11月13日、小春日和の気持ちのよい午後、藝大絵画棟日本画のアトリエを訪問しました。提出日まで一ヶ月を切り、卒業制作も終盤に入ったお忙しい中、時間を作ってくださったのは、日本画専攻4年生の中根航輔さん、林宏樹さん、塚崎安奈さんのお三方です。
藝大日本画の卒業制作作品は、150号という大きなサイズ(日本サイズの風景画の場合は縦227.30 ㎝×横162.10 ㎝)に決まっているそうで、作品が床に置かれたアトリエでは、多くの学生さんが乗り台に乗った姿勢で制作に取り組んでいました。
3つのアトリエを巡り、それぞれの作品の前でお話を伺いました。
— 卒業制作はどんな作品ですか?
「誕生から死までの時間を含んだものと、生命エネルギーみたいなものの表現を試みています。1年生の時から、このようなテーマをもっていましたが、それは東北の震災と身近な人の死(祖母の死)が考えるきっかけになりました。」
「9月中旬頃に漠然とこのような絵を描きたいと思うようになり、10月に入って取材(動物の骨について科学博物館などを訪問)、11月から描き始めました。色はモノトーンに仕上げますが、下地(白)を部分的に削るなどして、重ね塗りをしている下地の下方の色(赤、黒、グレーなど)が、意図的にまたは偶然に見えるようにするつもりです。」
「日本画の絵具に興味があり日本画を選びました。4年間の集大成としての表現に加え、日本画の画材を自分なりに扱った答えとしての表現が作品になればと思っています。」
— 卒業後の進路は?
「大学院への進学を希望しています。その間にロンドンへ語学留学し、その後機会があれば、向こうでも美術の勉強をしたい。立体なども含め様々な分野のことを学び、自分の表現の幅を広げたい。」
— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?
「作家として活動したいという意識を持っている人が多く、そのような仲間たちの中に身を置くことで、自分も意識を高めていけたことです。」
下地にモチーフを転写した段階の作品を前に、いろいろお話を伺いました。丁寧に説明してくださったので、完成像を少し想像してみましたが……。中根さんの完成作品はどのような姿で現れるのでしょうか。楽しみです。
— 卒業制作はどんな作品ですか?
「テーマは裂け目です。日頃から傍観される世界と分断される自己との関係性を意識します。身体の延長上としての世界は、対象化されることで連続性を失い離散的に分節されていく。世界との不連続性や断裂を広大な裂け目の風景に投影しています。モチーフには実際に訪問したアイスランドの風景を用いました。果てしなく続く荒涼とした世界において、自分の存在が薄れていくような世界との繫がりを感じる神秘的な場所でした。絵画空間のなかで再体験するように対象と世界を媒介する意識で描いています。」
「作品は制作途中ですが、距離感というテーマから色彩効果だけでなく物質的な重層構造も意識しています。」
「自分とモチーフの関係性は、自己と対象との距離が知る行為によって離れていくことをベースにして考えると、素描行為もその要素を孕んでいることに気付きます。しかし経験的に素描は連続性を保ったまま写し取っている感覚もある。今後の方向性として、素描を突き詰めることで連続性を獲得するのか、あるいはむしろ連続性を思想的なメタフィジカルな概念に求めるのかは分からない。見た方が絵と連続性を感じてくれるような作品になればいいと思います。」
— 卒業後の進路は?
「現段階では未定ですが、進学先として大学院では保存修復の道を考えています。」
「日本画に入学して伝統的なことよりも、表現効果を模索することが多かったため、4年間経とうとしたときに日本画の伝統的な技法や材料論を多くは知らないことに不安が生じました。もう少し日本画を研究したいし、より専門性を高める方向で考えています。」
— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?
「やはり人と人とのつながりが大きい、互いの価値観や意見を受けとめる関係があります。また、芸大に在籍していることで繋がる新しいコミュニティがあります。旅先で、自身が芸術を専攻していることがきっかけとなって語らいの輪が広がる経験もしました。そのことで興味があらゆる分野に派生し、見えてくる世界が変化しながら広がり続けています。」
塚崎安奈さん
— 卒業制作はどんな作品ですか?
「今まで日本画の手法で描きたいものがなかったけれど、祖母の家の犬が死んだときに真面目に日本画を描きたいと思いました。画材も今は日本画のものしか使っていません。」
「画面全体に花を敷き詰め、淡い色を塗った上から白を塗って見えないくらいにするつもりです。火葬(花葬?)をテーマにしています。愛犬が旅立ってから少し時間が経った今はただ綺麗に描いてあげたいと。そう思ってこの作品に向き合っています。」
デザインやイラストが好きで、「日本画は苦手だという意識をずっと持っていた」という塚崎さんですが、卒展の直前の作品から作風が大きく変わったそうです。
— 卒業後の進路は?
「テレビ局に入局し、映像デザインの仕事に携わっていきます。就職後も個人的に絵は描き続ける予定です。」
「飽きっぽいから」とご自身を表現していましたが、あくまでも自分らしい表現を求める強い意志が伝わってきました。
— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?
「考える時間がたくさん与えられたことがよかったです。絵が好きなので、絵に時間をかけられたこともよかった。藝大の学生はいろいろなことを深く考えていると思います。他科の友人との交流も刺激的で、人とつき合うことが楽しかったです。」
あえて下絵を描かず一瞬一瞬を刻み込むように画布に向き合う塚崎さん。作品完成の瞬間は、どのような形で訪れるのでしょうか。
日本画専攻は1学年25名という少数精鋭。最後に3人に尋ねました。
— 学友はライバルですか?
「お互いの言ったことを聞いて解釈し合える。」
「お互いの価値観を知り、自身の幅が広がる。」
「人と比べてではなく、自分はどうかを大切にしている。」
「皆意識が高い。」
お互いがお互いを認め合いながら自らの芸術性を追究していく、高い意識に裏付けられた学びと創作の場における関係性を垣間見た思いがしました。
完成した作品と「卒業・修了作品展」で対面できる日を心待ちにしています。
長時間にわたり、興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
(2014.11.13)
執筆|窪田光江・鈴木俊一郎・永井てるみ(アート・コミュニケータ「とびラー」)
2014.12.18