東京藝術大学と言えば上野というイメージがあるのですが、今回の訪問先は取手。とてつもなく広いキャンパスは、正門からのアプローチもまるでゴルフ場のよう。まずは、リニューアルされた藝大食堂にて腹ごしらえ。外光が眩しいくらいのお洒落な空間は、上野の趣とは随分と異なります。すっかり寛いでいるタイミングで、藤澤穂奈美さんと待ち合わせさせていただきました。
ー藤澤さん、今日は何てお呼びすればよいですか?
「そうですねぇ。呼ばれていることが分かれば何でも。私、あだ名とかがつきにくいみたいで。…ホナミとか、ホナちゃん、フジちゃん,フジッピーとか。ゆるキャラみたいで、今日はフジッピーでお願いしようかなぁ。」
全く飾らない人だなぁというのが第一印象です。
「じゃぁアトリエの方に来ていただきましょうか。」
早速にフジッピーのアトリエに移動してお話を伺うことになりました。
「蟻(あり)をモチーフにした20cm角のアルミの鋳物を149枚くらい組み合わせて絵柄にします。組み合わせて170cm大の大きなパネル3枚の作品です。まだ途中で、完成に近いものをお見せできないのですが。」
アトリエに着くと、すぐに作品の紹介をしてくださいました。
ーどのように展示される予定ですか?
「美術館の外のエントランス広場に置きます。配置イメージは今のところこんな感じで考えています。(レイアウト図をみせていただく)実際は台座に載せます。立てるのでも横にするのでもなく、ただ寝かせておきます。最終的には(鑑賞者に)乗って欲しい。蟻(あり)を踏んで欲しいと思っています。」
ーえ?踏むんですか?
「はい。本当は屋内での展示を希望していて、靴を脱いで素足で乗ってもらいたかったんです。最近は手で触れる作品も増えてきましたが、まだ手だけじゃないですか。これだけの大きさがあれば、足の裏だったり、寝転んで背中だったり、あるいは腕全体とかで、色々と感じていただけると思うんですね。それぞれに感覚が異なると思いますし、鋳物の堅さだったり、日が当たっていれば温かさだったり、そういった素材そのものについても感じて欲しいんです。」
美術教育を専攻する学生は、修了にあたり、作品制作の他に理論研究の成果として論文も提出しなければいけないとのこと。フジッピーの論文のタイトルは『美術作品における素材の存在感の重要性』。まさに素材の存在感を感じる作品になるようです。
ーアルミは素材としてよく使われるんですか?
「アルミを選んだのはコストの面や、重さの面などもありますが、私、金属素材は全部好きなんです。みさかいなく何でも(笑)。金属っていうと、堅いとか強そうとか冷たいとか、そんな印象があるじゃないですか。ところが使っていると柔らかかったり、温かかったり、磨くと光ったり、色々な表情があるんですよね。それも毎回異なる。今回の作品も、この後、溶液で化学反応をおこさせて黒く着色するのですが、少しの差で色目が大きく変わるんです。均一ではないんですね。金属は、研究対象としても飽きないですね。」
ー金属が好きになったきっかけとかはありますか?
「うーん、直接的には…。高校の時、美術科だったので、色々な素材を扱いました。木工とかFRPとか紙とか、色々。ただ高校ですから、設備の関係などで金属は扱えなかったんです。だから金属はいつかやってみたいなぁって思っていました。自分でも言うのも何ですが、割と何でも器用にこなせちゃうタイプで。だからうまくいかない時の方が面白い。不測の事態が好きなんです。変化の無い素材と一般的に思われている金属が、非常に異なる表情を見せるのが新鮮なのだと思います。狙い通りにいっちゃうと、つまらないんです。」
ー屋内での展示希望が、屋外になっちゃったのも不測の事態でかえって良かったとか?
「あぁ、そうですね。本当にそうかも。雨対策や雪対策も考えなければならないし。展示して2,3日したら、パネルが何枚か無くなったりしたりするのも面白いかも。」
ーええ?作品の一部が無くなってもいいんですか?
「だってお婆ちゃんになったらその方がエピソードとして記憶に残るじゃないですか。単に展示しましただけでは、すぐに忘れちゃうでしょう。」
ーそもそも美術教育を専攻したのはどんな理由からですか?
「一度別の美大を出て、高校の美術教師を2年間やっていたんです。その時に、まだまだ全然”学び”が足りないなぁと感じました。高校生たちが本当に凄くて。ジェラシーを感じたというか、負けてられないなぁって思って。後進を育成している場合ではないと。藝大の美術教育は理論研究と制作を両方やるのですけれど、それも面白いかなぁと思って。」
ーもっと上手に教えたくなったからということではないんですね。
「教える人は私でなくても一杯いるでしょうし。それに、こちらが”教える”姿勢だと、”教わり”たくないだろうなって当時から思っていました。やる気をもって学びたいということを一緒に学習していくような、そんな相互関係、一方向ではない関係性が良いのかなと。幼稚園生とかの感性にも「やられた!」と思う事もあるし。そういう意味では、全人類は私の敵かもしれませんね(笑)。」
-作品の話に戻りますが、タイトルとかお聞きしても?
「…『LIVES』…で、”りぶず”あるいは”らいぶず”です。命の複数形、あるいは生きることの名称として。」
ーこれまでの作品を拝見して、”命”を感じる作品が多いような気がしました。
「そうですね。気が付くとそうなっていたという感じです。小さい時から生き物は好きでした。お風呂場で水没しそうな蟻をみつけると、救出して自分は裸のまま外に逃がしたりしたこともありました。雨の中、運転していてカエルを踏んだりしちゃうことも嫌です。気づかないうちにそういうことしていることって、誰にでもありますよね。でも、美術作品を踏むってことは絶対ないじゃないですか。たとえ床に置いてあったとしても。もし踏んだら凄く嫌な想いがする。この差って何だろう。美術作品と小さな生き物の命の差って。私の作品を踏んでもらって、その嫌な気持ちとかを味わってもらったり、あるいは小さな生き物への弔いを感じてもらったりしてもいいのかなと思っています。…ごめんなさい、解説するとつまらないですね。そろそろ、工房の方にも行っていただきましょうか。」
工房とお聞きしましたが、工場のような建屋に案内していただきました。ここにある設備で”家も建つ”そうです。
ーこちらで鋳物を作るんですね。
「はい。最初に粘土で蟻のレリーフを作り、その原型からシリコンの型(雌型)を作ります。次にワックスを流して雄型を作ってパキパキ割って板に張りつけます。その後、砂で鋳型をとってからアルミを流して、先ほど見てもらった鋳物を作ります。シリコンって金属だってご存知でした。私も後で知ったんですけど、金属なのにとても柔らかい側面がありますよね。鋳物も開けてみないと出来栄えが分からないこともあって、なかなか面白いです。」
ー台座もご自身で制作されたんですよね。
「そちらも見ていただきたいと思います。台座なので、図面だけ書いて発注しても良いのですが、私は自分で作りました。やはり作品を制作する過程で、手直しが必要な時もあるし、一度図面を書いてしまうとそのままでは使えないでしょ。何より、作りながら考えることができるのがいいんです。」
「こちらの台座にパネルを乗せます。展示場所がエントランスなので、座りながら待ち合わせ場所に使ってもらってもいいかもしれませんね。『え、そうなの?』と、こちらが思うような反応がでるのが楽しみですね。
ーこれまで制作の過程で難しく感じたことはありますか?
「…正直、難しく感じたこと、大変だと思ったことはないです。困難なことは楽しいことなので。昔から美術は好きで、小学校の夏休みの宿題も美術だけは計画通りに進んで、逆に日にちが余ってあれもこれもとさらに手を加え始めて、結局締め切りに間に合わないなんてことはありました。でも、それも、やはり楽しかったし。」
ー卒業後の計画はありますか?
「好きなことだけして生きてくことを考えています(笑)。一応、博士課程は受けています。設備や教員、友達のいるこの環境で、もっと色々なことを習得して世に出たいなと。」
ー本当に作ることが大好きなんですね。
「そうですね。作ることが好きな人の中には、こんな技術を使いたいので作品を作りたいという方もいると思いますが、私は作品として形にすることに関心があります。手段や方法は、その作品が作れればそれでいいという感じです。実は出来上がったものそのものに、それほど愛着があるわけでもないんです。展示が終了すれば、それはもう終わったことです。金属以外の素材に目が向くことも、ひょっとすると、いや、多分間違いなくあると思います。作りたいものや試してみたいことがめちゃくちゃ沢山あって、(博士課程の)3年でも全然足りないくらい。」
ー今日はありがとうございました。卒展で作品を観に行くのがとても楽しみです。
★インタビューを終えて
藤澤穂奈美さん(フジッピー)を、一言で表現するとしたら、自然体(ナチュラル)な人というのが最も相応しい気がします。作ることが大好き、生き物が大好き、何より不測の事態が大好き! 自分の意図通りには決してならない「自然」が大好きで、そこから何かを感じている「自然」な自分を形にして表してみたい、そんな印象を受けました。
作品について「説明」いただこうと質問を投げかけると、何度となく躊躇されていたのは、「説明」してしまうことで、作品と出会う人の感じてもらえる幅を制限してしまうことを恐れてのことではないかと思います。「教える」ことほどつまらないことはない。自分と異なる感覚、感性があること自体が「自然」であり、それを知ることが面白い。そんな風に思われているのではないかと勝手に想像しています。
「今日は、色々な感想がいただけてよかったです。不測の事態から、今日お話した内容とだいぶ異なる作品になっていたりしてもおかしくないですね(笑)。」
チャーミングで自然な笑顔とともに、最後にこちらの台詞で取手キャンパスから見送っていただきました。
取材|臼井清、上田紗智子、鈴木優子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆|臼井清
2013年に、認知症の方やご家族向けの絵画鑑賞プログラムを体感する機会があり、アートの持つ魅力と可能性を強く実感しました。とびラーに応募したのも、もっとアートが知りたくなったからです。現在は、アートナビゲーター(美術検定1級)としての知見なども踏まえ、ビジネスパーソン向けのアートワークショップ、研修企画なども行っています。大好きな作家はターナー♪
第67回東京藝術大学 卒業・修了作品展 公式サイト
2019年1月28日(月)- 2月3日(日) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場|東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所
★あなたもアートを介したソーシャルデザインプロジェクトに参加しませんか?
第8期とびラー募集
2019.01.08