2026.04.21
「わたしたちも手で話したいラボ」は、2025年度の第2回アクセス実践講座「ろう文化を知ろう」を受講した当日に発足しました。
第2回アクセス講座の講師は、ろう者で明晴学園というバイリンガルろう教育を行う学校の校長を務める小野広祐さん。手話で「ろう文化」についての講義を行ってくださいました。
■ 講座を受講して、初めて知った「手話」という異文化
当時のわたしは恥ずかしながら、「手話」というものは、耳がきこえない・きこえにくい方々への配慮・支援のための手段である、という程度の認識でした。
その認識が、この講座の受講をきっかけにして、ひっくり返ったのを今も覚えています。
手話は、いわゆる「聴覚に障害のある方」への配慮・支援をするための手段ではなく、耳が聞こえない人たちが生活を営むなかで自然に育まれてきた「ひとつの言語」であるということ。
手話が持つ、音声言語とは全く異なる文法体系の基本的な話から始まり、具体的なエピソードを交えたろう者と聴者の考え方の違いの事例などの、ろう者である小野先生の手で語られる血の通った言葉に、夢中で目を向け通訳の方の言葉に耳を傾けていました。例えば、手話では話し手や聞き手、あるいは第三者など位置関係を示すために指差しして話すことが多いけれど、聴者からすると人を指差すことは失礼になってしまうという文化的な違いがあることや、「食べる」という表現が、食べる対象物とセットになっている(「ハンバーガーを食べる」の手話は、手でハンバーガーを持っているようにして頬張る、「おにぎりを食べる」はおにぎりを持っているようにして頬張る、etc…)ことなどが印象に残っています。
また、その講座の時にスタッフや登壇者の方々が手話で軽快に「おしゃべり」している様子をみた際に、自分もこの言語で話すことができたなら、、、と淡い憧れの気持ちを抱いていたように思います。
その夜、講座の振り返りを書くだけでは想いを抑えることができず、このラボを発足するための呼びかけをとびラーにメールしたのでした。このように、湧き上がる思いのままに開始したラボだったのですが、具体的な活動内容は定まっておらず、どんな風に進めれば良いのか不安な気持ちもありました。
初回のとびラボに集まったとびラーは、手話が初めての人、手話学習歴が長い人・浅い人、中途失聴の人など、様々な人たちが集まりました。
それぞれがこのラボに参加した想いを聞いた後に、これからのラボでやりたいことを話し合い、後半は、区が主催する手話通訳養成講座に通っているとびラーが、即興講座を開いてくれました。
アクセス実践講座で知った内容と紐付けながら、みんなとペースを合わせて手話を学ぶことができました。
↓第1回「わたしたちも手で話したい」ラボの様子
その後の活動も集まった人たちで柔軟に活用できるものを活用しながら、手話やろう文化を学ぶ活動を実施しました。
以下が、その後にラボの中で実施した主な活動です。
▼指文字しりとり
手話のほかに、聴者が話す50音の1音1音に合わせた手の形が決められている「指文字」というものがあります。
ちなみに、日本語の50音に合わせた指文字は、1931年にアメリカの指文字を学んだ大阪市立聾唖学校の大曾根源助らによって作られたと言われているそうです(参考:文法が基礎からわかる日本手話のしくみ、岡典栄・赤堀仁美著、p29)
この指文字を覚えられるようにと、ラボに参加したとびラー同士で、時折カンニングペーパーを見ながら(笑)、指文字しりとりを実施しました。
この指文字しりとり、予想以上の盛り上がりを見せ、時間を忘れて取り組んだせいで後半の内容を押す羽目になりました。
皆さんもぜひしりとり遊びを通じて指文字を覚えてみてください。
▼サインネーム(手話によるあだ名)決め
ろう者の方々は、各自の特徴を捉えたり名前をもじったりしたあだ名があるようで、ラボメンバーもそれぞれサインネームをみんなで考えて決めました。
中途失聴のメンバーの一人に、すでにサインネームが決まっている方がいたのですが、それがあまり気にいっていないから、という理由で付け直していたのが面白かったです。
ちなみに、その方の名前のイニシャルはMで、笑った際の目尻のシワが特徴的なことから、指文字の「M」の形(人差し指、中指、薬指を立てて逆さにするのが「M」)を両手で作って、目尻に三本の指を合わせる、というサインネームに決まっていました。
▼東京都美術館のHPにある手話による施設案内動画を視聴して学習
東京都美術館のHPには、手話による動画がいくつか掲載されています。
その中で、施設案内動画を活用して、ラボ内で手話の学習を行いました。実際に動画をみながら手話を解読していくと、わずか20秒程度の文章を理解して実際に手話で真似られるようになるまでに10分以上かかっていた気がします。
また、字幕と手話は一対一対応になっておらず、字幕ばかりみていると手話を見逃してしまうのは面白い体験でした。
外国語の翻訳が日本語と一対一で完璧に逐語訳できないように、日本手話ももちろん日本語と完全に連動しているわけではないということを実感できました(日本手話はやはり音声日本語とは違う言語なのですね)
↓東京都美術館のHPにある手話による施設案内動画を視聴する様子
▼中途失聴の当事者を交えて、きこえる・きこえない・きこえにくい人の体験の違いをシェア
また、ただ手話を学ぶだけではなく、中途失聴のきこえにくいとびラーから、補聴器から人工内耳に変えたことによる聴こえの変化を聞きました。きこえる・きこえない・きこえにくい人の言葉や表現の認識の違いについて話したことも印象的でした。
人工内耳に変えて、初めてウグイスの鳴き声が聞こえた時、これが本などで知っているだけだった「ホーホケキョ」の鳴き声か!と感動したそうです。
↓中途失聴の当事者と聴者の体験の違いについて雑談する様子
そのほかにも
・明晴学園の校長でアクセス実践講座の講師である小野広祐さんが執筆したテキスト(『日本手話へのパスポート』)の動画を視聴して学習
・NHKの手話データベースを活用して語彙を増やす
・目の見えないメンバーも交えて手話を学ぶ
などなど、様々な活動を行いました。
■ラボのこれから:「手で話す」が1つの選択肢になる未来を夢想する
「手話」という言語やろう文化を学ぶことが面白い・興味深い、手話を使って話してみる試行錯誤が楽しい、というのがモチベーションの根底ですが、個人的にはもう1つ、このラボを継続する上でのモチベーションがあります。
それは、「手で話す」というコミュニケーション手段が、当たり前に選べる選択肢になる未来への小さな礎石になれればいいなという想いです。
とびらプロジェクトでは、すでにそのような未来に向けた活動が着実に一歩づつ実施されているはずです。
このとびラボは、そのような活動の中の小さな種の一つに過ぎません。
執筆者:藤井孝弘
とびラー14期。普段はIT企業に勤務。仕事の傍らで、ジェネラティブ・アートを楽しむ日曜芸術家。
人と人とがそれぞれの「違い」を尊重し補い合いながら、一人ひとりが生きる喜びを実感できる社会の実現に、微力ながら貢献できればいいなぁという想いを胸に活動中。