東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

アクセス実践講座④⑤|「ワークショップメイキング入門」

2019.10.06

アクセス実践講座・第4/5回
「ワークショップメイキング入門」
日時|2019年10月6日(日)10:00~16:00
場所|東京藝術大学第3講義室
講師|舘野泰一(立教大学経営学部)


毎年恒例となり、たくさんのとびラーが受講する舘野泰一さんの講義が今年もアクセス実践講座に登場です。「ワークショップ」とは、どのような学びの形態か、どのようにプログラムメイキングをするのか。その基本を一日の講義で学びます。

 

 

ワークショップメイキングのポイントは「『遊び』と『学び』、両方の要素が上手にブレンドされていること」と舘野さんは言います。

 

講義全体にも、『遊び』と『学び』がブレンドされて、とびラーも生き生きとワークに取り組み、レクチャー部分では「なるほど!」と理解を深めていく様子が印象的でした。

 

 

ワークショップの「構造」について理解するために、とびラーは事前課題に取り組んでからこの講義に参加しています。事前課題は、舘野さんが設計したワークショップの詳細を書籍で読み、その「構造」がどうなっているかを他の人に説明できるように準備すること。いくつかのワークショップについて、とびラーがそれぞれ分担して、他のとびラーに要点を説明します。その要点が統合されていくことで、全体の学びが深まっていく効果もあります。

 

 

学習者は「白紙ではない」と、舘野さんは言います。

 

白紙に大量印刷をするように知識を一様に伝えていた時代の教育から、学習者が主体的に考えることで学習していく教育の時代に、現代の学びはシフトしています。学習者が、もともと持っている考えと、新しく学ぼうとする知識を関連づけて考えることで、知識を自分なりに作る形で学習が行われていきます。

 

 

事前課題で見えてきたワークショップの基本構造や、ワークショップを設計するときのポイントについて、これまでのワークとレクチャーを通してなんとなく見えてきたことを、チームで整理していきます。

 

とびラーの気づきを元に、舘野さんからのレクチャーがあり、前半は終了です。

 

前半のポイントは、

・ワークショップの基本構造

・「遊び」と「学び」のサンドイッチ。学びで遊びをサンドする構造を作る。

・ゴールに直接行かないずらし(遊び)を作る。

 

お昼休憩をはさんで、後半は実際にワークショップを体験しレクチャーを聞いて、ワークショップデザインのコツの理解をさらに深めていきました。また記録や、ワークショップの伝え方など、より実践的な内容についても学んでいきました。

 

 

講座はいくつかのワークを実際に体験しながら楽しく進行していきました。

 

実際にワークショップを設計するときに意外と難しいのが、「遊び」をどのようにデザインするかという部分です。それについて、舘野さんはこんな風に説明します。

 

「例えばこのゴミを、そこにあるゴミ箱に捨てるとします。最短ルートでこの目的を達成するためにはまっすぐ歩いていてって捨てるわけですよね。これを遊びにしようと思ったら、この最短ルートを禁止してみます。例えばゴミ箱に行く前の手前に線を引いて『この線から入れてください』と言ったら遊びになるんですよね。

 

一番早いルートで目的を達成できてしまうことを禁止して、新しいルールを足す。そうすると遊びが見えてきます」

 


 

とびラーがプログラムメイキングをするために必要となる実践的な知識を吸収できた一日でした。実際の「とびラボ」での活動を通して、今日の学びがきっと活きてくることと思います。

 

(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)

アクセス実践講座③「認知症に対応した鑑賞プログラム」

2019.09.29

アクセス実践講座・第3回
「認知症に対応した鑑賞プログラム」
日時|2019年9月29日(日)13:30~16:30
場所|東京藝術大学第3講義室
講師|林容子(一般社団法人アーツアライブ)


全8回で構成されるアクセス実践講座の第3回目を行いました。第3回目は、一般社団法人アーツアライブの林容子さんを迎え、認知症に対応した鑑賞プログラムに携わる経緯と、現在のご研究、また、超高齢化社会が抱える課題に対しアートができることについてお話を伺いました。

日本の現在の状況について林さんはこのように説明します。

 

「日本は世界一の超高齢化社会です。65歳以上の人口が今年度の6月で全体の28%、すなわち4人に1人以上が65歳以上。これが2060年までには33.9%、3人に1人が65歳以上という、超超高齢化社会を迎えるっていう現実があります。今のままでは立ち行かないということがよくわかると思います。

 

現在認知症を患う高齢者数が500万人。さらに大きい問題は、都心部においては特に独居高齢者が多い。独居高齢者が700万人います。財政負担も非常に大きい。GDPの30%が社会保障でそのうちのなんと78%が高齢者向けになっています」

 

このような社会的課題に対し、これまでの林さんの活動の経緯とこれからをお聞きしました。

 

アートマネジメントの道へ
大学で美術史を専攻していた林さん。卒業後は、美術の仕事に想いを残しながらも貿易を扱う仕事につかれたそうです。「ペッパーミル」や、ホテルのポーターが使う機能性が高くエレガントな「ワゴン」など、当時はまだ日本に存在しなかった海外の文化を輸入し一般に広めていく仕事に心血を注がれた時期がありました。ビジネスの現場で様々なご経験を積まれた林さんは、アメリカの大学院で「アートマネジメント」という分野に出会います。アートマネジメントについて学ぶため、ニューヨークに渡った林さん。講義は、林さんがどのように「アートと福祉」の出会いに立ち会ったかというお話に続いていきます。

 

アートと福祉との出会い
海外で様々なアートプロジェクトに立会い、特に欧米の企業や社会全体が「アート」に大きな価値を見出す文化に驚いた林さん。1999年にイギリスで行われた国際シンポジウムに出席し、病院や施設を視察したことが、アートと福祉に関わるきっかけだったそうです。
「入院している方、高齢の方、リハビリ中の方、外出することができない方々にとって、アートがものすごく必要なものなのだということに気づかされました」
当時の日本では病院や施設は、アートとまったく無関係な世界だったと、林さんは言います。そんな中、林さんはどのようにアートと福祉を繋げていったのでしょうか。

 

福祉の現場にアートを持ち込む
「一番大変なのは、活動の許可を取るということなんですね。アートが健康に寄与するという意識が浸透していないので、アーティストが来てとんでもないことをされては困るという不安が施設側にあるのです」と、林さんは回想します。
そこで、ある高齢者施設を訪れた際、林さんはまず「何か困っていることはないですか」と聞いてみたのだそう。
すると、
「利用者が部屋にこもったきり出てこない」
「同じような作りの部屋ばかりで、自分の部屋がわからなくなってしまう」
という“困りごと”が見えてきました。
そこで林さんは、教え子である武蔵野美術大学の学生とともに各部屋の障子に絵を描くプロジェクトを始めます。その部屋の利用者の楽しかった思い出を聞き、その様子を学生が絵にしていく中で、「着物はこんな柄だった」、「今の私もここに入れて」と様々なコミュニケーションの中で、利用者と学生が一緒に作品を制作していったのだそうです。

 

この活動を始め、認知症の方のための施設などでも活動の場を続けていた林さん。2009年には、一般社団法人アーツアライブを設立します。
アーツアライブでは「アートリップ」というプログラムを行なっています。アートリップは、認知症の方と美術作品を鑑賞するプログラムです。アーツアライブでは、アートコンダクターと呼ばれるファシリテータを育成し、プログラムを実施しています。

 

認知症の方との美術鑑賞について、林さんは次のように語ります。

 

「日本の高齢者のレジャー白書では、一番やりたいことは旅行なんですね。それから、ハイキング。その次にくるのがこの美術鑑賞なんです」

 

実際にプログラムを行うと、これまで笑わなかった方がニコニコとお話をしながら楽しそうに鑑賞する様子が見られることもよくあるそうです。

 

認知症で認知の機能が低下しても、「感情」が最後に残ることに着目し、「感情」の部分に直接作用するアートの効果をを認知症予防に取り入れることを提唱されています。

 

 

国際シンポジウムの成果
2018年10月、国立新美術館にて「アート・記憶・高齢化:アートを通した“認知症フレンドリー社会”の構築」というシンポジウムを開催されます。このシンポジウムでは、欧米で美術館や劇場といった芸術団体が認知症当事者と家族の為のプログラムを企画実施し、介護の現場でも芸術が認知症当事者の症状の緩和や、QOL(生活の質)を向上させることに注目し、米国、英国、オーストラリアという同分野の先進国より第一線の研究者、実践者を迎えて国内外の先端事例を紹介し、芸術、アートの力は“認知症フレンドリー社会”の構築にどう寄与することができるのか、その実現に向けての課題について考察が行われました。国内外から、医療関係者、美術館館関係者など約230名が参加したそうです。

 

認知症に処方されるアート
海外では、認知症に効果があるとして、美術鑑賞が処方されるというニュースが報道され記憶に新しいところです。人々のwell-being(心身ともに病気ではない、虚弱ではないというだけでなく、肉体的・精神的・社会的にすべてが快適で幸せな状態)にとって、アートに触れる機会を持つのは、ヒューマンライツ(人権)として尊重されるべきという考え方が広まりつつあります。

 

林さんは力強く語ります。
「私の夢としては、日本は今はアートがリハビリ療法の対象にしかなりませんが、将来は音楽やアートとか、そういった活動が介護保険や医療保険の一部でまかなわれていくべきだと思っています。ずっとアートリップのプログラムを始めた2012年の頃からそう思って活動しています。最終的にアートというものが医療に組み入れられていくということに繋がっていくために、もっともっと、説得力を持ってそれを証明していく必要があります」

 

アートを介して社会課題に立ち向かう1人のアクティビストとしての林さんの信念と力強さに胸を打たれた林容子さんの講義でした。

 

(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)

アクセス実践講座②「海外にルーツを持つ子供の現状と課題 言葉、文化、制度、心の壁に囲まれたこどもたち」

2019.07.29

アクセス実践講座・第2回
「海外にルーツを持つ子供の現状と課題 言葉、文化、制度、心の壁に囲まれたこどもたち」
日時|2019年7月27日(土)9:30~12:00
場所|東京藝術大学 第3講義室

講師|田中宝紀(YSCグローバルスクール)


全8回で構成されるアクセス実践講座の第2回目を行いました。場所は、東京芸術大学の第3講義室です。第2回目は、YSCグローバルスクールの田中宝紀さんを迎え、海外にルーツを持つ子どもたちの現状と社会的課題についてお話を伺いました。

入管法改正、技能実習生、外国人観光客など、オリンピックイヤーに向けて、外国人についての報道が増加しています。東京都内でも外国人に出会う機会が増えたのを実感として感じるようになりました。

世界規模で国際化の進む中、日本では未だに移民として外国人を受け入れる制度が整わず、日本に住む外国人は「在留外国人」として不安定な状況を強いられている方が多くいます。中でも海外ルーツで多様な背景をもつ子どもたちの中には、言語的な支援がなく十分な教育を受けられないという状況が生まれていることも少なくありません。

YSCグローバルスクールは、NPO法人青少年自立支援センターが運営する、海外にルーツを持つ子どもと若者のための専門的教育支援事業です。2010年度より東京都福生市を拠点として、数十カ国にルーツを持つ子ども・若者たちを年間100名以上受け入れ、日本語教育、学習支援、不就学・不登校、高校進学希望のこどもたちの支援を行っています。

言葉、文化、制度、心の壁

田中さんは現在の状況についてこう説明します。

入管法の改正により、5年間で35万人の外国人受け入れという報道を聞き、外国人がどんとやってくるイメージを持つ人多いと思います。しかし外国人は2018年にはすでに日本に273万人いて、外国人増加は今に始まったことではありません。

また、外国人と日本人という区別を前提としていると、見えてこない問題があります。日本国籍でも日本語を母語としない子どもや、日本語しか話せなくても日本国籍を持っていない子どももいます。国際化が進む中で「日本人」自体も必然的に多様化しているのです」

田中さんは現場での支援に加えて、インターネット上で海外ルーツの子どもたちの現状や課題を広く伝える記事を執筆するなど課題の社会化にも取り組んでいます。現状と課題をシンプルに書いた記事に対しての反響が大きく、それだけ情報がなかったことを物語っていると感じられたそうです。

知らないということから生まれる誤解や差別。法整備や制度がない整っていないことにより、支援やセーフティネットが行き届かないという、制度や心の壁に幾重にも阻まれているのが、海外ルーツの子どもたちの現状と言えそうです。

遅れる日本語支援

子どもたちへの言語の支援についての現状を田中さんはこう説明します。

「勉強がわからないのではなく、言葉がわからない。言葉の壁のせいで本当はわかることもわからなくなる。けれど、日本語教育の支援が受けられないために、勉強ができず、授業が苦痛になり、友達とのコミュニケーションも取れずに学校での居場所を失って行く。学校に行けなくなることは、子どもたちにとって社会との接点を失うことに繋がります。

日本人の高校進学率は現在ほぼ100%ですが、海外ルーツの子は70%台。高校中退率も高く、日本人の7倍と言われています。

また、低年齢で来日した子どもは、母語の力が伸びないことも問題です。母語の柱が揺らぐと抽象的思考が難しくなり、理科の力や光、xをyに代入するような概念的なことを捉えることが難しくなります。思春期のときに心の悩みを自分の言葉で思考することができず、自分と対話が難しくアイデンティティのゆらぎに繋がることもあります」

言語の獲得は、このように子どもたちの居場所やアイデンティティの形成にも関わる喫緊の課題ですが、その支援は遅れています。

「日本語がわからないこども4万千人のうち1万人以上が学校で無支援となっています。理由は指導者がいないから。こどもを学校に受け入れておきながら支援しないのは人道的問題です。東京周辺は比較的NPOの支援を受けている可能性もありますが、外国人散在地域での支援の空白が課題になっています」

 

YSCグローバルスクールの日本語支援

「YSCに来る子どもたちは、日本語がわからず勉強についていけない、高校進学したい、いじめなどで学校に行けなくなった、など幅広いニーズがあります。社会に中に居場所がないこどもたちも少なくないです。授業は基本的に日本語。日本語を学んだあとそれぞれに応じた学習支援を受けられます。

数学の授業では計算力をつける前に、日本語で数学を学ぶことに慣れていきます。英語はできるのに、日本語で英語の勉強しなければならず理解できないという本末転倒の状態も生まれているのが現状です。YSCでは、学校や日本社会に適応するためのサポートをします。フリースクールと日本語学校を掛け合わせた感じです。

生徒には6歳から30代くらいまでの人がいて、10代半ばが最も多く年間100~120名くらい集まります。日本語レベルはそれぞれ。神奈川や埼玉、千葉からの受け入れ実績もあり、それだけ日本語を学ぶ場が限られているということの表れだと思います。フィリピン、中国、ネパール、ペルーがルーツの子が多く、これまで750名37カ国以上のこどもたちを支えてきました。

普段の授業はデジタル化を進めています。2016年11月からは中3の進学支援をオンラインで実施し、全国各地の子どもたちに支援を届ける取り組みを始めています」

 

やさしい日本語

外国人や海外ルーツの子どもたちとのコミュニケーションのために、今注目されているのが「やさしい日本語」です。今回のレクチャーでは、やさしい日本語について理解するためのグループワークを行いました。

田中さんから、練習問題として会話の内容の一文が出題され、日本語があまりわからない方に対して伝わる「やさしい日本語」に書き換えます。

難しい単語や言い回し、婉曲した表現を避け、相手が行動をしやすくなる伝え方を心がけることが大切です。書く体裁も、単語と単語の間を空けたり、イラストや表を使うなど、少し気をつけることで、伝わりやすい日本語にすることができます。

 

***

質疑応答では、とびラーからたくさんの質問・感想が寄せられました。

現状を全く知らなかったという驚きの声や、貧困問題としての側面に関しての質問、移民政策についての質問などです。

最後にとびラーから寄せられた質問は、「YSCグローバルスクールで実際に子どもたちの指導にあたる専門家の育成をどのように行なっているか」というものでした。それに対する田中さんの答えからとびラーの活動にも通じるものを感じました。

田中さんは言います。

「目の前のこどもを救うことも大事ですが、みんなでひとつの大きなミッションを共有することが大事だと思っています。木を見て森を見ずだと行き詰まってきます。『社会を変えられるかもしれない』というやりがいをみんなと話し合うことを大切にしています」

(東京芸術大学 美術学部 特任助手 越川さくら)

アクセス実践講座①「ミュージアムにおけるダイバーシティと合理的配慮」「経済格差とこどもたちの文化的状況」

2019.07.07

アクセス実践講座・第1回

日時|2019年7月7日(日)13:30~16:30
場所|東京藝術大学第3講義室

テーマ1:「ミュージアムにおけるダイバーシティと合理的配慮」
講師:稲庭彩和子(東京都美術館 学芸員 アート・コミュニケーション係長)

テーマ2:「経済格差と子どもたちの文化的状況」
講師:松見幸太郎(NPO法人キッズドア 事務局長)


全8回で構成されるアクセス実践講座の第1回目を行いました。場所は、東京藝術大学の第3講義室です。第1回目は、美術館がすべての人に開かれた場となるための講座のコンセプトへの理解と、実際にアクセシビリティの障壁となっている社会的課題について、とびラーみなさんが思考を始める機会となりました。


レクチャー1
稲庭彩和子(東京都美術館 学芸員 アート・コミュニケーション係長)
「ミュージアムにおけるダイバーシティと合理的配慮」

 

東京都美術館 稲庭さんのレクチャーでは、なぜとびラーが美術館のアクセシビリティについて学び、行動していくことが必要なのか、この講座のコンセプトとも言える内容が語られました。

人々が文化に接続することの価値と権利、文化施設が担う社会包摂的機能への関心の高まり、すべての人に開かれた美術館に必要となる合理的配慮の考え方についてお話を伺い、とびラーがアクセス実践講座を通して考え、実際の活動を作って行く基礎を築く時間となりました。


レクチャー2
松見幸太郎(NPO法人キッズドア 事務局長)
「経済格差と子どもたちの文化的状況」


続くレクチャーでは、NPO法人キッズドアの松見さんからお話を伺いました。講座の目標である「具体的な社会課題に関わる状況、活動を知ることにより、美術館に行くことが難しい人が来館し、利用するために必要な支援を考える」ため、大切な一歩となりました。

キッズドアは、子どもの貧困という社会的課題に対して学習支援という形でアプローチを行なっている団体です。ミュージアムスタートあいうえの「ミュージアム・トリップ」プログラムでこれまでに何度か連携し、子どもたちととびラーが一緒に上野の文化施設での活動を行なっています。(2016年度2017年度2018年度

2015年の厚生労働省の統計で、日本の7人に1人の子どもが貧困状態にあるという数値が示されました。キッズドアは、「すべての子どもが夢と希望を持てる社会」の実現に向けて、学習支援を基幹事業とし、学び直し事業や全国での地方創生事業などを展開しています。2018年度には、のべ1800人の子どもたちに1900人の登録ボランティアが多様なロールモデルとして関わり、学習支援を行なったとのこと。親の経済状況により、子どもが貧困に陥り、学習ができない状況がまた新たな貧困を生む「貧困の連鎖」の輪を断ち切るための取り組みがなされています。


経済的に不利な状況にある子どもたちは、文化的資源の不足や、体験の不足も顕著なため、文化施設で出会う多様な大人「とびラー」との活動「ミュージアム・トリップ」は貴重な機会であるとの嬉しい言葉もいただきました。


ソーシャルセクターの活動団体として、国や行政に頼るのではなく、自分たち一人一人の責任として社会的課題の解決に取り組むこと。そのために、事業や活動の価値の可視化と持続可能な運営をして行くことの重要性も語っていただきました。今新たに、行政や企業とコンソーシアム(共同事業体)を作り、生活困窮者世帯に食品パッケージをアウトリーチ型で届けるというモデル事業を展開しているとのこと。「全国的にどこの自治体でも真似してもらって大丈夫です、というところまで作り上げるのが私達の目標」と語る松見さんの姿に、課題解決に向かう上でより大きなビジョンの元で活動を展開していく力強さを感じたお話でした。

最後に、とびらプロジェクトのマネージャである東京藝大の伊藤達矢さんから、とびラーに向けてのメッセージが伝えられました。
「実践講座は、講座と銘打っていますが、実はこれ、ミーティングだと思うんです。皆さんと我々とそしてゲストに来てくださる方々の。社会にとっては非常に小さなミーティングかもしれないけど、これだけの人数でやることを考えると非常に大きい。自分たちの活動を作っていくための大事なミーティングの場であるというのが本質的なところだと思います。なので、講座を受けるというようなスタンスというよりは、一つ一つの我々の活動を作っていく大事なミーティングで場であるというような認識でこれから1年間実践講座に取り組んでいけたらいいと思います」

これからの1年間、みなさんと共に考え、活動を作っていきたいと思います。

(東京芸術大学 美術学部 特任助手 越川さくら)

アクセス実践講座⑦|「認知症に対応した鑑賞プログラム」

2018.12.02

講師:林容子さん(一般社団法人アーツアライブ)

「アート、美術館、認知症・そして私」

アクセス実践講座第7回は、一般社団法人アーツアライブの林容子さんをお迎えし、認知症の方に対応した対話型鑑賞プログラム「アートリップ」についてお話を伺いました。

 

「実は、福祉や高齢者問題は、私にとってまったくの専門外でした」

と林さんは言います。

 

林さんは、国内外でアートやアートマネジメントのエキスパートとして活動をしてきました。美術大学での講義や、アートに関する著書(*1)も執筆されています。イギリスで行われた国際的なカンファレンス「Conference for Health and Arts」に参加したことがきっかけで、「アートと福祉には親和性がある」と直感した林さん。持ち前のバイタリティで福祉施設にアートを持ち込む活動を実現させていきました。

学生や、介護現場の方々、また、施設を利用している認知症当事者の方々と協働して、病棟での作品展示や、徘徊する高齢者のためのアート作品の制作などを8年間にわたって行なったそうです。

2009年に一般社団法人アーツアライブを設立し、現在は認知症の方と行う対話型鑑賞プログラム「アートリップ」事業に注力されています。

アーツアライブ、そして林さんが何を目指して事業を展開されているのか、ここでは3つのキーワードに絞ってお話の内容を振り返ってみます。

 

⑴「社会のあり方」を作る

⑵「事業」を作る

⑶「アートの価値」を作る

 

それぞれどのようなお話だったか、少しずつご紹介します。

 

⑴「社会のあり方」を作る

現在、日本の認知症の方は約500万人 軽度認知症(MCI)推定400万人と言われています。2025年には700万人に上ることが予想され、予備軍を入れるとその数は1200万人に達する予想です。人口の多くが認知症となる時代では、認知症になっても共に楽しく生きられる社会を作ることが重要です。

そのためには、認知症を治すことを考えるよりも、社会全体が「認知症フレンドリー」な社会へと変容していことが求められます。「この分野では、日本はトップランナーである」と林さんは言います。

 

アーツアライブは、2018年10月に国際シンポジウム「アート、記憶、高齢化:アートを通して認知症フレンドリー社会の構築」を開催しました。世界的に認知症の治療薬への期待が高まる中、2018年、大手製薬会社が認知症治療薬の開発を中止することを発表しました。認知症は特定の病気ではないため、薬の効果が期待できないというのがその理由でした。

 

「認知症になること=悪いこと」と捉える固定観念を脱却し、「できることに目を向ける」発想への転換のキーワードとして林さんはアートを活用することを提案します。「認知症になっても楽しく生きられる」と思える社会を構築するために、アートにできることがあると林さんは考えています。

 

⑵「アートの価値」を作る

「アートの前ではすべての方が平等です」と林さんは言います。

認知症の方は脳の機能が低下することが知られていますが、感情は衰えないで最後まで残ります。「怒りやすくなった」「子供に戻った」などネガティブに語られることも多いこの特徴を、林さんは「とっても素直に表現されるので、こちらまで素直な気持ちになる」と肯定的に捉えます。認知症になり一層豊かになる感情と、それを大切に扱うアートとは親和性が高いということができます。

 

アートリップでは、対話をしながらアート作品を見ます。それにより、脳の細胞を活性化したり、参加者が個人としての尊厳を感じることができます。また美術館というハレの場で、普段は介護をする側/介護をされる側の人々がともに一つの作品を鑑賞することで、いつもとは違う視点でその人のことを見ることができ、普段の関係性も刷新されていきます。

 

アートを見るということを、時間や空間を超える未知の世界への旅に置き換えることもできます。アートリップでは「船頭は参加者」と考えています。アートコンダクター(アートリップにおける対話型鑑賞ファシリテータ)は、彼らが行く道に一緒について行って、楽しい旅ができるようにアテンドします。アートは一つの正解では語れず、見る人それぞれに委ねられる余白を大切にするため、それぞれの参加者の意見を尊重することができる。それはアートの価値の一つであると、お話を伺っていて感じました。

 

⑶「事業」を作る

アートや福祉に関わることは、収益を生まないボランタリーな活動としても成立するのが現状です。しかし助成金や補助金に頼るだけでは、活動は限定されていきます。もともとビジネスの世界に身を置いていた林さんは「一杯のコーヒーを飲むように、価値に対価を払っていただく収益事業にすること」にこだわっていると言います。

 

そのための方策として、これまで出会ってきた先達の言葉から、多くの示唆を得ていることもお話ししてくださいました。

 

「水は川上から川下へ」

この言葉は、会社員時代に尊敬する上司の方から教わった言葉だそうです。活動を広く行き渡らせたい時、その業界のトップにまずはアプローチをすること。なかなか勇気のいることですが、この言葉を今も大事にされているそうです。その結果、アートリップの活動は現在、美術館16館、高齢者施設や病院など21箇所以上に広まっています。

 

事業として行うためには、エビデンスを取り、示していくことも重要になります。特に福祉の分野では、効果効能が示されることが安心を生むこともあります。アーツアライブは、認知症予防産業として効果検証を行いました。その結果、うつ症状の改善や、脳の一部領域の活性化に効果があることが実証されました。

 

産業として成立することで、活動の自立性と持続可能性を高めていくこと。これが、これからのアートや福祉の活動に求められる姿勢だと感じました。

 


 

林さんのお話は、そのすべてがご自身の体験や活動そのものから発せられるパワーに満ちていました。そして、それとは対照的にアートリップに参加される認知症当事者やそのご家族、介護者のことを話すときには、慈しみに満ちた表情で嬉しそうに話す姿が印象的でした。

 

講義後のとびラーの感想の一部をご紹介します。

ー「社会への適応ではなく社会側からの適応によって、多くの人に幸せをもたらしたい(人間中心主義)という林さんの思いが伝わってくる力強い講義でした」
ー「本当にエンパワメントされた。講義の内容もインパクトがありましたが、教える方のそのひとならではの「立ち方」みたいなものってすごく印象深く残るんだと感じました。」

 

とびラーは、3年間の任期中や、任期を終えて都美を巣立った後も、アート・コミュニケータとして社会に活動を作っていくことが期待されています。今回の林さんの講義では、立ちすくんでしまいそうな社会課題に対し、クリエイティブな視点で発想を転換し、ワクワクと情熱と適切な戦略を持って活動を展開していく、1人のアクティビストとしての林さんの姿に、多くのとびラーが心を打たれたようでした。

この出会いに刺激され、とびラーが自分たち自身の活動を社会の中に作っていく日が待ち遠しいです。


*1:

進化するアートマネージメント(2004年)出版社:レイライン

進化するアートコミュニケーション (2006年)出版社:レイライン

 

(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)

アクセス実践講座⑥|「ワークショップを計画する」

2018.11.11

テーマ:「UDトークを使って上野公園でできるワークショップを計画する」

アクセス実践講座④⑤|「ワークショップ・メイキング」

2018.10.14

テーマ:「ワークショップ・メイキング」
講師:舘野泰一(立教大学経営学部)

アクセス実践講座③|「聴覚障害者の教育的状況と情報保障について」

2018.09.30

テーマ:「聴覚障害者の教育的情況と情報保障について」
講師:廣川麻子(NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)

アクセス実践講座②|「多文化コミュニティとミュージアム的機能」

2018.07.15

テーマ:「多文化コミュニティーとミュージアム的機能」
講師:岩井成昭(秋田公立美術大学)

アクセス実践講座①|「ミュージアムにおける社会包摂的活動」、「日本の子どもの孤立・貧困の現状と背景」

2018.07.01

テーマ:「ミュージアムにおける社会包摂的活動」
講師:稲庭彩和子(東京都美術館)

テーマ:「日本の子どもの孤立・貧困の現状と背景」
講師:小澤いぶき(NPO法人PIECES)


2018年度のアクセス実践講座が始まりました。

 

東京都美術館は、すべての人に開かれた美術館となることを、そのミッションに掲げています。

 

「すべての人」とは、だれのことでしょうか。

年齢も、使う言葉も、移動の仕方も、知覚の仕方も、表現の仕方も、人生における状況もすべてが異なる、一人一人の多様な人のことを指しているのだと思います。

 

とびらプロジェクトに関わる以前、筆者は“目が見えない方”が、美術館に訪れることを知りませんでした。理由は「見えない方は、見るための場所(美術館)では楽しめないだろう」という思い込みでした。この考えには、いくつもの過ちがあります。ひとつは視覚障害者を”目が見えない方”とひとくくりにしている点。視覚に障害がある=見えない、ではありません。どのように見えないのか、どのように見えるのかはお一人お一人もちろん異なります。決して「視覚障害者」という人がいるのではないのです。もう一つは、「見る」ことを視覚の機能としてだけ捉えていること。実際に眼球を通して脳に像を結ぶことだけを「見ている」というのではありません。「見る」という行為には、実は目だけではない様々な入り口があるようなのです。さらには、美術館を「見るだけの場所」と定義していることも、思考の間口を狭くしていました。

 

東京都美術館には、実際に多くの視覚障害者が来館されています。各特別展ごとに開催される「障害のある方のための特別鑑賞会」では、特に多くの視覚に障害がある方が来館され、ご一緒にいらした方や、とびラーと一緒に展覧会をご覧になっています。今では、たとえ視覚に障害があっても、美術館にその方がいらっしゃることになんの不思議もないというのが実感です。「知らないこと」からくる偏見は、このように一人一人の人と人が出会うことで解消していくのではないかと思います。

 

このように、実際に1人の人に会って、体験を共にしたり、お話をしてみないと、自分が今立っている場所からは想像できないことはたくさんあります。

 

アクセス実践講座では、「美術館へのアクセシビリティ(アクセスのしやすさ・体験の受け取りやすさ)の向上」という窓から、社会の中で今見えている課題、まだ顕在化していない課題へと目を向け、想像し、その先にいる人と繋がり、美術館という場所で共に作品の前に立つ日を展望していきます。

 


2018年度アクセス実践講座目標
具体的な社会課題に関わる状況・活動を知ることにより、美術館に行くことが難しい人が、来館し、利用するために、どのような支援が必要なのか、企画する力を身につける。


 

第1回目は、東京都美術館の稲庭彩和子学芸員(アート・コミュニケーション担当係長)と、NPO法人PIECESの小澤いぶきさんからお話を伺いました。

《前半》

前半の稲庭さんからは、東京都美術館の掲げるミッション、障害者差別解消法と合理的配慮についてのお話から、なぜ私たちはミュージアムへのアクセシビリティ(近づきやすさ、親しみやすさ)について考えるのかという問いに始まり、美術館で得られる体験が人々のケアと密接な関係があること、また実際に様々な美術館が行ってきた数々の「Engagement/関わり合い」から生まれる「Caring/深く対象に心を向け続けること」の実践について紹介がありました。どのようなお話があったか、少しずつご紹介します。

 

障害者差別解消法合理的配慮:障害のある人とない人の平等な機会を提供するために、障害の状態や性別、年齢などを考慮した変更や調整、サービスを提供すること。
→美術館がアクセシビリティの課題を考えること(社会的要請の側面から)

 

・キュレーションとケアのつながりについて
学芸員の仕事である「キュレーション/curation」の語源は、実は「ケア/care」と繋がっている。
「大事にする」「大切に育む」「深く心を向け続けること」という点で似通っている。

 

・ケアとは何か
広井良典著「ケアを問い直す<深層の時間>と高齢化社会」の一節を紹介
“「人間とはケアする動物である」と言えるほどに、ケアは深く人間が人間であることに関わっている”
“ケアは普通『自分以外の何ものか』に向けられたものであるのに、その過程を通じて、むしろ自分自身が力を与えられたり、ある充足感、統合感が与えられたりするものである”
“『信じるに値するケア』を見出し、それを育てていくことは、その人の生にとってももっとも深い価値を生み出す拠りどころになっていく”

 

ケアという体験では、自分とは違う存在に深く心を向け、大切に育む中で、自分自身が深い価値や、生きるための拠りどころとなるような充足感を得るというお話を聞き、筆者の心にはこれまで祖父や祖母を自宅で看取ってきた母の顔が浮かびました。心からケアをしたくなる相手とめぐり合い、ケアという行為を通してその相手と繋がることは、人生の一つの大きな喜びと言えるのかもしれません。

 

ここから稲庭さんは、他者の世界のと自己の世界をともにケアすることを、美術鑑賞の体験になぞらえていきます。

ー “これまでの美術館の「教育普及活動」では、作品とその情報を分かりやすく来館者に伝えることに重点が置かれていました。そこからもう少し踏み込んで、鑑賞者=自己と、作品=他者との間に関わり合い(Engagement)や対話が生まれる場づくりをする、そこまでを含めると「アート・コミュニケーション」という言葉がフィットしてきます。そこでの鑑賞体験から得られる自己と他者(作品や、共に鑑賞する人たち)の間の「相互主観性」(自己と他者がそれぞれ異なる存在でありながら、自らの一部として他者を感じる感覚)が生まれてくることが、作品を鑑賞する上での「ケア」の感覚ではないでしょうか。”

 

作品が発するメッセージに共感したり、作品を通して作家の姿を身近に感じるとき、また、共に作品を鑑賞する人との間での「その感覚は私にもある。とてもよくわかる」という思いを手渡しあったりする事。そういった体験を一度でも経験すると、そこから大きな充足感を得、美術鑑賞のファンになってしまう。この感覚は、筆者にとってもとても身近なものです。

 

このような、作品と自分との共感の波を生む場所として、「ミュージアムの非日常性」はとても有効であるということも稲庭さんは言います。

ー “第三の場所、聖域、神話的時間など、様々に表現される社会的な尺度や差異が溶け合っているような場所(=美術館)は、作品という言葉を発しない「モノ」との「相互主観性」を生み出しやすくする場と言えるのでしょう。ここを訪れる人々が、神話的時間の中で作品を介した他者とのつながりを感じることで、充足を得ていくという効果が美術館という場所の持つ特徴なのだと言うことができます。”

ミュージアムを、一部の限られた人たちだけでなく、すべての人にとって繋がりやすい場所にしていくことの意義がより具体的に見えてきました。

 

すべての人に向けたアクセシビリティ向上のための取り組みは、とびらプロジェクトでも2012年の始まりから様々な実践が行われてきました。その一部を、海外のミュージアムにおける事例とともに紹介します。

<海外のミュージアムにおける事例>
House of Memories(回想法)@National Museums Liverpool(イギリス)
・MET Escapes
@The Metropolitan Museum of Art 分館(ニューヨーク)
・meet me@MOMA (ニューヨーク)
これらは、認知症の方々を対象にしたプログラムです。プログラムの一番の効果は、作品、そしてファシリテータという中立的な人を媒介に、同じ病を持つ患者やその介護者といった問題を共有できる人々との関わりができたことではないでしょうか。作品を介することで、探究心(生きる力)が生まれ、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に繋がるという事例が多く報告されています。

 

<とびらプロジェクトの事例>
障害のある方のための特別鑑賞会:休室日の展示室に、障害のある方々を招待するプログラム。館内各所でとびラーが来館者を出迎え、鑑賞に寄り沿う。
アクセシビリティ調査:リニューアルオープン後の東京都美術館のアクセシビリティの課題を実際に車椅子で移動するなどして調査したプロジェクト。
・iPad@特別鑑賞会:障害のある方のための特別鑑賞会において、作品画像を入れたタブレット端末をとびラーが持ち、見えづらいところなどを拡大して来館者に見てもらうプロジェクト。
トーク・トーク:目が見える人と見えない人がともに作品を鑑賞するプログラム。
knock × knock「美術館に行こう!」:児童養護施設などの子どもたちとミュージアムに出かけるプログラム。アート・コミュニケータが一対一で伴走する。

 

<Museum Start あいうえの の事例>
のびのびゆったりワークショップ:障害のある子どもたちを東京都美術館に迎え、とびラーと一対一でワークショップを体験する連続6回のプログラム。
ミュージアム・トリップ:ミュージアム・トリップは、とびらプロジェクトを卒業したアート・コミュニケータの活動へと継続しています。

 

ここまでで気がつくように、
ケアという体験は、どちらか一方が「する」人で、どちらか一方が「される」人にはなり得ません。これはとびらプロジェクト全体の活動においても同じ構造となっています。

とびラーはプログラムを「する」人で、来館者はプログラムを体験「してもらう」人だという従来のいわゆる「サービス」のような構造をイメージしていると、とびらプロジェクトで起こっていることは説明がつきません。

 

プログラムを通して人と人が、美術館という非日常の場所で「出会い」「関わる」こと、その過程の全てが「する/される」を超えて、双方の充足と価値を生み出していくという感覚は、とびらプロジェクトに関わる人々、また、社会の様々な場所で、ケアに携わる方々にはイメージしやすい感覚なのではないかと思います。

 

この感覚のことを、稲庭さんはWin-winからGift-gift(お互いに贈り合う、ギフトし合うこと)へ、と表現します。どちらも勝つのではなく、どちらからも与え合うことによって自己と他者双方が肯定される場所、美術館がそんな場所として機能していくことも、そう遠い未来ではないのかもしれません。

とびらプロジェクトでは、今後取り組まなくてはならない社会的な課題に対する取り組みを、多様性の尊重とそのネットワーク化の2つであると考えます。1つは人々の価値観や文化背景の違いなどを尊重することであり、2つ目は個々人の生き方を孤立させず、社会の中で関係づけていくことと捉えています。

 



《後半》

続いて、講座の後半でお話をいただいたのは、
NPO法人PIECESの小澤いぶきさんです。

 

NPO法人PIECESは、孤立や貧困の状態に置かれた子どもたちに「コミュニティ・ユースワーカー」と呼ばれる保護者でも、先生でもない第三の大人の存在との関係を作り、子どもを孤立させないための道筋を社会の中に作っている団体です。

 

児童精神科医として働いていた小澤さんは、病院を受診する子どもたちがいくつもの複雑に絡み合った問題を背負っていることに気がつき、このような状態になるもっと以前にできることがあるのではないかと、NPO法人PIECESを立ち上げたのだそうです。

 

子どもの貧困という社会課題は、近年メディアでも多く取り沙汰されています。
日本における「貧困」という状態は、「相対的貧困」とされ、いわゆる「貧困のイメージ」だけでは括れないものであると小澤さんは言います。それは、頼る人がいない・頼れる人がいないと言った精神的・物理的孤立と結びついていることが多く、自分の周りを取り囲む「溜め」が極端に少ない状態と定義されます。

 

日本国内の7人に1人の子供が相対的貧困状態であること、虐待相談件数が増加の一途をたどっていることなどは、ニュースでも目にすることができます。ですが、「なぜ、そのような状態に陥ってしまうのか」については、私たちの想像力が追いつかない部分もあるのではないでしょうか。

 

今回の小澤さんのお話から、子どもが孤立していく過程と「自分の力ではどうしようもない」やるせなさが、ありありと心に迫ってきました。

 

子どもが亡くなるような悲しい事件が起こった時、私たちの心にはつい「どうして誰かに相談しなかったのか」という気持ちがよぎってしまうのではないでしょうか。しかしこの「誰かに相談する」という行為は、実はとても主体的な行為であり、これ自体が難しいことなのだということが、小澤さんのお話を聞いているとよく分かります。

 

誰かに相談するという行動に出るためには、まず、「自分が困っている」ということを自覚する必要があります。あまりにも当たり前に困難が身近にある環境で育つと自分が「困っている」ことに気づくこと自体が難しく、また、誰かに相談するためには、自分の抱えている困難の内容が言語化できなくてはならないというハードルもあります。次に、相談しようと思った時にでも、相談する「誰か」の顔が思い浮かび、その人の所に出向くことということは、より主体性を求められる行動となります。自分を大切にされた経験が少ないと、自分への信頼感、人への信頼感が乏しく、そのように主体的な行為を行うこと自体が困難を伴うのです。

 

それを<孤立のループ>であると小澤さんは言います。
孤立に陥る原因は、子供の成長の様々な段階で異なる形で現れます。

 

・乳幼児の孤立の原因
こども(未就学児~6歳):親(養育者)を通して社会とつながっている時期。虐待、精神疾患、若年妊娠(中卒で就労できない、支援を受けられない)など、養育者が孤独に陥っていると社会と断絶されてしまう。
・青年期の孤立の原因
家庭以外学校現場が社会の入り口になる。社会の居場所を自分たちで作っていく時期。自分で新しい場所、選択肢を探す手立てがない。

 

子どもはその養育者の社会との関係性を自分の意思によらず受け継いでしまいます。
そのため、社会的に孤立した養育者の元では、簡単に子どもも孤立のループの中に巻き込まれていってしまうのです。こういった現状をつぶさに見ていくと、現状の公的支援が届かないのは何故なのか、その理由も自ずと見えてきます。ここからは、現状の社会課題に対しPIECESがどの様に考え、行動してきたのか、小澤さんの具体的なお話を紹介します。

 

<現状の公的支援の課題>
1)申請主義なので、そもそも支援が届かない
・申請主義:困っていることを自覚していて、行政までアクセスできる人にとっては有効
・困難な中にいるとき、混乱しているときは「どうしていいかわからない」「なんかしんどいんだけど、、」相談しづらい→よろず相談が受けられる・受容できる媒介者が必要
2) 専門機関の逼迫により、十分なケアがされていない
・専門機関も逼迫している現状
・保護している存在(養育家庭、児童相談所、児童養護施設)も100%以上の稼働率
・十分なケアがされないまま地域に戻されてしまう
3) 行政によるケアが縦割り
・こどもたちの課題は複雑に絡み合っている

そこで、PIECESでは、子どもたちにとって信頼できる他者が社会にたくさんいれば、子どもの孤立が減るのではないかと考ました。
コミュニティユースワーカーとは、特定の信頼できる大人(親ではない他者)であり、その理解ある大人との関係を通して、子どもたちは徐々に社会や人への信頼感を培っていくという取り組みです。

 

<PIECESの具体的活動>
子どもにとって信頼出来る他者を増やし、社会の受容性を高めることで、子どもが孤立しない仕組みをつくるために、PIESESが手がける事業は次の3つです。①人材育成②子ども支援③社会提案

 

①人材育成:非専門家「コミュニティユースワーカー(CYW)」を育てる
6ヶ月の育成プログラムで、子ども達1人1人に合わせた関わりを作ることができる支援者の育成を行う。
・4期生がスタート!育成人数35名(1期8名+2期8名+3期19名)⇒研修生47名

 

②子ども支援:CYW卒業生の活動など
・クリエイティブガレージ:中高生のものづくり体験拠点
20名くらいの小中高生が参加できる。自分がはまっていたゲームの製作者に出会ったことがきっかけで「ゲームを作りたい」と思うようになった。クリエイターが自主的に声を掛け合い、集まってきた。
・もえかん家:シングルマザーとなっている若年妊娠した人たちを対象に、ある家に招きお話をしたり交流したりする場所。
・不登校サポート
・クッキングイベント
・CYWにきたある女の子の例:
お母さんがうつ病である。こだわりが強く友達とうまくいかない、学校に行けない、医療機関の支援を受けていた。
→専門家の紹介でCYWにつながる。
→空想の世界、ストーリーを考えるのが得意。ゲーム制作イベントに参加し、グループでの活動に参加できるようになった。
→自分の役割を見出したり、そんな自分を認めてもらいたいと思い学校に行き出した。
→現在:CYWの活動に通うのではなく、別の活動に参加するようになったり、学校に通い出し、特待生で大学進学をした。

 

CYWという、親ではない特定の信頼できる大人との関わりが、社会との接点を広げ、自分の可能性へと繋がる大きな力になった例です。

 

③社会提案
自分のための場所が「家」以外にもあってもいいのでは。
その子のための場所が社会の中に複数あることが大事。

どんな環境に生まれ育っても、孤立することなく豊かに生きていける社会

 

 

CYWが持っていたい姿勢や包摂に向かう価値観は、とびラーが身につけたい振る舞いとも共通する点が多くありました。

その子の「今」を大切にすること。
関わる自分自身が安心している状態で、余裕あること。
二項対立ではとらえない。この子自身が何を学びたいのか、本当に何が必要なのか、他者を想像するために「あらゆる物事の前提を疑うこと」

 

<社会の受容度を促進・拡張していくために>
・いかに人の想像性を広げられるか:目に見えないこと(invisible)なこと・もの・人への想像性。想像力を狭めてしまう原因はこりかたまった信念・価値観があること。それを解きほぐす。
・価値軸の多様性を尊重する。
・自分の日々の振る舞いが社会の受容度・変化につながる
・出会いに行く=孤立している状態(目に見えない状態)に橋をかけていく必要性

 

<海外での取り組み>
移民、難民の方々は言語的、文化的な選択肢が少なく孤立・貧困などの困難な状況に陥りやすい方々ということもできます。PIECESでは世界における子どもの孤立・貧困にも目を向け、テロ組織による子どもたちのリクルーティングの阻止にもできることがあるのではないかと、当該国との交流を始めたところだそうです。

 

稲庭さんと小澤さんのお話を聞き、私たちがミュージアムへのアクセシビリティを向上するために行動する意義と、そこに向かう態度をイメージできた、アクセス実践講座1回目となりました。

 

様々な見えにくさの先を想像し、美術館へのアクセスに困難を抱えた方々の状況を知り、そこにリーチしていくことは、アクセスをしてもらう美術館という構図ではなく、美術館の方から困難を抱えた方々へアクセスする回路を作る不断の努力をしていくということなのかもしれません。

 

(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)

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