東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

藝大生インタビュー

東京藝術大学で学ぶ学生のアトリエをとびラーが訪ね、作品が創出されるその現場を取材しています。

「彫刻とは、『嘘的』であり『暴力的』である」藝大生インタビュー2016|彫刻科4年・吉野俊太郎さん

2017.01.11

冬晴れの12月。彫刻棟の奥からさわやかに現れた吉野さん。第一印象は、長身で、まだどことなく無邪気さの残る学生さんというイメージでした。
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木彫室へ案内され、ドアを開けた瞬間、広がってきたのは強い木の香り。

「これは何の木の香りですか?」と尋ねると、「クスの木です」とのこと。クスの木は彫刻によく使用される材料だそうです。スギの木とは違い、木が剥がれにくく粘りがあり、扱いやすいのが特徴だとか。どことなく懐かしい香りだと思っていたら、虫よけに使用されている「樟脳」もクスの木なんだそうです。他の木材との違いや特徴についても、丁寧に説明してくださいました。

そして、作業場の奥にある吉野さんの作品の前へ。

 

—卒業制作は、どのような作品なのでしょう?

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「建築物みたいなかんじで、これまでに制作してきた作品が組み合わさってできています。西洋美術館にあるオーギュスト・ロダンの《地獄の門》をイメージしていて。全体としてはこれからもっと門のように組み上げられていく予定です。大学生活の集大成となる作品。」

 

すると、とても丁寧に穏やかなトーンで話されていた吉野さんから、

突然、衝撃的な言葉が飛び出しました。

 

「僕は、彫刻の乱暴なところとか、暴力的なところが気になっていて。」

 

「作品を作ることは、ある意味、暴力的な行為だと思っているんです。

切ったり剥がしたり、チェーンソーは絶対に人には向けてはいけないものなのに、木には使っている。木と木をくっつけたりつなげたり。作品を作る上では当たり前のことだけど、木からしたらすごく怖いことじゃないですか、こちらが気にしなくなっているだけで。」

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—どうして「暴力」がテーマに?

「伝統的な技法にも、やっぱり暴力性は秘められていると感じていて。今回使用している寄せ木、千切り、かすがい、これらはまさにそうです。木を切って、打込んで。イメージを木を使って再現する際に、無理矢理かたちを変化させていって、理想的に仕立て上げるという嘘のあたりも暴力的だなぁと思っているんです。

彫刻って、イメージを作品にしたところで全く役に立たないかもしれないじゃないですか。やらなくてもいいことなのに、作家たちは夢中で、本来の目的から外れたとしてものめりこんで作業している。なかなか気付かないけれど、これってとても厳しいことなんじゃないかな。」

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吉野さんの作品はとても大きな木彫作品で、カヤの木とクスの木を「千切り」「寄せ木」「かすがい」という伝統的な彫刻技法を使用してつなぎ合わせています。

【千切り】

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【寄せ木】

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【かすがい】

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「たとえば、千切りは木のひび割れを止める為の技法なんですけど。「われるな、われるな」って。でも、それってばんそうこうみたいなものじゃなくて、ホッチキスの針みたいな強さのものなんですよ。そういう、木を自分の身体に置き換えた時に見えてくる暴力性だったり、突然大きなものが現れる暴力性だったり、全く関係のないものが持ち込まれたりする暴力性だったり…僕がこれまでに制作してきた作品もそんなテーマのものが多いです。美術には暴力的な行いが多く含まれていると思っています。」

 

「僕は基本的に嘘が嫌いなんですよ(笑)。大学に入る前に美術予備校に通っていた時期のことなんですけど、たとえばブロンズ像を見た時なんかにすごくかっこいいと思ったんです。でも、ある時裏側を見てみたら空洞だった。もちろんブロンズ像を軽くするための技術なんですけど、木彫作品でも内側をくりぬく技法があります。で、『自分が見ていたものはなんだったんだ?』って。

彫刻が『生きているようだ』と感じられるとしたら、それは魂の話じゃないですか。でも、そこには空洞がひろがっているだけで。実は目に見えている部分よりも、見えない部分の方が重要なんじゃないかって考えるようになった。だから、自分のやっていることを作品として、まずは嘘や暴力的なことの気持ち悪さや痛々しさを伝えようと思い始めたんです。そんな『嘘と暴力のかたまりである美術のままでいいのか?』と。」

 

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「木を彫ることにも最初はすごく抵抗があった。やりたいという気持ちと、やってはならないという思いが、自分のなかで複雑に存在していて。でも、人に暴力的な行為を見せるためには、実際に自分でやらなければ、作品を作らなければ伝わらないと思った。行為も含めて見せつけなければ、僕の言いたいことは表現できないんだと」

 

 

—彫刻の理論と実践、両方を捉えているんですね。

「『彫刻って何ですか?』と聞かれた時に、自分では説明がつかなくて。同級生でも、先輩でも、教授でも、人によって彫刻の定義はずれていたり、捉え方が全然違っていたりする。それで、彫刻史を研究して明治から昭和の作家が何をやっていたのかとか、さらにもっと昔の事を自分で調べて、ここはどこから影響を受けたのかとか、自分なりに図にしてみたんです。」

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日本や西洋の彫刻の起源や、変遷について細かくまとめられています。

 

「教育分野にも興味があるんですが、彫刻を伝えるときに正しいことを教えられない、それこそ嘘しか教えられないというのがすごく嫌で。たくさんの要素が複雑にからみあう現状を、自分が彫刻をやっていくうえで、しっかり知っておきたいなと。

僕が作りたい作品のイメージは、このマップをベースとして、彫刻史全体のうえにのるような作品です。断裂された昔の考え方と、いまの考え方とを、全部包括するような作り手でありたいと思うんです。

彫刻って要素が複雑で。たとえば仏像にしても様々な様式があるし、sculptureという一言では言い表せないんですよ。その突破口がどこにあるかまだ全然つかめなくて、探しているところです。」

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—いま大学四年生ですよね!?卒業後はどうされるんですか。

「大学院にすすんで、博士課程まで修了したいと考えています。自分の作品に関することだけでなく、彫刻というジャンル全体を見渡した文章が書けたらいいなと。ちゃんと言葉にして整理する時間が必要だと考えています。」

 

—そもそも彫刻をやろうと思ったきっかけは何ですか?

「親戚が寺に勤めていたこともあり、子供の時から仏像を見ていたので、もともと自分は仏師になろうと思っていたんです。もしくは保存修復の分野とか。でも、仏像や仏師の歴史について調べていたら、すごく曖昧で、不確かで。自分がやりたいことは何だったのかわからなくなってしまった。今は仏像をまともに彫るなどということは、自分はすべきでない、到底できることではないと感じています。」

 

「一度疑問を感じると、徹底的に調べたくなるんです。疑いの目線がすごく強くなって。『信じられるものは何か?』を追求してしまう。でも、調べると何も信じられなくなる(笑)」

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「今回の作品は、自分が今まで作ってきた作品のパーツを寄せ集めて、組み上げ直しているんです。ばらばらの作品だったものを一つにまとめて。目指しているのは彫刻の『総合主義』です。いままでの歴史や、様々な事象を全て包含する作品。それもまた暴力的な考え方なんですけど。今までは寄せ木とか千切りとかの伝統的な技法を使いたくなかったんですけど、今回はむしろやらなきゃいけないなと思って。」

 

「今回は、一般の方というよりも、アーティストや彫刻家に向けたメッセージが強い作品です。僕は作家に対する作家という感じ。専門性が強くなりすぎてしまったかもしないけれど、わかりやすくシンプルに伝えようとすると抜け落ちてしまうことがたくさんある。」

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「僕は展示の際、彫刻とともにテキストを一緒に置くことが多いんですけど。今回は作品だけを見せるつもりです。また、卒業制作展ではこのほかにも映像作品を展示します。嘘をテーマにした作品で、美術や彫刻がもつ虚偽の部分に焦点をあてています」

 

「よく芸術学に進んだら?って言われるんですけど(笑)。でも、文章を読んだり書いたりするだけじゃなくて、彫刻を実際に制作しているからこそ考えられることがあると思う。どれほどクリティカルにメッセージを伝えられるか、ということも大切だけれど、制作でしか伝わらないこともある。もちろん作品を作る上で、どう表現にもっていこう?と悩むこともたくさんあります。」

 

—見る人に向けて、伝えたいことはありますか。

「作品を見て、考えるときに、この作品はこうだ、あの作品はああだと、無意識のうちに自分の感覚で作品を切り捨てながら鑑賞することは多いと思う。でも、簡単に『見切る』のは良くない。どうしてこの作品は自分にとって良いと感じたのか、あるは良くないと感じたのか、なぜこのような表現になっているのか。切り捨てる前に、もう一度考えてから作品を見てほしい。考えることをやめないことが大切。」

 

広い視点をもち、真理を自分の「目」と「手」で確かめながら作品に向かう吉野さん。既成概念を鵜呑みにせず、自分で納得しなければ進めない性格については「めんどくさい奴ってよく言われます」と、笑いながらおしえてくれました。

 

吉野さんの目は、美術の世界に真摯に立ち向かう勇敢さと純粋さが織り交ざった深い目でした。インタビューを終えて、最初に出会った時のイメージとはずいぶん印象が変わったことを感じます。

聞き手のとびラーにとっても、生き方や物事のとらえ方、いろんな面で刺激を受けた、素敵な小春日和となりました。

 

吉野さんの作品は東京都美術館の地下ギャラリーに展示される予定です。今後の活躍も楽しみですね。

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執筆:瀬戸口裕子(アート・コミュニケータ「とびラー」)


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「『誰かと交流したくなる気持ち』が生まれる遊びの場所を求めて」藝大生インタビュー2016|先端芸術表現科修士2年 今井さつきさん

2017.01.08

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インタビュー場所は東京藝術大学取手キャンパスの日比野研究室内パブリックスペース(と呼ばれているベンチとテーブルが置かれたスペース)。
今回のお相手は東京藝術大学先端芸術表現科修士2年生 今井さつきさんです。

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藝大生インタビュー史上初、インタビューされる側の藝大生にコーヒーを出していただき、

和やかな雰囲気の中で様々なお話を伺いました。

 

 

■■■■■作品の話■■■■■

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ー(テーブルの上のモックを見ながら)これが卒展の作品のイメージですか?山?

そうなんです。最初は山のイメージだったんですけど、途中で島に変化しました。中に人が入れる島です。

その中で物を作ったり、その人それぞれが自由に居心地よく入れる空間を作れたらと思っていて。体験型の作品です。

大きさは一番下の一辺が2mあって、直径4m、高さ2.6mです。

展示場所は大学(上野キャンパス美術学部)入ってすぐのところの屋外。

大学の入り口からいると「どーん!」と、この島が現れる予定です。

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島には穴がついているので、外から覗いたりとか

中からひょこって人が出てきたりできる仕組みになっていて

中と外の人が交流できるようにしようと思っています。

 

見世物的な感じで誰かに見られながらワークショップを行うことにも価値はあるんですが、

今回はその人自身が自ら「何かをしよう」って思う気持ちを大切にしたくて、

外からはあまり見えない構造にします。

 

室内で作成したものが「これすごく良いかも」「誰かに見せたいかも」って

自分から思ったときに外に出てきて、そこで外にいる人と関わりたくなるような気分になればいいなと。

自分の中から引き出したものを、誰かに届けたくなる気持ちにさせる、

というのが自分の役割なのかなと最近感じていて、このような作品になりました。

 

■■■■■過去の話■■■■■

 

――なぜ体験型の作品を?

「人に体験してほしい」という学部生のころからのずっと変わらない気持ちがあって、

「体験ができる空間を作る」のが自分の作品のベースにあります。

 

私は藝大が3つめの大学で、最初に進んだのがビデオゲームなどの遊びを勉強する学科がある大学でそこで「遊び」について学んでいました。

 

元気がない人を見たとき、頭が「ぱんっ」ってするような楽しい体験をしてほしい思いがあって、どうしたら楽しくなれるのかを調べたときに「遊び」が効果的であることがわかって。

挑戦したり失敗したり、またもう一回トライできる「遊びの空間」に惹かれていって、体験できる、体験を作れる、なおかつ人とつながれる「遊び」の要素を学べるその大学に入りました。

 

そこではXboxのゲームとか作ったりしたんですけど、決められたプログラムの世界である電子機器のゲームに、私はちょっと違和感があって…。遊びの要素である「挑戦できる機会」とか「人とつながれる機会」は、もっと他に形にできるんじゃないかなと思って、卒業制作はゲームではなく、体験者の持ち物を万華鏡の姿に変換する作品(http://oxa-ca.jimdo.com/artworks/raybox/)を作りました。

 

そこに行かないと見られない、そこにいる人しか作れないっていう作品を制作することで、

その人の魅力だったり、またそれを人に見せることで誰かと関わったり、

人に見せたいな、という気持ちが生まれる機会を、アートのほうがうまく活用できるのはないかと気づいたのがこの時ですね。

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卒業後は別の大学のデザイン科に進学しました。ここでは体験をすることで何ができるのかを模索した時期でした。そこで生まれたのが、人を「ノリ巻き」にしちゃう作品(http://oxa-ca.jimdo.com/artworks/human-sushi/)でした。

 

ロジェ・カイヨワという学者が唱えた遊びの定義というものがあって、

遊びは「競争、運、模倣、知覚が揺さぶられる体験」の4つの要素に分類されており、これらの要素がすべて自分の作品に詰まっていた。

 

ほとんどのアート作品はおそらく知覚的な体験の感覚があると思うんですけど、

知覚以外の遊びの要素を体験できる、そんな機会を与える作品を作っていきたいなと、あらためて気付いたんです。

 

今回の修了制作ではもう一度遊びの定義から見直して作っています。

 

■■■■■藝大の話■■■■■

-デジタリックなところから始まったのですね。現在の作品と真逆なので意外に思いました。

-その後藝大へ?

 

院を出たあとは1年くらい社会人をしていました。

でもやっぱりもう一度勉強したい、美術の人たちと関わる機会がもう一回欲しいなと思って、藝大の先端藝術表現科(以下:先端)へ進学しました。

 

先端はいろんな分野の人が来ますけど、私と同じ分野出身の人はいないので、

ここは自分の強みになるところですね。

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藝大へ入学した頃は「ノリ巻き」のような作品を作っていこうと思っていたんですけど、なかなかうまくいかず・・・。大学院1年生のころは低迷していましたね。

自分の中で「体験ができたら作品になる」と思い込んでいて、

体験型の作品をいくつか作ったのですが、自分の中でピンと来ないものが続いて・・・。

その時は何でピントが合わないのか、何が足りないのか全然わからなかったんです。

悩みすぎて作品が作れなくなって、落ち込んでしまった時もありました。

そんなときに担当教員の日比野さんに「そういう時期はつくらないほうがいい」といわれ、

去年の秋から半年ぐらいは物を作らずに、人と話したり、飲んだりとか、自分がしたいことをしました。アートと何かをつなげないで、自分でただ普通に楽しむ生活を続けていた。

 

その後、TURNフェス(参考:http://turn-project.com/program/27)に参加して、

そこで初めて誰かと一緒に最初から作品を作って、

その作ったものをさらに他の誰かに体験してもらう、という経験ができたことで

新しい道が少し開けた感じがしました。

 

体験してもらうこと、人と一緒に作ってみること。

今までにはなかった、いろんな経験の幅を持つことができたので、「藝大に来てよかったな」と感じました。

 

■■■■■卒展に向けて■■■■■

-島の中ではどんなことをするのですか?

始めの構想では、島の中が花びらや花の形を作れる空間になっていました。

そこで作った花を外に持っていき、島の外側にさしていって、どんどん花の島になったらいいなと思ったんです。

よくわからない島の中にはいったら、洞窟になっていて、知らない人もいて

なんだか不思議な空間があって、でも何か作ったりする気持ちが自然と生まれるようになったらいいな、と考えています。

 

なぜ花を咲かせたいかというと、今年の夏にインドネシアのジョグジャカルタという古都に行ったときの、自分の価値観がひっくり返されるくらいの経験が元になっています。

ジョグジャカルタは不便なことがすごく多い田舎の地域で、ゴミの収集や給湯器など日本にいたら当たり前のシステムや設備がないんですけど、自然に合わせて人々が生活をしていたのが印象的で、「人がいることで都市が回っているんだなぁ」と強く思ったんです。

人が関わっていくことで、もともとあった像が変化していくのを作りたい、というのが夏ごろのイメージで、そのイメージがお花として残っています。

 

-もともとは土の島にするつもりだったんですね。

荒廃した島に、花が咲いて変化していくって話だったんですが、

「冬で上着を着ているのに、土の中には入らんだろ」という先生からの猛反発があって(笑)

実際は芝生の島になる予定です。

 

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-見に来た人が入りたくなるかどうか、が大事?

自分の意見も大切ですが、それよりも体験してもらう人が居心地の良い空間を作るのも大切。自分の中でもう一度考えて、それだったら青々として興味が持てて、なおかつ入りやすい空間を、ということで土から芝生の島へ変わりました。

 

体験の「型」を作るからこそ、考えることですよね。

他の学生は自分の想いを作品に落とし込めていきますから、「どう見えるか、自分がどこまでこだわるか」が大事なんですけど、自分の作品は居心地がよくなるためだったら変えていくっていうことがあります。

 

—展示期間中に、今井さんは何をしているのですか?

私はいつも島の中にいます(笑)

大型の作品なので安全面的にも私が中にいたほうがよくて。

来てくれた人に説明とかもしますけど、一人で作りたい人はそっとしておく。

ふわーっと空気みたいな感じでそこにいたいです。

 

作品の世界の中で自分はバスドラムになれたらいいな、と。

目立たないんですけど、バスドラムは音に深みを与えていて。

私には気付かないけど、来てくれた人が居心地よくなれるよう。

 

―来る人のことを考えての作品作りですが、

―この作品の中で「ここは譲れない」というものはありますか?

外から見えない空間の中で、

誰かに伝えたいと思ったこと、誰かに見せたいと思ったものを

他の誰かに伝えたくなって外に出て交流できるための媒介として

私の作品が存在していたらうれしいです。そこが一番大切。

遊びによって挑戦したい、創造を試みたいって思える、

そしてそれによって誰かと関わることができる機会を作っていきたいです。

 

ずっと誰かに向けた作品を作ってきたのは、人が好きというのもありますね。

人と関わることをやるのが好きなので。

誰かと飲みに行ったりとか、どこかに出かけたりとか、

遠い地で新しい人に出会って「また遊びにおいで」とか「帰っておいで」って言われたりとか。

人と出会って話してっていうのが一番楽しい。

私の作品の根底には人と出会いたいっていう気持ちが強くあるのかもしれないですね。

 

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―ありがとうございました!

 

執筆:小田澤直人(アート・コミュニケータ「とびラー」)


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「日本画を描きつづけて」藝大生インタビュー2016|日本画専攻4年・石山諒さん

2017.01.08

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本日お話を聞かせていただく、美術学部絵画科日本画専攻4年の石山諒(いしやまりょう)さんです。

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■ アトリエ

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日本画のアトリエは採光がよい大きな窓と真っ白な壁、掃除の行き届いた綺麗な床の部屋で、5人の学生の方々がそれぞれ畳2畳分はありそうな大きな絵を制作していました。

天井が高く、コンクリート作りの部屋は、夏は暑く、冬は寒そうで製作者には厳しい環境ではないかと思いましたが、膠の安定のために室温や湿度がある程度一定に保たれていて快適だそうです。

制作中の絵画すべてが床に置いてあり、絵画の上に木製の足場を渡し、その上に座って描いている方もいます。その理由は日本画独特の技法にあると石山さんが教えて下さいました。

 

——–床に置いて描くのはなぜですか?

「日本画は『岩絵具』という鉱物を砕いて作られた粒子状の絵の具を使います。その粉末を『膠(にかわ)』と混ぜ、描きます。そのため、油絵のように絵を立てかけて描くことができないのです。特に今回のように大きな作品の場合は真ん中付近は絵がかきづらいため、足場に乗りながら制作をします。」
■ 卒業制作作品について

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深い重みのある緑が印象的な河原の景色、そのなかに数名の男性が描かれています。これからどうなるのだろうと次々と好奇心が湧いてきました。作品についてお話を伺いました。

 

「今回、卒業制作には自分と身近な人たちを描きたいと考えていました。」

 

——–描くために大切なことはなんでしょう?

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「日本画はスケッチがとても大切です。今回も、何度も河原に行きました。」

 

貴重なスケッチも見せて下さいました。小さな部分は拡大図として描かれ、観察した時のメモも書いてあります。植物図鑑のような細かいスケッチです。

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藝大に入学するまでの石山さんについて伺いました。

 

■ 日本画専攻を目指したワケ

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——–子どもの頃から絵を描くことが好きでしたか?

「落書き程度ですが、幼い頃から絵を描くのは好きでした。近くの絵画教室にも楽しみに通っていましたが、絵を描くことよりも友達と遊ぶことの方が好きな普通の子供でした。ほかの友達に比べて絵をかくことが得意などといった、絵に関して特別なことはなかったように思います。」

 

——–芸術系という進路はいつ頃決めましたか?

「高校2年生の時に美大受験を決め、夏から美術予備校に通い始めました。その頃はデッサンが本当にヘタクソでした。」

 

——–東京藝大受験で日本画専攻を選んだ理由を教えて下さい。

「予備校でデッサンの練習を続けていくうちに、より描写する技術について学びたいと考え、物の描写に力を入れている日本画科を目指すのが一番だと思ったんです。藝大入学後はどの人もみんな絵が自分より上手で圧倒されました。下手な人が1人もいないので見ていて楽しかったです。」

——–藝大の4年間で一番印象深いことは何ですか?

「深く印象に残っているのは古美術研究旅行です。奈良の寺社仏閣をめぐり、普段は目にすることができない貴重な作品をたくさん見ることができ、素晴らしい体験でした。」

 

次に、日本画ならではの制作の特徴についてお話を伺いました。

 

■ 日本画の制作の特徴

・準備と下書き
① 和紙は水張りや裏打ちなどをして描けるように準備をします。
② スケッチ…まずは描きたいものをよく見てスケッチします。日本画は大きな修正をしにくいのでよく考えて丁寧にスケッチをします。
③ 転写…スケッチしたものをトレーシングペーパーで写し取り、捻紙で和紙に写します。
④ 骨描き(こつがき)…転写したものを墨で線描きすることを言います。

このように絵の具を使うまでに少なくとも3回下書きをすることになります。

 

・絵の具と膠(にかわ)

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次に岩絵の具と膠(にかわ)です。
アトリエでは、1人ひとつずつ道具箱を持っています。これは石山さんの道具箱です。引き出しにはいくつもの岩絵具が入っていました。鉱物を砕いて粒子状になったものは小さなビニールパックに入っています。号数は粒子の大きさを示し、細かくなるほど仕上がりが白っぽくなります。天然の岩絵具はどれもとても高価なので、手ごろな新岩絵具というものもよく使うそうです。
これらの岩絵具は膠(にかわ)という接着剤と混ぜて和紙に着彩していきます。

 

・盛り上げ技法

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よく見ると、作品の白い部分だけ盛り上がっていることに気付きました。これは「盛り上げ技法」という特別な技法で描かれたものです。貝殻を砕いて作った「胡粉(ごふん)」という白色の岩絵具を使います。
確かに和紙から数ミリは高く盛り上がっており、ロウ石のようにすべすべしています。

 

■ 普段の生活について

現4年生の日本画専攻は25人中男子10名、女子15名。雰囲気も良いようで日本画用の和紙の裏打ちや作品の搬出などもお互い協力してやることも多いと聞きました。石山さんのアトリエも、制作の合間には5人でおしゃべりを楽しむなど仲間の笑顔も印象的な和気藹々とした雰囲気でした。

 

——–今まで描いた作品はどうなさっていますか?

「作品は全て大切に保存しています。普段は木枠を付けません。日本画の性質上、丸めて保存する事が出来ないのでそのまま置いてあります。」

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執筆:東悦子(アート・コミュニケータ「とびラー」)


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「走レ」藝大生インタビュー2016|工芸科4年・大崎風実さん

2017.01.08

11月末、銀杏の葉が秋晴れの上野の空に映えている中、東京藝大を訪れました。今回、取材に応じて下さった藝大生は、工芸科漆芸専攻4年生の大崎風実さん。樹木の生い茂った工房棟の前で待ち合わせしました。時間ぴったりに来てくださった大崎さん、まずは、卒業制作の作品が置かれている場所に案内していただきました。

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〈卒業制作の作品。私の予想をはるかに超えた大きな作品でした。躍動感にあふれ、美しいフォルムで、圧倒的な存在感を感じます。これが漆芸品とは!〉

 

★卒業制作について
「5月頃より先生たちとディスカッションをしながら、作り始めました。スケッチをしたり、小さな模型を作ってみたりして、夏休み頃から漆の仕事を始め、今に至っています。これは乾漆造形という技法を使っています。有名な阿修羅像もこの技法になります。発砲スチロールで原型を作り、それに麻布をまいていって固めて、漆を塗ります。塗って乾かせ、乾いたら少しずつ研ぎだしていきます。まだ制作途中で、これから磨き上げ、金や銀で絵を描く予定です。下地の工程から考えるとおおよそ25工程位あり、大変時間がかかります。」

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〈まだ制作途中とのこと。さらに磨きこまれたら、どんなふうになるのでしょうか?ますます完成が待ち遠しいです。〉

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「タイトルは《走レ》です。雨降る暗闇の中を走るオオカミをイメージしています。卒業制作に向けて緊張したり悩んだりといった不安や葛藤と、作ったらよいものができるのではないかという希望と、その相反する二つの思いを、二匹のオオカミで表しています。その二つの思いが入り混じりながら走って、私の中の大きなエネルギーとなることを表現していきたいと思っています。私自身、小さい頃からオオカミを絵に描くことが多くありました。オオカミは一見こわそうに見えるけれども、寂しそうにも見えます。鳴き声もこわそうだけれども、切なそうにも聞こえてきて、とても魅力を感じました。一匹オオカミと言うけれども、群れていないと生活できず、まるで人間みたい、私みたいだなと思いました。」
〈命のエネルギーを形にしている大崎さん。そのプロセスは日々自己との葛藤なのではと想像しました。目に見えないものを目に見える形にしていくということがとても素晴らしいと思いました。〉
「体の表面に粒粒しているのは螺鈿です。漆黒の闇の中、降る雨を螺鈿で表しました。螺鈿の箱を見て、つやつやしてキラキラした感じから雨の粒をイメージしたからです。目は七宝を別に作ってはめ込んでいます。この七宝も自分で作りました。」

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〈大崎さんの許可をいただき触ってみました。思っていたよりずっと柔らかく繊細な感じがしました。〉

 

★漆芸について
「父の実家が京都にあり、小さい頃より漆の工芸品が身近にありました。お正月になると、漆塗りのお重の蓋を開け、漆塗りのお椀を手に取り、美しさを感じていました。また茶道を習っていて、棗を目にする機会もあり、漆芸品に魅力を感じていたことが、この道を選択した大きな理由だと思います。東京藝大では、工芸科に入り2年間幅広くいろいろな工芸を勉強しました。3年生より漆芸を専攻し、漆芸の基礎的な技術や技法を学んできました。4年生ではその技術や技法を使って、卒業制作に取り組んでいきます。さまざまな技法によって多彩な表情が生まれるので、表現したいものによって技法が変わっていくと思います。」

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〈工作室。機材がたくさんあって、木を切ったり模型を作ったりといろいろな作業をする所だそうです。このあたりから、漆の香りが立ち込めてきました。〉

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〈作品を乾燥させている所。湿度の調整がとても大切とのことです。もう一頭のオオカミは、フォルムも表情も違っていて、早く二頭並んで疾駆している姿が見たいです。〉
「漆の作品は、正倉院に中にも保存されています。日本だけでなく中国でも韓国でも盛んです。ベトナムでも漆が採れ、漆絵として人気です。漆は装飾的に使われるだけでなく、元来道具に塗って、物を強固にする塗料として使われたそうです。漆の魅力はと問われれば、自然のものだから美しいと言うことでしょう。木の樹液が、命のパワーを作ろうと思っていることにマッチしているのではないでしょうか。素敵な素材だなと思います。漆という素材を生かして作りたいと思う物が、どんどん自分の中にあふれてきます。今回の卒業制作もそうですが、漆を塗り重ねることによって私が作りたいものになっていくのではないかと思いながら、制作している最中です。漆をこれからも使い続けていきたいと思います。」
〈漆と大崎さんとの間には自然な空気感があるようでした。〉

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〈大崎さんの作業机の上。今回の卒業制作の小さな模型が見えます。〉

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〈小さい手板で実験的にいろいろな技法を試みた作品。手板を一枚ずつ見せていただくごとに歓声をあげてしまうほど、その美しさと豊かさに魅せられてしまいました。〉

 

 

★これまでの歩みと大学生活について
「小さい頃から絵を描くのが好きで、物を作ったりするのも好きでした。絵画教室に通ったり、絵日記コンクールに出品したりもしました。母が美大出身で、同じ道を歩いてきているので歩きやすかったと思います。美大に進むことを意識したのは高校生の時です。多摩美大の工芸科に入ったのですが、漆芸専攻がなかったので、漆芸をやりたいと思い、東京藝大に来ました。今は卒業制作中心の毎日ですが、切羽つまっていない時は、普通の女子大生です。バイトをしたり、学校から離れて作りたいものを作ったり、展示を企画したりしました。大学生活では、1年生の時に藝祭で神輿を作ったことが印象深いです。また大学の先生方の制作している後ろ姿を見ながら勉強できたのは、私にとって大きな財産でした。先生たちも生徒と同じように作り続けています。その先生方の作家性にふれるたびに感動しました。同級生との声のかけ合いや刺激のし合いもモチベーションにつながったと思います。そして、やりたいことや作りたいものを全面的に後押ししてくれる家族に感謝しています。」
〈周りの人々から多くを学び受け取り、それを糧に自己の作品に対する表現力を磨こうとする大崎さんの姿勢を感じました。〉

 

★これからについて
「大学院に進んで、もう少し勉強したいという気持ちがあります。それは作家性を強めたい、将来作家になりたい、という思いからです。そのためにもっと勉強する必要があると思い、大学院への進学を希望しています。工芸品は手間のかかるものです。木地を作る職人さん、漆を塗る職人さん、蒔絵をする職人さん・・・とたくさんの工程に分かれて仕事をしています。全部自分でやろうとしても、1年2年では習得しきれません。大学院に行ってからもっと練習したいと思っています。将来にわたり、物を作り続けていきたいと心に刻んでいます。技術的なことを高めていき、自分のできる幅を広げていくことももちろん必要です。けれども、見えない命のエネルギー、うまく言葉で言えないものを形にすることを、自分の中でもっと突き詰めていきたいと思っています。」

 

お忙しい中、どんな質問にも一つ一つ言葉を選びながら、丁寧に答えてくださった大崎さん。その誠実なお人柄と制作に向かう真摯な態度が作品にも表れているようでした。大崎さんの言葉の中に、工芸は「こつこつ」「繰り返し繰り返し」「同じことをずーっと」「我慢しながら」続けるとありました。だからこそ、「真面目で意思がないとできない」とも。大崎さんは、その言葉を実践されているのだと改めて気づきました。是非、物を作り続けていってほしい、漆の美しさを表現していってほしいと願っています。

 

大崎さんの作品は、東京都美術館ギャラリーCに展示されるとのことです。大崎さんも作品のお近くにいらっしゃるそうです。早く見に行きたいですね。会いに行きたいですね。
執筆:鈴木優子(アート・コミュニケータ「とびラー」)


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「墨と和紙の表現から、現代に通じるアートを探って」藝大生インタビュー2016|文化財保存学修士2年・谷津有紀さん

2017.01.08

東京藝術大学の前を通りかかるといつも気になる素敵な建物、赤煉瓦で造られた古い洋館。
中にはなにがあるのかしら?倉庫?それともホール?
なんと洋館の中では文化財保護の研究が行われていました。
今回はその洋館の中で修了制作を進めている文化財保存学を専攻している谷津有紀さんに、なかなか聞く事ができない古典絵画の保存修復や修了制作作品への取り組み、古典美術から現代アートシーンへの思いまで深く深くたくさんお話を聞いてきました。
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とびラー:まず、谷津さんが在籍している文化財保存学というのはどんな学科か教えてください。

谷津さん:私が所属しているのは「美術研究科文化財保存学専攻 保存修復日本画」です。
主に日本画を中心とした、文化財の保存・修復を勉強しています。基本的に実技が中心です。
文化財保存学の中には、日本画以外に、彫刻や油画、工芸、建造物などの分野があります。また実技以外の分野では、システム保存学と保存科学という所があり、素材分析や実験を繰り返し和紙などの研究をしています。基本的に実技の分野は、自分たちでテーマを決めて制作します。日本画の私たちは古典の模写を、彫刻では模刻を制作するなど、実際の古典作品から技法を学び取っていきます。
日本画の分野では毎週1回、金曜日に専門の修復・修理の授業があり、東京藝術大学の大学美術館に収蔵されている長谷川路可(※大正時代の画家)の模写作品の表具や装潢、修理に取り組んでいます。

素敵な洋館の中はどうなっているのでしょうか?

 

とびラー:谷津さんご自身のお話を聞かせてください。日本画や古典芸術に興味を持たれたきっかけはなんですか?

谷津さん:私の祖父が日本刀の研ぎを仕事にしていて、掛軸や屏風、日本刀の装飾品が身近にあったんです。小さい頃から古美術が身の回りにあったので、たまにこっそり触ってみたりして。でも物心がついた時に、友達の家には古美術品がない事に気づいて、とてもカルチャーショックを受けたんです!学校や公民館に絵が飾られていても日本の古典絵画のような物はなくて、「社会のどんな場所で古典美術を見られるのかな?」と考えた時に、美術館や博物館、神社仏閣の中に納められていて、それが一般的な現代の人と日本美術の距離感なんだなと気が付きました。
そんな自分自身も、絵を描く時に使うのはえんぴつや消しゴム、クレヨン。自分も他人と同じように古典絵画との距離がある事に気付き、その距離感にモヤモヤっとした物を抱えていました。
「自分の家庭が時代錯誤なのかな?」と思った時期もありましたが、やっぱり絵を描くのは大好きで。美術を専門的に学べば学ぶほど、モヤモヤとしたギャップを解決できる方法を模索したくなって、この大学院に入りました。

–谷津さんの修了制作は古典作品の模写であるため作品写真の掲載はできませんが、現場では広い作業スペースに、迫力のある屏風が置かれていました。

とびラー:すでにここに実物がおいてありますが、修了制作に関して教えてください。
まず、模写という事で、元の作品はどのような作品ですか?

谷津さん:東京藝術大学美術館蔵作品で、作者は江戸時代中期の画家、曾我蕭白です。制作年代は18世紀頃、江戸時代中期と推定され、落款から30才くらいの作品ではないかと言われています。
作品の名前は『柳下鬼女図』(リュウカキジョズ)屏風です。

とびラー:なぜこの作品を選んだのですか?

谷津さん:もともと曾我蕭白の展覧会を見に行った時からこの作品が気になっていて、その後に所蔵先を調べたら「大学美術館にあるじゃん!」と思って。この研究室では大学美術館にある作品を修了制作で選ぶと、ある一定の期間、本物を隣において模写させてもらえるんです。

–藝大生の特権ですね!

とびラー:この屏風に描かれているのはどんな題材なのでしょうか?

谷津さん:文献を調べたりしたのですが、二つ説があります。まず、1つの説は能楽の『鉄輪』(かなわ)を主題とし、それに登場する生成(ナマナリ)とか、橋姫の能面に似ていると言われています。夫に裏切られた女が、嫉妬に狂ってさまよっている様子なのだとか。
もう1つの説では『七哀詩』(しちあいし)と重ね、子どもを捨てた母親が悲しみに暮れて鬼と化し、歩いている姿という説があります。

–谷津さんはこの鬼女をどう感じましたか?

谷津さん:自分の見解としては、絶対に絵描きだったら何かから取材していると思うんですけど。顔を描きながら見ていくと、橋姫や生成にそっくりとは思えなくて、むしろ般若の方が口の開き方、牙の生え方が似ている気がして。
そもそも曾我蕭白は古事の画題に造形的にとらわれずに、誇張し、増長した表現をしているのではないかと感じました。
この鬼女の髪をおさえる表現は、古くから嫉妬心をおさえる仕草と言われています。なので、この作品も大きな嫉妬心を表しているのではないかと感じながら制作を進めていました。

ここで参考に、源氏物語(谷津さんの模写)の一場面「雲居雁」のシーンを見せてもらう。日本最古の嫉妬の場面と言われるこの絵でも、女性が髪をおさえている。嫉妬って歴史文化に影響するほど、ドラマチックな感情なんですね。

ここで参考に、源氏物語(谷津さんの模写)の一場面「雲居雁」のシーンを見せてもらう。日本最古の嫉妬の場面と言われるこの絵でも、女性が髪をおさえている。嫉妬って歴史文化に影響するほど、ドラマチックな感情なんですね。

 

とびラー:実際に修了制作をどのように進めたか教えてください。

谷津さん:修了制作は1年生の10月から始まりました。

–なんと!1年生から!?

谷津さん:材料自体がなかなか手に入らない物もあるので、利用する紙を確保する事から開始します。和紙をお願いしたい所に在庫がなかったりすると、漉いてもらう所から始めなければいけないので、事前準備を早めに始める必要があるんです。大学院に入学してすぐに、修了制作を意識した制作がはじまりました。

とびラー:制作のプロセスについてですが、本物と並べて模写する前の段階ではどのくらい進めておくんですか?

谷津さん:この作品は特に、事前に展覧会などで注目して見ていました。更にこの作品を修理した工房の方からお話を伺った際、本紙は竹でできている竹紙じゃないかと言われて。希少な竹紙を探しまわった時期がありました。初めは古い竹紙を提供してもらったんですけど、どうしても紙の継ぎ目が本物とあわなくて…。紙の継ぎ方も原本とあわせたいという思いがあって、どうしたものかと考えていた所で、京都で竹紙を漉いている方がいらっしゃるという事を知りました。在庫で模写作品の大きさに継げる竹紙があり、ぎりぎり6枚買わせていただきました。

–それは絶対に失敗ができませんね!

今回使用した和紙はたくさん叩いてあり、繊維が細かくて滑りの良い、薄い竹紙。礬水(どうさ)引きをしなくてもあまり滲まないそう。和紙とは思えないツルツルの紙です。

今回使用した和紙はたくさん叩いてあり、繊維が細かくて滑りの良い、薄い竹紙。礬水(どうさ)引きをしなくてもあまり滲まないそう。和紙とは思えないツルツルの紙です。

 

谷津さん:和紙に強度を持たせるために、一枚薄い和紙を糊で裏打ちして、さらにもう2枚裏打ちした4枚重ねになっています。
その準備をしつつ、原寸大の写真を使って、上げ写しという技法で模写をしていきます。一度「線を読む」作業を通して、形態を追っていきます。そうすると、一筆で書いているように見えても、二筆で書いてある所があることがわかりました。じっくり残像を追って見ていくと、自分の中で解釈がきちんとしたように思います。上げ写しを通して、理解の整理をしてからじゃないと先に進めない。

今回の修了作品のテーマとして、墨や筆から離れた生活をしている私たちが「古典絵画を見る時に、博物的好奇心が湧く」理由の追求にありました。上げ写しが終わったあと、自分も同じ大きさで描いてみたいと思い、原寸大の写真を隣において、薄い和紙に何回か描いてみました。
1回目の上げ写しの作業で、どこに筆が2回通っているか、把握できていないとなかなかできないんですけど…。どんな風に筆が通っているか、何回も筆が通っているのはどこか、とにかく自分で実際にやってみようと。本紙はなかなか傷められないので、今度は「下げ降ろし」という上げ写しの逆パターンで模写していきました。下げ降ろしでは本誌を下にして、写真を巻きながら絵を追って行きます。墨線だけではなく、古画独特の古色や剥落も追っていきました。

上げ写しの時には、濃度に気をつけて描きました。墨で描く時は後戻りができないので、本物を見るまでは薄い線で。墨以外だと、色の部分は藍と朱、背景の古色の部分は※黄口朱と※焼白緑の上澄みをあわせたもの(茶色っぽいグレー)、※日本黄土を配合したものを利用しています。古くなって黄ばんだ部分も、色をつくって再現しています。

紙の汚れや傷は全部鮮明に描いてしまうと描かれている図像と同等に見えてしまいます。シワやシミは主な図像よりも後に見えてきてほしい所なので、離れた時に感じる程度にとどめています。どちらを見てほしいのか、よい塩梅を自分の中で見つけて、古色や紙の折れなどはあえてぼかして描いたりしています。実作業としては、シワと主線を墨で同時に拾いながら模写をしていきます。

–シワや紙が古くなった印象、霞んだ色などを含めて模写なんですね。

【※注釈】
※上げ写し→写真の上に薄い和紙を巻き取っておき、重ねたり巻き取ったりする際の残像で図像を写し取る技法
※下げ降ろし→本紙の上に写真を巻き取っておいて、下げたり巻き取ったりする際の残像で図像を写し取る技法

とびラー:期間はどれくらいかかりましたか?

上げ写しに1ヶ月掛けて、臨模しながら紙の準備をしました。確か今年の4月になってから上げ写しをして、5月いっぱいは臨模、6月からは本紙(本番の制作)に入りました。

–実際に絵を描きはじめるまでにこんなに作業工程があるのですね!

とびラー:本物を使用した模写の期間はどのくらいでしたか?

谷津さん:2週間いただきました。土日に作業はできないので、正味10日間です。今思い返すとあっという間だった気がします。臨写している最中は、隣に直接的な『答え』が隣に置いてあるので、とにかくこれに合わせれば良いと思い、滞る事なくずっと筆を動かしていました。

とびラー:ご自身の模写と本物を並べて、どう感じましたか?

谷津さん:私のできる限りの最善を尽くしたと思っています!

とびラー:実物を横においてみて、さらに新しい発見はありましたか?

谷津さん:初めは写真を見て模写をしていたので、おっかなびっくり作業を進めていた所があり、墨色が薄かったりして…。
本物も退色していてほとんど見えないのですが、柳の枝から葉に青い色があったりします。写真ではそこまで見えなかったので、本物を熟覧してみて、青い色があることに気づいた箇所や、袴だけでなく顔や手の部分にも朱色が使われていることに気付きました。ほかには、陰影や立体感の表現だと思うのですが、顔の主線の上に薄墨で線が入っていたりします。やっぱり現物を見ないとわからないことが多く、本物を使って臨写させてもらうのは貴重な体験だったと思います。曾我蕭白の細かな表現方法に近づけたのは大きな収穫でした。

–さて、ここからは谷津さんの古典絵画に対する見解や、現代アートシーンにまつわるお話をご紹介します!

 

 

古典美術との出会いから現代の美術界へ。さらにさかのぼって、話は江戸時代や室町時代の美術にまで広がります。

古典美術との出会いから現代の美術界へ。さらにさかのぼって、話は江戸時代や室町時代の美術にまで広がります。

 

とびラー:終了制作に向かうにあたって、向かっていくべきテーマや乗り越えたいテーマなどはありましたか?

谷津さん:修了制作に関しては、大学院に入学した理由に直結する所が多くあります。学部は東京藝術大学の日本画に在籍していたのですが、その後の進路を考えるに当たって、日本画の大学院に進むか、保存学の大学院に進むか、とても悩みました。
私ははじめ「古典絵画に対する距離感」というのは、古典美術を鑑賞する時の妨げになるんじゃないかと思っていました。何かしらフィルターをかけてしまっているのでは、と。けれど、大学院で学んでいくうちに「博物的な好奇心が湧く」のは古典絵画との向き合い方として至極正しい反応というか、当然の作用として生じてくる事なんだな、と感じて。むしろそれも古典絵画の1つの魅力であることに気が付いて、その距離感にこそ、現代から前向きにアプローチしてみたいと思うようになりました。
古典絵画を見る時に、美術的な観点だけでなく「博物的な好奇心が湧く」理由として考えられるのは、現代と(制作された時代と)の生活に乖離があるからです。例えばこの蕭白の作品を見た時に、すごく荒涼とした風景で、荒んだ心象風景だということは誰でも感じると思います。でも、この絵は墨と筆だけで書き上げられているけれど、現代の人が筆を使う機会は滅多に無い。だから墨と筆を扱う事によって、現代から古典の美的感覚に対して、何らかのアプローチができるんじゃないかなって思っています。それが私にできる一番の方法でもあり、この作品を選んだ理由でもあります。

–たしかに古い日本画は、絵と思うよりは「古く価値のある物」と感じながら見ているかも…。

とびラー:同じ日本画でも、過去の技術や文化を学び継承する古典絵画の保存修復と、自分の思いや考えを表現する日本画では、アプローチが大きく違うと思いますが、そこに戸惑いやギャップは感じませんでしたか?

谷津さん:もちろんありました。大学の専攻で日本画を学んでいたのですが、いわゆる古典的な日本画とは全く違う事をやっていて、そのズレをすごく感じていて。これは解決するのか、モヤモヤし続けるのか悩みながらこの大学院に入学したんですけど、古典絵画(文化財)の勉強をしていて、その時代の代表的な美術作品って、その時代らしさを表していると強く思ったんです。たとえば、室町時代だからこそ生まれた作品とか、江戸時代の狩野派だからこそ生まれた作品とか。だったら現代の人は現代の感覚で、自分の作品を作っていく事が日本美術の流れに乗るんじゃないかと思ったんですね。いろんな歴史があった上で今の状況があると思うので、今の人は今の感覚で推進していくような創作活動していくのが一番良いんじゃないかと思うようになって。自分でも創作活動をやっているんですけど、かなりすっきり考えられるようになりました。

–ご自身の創作活動と文化財を学ぶ所の、共通点の発見に落としどころがあったんですね!

谷津さん:最初は古典絵画を学んでいる立場なのに、自分は現代の感覚で絵を描いていて良いのか?と思ったんですよ、本当に。でも、意外と古典絵画の造形を伝えるようなアーティストもいたりします。古典の造形そのものを伝えなくても大丈夫なんじゃないかな、とも思う部分もあります。けれど、やっぱり技法とか素材とか、自分の創作とは別に、研究して伝えていく事も大切だと思います。それは将来の人の選択肢を増やすという意味でも大事だと思いますが、ひとまず自分は自分なりにこの時代を生きている人間として、今の時代の感覚で創作活動をしたいと考えています。

とびラー:大学院で古典の技法を学んでいて、ご自身の創作活動に影響はありましたか?

谷津さん:こちらの大学院に来てから墨を扱う事が本当に増えたのと、扱う和紙の種類がすごく増えました。学部にいた頃は大画面の強度に耐えられるように、分厚い2種類の和紙くらいしか使っていなくて。装潢を含めると10種類近くの和紙を使っています。以前は必ず滲み止めの礬水を施して使っていたんですけど、墨って礬水を引いていない紙の方が色幅がゆたかに出るんですよ。礬水を引いていると、一番明るいトーンと暗いトーンが削られちゃうんです。奥に染み込む部分がないので、墨色の幅が狭くなってしまうんですね。礬水を引いていない和紙を使うと、すごく薄い所から濃い所まで幅広い墨の表現ができるんです。そういう大学院での制作からわかった事を、制作にも応用しています。

とびラー:修了制作をへて今後の目標は?

谷津さん:博士課程を受験しようと考えています。いま何を研究したいか考えている所で、特にクローズアップしたいのは江戸中期〜後期の絵画です。その当時は、幕府より町人が力を持ってきた時代です。豪農豪商たちが生活に美術を取り入れ始めて、曾我蕭白や伊藤若冲など町の絵師たちが活躍し始めた時代。
その構図は日本画だけではなく、現代のアートを取り巻く状況に似ていて、現代の美術世界の芽生えであるような気もします。権力階級ではない人達が生活にアートを取り入れようとして、幕府の御用絵師ではない絵師が活躍しはじめる。そんな江戸中期以降の美術における民主化に興味があります。

専門性の高い古典絵画と現代の美術状況についてお話ししてくださった谷津さん。そんな彼女も、作業から離れるとアイスクリームで気分転換をしたり、話題のAIについて考えたりと気さくで素敵な女性という印象でした。

専門性の高い古典絵画と現代の美術状況についてお話ししてくださった谷津さん。そんな彼女も、作業から離れるとアイスクリームで気分転換をしたり、話題のAIについて考えたりと気さくで素敵な女性という印象でした。

 

–インタビューをしたとびラーたちも歴史が大好きで、古典絵画の話から近年流行のAIのことまで、歴史とアートをつなぐ話題がたくさん広がりました!

古典美術の理解を深める事が、現代の創作活動にもつながると考えている谷津さん。
保存修復をする行為と現代のアート制作とは別物のような気がしていましたが、作品の時代背景や素材の吟味、知識や技術を深める事が過去と未来の芸術をつないでいるのですね。
興味深い内容をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。

今回の修了制作の作品は、古典模写であるため作品自体の撮影はかないませんでしたが、勢いのある墨の線やかすれた色の再現、和紙を張り合わせた幅など、ご自身の研究を細部まで詰め込んだ迫力のある屏風を見せていただきました。
鬼女の表情にも細かく迫った谷津さんの作品は、陳列館の1階で展示を予定しているそうです。
ぜひ修了制作展で実物をご覧ください。

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谷津さんの使っている道具たちを紹介していただきました。丸包丁はおじいさまに研いでいただいているそう。ピカピカに研いであって、とても使いやすそうです。

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古いれんが造りの建物の中は、整理整頓された現代的な工房のよう。刷毛や専用の染料、模写の見本など並んでいました。

執筆:濱野かほる(アート・コミュニケータ「とびラー」)


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「目に見えない不思議、言葉にならない感覚も描きたくて」 藝大生インタビュー2016|日本画修士2年・森友紀恵さん

2016.12.27

★藝大生インタビュー
「第65回東京藝術大学卒業・修了制作展」に向けて制作に励む藝大生をとびラーが訪ね、作品が創出される現場を取材しています。
____

街路樹の紅葉が見ごろになってきた11月下旬のある日、日本画専攻修士2年 森友紀恵さんにインタビューをしました。森さんは絵画棟1階のエレベーター前でにこやかに迎えて下さり、シンプルでセンスの良い名刺を手渡してくれました。藝大の校章が入った名刺は、藝大の生協で作れるのだとか。

 

さっそくエレベーターに乗り、制作中の2階アトリエへ。
森さんは模写作品と創作作品の2つに取り組んでいます。

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まずは日本4大絵巻の一つ、伴大納言絵巻の模写を見せていただきました。

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「伴大納言絵巻の一部分をそれぞれ分担し、大学院1年生の時にどこをやるか担当を決めて制作します。ここは検非違使が犯人を逮捕しに行く道中の場面、青が結構残っている鮮やかな場面です。上、中、下巻あるなかで、私は下巻を担当しています。
絵巻は、絵と文章で見やすいように構成されています。現状模写といって、今の状態を模写する試みです。紙には一度絵の具をつけて洗ったりして、ちょっと古紙のような感じをだしています。写真資料とかもあるのですが、やはり本物とは色や線が少しずつ違ったりして。1年半ぐらいかけて制作しているのですが、そのなかで4回だけ本物を見る機会がありました。そのときに自分の模写を持って行って、色見本を合わせてみて『どの色かな?』とチェックしています。」

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—この色見本は自分で作るのですか?
「はい、自分で作ります。色のパターンをたくさん作っておきます。
作品の前で水は使えないので、こういう乾いたものを持って行って色をあわせていきます。」

—絵を描き写す過程を教えてください。
「まず、写真資料をアクリル板に貼り、その上に模写する紙を置きます。「薄美濃紙」といって、かなり薄くて透ける紙なので、それを棒状のものに巻き付け、くるくる回しながら残像で描いています。紙を伸ばしたり縮めたりしながら残像を覚えて、点描でちょっとずつ進めていきます。全体の下書きが、できたらパネルに貼って地の色を塗り、それからまた上から描きおこし彩色していきます。」

—気の遠くなるような作業ですね。
「そうですね。書き写す作業のことを「あげ写し」というのですが、1年生の5月から9月までの間に仕上げて、それから色を付ける作業をします。この模写も修了制作の一部として展示します。
毎日作業して、だいたい1年半を目安に完成させます。完成したら桐の箱に入れて頂けるので楽しみにしています。」

—模写とご自分の作品を並行して制作なさっているんですね。この模写というのは、ある種の基礎訓練なのでしょうか?

「基礎というよりは、先生曰く『古典の美についてもっと触れてほしい』とのことで、この模写をきっかけに古典独特の美しさにふれ、さらにその良さを自分の中で発見できたらいいな、と思っています。」

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—一番難しいところは?
「色の濃い所が難しいです。一度全体を塗った時に、だいたい消えてしまうので…。かなり薄くなったものを描きおこしていかなければならないのですが、その(色を重ねていく)作業がしんどい。でも一番難しいのは、もしかしたら何も描かれていないところかもしれない。」

—この場面を選んだ理由は?
「その年によって4か所くらい割り振られるのですが、見比べた時に、1番大変そうだなと思った場面だったので。せっかく大学院に入ったし、完成したときに自分でやった意味が見出せるところをやりたいなと思ったので、この場面を選びました。」

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—使っている材料についてお聞きしたいのですが。
「だいたい岩絵の具を使っています。地の色には京都にある絵の具屋さんの水干(すいひ)絵の具を使っています。
この絵巻が書かれた時代は、天然の岩絵の具しか存在しないので(現代には当時存在しなかった新岩絵の具というものもある)、基本的に天然のものを使っています。ですが、今の岩絵の具とその時代の岩絵の具では微妙に色が違ってくるので、細心払って調節しなければなりません。絵の具を扱うお店によっても色が違う。岩絵の具は粒子の違いによって、1種類のなかでも色が違ってくる。」

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—ここまでは模写とその技法、素材について聞いてきました。
次に、現在制作中のご自身の作品について聞かせてください。
「今は下地を一通りすませ、全体に色をかけて一旦潰し、これから描きおこしていこうという段階です。」

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—色の状態や質感は、試行錯誤しながらすすめているのですか?どんな手順を踏んで制作しているのか教えてください。
「日本画の基本は、大学に入った時に最初に教わり、私はいまでもわりとその手順で制作している方だと思います。
初めに「小下図(こしたず)」といって、素描などの取材したもので作品イメージを小さい画面に作ります。これをもとにして、画面サイズと同じ大きさの大下図(おおしたず)をつくり、これを下地を塗っておいた本画の画面にトレースします。薄美濃紙に水干絵の具を日本酒でとめた念紙(ねんし)という紙をカーボン紙のように下にひき、場面をトレースしていきます。カーボン紙と同じように筆圧で絵の具の粉を定着させます。その後に私の場合「盛り上げ」という下仕事に入ります。
イラストレーションだとデジタル媒体でもよく見えるけれど、日本画は直接、本物を見ないと、わからない表現もあります。絵の具が上に重なっている感じは現物を見ないと分からないので、ぜひ実物を見ていただきたいと思います。」

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—製作日数はどれくらいかかっていますか?
「修了制作は10月の頭から初めました。取材は夏の間にしているので、描き始めてからは約2か月半。締め切りは12月20日です。10月は大下図をつくり、11月はトレースして彩色をはじめて、今の状態になりました。下図に時間がかかると、本画があわただしくなってしまいますがついつい私は下図に時間をかけてしまいます。」

—日本画を制作する際、完成のイメージは重要ですか?
「イメージすることが役に立つこともあるし、そうでない時もあります。最初に下地を作っていく作業が一番好きな作業です。感覚を使うから…。日本画もある程度の計画性は必要ですが、ちょっとした変更なら途中でもききます。絵の具がのっているところを「洗う」と、下の絵の具の色が出てきたり…。」

—-「洗う」とはどういう作業なのでしょう。
「画面に一度塗った絵の具も、お湯をかければとれるんです。お湯で濡らした刷毛でこすると、上の絵の具が取れて下の絵の具が出てくる。上からどんどん色を重ねていくだけでは出せない雰囲気があって、おもしろい所だと思っています。」

—描いた時間からかなり経ってしまうと、落ちにくかったりするのですか?
「時間は関係ありませんが、重ねた数のぶんだけ、とれやすかったりとれにくかったりします。漆の技法でも擦って下の色を出す技法があるのですが、そういうイメージです。」

—上から色を重ねていく作業と洗う作業では、色の出方に違いがあるのですか?
「一度色を重ねた後に洗っても、全ての色が出てくるわけではありません。偶然の作用ももちろんありますが、洗ったり、その後に描き重ねることで、微妙におちついた色味や、空気みたいなものを出したいと思っています。」

—この絵はこのアトリエのみで描いていらっしゃるのですか?
「日本画の制作は基本的には学校でやることになっています。藝大は天井が高いので、自然光がとてもきれいで好きです。特に朝や午前中の光が好きです。」

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—モチーフについて聞かせてください。
「今回のモチーフは上野の不忍池です。この修了制作にあたって、夏に取材に行きました。前に秋枯れのハスを書いたことがあって、そちらを修了制作にしようかと思っていたのですが…。夏に観たハスの花がとても美しかったので、これを描きたいなと思って。
ハスは過去にたくさんの日本画家が描いていますが、「自分だったらどう描くかな?」と夏の間は考えていました。ハスの花が水面に反射される様子を見て、それだけで一つの絵画作品のように美しく感じられたんです。その中にカメとかがいるのですが、絵の中を泳いでいるように見えたりもする。現実とは違う、また別の世界がここに広がっていることを、今回の作品にできたらなと。」

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—制作するときに、心がけていることはありますか。
「描く対象は、植物だったり花だったりするんですが。学部時代からずっと続けているのは、頭の中の形を追うよりも、まずは素描やデッサンをすること。作品に使えるか、使えないかは考えずに、とにかく何枚も書きに行く。
そうすると、その場の音とか、温度とか、湿度とか、目だけではなく、それ以外の五感を使って様々なことが感じられる。そういうことを身体で感じながら、「どういう画面にしようかな」って作品の構想を練るのが好きなので、素描は大切にしています。写真を資料に使うこともありますが、基本的には素描がもとになっています。
植物は喋らないけど、なんとなくそのたたずまいが好きです。動物も無言でいるものが何を考えているのかわからなくて好き。魚もしゃべらないから好き。目が合うと、全部知られてしまうような気がして。」

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—日本画を選んだ理由は?
「特に大事件が起きて日本画を選んだわけではないです。色々なことが積み重なってきて、結果的に日本画を選んでいます。きっかけの1つとしてあげられるのは美術科の高校で油絵や彫刻など一通りやったうえで、「絵が描きたい」と思ったことです。絵画だったら、油絵か日本画か、となった時に、油画だと自分にとっては自由度が高すぎると感じたんです。特に油画は、大学入学後に映像やインスタレーションの制作をする方も多くて、あまりに自由度があると、自分はかえって集中できないんじゃないかと。「私はこれをやっている」と確かに言えるようなものができたらいいなと思っていました。だから、日本画だったらこの平面の世界の中に集中して、それを自分の中で咀嚼して消化して…ということができるかな、できたらいいなというのは、いつも思っていることです。あとは画材がおもしろくて。絵の具の名前もかっこいいし、粒子状の絵の具を、砂のように指で混ぜる感覚も好きです。小さいころ泥団子づくりが好きだったのですが、その感覚に似ていて癒されるんだと思います。」

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—今回は「ハス」というモチーフがありますが、次の新しいアイディアや、これからやってみたいことはありますか?
「絵を描いているときに、次はこういう絵を描きたいなと思うこともあるし、全然関係ないことをしている時にハッと思いつくこともある。絵の作業とは別のことをしているときにひらめいたりします。
日常生活のなかでも、特に外を歩いているときに「あーっ」ってひらめくことが多い。じーっと考え込んでいるときよりも、脳が活発に動いているのかも。
なるべくなら、自分の見慣れているものとか、日常で感じている「あら、不思議」って感覚を絵画にしたいなと思っていて。モチーフと距離を感じると、あまり絵がうまくいかないタイプなのかもしれません。愛知から上京したので、上野で初めて不忍池を見たときに「なぜ、都会の真ん中にこんな緑があるのか?」と気になって。その違和感がずっと続いていて、4年間ぐらいずっと考えていたんです。ちょっと時間がかかるタイプなのかもしれないですね。」

—描くときはずっと通して、休みなく描くのですか?
「結構乾き待ちの時間があるので、その時はどこかに行っちゃう。帰ってきてみて、「あーあ」って思っちゃう。たぶん人間ってずーっと集中はできないと思うので、トイレにいくことなんかでこの画面とちょっと離れる、客観的に見ることを意識しています。」

—休みの日は何をなさっていますか?
「神前挙式の巫女のアルバイトをやっています。絵とあまり関係ないことをやって、自分の幅を広げたいと思って。あとは映画を見たり、博物館や植物園に行ったり。展覧会にも行きますが、それ以外の事もどんどんしていかないと、自分の世界が閉じてしまうタイプなので。いろんな体験ができればいいなと思っています。」

—静かな空間で制作しているのですか?それとも、音楽を聴いたりもしますか?
「基本的には、静かな環境でやります。音楽を聴きながらやると楽しくなってしまうので。
単純作業の時は、聞いたりもします。忌野清志郎とか。」

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—影響を受けた画家や、好きな画家はいますか?
「好きな画家は、日本画家で言うと奥村土牛先生、小倉遊亀先生が好きです。すごくゆったりしている感じがして、油絵ならルドン、色がきれいな人の絵が好きです。」

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「絵には作者の考えが入っていないと、ただのきれいなよくある画面で終わってしまう。私はもっと味のある作品をつくりたい。そして考えを入れるのはもちろん大切なのですが、それだけが先行しすぎて美しさからみえてこない説明だけの作品になってしまうのも少し違うかな思います。自分は、美しいとかいいなとか、ずっと見ていたい、なんか気になる、という印象が先にあってから、のちに作者の考えや説明を聞いて「ああ、あれはそういうことなんだ」というくらいがいいかなと。けれども美しさは人それぞれなので、それはとても難しいことだと思っています。私の絵も、1度は退屈になるぐらい描いてしまって、それをなじませるくらいになればいいのですが。」

—このままずっと、将来も制作を続けていくのですか?
「はい、できれば一生続けていきたいと思っています。」

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***
私たちとびラーについても興味を持ってくださり、様々なやり取りが交わされた今回のインタビュー。とびラーの企画である「卒展さんぽ」にも関心を持って頂きました!
ご自分のことをとても謙遜なさっていましたが、芯の強いしっかりとした考えをお持ちで、ひたむきに真剣に作品に向き合っていらっしゃる姿にとても感銘を受けました。
私たちの質問に、一つ一つ真摯に答えてくださった森さん。卒展でどんな完成品に出会えるのか、またこれからの活躍がとても楽しみです。

執筆:神野詩織(アート・コミュニケータ「とびラー」)


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「アイディアを考え続けること、誰かに伝えること〜スーツ生地の可能性をひらく」藝大生インタビュー2016|デザイン科修士2年・竹之内洋平さん《RE SUIT》

2016.12.16

 

★藝大生インタビュー
「第65回東京藝術大学卒業・修了制作展」に向けて制作に励む藝大生をとびラーが訪ね、作品が創出される現場を取材しています。
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「グラフィックが好き」という言葉からはポスターなど平面で紙媒体の作品を作っている方なのかな、と想像されるかもしれません。ですが、竹之内さんは木や車、布などの様々なマテリアルを使い、平面から立体まで多くの作品を制作されています。
在学中に広告賞など様々な賞を受賞するなかで「自分が良いと思ったもの」と「実際に評価されるもの」の違いを受けとめ、常にアイディアを考え続けている姿勢が印象的な方でした。デザインに対する想いにしっかりと芯が通っており、情熱を感じるお話を伺ってきました。

 

■卒展の作品について
藝大内にあるアトリエに伺ってまず、竹之内さんが卒展に出展される作品をみせていただきました。デザイン科の方なので、作品が平面なのか、立体なのか、全く想像が付いていなかったのですが、現れたのはなんと家具でした(それも複数)!

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「普段はグラフィックでやっていることを、布に応用しました。全てスーツの生地で、全部20年ほど前の古いものです。本来なら古すぎて捨てられてしまうような、製品にはならない物なんですけど。ほとんどウール100%で、元々質が良いものなので、ちゃんと保管しておけば状態の良いものがいっぱいあるんです。プリントは全てシルクスクリーンを使っています。強いメッセージを込めたい為に、直接的なデザインになっています。
作品名は「RE SUIT」で、「RE」はリターンやリサイクルなどの「再生」の意味。スーツの生地を、スーツではない違うものにして生まれ変わらせることができるんじゃないか、スーツの生地の可能性を更に広めるられるんじゃないかと考えました。」

–生地はどこで手に入れたのですか?
「実は実家がスーツのお店で、そこで捨てられずにずっと取っておかれていた物です。この布に出会ってから、この作品を作ろうと思いました。布を使った作品を今までにもいくつか作っていて、扱いには結構慣れています。自分はスーツはあまり着ないけど、実家がそういうことをやっているから、自分の中では身近な、遠くない存在です。普通の布ではなく『スーツの布』というのがポイント。」

–(グラフィックの中で)インクが垂れているように表現されているのは?
「グラフィティっぽくしたくて。ストリートの落書きみたいな自由な発想・表現というのをこのグラフィックに込めています。手書きっぽくてペンキが垂れているような。スーツの生地を、スーツではない色んなものに置き換えられるような自由な発想、というのを表現しています。(本格的な生地のスーツには)手が届かないよ若い年代の人でも、マガジンラックやサイドテーブルなどに再利用されたものだったりすると身近に感じられるんじゃないかな、という思いもあります。」

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–制作期間はどれくらいですか?
「そんなに長くないかも。(プリントを)刷るのは結構大変で、家でひたすらやっていました。刷ってしまえば組み立てるだけなので、そんなに時間はかかってないです。縫製も自分で。サクサク進みました。」

–家具の作り方は自己流ですか?
「自己流です。木材を切るのは学校でやりました。木を扱うのは慣れていますが、ソファを作るのは初めてだったので、作り方をめちゃくちゃ調べて。でも自分でやれることには限界があるので、どういう風に工夫すればできるのかをすごく考えました。今回の作品は初めてのことづくしです。実用性に耐えられるかどうかまでは計算してはいませんが、多分大丈夫でしょう(笑)。家具としてのデザインも自分がいいと思えるものにしました。」

–布にも色々な柄や色が入っていて、プリントに使われている色も様々ですが、組み合わせは最初からしっかり決めていたのですか?
「やりながらですね。生地の色や柄を見て、自分の中で感覚的に決めています。他の作品ではすごく考えて慎重に決める時もあれば、直感的にパッと決める時もあり、それはバランスを見て考えている所です。」

–家具に使用している木材も異なる種類を使用されていますが、それも意識してのことですか?
「そうですね、統一感の部分は布で出せばいいので。ソファは家具としては新しく見えるけれど、他のものに使用する木は少し古く見えるものにしたり、意識して使っています。」

–実際に展示される際は、空間を作るというイメージですか?
「全体でどう見えるかという感じを大切にしています。(生地やプリントの)色が様々なので、いい意味でまとまりがあるようにする。ただ、ありすぎると微妙。置き方次第で伝わり方が変わるので、悩みどころです。
他には小物も作っていて、カード入れ、ブックカバーなど、自分がいいと思えて、他の人にも使ってもらえるものも作りたい。使う人をイメージしたりもします。どういう人が使うかと考えると、作るものも変わってきたりして、ポップなんだけどお年寄りの人が使ったら面白いかなとか考えたり。これ(小物の作品)はほんの一部だけど、色のイメージで自分の中で分けていて、ピンクなら女の人かなとか。色からのイメージは結構強いです。」

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「今は家具の印象が強いけれど、もっと他のものに置き換えたくて。展示までには家具だけじゃなくて、イメージがもっと離れていって欲しいので、色々作ろうと今考えています。スーツは作らないですけど(笑)、洋服以外の何かに。当日のお楽しみということにしておきます。
家具は展示が終わったら自分で使おうかなって。自分だったらどれくらいの大きさが欲しいかなって考えてサイズを決めました。欲しいっていう人が現れたら、それはその時で考えます。」

–今回の作品は親御さんのお仕事がきっかけなので、喜ばれたのでは?
「そうですね、どうなったのってすごい聞かれます。」

–卒展当日は、来た方に直接説明されるんですか?
「はい。学部4年生の卒展の時も色んな方が来てくれて、話すのが結構楽しかったので、なるべくその場に居るようにします。」

 

■制作について
《RE SUIT》の様に家具やグラフィック、小物などを制作することもあれば、車を使った鑑賞者巻き込み型の展示をされたり、また企業のプロダクトを課題にしたポスターデザインで賞を受賞されていたりと、表現の幅がとても広い印象があります。制作していく上での竹之内さんの考えやその背景について、もう少し詳しく伺ってみました。

–今回の《RE SUIT》の様に作品に自由さを感じさせるというのは、竹之内さんの制作のテーマだったりする?
「う~ん、毎回結構やることは変わるのでいつもこういう感じというわけではなく。結構派手な作品もあったり、かっちりしたものを壊すようなものもあります。」

–一つのテーマが自分の中にあって、それを作品に投影して、伝えたいことを伝える、という一連の流れが他の作品にも共通している?

「そうですね、並べて自分の作品を見るとまとまりの無いように感じるけど…例えば布、車、紙など。でも自分の中では軸を持っていて、伝えたいことを伝えるためのアウトプットになっています。」

–2016年の藝祭に出展されたワゴン車を使用した作品「JOURNEY」のインタビュー内で、美術以外のこともやりたいとおっしゃっていましたが、今何か考えていることはありますか?
「やりたいことはいっぱいあって、どういうものにしたら自分が考えていることが一番伝わるのかをいつも考えていて、作品ごとにやっていることが様々でした。ワゴンも(共同制作者と)二人で色んなことをやりたいねと言っていました。今でもワゴンの展開は考えているけど、ストップしてしまっています。置き場所などの問題もあって難しいです。」

–今までに様々な賞(第31回読売広告大賞、JAGDA学生グランプリ2015、第62回朝日広告賞など)を受賞されていますが、それらの様に課題を与えられてそこから考えるのと、先程のお話にあった様に伝えたいことがあって、そのために考えるのとどちらが得意ですか?
「自分が好きなのはアイディアの部分で、アイディアから考えるのが好きです。ものを作るのが好きだけど、それよりも何か新しいアイディアとか、面白いことを考えるのが好きです。そのためにすごく考えます。ひたすら考えて、何個も何個も考えて…やれないこともいっぱいあるし、時間との戦いだったりもします。自分は広告が好きで、来年の4月から広告デザイナーの仕事に就職が決まっているんです。広告は伝えたいことがひとつバーンとあって、ストレートかつシンプルに、面白く伝えるみたいなアイディアがとても好きで。自分の作品でもそういった要素が共通しています。」

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–色々な人と組んで制作されたり展示されたりしていますが、一人でやるのと誰かと一緒にやるのとでは全然違いますか?
「違いますね。単純に意見が食い違うこともあるしなかなか合わない。特に芸大生とだと、みんな結構我が強いので(笑)。ただデザイン科だと、課題はグループワークが多いです。自分だけの作品は自主制作のものが多かった。」

–自分だけで作りたいという欲求はある?
「あります、あります。」

–今まで色々な作品を作られてきた中でも一番好きなもの、思入れのある作品は?
「そうですね・・・(しばらく考える)難しいですね。選べないかも。」

–今まで、数で言うとどれくらいの作品を制作されてきましたか?
「中途半端に終わったものも沢山あるし、数えられないけど、自分の中で満足して「いいな」と思って作れたものは少ないかも。その時は満足しても、後からやっぱり違うと思うこともめちゃくちゃあります。人に見せる機会も多いので、そこで色々言われて、自分の中でいいなと思っていたことが伝わっていなかったり、もっとこうしたほうがいいんじゃないと言われることもあるし。」

–竹之内さんの生活の中心は制作?
「そう言いたいですね(笑)。多分そうです。常に考えている、と言いたいです(笑)。」

–じゃあ、趣味はありますか?
「難しいですねー。多分全部(制作に)繋がってきているし、大体作っているし、制作と趣味の境目はあんまりないかも知れません。」

–《JOUNEY》で使用したワゴン車《MEDIA WAGON CAMEL》で音楽と結びつけたワークショップをされていましたが、音楽は好きですか?
「好きです。ワゴンをやっている時はいろんな出会いがあって、学校の敷地内で作品のために車を改造していたらたまたま建築の人たち(建築科の学生)に声をかけられて、こういうイベントあるんだけど一緒にやらない?となり。じゃあ建築の人達と一緒にやるときに自分たちは何をやればいいんだろうってなって、そこでまた音楽の人たちと出会いがありました。『車と音楽を掛け合わせて何かやりたいんだけど』っていう感じで色んな人との出会いがあって楽しかったです。
普段聴く音楽は色々。いい意味でも悪い意味でも自分は飽き性なんで、一つのアーティストのファン、ということはあまりないんです。アーティストのライブに行くというよりは、フェスに行っていろんな人たちの歌を聴きたいという感じなんで、オールジャンルです。」

–影響を受けた人や作品などはありますか?
「影響を受けた人は本当にいっぱいいます。この人が好き、とかそういう感覚じゃなくて、『この人のこういう作品が好き』とうかんじが強い。一人の人が作っているその全てが好き、というわけじゃなくて、作品と人とは別に捉えているんですよね。」

–美術館には行きますか?
「結構行きます。デザインの展覧会とかには行くようにしています。グラフィックデザイナーの展覧会が中心ですね。ポスターの展示とか、そういうのが好きです。」

–周りにも制作をしている学生が沢山いる環境ですが、ライバル意識はある?
「そこまでないかも」

–昔からデザインが、その中でもグラフィックが好きということですが、グラフィックに本格的に進んだきっかけなどはありましたか?
「自然とそうなっていきました。学部の1年生ぐらいは色んなことを自由にやっていたんですけど、3年生ぐらいから本格的に取り組むようになりました。コンペも積極的に出すようになり、何作品も出しました。面白いのが、自分の中では『微妙だな』と思うのが賞を取ったり、イチ推しで『面白い!』と思っていたのが落ちたり、色々出品するなかでわかってきて。自分でも客観的に見たいという気持ちはあるんですが、それもなかなかうまくいってないなと思ったりしました。」

–自分の中で気合が入った作品が選ばれなかったらやっぱりショック?
「悔しいですね。一つ一つ思い入れがあるので。」

–グラフィックの作品だと、『ここが完成』というのは自分の中でしかわからないものだと思うのですが。
「グラフィックは、出来上がっても何日か置いてまた見るようにしています。次の日まで時間をおくだけでも変わって見えるので、そこは出来るだけ冷静に見るように意識しています。」

–誰かの意見を聞いたりしますか?
「聞かないですね。自分の中で突き詰めます。」

–作っていてどういう瞬間が楽しかったり、盛り上がりますか?
「やっぱり最終的にできた時ですね。今回の家具の作品だと、形になった時ですね。」

–自分が制作を始めてから今に至るまで、変化はありましたか?今まで話を聞いた印象ではあまりブレは無さそうですけれど。
「でも、ありますよ。出来上がって、違うなと思う時とか。家に(RE SUITシリーズの)椅子と机があるんですけど、これはダメだなと思って。あれは出さないです。形になってからじゃないとわからないことってありますね。単体で見たらよくても、他のものと並べてみてやっぱり違うな、と思ったり。」

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–学部4年生の卒展ではどんな作品を制作されたのですか?
「今回とは全然違うもので、大きい壁を作ってスピーカーを30個ぐらい埋め込み、そこに映像を投影しながら音を出すというインスタレーションの作品を作りました。」

–一つのことにこだわりがあるというよりは、色々やりたい?
「そうですね」

–見に来られる方とお話しするのが楽しいということですが、《MEDIA WAGON CAMEL》の時みたいに、『見にくる人も巻き込んで一つの作品になる』のは今後もやってみたい?
「やってみたいです。本当は何も説明しないでも全てが伝われば、一番いいんですけど。それをもっとわからない人に伝えたりとか、その人の新鮮な意見を聞きたいとか、色々思います。単純に褒めてもらえると嬉しかったり、自分では思っていなかった事を全然違うような視点から言ってもらえたり。学部4年生の時の作品で、渋谷の映像を流してた時に、自分は若い世代としての視点で流していたんですけど、観に来ていたおじいさんがそれに共感してくれたりして、全然違う年代でも同じようにいいと思えるんだとか、自分では思いもよらないような意見が聞けて、すごく良かったと思いました。」

–そういう意見は作品作りに生かされていますか?
「そうですね、なるべく忘れないようにしたいです。」

 

■藝大を目指すまでのこと、藝大生になってからのこと
ご存知の方も多いと思いますが、藝大への入学は狭き門。竹之内さんがデザインを本格的に学ぼうと藝大を受験するまでに至ったきっかけや子どもの頃のエピソード、そして藝大入学後の学生生活のことなども伺いました。藝大を目指している方にとっては気付きがあるお話かもしれません。

–小さい頃は絵を描くのが好きだったということですが。
「図工の時間が好きでした。一番好きでした。絵だけじゃなく、粘土や工作など、全般的に好きでした」
–小さい頃から身近に服を作っている環境があって、それが自分の道につながっていますか?
「小さい頃からミシンを触っていて、自分で服を作ったりしてました。そう考えると人よりも布を触っていたのかなって。身近にあったので。《RE SUIT》の縫製も全部自分でやりました。」

–でも、ファッションじゃなくて色々できるデザインの方に進んだということですよね。
「そうですね」

–それを『仕事にできるかも』と思ったことや、藝大受験に至ったきっかけはありますか?
「高校は私立の進学校に通っていて、その流れのままだと受験して大学に行くんだろうなと思っっていました。けれど、自分の将来を見つめ直したときに、『好きなことやりたいな』と考えて、色々調べて、近くに美大の予備校があったのでそこに入りました。両親の反対はありませんでした。母親も美術系で油絵を描いたりしていて。なので、結構協力的で、応援してくれました。直接的な理由では無いかもしれないけど、絵を描くのが好きだから、試験で絵を描くことは嫌いじゃなく楽しめるかなとも思いました。藝大を目指すきっかけは、デザインがすごく好きで。例えばファッションにしても、服だけではなく、ランウェイの空間もデザインだし、とにかくいろんなデザインが気になって。それでデザインを学びたいなとなったんですけど、他の大学だとグラフィックデザイン科とかプロダクトデザイン科とか、入り口でもう分けられちゃうんです。受験するときに自分の中でまだ絞れてなくて、『入った後に選択肢があるよ』と藝大の先輩に言われたので、それで藝大に行こうと思いました。」

–作品をご両親に見せることは?
「しますね、展覧会にも来てくれるので。」

–学生時代の思い出はありますか?
「思い出ですか?思い出はー、(悩むそぶりを見せて)辛かったのは就活。めちゃくちゃ大変でした。広告業界を志望したので、作品をいっぱい作って、納得できないものもいっぱい作ったし、とにかく難しかったです。ポートフォリオをまとめて、実際に選考の場に作品を持っていってセッティングする、ということを受けた社数だけやりました。バンを借りて、手伝ってくれる人も呼んで。今は終わってホッとしています。4月からはすごく楽しみ。もう全部楽しみです。」

–大学院に進もうと思ったのは、もっとデザインについてご自身の中で深めたかったからですか?
「そうですね、学部の時はその時なりに精一杯やっていたんですけど、いざ卒業が見えてきた時に、まだまだだなと。ここでもうちょっと自由に楽しくやりたいなと思いまして。大学院の2年間もあっという間だったんですけど。可能であればまだまだやりたいことも沢山あるけど、でも来年(広告デザイナーのお仕事)もすごく楽しみです。」

–学生生活で楽しかったことはありますか?
「大学院に入ってから、学部の頃よりも自由にできることが多くて、課題が少ない分自主制作に力が入ったので、そこはすごくよかったかなと。あと、大学院に外の大学から来る人もいて、その出会いも楽しかったです。」

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卒展の作品「RE SUIT」を含め、今までに発表されている竹之内さんの作品を見ると、一人のアーティストが作ったことに気付く人は少ないかもしれません。そのくらい表現の幅が広く、ご本人も色々なことに興味を持ち、何よりも竹之内さんが「やってみたい」意欲に溢れている人だということが今回のお話から感じられました。来年4月からは広告デザイナーとしての作品を、どこかで見かける機会があるかも知れません。
インタビューの中でもあるように、卒展ではできるだけ見に来られた方と直接お話ししたいとのことだったので、ぜひ竹之内さんの作品を見て、お話してみてください。写真にある作品はまだまだ一部とのことなので、当日どんな展示になるのかとても楽しみです。

執筆:鈴木清子(アート・コミュニケータ「とびラー」)


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藝大生インタビュー|彫刻科4年・森 木ノ実「石から削り出された、一瞬」

2016.01.25

美術学部校内を奥まで進むと木材のよい香りがしてくる。
今回インタビューを受けてくれた森木ノ実さんとは、彫刻棟で待ち合わせた。
石彫を専攻する森さんは、寒空の下まさに制作をしているところだった。
沢山の石と機械が並ぶ屋外の屋根のついたスペースが彼女のアトリエだ。

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「ここにある大半の石は、卒業時に先輩が残していったものです。私の作品の石も先輩から譲り受けました。素材が高価なこともあって、引き継いだ石を大切に使っています。」

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「貰った時は既に円錐型に掘りかけてあった石でした。さらに、部分的に彫り込まれていました。」

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ー 彫りかけのものということは、形の制約があったのでは?
「もちろん、ある程度決まった中ではありましたが、私の作りたい形になるよう考えました。粘土は心棒に形をつけていく作業ですが、石は性質によって割れ方も異なり、もとの形や固さを理解しながら彫るので確かに不自由な面が多い素材ではあります。」

 

ー いつ頃から作り始めたのでしょうか?
「ちょうど1年くらいです。決めてしまえばどんどん掘れるのですが、私は結構悩む方で…結構ゆっくりと彫っているんですよね。石って掘り続けると無くなってしまう。ここを彫ったらどうなるかなとか、ドキドキしながら作っています。でも躊躇していると進みません。」

「粘土をつけていく作業をモデリングといって、木や石などの材料から削り出すことをカービングと呼びますが、カービングを仕事にする人は勇気が無いと駄目だなと思います。」

 

ー モチーフを教えてください。
「女性を彫っています。私はよく200人程しか入れない小さなライブに出かけるのですが、この作品は、そこにいる女性ファンと男性出演者の関係から着想を得ました。ファンと出演者の関係が不思議だなって。差し入れをしたり、全国どこにでも付いていく。言い方は悪いですが貢ぐような感じ…。でもその関係は一生続くわけでもなく、それぞれ運命の伴侶が見つかればあっさりファンをやめることもあります。ファンでいることが将来その女性たちの為になることもない。何も生産性のない行為をしていると思うんです。私もファンの一人の立場から、この感覚に無理にでも意味をつけてみようかなって。」

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「この女性はファン側を表現したものです。信者のような。でも宗教的なことではなく、人間が生きて行く中で、心から信頼して付いて行くところに、最終的には行き着くのではないかと思いながら制作しています。」

「彫り始める前にはマケットという小さな模型を作るのですが、この時点で基本の人体の形を放棄してしまおうと思いました。出演者に対するファンの熱い視線を考えると、少しとろけている方が面白いなって。タイトルは《Fanatic》、和訳すると『狂信者』です。」

 

ー ファンの存在を表現しようと思った動機は?
「ライブや好きなアーティストを見ていると、冷静になる瞬間があります。こんなライブ、私の人生に何の影響があるんだろう?と。でも、私だって表現者なんだから何か作りたいと思ったんですね。そんなフラストレーションや焦りから、制作のモチベーションが生まれています。」

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「平らな面が床で、突起が人体。ライブ会場で一人冷静になり、自分は何もできていないと感じる瞬間を形にしてみたいです。」

 

ー 自分自身を掘り出しているのでしょうか?
「そうですね。今はまだ学生という立場なので、それだったら、怒られようが自分のことだけ考えて作りたいなって。甘えかもしれませんが、石という素材を扱うことは、自分自身と向き合うことだと思うので。先生の意見も取り入れつつ、自分のやりたいことをやり続けています。私は頑固で、言われたことを反映しないこともありますが(笑)まずは素材にじっくり向き合うことを大事にしたいです。」

 

ー 石彫を選んだのは何故ですか?
「まず屋外で作業するところに惹かれました。屋外は季節によって風の向きも違い、風向きを読んで磨いている石と粉塵の出る石の場所を交換したりと、自然と共存している感じがいいなと思ったんです。外だとみんな話かけてくれて、私も気軽に他の人の作業を見に行けます。朝日が作品に差すとこともあり、作品の奇麗な姿を見ると気合が入ります。」

「それと、私は受験のときから押すと変形してしまう粘土が苦手で…。石はちょっとやそっとじゃ壊れない。素材の硬さが自分に丁度よかったこともあります。あとは、石彫をやっている方々の溌剌とした雰囲気も私には結構合っていました。」

「石の魅力って重量感とか存在感だと思うので、更に大きい作品も作りたいのですが、そうなると重い。素材としては扱いづらかったりデメリットも多いのですが、多少ぶつけても割れないし、石のならではの格好良さがあると思っています。」

 

ー 藝大に入ったきっかけは?
「高校生の時、翻訳の仕事している母親に何故翻訳の仕事を選んだのか尋ねたことがあります。『私は24時間翻訳のことで悩むのが苦じゃない。』と。絵を描くことが好きだった私は、美大を目指すことにしました。丁度同じ頃、教育実習生としてきていた藝大の日本画専攻の方に出会いました。その方は人を惹き付けるのがうまくて…私と、同じく美大を目指していた友人はまさに「狂信的」にその人に付いて行くことにしました。その人に、藝大目指したら?と勧められたのがきっかけです。」

 

ー 卒業後は?
「このまま大学院に進もうかなと思っています。これからも石彫を続ける予定です。モチーフは人体を掘りたい。人間が一番感情移入するのは『人』かなって。」

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石彫というとついその作業を思い、パワフルなイメージを持つが、「ライブに行く女性たち」に感情移入してしまうという森さんお話からは繊細な一面を感じることができた。

これからも石彫で人体をつくり続けたいとお話してくれた森さん。今後の展開も楽しみだ。

(2015.11.28)


執筆:大谷 郁(東京藝術大学 美術学部 特任助手)

藝大生インタビュー |油画科4年・長谷川雅子「文字と絵の融合〜侘しさの中に微かなユーモアを込める独特の世界観」

2016.01.21

晴天に恵まれた秋のある日、見晴らしの良い絵画棟のアトリエで、油画科4年生の長谷川雅子さんにお話をうかがいました。

4年生4人で使用しているというアトリエは、高層階にある広々とした簡素な一室。卒業制作に取り組む中、数点の作品を披露してくださいました。

 

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綺麗に額装された作品群は、少し昔の同人誌の表紙のような独特の雰囲気を醸しています。ほとんどの作品が絵と文字で構成されているのも特徴です。

一見、日本画を思わせる精巧だけれど温かみのあるタッチは、スパッタリングという技法が用いられていました。ブラシで網を擦るようにして絵具をのせていくその技法は、エアブラシよりも粗く、表面がざらっとしたマットな質感になるので“アナログ感”が出せるのだそうです。トレーシングペーパーに下絵をして、ボール紙に描きます。

 

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「いつもこんな風に床で描きます。省スペースで(笑)」と、愛用の百均のクッションとペットボトルを取り出して、畳1畳ほどのスペースで制作風景を再現してくださいました。

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−−−− いつ頃から今の技法に?

学部3年頃から、やっと自分の持っているものをうまい具合に出せるようになって、このスタイルに落ち着きました。段ボールで描いているのは、いつかボロボロになって消えていく感じがいいなという、風化するイメージで。

 

−−−− この手法に落ち着くまでは、どの様な作品を?

モザイク画やフレスコ画など壁画の技法も好きでいろいろ試しました。どんどん描写したい方なので、乾きにくい油画はあまり向いていないと思いました。テンペラの技法も好きなのですが時間がかかるので、この“和シリーズ”を使った日本画風のアクリル画に落ち着きました。

用紙もいろいろ試しましたが、薄い紙だと下地を塗っている時にだんだん反ってしまって描きづらいので、水を含んでも反りにくいボール紙を使うようになりました。発色が悪くなる点も好きだし、耐久年数50年というボール紙の朽ちていく様というか、一生懸命描いているうちにボロボロになって行くことも楽しみなんです。そういう消えていくものに価値がついていくというのも面白いと思っています。

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−−−− イメージは何から先に浮かぶのですか?

文字ですね。文字から発想していくことが多いです。

もともと文字が好きで、昔のポスターや映画のクレジットロールとか、味のある文字と映像の組み合わせに興味があります。デザイン的な視点というよりも普通の美術作品を見るような感覚で好きなんです。

絵のモチーフは基本的に好きなもので構成しています。一見無関係と思えるものを組み合わせて、妙に深読みして関係性を見出そうとしたり、暗喩や皮肉のこもった意味として見える面白さを狙っています。

 

諸行無常、無常観のようなものに惹かれていて、侘しさの中にもクスッと笑えるものを目指しているという長谷川さんの作品群は、確かに明暗や悲喜のバランスが絶妙です。

例えば、気球とヒヤシンスをモチーフにした作品は、世界で最初に気球を飛ばしたモンゴルフィエ兄弟のイメージとガラスの花器を組み合わせ、熱に非常に弱いヒヤシンスを下から炊いて“結局飛べない”というユーモアを込めたそうです。

青空や雲と男女の姿を合わせた作品では「雷ができるまで」という一文が添えられ、愛し合う男女が修羅場を繰り返す不穏な空気を、爽やかな入道雲の下で嵐が起こっている様子で表現されていました。いずれもブラックユーモアのセンスがうかがえる作品群です。

 

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−−−− 普段から文字やコピー文などが気になりますか?

気になりますね〜。授業中や日常の中でも面白い言葉は溢れているので、聞いた瞬間に携帯とかにメモしています。

古い図鑑や教科書も好きで、絶妙なダサさと妙な色使いに「なんでここにこの写真を組み合わせたんだろう?」と考えたり。特に90年代頃の、現代とはちょっと違う感覚にインスピレーションを受けることが多いです。母や祖母が結構古いものを残してくれていたので、小さい頃からそういうものばかり見ていたら自然と好きになりました。

教科書は時代の移り変わりも見れて面白いんですよ。

 

−−−− 一作を仕上げるのにどのくらい時間がかかりますか?

作業だけなら1〜2週間程度ですが、構想を含めると1月位でしょうか。

同時進行でいろいろ考えていて、アイデアが浮かんだらすぐにメモしたり下書きするのですが、いざ取り組むとなると完成が見えるまでは手を出せなくて、描き出すまですごく時間がかかります。

 

−−−− 額装はご自身でなさるんですか?

選んで買うだけです。

3年の始め頃に何を描いていいかわからなくて悩んだ時があって、「自分が部屋に飾りたい絵を描こう」と思って、まず額を買ってみたんです。それまでは学校の課題や批評会に間に合わせるために考えがまとまらないまま描いていたのですが、自分が飾りたい絵を描こうと思って描いたら、それが割といい感じで、吹っ切れたんです。

 

−−−− 額が先とは面白いですね。どういう額でしたか?

シンプルな黒い額です。最初に描いたのはシンプルな山と青い空。図鑑のイメージで、「気象」と「気性」をかけたんです。気が抜けた時に描いたのが結構よかったようです。

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−−−− 絵をやろうとしたきっかけは?

物心ついた時からずっと描いていました。それをたまたま辞めずに続けていたら多少上達したという感じです。

漫画家になりたかった時期もありましたが、描いているうちに漫画じゃないなって思ってきて、一枚絵で勝負する方が自分には合っているようです。

 

−−−− 影響を受けた作家はいますか?

漫画家のつげ義春氏、どんなアーティストよりも好きです。無意味の哲学みたいなもの、諦めのような観念とか侘しさとか、私自身も貧乏な暮らしをしていたことがあったので心底共感できる部分が多いです。他には赤瀬川原平氏とか。マイナスな面に寄り添うけれど、どこかユーモアがあって一緒に笑えるような表現に惹かれます。

 

−−−− 油画を選択されたのはなぜ?

高校が美術系で、2年時に日本画か油画かを選択する際、せっかちで描写が得意だったので、比較的形式的な日本画よりも自由度の高い油画を選びました。芸大を受ける時も油画が一番自由で何をしてもいいと聞いていたので。

 

−−−− 油画科に入ってみた印象はどうでしたか?

良かったですねー! すっごい楽しいです。みんな個性が豊かで、豊か過ぎてちょっとついていけなかったりよくわからない時もありますけど。面白い人がいっぱいいます。

 

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−−−− そこに立てかけてあるものは何ですか?

シタールと云うインドの琵琶みたいな楽器です。見た目も“インド感バリバリの”音もかっこいいんで、習おうと思って借りてきたのですが、時間がなくて全然弾けないままここにあります。

 

−−−− 絵を描いていない時はどんな風に過ごしていますか?

映画を見たり音楽を聴いたり、あとは博物館がすごく好きです。中でもちょっとマニアックな、床屋の歴史を展示してある理容博物館とか、NHKの放送センターとか。

(理容博物館は)浪人時代に床屋で働いていたこともあって興味を持ちました。

 

−−−− なぜ床屋で?

自分の興味のないところになるべく行きたくて、アルバイトは自分がやったことのないものを選ぶようにしています。床屋はたまたま募集が出ていたことと、サインボールに惹かれて。1年程勤めました。

今は携帯のコンパニオンをしています。ちょっと宇宙っぽいコスチュームに惹かれて(笑)。

次に選ぶとしたら、遺跡の発掘とか、撮影とかも興味深いです。

 

−−−− 将来はどんな方向に進みたいですか?

NHK番組が好きなので、番組制作に興味があります。作家として絵を描き続けるなら、絵とは関係ないことから取り入れたいという思いもあります。今の時代、全く新しいことを見出すのって難しくて、既存のアイデアからいかに遠いところ同士を組み合わせるかだと思うんです。

分かり合える喜び見たいなものもあって、(私の作品を)好きな人に見てもらっていいねって言って欲しいです。そういう絵をどんどん追求していきたいです。

 

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−−−− 卒業制作はどのようなイメージですか?

一部屋スペースをいただいたので、その壁を埋めるように15点程仕上げる予定です。

自画像は(藝大に)半永久的に残ると言われているので、そのプレッシャーもあります。素材をダンボールでいいかどうか、あまり脆い素材に描くのは違うのかなとも思って悩んでいます。

 

明るく利発的な印象の長谷川さん。会話が展開するほどに意外な一面も垣間見えて、とても興味深いインタビューでした。一見爽やかな色調の絵に比喩を込めたシュールな作品群は、そんな長谷川さんの特長をよく表しているようにも感じました。

今週末(1月16、17日)には、卒展前の学部合同展覧会も開かれるとか。長谷川さんのシリーズ作品を一同に鑑賞できるのが楽しみです。

 


執筆:小松一世(アート・コミュニケータ「とびラー」)

 

藝大生インタビュー|彫刻科 大学院2年 横川寛人さん「CG × 映像=彫刻の未来」

2016.01.21

横川さんとは美術学部の敷地にある彫刻棟で待ち合わせをしましたが、アトリエには寄らず別の棟のアーカイブ室という小さな部屋でのインタビューとなりました。この部屋には大きな機械(インタビューの中で、これが1500万円もする3D スキャナーだということが発覚します)とパソコン、たくさんの書類が雑然と置いてありました。アーカイブ室はイメージしていた “彫刻の制作現場”よりも“デザイン事務所”のような雰囲気です。果してその訳は…
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■修了制作について

—修了制作について教えてください

「自分で撮影した”映像”作品とその主人公の”フィギュア(立体)”を作って展示します。」

 

横川さんの修了制作は、粘土での制作ではなく、”映像とCG による立体の融合作品”でした。(そういうことなので、横川さんの制作現場は3D スキャナーがあるアーカイブ室だったのです。)

 

「これまで撮影した3本の映像の集大成となる作品(テーマ:過去の日本人)と登場人物(ヤマトタケル、侍、日本兵)のフィギュアを製作中です。」
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■フィギュアについて

「昔からフィギュアが好きで、映画が上映されるとそのキャラクターのフィギュアも販売されることがよくあって、自分でもそおゆうこと(映画とフィギュアの両方を手掛ける)をしたいなぁと思っていました。」

 

フィギュアの製作過程は、モデルとなる人物の顔の骨格を30分ほどかけてスキャンしていきます。(これを前述のスキャナーで行います)この後、パソコンに取り込んだ画像に”フリーフォーム”と呼ばれるパソコンに接続されたペン1本で目や髪の毛などの細部を彫ったり足したりして、細部を作り込んでいきます。出力は業者にお願いするということですが、頭部の出力だけでも3万円ほどかかるそうです。横川さんが製作予定のフィギュアは3体ですので、3万円×3体…

フィギュアの衣装は全てオーダーメイドです。細部にまでこだわっています(笑)
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(スキャンの様子。写真は横川さんより提供していただいた。)
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(出力したフィギュアの頭部)

 

■映像について

横川さんが監督、編集(ちょっと出演)する映像は、”香港式”という撮影方法です。この”香港式”という言葉は映像の世界で正式に使われている言葉で、台本も絵コンテもなく、監督の頭の中だけにストーリーがあります。それを監督が現場で出演者に伝えながら作品を作り上げていくという方式です。(”香港式”と聞いて私の頭に浮かんだのは”サモ・ハン・キンポー”でした(笑))
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—横川さんの映像のジャンルは?

「ブラックユーモアコメディです(笑)」(やっぱり”サモ・ハン・キンポー”!?)

“香港式”の横川さんが初めて手がけた映像作品は、「友達と2人で作った”マイケル=ジャクソンのスリラー”です。登場人物は1人だけです(笑)」(”サモ・ハン・キンポー”じゃないんだ(笑))

横川さんは、美術高校時代の仲間と”3Yfilm”という名でこれまでも映像を作ってきました。今は修了作品とは別に週に1本、5〜10分程度のショートフィルムを毎週(!)YouTube にアップしています。修了作品の映像もこの仲間と制作します。

 

「ここ(学校)で制作活動をしていない時は、映画を観に行ってるか、家でDVDを観ています。」「それしかしてないですね(笑)」

 

夜9:00頃までアーカイブ室で作業していても、その後終電までと言って映画を観に行くことも度々あるほど、”映画漬け”の毎日のようです。

 

■これまでとこれから

横川さんのお祖父様、お祖母様は共に画家で、ご両親も共に美術系の学校をご卒業されています。

「小さい頃から身の回りに画材道具があった。」という恵まれた環境で育ち、中学生の頃にはすでに芸大受験と映像の世界を意識していたそうです。美術高校で良き仲間を得て、その後3年と長きにわたる受験勉強の末、東京芸術大学美術学部彫刻科に入学されたわけですが、心の中にはいつも映像への”想い”があったようです。

—映像科への進学は考えましたか?

「色々学びたいと思ったので学部は彫刻科に入学しました。その後大学院進学の時に、先生から映像科を専攻する話がありました。でも映像科の映像は”アート寄り”なんです。僕がやりたいのは、”エンターテイメント”、”娯楽作品”なんです。映像科への進学はちょっと違うかな、と。」

「彫刻科で学んだ、“彫刻的な見方”を表現できる映像が作れたらと思っています。」

「これまでも展示の時は”映像と立体”の両方を作ってきました。」

 

■卒業後について

「(美術高校の)仲間と映像の会社を立ち上げたいと思っています。」

「僕は基本妥協しちゃうんです(笑)大きな目標を立てて妥協する。だから最低ラインにはいけるんですよ。迷いはなかったですね。なるようになると。いい意味で勘違いしながら生きてきました。」

肩の力が抜けていて、いつも自然体な横川さんが自分を評した言葉です。
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■人に恵まれて

横川さんの口から出た”妥協”という言葉、インタビューの場にアーカイブ室助手の井田さんがいらっしゃいました。井田さんは横川さんのことを次のようにお話ししてくださいました。(井田さんは横川さんとは予備校時代からのお知り合いで、彫刻科の先輩です。更に、横川さんに3D を教えた方でもあります。横川さん曰く、”井田さんは3D のホープ”です。)

「彫刻は、例えば粘土で作って、それが最終形態にはならないんです。型とってそれ(粘土)はなくなる前提で作っているんです。残らないんです。でも彼はそのまま(粘土を作品として)使っちゃうんです。そのまま(粘土を)使うって僕らからすると本来ありえないことなんですよ。だけど、昔の日本で、例えば新薬師寺の十二神将がそうなんですけど、”木心塑像(もくしんそぞう)”という、焼かないし、素材も置き換えない、塑像の粘土の部分だけを使って作品にするという、”焼かない塑像”というのがあるんです。彫刻家ではタブーなんですが、でも彼はそれが平気でできてしまう精神力とユーモアがあります。」

「本人は妥協って言ってますけど、僕は彼の場合それが良い方(向)に働いていると思います。」

横川さん、妥協ではなくタブーをも楽々と乗り越える自由な発想なんですね!

横川さんの周りには横川さんを理解して、支えてくれる方が沢山いるなと思いました。彫刻科への進学を温かく見守ってくださった芸大の先生。アーカイブ室の井田さん。彫刻科の同級生。そして美術高校の仲間。芸大受験中はお祖母様の言葉に支えられたというお話も伺いました。横川さんにお話を伺って、”映像への想い”と支えてくださる”周りの方への感謝の気持ち”を感じました。横川さんのその人柄を慕って、これからも多くの人が”映像と立体”の制作をサポートしてくださると思います。私も短い時間お話ししただけですが、横川さんのファンになりました!これからのご活躍を信じて疑いません。修了制作の完成を楽しみにしています。


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執筆:河村由理(アート・コミュニケータ「とびラー」)

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