東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

【あいうえの連携】キーワードはSDGs!美術館をじっくり見て探検するプログラム SDGsで探究!名建築をみる(2021.8.1)

2021.08.01

ミュージアムができること

 

世界には、環境問題をはじめ貧困や人種問題など、解決しなければならない課題がたくさん存在します。この課題に対し、世界中の国々が手を取り合って解決しようという運動ー国際連合(国連)が定めた「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」の名前は、みなさんも一度は聞いたことがあるかもしれません。
全ての人が受け入れられ、尊重され、安心して生きていける社会をつくるためにも、私達ひとりひとりが、この目標を自分事として捉えることが大切です。とはいえ、実際にSDGsを日常で意識することは、なかなか難しいかもしれません。
あいうえのでは、ミュージアムの資源である建築を活用し、こどもたちが楽しみながらSDGsの意識を持つきっかけとなるプログラム「SDGsで探究!名建築をみる」を実施しました。
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プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)

【開催報告】語りませんか、あなたがみつけた「イサム・ノグチ 発見の道」

2021.07.31

 皆さんにとって、美術館って必要ですか?

 

そんな問いかけから、とびラボ『ともにつくる鑑賞の価値』は、はじまりました。新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちと美術館を取り巻く日常を、一変させてしまいましたね。いくつもの展覧会が中止・延期になり、開催できても事前予約制に……このコロナ禍で、様々な変化がありました。

以前のように「誰かを誘って、美術館にいく。鑑賞後に、お茶を飲みながら語り合う。」といった過ごし方も、なかなか思うようにできず、もどかしいことでしょう。

 

 そんないまこそ、“アート・コミュニケータ”ができることが、何かあるはずだ……!

このように考えた私たちとびラーは、改めて原点に立ち帰り『美術館における、鑑賞の価値』について、みんなで考えることにしました。

 

『美術館における、鑑賞の価値』とは、どこから生まれるのか、“作家”や“学芸員”だけが作るものなのだろうかーーメンバー同士で対話を重ね、たどり着いたひとつの答えは、このようなものでした。

 

  『美術館における、鑑賞の価値』は、

  鑑賞者(来館者)がいて、はじめて実体化するものだ。

  そして、それは「対話」によって、より豊かなものになるだろう。

 

 一方、美術館には“本物の作品”があります。“本物の作品”との出会いは、そこでしか体感できない“生の感動”を生んでいきます。この普遍的な事実は、どんなに日常が変わっても、変わることはないでしょう。

 

 そこで私たちは、「コロナ禍の東京都美術館で、来館した方々とともに、より豊かな“生の感動”を味わえる機会を作れないだろうか」と考えます。そうして生まれたのが、【鑑賞者が、鑑賞後に、作家・作品について語り合える場】です。

 

ー 一人ひとりが得た“生の感動”を、誰かと分かち合える

ー その“生の感動”を、誰かと語り合うことで、何倍にも味わえる

 

そんな場を作りたい!と思いをこめて、7月末に1日限りのワークショップを行いました。

  ワークショップの名前は、

  語りませんか、あなたがみつけた「イサム・ノグチ 発見の道」

 

特別展「イサム・ノグチ 発見の道​」を訪れた来館者と、気兼ねなく『あなたがみつけた「イサム・ノグチ 発見の道」について語り合うというものです。展覧会を鑑賞してきた参加者12名と、とびラー10名がグループに分かれ、展覧会を見て気づいたことや、作品・空間から感じたことについて語り合いました。

 

◼️ 「好き」の発見を、重ねあう

 

 今回のワークショップ会場は、展示室ではなく、館内施設の「アートスタディルーム」。1つのテーブルに、参加者2名+とびラー2名が集まってお話をします。まずは自由にゆったりと、「自分のお気に入り」の作品を紹介しあいました。

 

ー なぜ、その作品が「好き」なの?

ー どんなところが、魅力的だと感じているの?

 

一人ひとりが「自分のお気に入り」の魅力を共有し、深堀りしていく……

すると、それまで自分自身の頭に留めていなかった作品に対しても、どんどん関心が深まっていきました。

 

「美術館でのワークショップなのに、展示室の外での活動なの?」

 

このような疑問を抱く方もいるかもしれません。本来であれば、実際に展示会場を巡りながら、グループで作品について語り合いたかったのですが……感染症防止対策のため、展示会場内での、複数人で語り合うコミュニケーションは避けることにしました。

しかし私たちは、「展示室に行かなくても、ともに鑑賞を味わうことはできるのでは?」と考え、【語りあいの場を作る】という方法を取りました。語りあうことで、お互いの鑑賞を追体験できれば、自分の体験以上の感動を味わえるのではないか?と考えたのです。

 

参加者は、ワークショップを通して、【自分の記憶の像を、頭の中で再構築し、わかりやすい言葉で伝える】という体験を重ねます。どうすれば、相手に「好き」が伝わるかを考えながら、もう一度作品と出会い直していきました。

 

「好き」を交換しあう時間は、とても豊かなものです。気がつけば、テーブルには笑顔がいっぱいになりました!「好き」と「好き」が重なり合うことで、みんなの心に「イサム・ノグチ」の作品の魅力が、じんわりと広がっていきました。


館内マップに、自分のお気に入りの作品のところにシーグラスを置いて、マッピング。一人ひとりの「好き」が重なり合っていき、鮮やかに色づいていく。


はじめまして同士でも、「好き」を語り合うだけで、自然と人は笑顔になる。

◼️ 私たちのなかの、「イサム・ノグチ」を発見する

 

 「好き」を語り合っていくなかで、段々と参加者の関心は「イサム・ノグチ」という作家自身に移っていきます。

 

ー イケメンだし、モテそうだよね。(作品からも)愛を感じる。

ー 奥さんを描いた作品は、他の作品に比べて具体的な作品だった。

ー 「イサム・ノグチ」が、オリンピックに携わったとしたら、どんなシンボルにしただろう。

 

「イサム・ノグチ」とはどのような人物で、その人柄は作品にどのように反映されているのか……対話を重ねていきます。すると、徐々に、「作品」だけでなく、「作家自身」に歩み寄っていくことができました。


作家」に歩み寄ることは、またさらに「作品」との距離も近づけていく。


なかには、中学生の参加者も!初めて訪れる東京都美術館を、展示と対話でたっぷり堪能。

◼️ 時の流れを、旅するように

 

 また、あるテーブルでは、展示室ごとの世界観の違いに注目し、展覧会そのものを作品として味わっていました。

 

 この展覧会は、全体を巡ることで、時の移ろいを感じる。

 展示室ごとに、周囲からの影響を受けているもの、より商業的なもの、「素材」そのものと向き合っているものがあるなと感じた。

 最後の展示室って、集大成的な場面なんじゃないかな。「作家」として成長し、より“素材”そのものの魅力に向き合っている感じがする。

 

それぞれの展示室で感じたことを語り合い、そこから「作家」と「作品」、「素材」との関係性がどう変化したのかを想像しました。

 

そこで語られた言葉は、情報としての「知識」ではありません……

体験から得た“生の感動”が紡ぐ、私たちの中の「イサム・ノグチ」の物語です。

 

しかし、その豊かな対話によって、時の流れを旅するように、改めて展覧会そのものを味わうことができました。


写真や図録を見返しながら、それぞれの展示室で何を感じたのかを語り合う。
他の参加者の「発見」も取り込みながら、頭の中で展覧会での物語が再構築されていく。

 


誰かの「発見」が、私の「発見」になり、新たな感動が豊かに広がっていく。

 

 

◼️ 私たちの中に灯った、発見という名の“あかり”

 

 最後に、今日の体験を経て心に残った自分にとっての「発見」を、大小様々なサイズの、丸いカードに書き記しました。一人一人が頭の中で再構築したもの、誰かにシェアしてもらったもの、みんなの経験が混ざり合って生まれたもの……様々な形をした「発見」をアウトプットとして形に残します。


あれ?この形、この色合い、どこかで見たことがあるような……

 

 書き上がったカードは、闇色に広がった布の上へ……

 

すると、あら不思議!まるで、展覧会冒頭に展示されていた「あかり」のように、発見という名の“あかり”が灯りました。参加者からも、「わぁっ!」という歓声が上がります。

誰かの“あかり”が、また別の誰かの“あかり”を照らすように……

他の参加者の言葉を追うことで、鑑賞を追体験し、新たな交流を生み出していく。


“生の感動”を、分かち合い、語り合うことで、もっと豊かに、何倍もの感動を味わえる!

 

 ワークショップを通して、私たちは改めて『美術館における、鑑賞の価値』を実感します。それはつまり、【美術館は「作品を見る」だけでなく、「誰かとつながり、語り合う」という場所としての価値を持っている】ということーー

ちなみに、今回の参加者からは、体験後このような声がありました。

 

 他の人と意見を共有し、共感したり、違った意見を持てたので楽しかった。

 他者の意見を聞いて、発見がありました。

 よくわからないって思った作品の素敵ポイントが見えたり、共感する時間が持てた。

皆さんも、作品や空間を通して、“生の感動”を味わってみませんか。

 

 家族、友人、恋人……どなたとでも構いません。一緒に美術館に行った誰かと、いつもよりもじっくりと、気づいたことや、感じたことを、素直に語り合ってみてください。

 

そうすることで鑑賞はさらに深まるはず……きっと、皆さんの心の中に“あかりが灯ることでしょう。

 

そんな風に豊かに広がっていく『鑑賞の価値』を、皆さんにも実際に実感してもらえたら嬉しいです。

執筆:大石麗奈        撮影:黒岩由華

外国の美術館の「何かするために訪れる」のではなく、「何となく立ち寄りたくなる」雰囲気が好きな、9期とびラーです。やわらかい未来を目指して、地域や人をあたたかく繋げられる存在になれたらいいな、と思っています。

2021鑑賞実践講座①|「Thinking Through Art 作品と考える-わかるとは何か」

2021.07.12

第1回鑑賞実践講座|「Thinking Through Art 作品と考える-わかるとは何か」

日時|7月12日(日)13:30〜16:30
会場|オンライン
講師|稲庭彩和子(東京都美術館アート・コミュニケーション係長・とびらプロジェクトマネジャー)
―――――――――――――――――――――

初回講座では、とびらプロジェクトマネジャーの稲庭彩和子さんから、今年度鑑賞講座を選択したとびラーのみなさんに向けてレクチャーを行いました。

 

「Thinking Through Art  作品と考える – わかるとは何か」と題し、参考文献や映像をもとに意見を交わしたり、ともに作品を鑑賞しながら、オンラインで双方向的に講義が進められました。

 


 

 

参考文献として、佐伯 胖 著『「わかり方」の探究 思索と行動の原点』から第1章の「わかるということ」のテキストを全員で読み、人の「理解」が生まれる時に、その人が文化に「参加」していくいうイメージを共有しました。

 

 

また、これまでに稲庭さんが企画・実施した鑑賞プログラムの映像では、プログラムに参加した子どもたちが作品を主体的に鑑賞することを通して、文化的な営みに参加していくプロセスを実際に見ることができました。

 

 

本日のレクチャーを通して、「作品を鑑賞する」とはどういうことか、「文化への参加」はどのように起こるか、それが起こる「美術館」とはどんな場所か、今後とびラーのみなさんが参加者とともに作っていく美術館体験の最初のイメージが共有されました。

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 越川さくら)

2021鑑賞実践講座①|「Thinking Through Art 作品と考える-わかるとは何か」

2021.07.12

第1回鑑賞実践講座|「Thinking Through Art 作品と考える-わかるとは何か」

日時|7月12日(日)13:30〜16:30
会場|オンライン
講師|稲庭彩和子(東京都美術館学芸員・とびらプロジェクトマネジャー)
―――――――――――――――――――――

初回講座では、とびらプロジェクトマネジャーの稲庭彩和子さんから、今年度鑑賞講座を選択したとびラーのみなさんに向けてレクチャーを行いました。

 

「Thinking Through Art  作品と考える – わかるとは何か」と題し、参考文献や映像をもとに意見を交わしたり、ともに作品を鑑賞しながら、オンラインで双方向的に講義が進められました。

 


 

 

参考文献として、佐伯 胖 著『「わかり方」の探究 思索と行動の原点』(2004年、小学館刊)から第1章の「わかるということ」のテキストを全員で読み、人の「理解」が生まれる時に、その人が文化に「参加」していくいうイメージを共有しました。

 

 

また、これまでに稲庭さんが企画・実施した鑑賞プログラムの映像では、プログラムに参加した子どもたちが作品を主体的に鑑賞することを通して、文化的な営みに参加していくプロセスを実際に見ることができました。

 

 

本日のレクチャーを通して、「作品を鑑賞する」とはどういうことか、「文化への参加」はどのように起こるか、それが起こる「美術館」とはどんな場所か、今後とびラーのみなさんが参加者とともに作っていく美術館体験の最初のイメージが共有されました。

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 越川さくら)

2021建築実践講座①|都美の歴史と建築

2021.07.03

第1回建築実践講座|「都美の歴史と建築」

日時|2021年7月3日(土) 9:30~12:30
会場|東京藝術大学 中央棟 第三講義室
講師|河野佑美(東京都美術館学芸員 アート・コミュニケーション係)

 

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とびらプロジェクトの建築実践講座では、東京都美術館(以下、都美)の建築(1975年竣工、設計:前川國男)への関心を軸に、より広い視野で建築の魅力、建築と人々の関わりについて考えを深めていきます。

 

全8回の講座の初回となる今回は、とびらプロジェクトの拠点である、”都美建築” と出会い、自分自身で魅力を発見し共有しあいました。

 

 

 

初めに、建築実践講座の年間目標を確認します。

 


東京都美術館の建築の歴史や背景を理解し、

自分の感覚を手掛かりに建築を味わう力を身につけ、

美術館というパブリックな建築を介して人々をつなぐ場をデザインする。


 

今年度は、約50名のとびラーが講座の中で共に ”建築” を学び合います。講座目標の中で、気になったキーワードに関して2〜3人のグループで共有し合い、互いの関心を知り合います。

とびラーになるまで建築には全く興味がなかったという方から、建築を専門とする方まで、とびラーのみなさんの”建築”との関わり方はさまざまです。講座の中では、とびラー同士での対話と共有を挟み、お互いを知ることで、ひとりではできない学びや発見が生まれることを期待しています。

 

 

 

続いて、河野佑美さんのレクチャー「都美の歴史と建築」では、東京都美術館の歴史や成り立ちを学びます。

現在の東京都美術館の姿を設計した建築家・前川國男の生い立ちや、建築に込められた想いやがこだわりが、当時の写真と、実際の素材サンプルなどと共に共有されました。

普段の活動で、何気なく過ごしている場所・使っているものに込められた、建築家のこだわりや大切にされてきた時間を知ることで、都美の新しい魅力が見えてきます。

エントランスの天井の着色に実際に使用された「インド砂岩」のサンプル。色へのこだわりも都美建築の見所のひとつ。

レクチャーの後半は、「100年後にも遺したい!伝えよう、ここが見どころ!」をテーマに、都美を観察するワークを行いました。

実際に都美へ出掛けて行き、レクチャーの中で出てきた話題を切り口に、素材やデザイン、色などに注目をして、都美建築の中で印象に残った点を探し、じっくりと観察します。

最後は、発見したことをノートにまとめ、「とびラー専用掲示板」でお互いに見せ合いました。

自分の発見を自分だけのものにせず、言葉にして発信すること、その “誰か” の発見から新たな気づきを得たり、思いがけない出会いにつながることがあります。発見の輪が広がり共感を呼び、都美の建築を介したコミュニケーションが生まれ、建築の新しい価値となるのではないでしょうか。

 

建築に込められた意思を理解して、言葉にする。愛着を感じ、大切に使い続ける。私たちの活動そのものが都美建築を100年先の未来に遺すことと地続きなのだ、と気がつく機会となったのではないでしょうか。

 

東京都美術館の歴史や背景を知り、自分自身の感覚を頼りに発見と発信をする、都美 ”建築”の魅力に触れた1日となりました。

今日の講座での学びを軸に、それぞれの視点での都美建築の見どころや楽しみ方を追求し、「とびラーによる建築ツアー」や「とびラボ」などでの、来館者との建築を介したコミュニケーションの実践へとつなげて欲しいと思っています。

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 山﨑日希)

2021基礎講座①|とびラー全員集合:オリエンテーション

2021.04.10

日時 | 2021年4月10日(土)10:00~15:00

場所 | 東京都美術館 講堂

4月10日(土)、とびらプロジェクトの新年度が始まりました。今日から活動をスタートさせる10期とびラーは51名です。

全6回で構成されている基礎講座の第1回目は、午前中に10期のとびラーへこれから必要な基本情報を共有する時間と、午後からはとびラーが全員集合してオリエンテーションを行います。東京都美術館の講堂に一堂に会し顔を合わせました。

 

 

とびラーとして活動していくにあたって大切な「とびらプロジェクトの約束」をみなさんと確認して、活動の舞台となる東京都美術館を知るツアーを行いました。8期、9期のとびラーのみなさんも案内役に入りツアーが行われました。これからの活動の舞台となる美術館を知るところから始まります。

 

 

午後は、8期・9期・10期勢ぞろいし、とびらプロジェクトを運営する東京藝術大学チーム、東京都美術館チームのスタッフも自己紹介を行いました。

 

続いて、昨年1年間をふりかえりながら、今年の流れを共有しました。10期とびラーの皆さんは、4月から6月にかけて基礎講座に参加します。基礎講座終了後は3つの実践講座から1つ以上を選択し、関心のある分野について学びを深めていきます。「学びの場」と並行して、障害のある方のための特別鑑賞会、「Museum Startあいうえの」のスペシャル・マンデー・コース、建築ツアーなどの「実践の場」が開かれており、とびラーは日々学びと実践の繰り返しに取り組みます。

その後、8期・9期・10期混合のグループで「上野公園の散策」です。テーマは「春を探せ!」。10期のみなさんもあいうえのミュージアム・スタート・パックを持って、快晴の上野公園へと出かけました。

こうして総勢名のメンバーで10年目のとびらプロジェクトがスタートしました。

 

(東京藝術大学美術学部特任助教 小牟田 悠介)

【開催報告】『静寂の美術館を楽しむ』

2021.04.03

上野恩賜公園内の木々に新緑が芽吹き始めた4月3日(土)、とびラーによるプログラム『静寂の美術館を楽しむ』を開催しました。

 

 

―変化する状況の中で、新しい美術館の楽しみ方を見つける

このプログラムができたきっかけは、約1年前にさかのぼります。2020年2月頃より新型コロナウイルス感染症の拡大により一般の方を対象としたプログラムの中止が続き、3月末には東京都美術館(以下、都美)が臨時休館となりました。7月にようやく美術館が再開しましたが、館内には以前より静かな空気が流れているように感じられました。

 

展覧会の入場者数の制限やスケジュールの変更が生じる中、常にここにある“美術館”という場所・空間をもっと楽しむことはできないだろうか?そんな気持ちから、特別展のない時期の美術館=静寂の美術館として、美術館そのものに注目をしたプログラムの案を練り始めました。

 

 

―待望の、一般参加者とともに実施するプログラム

開催当日、参加者は8名。緊急事態宣言の関係で1月の予定が4月に延期されていたのですが、再度申し込んでくださった方もいらっしゃいました。

都美のアート・スタディールームにてとびラーが4グループに分かれて参加者をお出迎え。私たちにとって一般の方とプログラムが実施できる待ちに待った機会でしたが、それ以上に参加者のみなさんも美術館でのプログラムを楽しみにしていてくださいました。各テーブルでは開始前から話が弾み、すっかり打ち解けた雰囲気となっていました。

 

 

―“美術館でゆっくり写真を撮ることができるのは、今しかないかも”

冒頭で使用したスライドの一部です。

とびラー同士でミーティングを重ねるうち、静寂の美術館だからこその楽しみ方として、“じっくり建築を見たり、写真を撮ったりすること”というアイデアが生まれました。そのアイデアの中に、様々な参加者が集うからこそできる“他者との対話・共有”の時間を設け、上記の流れができあがりました。

 

 

-都美の写真を会話のきっかけに、グループ内で自己紹介

自己紹介の時間に使用したのは、とびラー自身が実際に都美の風景を切り取った写真。参加者に気になるものを一つ選んでいただき、その理由を教えていただきました。全てのカードをじっくり見てくださった方もいらっしゃり、美術館を捉える多様なまなざしに早くも興味を持っていただけているようでした。

 

 

―“ホンモノ”を見に行く

次はグループ毎に館内外を見て回ります。

「正面の建物は企画棟です」「この窓からは、都美の正門が見えますね」視線の移動を促すようなファシリテーターの声掛けにより、「建物内を移動するうちに隠れていた木が見えるようになった!」「隣の建物の屋上がのぞける!」と参加者のみなさんの視界が広がっていきます。

また、館内を進むにつれて「この素材は他の建物でも見たことがある」「この場所はこういう意図で造られた空間なのではないだろうか」と、様々な気づきを参加者自らグループへ共有してくださるようになりました。

 

 

―一人で、美術館の風景とじっくり向き合う

その後は約20分間、一人で館内をじっくり見て、撮影する時間です。テーマは、“美術館で見つけたもの・こと”。共有の時間に向けてこれぞ、という一枚に絞っていただくようお願いしましたが、みなさん心に留まった箇所がたくさんあった様子。時間をフルに使い、様々な視点で撮影をされていました。

 

 

―それぞれのまなざしを、共有する


アート・スタディールームに戻り、ファシリテーターを務めるとびラーの進行で“今日の一枚”を共有します。最初は撮影者を伏せて、写真を見た感想を率直に話し合います。その後、撮影者より“なぜその風景を切り取ったのか、その時何を感じていたのか”についてお話していただきました。

誰もいない中庭の通路。静けさのある風景に、撮影された方は何を感じたのでしょうか…?

「コンクリートや石材と緑の木々とのミルフィーユのような重なりや奥に広がる空間が印象的で、柱のアーチを“額絵”に見立てて風景を切り取った」とのこと。お話を聞いているうちに、柱の灰色と植栽の緑のコントラストが画面の中でより鮮やかに浮き上がってくるような気がしました。

館内みたいだけれど…こんな風景はあったでしょうか?実はおむすび階段と呼ばれる三角形の階段の途中。

撮影された方によると、「曲線と直線が織りなす構図を見て、まるで音楽が聞こえてくるように感じた」とのこと。とびラーにとってこの階段は真下から三角形を見上げるのが定番の構図でしたが、これまで知らなかった新鮮な視点を教えていただきました。

 

他にも、写真をきっかけに「いつも建築のここを見る」というその方ならではの“見方”や“物語”についてお話していただいたり、グループで感想を共有し合うことで、撮影した時点では見えていなかった部分に気づいたという感想もいただきました。

 

 

―もう一度、見に行く

最後に、それぞれが撮影した場所をもう一度グループで見に行きます。iPadの写真を見ながら撮影シーンを再現していただいたり、撮影された方がその風景を切り取った思いをリアルに感じることのできる時間です。

 

参加者からは「他の方が撮影された場所に立ってみると、どうしてここから撮ったのかがなんとなくわかってくる」といったコメントや「実際の場所で撮影の経緯についてお話を伺うことができ、より深くその人の視点を感じられた」という言葉をいただきました。

また、それまで気づくことなく素通りしていた天井・ライトの並びの美しさに他の参加者の写真を通して初めて気付くなど、自分の視点だけでは気づかない美術館の見方を知ることができたという意見もいただきました。それはとびラーにとっても同じで、通い慣れた美術館のまだまだ知らない一面を知る日となりました。

撮影の時間が短くまだまだ見足りない!という方もいらっしゃったと思いますが、東京都美術館という作品には展覧会のような会期という概念がないのが良いところ。

 

“美術館”は来てくださるみなさんを歓迎しています。このブログを読んでくださっているあなたもぜひ、静寂の美術館を楽しんでみてください。

 

 


 

 

執筆:井上 夏実

建築ツアーのガイドをする中で、建築を知識からではなく、鑑賞から味わうようなプログラムができないかと、なんとなく考えていました。その“なんとなく”を言葉に、形に、行動にしてくれる仲間がいるのが、とびらプロジェクトの素敵なところです。

【あいうえの連携】春の上野公園でミュージアムを冒険! 上野へGO!ステップ2 リアル

2021.03.26

都内の桜もちょうど⾒頃を迎えた3⽉26⽇、⾦曜⽇。
上野公園のミュージアムをリアルに楽しむファミリーが集まりました。
実施されたのは「上野へGO! ステップ2」。
このプログラムはオンラインで出会う「ステップ1」と、実際にミュージアムを訪れる「ステップ2」の2段階で構成されています。
この⽇は上野公園のミュージアムを冒険する⽇です!

プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)

とびラボ|車いすで巡る建築ツアー・トライアル開催

2021.03.06

車いすで巡る建築ツアー・トライアル(2021.3.6)

 

建築ツアー
東京都美術館において私たちアート・コミュニケータ(通称:とびラー)は様々な活動を行っています。そのひとつに東京都美術館の魅力を味わう「とびラーによる建築ツアー」があります。

 

皆さんはどんな目的で美術館に来ますか?

展覧会に作品を観にくる。

それだけではもったいない。美術館そのものが大きなアートなのです。
私たちとびラーは建築ツアーを通して、美術館そのものの魅力をお伝えしたい!と考えて活動しています。

 

ふと気づいたこと
建築ツアーは毎回とても人気のプログラムです。コロナ禍の中で回数は減り、規模も縮小していますが、応募される方々はたくさんいらっしゃいます。そのことは私たちとびラーにとって大きな励みとなっています。ところがふと、車いすを利用する方々の姿をお見掛けすることがないことが気がかりに。

とびラーになる前に、10年ほど車いす生活を送っていた筆者の、ふとした気づきに共感するとびラーが集まって「車いすで巡る建築ツアー」とびラボが立ち上がりました。

 

 

多くの疑問
話し合ううちにたくさんの疑問が生まれてきました。

「障害のある方のための特別鑑賞会」には多くの車いす利用の方々が参加していらっしゃるのに、建築ツアーには過去には数人しか参加されていないことがわかりました。

「建築ツアーが行われていることが伝わっていないのかな?」
「展覧会の作品鑑賞と違って何か不都合なことがあるのかしら?」
「一般の方と一緒だと参加しづらいのでは?」

など、現状に対しての様々な疑問が湧いてきます。

 

なぜ「車椅子の方」だけなのか?
なぜ「車いすを利用する方」限定のツアーを考えようとしているのか?
「車いすを利用する方」だけ集まってもらうことにはどんな意味があるのだろうか?など、様々な視点から意見が交わされました。

車いすを利用する方限定のツアーは、そうでない方々が参加できない。
ほかにいろんな障害をお持ちの方々はどうしたらよいのか・・・

とびラボのメンバーでたくさんの議論をする中で、悩んだ末、先ずは「車いすを利用する方」向けのツアーを実施し、具体的な課題を知り、対応方法や配慮事項などを工夫しよう、ということになりました。そしていずれは、一般の方も車椅子の方も様々な障がいをお持ちの方も、参加しやすい建築ツアーを目指そう、と至りました。

 

この議論の時間は私たちとびラボのメンバーにとって、建築ツアーとは?とびラーの役割とは?を考える貴重な時間となりました。

 

トライアルに向けて
東京都美術館での建築ツアーは、いろんな発見があって楽しい。見方を変えることで見えてくる美しい景色や小さな謎が隠れていたりします。でもその謎や、発見は車いすを利用の方の目線からきちんと見えるのだろうか。たくさんの見どころをどのように、どんなルートで、どのくらいのスピードでガイドしたら良いのかを今行われている建築ツアーに近いコースで検証してみよう、ということになりました。

 

トライアル
トライアルは、A・Bの2グループに分かれて行いました。

 

Aグループは、館内中心のわりとゆったりコース
Bグループは、現在行われている建築ツアーに近いペースとルート

 

それぞれとびラー同士でガイド、サポーター、車いすに座る人、介助者、の役割を決め、美術館で実際に貸し出しされている車椅子を利用して館内を巡ります。

全ての役割をとびラーが担います

ここは人が少なくてゆっくり過ごせます

屋外はやっぱり気持ちいい

のぞきこみ確認中、背の高さ・状態によって見えにくい方もいます 


イスをどかして車椅子を窓際へ 景色がよく見える!

ガイドも目線を下げて確認します

建物の模型も見どころのひとつ、この高さからだと奥までよく見えるなぁ~

 

トライアルを終えて
A・B どちらのグループもたくさんの気づきがありました。

車いすに座った位置から見えやすい場所、介助者のかたも安心できる場所、ガイドの立ち位置、サポートの役割、工夫できること、配慮が必要な場所などが確認できました。何より車いすに座った位置での目線だからこそ楽しめる場所、車いすに座った位置からでは見えづらい場所が見つかったことは大きな収穫でした。

今回のトライアルでこのとびラボは一旦解散です!
この経験を踏まえて、関わったとびラーそれぞれで、どんな方も共に参加して楽しんでいただける建築ツアーを目指したいです。次の目標は、車いすを使っている方々に実際に来ていただき、ツアーを行いたいということです。そして様々なご意見、ご感想をいただきながらより良いツアーにしていきたいです。

今回のトライアルに際し、東京都美術館、スタッフの方々に多大なるご協力と励ましをいただき感謝致します。

このトライアルを終えて、私は少しだけ声を大きくして言いたいことがあります。
車いすで毎日を過ごしている方々、東京都美術館に来てください。
私たちとびラーによる建築ツアーに参加してください!
楽しいよ!ワクワクするよ!一緒に建築を観てみましょう!
そしてあなたがみつけた東京都美術館の魅力を教えてください。
とびラーがとびきりの笑顔でお待ちしています。

 


筆者|登坂京子 アート・コミュニケータ「とびラー」

肺の難病LAM(ラム)とドナーさんと共に生きる、
おばあちゃんとびラーです。
年下の先輩や孫や娘・息子のような同期。
さまざまな方々の笑顔に支えられて、私も笑顔の恩返し中!

【実施報告】これからゼミ「藝大生インタビュー 〜平山匠さんと場づくりを考える〜」

2021.02.28

2021年2月28日(日)夜、とびラーがZoom上に集い、これからゼミ「藝大生である平山さんと交流して、アーティスト×アート・コミュニケータの社会活動について考えてみよう」が開催されました。

 

この企画は、筆者が開扉後(とびラー任期3年間を終えた後)の活動を考える中で、平山匠さんというアーティストと出会い、その活動や想いに共感をしたことから「これからゼミ:藝大生インタビュー 〜平山匠さんと場づくりを考える〜」を立ち上げ、とびラー同士で考えを深めることを目的として、企画・実施しました。

 

これからゼミとは、3年の任期満了を前にしたとびラーが、任期満了後のアート・コミュニケータとしてどのように活動を展開していくかを考え、その準備を進めるためのとびラー主体で行う取り組みです。

 


平山 匠(ひらやま・たくみ)

東京都生まれ。美術家・彫刻家。東京造形大学彫刻専攻卒業。東京藝術大学 美術教育研究室修士課程修了。主に彫像を用いた表現で作品を制作するアーティスト。小さな頃の自閉症を持つ兄との制作活動をきっかけに、美術の道を選択。社会と人との関係に強い問題意識を持ち、自分の中の疑問や葛藤を作品として表現する制作活動を経て、誰もがフラットでいられる場をつくりたいと思い至り、現在、自身のアトリエ兼交流の場を準備中。

 

平山匠Webサイト:http://takumi-hirayama.site/


 

平山さんの目指す活動の姿が、私たちとびラーの活動や想いに通じるところが多く、お互いが関わることで何かが生まれるかもしれないと考え、とびラーと平山さんの交流の場を開きました。

当日は、平山さんととびラーの総勢26名が参加し、2時間の中で、平山さんの活動のお話を聞き、その後、参加者同士が数名のグループになって特定のテーマについてディスカッションをする、という構成で進めました。

 

 

さて、平山さんとはどんな人物で、アーティスト×アート・コミュニケータの出会いはどんな展開になったのでしょうか?

このブログでは、当日を振り返り、平山さんの活動のお話はインタビュー形式で、とびラー同士のディスカッションはその様子をまとめた形で記載しています。

 

当日のグラフィックレコーディング(とびラー7期松本みよ子さん記録)。

 

■平山さんを知ろう

 

ーはじめに

 

平山 平山 匠と申します。自身の今までの活動と今後の活動について、話していきます。

平山 卒展(2020年度 『東京藝術大学 卒業・修了作品展』)でこの作品を見たことありますか?

平山さんの問いかけに対して、複数人の方から「見たことあるよ」と手が挙がりました

平山 嬉しい〜!ありがとうございます!

自分は、これを作った人間になります。

「この作品は一体なんや?」という話を軸に、この作品ができるまでの経緯を含めて、自分の生い立ちから話したいと思います。

 

ーこれまでの経歴

平山 1994年生まれで現在26歳です。東京造形大学の彫刻専攻を卒業し、経歴の資料には載せていませんが、卒業後1年間、テレビコマーシャルの制作会社で働いていました。働いている中で、「やっぱりアートやりて〜!」という熱が起こり、次に勉強する場所として、東京藝術大学大学院の美術教育研究室を選びました。そして、2020年度、大学院を修了します。

 

ー美術を始めたきかっけ

 

平山 この写真は僕と兄です。粘土をいじって遊んでいます。

平山 僕には兄が二人いるんですが、真ん中の兄が、社会的に自閉症という障害があると分けられている人です。幼少期、兄と一緒に絵を描いたり、粘土で何かをつくっていました。

 

高校生になって将来を考えたとき、自分は勉強が全くできなくて、その代わり、普通科高校の中では、わりと絵を描くことや何かをつくることが得意だったので、自分にはこれしかないと思って美大を目指しました。

 

立体をつくるのが得意だったので、東京造形大学の彫刻科に進学しました。

 

ー原点:つくるとは何か

(高さ:平均35cm程度 横幅:25cm程度)

 

平山 これは大学2年生のときに作った作品で、6体で1つの作品です。

20歳になって、「とりあえず大学で1年間勉強したけど、何でつくっているんだろう?」と思う時期に初めて突入しました。その頃の作品です。

実は、物をつくることは、得意なんだけど、いまだにそんなに好きじゃないんです。

 

当時から、漠然と土偶や岡本太郎が好きでした。上手い下手という表面的な凄さではなく、作品が持つ時間軸や作者の情熱など計り知れない感覚の部分が作品に出力されたものに興味があったので。

『原点』では、縄文時代の前期から晩期までの時代の区分ごとに特徴的なデザインの土偶を引用して、0〜3歳まで、4〜8歳くらいまで、というように20歳までの自分を6つに分割して、それぞれを彫像で表現しました。

 

ーインドの地:人が生きるとは何か

 

平山 インドのガンジャード村で実施されたプロジェクトの中で作った、ピザやクッキーなどを焼くための窯です。ガンジャード村で暮らすワルリ族の文化の根幹にある“人間と自然が共生できる環境を守ること”という精神に感銘を受けて、この場に末長くあってほしいという思いを込めてつくりました。

 

ワルリ族のアースオーブンを利用すると、オーブンで作ったものを人が食べて排泄物になり、それが畑の養分として使われ、畑でできた野菜がオーブンで料理になる、と循環する仕組みになっています。

 

いままで、日本の社会のシステムや、日頃食べているもの、環境について考えることが全くなかったのですが、このプロジェクトでインドの文化に触れ、生きることに関わる様々なことに対して意識的に疑問に思うようになりました。

 

全体を通して、色んな物事を自分の中で変換する思考を身に付け、思考が柔軟になれたと感じます。

 

ー情動:社会とは何か


 

平山 インドの経験で、日本の社会や政治について強く意識を向けるようになっていました。並行して、友人がSEALDsに参加して政治的な活動をしていたことや、母(が実施している障害がある人を対象に美術のワークショップを通して支援する社会活動)のプロジェクトを本格的に手伝うようになったこともあり、人に対する差別意識や社会のシステムへの意識はより強くなりました。

 

当時、SEALDsのデモが国会議事堂前で実施されていて、SNS上はカオスな状態になっていました。現場はどんな様子なのかと思い見に行ったら、スピーチしている人もいれば、参加している風の様子をSNSに投稿をするだけの人もいました。

 

作品の猿は、そのデモの場にいた日本人を象徴していて、鑑賞者がどこから見ても猿と目が合うようになっています。上から投影している映像は、国会議事堂の近くにある日比谷公園の噴水でできた波紋を撮ったものです。

作品では、本質ではない問題が発生していることや声を荒げたところで何も変わらないこと、そして、自分を含めたそこにいる人たちの感情の起伏を表現しています。

 

一番尖っていた時期の作品ですね。この時期は、バンド活動で演奏していた曲も尖っていたような気がします(笑)。

 

ー手のひらと足の裏:人が求めるものは何か

回帰/2018 ◎野焼きした粘土、iPad

 

享受する層形/2019 ◎野焼きした粘土、液晶モニター

 

平山 初めて開いた個展で、大学院二年目のときに実施しました。

 

壁のiPadと机の液晶モニターには、焼成前の土像の写真が映し出されています。

オリジナルの土像を作って、縄文時代の土器の焼成方法である「野焼き」で焼成し、火入れにより破裂したその状態のまま展示しています。

 

作品では、人間の様々な欲求を表現しています。

モニターに映し出されている焼成前の土像は、モニターという媒体の持つ特徴と焼成前という姿を通して、理想を追い求めるという欲求を。その欲求は、土偶が持つ特徴である、縄文時代の人々が生活への祈り(理想を求める思い)を込めて土偶を作ったというエピソードともリンクします。

しかし、焼成後の土像は破裂してしまっています。出来上がった現実は、理想は異なることを明示した上で、それでも人々が現実を受け入れようとする欲求を表します。

 

理想と現実の対比は、窓から見える、遠くのきらびやかな渋谷のヒカリエ、ヒカリエから展示場所までの街並みに広がるビルを取り壊す工事現場、そして展示後に取り壊し予定の展示会場のビルという、まさにスクラップアンドビルドの街並みからも人の欲求を表現していたそうです。

 

平山 色んな視点で色んなレイヤーの欲求を、良くも悪くも詰め込みまくったので、今でも一番説明しにくいです。いままでの作品から受けた影響はすべてこの作品に反映されていると思います。

 

ーハカイオウ:兄と自分の関係性とは何か

 

平山 大学院二年目のとき(2019年度)に、ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校(以下、新芸術校)に入りました。カルチャースクールに似ていますが、1年間を通じたコンペティションに参加するというような形式でした。

そのコンペで、金賞をいただくことができ、最終展示「プレイルーム」で展示しました。その時の作品が、卒業展示の最初の形態の「モンスター大戦記ハカイオウ」です。

 

平山 兄は僕のほっぺたをさすることがあった。これは、兄の造語で「シュリュー」と呼ばれる行為らしく、僕にしかやらなかった。

作品では、「シュリュー」を自分に対しての親しみの合図と定義した上で、自分が学んできた彫塑という文脈に載せ、粘土を指で触って物をつくる動作で手を介すことで、自分なりの「シュリュー」を兄にし返すという内容になっています。

 

モチーフにしたものは、兄の作品で、僕の作品を制作しようとした当時に描き進めていた絵が「モンスター大戦記ハカイオウ」でした。

ハカイオウの登場人物たちは兄の物語に登場するもので、ただ立体化しているわけではなく、兄との対話を通して生まれた兄を理解したいという気持ちの痕跡で構築されています。そのため、展示会場では、兄との対話の録音も流していました。

 

平山 これまでの制作における色んな問題意識や思考の視点の違いについて考えたときに、そもそもなぜ考えているのかについて問い直しました。

そして、自分の中のセンシティブな、本質的な問題だと思っていることを、いままで違う問題に変換して考えていたと気付きました。

格好をつけずに「本質的な問題は何か」を苦しみながら考えたら、兄に対する社会のあり方への問題意識があり、それを感じている自分の逆説的な差別意識がありました。

 

自分の持っていた解決方法は、美術のツールを使って何か表現することでした。

兄の絵を通じて兄を理解すること、兄と自分のペインターと彫刻家という家族ではない関係性を用いて互いの関係を捉えて出力すること、それらに突破口があるのではないか。

加えて、幼い頃の関係性を持ち出すことで、自分の差別意識や兄の作品の見られ方の解体になるのではないか。

そのように、方向性が決まっていき、作品となっていきました。

 

平山 この作品によって、兄の絵は”障害者”というステータスが含まれた絵ではなく、僕が兄を理解しようとした痕跡としていままでと異なる作品として見られることができ、また、自分もその痕跡を客観的に見ることができ、兄への理解の助けになると感じています。

 

これをアップデートしたものが、藝大の修了作品展で展示した作品です。

 

<ここで、とびラーから「兄の絵を再構築することで自分の解決になったのか」という質問が挙がりました。>

 

平山 作品をつくる前とは違う関係性になっていると感じます。

この作品をつくったことで、美術をやってきてよかったと思えたし、母の活動を通して問題意識を感じていた「アール・ブリュット」や「障害」の捉えられ方に対してもカウンターにもなれたと思っています。

 

<質問をしたとびラーからは、最初はどう作品を見たらいいのかわからなかったが、謎が解けてきて、平山さんご自身の今後の活動の目指す概念の解体にも繋がると感じた、とのコメントがありました。>

 

ー今後の展開

 

現在、自分を取り巻くアートの環境では、グループで活動をしている人が多い。あえて、僕は、一人で「アトリエ・サロン-交新局 こうしんきょく」を近日中に開場しようと考えています。(実施日時点では、名前は未定でしたが、決定したようで、徐々に活動を進めているそうです。)

自分のアトリエでもありつつ、だれでも気軽に人と会うことができる場所にしたいと考えています。

 

コンセプトは決まっていない、はっきり決めたいとも思っていない。

「美術」「教育」「福祉」などの境界を意識しすぎてしまうと、それらの概念が解体されず、新しいものが生まれない気がしています。もっと柔軟に捉えて、境界を意識せずに、ただ人と人が交流することが目的になったときに得られることは、本質的な学びがあるんじゃないか。概念の解体にもなり、自分の活動に通じるものがあると考えています。

 

 

■アーティスト×アート・コミュニケータの社会活動について考える

 

ここには載せきれないほど、たくさんのお話を聞けてお腹一杯な状態でしたが、とびラー同士で意見を交換しながら、アーティスト×アート・コミュニケータの可能性にちょっとでも踏み込んでいきます。

 

ここからは、とびラー同士が4〜5名程度のグループの部屋に分かれて、テーマについて話をするワークに進みます。

テーマは、「平山さんの作ろうとしている場所でアート・コミュニケータとしてできること・やりたいこと」です。場所の物理的な情報や目的などの情報が共有された上で、20分間、4つのグループに分かれてディスカッションをしました。

 

グループトークが終わったら、ディスカッションの結果をグループの代表者から発表をしてもらい、平山さんから感想や意見をもらいました。

 

全てのグループで、平山さんが目指す場所はこんな場所だろうか、と場所の定義が議論されたようで、考えたイメージを平山さんにぶつける形となりました。その考えを受けて、平山さんが概念的に説明していた部分をより具体的に開示していく対話が生まれ、徐々にお互いの解像度が上がっていきました。

 

最終的に、サードプレイスの中のさらに細分化された平山さん中心のサードプレイスにしたい、場と活動のバランスの取り方は自分が楽しくあることを大事にしたい、と目指す姿を共有することができました。

 

ディスカッションのテーマは、アート・コミュニケータとしてできることを考えることでしたが、お互いを知らないうちに考えられる話ではなかったという結果となってしまいました。しかし、この日の出来事が、お互いの理解を深め、次のアクションの礎になったことは参加者の多くに感じてもらえたと思います。

とびラーにとっては、作家の背景や視点の変遷を聞くことができる機会となり、作品への理解やこれからの活動への理解を深めることができたこと、さらには、対話を通し、アーティストから恩恵を享受するだけではなく、同じ世界線で生きる人としてフラットな関係性を実感できたこと。

アーティストにとっては、話を聞いてくれる人を通して自身の考えを整理する場を得られ、直接的な支援でなくても、理解を示し社会とつないでくれる存在がいることを認識できたこと。そのような存在は作品作りにも大きな心の支えとなると、平山さんからもコメントがありました。

 

とびラーが普段接するのは、いわゆる特別展に展示されるような歴史的な⽂化財であることが多く、⽣⾝のアーティストと接する機会は多くありません。しかしながら、歴史的な文化財もすべては誰かの⼿によって制作されたもの。そこには作り⼿の歴史があり志があったはずです。とびラーが美術館から外に出たときには、社会の中にいる現役のアーティストと接点を持つ活動も多くなると考えられます。

そんなときに、アート・コミュニケータは率先して、アーティストへの理解を深め、それを他の人に繋ぎ、アーティストの活動を支えることができる存在だと、私は思います。

 

 

最後に、平山さんからあっという間の2時間で、貴重な経験になったとコメントをいただき、大変楽しいでいただけた様子でした。

締めは、恐竜のポーズで記念写真!

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました!

 

 

 

平山さんの活動と、開扉したとびラーの社会での活動はまだまだ続きます。

ここで出会い考えた時間が、また繋がりたくなるきっかけになったはず。

どこかで交差し、一緒に誰もが参加できる場を作っていける日を願います。

 

 


 

執筆:木村 仁美

7期とびラーです。
とびらプロジェクトに参加して得られた数々の出会いを大事にして、次の活動にまた進めたらと思います。

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