描くこと、そして、私の絵を見た人が、作品を媒体として、描いた主題とつながるような絵を描くことを大切にしています。
卒業制作は、私の好きな身近な風景を好きな色で描いて、見る人が「あっ!ここ通ったことある。こんなふうに絵にするのか」と、絵を通して風景とのつながりを感じる作品にしたいです。
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– この作品を鑑賞する人に、どんなところを見てもらいたいですか。
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まずは、見た人が「池袋だな」と気づいてほしい、そして描いた風景を思い起こしてほしいです。それから、この色いいなと私の作家性にも共感してもらえたら嬉しいです。
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2. 美術の道へ進んだきっかけ
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– どんな子ども時代でしたか。
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私は新潟で生まれ育ち、子どもの頃はイラストやアニメを描くのが好きでした。母が美術好きで、家には母の好きな山口晃さんや会田誠さんなどの画集があり、子どもの頃からアートに触れる機会はあったと思います。
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– 美術の道へ進んだきっかけは。
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中学生の時にモネの展覧会を見に行って、モネの絵は「近くで見ると何だか分からないけれど遠くから見ると分かる」ところが面白い!と思いました。それまで好きだったイラストは描き方に型があると思っていたけれど、絵画ならば自分が感じたことをもっと自由に表現できると感じました。モネの絵を見て、自分の思いや感じたことを直球で表現できる絵画をやろうと思ったのが、美術の道に進んだきっかけです。
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高校では美術部に入って油絵を描いていて、藝大の油絵科に進学した先輩から話を聞いて私も藝大に行きたい!と思い、藝大を目指すことにしました。
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– なぜ日本画を選んだのですか。
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高校生の時にファインアートをやると決めて、油絵か日本画か迷った末、やったことがないし面白そう!と思って日本画を選びました。藝大の日本画専攻の入試はデッサンと水彩画で、私は水彩画をリアルに描くことが得意だったので、日本画の経験がなくても目指すことができました。
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3. 東京藝術大学の学生生活
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– 日本画専攻について教えてください。
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日本画専攻は、1学年に25人の学生がいて、各学年に2人の指導教授がいます。1年生から3年生前半までは、人物、風景、建造物などの指定課題を描きます。3年生後半からは自由課題となり、自分が描きたいものを自由に選んで描きます。
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– 竹石さんの最近の1日はどんな感じですか。
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毎日、10時頃にアトリエに来ます。早く来た人がお湯の準備をして、膠を溶かして、パネルを寝かせて描き始め、17時から20時頃まで描き続けて、最後に火の元を消して帰ります。
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描く時は、絵の具が垂れてしまうのでパネルを平置きします。見え方を確認するときは立てる必要があるので、寝かせて描いて、立てて確認し、また寝かせて描くという繰り返しです。卒業制作は大きな作品なので、アトリエの仲間と協力してパネルを動かしながら制作しています。
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– 4年間を振り返ってみていかがですか。
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現代日本画は、主題や技法の自由度が高く、日本画の絵の具で描けば何を描いても日本画とみなされます。こうした、画材に依拠して日本画が定義される現状に対して、私はこの4年間「日本画って何だろう?」という問いにずっと向き合ってきました。
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藝大の日本画では、材料や技法の研究が重視されており、指導では「どう描くか」が中心です。高校から大学入学当初の私は「何を、なぜ描くのか」へのこだわりが強く、なかなか筆が進まなかったのですが、日本画を学ぶうちに「どう描くか」も大切なのだと気づいて、それからは絵を描きやすくなりました。「どう描くか」の大切さに気づけたことは、藝大で得た大きな学びです。
現代はアートのコンセプトが大事だと言われますが、その時代にあって「どう描くか」にこだわり続けているのが日本画というジャンルです。「どう描くか」を追求することが作家性につながり評価されるのは、現代における日本画の価値だと思います。
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4. 今後の展望
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– 卒業後の進路は。
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大学院に進学して日本画の制作と理論研究の両方をやっていくつもりです。「日本画とは何か?」という問題意識から、大学院では、現代社会における日本画のあり方を探究したいです。例えば、戦時中は、横山大観が富士山を描いて戦意高揚を図るなど、戦争画として日本画が描かれた歴史があります。私はこうした日本画の社会的文脈を研究し、現代の日本画の立ち位置とは何か?を明らかにしたいです。並行して、作品の制作も続けます。
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– これから作りたい作品や将来の夢を聞かせてください。
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公共空間に置かれる作品を作りたいです。私の作品を中心に地域のコミュニティができるような、身近なランドマークのような作品を作りたいです。
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私は、みんなが見て共有している形やイメージに関心があって、日本といえば富士山のようにランドマークとなるイメージに面白さを感じます。だから、夢としては、池袋を描いたこの卒業制作が、豊島区役所に飾られたら嬉しいです。区役所を訪れる人がこの絵を見て「西口のあそこだね」と会話するなど、私の作品が地域の人々に共有されるランドマークのようなものになったらいいな、と思います。
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また、私は美術教育に関心があって、教員免許と学芸員資格を取得する予定なので、将来は学校の美術教育や美術館の教育普及などに携わりたいと考えています。
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5. インタビューを終えて
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竹石さんの「何を、なぜ、どう描くのか」を大切にする思いと「日本画とは何か?」を問い続ける真摯な姿勢に心を打たれた。身近なランドマークとなる作品を描きたいと語る竹石さんの卒業制作が、これからどう進化するのか、卒業・修了作品展で完成した作品と出会うのがとても楽しみだ。
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取材:木原裕子、前田浩一、矢吹美樹(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:木原裕子
写真:神道朝子(とびらプロジェクト アシスタント)