2020.05.30
実施報告「ハマスホイ・ラボ」
2020年1月開催「ハマスホイとデンマーク絵画展」を目指して、2019年1月から動き出したとびラボ。1年間を通してハマスホイの作品と向き合った過程を報告します。
とびラボの多くは、展覧会会期が始まる前の「とびラー向け事前勉強会」もしくは会期開始直後の「スタッフ鑑賞研修会」で展覧会の情報に触れてからプログラム実施に向けてミーティングを始めるのが通例となっています。限られた時間で生み出すからこそ良いこともある反面、展覧会で触れない部分がおざなりになりがちな点や、準備期間が短く、展覧会閉幕直前のプログラム開催になってしまうという課題がありました。
この「ハマスホイ・ラボ」では、「ハマスホイとデンマーク絵画展」についての情報が入る前から、自分たちの手で展覧会のキーとなる作家であるハマスホイについて知っていくプロセスを踏むと、どういう結果になるのか、実験的にとびラボを開始しました。
<ハマスホイ深めるラボ>
2019年1月27日の『ハマスホイ深めるラボ』キックオフミーティングの様子
まずはハマスホイを深く知りたいという想いで、『ハマスホイ深めるラボ』が生まれました。
そのミーティングの中でとびラーの1人が発した「展覧会図録って、案外全ての文章は読めないよね?」という何気ない一言をきっかけに始まったのが『ハマスホイ深めるラボ/よむ編』です。2008年に国立西洋美術館で行われた「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展の展覧会図録をラボのメンバーと輪読して、それぞれの感想や文章の中の理解が難しいポイントをシェアするというラボを5回行いました(2019年3月〜5月。延べ人数45名)
次に「ハマスホイの絵をじっくりみてみたい!」という気持ちから始まったのが『ハマスホイ深めるラボ/みる編』です。気付いたことを客観的に整えて文章にする「ディスクリプション」と、複数人で対話しながら作品を鑑賞する「VTS」(Visual Thinking Strategies)という2つの手法を取り入れて鑑賞を言語化しながら、ハマスホイの作品をじっくり見るというラボを5回行いました(2019年3月〜5月。延べ人数37名)
「ハマスホイ深めるラボ/よむ編」の様子。
展覧会図録を読んだ感想や気づきを付箋に書いて共有。大学のゼミのような雰囲気です。思い思いの解釈を話し合うことでお互いのモヤモヤを解決したり、共感したり。とびラーの活動らしく様々な立場から様々な解釈が生まれ、図録の内容をより面白く学ぶ事ができました。
「ハマスホイ深めるラボ/みる編」の様子。
自分が作品に抱いた感想を「なぜ?」「どこから?」と自問しながら文章化していきます。そのあと、他の人と感想をシェアすることで、より作品の見方が深まりました。
各活動の最後には、学んだことを「壁新聞」という形にアウトプットし、とびラーの活動の拠点であるアートスタディルームの壁に貼って、ラボに参加していないとびラーにも共有しました。壁新聞は0~9号まで発行しました。
「ハマスホイ深めるラボ/よむ編」「ハマスホイ深めるラボ/みる編」でハマスホイという作家を自分たちなりの見方や考え使って深く知ったところで、『ハマスホイ深めるラボ』を解散しました。
<ハマスホイ広めるラボ>
そして今度は、「ハマスホイを世に広めたい」という気持ちで『ハマスホイ広めるラボ』を開始。このラボでは、ハマスホイの絵画の中に描かれる世界の音について想像したり、室内画の部屋のインテリアを考えてコラージュを作成したり、牛乳パックを用いて彼の部屋を体感できる空間を制作してみたり、実際に手を動かすクリエイティブな活動が中心となりました。(2019年6月〜2020年3月。)
インテリアコラージュの様子。
ハマスホイの部屋を立体的に再現することを目指した活動では、牛乳パックを300本以上集めて、ハマスホイの室内画の壁面の実物大模型制作することにチャレンジしました。牛乳パックを使うというアイデアは、実は私の経験をヒントにしています。中学高校の部活動で牛乳パックを使い舞台の大道具を作っていた友人に協力して、そこに所属していない私も牛乳パックを集めていました。その時、1Lの紙パックは規定サイズであることや、切り開いていない牛乳パックはかなりの強度があること、多くの方が簡単に集めやすく、気軽に協力しやすい点などを知りました。この呼びかけは「そこにいる人すべて式」のとびらプロジェクトの気質とも想像以上にマッチし、任期満了した方にもご協力を依頼し、そうした皆さんも巻き込んで、大きなムーブメントとなりました。
壁・窓・ドアが描かれているこの作品を再現。人物の大きさなどから、実際のサイズを割り出し、必要な牛乳パックの数を計算している図。
窓がかなり大きく、光の影が不自然なことなど、サイズを測りながら作品と現実の違いを発見するのも楽しみでした。作りながら「え?本当?」なんて言いながら作品と見比べたり話し合ったり少しずつ立体にしていきました。
「これ、どこの部分だっけ?」とたまに混乱しつつも、一つずつ丁寧に牛乳パックを貼り合わせていきます。
少しずつ完成。人と比べると窓の大きさが目立ちます。
ドア部分もダンボールで再現。「リアルサイズで作るなら開閉したいよね!」と開閉式に。
色は、作品の画像をみながら絵具を混ぜ合わせ、自分たちで作っていきます
完成!作品をよく見てみると実は単なるグレーではなかったことに気付き、忠実に色を再現。作ってみたからこその発見でした。
最後は、カーテンをつけて、ハマスホイの窓越しに再現写真の撮影を実施。
一年以上の活動の集大成となったハマスホイの牛乳パックルームでは、壁の色は単なるグレーではないことや、カーテンの影が一部消えていることなど、実際に作ってみたからこその気付きも多く、ハマスホイ自身とその作品をより深く知ることができたように思います。今回のラボでは、普段は教えてもらう側になりがちな私たち市民が受け身でなく自発的に芸術と向かう挑戦となりました。
中尾友莉恵(アート・コミュニケータ「とびラー」)
この春開扉。何かを作ること、美術史、ミュージアムが大好き。とびらプロジェクトの3年間で人や知らない世界に出会うことも好きになりました。もっと多くのミュージアムに行きたい。
2020.05.17
2020年5月17日(日)。今年度初めての「あいうえの」プログラム「ムービー部オンライン上映会」が開催されました。
「ムービー部」とは、小学4年生から中学3年生の18名の参加者が上野公園やミュージアムの魅力を、約1分間のショートムービーにして配信する”ミュージアム・チューバー”となるプログラムです。2019年度に全5回の予定で進められましたが、8月から12月にかけて4回実施されたものの、3月に予定されていた最終回(5回目)の上映会だけが、コロナ禍の影響で見送られていました。
そこで、今回改めて「ムービー部オンライン上映会」と題し、Zoom(ウェブ会議システム)を導入することで悲願の実施となりました。「あいうえの」にとっても新しいチャレンジとなったプログラムの様子をご紹介します。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)
2020.05.09
第3回基礎講座 「きく力」を身につける
日時 | 2020年5月9日(土)10:30~14:30
場所 | zoom(オンライン)
講師 | 西村佳哲(とびらプロジェクトアドバイザー/リビングワールド代表)、稲庭彩和子(東京都美術館 学芸員)
第3回基礎講座は、アート・コミュニケータの活動の核となる「きく力」について考えました。講座は、前半はレクチャー、後半は参加型のワークを軸として進行されました。
2020.02.22
6月より8回にわたって行ってきた建築実践講座も今回が最終回です。
講座はもちろん、建築ツアーをはじめ様々な実践的なプログラムを通して学びあった8ヶ月。
今日は講座全体のふりかえりを行います。
まずはこれまでどのような講座が行われてきたかを思い出していきます。
初回は東京都美術館(以下、都美)の建築と歴史を知ることからはじまりました。
続く2回目は少し視野を広げ、活動のフィールド・上野地域を見ていく回。文化発信拠点としての現在の上野がどのような変遷の上に成り立っているのか、その歴史を紐解きます。3、4回目はここまでに学んだことを活かしながら、自分たちでミニツアーや建築空間を活用するプログラムを考えるワークショップです。
建築を味わうことや見ることの楽しさを習得しながら、自分たちの活動拠点について知り、プログラムづくりにつなげていくための前半でした。
そして第5回目は、オープンレクチャーとして開催。テーマは「モノのための美術館?人のための美術館? ―コミュニケーションと建築のいい関係」とし、改めて美術館の社会的な役割にも立ち戻りながら、その空間がどうあれば人々にとって心地の良い場所になるのか、コミュニケーションのある場所となれるのか、を考えました。
空間を生かす
6回目の外部の建物見学を経て、7回目は、実践につなげるためのさらなる一歩として、人々の能動性を高めるコミュニケーションはどのように作ることができるのかををテーマに、多様な実践を展開するゲスト講師をお招きしました。
1〜7回目まで通し、自身が建築空間に親しむことからはじまり徐々に実践への移していく流れが意図されていました。
講座の目標である「建築空間を通して生まれるコミュニケーションの場づくりについて考え、プランを実践する。」に対して、どのくらい意識的に取り組むことができたのか、今度はとびラーそれぞれの8ヶ月をふりかえってみる時間です。
「”建築空間を通して生まれるコミュニケーション”について考えたことで、どんな気づきがありましたか?」
まずはワークシートに記入し、その後3人のグループで共有します。
グループごとにどんな意見が出のか、全体でも共有します。
・建築空間のその存在自体が働きかけるものがあり、無意識にそれを受け取っていることに気づいた。
・こうすれば心地よくこの空間を使えるのではないかと考えられるようになった。
・知識に頼らず建築を楽しむことについて考えた。
など、様々なことが話されたようです。
講座に続き、次は実践を場をふりかえります。
今回紹介したのは、
「建築ツアー」、「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」、そしてMuseum Start あいうえの(以下、あいうえの)で行われた「こども建築ツアー」「けんちく部」「美術館でポーズ!」のプログラム。それぞれ活動がどのようなものだったのかを写真とともにふりかえりつつ、実際に参加したとびラーにも、感想を話してもらいました。
様々なアプローチで建築空間を経験するプログラム。ツアーでは情報の一方通行ではないコミュニケーションをどのように試みたか、そしてあいうえののプログラムでは子供たちが主体的に建築に親しむための伴走役としてどのようなことを考えていたか、それぞれの経験から得た気づきをシェアしてくれました。
建築を活用するプログラムは様々な形がありますが、とびらプロジェクトでは、その歴史や情報を伝えることよりも、参加者が能動的に空間を見たり親しんでもらうためのコミュニケーションを大切にしています。実際に参加したとびラーの声からは、建築を介する中にも、参加したその人のことをいかに考えてふるまうか、がよく伝わってきます。
いよいよ講座も終わりの時間です。最後は”これから”を考えます。
テーマは、「6月からの講座での学び合いを経て、これから先に取り組んでみたいこと」。
建築実践講座を選択するとびラーの中には、講座に参加して初めて美術館の建物に注目した、という方も少なくありません。
まずは自分が建築空間を味わってみることを経て、建築空間を展示室の中にある作品と同じようにひとつの資源として捉えていく。作品の前で豊かな対話ができるように、建築空間にもその力があり、そこに集まる私たちが使い方を考えていくことができる。建築空間を捉えていくことには、私たちの豊かな体験の可能性を広げることに繋がるのではないでしょうか。
これからのとびラーの活動、そして任期満了するメンバーのその後の活動に期待します。
本年度の建築実践講座はこれにて終了です。
8ヶ月間、ありがとうございました!
(東京藝術大学美術学部特任助手 大谷郁)
2020.02.15
【速報!】
2/11に開催した、フォーラムの第一部ノーカット映像、第二部ダイジェスト映像を公開!
とびらプロジェクトフォーラム
「2030年の未来へ 美術館とSDGs
~アート・コミュニケータがひらく持続可能な社会」
期日:2020年2月11日(火・祝)
第一部
会場:東京都美術館 講堂
時間:13:00〜15:30
○「とびらプロジェクトとは」映像(23分)
・大谷郁(東京藝術大学特任助手)
トークセッション
「未来を変えるSDGs 世界をひらくアート・コミュニケータ」
・三ツ木紀英(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA)代表理事)
・西村佳哲
・稲庭彩和子
・平野文千/上神田健太/木村仁美(アート・コミュニケータ)
パネルディスカッション
「2030年の未来へ 美術館とSDGs
~アート・コミュニケータがひらく持続可能な社会」
・日比野克彦(東京藝術大学美術学部長/岐阜県美術館 館長/とびらプロジェクト代表教員)
・西村佳哲(プランニング・ディレクター/リビングワールド代表/とびらプロジェクト・アドバイザー)
・森 司(アーツカウンシル東京/事業推進室 事業調整課長/とびらプロジェクト・アドバイザー)
・稲庭彩和子(東京都美術館学芸員/アート・コミュニケーション係長/とびらプロジェクト・マネジャー)
・伊藤達矢(東京藝術大学特任准教授/とびらプロジェクト・マネジャー)
第二部
○オープンスペース・カフェ映像(3分)
会場:東京都美術館 アートスタディルーム
時間:15:45〜17:00
(映像:らくだスタジオ)
2020.02.02
アクセス実践講座・第8回
「1年間をふりかえる座談会」
日時|2020年2月2日(日)13:30~16:00
場所|東京都美術館アートスタディルーム
2020年2月2日(日)は、東京藝術大学第68回卒業・修了作品展の最終日でした。都美公募棟展示室とギャラリーには、力のある若い作家たちの作品を目撃しようとたくさんの来場者が詰めかけています。今日は、7月から12月まで半年間にわたって行ってきたアクセス実践講座の最終回です。
午前中にとびラボミーティングを行っていたとびラーや、ミュージアム・トリップで養護施設のこどもたちと活動していたとびラー、そこに午後の講座から参加するとびラーが合流し、会場はさながらオールスタープレイヤーの準備室の雰囲気です。
ざっと1年間でどんなことが起こったか、振り返ることから始めていきました。
どんな講座が行われたかスライドで確認します。
1〜3回と7回目の講座では、現在の社会が直面する課題に対し、それぞれの方法、切り口で活動を推進している団体の方に講義を行っていただきました。人々がWell-being(健康で幸せなあり方)ではない状態を作りだしている「社会が抱える課題」とは何か。そのことへの理解の解像度を上げるとともに、それぞれの団体が行う活動の実際について知ることで、活動を社会の中に実装させていくイメージを具体的にしていきます。
後半4〜6回の講座では、プログラムメイキングについて体験型の講義が行われました。社会が抱える課題に阻まれて文化に接続できない状態、美術館に来ることが出来ない状況にある人々に美術館へのアクセスの回路となる「プログラム」はどのように作るのでしょうか。どんな人たちが、どんな状況の中で美術館に来館するのか、その人たちが美術館でどのように文化に接続し、孤立しない状態になってもらうのか、プログラムを創ることは、「ここからは見えないもの」への想像力を駆使し、「人々が文化に接続する体験」という実を作り出すことです。アクセス講座の後半では、そのためのプログラムメイキングの基本となる考え方をとびラーと共有しました。
講座は講義と実践のサンドイッチ構造になっています。
実践の場で、とびラーはプレイヤーとして来館者とアートの出会いに伴走することができます。
実践の場でどんなことがどんな気づきがあったのか、3人のとびラーの「語り」を聞きながら紐解いていきました。実践の場として設定されている「障害のある方のための特別鑑賞会」とMuseum Start あいうえの のダイバーシティ・プログラムに参加しているとびラーの中から、3人に公開インタビュー形式で話を聞きました。
【障害のある方のための特別鑑賞会】
東京都美術館特別展ごとに一回開催される鑑賞会。特別展休室日を利用して行われる。障害のある方とその介助者が招待される。毎回1000名程度の来館者をアートコミュニケータが迎える。
【ダイバーシティ・プログラム(Museum Start あいうえの)】
家庭等の状況によりミュージアムを利用しにくいこどもたちと、その保護者をミュージアムに招待するMuseum Start あいうえのプログラム。とびラーがこどもたちの活動に伴走する。
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7期とびラー:西原香さん
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6期とびラー:大谷聡子さん
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8期とびラー:森奈生美さん
3人のとびラーからは、普段美術館へのアクセスが難しい方々が美術館でどの様に過ごしたのか、とびラーとどんなコミュニケーションがあったのか、1つ1つの思い出として語られました。
講座や実践の場を経て生まれた一人一人の出来事や変化はごく個人的なものかもしれません。けれど8期目を迎えたとびらプロジェクトに参加したとびラー全員の変化や活動が集積すると、1つの文化が生まれてくるように思いました。そして美術館・文化施設を舞台にすべての人の権利として文化的体験を位置付けようと試行錯誤をしているとびらプロジェクトの活動は、実は同時代的に全世界で起こっている流れの中にあります。
2019年9月のICOM世界大会(世界中の博物館関係者が集まって行われた1週間の会議)で、新しい「博物館の定義」について議論がなされました。(採択は延期されています)
この新しい「博物館の定義」の案を参加したとびラー全員で読み、議論する時間を持ちました。
以下に新定義案の原文と稲庭彩和子さん(東京都美術館学芸員)の日本語訳を掲載します。
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原文
Museums are democratising, inclusive and polyphonic spaces for critical dialogue about the pasts and the futures. Acknowledging and addressing the conflicts and challenges of the present, they hold artefacts and specimens in trust for society, safeguard diverse memories for future generations and guarantee equal rights and equal access to heritage for all people.
Museums are not for profit. They are participatory and transparent, and work in active partnership with and for diverse communities to collect, preserve, research, interpret, exhibit, and enhance understandings of the world, aiming to contribute to human dignity and social justice, global equality and planetary wellbeing.
稲庭彩和子訳(意訳)
博物館は、社会的な排除をせず多様な人々を迎え入れ、さまざまな声に耳を傾ける、民主化をうながす空間である。そこは過去・現在・未来について、物事の前提や内容、判断が本当に正しいか、なぜそうなのかを多角的に検討し思考する対話のための場所である。博物館は、現在の利害関係の対立や課題を認め、それらに対処しつつ、社会から信託された遺物や標本を保管し、未来の世代のために多様な記憶を守る。また、そうしたものに対する平等な権利とアクセスをすべての人々に保証する。
博物館は、営利を目的としない。博物館は、参加性・透明性が高く開かれたもので、多様なコミュニティと積極的に連携・協力し、収集し、保管し、研究し、解説し、展示し、世界についての理解を高める。そうした活動は、人々の尊厳や社会的正義、全世界の平等と、地球全体の幸せな状態(ウェルビーイング)に貢献することを目指している。
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とびらプロジェクトが目指して、アート・コミュニケータが活動を行ってきたことが、まさに新しい定義の案として盛り込まれている内容に会場のとびラーたちの議論にも熱が入りました。
講座の中で、活動団体のお話を通して見えてきたのは、活動と社会が相互に関係し課題が取り払われていく様子でした。社会が抱える課題に対してまず市民の活動が起こります。その活動が法整備を促し、法の整備が行われることがさらに活動を後押しするという形で大きな流れとなり社会は変わっていきます。
一人一人のとびラーが講座や活動を通して芽吹かせた芽が、草原となり、森となってこの世界の景色を変えていく。そんな未来が見えるような講座最終回でした。
「講座という体をとった社会を変えるミーティング」。これは、講座の初回で伊藤達矢さんが言った言葉です。
今年度のミーティングは、これをもって一旦解散です。
(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)
2020.02.01
2020年1月28日から2月2日に開催された第68回東京藝術大学卒業・修了作品展にて、2月1日(土)「なりきりアーティスト」が実施されました。卒修展では定番になっているというとびラボ「なりきりアーティスト」ですが、「なりきりアーティスト」って何だろう?どんな風に? とびラー1年目で疑問をたくさん抱えた私も興味津々で参加しました。
「なりきりアーティスト」とは、藝大生が制作した作品を参加者自らが作ったと仮定し、作家になりきり制作の動機や作品のコンセプトなどを語るワークショップです。参加者がアーティストになりきって作品を語ることで、参加者はより深くその作品を鑑賞できます。また、鑑賞を通して参加者と藝大生、そしてとびラーとの交流が生まれる楽しいプログラムにもなっています。藝大生にとっても、自分の作品への印象や感想を参加者から直接聞くことができる貴重な機会となります。
当日は9名の参加があり3グループに分かれて1作品ずつ鑑賞しました。この日協力くださった作家の方は、デザイン・学部4年生の武藤琴音さん、彫刻・修士2年生の瀬戸優さん、日本画・修士2年生の大山菜々子さんです。作品名は、武藤さん《α》、瀬戸さん《水月 -シロサイ-》、大山さん《百物語》です。
風が少し強い日でしたが真っ青な空から太陽光が燦燦と差し込む大学美術館1階で参加者を出迎えました。次々と到着する参加者らとの歓談が始まります。私が担当したAグループには、甥御さんが藝大生という男性と、とびラーの活動に興味があるという男性が参加。プログラムの趣旨が説明され、武藤琴音さんの作品が展示されている総合工房棟へ参加者と共に向かいました。
部屋に入ってしばらく作品をゆっくりみる時間がありました。この時、参加者は初めて作品と出会います。参加者には、”ヒントシート”なるものが配られ「どうしてこの作品を作ったの?」「みんなに見てほしいポイントは?」「もしあなたがタイトルをつけるとしたら?」という3つの質問をとっかかりにして、作品をじっくり鑑賞しながらトークの内容を考えていました。
武藤さんの作品は、部屋の壁や床に設置された円と楕円、そして直線のレールの上を3つの丸い形の発光体が動いたり止まったりする展示です。光が動いていくことで、壁や棚、カーテンに当たる光の角度が変化し、レースや水を通して光が揺らぎます。水を入れたガラスの容器がきらきらと輝いたり、植物の影が移ろったりする様子は見ていて飽きません。部屋全体の空気感も刻々と変わる作品、素敵な空間が広がっていました。
さあ、いよいよ「なりきりアーティスト」の登場!作家になりきるためのグッズとして、ベレー帽に眼鏡、マイク、そして「本日のアーティスト」と大きく書かれたたすきなど、なりきるための小物が用意されていました。これを着けてもらうようにトップバッターにお願すると快く受けてくださいました。
参加者は堂々と作家になりかわって作品を説明してくださいました。丸い形の光から星を連想した方、初日の出を拝んだ経験を語り、日の出、日の入りを連想した参加者、丸い球体の光源がかすかなモーター音を響かせて動く様子から電気掃除機のルンバから着想を得たと語った「なりきりアーティスト」。「光と陰」、「太陽」、「軌道」、「風」、「ゆらぎ」、「星」そんなワードが聞かれました。
「なりきりアーティスト」のトーク中に鑑賞に訪れた方々も、熱心にトークに耳を傾け全員のお話が終わるまで残ってくださった方もいました。空間を巻き込んで刻々と変わる部屋の様子をどの参加者も楽しんでいることが伺えました。
「なりきりアーティスト」全員のトークが終わった後、本物の作家さん武藤さんの登場です。打ち合わせではそんなに話せないかもとおっしゃっていましたが、「なりきりアーティスト」のトークに感激されて嬉しそうに話してくださいました。第一声が「私の作品に込めた想いは届いていた」という喜びだったのです。
「かつて窓のない部屋で一日の大半を過ごした経験から、蛍光灯の下で過ごしていると時間の変化が感じられなかった。光にとても関心があり、光が空間に対してもつ影響力について考えてきた。太陽は登ったり傾いたり沈んだりして空気感が変わっていく。部屋のライトでも変化を作れないかと試してみた。太陽が動いていく様子、沈んだ時、光の移ろいや雲のかげりなど、移り変わる光と空間を作りたかった。電気のなかった時代に比べて、現代は季節の変わり目さへも気づきにくくなっているのではないか。」などお話くださいました。
本物の作家さんを囲んで、制作費についてや、製品プロダクトにするつもりはあるのか、誰にこの作品を届けたいかという質問も飛び出していました。応答からは、制作に何か月もの時間をかけモータやプログラミングにも試行錯誤を重ねたことが分かりました。また、好きな光を使ったデザインでそこにいる人々が心地よく過ごせる空間を作ろうとしたこと、その空間で過ごす人々の心の豊かさや幸せを願いながら作成にあたったことなどが語られ、作家さんのあたたかい想いが伝わってきました。
プログラム終了後、「なりきりアーティスト」に参加した皆さんに感想をカードに書いていただき、武藤さんに手渡しました。「光の空間で癒されました」「移ろいゆく変化が素敵です」「作品への思いの裏にしっかりした考えがあり感心しました」「照明の新しい形に感動しました」「照明プロダクトとしても完成度が高いと思います」などの感想が寄せられていました。
Aグループの現場にしか立ち会えませんでしたが、Bグループ、Cグループでも楽しいトークが繰り広げられたようです。展示中の忙しい中、協力していただいた作家のみなさん、プログラムに参加していただいた「なりきりアーティスト」の皆さん、ありがとうございました。
武藤さんご自身「プログラム参加して、本当に良かった。こうした意見をじっくり聴けることは、私自身にとって非常に良いことでした」とコメントされていました。他人が作った作品を自分はどう見たのかを語るプログラム「なりきりアーティスト」は、「作家」と「鑑賞者」そして「作品」の距離をぐんと近づけるワークショップ。様々なコミュニケーションが生まれ、様々な気づきが生まれた豊かな時間でした。
今回の「なりきりアーティスト」の企画をしたとびラーの中には、このプログラムへの参加がきっかけでとびラーになった人もいました。今回の参加者の中からも未来のとびラーが生まれるかもしれませんね!
執筆:卯野右子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
初めて参加した「藝大卒展さんぽ」と「なりきりアーティスト」。私自身が一番楽しんでいたかもしれません。来年度はどんな作品や作家さんに出会えるでしょうか。今からわくわくしています。
2020.02.01
東京藝術大学卒業・修了作品展が、2020年1月28日(火)から2月2日(日)に開催されました。とびラーは、藝大生の集大成となる作品が展示されているこの場で、今年も「卒展さんぽ」を実施し、来場者とともに作品を見てまわり、作家さんとの会話を楽しみました。本ブログでは、その概要とともに、参加者のみなさんとどのようにこの場を楽しんだか、作家さんとどのような交流が生まれたかを、ご紹介します。
「卒展さんぽ」は、1月29日(水)と2月1日(土)の2回、いずれも午後2時から1時間実施しました。それぞれ、4〜5つのグループに分かれてさんぽに出かけます。
ここからは、「卒展さんぽ」でどんな出会いがあったのか、全部を紹介できないのが残念ですが、グループ毎に見ていきます。
●1月29日のさんぽ
受付後、グループにわかれて会場に向かいます。
グループAは、都美の会場で、デザイン科の大島利佳さんの作品から鑑賞します。
大島さんの作品はデザイン科の展示会場を入ってすぐのところにあります。入った途端に、参加者の皆さんは見入ってしまい、沈黙からスタート。大島さんに話を伺うと、これは幸福を願う絵で、全ての意匠に精密に福の要素が描かれているとのこと。それを聞いて、皆さんから春のような笑顔がこぼれます。参加者の感想には「幸せいっぱいの絵、こっちも幸せになりました。福々すてきです」「パッと目に入った瞬間に“福々しいな”と感じ、細部を見れば見るほどその福々しさが溢れ出てきます。画面からは音や風を感じることができ、五感が刺激されました」とありました。
こちらは藝大会場のグループB。彫刻棟の3階に上り、石下雅斗さんの作品が展示されている部屋に入ります。
展示室の中には、石下さんの、人体にケモノのような頭を乗せた像、髑髏が万力で挟まれている作品、開いた引き出しの上に載っている小さな像など、目を引く作品が沢山あリ、参加者は部屋の中を歩き回りながら、興味深そうに作品を鑑賞します。
石下さんに創作過程をたずねると、「夢の中のイメージから作品ができる」とのこと。参加者からは「私もそんな夢を見て、そのイメージを覚えていたい」「粘土の中から生まれてきたものなのか、粘土の中に戻っていく意識なのか、不思議な感じがしました」との感想を残していただきました。
グループCは、都美のギャラリーを降りていき、小野海さんの彫刻作品をみます。
有機的な形をカラフルな色の糸で覆った作品です。小野さんからの「色々な視点、立ち位置から見て欲しい作品」との言葉もあり、とびラーも参加者にいろいろな場所から見てみましょうと促します。参加者は作品の周りをグルグル廻って、それぞれのベストポジションを探します。
参加者のコメントも多様で、「子供や人間の顔のようにみえる部分がある」「放射線や光の強さなど、自然のエネルギーを感じる」「表面が毛糸で温かみがある」などなど。
ここでも参加者の皆さんに様々な発見をしていただきました。
グループDは、藝大美術館地下の展示室にある、美術教育の安島茜さんの作品へ。
ここでは、とびラーから、「この安島さんの5枚の作品を見てください。この中で1枚だけプレゼントします!と言われたら、どの絵が欲しいですか?」と問いかけ、参加者と対話を進めました。《なつみかんの木》という作品では、「生命感があり、元気をもらえる」「白と黒が効いていて、光を感じる。奥行きや勢いがある」と話が弾みます。《母親を呼ぶように》では、「とにかく、明るくてパッと迫って来る感じがいい」「花の周りの空間がいい。透明感があり、爽やか。いろいろ、試しながら描いているのかな」
安島さんからは、《母親を呼ぶように》というタイトルには「なんでも受け入れてもらえる母親のような存在を求めるこころ」があると、説明をしていただくこともできました。
ここには、作家と参加者の間が近く感じられるような空間がありました。
●2月1日のさんぽ
2月1日は土曜日だということもあって、受付開始時には既に大勢の方に集まっていただきました。早速、それぞれのグループは会場へ向かいます。
Aグループは都美に展示されている、漆芸の時田早苗さんの作品へ向かいます。
時田さんの作品は漆を塗った白熊です。参加者も大きな漆芸作品にびっくり。
参加者の感想は、「高級でも遊具というギャップが楽しい。大人はまたぐのにためらいそうですが、子供なら喜んで遊びそう」「とても、かわいい作品に出会えた」「漆とは思わなかった」「実際に幼児を乗せてみたい」
本当にこんな白熊で遊べたら、楽しそうです。
Bグループは、藝大の総合工房棟の前にある、先端芸術表現科の東弘一郎さんの作品へ。
東さんに、どうしてこのような作品を作るに至ったのですかと伺います。東さんは取手キャンパスに通っていらしたそうですが、取手の街に自転車が少ないことに気づき、住人たちの家にある乗らなくなった沢山の自転車を使って何か出来ないかと考えたそうです。そしてその結果が、自転車を何台も繋げて、自転車そのものを回転するこんな大掛かりな装置になったそうです。卒展会期中は友人に頼んでずっと漕いで自転車を回し続けているとのこと。
参加者からは、「まるで工芸か彫刻家の仕事のよう、これこそ先端芸術の真骨頂」「回転とは転生みたいなこと?ディテールまでこだわりを感じる」「街に自転車が走っていないことに気づき、フィールド調査をし、作品ができるまでのプロセスが意外でした」「単にインパクトがあるだけでなく、考えて作られた作品だなと奥深さを感じました」とコメントをいただきました。
Cグループは、都美の油画展示室の奥山帆夏さんの作品に向かいました。
参加者の方は、最初に作品の美しい色彩に魅せられ、そこに描かれているものに想いを馳せます。その後、参加者どうしで話し合い、最後に作家の奥山さんの話をお聞きして納得。
皆さんの感想は、「絵画の色が心に与える力を意識しました」「最後まで考え直すこだわりの強さに驚きました」「自然の大きさを表現しようとしたのだと伺い、納得しました」
Dグループは、藝大陳列館の文化財保護の朱若麟さんの所に向かいます。
陳列館を入って、右側の部屋の奥に、実物大の聖林寺十一面観音立像の模刻と、その木心の模型があります。早速これを制作した、中国から留学されている、文化財保存学の朱若麟さんに話を伺います。
朱さんは、この元の仏像は、天平時代に作られたもので、木心の上に木屎漆で成形し仕上げた像だというところから初めて、普段は聞けない珍しい話をたくさんしていただきました。朱さんが、木心の模型を分解して見せると、参加者からあーっという声が漏れます。参加者の方は、藝大にはこんなことを研究している人もいるということに感心しきりです。
「これが新作とは思えない。模刻でも時間や歴史を感じる」「仏像の中の構造まで視覚化できて、仏像を見る楽しさが増えた」「正面から見るのと下から見るのでは仏像の顔が違って見えるなど、仏像の見方を教わった気がします」「仏像がどう作られているか初めて知りました」と参加者から感想を残していただきました。
Eグループは、藝大絵画棟の一階の建物の外から中に入ったところにある秋良美有さんの展示を見に行きます。
絵画棟の建物の外には《2020ZOO》というタイトルと「JAPANESE WORKERS」というサブタイトルが表示されており、そこからブースに入ると、作品は展示スペースに曖昧な微笑みを浮かべて座っている人が3人。これが作品です。参加者は、見ているのか、見られているのか戸惑います。
案内役のとびラーは、参加者に、3分作品を見ていただき、どのように感じたのか、何が気になったかをお聞きします。参加者からは、「名前の由来」「作品を作ったきっかけ」「作家の想い」などなど気になった点があがります。そうするうちに、私たちが鑑賞者と思いきや、作品の裏側の通路から、私たちは見られているという構造に気づき、さらに戸惑いを感じます。
作家の秋良さんより、「怖い、悲しい、怒ったなど、何でも良いので自分の感情を持ち帰ってほしい。正解はありません」という話しがあり、参加者はこの状況に戸惑いながらも、JAPANESE WORKERSや、見ること見られることに関して様々に思いを抱きながら、次の会場に向かいました。
●「卒展さんぽ」を終えて
1月29日、2月1日、両日とも、プログラムの終了後に、参加者の方に作家さんへの感想カードを書いていただき、そのカードは作家さんにお渡ししました。
今年の「卒展さんぽ」に参加された方は、ふらっと立ち寄った方、美術館には良く来るが卒展は初めてという方、卒展を毎年楽しみにしている方、現役藝大生の親御さんや親戚の方、美大・藝大を進路に考えている高校生と多様でしたが、皆さんに楽しんでいただけたのではないかと思います。卒展期間中は雨や風もあり、展示が大丈夫か心配もしましたが、「卒展さんぽ」を実施した2日間は天気にも恵まれました。
最後になりましたが、このプログラムを充実したものにするために、ご協力をいただいた作家の皆さんに、感謝いたします。
執筆|鈴木重保(アート・コミュニケータ「とびラー」)
「卒展さんぽ」は、藝大生の学生生活の集大成を、来場者の皆さんと共に楽しめる、素晴らしいプログラムです。気づけば、3年連続で「卒展さんぽ」に関わってしまいました。
2020.01.29
澄みきった青空が綺麗な穏やかな昼下がり、デザイン科の武藤琴音さんに会いに総合工房棟のアトリエへ向かいました。
エレベーターを降りると入口の前からにこやかに我々を待つ琴音さんの姿。
最初は少し恥ずかしそうに迎えてくれた彼女。可愛らしくて笑顔が素敵な方だなぁというのが第一印象。
早速アトリエの中に案内していただきました。
中に入るとすぐに大きな作品が迎えてくれました。
と、いきなりモーター音と共に、ライトが光の強弱とともにレールの上を動いていく姿に一同びっくり!
最初はその動きに目を奪われましたが、実際には部屋を一日掛けてゆっくりと明かりが動いていく作品に仕上げるそうです。
―作品のコンセプトを紹介して頂けますか?
「部屋の空間にあるライトって動かないじゃないですか。常に同じ部屋にいて同じライトの下で一日を過ごしているとずっと変わらない日常を過ごしている感じがする。それを何とか出来ないのかなと思って考えた作品です。」
「太陽は登ったり沈んだり傾いたりします。その度に空気感が変わっていく。それを部屋のライトで試してみたくて、レール上を移動する度に部屋の雰囲気や人の気持ちさえ変えてしまう照明を作りたかったんです。実験的な気持ちで制作しました。」
なるほど!光の変化によって違った雰囲気、違った気分を作り出す空間デザインなのですね。元々は、自然の光が空間で見せる変化に興味があり、デザインを重ねていく内に人工的に光を変化させられないかと考えて生まれた作品とのこと。
「レールやライトを近くで見てもいいですか?」
彼女が作品を外してその裏側を見せてくれる。
「今、完成度的には60%くらい。完成したら外に出ているコードは見えなくなる予定です。」
「ライトの色が変わるようになっているのですが、本当はこの場所にはこの色というバーコードを貼って光が変わる場所をカスタマイズ出来ようにしたいと思っているんです。」
なんと、電流のプログラムもご自身で設計されているそうです。
―プログラミングはいつ学んだのですか?
「2年生の時に機械系を使う課題で東大工学部の方とコラボする機会があり、それをきっかけにプログラミングを学び好きになりました。」
―今も誰かにプログラミングを教わりながら作品を作っているのですか?
「はい、そうですね。身近にいる詳しい人に教わったりしながら最終的には自分で完成させています。」
―ライトの明かりが季節でも変化したり、例えばその国の空の色を体験できたりしたら面白そうです!いつか商品化する夢はありますか?
「いいですね。商品かもいつかしたみたい。もしこれが大きな家の中にあったら面白いかなと思っています。」
―明かりが心理的に癒す効果もあるって聞いた事があるのでインテリアに取り入れたら落ち着いたりほっとする空間になりそうですよね。介護施設や病院でも喜ばれそうです。
「そうですね。やっぱり変化が無い部屋にこういうのがあったら良いかなと思っています。」
今度はライトの部品を見せていただく。
―部品はどこに買いに行くのですか?
「はい、秋葉原に買いに行きます。でもこれはまだあまり配線がキレイではないんですよ。だからまだあまり見せたくない!」
配線にまで美意識が!まだ配線が表にだらりと見えている事が気になるそう。
バーコードを読み取る場所も丁寧に教えていただきました。
―デザイン科の方って皆が琴音さんの様にプログラミングが出来る訳ではないですよね。
「はい。私はプログラミングや光が好きですが、デザイン科には絵を描く人、グラフィック、映像作品、紙ばかり扱っている人等本当に多種多様で皆それぞれです。」
「プログラミングが好きだとは言ったのですが、一番はやはり光に関心があるのだと思います。例えば写真でも人が美しく見える背景に光が影響していると思いますし、光って全て覆す位の影響力を持っていると感じています。人間がどうしても抗えない光の印象を色々な角度から作品に落とし込んでみたいと思って制作しています。自分の作品を整理していてもやっぱり光が好きなんだなと思うんです。」
―いつ頃から光に興味を持ったのですか。
「藝大に入学した時に何をやりたいですかというインタビューがあったのですが、その時に光の研究をしたいと答えていました。昔からやっぱり光が好きなんだなと思います。」
―光ってサイエンスでありアートでありどちらの要素もありそうですよね?
「その間ですよね。そう言えば小中学生の時に理科が好きでした。高校の時は生物、化学も。一環して好きだったので光系、プログラミング系を志す事が必然だったのかもしれないなと思います。」
―この作品は何かの軌道かなとも思いました。
「最初は惑星や宇宙の星の軌道とかの意味もあって、この作品の名前を『アルファー』という名前にしようかなと考えているんです。アルファーというのは星座の中で一番明るい星のことで、太陽と同じ恒星なんですが地球では太陽は絶対なので勝てないと思います。明るい日は窓から入る太陽光を大切にした方が空間が綺麗に見えるので、電気を付けたくない。」
「作品にアルファーと名前を付けたのは太陽が沈みかけた時に輝き始める星みたいなイメージを持たせたかったから。太陽には負けちゃうけど、その中でも輝く存在としてこういう照明が灯せたらいいなと思って名付けたんです。他にも作品を増やす事が出来たらベータ―星も作りたい。ガンマ、ベータ―みたいに。」
なんとシリーズ化!そうなれば部屋の空間に更なる宇宙が広がるかもしれない。
「もしそうなったら動く方向とか場所によってすごい明るくなったり暗くなったり、光の魅せ方、色の関わり方にも変化を作れるし部屋の印象は何通りにも変える事が出来と思うんですよね。」
―ある意味無限につくれますね!!
「そう!考えるだけでワクワクしますね。」
―光の動きについてもお話いただけますか?
「現時点ではライトの動きの方に注目されがちで空間の変化は若干見えにくくなっているので、太陽が沈みかけたら使い始めるイメージでゆっくり一日かけて動いて行くような速度に変えたいと思っています。その空間にいながら暫く時間が経つと全然違う、例えばウトウトと眠って起きたら部屋の雰囲気が全然違う!という変化を起こさせたいんです。」
丁寧にボールペンで描かれたという作品の使用イメージ図はお洒落な世界観が表現されていました。
間接照明の様にカーテンや本棚の裏側を通ったり、植物の影が光の当たり具合で変化したり水を入れたガラスの容器が光を浴びてきらきらと輝いたり。彼女のデザインする素敵な空間が広がっていました。
いつしか彼女の世界観に惹き込まれ、自然な対話の中で質問に答えていただき、彼女の引き出しから溢れる沢山の言葉によって深く作品を知ることとなりました。
卒展に向けたこの作品以外にこれまで手掛けた作品も見せていただきました。
「COM BAR」いう学科の垣根を越えた藝大生の交流の場をグループでデザインした作品のお話が特に印象的でした。
コミュニティ作りは様々な場所で今必要とされていると感じますが、学科を越えて多様な藝大生が集まり、彼らのコラボレーションで新しい何かが生まれる、その出会いの場が魅力的にデザインされていました。そこではどんな発想が飛び交いどんな話で盛り上がるのだろう!企業が加わってそのアイディアをビジネスに取り入れても面白そうだし、地域や福祉や様々な所に応用できそうな生きたコミュニティデザインの作品だと感じました。
―今後の夢はありますか?
「自分の作品を大きな家、空間等で使うことが夢です。卒展ではサイズ的に作品として表現する事に限度があるので出来る範囲でどう見せるか、伝えるかということを追及したいと思っています。」
「将来的には1つの事に縛られたくないのでこれになりたいと言う具体的なものはないのですが、空間、人の気持ちが豊かになるものを作る人でいたいです。」
琴音さんは卒業後は大学院で更に研究を続ける予定だそうです。
私達の好き勝手な意見にも彼女はにこやかに時に「それは面白い!」「それは新しい意見です」などと、きらきらした表情で嬉しそうに受け入れてくれました。更に「皆さんにもいろいろ聞いてもいいですか?」と言って、私達の部屋や照明の事、生活と電気や明かりの事等を聞いてくれる場面もあったり、次々と話が出てきて盛り上がりました。
話に夢中で気が付いたらずっと立ちっぱなしだった事も気にならない位のあっという間の一時間半。
琴音さんはとても魅力に溢れた素敵な方でした。
インタビューを終えて
彼女が小さい頃、部屋に射す西日にビー玉をかざして光の影の美しさに見惚れて眺めていたというエピソードを話してくれました。その頃からずっと彼女の中にある光に対する熱い思い、尽きない興味、探究心。大切に学びや研究を重ねてきた彼女の集大成がもうすぐ完成しようとしています。
好きな光を使った空間デザインで、人々に心の豊かさや幸せもたらすことを目指し、いつもその空間にいる人がどうすれば心地好いかを考えて作品を作っている事が伝わって来ました。光と空間というテーマは幾通りもの表現が可能で、今後も研究を続けていきたいそうです。短い時間でしたが彼女の優しく人に寄り添い包み込むような雰囲気に我々はすっかり心を掴まれ、いつまでも帰りたくなくなる様なそんな心地好さを感じるひとときでした。きっとその素敵な人柄も作品に投影されることでしょう。これからのご活躍、そして卒展での再会と完成した作品を見せて頂くことがとても楽しみです。
取材|香坂小夜子、ふかやのりこ、細谷りの、草島一斗(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆|香坂小夜子
藝術に触れる時間が大好きです。そしてアートの持つ力やアートが繋ぐ人々の出会いやコミュニティにも幅広い可能性を感じています。インタビューを通して藝大の魅力、そして才能溢れる藝大生の作品を生み出す努力や思いを熱いシャワーを浴びるように受け取りました。
2020.01.26
1月26日(日)、「ハマスホイとデンマーク絵画」開催中の東京都美術館で「とびらボードでGO!」を開催しました。
「とびらボードでGO!」とは、とびらプロジェクトがスタートした2012年から行ってきたプログラムです。
東京都美術館の特別展で中学生までの子どもたちに貸し出されている磁気式のお絵かきボード「とびらボード」。展示室で気に入った作品をその場でよく見ながら描画することができる道具です。でも、ボードを返却してしまうと、せっかく描いた絵が消えてしまい残りません。そこで、「とびらボードでGO!」では、描いた絵をポストカードにプリントアウトして塗り絵をして持ち帰ってもらいます。「お家に帰ってからも美術館での時間を思い出して欲しい」というとびラーの気持ちから生まれこのプログラムでは、「作品を見る」という行為をゆっくり、じっくり体験することができます。
今回は、しばらく実施がなかったこの「とびらボードでGO!」を、もう一度蘇らせよう!というとびラーたちの強い希望によって実施されました。多くの子供たちに是非体験してもらいたいと思ったのです。
「ハマスホイとデンマーク絵画」は、少し落ち着いた大人向けの展示内容なのかなと思っていました。実際に子供たちが、どのような作品に関心を示すのか私たちとびラーも興味深々でした。
当日は1日で40人の子供たちの参加がありました。この日の活動を振り返ってみます。
●まずは、チラシ配布で「とびらボードでGO!」をご案内
ロビー階に、案内の掲示板を設置して、お越し下さった皆様にアピール。
そして、チラシも配布しました。
チラシを配布するときに、とびらボードの現物と完成版のポストカードのサンプルを持参し、具体的にプログラムの内容がわかりやすく伝わる工夫をしました。
すると多くの子供たちが「なーに、これ絵描くの?」「面白そう!」「やりたーい」と興味を持ってくれました。「ハマスホイとデンマーク絵画」展に来た子供だけでなく、公募展にやってきた子供たちも興味を持ってくれました。書道展に来場した子供たちが、一度見終えて帰途についたものの「やりたい!やりたい!」とせがむので、また都美に戻って来てくれて参加してくれたご家族もいました。とっても嬉しかったです。
●展示室の入口前に設置された「とびらボード」の貸出場所。ボード配布担当のとびラーがお迎えします。
やって来た子供たちにボードを手渡し、とびらボードの使い方を説明したり、肩から掛けるヒモの長さを調節したりして準備をします。
「使い方はわかるかな?」「ボードのひもの長さは大丈夫?」「絵は書き直しできるよ。こうすると消えるからね」 とびラーが優しく子供たちに説明します。
さあ、展示室へ行ってらっしゃい!とびラーたちがお見送りします。
●展示室の中では、どうかな?ちゃんと描いているかな?ちょっと様子を見に・・
描いてる・・・・描いてる・・・みんな集中して真剣に描いています。
本物の絵画の前で描けるなんて、とっても贅沢な時間ですね。
ボードに描く姿がなかなか様になっています。小さな芸術家たちですね。
みんな、ちゃんと自分のお気に入りの絵を探していて、楽しそうに描いています。
会場内のスタッフさんたちも、静かに暖かく見守ってくださっていました。
一生懸命に描く子供の姿に、「こんなに集中して、真剣に絵を描く姿を初めて見た」とか
「新しい一面を発見した」とおっしゃる保護者の方もいらっしゃいました。
子供がまだ親の前で見せていない一面を知ることが出来る・・・子供たちが内に秘めている可能性は無限ですから、いろいろな体験・経験をしていくことは大事ですね。
●書き終わったら、2Fの休憩所でオリジナルポストカードを制作
展示室を出たところにある2Fの休憩室では、とびらボードに描いた絵をスキャンしてパソコンに取り込んで印刷する印刷チームが子供たちを待っています。
「おかえりなさい。どんな絵が描けた?」とお出迎えします。
「わあー、こんな絵描いたの?面白いね~。これは入ったところの隅にあった絵かな」
「そう。大当たり!」と嬉しそうに顔をほころばせる子供。色々なおしゃべりをしながらプリントします。
スキャナーで読み込みます。
「はい、プリントできましたよ」
アッという間に、さっき描いた絵がポストカードに変身しました。
「わあ、上手にできたね。」嬉しそうにカードを受けとる子供たち。
さて、次は、隣のぬりえコーナーへ移動します。
印刷したポストカードに色を塗って完成させます。とびラーも寄り添い、保護者の方々も、じっくりと仕上がりを見守ります。
「この絵のどこが気に入ったの?」ととびラーが問いかけると、様々な答えが返ってきます。「この人が面白かったから」「どんなところが面白いと思ったの?」「うーんとね・・・・」対話する中で、子供たちがどう考えたのか?どう感じたのか?をコミュニケーションによって顕在化していくと、子供たち自身や保護者の方々、そして私たちとびラーにもいろいろな気づきがあるのです。
「あれ~?どんな色だったかな?」思い出しながら、図録も見ながら、思い思いの色を塗って仕上げていきます。「もう一度、見て来ていい?」と展示室へ再び赴く子もいました。
本物の絵画を何度も見ながら絵が描けるなんて、なんと幸せな体験でしょう。
みんな、とっても楽しそうに一生懸命制作中です。色を塗っている子供たちの集中力には、びっくりしました。
これが「とびらボードでGO!」の魅力なのです。
子供たちのそばで、見守るとびラーや保護者の方々の暖かいまなざし・・・そこでは、とっても穏やかで良い空間が生まれていました。これこそが、デンマーク人が大切にしている価値観『ヒュゲ』的な空間だったといえるでしょう。
※ヒュゲ(hygge)とはデンマーク文化の特質の一つで、デンマーク人が大切にしている価値感。くつろいだ、心地よい雰囲気のこと。
●「こんなのできたよ!」みんなの自慢の作品とニッコリ
みんな、とってもいい顔をしていますね。素敵な作品ができて良かったね。
「楽しかった」「もっと描きたい」「また、やりたい。」などなど、子供たちから嬉しい言葉を一杯いただきました。
●完成したカード
みんな、どれもユニークな着眼点で、素晴らしいですね。細部まで良く観察していたり、自分なりの解釈で描いていたり、発想も個性的で驚くばかりです。
それぞれ注目しているところが違っていて、絵の選び方も一つとして重複がなく、みんな異なった作品を選んでいることにもびっくりしました。
●今回いただいた感想
保護者の方からも、「とても、楽しかったです。次回はいつですか?」という嬉しい質問がありました。次回も是非お越しいただけることを願ってやみません。
とびらボードを体験したたくさんの子供たちが大きくなって「あのとき楽しかったな」と思い出してくれることがあると想像するだけで、とても嬉しい気持ちになります。
参加してくださった皆様、どうもありがとうございました。是非また、家族やお友達と美術館にお越しください。そしてまた、とびらボードを使って絵を描いてください。みなさんの力作と笑顔を見るために今後も「とびらボードでGO!」を開催したいと思っています。
執筆|今井和江(アート・コミュニケータ「とびラー」)