東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

【とびラボ活動報告】消しゴムはんこラボ

2024.02.13

消しゴムはんこラボ。

 

消しゴムを彫ってはんこを作るラボ、と思われるかもしれませんがそれは活動の一部です。

作品を鑑賞してそれをモチーフにはんこを彫り、「障害のある方のための特別鑑賞会」の参加証送付用封筒に押し、参加証を封入し、特別鑑賞会でその封筒を展示して、来館者の方々に見て頂き、感想を聞くラボです。長いですね。

 

「障害のある方のための特別鑑賞会」とは障害のある方がより安心して鑑賞できるように、東京都美術館の特別展の休室日に開催する鑑賞会です。申込んだ人には参加証をお送りしていますが、よりウェルカムの気持ちをお伝えしたいと思い、特別展に関連するはんこを作成し、送付用の封筒に押して送付しています。

今年度は「マティス展」、「永遠の都ローマ展」、「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」で実施しました。

 


「マティス展」の特別鑑賞会の様子はコチラ

「永遠の都ローマ展」の特別鑑賞会の様子はコチラ


 

まずははんこのモチーフとなる作品を選びます。

展覧会で作品を鑑賞しながら、またはチラシや公式ホームページから彫りやすそうな、いえ、彫りたいと心が動く作品を選びます。

 

作品を選んだらどの部分を彫るのかデザインを決めます。

封筒に押すサイズは9×7cmです。これに収まるように縮小したり、一部分を切り取ったりします。

同じ作品でも切り取り箇所や表現に個性が現れます。

 

例えばチラシにも使われたこちらの作品。

 

同じ作品を元にしたのに、彫ったモチーフはこんなに違います。

 

 

 

このようにバリエーション豊かなはんこが出来ました。

 

         

そしてメインの彫り押し作業です。

初めて消しゴムはんこを彫る人も多かったですが、道具は100均でも揃えられ、

中学時代の彫刻刀を数十年ぶりに取り出す人もいました。

また道具を一度に揃えられない場合は、ラボのメンバーに借りて仕上げたりもしました。

 

 

線を彫るのか残すのか、どの線を生かすのか、おのおの作品と対話をしながら、黙々と彫り進めます。カニでも食べているのかと思うほどの無言の時間が流れます。彫っているところの写真はいつも頭頂部しか映りません。

 

 

彫り方はとびラー同士で教え合います。何期も前のとびラーから受け継がれている技もあります。事前にYouTubeの動画を観て勉強してくる人もいました。

 

彫れたらいよいよ封筒に押します。

 

図案を反転して彫っているので、押して初めてどんな作品かわかります。

また、インクの色や押し方でもイメージが変わります。

 

 

こうしてはんこの押された参加証送付用の封筒が完成しました。

 

 

 

様々なはんこができました。

 

 

並べると壮観です。

 

  

 

線そのものを彫る、線の周りを彫る、の違いや、一色で表したり、浮世絵のように色を重ねたり、同じモチーフでもこんなに違ったはんこになります。

 

違いを楽しむのも、消しゴムはんこの面白さです。

 

完成した封筒に参加証を入れる封入作業もスタッフと一緒に行っています。どんな方のお手元に届くのか、喜んでもらえるのか、どきどきしながら作業をします。

 

また、今年度から特別鑑賞会当日に消しゴムはんこを押した封筒の展示を行いました。

今まで参加証の封筒を受け取られた方から、押されたはんこについて「これは誰が彫っているの?」「みんな同じ絵柄なの?」「他にどんな絵柄があるの?」というお声を頂いたので、来館者の方々に消しゴムはんこを紹介しようとなったのです。

 

先ずは机上で展示のレイアウトを考えます。

その後、車椅子の方にも見やすいよう、目線を考慮して位置を調整していきます。

 

 

そして特別鑑賞会当日。

全ての封筒を展示したボードをアンケートコーナーに設置して、来館者を迎えました。

 

特別鑑賞会の申し込み方法は、Webフォームと、メール、はがきの3種類です。

メールとはがきで申し込んだ方には、参加証を封筒でお送りしますが、Webフォームで申し込んだ方は、参加証がメールで届くので、はんこが押された封筒の存在を知りません。8割以上の方がWebフォームからの申し込みなので、はんこが押された封筒をここで初めて見る方が大多数です。

また、封筒をお持ちの方も、他にどんな絵柄があるのか興味深げに見てくださいました。

 

 

封筒の絵柄や、モデルの実物の作品の感想を語ってくださったり、同じ作品でも彫る人によって表現の違いがあることに気付いてくださったり、多くの方が足を止めてくださいました。

 

今まで届いた封筒を全部取っておいている方、届いた封筒のはんこをイラストに描いてくれた方もいらっしゃって嬉しい驚きでした。

 

中には封筒が欲しいから次回はWebフォームではなく、はがきで申し込むと言う方もいらっしゃいました。嬉しい反面、時代に逆行して頂くのも気が引けるので、Webフォームで申し込んだ方には、封筒の代わりにはがきサイズの紙に押したはんこをランダムで1枚お土産として持って帰って頂きました。

 

 

裏返しにした紙を1枚引きます。どんな絵柄かは引いた後に表を見てからのお楽しみです。絵柄を見た方からは楽しげな歓声があがっていました。

 

消しゴムはんこラボは長く続いているラボですが、その時々で形を変えながら活動をしています。封筒の展示はコロナが明けた今年度から始めたことでしたが、今まで聞けなかった来館者の方たちの感想やお話を伺える貴重な機会となりました。

 

消しゴムなんて初めて彫るというとびラーも大勢参加してくれました。また、彫らなくてもボードの作成や封入作業に参加してくれたり、鑑賞会で来館者にボードの案内をしてくれるメンバーもいて、展示を盛り上げてくれました。

 

印刷かと見紛うほどの繊細なはんこを彫る人も、味がある太い線のはんこを彫る人も、彫らない人も、はんこを通じて作品と鑑賞者に向き合う。それが消しゴムはんこラボです。

美術館で作品を観た感動を何かに残したいと思ったそこのあなた、文章、模写の他に消しゴムはんこも一つの選択肢にぜひ加えてみてください。

 


執筆: 篠田綾子(10期とびラー)

超絶技を繰り出す人もいる消しゴムはんこラボで、初めての人も気後れせずに参加できるような大雑把なはんこを彫っています。上手くなくても楽しければいいんです。

【開催報告】障害のある方のための特別鑑賞会:「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」展

2024.02.13

日時|2024年2月13日(火)10時〜16時
展覧会|印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵(会期:2024年1月27日(土)~4月7日(日))


東京都美術館で開催された「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」展にて、「障害のある方のための特別鑑賞会」を実施しました。この鑑賞会は、障害のある方がより安心して鑑賞できるよう、特別展の休室日に事前申込制で開催しているものです。

当日は、障害のある方やその介助者770名以上が東京都美術館を訪れ、これまで日本で紹介される機会の少なかったアメリカ印象派の魅力に触れていました。

来場者を迎えるのは、アート・コミュニケータです。とびらプロジェクトで活動中のとびラーや、3年の任期を満了したアート・コミュニケータも数多く参加し、受付や展示室内など、館内の様々な場所で来場者のサポートをしました。


普段は混雑することもある展示室。

この日は、事前申込・定員制のため、移動や混雑した状況に不安のある方にも、より安全にゆったりと展覧会をご覧いただくことができます。

来場者は、同行した介助者やアート・コミュニケータとのお話を楽しみながら、展示室でゆったりとした時間を過ごしていました。

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とびラーの発案で、作品が見えにくい方のために、作品画像を拡大して見られるタブレットも用意されました。

拡大してさらに作品の良さが見えてくることで、来場者とアート・コミュニケータの会話にもぐんと熱が入ります。気がつくと、一緒にタブレットを覗き込んでいた人同士のコミュニケーションも生まれていました。

 



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とびラーが毎回の特別鑑賞会用にデザインしている案内状封筒の展示も行いました。今回のウスター美術館展でも、ウスター美術館展の作品を題材にしたさまざまな消しゴムハンコ作品が封筒を彩りました。

実際に消しゴムはんこを彫ったとびラーと、封筒を受け取った来場者も、話に花を咲かせていました。


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アート・コミュニケータは、車でお越しの方の待ち時間や、エレベータやエスカレータに乗り降りする場面など、美術館の様々な場所で来場者を見守ります。

来場者の美術館での時間がより思い出深いものになるように、ちいさなコミュニケーションを大切にしながら館内のあらゆる場所でサポートしました。

 

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次回は、2024年6月10日(月)、「デ・キリコ展」にて開催を予定しています。

次の鑑賞会でもみなさまにお会いできるのを、アート・コミュニケータ一同楽しみにしています。

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(とびらプロジェクトコーディネータ 越川さくら)


「障害のある方のための特別鑑賞会」は、東京都美術館の特別展ごとに1回ずつ開催しています。
詳細、お申し込みはこちらからどうぞ:https://www.tobikan.jp/learn/accessprogram.html


「作品の価値なんて、あってないようなもの・・・それがおもしろい」藝大生インタビュー2023 | 絵画科油画専攻 学部4年・北村瞬さん

2024.01.27

クリスマスも間近の12月22日、上野公園を抜けて東京藝術大学美術学部の正門で待ち合わせたとびラー4名は、どんな作品に出会えるかという期待を胸に絵画科油画専攻4年生の北村瞬さんを尋ねました。笑顔で迎えてくれた北村さんの制作室には・・・あれ?絵画がありません。あったのは雑然と置かれた材木と工具。不安から始まったインタビューは興味深い内容に満ちていました。

 

 

 

最初に、美術との出会い・きっかけをお話しいただけますか?

 

僕の母は美術に興味があり、美術系の大学に行きたかったそうです。僕が保育園で工作物を作ったらいつも褒めてくれました。その後もずっと美術に興味があって、母が「画家を目指すなら藝大というところがあるよ」と教えてくれて、「じゃ、そこに行くんだろうな」と思い、自然とその流れで藝大に入りました。最も好きな科目はずっと図工・美術でしたし、部活も小学校、中学校とも美術部でした。高校は美術科がある高校(東京都立総合芸術高等学校)です。文化祭では装飾班に入って、学校の門やロータリーを装飾しました。小学校から高校まで美術の先生に恵まれていたので、それも良いきっかけだったと思います。

美術館にもよく行きました。母は美術館が好きな人だったので、よく一緒に行って、本物に触れることができました。母が西洋画や宗教画が好きだったので、比較的古い絵を見ることが多かったと思います。母に連れられて、ただただ日課のように絵を見ていましたね(笑)。母も美術館で楽しそうに見ていたので、それでいいかなと。

 

 

今は卒展に向けて、油画に取り組まれているのですよね?

 

油画は家で描いています。学校は夜8時までしか制作ができないので、学校では木工をやって、家に帰ってから深夜まで描いています。今学校で制作しているのは額に近いイメージの作品で、現在は屋根の部分を作っているところです。この中に描いた絵が入ります。

 

 

屋根にパイプを付けて、そこから絵を吊り下げます。もともと額に興味があって、絵の中身は何でもいいかなと。いろいろな美術館に行って僕が思ったのは、一般の人たちはキャプションをずっと見て、メインの絵はあんまり見ないで終わってしまうのではないか、ということです。どこで作品の価値を判断しているかというと、周りの額やキャプションとかライティングとか、どういう美術館に飾られているのかなどの周りの情報がその人にとっての作品の評価に大きく影響しているのではないかと思いました。そこから、どちらかというと外枠に興味が沸いて、こういう形で作品を作ろうと思い至りました。中に入る絵はモデルさんを頼んで、結構写実的に描いています。それは学内展では皆に見せるのですが、東京都美術館で行われる卒展では絵を麻布で覆って、隠して展示します。

 

せっかく描いた油画作品を隠してしまう意図は何でしょう?

 

絵を描いている時はすごく楽しいのですが、人に見せるとか、いつまでに仕上げるとなると、どうしても人が見やすい様に描いてしまいます。そうすると、展示した瞬間に、自分と自分の描いた作品の間に距離ができてしまうと感じて、それはどうしても嫌だなと。今回、自分が満足できるまで描いた作品を自分の中で完結したいと思ったので、卒展では油画は見えない状態で展示します。絵の中身の評価や価値は作者である自分で決められるので、人に見られてどうこうというのは自分には要らないなと思っていて、だからもう隠してしまおうと思いました。

 

 

では、絵を入れる額は作品として評価してほしいということですか?

 

僕は見せたいものとやりたいことが乖離していて、やりたいことは絵、見せたいものは・・・うーん。実はこの額も実験に近くて。この額や周りのものを来館者が見たときに中身をどうやって評価するのかという、そのちぐはぐさが面白い。今回すごい時間をかけて作った豪華な額を見て、僕の作品を見た人が中身をどうやって判断するかということが知りたくて、こういう作品になりました。学内展では先生達に見ていただいて評価を受けるのですが、そのときには絵が見えています。でも、自分的には絵の内容の評価も大切ですが、先生たちには仕掛けの方を見てもらいたいなと思っています。

 

この額は不思議な形をしていますね。

 

先生達ともいろいろ話しました。僕はこれを額のつもりで作っていたのですが、ある教授には「これは祭壇だね」と言っていただきました。僕は祭壇のつもりはなかったのですが、ただ用途的には仏壇の様に大事なものが中に入っていて、閉じていて、でも人はそれを「中身が重要」ということを理解して、中身が見えない状態でも価値を判断している。例えば、クリスマスツリーの、中身が空のプレゼントボックスのオーナメントがすごく好きで、あれは中身が空なのが分かっているけれど、きれいにプレゼントボックスが包まれている状態にすごく価値を見出されています。今回の作品もそれに近いなとは思っています。チグハグとか、勝手な想像とか。そういう状態が面白い。

 

 

この額自体はどのようなコンセプトや想いで作られて、どのような特徴があるのでしょうか?

 

そもそも家具が好きというところがあって、僕のイメージとしては、額ではあるけれど、服を吊すハンガーラックみたいなものです。また、僕は道具が結構好きです。道具は何かのプロセスで使うもので、目立つことはあまりないのですが、すごく必然的な形をしているし、道具のための道具もあります。この作品の飾り足を作るために、自分で旋盤を作りました。買おうと思えば買えるのですが、仕組みを見たら案外簡単に作れるなと。あと丸鋸やトリマーを使って、テーブルソー(丸鋸盤)を作って、自分で木材を切りました。その後、釘とかネジを使わずに、木組みで制作しています。家具が作られるプロセスは見えず、みんな気づかずに普通に使っている、その感じも好きです。話を戻せば、(作品においても)額とかキャプションとか、場所などから、多分皆さんが無意識のうちにその情報を汲んで「素晴らしい作品が飾られている」と意識すると思うのですが、家具もそういう感じではないでしょうか。いろいろ用途があって、飾りも付けられているし、そういうモールド(装飾)が家具には全て入っていると思います。人は知らず知らずのうちに、そこに「かわいい」などの価値を見いだし、そのような感覚で使っていると思うのですが、そのプロセスが見えないところが僕は好きです。

 

 

では、想像で価値が生まれていることを分かってほしいということですか?

 

そうではありません。僕はこれを作っているのですが、誰かに何かを伝えたいということは全くありません。「大きい家具が展示されている」くらいで、スッと素通りしてもらってよくて、僕がその違和感を楽しんでいるだけです。作品を見てくれる方には失礼かもしれませんが、僕が脇から見て悪戯しているような感じといったらよいでしょうか。僕は作品の価値なんて、あってないようなものだと思っていて、(中身はどうあれ)美術館で飾られているからこれはいいものだよねということは往々にしてある。それがもし、どこかのギャラリーに置かれていたり、ゴミ捨て場に置かれていたりしたら、美術館で見た時と同じように価値を見いだすのかといったら、全然ちがうと思う。作家が誰なのかも重要、だから価値なんてものは当てにならないなと思います。誰もが価値があるものと錯覚していることも面白いと思っているし、それを意図的にどう作っていけるかに自分の関心があるのかなと思っています。

 

大学卒業後はどうされますか?

 

藝大油画の版画の大学院に行こうと思い、大学院試験の準備をしています。今も、版画コースを選択しています。版画コースでは色々な古典技法を学ぶことができます。リトグラフとかシルクとか木版とか。僕は素材にも興味があり、素材に詳しい先生方が多くいらっしゃるのも選択した理由のひとつです。木材や金属、布、石。全て版画の中で使われる素材です。シルクだったら版を作るのに布を使うし、リトグラフは石においたインクを紙に転写する技法ですし、木版があったり銅版があったりとか。版画の先生の中には、教授とは別にテクニカルインストラクターの方が4人いて、技法ごとに詳しい知識をお持ちです。素材の扱い方を聞いたらポンポン返ってきますし、道具をすごく使う方達なので、お話をするのが楽しいです。キャンバスはどうやって織られるのか、膠はどうやって動物から取るのかなど、そういう会話も楽しくて、大学院では版画に行こうと思いました。

 

 

大学受験の時のお話を聞かせてください。

 

受験準備のためにはやはり予備校に行かなければと考え、一浪目は夏から冬まで予備校に通いました。二浪目は宅浪して、三浪目もまた夏から冬まで半期通って、お金は最小限で済ませました。
浪人の時に死ぬまでにやっておきたいことをリストアップしました。浪人中は時間が沢山あるので、アルバイトをして貯めたお金を作ってそれらをやっていこうと思いました。怖くて嫌悪感のあるゴキブリに触ってみるとか、屠殺場を見学してみるとか。屠殺場は結構偏見があって、そこには誹謗中傷のメールや手紙が届くそうです。でも普段みんな肉は食べているし、何がそんなに怖いのかと思いました。いろいろなことに時間を費やすことができたので、浪人したことに後悔はないし、それがあったので今があるかなと思います。大学に入ってからもそのようなことへの興味の流れで献体解剖の現場を見学させていただきました。実際に内臓を触ってみたり、脳みそを持ってみたりしました。恐怖感がありますが、実際に自分で触ってみて、なんてことなかったなという印象を受けました。

 

 

気分転換はどんなことをされるのですか?

 

僕は自然が好きで、たまに夜中の終電で高尾山に行って、考えごとをしながら登って下りて始発で帰ります。歩くことが好きなので、山手線の数駅分を歩いたりします。この前も新宿から日暮里まで歩きました。新宿中央公園の芝生も好きで、そこでたまに読書をします。家の中に籠もっていると気分も沈んでくるし、何もしなかった日の夕方はすごく怖い。一浪目の頃、バイトもせず、予備校も通わず、ずっと家にいました。その時は本当に鬱に近かったです。本当に何もしなかった日の夕方などは、今日も何もできなかったという罪悪感がたまらなく嫌で。それからは、ほとんど毎日外に出るようにしています。

 

卒展に来る人は私達アート・コミュニケータや美術が好きな人、藝大を受けたいという人など、さまざまです。その人たちにメッセージをお願いします。

 

来場される方に特に伝えたいことはありません。むしろそれを横で見ていたいという感じです。
藝大を受ける人、制作する人全般には遠出やドライブなどの「足の趣味」を持つことをおすすめします。絵だけ描いていたら絵が描けるわけじゃなく、絵を描いていない期間に得られた情報や体験がすごく制作に反映されるんじゃないかな。

 

 

インタビューを終えて

 

最初、当惑の中にいた私たちも、北村さんが語るユニークな考え方やこれまでの人生でのさまざまな体験の話が進むとともに、その内容にすっかり引き込まれていました。何が虚構で何が本質なのか、そんなことを改めて考えさせてくれる時間を北村さんと共有できたことに感謝したいと思います。

 

北村さんの絵画作品は、卒展では隠されていて見ることができません。北村さんの作品の一部をInstagramでご覧になって、隠されている作品を想像してください!

https://www.instagram.com/a_shun.18/

 

取材:添田安沙子、飯田倫子、塚越史香、岡浩一郎

執筆:岡浩一郎


 

これまで完成した作品しか見てこなかったので、「いままさに作っている」現場とその作品が出来上がるまでのプロセス、思考の流れに触れることができて、非常に良い経験でした。卒展で展示される作品を自分がどう見て、どう思うのか楽しみです。貴重なお時間ありがとうございました。(添田安沙子)

 

素材や道具といった具体的な「作る」ことと、キャプションや額装で与える「情報」。どちらに対してもとても真っ直ぐに向き合っている北村さんの考え方や制作者としての姿勢が新鮮で、とても楽しいインタビューでした。完成作品を見るのが楽しみです。 (飯田倫子)

 

作品を見ていると、無意識のうちに意味を見出だしたり、作者の意図を考えたりすることがあります。北村さんのお話を伺って、私も自然とそういう見方をしていたなとハッとさせられました。興味を持ったことはなんでもやってみる姿勢が印象的でした。完成した作品を見るのが楽しみです。(塚越史香)

 

これまで音楽関係のインタビューは何回か経験しましたが、美術関係のインタビューは初めてでした。再現芸術の担い手としての演奏家と常に創造を求められるアーティストの発想の違いを感じた刺激的な楽しい時間でした。 (岡浩一郎)

 

 

 

「建築的な手法を通して、街に広がる人々の暮らしを記録し、様々な人と共有したい」藝大生インタビュー2023 | 建築専攻 修士2年・白家銘さん

2024.01.26

模型、図面など まだ、物量としては全体の一割未満

 

横浜市・相鉄線天王町駅と星川駅間の高架下スタジオ「Pile」は、採光抜群で外からも展示が見える開放空間。このアトリエで東京藝術大学(以下、藝大)大学院美術研究科建築専攻・白 家銘(ハク ジャミン)さんは作品制作をしている。

 

「私は現在、横浜・中華街をテーマとしたフィールドワークを修了制作の一環として行っています。その作品の大きさ、規模のほか、横浜という場を研究の対象としている以上、横浜で制作することが最も理にかなっていると思い、大学や自宅での制作ではなく、ここで多くの人に囲まれ作品の制作と展示をしています」

 

アトリエへ一歩入ると、左右平行に分かれて人の背丈を超える木のパネルが展示されている。パネル上には約200枚の白いA3ぐらいの方眼紙に、中華街の状況を記録した生のスケッチ図が鉛筆で描かれている。平面・立面・断面など手法はさまざまだ。

 

その実店舗スケッチが展示されている2列のパネルの間には500分の1中華街の模型が。中華街に関する雑誌や書籍が置かれている台には白さんの作業中のスナップも貼り付けられ、さらに手前の台にはビルの上階フロア内の模型が目に飛び込んでくる。

どれが作品?と戸惑っているとー

 

「これら全てが作品です。でもこの研究に「完成」という概念はなく、続けようと思えばいくらでも細かく掘り下げられるものだと思っています。なので物量としてはまだまだ。記録できている店舗・施設空間の数は、まだ中華街全体の1割にも遠く及ばない。ですが、群れとして何かが見えてくると思います」と白さん。

 

このスタジオ「Pile」のアトリエは一般の人にも公開。外から見える位置に立体模型が置かれたことによって、街を歩く人々にも関心を持ってもらえることが多いのだとか。

 

 


誰が見てもわかりやすく、興味を持ちやすい中華街・立体模型の威力

 

中華街の街並みが再現された立体模型は、俯瞰的にエリアでの位置関係、様々な通り、個々の店舗の並び、公園、空き地、駐車場まで把握でき、誰が見てもわかりやすく、興味を持ちやすい。

故国の文化を保持しながらも、その時その時の横浜、日本および世界の情勢にあわせて姿を変え、発展してきたという横浜中華街。

 

その中華街を通りごとに手広くリサーチし、建築の知識・教養からの視点で図面を、絵画テクニック・言語等を駆使して街の歴史や文化の記録を美術として表現しているのが白さん。

 

「中国で生まれ、初めて日本に来たのは4歳のときです。小学四年生まで中華街の成り立ちと深い関わりをもつ中華学校に在学し、その後、中学を卒業するまで中国に帰国していましたが、高校生になってまた横浜へ戻ってきました。子供の頃から絵を描くのが好きで、中国での中学時代から専門的な美術教育を受けていて、横浜の高校に通っていたときも絵は描き続けていました」

 

 

設計図プラス目で見たものが描ける。それが強み

 

藝大・美術学部建築科の特徴は?

 

「日本において建築科は多くが工学部に属していますが、藝大の建築科は美術部に属しています。建築科には建築の流れから入った人と、美術の流れから入った人がいます。私は美術の流れから入った方でした。藝大には藝大特有の実測の授業があり、それによってすばやく正確なスケッチや見取り図が描けるようになります。建築をやっていないと断面・平面図が描けない。藝大での実測授業のおかげで表面的なスケッチだけではなく、目で見たものを正確な描写で構造的に描くことができ、それが私の強みになっています」

 

学部での授業・実測では、後から寸法を追って記載できるように、方眼紙を使って可能な限り正確なプロポーションでスケッチを描く。このようなフィールドワークのノートは「野帳」と呼ばれている。こうして描かれたものが、現在、展示されている中華街の実空間を記録したスケッチなのだ。

 

「一般的な建築学生は、何か新しい空間や建築を提案設計することがメインであり、私自身も学部時代はそうでした。今回のスケッチ群も当初は新しい建築を提案する下地として始めましたが、すすめていくうちに、街を記録すること自体が目的になってきました。新しい建築を提案するためには、まずそれが置かれる環境を理解し、フィールドワークをしなければいけない。この考え方のもとで行われた一連の調査手法は「デザイン・サーヴェイ(※1)」と呼ばれていますが、これは藝大出身の建築家たちが牽引してきた手法でもあります。
修了制作においてなかなか設計が始まらないことに不安や焦りもありましたが、「リサーチは必ずしも結論に直結するとは限らず、当然のことを当然にやるだけの地道な作業だが、そこに必ず意味がある」という先人たちの姿勢や「焦って結果を急ぐ必要はない」という先生方の言葉が私の背中を押してくれ、今の制作につながっています」

 

 

中華街での作品展示 様々な人との出会いがあった

 

2023年8月に、白さんは中華街のギャラリーでこれらの作品の当時の進捗を展示した。

 

「これも、藝大の別の科(出身)の友人たちが中華街で展示をしたほうが良いと助言してくれ、実現しました。さらに中華街で展示したおかげで、小学校時代の恩師、研究者、横浜市民、アーティスト、アート関連者など様々な人と出会うことができ、大盛況のうちに終わりました」

 

現在の共同アトリエを、この展示で知り合ったアーティストに紹介してもらったといううれしい縁もあった。しかもここ天王町が白さんの日本で初めて住んだ地ということも運命的だ。

 

「そのアトリエでもやはり様々な出会いがあり、作品の一部となっている私の作業スナップや記録映像なども、アトリエで私の制作に共感してくれた写真家さんの助力のおかげです」

 

 

会話から広がる伝統・伝承 建築の視点で記録をフィードバック

 

大学院に入るころになんとなく中華街をテーマにとは思っていたけれど、当初は自分のルーツをテーマにしようとは思わなかったそう。

 

「学部2年の時に中国人向け美大予備校講師のアルバイトをしたのですが、そこで出会った中国人は華僑とも違うし自分とも違う。一口に「中国系」の人と言っても様々な環境によって各人は違う、華僑と自認する人々は日本にいながら日本という国や日本人と融合し自分たちの伝統が醸し出されていると感じました」

 

さらに大学院時代に2021年から2022年夏まで交換留学でヨーロッパへ滞在してきた。

 

「ウィーンを拠点に16ヵ国60以上の都市を訪ね、様々な国の人と会いました。見知らぬ地で見知らぬ人と会話をすることで、民族・人種・育ち・どこから来て何をしている等の話題が広がることにびっくりしました。それぞれの人には、ルーツや伝統はもちろん、暮らしてきた異国の地で自然の流れに沿って生まれた新しいものもあり、それらが混ざり合いながら伝承していくものがある。そういう視点から、自分自身のルーツにも興味が芽生えてきました」

 

街だけではなく、どんどん研究対象が広がっている。

 

「中華街の空き地に立ってみると住民の生活がよくわかります。特に店舗の二階部分から上を見ると、今の状況が浮き彫りになってきます。例えば、空き室があれば、人が住んでいない、放置されている、経営に苦戦しているのかなとか。観光客ではない生活者の人間模様、何度も様変わりしている街や通りのことなどもよく見えてくる。だからこそ、私は自分の足で街の中を歩いています。
街並みの記録・研究ができるということを建築の視点に立って展示し、より多くの人たちに見て興味をもってもらい、感じたこと、気が付いたことなどを私にフィードバックしてほしいと思っています」

 

 

 

恩師である符さんが始めた中華街の塾・寺子屋

 

ビルの上階フロア内の模型は、小学生時代の恩師・符 順和(フ ジュンワ)さんが始めたアフタースクール「塾・寺子屋」の現状を再現した模型である。

中華街での制作がきっかけで符さんにも再会できた。その符さんの蔵書や研究記録の一部が、模型の隣の台に置かれていて、自由に手に取って読むことができる。中華街や華僑の歴史が書かれた今では手に入らない古い本や雑誌、昔の中華街を偲ばせる貴重な広報チラシ、横浜の風土に関連する本、白さんのような学生やプロの研究者による論文や研究記録、さらには先生ご自身の趣味であつめられた書籍や小物が「塾・寺子屋」という狭い空間に雑然と堆積されている。
白さんが試しにここにある本棚を“あいうえを”順にナンバリングしてみたところ、その棚は“め”行まであったという。その一つの棚ごとに数百冊の蔵書があるというから驚きだ。

 

 

 

建築業界において 研究する価値を広めたい!

 

「この“塾・寺子屋”は、今年度で現在の建物から退去することが決まっています。符先生の膨大で貴重な蔵書をどこへ持っていこうか考え中です。本をきちんと保管する必要があるし、どのような内容かを把握しつつ、どこへ置くかを提案していきたいと思っています。現在、リストを作成中です。研究仲間も増やしたい。そしてこういった街の歴史を留めることを研究する価値を建築業界に広めたいですね。考えてみたら、横浜・中華街の中には歴史や文化を展示・公開する施設がないのですよ」

 

 

 

柔軟な姿勢 人へ働きかける力


人とのつながり、柔軟な姿勢、広い視野等々、白さんの中にまだまだたくさんの空きスペースがある。


情報収集し、人々へ還元していく。そんな人へ働きかける力を白さんから感じた。プロセスを大事に人の言葉に耳を傾け、周りの人との協同、コミュニケーションから生まれるものを大事にしている白さん。わたしたちアート・コミュニケータ「とびラー」と似ているかもしれない。

 

「卒展ではアートに興味を持っている人はもちろん、とにかく芸術のある空間を楽しんでほしい。さらにその空間の中で、内面も含めた表現、という点にも注目してほしい。ぜひ、感想やアドバイスも欲しいです」

 

このような言葉にも白さんの柔軟性が現れている。

 

実は白さんは2024年度、三菱地所賞(※2)を受賞予定。今後さらに発表の機会が増えるだろう。

 

卒展では、取材時の展示よりもさらに増大している作品群が楽しみ。スタジオ内に展示されていた巻物も別の形で展示されるかもしれない。となると、今後ますます目が離せない。


黒ぶち眼鏡、チャイナ風上着にちょっと短めのズボンと短靴のおしゃれな白さん。近くにいたら、ぜひ、声掛けしてみてください。作品についてフランクに語ってくれると思います。


唯一、心残りは白さんのお得意料理の麻婆豆腐。今度、ぜひ、味わってみたいです。

 

 

(※1)デザイン・サーベイ:建築物を設計する時に、建築予定地の周辺地域の街並みや歴史などを調査すること

(※2)三菱地所賞:若手芸術家を支援するため、東京藝術大学を卒業した若手アーティストの中から、丸の内より発信する文化・芸術の担い手としてふさわしいと認められるものを選考・授与する賞

 

 

取材:池田智雄、志垣里佳、曽我千文

執筆:杉山佳世



建築を街まるごと研究する白さんの視点の広さに驚きました。作品はずっと見ていたくなるほど濃密な展示でした(池田智雄)

 

 


人との繋がりを大切にされているお人柄と、まろやかな語り口に引き込まれました。建築を生活・文化にまで研究を広げ表現される白さんの作品が、これからますます楽しみです(志垣里佳)

 


街と人々の歴史をヒューマニズムと建築で記録する、白さんが紡ぐアートに圧倒されました。目を閉じると今も中華街のにぎわいが聞こえる気がします。この街の営みがいつでも続きますように(曽我 千文)

 


白さんの店舗正面図の美しさ!建築視点からの“街”は、人の営みを含めアートそのもの。浜っこにとって特別な街・中華街も含め、今後も何かの形で繋がれることを願っています(杉山佳世)

 

 

「昔のあの時にタイムスリップ」藝大生インタビュー2023 | 先端芸術表現科 修士2年・柏木崇吾さん

2024.01.25

 柏木さんが6年間を過ごした取手校地は、取手駅からバスで15分ほど乗った先の山の中にある。校地内のバス停で降車すると、駐車場とヤギ小屋が目に入る。香ばしい香りにあたりを見渡すと、野焼きをした焦げ跡の残る広場があり、その背後には木々が広がっている。とても穏やかな時間が流れる場所だ。

インタビューの日は修了制作の審査を翌日に控えた12月21日。

私たちは、審査のために作品が設置された、外光の閉ざされた部屋に通された。

広い室内には、4つの作品が間隔を空けて配置されている。

部屋に入ると、ほのかな光を浴びた細長い机があり、左端には盆栽のような木の枝の作品、右端には天を仰いだ人の胸像が置かれ、胸像は机から這い出てきたようにも見える。

「自然の素材を採集して作品を制作しています。この枝や胸像の粘土は取手校地内で探して採集しました。取手校地は自然が豊かなので、修了展の作品には、他にも切り倒した丸太を譲り受けて、それを校内の製材機で板にしたものを使用したり、石を採集して使用したりしています。」

 

さすが、取手校地!

山の中にあるだけあって、自然素材には事欠かないようだ。

 

「作品のそれぞれの立体物は僕が制作しています。例えば、この枝を生けている器やテーブルも僕が制作しています。作品として、立体物を単独で一つの作品とすることもあれば、この作品のように立体物を組み合わせて一つの作品とすることもあります。その時々のテーマに応じて構想を練っています。照明の当て方も、鑑賞者の視点を踏まえて計算しています。修了展の会場の照明条件はこことは異なるので、これから会場を確認しながら照明の当て方を練ります。」

     

「この胸像の粘土には種子が混ぜ込んであるので、これから時間が経つと表面から芽が出て作品を覆っていき、輪郭が変容していきます。僕の作品は、自分の手を離れてからも、形がどんどん変わっていくのが魅力で、作品の変容の感動は、僕自身にも還元されていて、次の作品へとつながっていきます。」

 

照明条件や胸像の変化が、作品全体にどんな作用をもたらすのか、修了展で再び作品に出会う頃にはどのように変化しているのだろう。

 

「僕の作品のコンセプトは、『限られた一瞬における自分と対象物との関係性』です。過去の限られた一瞬において見えた景色、その景色からイメージできた身体感覚を含めた、その記憶の中にある景色を切り取って、それをモチーフとして形にしています。対象としたモチーフを形作って、『自分』と『景色や環境』との新しい関係を結ぶ、そんなことを考えながら制作しています。」     

 

さらにこの作品は、木くずをお香のように焚いて、嗅覚も使った鑑賞を考えているとのことで、体験させてもらった。

 

 

「この香の木くずは、この木の台を欅の木から製材する過程で出たものです。素材の可能性を追究しながら、様々な形態での作品制作に挑戦しています。」

 

「いつか、遠い昔に感じた感覚を、僕の立体物を通して、自分の中に蘇らせてほしい。さらに、匂いや煙を通して、解像度を上げた遠い昔の『あの時』を巡ってほしいと思っています。」

 

火をつけると、暗闇に細長く白い煙が立ち上り、少し甘く香ばしい香りが漂ってきた。胸像は森の中で深呼吸をしているようにも見えた。

漂うほのかな木の香りと流れる白い煙は、私たちを作品に没入させ、それぞれの遠い昔の『あの時』に誘った。

 

 次に紹介された植物に覆われた作品は、装置のあるショーケースに入っていた。

 

「この作品は、乾燥しないように、ショーケースの中に入れ、定期的にミストを噴射しています。」

 

覆っている植物は、修了展までの1ヶ月でどんな変容を遂げるのだろう。

作品はケースの中で浮いているようにも見え、天空の土地のような神々しさを感じた。一方で、光が照らされた青々とした土地が生み出す影からは、この世の禍々しさを感じた。

 

「この夏、2週間ほど北アルプスの最奥部の山小屋にアーティスト・イン・レジデンスとして滞在して、外の環境の影響で変容していく大きな石の作品を制作しました。その展示を機に、自分とその風景との関係性を考えていて、自分を取り巻く環境や、自分と自然とが溶け合う、そういう瞬間があって、この作品が出来上がりました。」

 

さらに足を進めると、ガジュマルの木のような作品が現れた。青々とした植物からは様々な生命の誕生を感じた。   

  

 

「自然素材を使った立体物には、自分の体を通して出たものからしか得られない、自然を超えた自然観を表現していきたいんです。そうでなければ、自分の体を通す意味がないと思っています。

太古の人たちは採集生活を送る中で感じていた自然の厳しさとかそういうものを縄文土器の文様や形に表現していました。この作品では、『手』をモチーフとして意識しながらも、必ずしも手を作るのではなくて、形を崩した自然の生々しさや自然のドロドロした怖さを表現したいと考えました。

自然の造形物のようでもあり、人の形のようでもあり、縄文土器の自然の禍々しさのようなものが表面に現れるような、そんなことをイメージしながら手を動かしていくなかで、この形が見えてきました。」


先端芸術表現科といえば、メディアアートやパフォーマンスの印象が私たちにはあり、自然素材や縄文文化というキーワードとの乖離を感じた。

 

 「昔から、キャンプや登山することが好きでした。都会で育った反作用として自然への憧れがあるのかもしれません。アーティスト・イン・レジデンスもそういう特別なところで作ってみたいという想いから挑戦しました。

僕の作品は、そこに形を留めるのではなくて、形を作ってから変容していくので、パフォーマンスに近いと思います。ゆっくりではあるけど動き続ける作品です。」

 

最後に、飛び込み台のような、シーソーのような作品が現れた。下半身像には今にも飛び出していきそうな躍動感を感じた。一方でそのすぐ隣にある骸骨や石からは、静寂な時を感じた。

「下半身像は、夏の中間報告の時は、植物に覆われた状態でミスト装置のあるショーケースに入れて展示していました。この骸骨は、時間とともに乾燥していって、二回りほど小さくなりました。この表面に飛び出している小さな石は、乾燥した影響で骸骨の表面に現れてきたものです。骸骨の隣にある骨は、もともとは真っすぐでしたが、だんだんと湾曲していきました。」     

 

それぞれの作品の変容を話す柏木さんから、柏木さんが作品の変化を楽しみ、変化に影響を与える時間に関心を寄せていることが伺えた。

 

「この作品は、これまで制作した立体物を組み合わせながら、『動・静』、『自然・人』、『過去・未来』などあらゆる異なる次元のものを対比させています。僕自身も新たな対比を見つけてハッとすることがあります。」

 

「今回の修了展に展示する作品のタイトルは、《ある閉ざされた「一瞬」のうちに》です。インスタレーションとして、今この瞬間の作品を見てほしい。鑑賞者が、遠い昔に感じた感覚を、再び体験している感覚、閉ざされた『あの時』が巡ってくる感覚を体験してほしいです。」

 

私たちは、校内の共同アトリエにも案内してもらった。

 

利根川が一望できる共同アトリエには、板などの素材や過去の作品が置かれていた。

簡単なキッチンや電子レンジもあり、一日の多くをアトリエで過ごしているようだ。

 

部屋を見渡すと、人体の形をした作品が、大小様々なひびが入った状態で置かれていた。

     

「学部時代の土の作品は、このように割れたものもありました。試行錯誤しながら、土壁のように藁を混ぜるなどの工夫をすることでひび割れを防げることがわかりました。どの作品も試行錯誤しながら自分のやり方を見つけています。」

 

また、高校時代までの柏木さんは、美術部で美術三昧の日々を送るような生徒ではなかったとのこと。

 

 「小中学校はラグビー、高校は陸上の短距離で、大学入学後もジムで汗を流したりしていました。ただ、幼いころから立体作りや絵を描くことは好きで、表現することはずっと行っていました。即興で絵を描いたりするストリートパフォーマンスをしたりもしていて、その延長として東京藝術大学への入学と今があります。」

 

卒業後は、美術館やギャラリーの展示設営の仕事などをしつつ、今も借りている取手市内のアトリエで制作を続けていくとのこと。今後も柏木さんの作品に出会えるのが楽しみだ。

 

次の動画で柏木さんと日比野学長との交流映像があります。

【東京藝術大学公式チャンネルより】https://www.youtube.com/watch?v=Ea1S1aKAmBg

 

~インタビューを終えて~

穏やかさの中にしっかりとした芯を感じる柏木さん。とても真摯に取材に応じてくれた。

柏木さんの作品を取材しながら、過去や未来の『あの時』を行ったり来たりした。修了展では今回は取材できなかった石の作品も展示されるとのこと。鑑賞者の心模様や石の作品も加わることで、どんな『あの時』に出会えるのか、修了展が待ち遠しい。作品は上野校地総合工房棟 2階 多目的ラウンジに展示される。みなさんも『あの時』へタイムスリップしてはいかがだろう。     

執筆:小倉聡子

取材:小林有希子、西内るみこ、小倉聡子(アート・コミュニケータ「とびラー」)

撮影:平野みなの(とびらプロジェクト アシスタント)


小倉聡子


取材と言いつつ、作家と仲間との対話型鑑賞のようでもあった。一人ではたどり着けないあの時に、作品と対話が連れて行ってくれた不思議な体験でした

 


小林有希子


作者にお話を聞きながら、どっぷり作品に没入できる、とても贅沢な一時でした。

 

 


西内るみこ 


お話と作品に触れて。五感を使ってココロの奥深くから感じることができました。楽しいと思った瞬間を大切にこれからも作品を味わいたいです。

 

「流れる季節と重なる思い」藝大生インタビュー2023 | 美術教育専攻 修士2年・伊藤寛人さん

2024.01.24

2023年12月20日、師走にしては暖かく穏やかな晴天の日の昼過ぎ、私たちとびラーは、茨城県にある東京藝術大学取手校地の伊藤寛人さんのもとを訪れました。

作業場に入ると、大きな作品と共に、あちらこちらに布のようなものが見える。何に使うのか興味津々のとびラーたち。

 

ーまず、絵を志したきっかけを教えてください。

中学までは野球小僧だったのですが、体を壊して続けられなくなってしまいました。そのように怪我に振り回されることなく一生続けられる趣味として、絵を始めました。

いざ始めてみると想像以上に没頭してしまって。中学生の頃はバロックなどの写実的な油絵が好きで、いわゆるリアリズム絵画に憧れて油画科に進もうと思っていました。

でもある日、東京の美術館で油絵と一緒に日本画が展示されているのを見て、日本画に抱いていたイメージが変わったんです。油絵具は、絵を見たときに押し出してくるようなイメージがありました。一方僕が見た日本画は、岩絵具が綺麗に輝いているにもかかわらず、油絵のように前に出てくる印象がなく、むしろ画面に引き込まれるような感覚がありました。その時に、こんな素材があるんだと、日本画の魅力に気づき日本画を描いてみたいと思うようになりました。

 

ー今制作している作品について教えてください。

​​​​トルコの伝統的な芸術である「エブル」を用いて制作しています。エブルは日本の墨流しに似ており、ヨーロッパのマーブリングの元になっている技法です。現在は、エブルと日本画を合わせた作品作りを試みています。

伝統的な墨流しとエブルの違いは、色材が染料か顔料かです。墨流しの場合は真水、エブルの場合はとろみのある液体を使います。エブルでは、真水では浮かない少し重たい顔料も使えます。鮮やかな色のエブルと日本画の顔料を組み合わせて絵を描きたいな、というのがエブルを使った動機です。

 

修了制作で用いられる「エブル」

 

「エブルはパターン化された模様が主流」

トルコに留学していた際、ヒカメット先生(Hikmet Barutçugil)という方にエブルを教わる機会を得ることができました。ヒカメット先生は大学の客員教授のような位置づけの方で、僕が帰国して以降は授業を開講していないと聞いたので、受講できたのは本当に偶然でした。エブルは本来、渦巻模様やパターン化された模様を全面に散らすもので、コーランや細密画の装飾として使われてきました。日本のように墨流しをした紙の上に和歌を書いたり、絵を描いたりするような使われ方はありませんでした。

 

トルコの伝統的なエブルについて、スマホを使って紹介してくれた

 

その中でヒカメット先生は、墨流しのような有機的な模様をエブルに導入し、エブルの新しいスタイルを確立した現在のエブルにおける巨匠です。ヒカメット先生は、かなり他分野に理解のあるオープンマインドな方で、絵画作品やアラビア書道の作家とコラボしたり、僕に対しても「いつかいっしょにやろうよ」と声をかけてくださいました。残念ながら留学中にコラボの機会には恵まれませんでしたが、トルコの人間国宝とも言える方が、僕のような若造にも分け隔てなく接してくださることに衝撃を受けたのを覚えています。日本画と組み合わせられるのではないかという思いと、ヒカメット先生のあたたかさに触れたことで、エブルに対する関心がさらに高まりました。

 

「本紙を使うと偶然性のある模様が出てきて面白いが、コントロールしきれない。」

 

 修了制作の作品は、下地に全面銀箔をはり、植物を描いています。その上に、エブルを施した薄くて下の絵が透ける典具帖紙を画面に貼り合わせます。その後さらに植物を描き、また違った模様を貼り合わせて、、、という工程を繰り返し、ミルフィーユのように何層にも重ねていくことで、平面的でありながらも奥行きを感じる画面を目指して制作しています。

 

ー本紙ではなく薄い紙を使うのは、何か理由がありますか?

 今までのエブルを用いた作品制作では、支持体とする本紙に直接エブルを施していました。絵画に有機的で自然な模様を取り入れられるのは良かったのですが、大きな作品になると、あまりにもコントロールができないという課題がありました。そんな折に修士論文を書くために取材した日本画家で、墨流しを制作に取り入れている木下千春さんから、薄い美濃和紙を用いて墨流し模様をコントロールする方法をうかがいました。それを参考に、今回の修了制作では本紙に直接エブルを施すのではなく、典具貼紙などの薄い紙にエブルを施し、上から貼り合わせる方法を用いています。

 

気になっていた布のようなものは、薄い和紙だった。

 

ートルコへの留学は、どんなきっかけがあったのですか?

 修士課程1年のときは、日本画の画材とエポキシ樹脂の異素材で制作したいと考えていました。よく透明な素材の中にキラキラしたパーツが入っているアクセサリーがありますよね、その透明な部分がエポキシ樹脂です。

エポキシ樹脂でよく使っていた表現が、画面にレリーフ状の凹凸をつけて、そのへこんでいる部分に樹脂を流すという手法でした。この場合、樹脂の部分と絵具で描いている部分に境目ができてしまい、その境目の処理について常に悩んでいました。自分の中にある構図の作り方だと、絵の中でその境目が邪魔になり、うまく使えていない感覚があったんです。これを解決するために目をつけたのが、イスラムの模様でした。

イスラム模様は主に植物模様、幾何学模様、文字模様で構成されています。かなり発色の高い色を用いた模様ですが、そのデザイン性によって調和が保たれています。あれだけデザイン性が強ければ、異素材をぶつけたときの違和感を解消できるのかなと思い、イスラム圏のトルコで勉強することにしたんです。

留学中にエブルと出会ったことで、現在は日本画とエブルの混合技法を研究していますが、将来的にはまた樹脂を用いた表現にも取り組みたいと思っています。

 

 「墨流しでは作れない模様のおかげで、自分の感じた「流れ」を表せている。エブルに出会ったからこそやれている。」

 

ー作品はどのようなテーマで制作していますか?

 修了制作で描いているのは取手の風景、河川敷で見かけた草木です。モチーフそのものよりも、制作のテーマとして「流れ」みたいなものを表したいという思いがあります。ススキなどの草木自体を描きたいというより、自然のなかで草木を前にして五感で感じたことを画面に表したいなと思っています。

風景を見た1つの「瞬間」ではなく、ぼーっと眺める中で、その景色の揺らぎや変化を感じて、きれいだなと思う。そういう時に「流れ」を感じて心が動きます。刻一刻と変化する時間を実感しながら、一瞬一瞬を重ねていくことが、自分にとっての「流れ」なのだと思っています。

僕にとっての「流れ」という概念は、日本的な時間概念と密接なものだと思っています。時間の概念は大きく分けて、直線的なもの(過去から未来)と循環的なもの(1日や1年など、周っているように感じるもの)があります。そして日本では循環的な時間概念がより発達しています。循環的な時間の捉え方が発達するためには、一ヶ所にとどまって、景色の移り変わりをサイクルとして見ることが大事なんですね。日本は島国である上に国土の大半が同じ気候帯に属しています。そういった環境要因が日本で循環的な時間概念が発達したことに繋がったのでしょう。時間の概念については、トルコに留学してからより一層意識するようになりました。

日本人は四季をとても大事にしています。そして四季という考え方は循環的な時間概念の上に成り立っているものです。でもトルコでは四季という考え方に馴染みが薄いようでした。留学中、トルコの大学で伝統的なタイルなどのデザインを学び、そのノウハウを活かしてトルコ風の四季を表す屏風形式の作品の制作を試みたことがあります。一緒に授業を受けていたトルコ人の友達に、「どのモチーフがどの季節なの?」と聞きました。すると、彼らは戸惑ってしまって、、、しばらく悩んだ末に、タイルなどの代表的な草花の開花時期などを一つ一つ調べた上で答えてくれた、というエピソードがありました。日本では、例えば「ひまわり」であれば即座に「夏だ」となるし、「春の花」といえば「桜」と連想しますが、トルコではそうではないようです。

日本は同じ季節に国内を移動してもあまり景色が変わりません。一方、トルコの場合は、場所によって気候がかなり違います。だから、彼らにとって景色の変化は、移動をすることで感じるものです。彼らにとっての時間概念の中心にあるものは、循環的なものでなく直線的なものなのではないかと思います。

修了制作作品のタイトルは《日月秋草流景図》。小さなパネルに試作して、大きな本番のパネルに描くための全体像をイメージしている。

 

 修了制作にあたり、取手の野原や河川敷を2023年の9月頃からふらついていました。その中で随所で見つけた草木を、ひとつの瞬間ではなくその年の秋の「流れ」として、1枚の画面の中で表したいと思いました。

取手の自然の中、それぞれの時間で感じた色味を意識して1枚ずつエブル紙を作っていきました。それを1枚1枚重ねていくことが、一瞬一瞬の体験の重なりであり、自分にとっての「流れ」を表現することでもあると思っています。そういう意図で制作しています。

 

ー今、ご自身にとって美術はどのようなものですか?

 絵を描いていて辛く感じる時があるんですよね。でも、辛いのに続けられるのは、結局それだけ描くことが好きだからなんだと思います。他のことなら続けられないし、絵が出来上がった時の達成感は他のことでは得難いものです。自分が満足する絵やいい絵を描きたいという気持ちがあって、それに少しずつ近づいている実感があります。失敗したときには、その失敗から学ぶことも含めて。満足いく絵が描けるまではやり続けたいと思います。その日が来るかはわからないけど。

 

ー今後について教えてください。

 しばらくは同じ画法を続けると思います。もっとこうしたいという気持ちが残っているので、まずはいろいろ試したいなと思います。絵を始めたころは、勉強不足で伝統的な日本の絵は古臭いなと思っていましたが、むしろ今は古い方向に関心が向いています。

日本の美術の特性は色々と指摘することが出来ると思いますが、大きく分けるとわびさびというような簡素な美という方向と絢爛豪華という方向があるように思います。僕の作品はどちらかといえば、絢爛豪華な形にしていきたいですね。僕の中では、日本画はミクストメディアであり、工芸性のある絵画だとも思っています。コンセプトだけでなく、工芸的にもきれいだと思われるようなクオリティを目指していきたいです。自分の表したい「流れ」と、絵として、作品として「きれいであること」が両立できるように、描いていきたいなと思います。

それから、トルコやイスラム圏で展示ができるようになりたいです。トルコは親日国としても有名な国ですが、トルコ人に日本文化が間違って伝わっているのを留学中何度も目にしました。そして日本の美術的な価値観がこんなにも伝わっていないのがもったいないなと感じました。自分の絵を気に入ってもらえたらそれはもちろん嬉しいですが、それだけでなく日本的な時間の概念とか日本的な考え方も含め、僕の作品を通して、現地の人とコミュニケーションをとりながら交流できたらと思っています。

僕が留学していたトルコの美術大学では、和紙を知ってる人は多くいました。でも「ハンドクラフトの紙」程度の知識なんです。和紙の特性はただ手漉きであるってことではなくて、その漉き方や繊維の長さによって得られる強靭さや光沢の美しさもあります。日本の和紙でしかできない技法は沢山あります。それを知ってもらった上で、彼らが何か新しい表現に挑戦したいと思ったときに、選択肢の1つとして和紙を思い浮かべてもらえるようになったら良いなと思っています。僕の作品を通して、和紙に限らず日本の伝統的な素材などに興味を持って日本から取り寄せてくれる人がいたら嬉しいですし、それは社会的に意味のあることなのかなと思います。

 

 終始笑顔で、楽しそうに話してくれた伊藤さん。修了制作と同時に修士論文も書いて大変だったけれど、いろいろなところに取材に行けたことが、とてもよかったと語ってくれました。修了制作の作品は、伊藤さんが在学期間を通して得られた、たくさんの出会いと気づきが感じられる作品になっているような気がしました。制作は現在、7合目とのこと。完成した作品を見させていただくのが今から楽しみです。

 


 


エブルで染めた和紙が重なっていく、深くてそして流れのある表現に魅了されました。
伊藤さんは今でも野球少年のマインドを持ったままの爽やかな人で、気持ちよくお話を伺うことができました。修了展に作品を見にいくことが楽しみです。(山﨑万里子)

 


伊藤さんの一つひとつの出会いを大切にそこから作品を紡いでいくあり方と取手の時が幾層にも積み重なったような作品に魅了されました。完成した作品を見るのを心待ちにしてます!(井戸敦子)

 

 


トルコ留学や修論の取材を通して考えたことを、作品に表現され、それを生き生きと語る姿が素敵でした。貴重なインタビューの機会をいただけて、幸せな時間でした。(設楽ゆき奈)          

 

                       


お話を聞いた2時間弱で、とても率直で誤魔化しのない人だなと感じました。真っすぐな伊藤さんだからこそ、出会った人たちに誠実に向き合い、得たものを素直に吸収できたんだろうと思います。とても気持ちのいい時間でした。(平林壮太)

「おじいちゃんの日記とおばあちゃんのボタンで紡ぐ“家族の記憶”」藝大生インタビュー2023 | GAP専攻 修士2年・高晗さん

2024.01.23

 秋の余韻を残したさわやかな風が吹き抜ける12月17日。取手駅から15分ほどバスに乗って行くと、広大な敷地に木々に囲まれるようにしてキャンパスが立っていました。

大学と地域の人々で飼育しているという2匹のヤギに出迎えられ、取手キャンパスのグローバルアートプラクティス(以下、GAP)スタジオに向かいました。

高晗(ハン・ガオ)さん

 

「こんにちは!ハンちゃんって呼んでください」と笑顔で手を振る藝大生が、今回の主人公です。

 

――これまでの経歴について教えてください。

藝大に入る前は、アメリカの美術大学で2つの専攻で卒業しました。1年生の時はイラストレーションを学んでいました。2年生の時にジュエリーデザインに出会い、金属の柔らかさや可鍛性※に魅力を感じて、ジュエリーデザインも専攻することにしました。私は、おばあちゃんの影響で元々手仕事が好きでした。おばあちゃんの家には織り機があって、服やソファーカバーを作ってくれていました。

※可鍛性(かたんせい)……壊さずに細工したり、槌で打って形づくったりすることのできる物の特性

 

――アメリカの美術大学を卒業後、なぜGAPを選ばれたのでしょう?

それまで中国とアメリカに住んでいたので、それらと違う文化や言語に触れてみたくて日本の大学を調べました。調べていく中で、鋳金専攻を修了されている藤原信幸先生を見つけ、藝大に興味を持ちました。中でもGAPは英語で授業が受けられますし、オンラインで面接ができたので受けてみようと思いました。

 

――実際に入ってみていかがですか?

GAPは “藝大のアイランド(孤島)” ですね。一般的な藝大生は、授業も会話も日本語ですし、藝祭やイベントに向けて活動をしていて、いわゆる“藝大生”という感じがします。

一方GAPは、専門も言語もバックグラウンドもばらばら。グラフィックデザインが専門の人もいれば、パフォーマンスアートが専門の人もいる。言語も、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語……と本当にいろんな人がいます。

 

――GAPの仲間同士でコミュニケーションをとることはありますか?

 初めて会った時から距離が近く、コミュニケーションも活発で、冗談を言い合えるくらい仲良しです。それぞれ専門が違うので、互いに学ぶことも多くあります。

例えば、誰かの作品で金属が必要であれば私からアドバイスすることもできますし、逆に、私がグラフィックデザインや3Dモデリングについて知りたいと思えばみんなからもアドバイスがもらえます。先生以外からも学ぶことが多いところがいいですね。

私はGAPに入るまで、現代美術もインスタレーションも全くやったことがありませんでした。現代美術は強くて怖いイメージがあったのですが、先生や学生たちのアドバイスやコメントを聞いているうちに、どんどん慣れていきました。様々な分野との出会いがあったので、私もこれまでと異なる分野に挑戦したいと思いました。

GAP の学生が利用するスタジオでお話を聞かせていただきました。

 

――修了制作のテーマは何ですか?

 作品のテーマは「私とおじいちゃんとおばあちゃんの記憶」です。これまでジュエリーを作り続けるなかで「ジュエリーとは何だろう?私にとって大切なジュエリーは何だろう?」と考えていました。問い続けた先に、26年間の人生で一番大切なジュエリーは「私とおじいちゃんとおばあちゃんの記憶だ」という答えに行きつきました。

 

 この作品は、工芸でも、インスタレーションでもなければ、アートプロジェクトでもありません。どのカテゴリーにも属さない「記憶の相手と対話する」作品です。例えば、おじいちゃんの日記を見ながら「どんな気持ちで書いていたんだろう」と考えて自分なりにまとめたり、おじいちゃんとおばあちゃんの写真を見ながら「二人はどんな会話をしていたんだろう」と想像を巡らせてみたり。「記憶の具体的な相手」と対話できる作品を作りたくて制作しました。

 

――おじいちゃんとおばあちゃんとの記憶や思い出について教えてください。

 私は、“隔世教育” 、つまり両親に育ててもらったわけでなく、おじいちゃんおばあちゃんに育ててもらいました。多くの時間をともにしてきたおじいちゃんが、ある時アルツハイマー型認知症を患い、日を追うごとに家族との記憶を忘れていきました。 家族の名前だけでなく、妻(ハンさんのおばあちゃん)のことさえ誰だかわからなくなり、一人で恐怖や不安を抱えていたのだと思います。おじいちゃんは家族のことを忘れまいと自分だけの「秘密の日記」を書いていました。日記の内容は、妻の名前や仕事のこと、孫の誕生日や学校のことなど。ひとつひとつ書き記していました。おじいちゃんは社交的な人ではなかったので、私たちのことを日記に書いているなんて思いもよりませんでした。日記に綴られた内容はとても基本的な情報ですが、これを読んで「おじいちゃんはたくさんの愛情を注いでくれていたのだ」と胸がいっぱいになりました。

 大きな布(下の写真)に書かれている文字は、おじいちゃんの「秘密の日記」です。

  

――よく見ると、ところどころ文字の上が白く刺繍されていますね。

 おじいちゃんが忘れてしまったことや名前に白い刺繍を施し、文字を消しています。私の名前も忘れてしまったので、おじいちゃんの書いた「高晗(ハン・ガオ)」の筆跡をなぞるように、一画一画刺繍で消していきました。

 消された私の名前とつながっているたくさんのボタン(下の写真)は、おばあちゃんが長年持っていたものです。

――これはおばあちゃんのボタンだったのですね。ボタンにはどんな意味が込められているのでしょうか。

 私のお父さんは、1966年文化大革命※が起こった年に生まれました。食べ物も日用品も手に入らず、非常に厳しい時代でした。
そうした中でおばあちゃんは家族の服からボタンをとって集め、新たな服に作り変えてくれました。(お父さんの)弟のボタンを妹の服に付けたり、私が幼い頃にはお父さんのボタンを私の服に付けてくれました。

 だからボタンは「家族をつなぐジュエリー」なんです。おじいちゃんは、白い刺繍で消された言葉をすべて忘れてしまいましたが、おばあちゃんが家族みんなをボタンでつなげてくれています。

※文化大革命……1966〜1969年に中華人民共和国で、大衆を動員して行われた政治闘争。


――おじいちゃんの日記。おばあちゃんのボタン。そして近くには趣のある机がありますね。机の上にあるのは家族写真ですか?

  家族写真と言っても、これは「おじいちゃんの家族写真」です。中国にいる家族や親戚に電話をして集めました。

おじいちゃんとおばあちゃんの若い頃の写真や、おじいちゃんの兄弟の写真、おじいちゃんのお父さんの写真……。写真の中には私が一度も会ったことのない人もいますが、「おじいちゃんの目に映る家族はこんな感じ」というのを表現しています。私にとっての家族のイメージと、おじいちゃんにとっての家族のイメージが大きく違うことを感じます。

 実際の展示では、この机の前に椅子を置いて観客に座ってもらい、机の上の家族写真や引き出しの中を自由に見てもらいます。

 

おじいちゃんの家族写真

おじいちゃんおばあちゃんの結婚証明書    

引き出しの中には昔の漫画や配給切符も

 

――「記憶」を大事なテーマとしているのですね。そこには何か背景があるのでしょうか?

 私とおじいちゃんの間には、二人で共有していた記憶がたくさんありました。でも、アルツハイマーを患ったおじいちゃんはそのほとんどを忘れ、さらにその後、私が学部を卒業した日に亡くなりました。かつて、二人で共有していた記憶は、私だけのものになり「この記憶は確かなものなのだろうか」と疑問を抱きました。こうした経験から、「記憶」を大事なテーマとして、作品にすることにしました。

 アルツハイマーでなくても、人は歳をとればだんだん忘れてしまいます。今回作品で使った古い写真なども、私が作品を作らなければ、捨てられて忘れ去られていたかもしれません。

 

――卒業後はどのような活動をしていく予定ですか?

 日本で働きたいです。芸術家としてすぐに仕事をするのは難しいので、まずは日本で美術関係の仕事に就いてビザを取得して、その後は自分の作品を作っていきたいです。 

 

――最後に、この作品を観にきた方へどんなことを伝えたいですか?

 展示場所は上野キャンパスの図書館内にあるラーニングコモンズです。図書館は客観的な資料が収蔵されていますが、私の作品はとても個人的な資料です。そんなパブリックな図書館の真ん中に座って、個人の秘密や経験のアーカイブと向き合ってもらいます。

 制作過程では、私と作品との間に、「おじいちゃんおばあちゃんの記憶とのコミュニケーション」がありましたが、実際の展示では、そこへ観客が入ります。

 家族の記憶が並ぶ風景は、皆さんのものではないかもしれませんが、自分のおじいちゃんやおばあちゃん、自分の幼少期を思い起こしてもらえたらと思います。自分の家族でなくても、「こんな人もいるかも」とか「同じような風景があったな」とか、この作品が誰かの「記憶の”鍵”」になれば幸いです。

 

ハンさんのお話を伺い、写真や作品を見せていただいて、自分の家族や故郷のことを思い出しました。まさしくハンちゃんのいう「記憶の”鍵”」が開けられたような感じがします。ぜひ皆さんにも実際の展示をご覧いただきたいですね。

お話を聞かせていただきありがとうございました。

          

取材:小木曽陽子、林由美、荒井由理

執筆協力:林由美、荒井由理

執筆:小木曽陽子

撮影:平野みなの(とびらプロジェクト アシスタント)



小木曽陽子
気さくで親しみやすく、一見穏やかそうに見えるハンさん。しかし「家族の記憶」と真剣に向き合う姿からは、おじいちゃんおばあちゃんへの真っ直ぐな思いや芯の強さが伝わってきました。ハンさんの創り出す世界をぜひご堪能ください。

 


林由美
作品を見せていただきながらファミリーヒストリーを聞き、ハンさんとご家族の絆を強く感じました。ぜひラーニングコモンズで自分の記憶とじっくりと対峙するような体験をしてみたいです。

 


荒井由理
インタビューを通じ、作品はもちろん、ハンちゃんの人柄に魅了され、あっという間にファンになりました。まさに”知る”は、”好き”になる始めの一歩。このインタビューを読んだ方が一人でも多く、ラーニングコモンズに足を運んでくださったら嬉しいです。

 

「身につける人の”内側”と結びついた装身具を作りたい」藝大生インタビュー2023 | 工芸科彫金専攻 学部4年・髙橋星さん

2024.01.22

2023年12月のよく晴れた午後、緑豊かな上野キャンパスを訪れた。

正門をくぐり野鳥のさえずりが聞こえる雑木林を抜け、敷地の一番奥まで進むと、上野動物園に隣接した金工棟がある。中に入るとどこからともなくトントンとものづくりの音が響いていた。エプロンをした学生とすれ違いながら2階に上がると、凛とした雰囲気の髙橋さんがにこやかに迎えてくれた。

 

 

彫金オープンアトリエは、白い壁に大きな窓から陽射しが降り注ぐ明るい広々とした空間で、数人の学生が黙々と制作に励んでいる。入り口のホワイトボードには「卒制終了まであと15日!」というイラスト。卒展に向けたラストスパートの気迫がひしひしと伝わる。

 

 

  1. 卒業制作のこと

 

―卒業制作について教えてください。

 

私は伝統的な装身具が好きで、装身具の作品を作っています。

 

現代のジュエリーは着飾ることが主な目的ですが、伝統的な装身具は、身を守るもの、民族のアイデンティティを示すものであり、身につける人にとって生きるためになくてはならない親密な存在でした。例えば、古代アジアの装身具には、護符(コーランや仏典の一節)を入れてお守りのように持ち歩くアミュレットケース(護符入れ)という箱型のものがあります。また中国の少数民族ミャオ族などは、婚礼の際に銀の装身具で身を飾りますが、これは魔除けの意味があります。

 

私は、ただ綺麗なジュエリーよりも、そういった身を守る意味がある伝統的な装身具、自分のアイデンティティを示す民族衣装、そして人の想いや歴史とともに大切に受け継がれてきたアンティークジュエリーなどに心惹かれます。

 

卒業制作では、人体の内側にある血管や骨などをモチーフとして、内側にあるものを体の外側に纏う装身具を作っています。これまでは実際に身に着ける作品を作ってきましたが、今回の作品はそうではなくオブジェです。

 

卒業制作の作品をじっくりみるとびラーたち

 

本来は装身具の内側にある人体を外側に露わす作品には、「装身具にはかつて心身を守る意味があったが、現代ではそれが忘れられている」という皮肉を込めました。血管という見えないものが見えているグロテスクさや、内側と外側をひっくり返すことによって、現代の装身具のあり方を問い直しています。

 

また体の内側にあって見えないけれど、生きるためになくてはならない血管を露わにすることで、装身具は自分のアイデンティティであることを表現しています。

 

大きさは、私の身長165cmくらいの人間が全身に纏うイメージで作っています。卒展では、棺桶をイメージした展示台に標本のように載せて展示します。白い長方形の展示台の上面にアクリル板が貼ってあり、作品を置くと白い展示台に陰影が映る仕掛けになっています。

 

精緻な文様がつくる美しい陰影

 

―これまでも人体をモチーフに作品を制作されていますが、なぜ人体なのですか。

 

人体の「かたち」が好きだからです。美しいと思うし、生命の源であることに強く惹かれます。この作品では、心臓から全身に張り巡らされる毛細血管をイメージしています。

 

毛細血管のイメージがリアルに伝わる作品

 

 

―ところどころ文字も刻まれていますね。

 

心臓の周りに、記憶、心、自分自身を一緒に閉じ込める意図で、言葉を散りばめました。見る人によって受け取るメッセージが異なると思うので、何を感じるのかな?と興味があります。

 

作品に散りばめられた言葉

 

 

―どんな素材や手法でできているのですか。

 

中心の透明なハート型の心臓はガラス製で、全身を覆う血管は金属製で、シルバー925*を使用しています。銀は古代より月の光を意味し神聖な輝きを持つものと考えられ、強い反射で邪悪なものをはね返す力がある金属として尊ばれています。私が好きなアジアの装身具も銀で作られてきた歴史があるので、銀を選びました。

* 銀の含有率が92.5%の合金。

素材や手法を丁寧に説明してくれる髙橋さん

 

銀の細工は、まず下絵を描いて、それをスプレーのりで0.7〜0.8ミリの薄い銀板に貼り付けて、糸鋸を使って一つ一つ透かし技法*で切り抜いています。立体にするところは手で曲げて作ります。

*金属の一部を切り落とし、残った部分で模様を作る技法。

 

 

精密な下絵

 

一つ一つ手作業で切り抜かれた真鍮板

 

 

黒い部分は、銀の腐食が難しいので真鍮板を腐食させ、模様を出した後に黒色の耐火スプレーで塗装しています。それ以外は全て銀です。また血のような赤色の部分は、日本画の岩絵具を電着塗装しています。色をつける部分を電着塗装用の液体に浸け、岩絵具の粉を振りかけて接着させ、200℃くらいの乾燥炉で乾燥させて色を定着させます。

 

鮮やかな岩絵具の粉

 

−全て手で切り抜いている!(一同びっくり)この作品はどれくらい時間がかかっているのですか。

 

学部2年の頃から構想はずっと温めていて、さまざまな装身具の資料を調べたりして具体的にどんな作品にするか決めるのに1年ほどかかっています。「こういうものを作りたい」というイメージを作ることが自分にとって一番重要なので、考える時間が長かったです。実際に作り始めたのは今年の8月頃で、半年近く金属板を切り抜く作業を続けています。

 

―制作プロセスは、構想を固めたら一直線ですか。

 

私は下絵を全部きっちり描いて作り始めるので、基本は下絵通りに作りますが、完成形には余白を残しておきます。最初から全部イメージできると途中でつまらなくなってくるので、色や重なり合いは途中で変更したりします。でも大体は最初のイメージ通りです。

 

―一番苦労したところは。

 

作品のイメージを固めるまでが、一番時間がかかって苦しかったです。装身具で人体を使った表現をしたいという想いは入学当初からあって、本を読んでリサーチしたり、精密なスケッチを描いたりして、時間をかけて考えていきました。精密なスケッチを描いても平面だと立体になったときのイメージができず、テストピースを作ってみて「こんな感じになるのか」とようやくイメージを掴めました。手を動かして試しに作っている時に、「これかもしれない!」と分かってくるところがあります。

 

―作品のインスピレーションは、どこから得ているのですか。

 

日常で美しいと感じるものや写真、ハイファッションのSNS、装身具に関する本を読むこと、アジアの伝統的な装身具や西欧のアンティークジュエリー、そして自分が大切にしたい装身具の持つ意味などから、作品のインスピレーションを得ています。

 

―髙橋さんは作り手として、作品の意図を強く伝えたい、または、作品の解釈は鑑賞者に委ねる、どちらですか。

 

作品の題名などで作者としての意図は伝えますが、同じ言葉でも伝わる意味合いは人によってそれぞれ異なるので、私は作品の解釈はその人に委ねるという感じですね。今回の作品に散りばめた言葉も、鑑賞者によって解釈が異なると思うので、その人が見てどう感じるかは逆に聞きたいなと思います。

 

作品について語る髙橋さんは、穏やかな口調ながら真っ直ぐで強い目をしていて、装身具や制作への真摯な思いが、聞き手の私たちにストレートに伝わってきた。

 

 

  1. 藝大での学生生活

 

―どんな学生生活ですか。

 

新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化していた年(2020年)に入学したので、行動制限の影響で、大きな行事はほぼ潰れてしまいました。入学後1ヶ月くらいは休校でした。彫金は手を動かして技術習得することが必須なので、そのあとは通学を許可されて、人気のないキャンパスに通っていました。現在は、ひたすら制作の日々です。向こうの学生教室に自分の机があって、毎日そこで作業しています。行きますか?

 

毎日作品と向き合っている学生教室を、見せてもらう。

 

学生教室は、よく使い込まれて歴史を感じる木製の小ぶりな机が並ぶ部屋で、エプロン姿の学生たちが机に向かって作業している。レトロな石油ストーブが真ん中に置かれた温かな部屋にはコーヒーの香りが漂い、コンコンコンコンというリズミカルな打音が響いていた。

 

髙橋さんの机には糸鋸がセットされ、作業中の真鍮板が置かれている。

 

 

こうやって糸鋸で切り抜きます、と実際にやってみせてくれた。

 

 

―毎日、ここで何時間くらい制作するのですか。

 

毎日、朝10時〜11時に自分の机に来て、夜20時〜21時ごろまで制作しています。気分転換にキャンパス内の生協まで散歩をして甘いものを食べるくらいで、それ以外はずっと一日中、糸鋸で銀板を切り抜く作業をやっています。彫金は一人で作業することが多いので、黙々と制作して、時々おしゃべりする感じです。

 

学生教室の風景

 

 

  1. 子ども時代のこと

 

―どんな子ども時代でしたか。

 

群馬県の、星がよく見える自然豊かな田舎で育ちました。だから今でも自然や星が好きです。自分の名前が「星(あかり)」であることもあり、星には自分のルーツが詰まっているという特別な想いがあります。星をモチーフにした装身具を制作したこともあります。

 

それと、子どもの頃からファッションが好きでした。東京のようにファッションが身近な環境ではなかったので、モードの世界への憧れがありました。装身具や民族衣装が好きになったのは、もともとファッションが好きだったからです。

 

―アートが身近な環境で育ったのですか。

 

身近に美大出身者などがいたわけではないけれど、子どもの頃から美術館にはよく連れて行ってもらいました。子どもの頃から絵を描くのが得意で、連絡帳にびっしり絵を描いたりしていました。絵を描くことも、モノを作ることもすごく好きでした。

 

―なぜ美術の道へ進んだのですか。

 

最初は好きなファッションの道に進もうかと考えましたが、ファッションは自分が作るイメージが湧かなかったので、得意な絵を活かそうと思い美大を目指しました。好きなことしかやりたくない性格ですし、親もやりたいと言ったことを自由にさせてくれる環境だったので、自分がやりたい道を選びました。

 

 

  1. 今後の展望

 

―卒業後の進路は。

 

学部を卒業したら大学院に進むつもりです。彫金は時間がかかる作業が多くて、2年生までは彫金の基礎技法を学び、3年生の半ばまでは与えられた課題をこなし、3年生の後半からやっと自分の作りたい作品を作る時間ができたという感じです。大学院へ進んで、これからは自分の作品を作っていきたいです。

 

―これからやりたいことを聞かせてください。

 

ジュエリー、美術、ファッションの3分野が重なり合う領域でやっていきたいです。例えば、アート寄りのジュエリーをもっと身近にすることや、舞台衣装のような自由なイメージの装身具を作ることに取り組みたいです。

 

これまで装身具を作ってきましたが、卒業制作では(実際には身につけない)オブジェとしての作品を作ることに挑戦しました。でも、これを作ってみて、やはり実際に身につける装身具を作っていきたいという気持ちが明確になりました。

 

―卒業制作の次に作りたいものは何ですか。

 

今面白く感じていて、次に作りたいと思っているのは、モーニングジュエリー(mourning jewelry)です。もともとヨーロッパで喪に服す意味で身につけられた装身具で、黒い宝石のジュエリーや、遺髪などを入れて死者を身につけておくものです。

 

 

  1. インタビューを終えて

 

凛とした佇まいで、一つ一つ真っ直ぐな言葉で語ってくれた髙橋さん。心身を守るという装身具本来の意味を表現する髙橋さんの作品は、身につける人の”内側”と結びついた装身具なのだと感じた。インタビューを終える頃には、髙橋さんの装身具への強い思いと作品を生み出すパワーに魅了されていた。卒展で完成した作品と出会うのがとても楽しみだ。

 

 

取材:田尻真也子、矢吹美樹、木原裕子(アートコミュニケータ「とびラー」)

執筆:木原裕子

執筆協力:田尻真也子、矢吹美樹、染谷都


 作家の髙橋さんから製作過程をお聞きし、作品が生み出される思考を垣間見ることができました。アクセサリーでもジュエリーでもなく、『装身具』とこだわって語る言葉一つにも強い想いが伝わってきます。今後のご活躍を楽しみにしています。(田尻真也子)

 

過去の人々の「思い」を感じとり、作品が生み出されていたのが印象的でした。髙橋さんの「思い」が込められた作品によって、次は過去と未来をつないでいく。インタビューを通して、そんな時空を感じることができました。(矢吹美樹)

 


 

初めてのアトリエ訪問。髙橋さんの、心やからだと結びついた装身具への深い考察、そして作品を生み出す情熱に心打たれました。大きな窓から光が降り注ぐアトリエは心地よい空間で、作品が生まれる場のエネルギーを感じました。(木原裕子)

「作品の表と裏――観る人への想い」藝大生インタビュー2023 | 絵画科日本画専攻 修士2年・藤野七帆さん

2024.01.21

ちょうど東京でイチョウの落葉が発表され、雨上がりの上野公園に黄色い絨毯が敷かれた12月12日の午後。その穏やかな陽気のように温かく優しい人柄の藤野七帆さんが、卒業・修了展に向けてお忙しい中、目下制作中の作品と一緒に、われわれとびラー3名をアトリエで快く迎えてくれました。

 

―修了制作ではすごく大きなサイズの作品を描かれているのですね。

 

そうですね、これは150号といって、長辺が220センチぐらい、短辺が180センチ超えるくらいです。学部4年生の時に初めてこのサイズで描いたときは大きくて戸惑いましたね。今ではもう見慣れてきましたが。

 

―下図もしっかりと描かれていますが、皆さんこれくらい丁寧に描かれるのですか?

 

私は結構慎重なので、細かいサイズのものなどいろいろな下図を描いていますが、人によっては実寸大で制作する大下図なしにぶっつけ本番で描いてしまうすごく器用な方もいますね。

 

修了制作の下図など。制作の精緻さが窺えます。

 

藤野さんの他の作品や修了制作の作品を見たところ、建物を描くことがお好きなんですか?

 

日本画と聞くとモチーフに植物や人間をイメージする方が結構多いのかなと思いますが、私はそういった有機物の質感を描くのがあまり得意ではなくて、きちっとした直線形を書く方が好きなので、建物をよく描いています。特にヨーロッパの景色が好きで、建物のデザインも日本より緻密だったりして、それが整然と並んでいる姿がすごく好きです。なので、実際に家族と海外旅行に行った際にはよくスケッチをしています。家族が観光に出かけている間も、私はずっと街に留まってスケッチしていて、「退屈にならないの?」とか言われますが、私はスケッチしている方が楽しいです。

そうすると、この修了制作の作品も外国の風景をモチーフにされているのですか?

 

これはすごく高い塔から見下ろしたフランスの街並みをメインにしていますが、今まで見たいろんな景色を組み合わせてオリジナルのものを描いています。一つひとつ異なる家が集まって大きな街を形作る、そんな「個々と集合」の繋がりに興味があり、この修了制作のメテーマにしました。

今まで見てきた風景で1番印象的だった風景はどこですか?

 

1番印象的だったのはスペインの風景ですね。直線できっちりした感じの暖色系の建物が並んでいて、温かみがありながら整然としている感じが自分にとって心地良かったです。あと、サクラダファミリアを訪れた時は、人の手によって作られた人工物のはずなのに自然の力みたいなものもすごく感じて感情が高まり、創作意欲もすごく湧いて、帰国してからたくさん絵を描きましたね。

 

実物のエネルギーが凄かったのですね…!

 

そうなんです。来年イタリアに行く予定があるので、またその時にもスケッチできたらなと楽しみにしています。もちろん日本も日本の良さがありますし、国によって雰囲気が違うので、そういった違いを自分の中で消化して、絵にできたらなと思っています。

 

人物を描く時と街並みや建物を描くときは、何か心持ちとかに違いはありますか?

 

結構違いますね。私は建築物はあまり悩まなくても描いていけるのですが、たとえば友人を描くとすると、「この子とはこういう思い出があるなぁ」、「いま何か悩んでいるんだろうか」、「この子を表現するにはどういう色を使ったらいいんだろう」とか、考えることが増えてしまいますね。でも、そこがまた自分が狙っていないような作品になったりして面白いので、今後も描いていけたらいいなと思います。

 

絵を描くこと自体は、小さな頃からお好きだったのですか?藝大を目指そうと思ったきっかけもぜひ教えてください。

 

小さい頃からお絵描き教室に通ったりして、何かを観察してリアルに描くことが大好きでした。絵を描いている時間がすごく心地良くて、学校でも「七帆ちゃんは絵が上手だね」と言っていただけることが多くて、それもすごく嬉しかったです。

そんな中、年齢が上がって、私の絵が同い年の子たちが描く可愛い絵や綺麗な絵と少し離れてきて、ギャップも感じ始めていたときに、美術に精通している人たちの中で私はどういう風に評価されるのだろうって思い始めたのが藝大を目指すきっかけでした。自分の1番好きなことを、他をそぎ落として突き詰めていったらここに辿り着いた感じです。

 

お話から藤野さんの絵に対する思いがとてもよく伝わってきました。逆に、「いまは絵を描く気分じゃないな」とか「スランプだな」とか思うことはありますか?

 

めちゃくちゃあります!

 

こんなに絵がお好きでも、そう思うこともあるんですね!

 

私はあまり自信があるタイプの人間ではないので、「こんないまいちな絵を描いちゃって明日からどうしよう…」とか思ったりもしてしまいます。でもやっぱり展覧会とかに絵を出品した時にたくさんの方に観ていただき、感想をいただけた時がすごく嬉しくて。それを思うと、「また絵を描いて、人の目に触れられるようになりたいな」と思って、その気持ちを原動力にして描いていますね。嫌なことばかりではもちろんないですけど、たとえ苦しいことがあっても、それを耐えるだけの得るものがあるなって思います。

 

外国がお好きということでしたが、なぜ西洋画ではなく日本画を選ばれたのですか?

 

そもそも日本画という存在を中学生ぐらいまで知らなくて。当時学校で頼まれて描いた挿絵、例えば彩度が低めな自然の風景とか、雰囲気もちょっと大人っぽいものを描いていたのですが、そんな時に母と藝祭に来て、最後に日本画の展示室に何気なく入って作品を観たとき、色とかモチーフとか、「あ、私の描いてる挿絵にそっくり!こんなジャンルがある!」と感動して、それで日本画を専攻したいと思いました。

 

藝祭が日本画との運命的な出会いの場だったんですね。日本画のどんなところがお好きですか?

 

私は小さい頃から1個始めるとそれがクリアできるまでしつこく努力しちゃうところがあって。日本画のそうやって細かく追求していって出来上がったような、緻密なところがすごく好きですね。心が惹かれます。

ただ、私は元々宗教美術が好きだったり、ヨーロッパの景色に憧れていたり、西洋の画家の方が好きだったりもするので、それをうまく日本画として、私の見てきたものを落とし込めないかなと考えています。

 

抽象的な質問ですが、「絵を描く」ことと「表現する」ことはどちらの方が好きですか?

 

今は技術的にもまだ乏しくて、「絵を描く」という1つの行為を完成させることでいっぱいいっぱいですけど、ゆくゆくは、もっと自分の世界観をクリアにして、「表現する」ことも重視していけたらと思っています。同級生はみんなすごく上手で、一人ひとり自分の描き方を追究していて、その姿を見るといつも刺激を受けますし、尊敬しています。本当に良い同級生に恵まれています。

 

作品制作時に1番大切にしていることは何でしょう?

 

最終的に、私の描いたものが、観てくださった人にどう伝わるかということをすごく大切にしています。先ほどの「表現する」ということに通じるかもしれませんが、この絵で私が何を伝えたいのかというところがその原点になっていますね。私の絵を観て嫌な気持ちになってほしくないので、ノイズになるものがないかどうかとかも考えながら、絵を観てくれた方に、少しでも豊かな時間を過ごしていただけたらいいなと思って描いています。

 

われわれ観る側にとって、すごく素敵なお話です。自分の表現したいことを考えているのと同時に、作品を観てくださる方のことを思いながら描かれているのですね。

 

そうですね。学部生の時、私の地元の最寄り駅を描いた作品を展覧会に出展したのですが、その絵を観た方が、「なんだか懐かしい感じがしてすごく良い」と言ってくださったことがありました。私がその絵に込めた地元に対する想いを絵を通じて近い気持ちで観てくださったのかなって思った時に、観てくれた方にどういう感情をもたらしたいかということを深く考えるようになりました。

それが自分の中ですごく大きな出来事で、今も絵を続けられる原動力になっています。絵を通して、私の心情を伝えてさらに何かしら共感してもらえるということが、私にとって絵を描く醍醐味だと思っています。

 

こちらに絵具がたくさんありますが、画材の使い方は入学してから学んだのですか?

 

使い方は入学してから学び始めました。今は大きいサイズを描いているので絵具があっという間になくなっちゃって、週に5~6回は画材屋さんに買いに行っています。

同じ色の種類でも粗さによって塗った時の表情や色具合とかも変わってくるので、いろいろ組み合わせながらその場その場で判断してやっています。乾くと色が変わることもあるので、そこがまた難しいです。未だに苦戦しています。

作品の中では実際の風景の色とはかなり変えたりもします。色だけでなく、形も結構変えたりしています。

 

 

(修了制作の作品を観ながら)この道の削っているような部分がすごく味があって良いですね。

 

ありがとうございます。ここは竹の櫛で削っているのですが、焦げ茶を塗った後に削って、先に塗った下の赤地を出しています。他には箔を貼っている部分もありますね。絵具を厚めに塗ってでこぼこさせた上に箔を貼ると、岩絵具の質感とは異なるものが表現できます。

日本画って写真で見ると質感の細かい表現が潰れてしまったりしてわかりづらいかもしれないですが、実物を触ってみるとちょっとザラザラしていたり、質感に差があることがわかったりもします。ぜひ触ってみてください。

 

※今回は藤野さんのご厚意により、特別に触らせていただきました。卒業・修了展では実際に作品に触ることはできませんので、ご注意ください。

 

こうやって作品に触らせてもらえると、観る以外の楽しみ方ができたり、新たな発見もあって良いですね。

 

そうなんです。写真だとこの質感の差が潰れちゃうので、私は可能なら実際に作品に触って体感してほしいと思っています。「ここの部分触ってほしいな」とか「近くに寄って上の方も見てほしいな」とか考えています。

私は壁の質感がすごく好きで、外国で見つけた壁の質感を岩絵具を使ってメモ書きみたいにこうやって残しています。これもぜひ触ってみてください。

 

―パターンがたくさんありますね…!これは外国に行ったときに現地で作るのですか?

 

これは帰国してから、良いと思ったものを写真で見たり、これまでに自分で見た光景を思い浮かべながら作っています。大学院に入ってから作り始めて40~50種類くらいありますが、今メモしているものをゆくゆくは絵に活かしていけたらいいなって思っています。

 

 

この作品で、1番こだわっている点や見てほしい点などはどこでしょうか?

 

このメインにしている塔の壁の質感みたいなものが、現地で見た壁の劣化も思い浮かべながら描いているので、そこの部分ですね。作品の完成度はまだ5~6割くらいなので、これから描き詰めていきたいと思います。

 

藤野さんこだわりの塔。ぜひ皆さんも展示会場でじっくりご覧ください。

 

最後に、卒業・修了展後の活動など今後の予定や展望を教えてください。

 

来年の春に藝大のすぐ近くのギャラリーでのグループ展示に参加する予定です。せっかくここまで絵を続けてきたので、できればこれからも絵を描いていけたらいいなと思っています。制作場所や資金などの悩みはありますが、やっぱり作品が人の目に触れられるっていうことがすごく嬉しいので、その機会は持ち続けられたらいいなと思っています。

 


  • インタビューを終えて

藤野さんの優しいお人柄と絵を愛する真摯な気持ちに触れられ、インタビューというよりも作品を介して気楽におしゃべりするような場となり、約1時間半という取材時間があっという間に感じるほど、とても楽しいひと時でした。(ご家族のこと、好きな色のこと、作品のポートフォリオのこと、画材屋さんのことなど、記事にまとめきれなかったお話もたくさんあります。)

皆様も完成した作品を卒業・修了展でご覧いただき、こだわりの質感や色使いなど作品の表側はもちろん、裏側にある藤野さんの想いにもぜひ触れてみてください。

藤野さん、お忙しいところ快く取材に応じてくださり、ありがとうございました。

 

取材:廣澤星花、森淳一、植木雅之(アートコミュニケータ「とびラー」)

執筆:植木雅之

「成長する立体モザイク彫刻~勝手に成長してくれてありがとう~」藝大生インタビュー2023 | 彫刻科 学部4年・中垣百恵さん

2024.01.20

2023年12月4日、雲一つない快晴の東京藝術大学取手キャンパス。私達は緊張を和らげるため、ヤギを探し、菜園もある藝大食堂でランチを食した後、待ちに待った卒業制作インタビューに期待で胸を躍らせて、取手204アトリエを訪ねました。アトリエのドアを開けると、ちょっと緊張しながらも温かく包み込むような雰囲気の中垣百恵さんと卒業制作中の作品が。私達は一瞬で心を奪われ、いよいよインタビュー開始です。

 

 

ー まず初めに、中垣さんの作品はどのようなものか教えていただけますか?

 

この作品は、立体モザイクという技法で制作しています。家などに使う断熱材で形を作って、その上にモルタルに浸した布を付着させていき、上から石をモルタルで付けています。
立体モザイクは、大学3年生の時からやっていて、素材を色々使えるのが面白いです。元々の内側の形態からすると、外側だけをとりつくろっている感じが面白く、色々な素材を表層に貼り付けて一つの作品として成り立たせているところに魅力を感じています。

 

ー この作品は、いつ頃から作り始めたのですか?

 

今年の4月頃から作り始めました。当時「フィッシュマンズ」というバンドにハマっていて、バンド名から作品をイメージして、「フィッシュ」、つまり魚にしました。裸婦像が好きだったので、「マン」を女の人にして、本当に作りたいものを作っちゃった感じですね。「フィッシュマンズ」というバンドには、ちょっと不気味だなという印象を抱いていたので、最初はすごく怖い感じで作り始めました。その後、パニック映画『アナコンダ』の一場面で、ジャングルで巨大蛇に人が喰われるシーンを観て、人を喰う蛇を作りたいなと思ったんです。滅茶苦茶気持ち悪い蛇にしようと思って作り始めたけど、全然怖くならなくて。泥っぽい感じにしようと思っていたけど、今は全然違う感じの立体モザイクになっています。

作っていく過程で自分の心境がすごく明るい方向に変化して、作品も自然と明るくなっていきました。もう少し綺麗に石が納まっていくことを考えていたのですが、石の凹凸があって、まとまらない方が面白いなと作っている過程で思えてきました。

 

ー 作品を見ていて、これ(本体から離れたところにあるかたまり)が気になったのですが、頭か何かですか?

 

そうです、頭です。分かってくれて嬉しいです。パーツを一旦全部くっつけますね。
一人じゃ可哀想そうだったから、ちょっと水から出てきてくれる人がいたらいいかなって、もう一人作ったんです。

 

 

作品に触って凸凹感を感じさせてもらってもいいですか?

 

どうぞ触ってみてください。

石の種類は20種類くらいあります。先輩からもらった石、落ちていた石や、実家の方で拾った石なども使っています。素材として用意している石の中には、実家の母が卒業制作に使うように持たせてくれた紫アメジスト等も含まれています。

 

 

同じ素材の石の大きさは、どのように扱っているのですか?

 

石を使いやすい大きさに割って作っています。みなさん、石を割ってみましょうか。

 

―中垣さんが割台の上に石をのせ、金槌で叩くと「キン、キン」と小気味のいい金属音が響いて、ポロっと石が二つに割れた。次に私たちがチャレンジするも、力加減などコツがつかめず、なかなかうまく石を割ることができなかった―

 

 

今度は、石を貼ってみませんか?皆さんにも石を入れてもらえたら嬉しいです。

こんな感じで石をのせていってください。作品の背面は、石を選びながら、どうなるか実験している最中の部分なので、目印のところに合いそうな石を選んでのせていってください。

 

作品の一部に手を加えると思うと緊張しつつもワクワクした気持ちになりますね。

 

貼った石は削れば取れますので、自分のノリで石をのせて大丈夫です。

この作品も、全部私のノリで作っています。その時の気分に合わせて作る方が自分には向いていますし、これいいなと思って作った方が、自分の気持ちが見ている人にも伝わって楽しいんです。また、作品が上手くできていると、自分も嬉しくなって、モチベーションが上がり、それがまた作品に反映され、相乗効果で良くなっていくことも感じています。

 

―目印の場所にそれぞれが選んだ石を連なるように付けていく。中垣さんの明るい包容力に助けられ、緊張が和らぎ、楽しく雑談しながら貼った―

 

ありがとうございます。このラインが皆さんで作ってくださったところです。
皆さんが付けた石のラインを、ぜひ卒業制作展でご覧ください。

 

 

 

創作に駆り立てるものは、何なのでしょうか?

 

立体モザイクの魅力は、物理的に小さな石という、ずっと昔から地球にある恒久素材が集積していって、一つの大きなものを形作っていくということと、行為的に色々な人からの強い気持ちがこもった材料を貰ったり、手助けを受けたりして作っていくということが、同じ感じに思えるところだと思っています。色んな要素が一つのものを作り上げていくというところが面白くて制作しています。彫刻は、アートの中でもガチっと存在感が激しいものだと思うのですが、フワッとしたイメージから行為を重ねていくと、自分の予測しなかった方向に作品がいって、作っているというよりは、作品に引っ張ってもらっている感じがします。作り終わったときに、こうなりたいというビジョンが無くて、どうなるのか作りながら、楽しいとか『ここいいなぁ』と乗ってくると勝手に作品も良くなってきて、自分以上のものに出会える。そういうのを求めてやっています。

 

普段好きでやっていることで制作につながるインプットしている事はありますか?

 

小説を読むことが好きです。ビジュアル的なことだと、もしかしたら彫刻より絵画を見ていることの方が多いかもしれないです。

 

絵画からは、どんな影響を受けていますか?

 

彫刻って重力にとらわれますよね。最初から彫刻を作ろうと思ってアウトプットするとすごく重力に縛られるけど、絵画や小説からインプットして彫刻制作にアウトプットすると重力にとらわれないんです。そこが面白いと思います。裸婦像が好きなので、普段から身体モチーフのドローイングをしています。SNSにアップしているドローイング作品は、コロナ禍の登校停止期間の悔しい気持ちを表しています。せっかく大学に入ったのに、部屋に一人で居るのがとても寂しくて悔しくて泣いている子、小さい頃に自分の部屋に色んな生き物が居る妄想をしていたことを具現化していました。

 

 

この作品の目や口は、これからですか?

 

そうです、これからです。作品は、顔で決まってしまうので、仮で作っていて、もう少し修正しようかなと思っています。最後の最後に、すごい不貞腐れているかもしれないです。やっぱり不気味にしたいとなるかもしれないし、わからないです。彫刻の素材が木や石だと、1回削ると戻せないので、私はそれが苦手です。それに対して立体モザイクは、取ったりつけたりする作業で深みが出てくるので、楽しくて好きです。

卒業制作が過ぎても、直そうと思えば直せるから、やり続けようと思えばもう一生もてあそび続けられる。それをずっと繰り返してもいいのかなと思っています。一生完成しなくて、全部途中経過の私を切り取って見せているだけなのかなと。自分が思っているよりも作品は自分を映してしまうので、作品を見せるのは正直恥ずかしいんですけど、認めていくしかないです。1年かけてやっていると、その時によって、考えや気持ちが変わってきます。これを作っているとき、何を考えていたんだろうと思うことがあります。何か月も前にやったところになると、もうどうやって作ったか忘れていて、自分が本当に作ったのかなって感覚になることがあります。また、当時はこんなこと考えていたなとか、過去の自分との関わりも生まれてくるのが面白いです。2年前の自分は、もう全然いまの自分じゃない。時間とか行為の蓄積によって、一つの作品として成り立っている、成り立たせていくっていうのが、ロマンチックでいいと思っています。長くやっていると、自分の作品が自分から離れて勝手に暴れて、意図しなかった方向に進んでいくんです。こういうイメージじゃなかったけど、何回もつけたり外したり、やり直していくうちに、思ってもないことがだんだん良くなってきてくれている。作り始めた最初の頃の1年前に決めていたのは、立体モザイクをやることと、人を作ることだけでした。どうやって表現していくかっていうのは全く決めてなくて、本当に計画性がないんです。仕上がりがとても格好良くなってきたので、勝手に成長してくれてありがとう、と言いたいです。

 

 

上手くいかなくて、壊したいと思うことはありますか?

 

よくあります。こんなの人の前に出したくないと思う日もあれば、皆に見て欲しい!と思う日もある。同じものを作っていても、その日によって違う。壊したいような恥ずかしい日でも、蓄積してきた自分の行為は壊すものではなく認めるべきものだと思います。作品を作り上げていくというよりは、作る過程で、色々な人と関わったり、教えてもらったりして、自分がもっと成長できる、相乗効果になればいいと思っています。

 

最後に、この卒業制作は自分にとってはどんな位置づけですか?

 

実習で習ったことや、3年生の時に研究したこと、4年生の1年間という時間、人との関わり・・・。4年間の全部が蓄積されているので、それにふさわしい卒業制作になっていて、まとめとしてすごく適切だと思います。

 

インタビューを終えて 

人と関わることが好きで、卒業制作を通して、新しく人と知り合えたり会話が生まれたりするのが良かったと、気さくに話してくれた中垣さん。明るく自己を乗り越えて、全てを受け入れる「心の強さ」は、彫刻と関わりあう中で、人としても柔らかく、そして強く成長されたのかなと思いました。大切な卒業制作に、私たちも関わらせていただき、作品に触れることができて、とても嬉しかったです。

 

 

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取材:村上剛英・串崎敦子・足立恵美子(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:串崎敦子

執筆協力:村上剛英・足立恵美子

 

今回のインタビューで、「立体モザイク」作品や作者の中垣さんと出会うことができてとてもハッピーでした。作品からは、何となく郷愁がそそられ、柔らかさや温もりが感じられました。それは、中垣さんの大らかかつ、強靱でしなやかなお人柄が反映され、そのとき時の思いの軌跡が集積されたものなのだと理解することができました。

(村上剛英)

 

 

中垣さんの、おおらかで自然体な姿にとても癒されました。また、そんな中垣さんの鏡のような作品と中垣さん自身が影響しあって進んでいく制作の様子は、とても興味深く、これから作品と中垣さんがどのような道をたどっていくのか楽しみで仕方ありません。(自分が貼った愛おしい石にも、卒展で会いに行きます!)

(足立恵美子)

 

 

中垣さんは、人のつながりをとても大切にしていて、作品にも心境が現れていると感じました。取手キャンパスの広大な自然を満喫しながら卒業制作に没頭できるのも、上野とは趣の異なる好さがありますね。記事を読んでくださった皆さんに、中垣さんと作品の魅力が伝わればいいなぁと思っています。

(串崎敦子)   

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