2019.10.21
鑑賞実践講座・第5回
「ファシリテーション事前準備」
日時|2019年10月21日(月)13:00~17:00
場所|東京都美術館アートスタディルーム
講師|三ツ木紀英さん(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA))
Visual Thinking Strategiesのファシリテータは、事前の準備にたくさんの時間をかけます。鑑賞者について知り、鑑賞者に合わせて作品を選出します。当日の現場が始まる前からファシリテーションは始まっています。今回はその「事前」のファシリテーション準備についてみなさんで考えていきます。
<作品選びのポイント>
まず、講師の三ツ木さんから、作品の選び方についてレクチャーがありました。
「認知心理学者のアビゲイル・ハウゼンがまとめた『美的発達段階』の考え方では、アート作品の鑑賞などを通した美的体験における発達の段階が、5段階あることが示されています。この美的発達段階の考え方を元に、第一段階・第二段階の鑑賞者(美術館に来館するほとんどの人がここに含まれる)が鑑賞を深めやすい作品の選定について考えます」
「まず物語性を見出しやすいか、という視点が作品を選ぶ時に有効です。特に子どもなど、第一段階の鑑賞者は自分の知っていることに基づいて見たものを理解しようとしたり、作品の中に物語を見出そうとするという傾向があるためです。それだけではなく、多義性(1つの答えではなく、様々な見方をできる)を感じられる作品であるかどうか、興味を刺激したり、理解可能なきっかけがあるかという視点も大切です」
鑑賞者の段階に合わせた作品の内容から始まり、実際の展示室で鑑賞しやすい位置にある作品か、また1作品目と2作品目のシークエンス(連続性)などにも気を配って作品を選定することが重要とのお話もありました。作品選びのポイントを知ったところで、グループになって実際に作品を2作品選んでみました。
また、選んだ作品について全体で発表し、気づいたことを共有しました。
<事前準備:「ひとりVTS」>
「事前準備では、まずファシリテータ自身が作品をよく見て、作品の魅力を掴んでおくことが大事」と三ツ木さんは言います。
「ひとりVTS」と呼ばれる準備では、まず作品をよく見て、様々な要素を付箋に書き出していきます。なるべく多くの視点で作品を見ることが重要です。次に書き出した意見が主観的解釈なのか、客観的事実なのかで分類し、主観的解釈の意見に対しては、「作品のどこからそう思ったか」を自分自身につっこんで質問して作品の中に根拠を求めます。
その後、それぞれの意見をグループ化し、グルーブに「小見出し」をつけたり、グループごとの関係性を見たりして全体を把握します。
<Visual Thinking Strategies実践>
最後はいつもの通り、実践を行いました。
次回からは、ファシリテーションの事前準備で「ひとりVTS」を行い、作品について、より深くその魅力に迫っていくVisual Thinking Strategiesをしていければと思います。
(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)
2019.10.17
東京都美術館ギャラリー「伊庭靖子展 まなざしのあわい」会場及びホワイエにて、8月25日(日)に、とびラー企画のワークショップを開催しました。
作品の対話型鑑賞・写真撮影・スケッチ・缶バッジ制作という、鑑賞から表現につながるこのプログラムには、当日受付で45名の方にご参加いただきました。
「見ること」を意識的に行うことで、作品の鑑賞を深めるとともに、自らのまなざしで発見したものを表現し、「見ること」のおもしろさを感じることがテーマでした。
<伊庭靖子さんの作品制作の過程にヒントを得たワークショップ>
「対話型鑑賞」→「モチーフを配置して写真撮影」→「スケッチ」→「缶バッジ制作」
どうして、このようなプログラムになったのか、なぜ写真撮影をするのか、まずは、その背景についてお伝えします。
伊庭靖子さんの作品の鑑賞を深めるための対話型鑑賞のワークショップの企画を考えていた時に、伊庭靖子展のとびラー向け事前勉強会がありました。そこで伊庭さんの作品制作について知ったことが、このプログラムを考える出発点になっています。
実物を見て描くのではなく、写真に撮って、そこに写っているものをもとに描くという伊庭さん独自のスタイル。近作では、アクリルボックスの中にモチーフを入れて、モチーフの質感やそれがまとう光を描き、その周囲の風景を表現しているということ。そして、今回の展示のために、東京都美術館内で撮影した写真をもとに描かれた作品があること。
それらのことに興味を持った私たちとびラーは、実際にその制作過程に倣い、小さなアクリルボックスに入れたモチーフを撮影してみました。光の反射によるさまざまな映り込みによって現れた世界に、自らの見ているものについての意識が揺さぶられるような気がしました。普段は意識して見ていなかった、眼とモチーフの間にある光や空気や周囲の景色の織りなす不思議な世界に驚きました。自らの眼とモチーフ、モチーフと空間の「あわい(間)」にあるものを感じ取れたら、作品の世界に近づけるかもしれない。「見ること」を考えるきっかけにもなりそうだと考えました。そこで、伊庭さんが制作のために写真を撮った、その同じ空間で写真を撮る体験を、プログラムに入れることにしました。これは、東京都美術館だからこそ出来るスペシャルな体験です。
さらに、伊庭さんが写真を撮ってそれをもとに作品を描いていることをふまえ、参加者も自ら撮った写真の中で心惹かれた部分を色鉛筆でスケッチすることにしました。そして、その描いたものを缶バッジというアートにして持ち帰っていただくことにしたのです。
こうして、作品を見て対話型鑑賞をし、自らの眼でモチーフを見て、撮影をし、その写真をもとに感じたものを描くという、「鑑賞」から「表現」へとつながるプログラムとなりました。
<実施当日の様子>
①プログラムの受付をします。
参加者は、受付のあと「伊庭靖子展 まなざしのあわい」を鑑賞し、グループで鑑賞をする作品の前に集合します。
②グループでお話をしながら作品を鑑賞します。
今回の展覧会のために、伊庭さんが東京都美術館館内で写真を撮り、それをもとに描いた作品をじっくりとグループで鑑賞。作品の中に描かれた光や空気感、モチーフの質感、描写など、お話の中でいろいろな発見を共有しました。
美術館で初めて出会った参加者が、アートを通じてつながっていきます。
作品の前で、他の参加者の発言に、みんな聞き入っています。
みなさんと対話をしながら鑑賞するのは楽しくて、ファシリテーターも笑顔です。
言葉の1つ1つに込められた思いを受け取って、共有していきます。
気づきが言葉になって出てくる瞬間。時には、マンツーマンで参加者に寄り添います。
グループでの鑑賞のあと、とびラーから、伊庭さんが制作過程で写真を撮ってそれをもとに描ていること、鑑賞した作品が、アクリルボックスの中にモチーフを入れて、東京都美術館館内で写真を撮ってから描かれたことなどもお話ししました。
参加者は、自分が立っているのがこの作品に描かれた風景と同じ空間であることに、驚いたり、感動したりしていました。
③アクリルボックスの中にモチーフを配置し、iPadで写真撮影をします。
展示室を出たところで、伊庭さんと同じように自らモチーフを選んで配置し、アクリルボックスを被せて、見え方の変化を観察します。とびラーが寄り添い、アクリルボックスへの映り込みによる像と実像、光の反射、周囲の景色との関係性など、角度やアングルを変えて、いろいろな見え方をあじわいます。
「どれがいいかな?」綺麗な瓶を嬉しそうに手に取っています。
モチーフを選んで配置を決めるところから、作品を描くことが始まっています。
「モチーフを置く位置は、どうですか?どんな方向から撮りますか?」「こんな感じで!」
親子での参加者。撮影の順番を待つ間も、他の方の撮影を真剣に観察されています。
「見え方はどうですか?この角度でいいですか?」背景の景色、光の反射などを確認中です。
撮影場所のホワイエにも、美術館入口の景色が映り込んでいます!
伊庭さんが写真を撮られたのと同じ空間で、みなさん「見ること」に集中しています。
写真を撮影している時のワクワク感が、寄り添っているとびラーにも伝わってきます。
「どの写真がお気に入りですか?」何枚か撮った中からプリントする写真を選びます。
プリントを待つ間にも、参加者同士で写真を見せ合ったりして、和やかな雰囲気です。
同じ場所で撮っても、1つとして同じ写真は存在しませんでした。1枚1枚の写真にも個性が現れています。
④プリントした写真を見てスケッチします。
写真を見てみると、眼で見ていた時に気づかなかったものが写り込んでいたり、反射光で見えなくなっているところがあったり、またまた新しい発見があったようです。
写真の中で特に心惹かれた部分を探し出し、それを色鉛筆でスケッチします。何十年ぶりにスケッチをされた方も、絵を描くのは苦手だとおっしゃっていた方も、とびラーとおしゃべりしながら楽しそうに、あるいは真剣に集中して、描いています。ここでは、お好きなだけ時間をかけてゆったりと作品に向き合っていただきました。
ここでは、みなさんは「鑑賞者」から「アーティスト」になっています。
「この写真の中で、一番いいな面白いなと思ったところはどのあたりですか?」
写真をよく見て、色や光を観察しながらスケッチされていました。
缶バッジに切り取る前に、時間をかけて描いた作品を携帯で写真に撮り、保存された方もいました。
「小学校以来、久しぶりに絵を描きました。東京の美術館て、面白いことやっていますね!」
などというご感想もお聞きすることが出来ました。
④スケッチしたものから缶バッジを制作します。
プログラムの最後は、スケッチに表現したものからお気に入りのところを切り取り、缶バッジにします。缶バッジの大きさに切り取る箇所によって、缶バッジの中の絵は大きく変わってきます。イメージ通りに描けたところ、デザイン的に面白いところ、色の気に入ったところなど、丸いスコープをあててそれらを探すのも、意識的に「見る」ことに繋がります。
直径3センチの円でトリミングした構図を決めるところです。
缶バッジが完成した瞬間、「わぁ、素敵!」「おお〜!」と参加者ととびラーの歓声が上がります。
世界に1つだけの缶バッジができました!
参加者のお顔がパアッと明るく輝くのを見て、とびラーたちも感動します。
マットなフィルムで仕上げた缶バッジ。とても落ち着いた味のある雰囲気になっています。
早速、胸につけて帰られた方も多かったようです。この缶バッジを見て、東京都美術館でのひと時を思い出していただけたら、嬉しいです。
⑤感想と写真を掲示します
参加者の撮影した写真は、1枚はお持ち帰り、1枚は感想とともに残していただきました。
「今回のプログラムはいかがでしたか?」とびラーと参加者の会話も弾んでいます。
感想コメントのいくつかをご紹介します。
・意識をして光の行き先を考え、ガラスの器を置いた。日常の空間で見過ごしがちな物、光、空気を感じることができた。アクリルBoxとカメラの力を借りて見えないものが見えた気がした。
・とびラーさんやグループの皆さんとの会話をしながらの鑑賞、とても刺激になりました。この様なワークショップ初めてで、真剣に楽しく取り組むことができました。
・伊庭さんの作品を鑑賞してから、実際に伊庭さんと同じような制作体験が出来て嬉しかったです。いただいた写真も記念、大切にします。バッジはすぐに服につけました。
・伊庭さんの作品の独特な美しさ、やすらぎを感じるひと時でした。絵は難しかったですが、久しぶりに楽しい時間でした!
・自分のまなざしを疑いながらぼんやりとその空間を楽しむことができました。一人で見るのと対話をするのと違った見方が出来てとても気持よいです。感謝。
・久しぶりに絵を描きました。楽しかったです。苦手、いらないと思っていましたが、出来上がるとうれしいものですね。対話は時間が短く感じるほど皆さんと盛り上がりました。のんびりとでした。
・対話、写真撮影、制作とさまざまな体験が出来たのが楽しかった。撮影の際には、アクリルや部屋の照明など予期しなかった要素の影響が新鮮で、もっとよく見たいと感じました。
・展示されている作品を見てこのワークショップと同じ空間であの豊かな作品が生まれたことを知り、衝撃的でした。
・作品を鑑賞するだけでなく、アーティストと同じ目線で作品創りができ、楽しみながら感性を磨くことができました。
「東京都美術館ニュースno.460」には、伊庭靖子さん自身の展覧会への思いとして、このような言葉が記されています。
「来館者の皆さんには、眼でみるだけではなく、五感でみて(感じて)欲しい。“見る”ことをあらためて意識する機会になったら嬉しいです」
このプログラムの参加者の方々の感想にも「見ること」の意識の変化が記されているものがありました。ワークショップ終了後、もう一度伊庭さんの作品を鑑賞するために再入場されている方もいました。最初に作品を鑑賞した時とワークショップの後で鑑賞した時とでは、見方に変化があったでしょうか。
「伊庭さんの作品て、素晴らしいなあ、深く鑑賞したいなあ。参加者にもその素晴らしさをあじわっていただきたいなあ。」というところから始めて、企画し準備を重ねてきましたが、このように参加者のみなさんとご一緒に伊庭さんの作品を深くあじわい、「見ること」についていろいろな発見をし、そのおもしろさを共有することができたことを、本当に嬉しく思っております。ご参加いただいたみなさまに、心より感謝申し上げます。
企画から実施まで、熱い思いを胸に、素晴らしいチームワークで走り続けたメンバーです。
執筆:原田 清美 (アート・コミュニケータ「とびラー」)
とびラ−3年目です。趣味は、写真とダイビングです。
とびラーになって、アートと人と美術館の出会いに、たくさんの
感動やプラスの刺激、そしてエネルギーをいただき、感謝しています。今、私の大切なものを3つ挙げるとしたら、「人・自然・アート」です。これからもアートに関わる活動を続けていきたいと思っています。
2019.10.06
アクセス実践講座・第4/5回
「ワークショップメイキング入門」
日時|2019年10月6日(日)10:00~16:00
場所|東京藝術大学第3講義室
講師|舘野泰一(立教大学経営学部)
毎年恒例となり、たくさんのとびラーが受講する舘野泰一さんの講義が今年もアクセス実践講座に登場です。「ワークショップ」とは、どのような学びの形態か、どのようにプログラムメイキングをするのか。その基本を一日の講義で学びます。
ワークショップメイキングのポイントは「『遊び』と『学び』、両方の要素が上手にブレンドされていること」と舘野さんは言います。
講義全体にも、『遊び』と『学び』がブレンドされて、とびラーも生き生きとワークに取り組み、レクチャー部分では「なるほど!」と理解を深めていく様子が印象的でした。
ワークショップの「構造」について理解するために、とびラーは事前課題に取り組んでからこの講義に参加しています。事前課題は、舘野さんが設計したワークショップの詳細を書籍で読み、その「構造」がどうなっているかを他の人に説明できるように準備すること。いくつかのワークショップについて、とびラーがそれぞれ分担して、他のとびラーに要点を説明します。その要点が統合されていくことで、全体の学びが深まっていく効果もあります。
学習者は「白紙ではない」と、舘野さんは言います。
白紙に大量印刷をするように知識を一様に伝えていた時代の教育から、学習者が主体的に考えることで学習していく教育の時代に、現代の学びはシフトしています。学習者が、もともと持っている考えと、新しく学ぼうとする知識を関連づけて考えることで、知識を自分なりに作る形で学習が行われていきます。
事前課題で見えてきたワークショップの基本構造や、ワークショップを設計するときのポイントについて、これまでのワークとレクチャーを通してなんとなく見えてきたことを、チームで整理していきます。
とびラーの気づきを元に、舘野さんからのレクチャーがあり、前半は終了です。
前半のポイントは、
・ワークショップの基本構造
・「遊び」と「学び」のサンドイッチ。学びで遊びをサンドする構造を作る。
・ゴールに直接行かないずらし(遊び)を作る。
お昼休憩をはさんで、後半は実際にワークショップを体験しレクチャーを聞いて、ワークショップデザインのコツの理解をさらに深めていきました。また記録や、ワークショップの伝え方など、より実践的な内容についても学んでいきました。
講座はいくつかのワークを実際に体験しながら楽しく進行していきました。
実際にワークショップを設計するときに意外と難しいのが、「遊び」をどのようにデザインするかという部分です。それについて、舘野さんはこんな風に説明します。
「例えばこのゴミを、そこにあるゴミ箱に捨てるとします。最短ルートでこの目的を達成するためにはまっすぐ歩いていてって捨てるわけですよね。これを遊びにしようと思ったら、この最短ルートを禁止してみます。例えばゴミ箱に行く前の手前に線を引いて『この線から入れてください』と言ったら遊びになるんですよね。
一番早いルートで目的を達成できてしまうことを禁止して、新しいルールを足す。そうすると遊びが見えてきます」
とびラーがプログラムメイキングをするために必要となる実践的な知識を吸収できた一日でした。実際の「とびラボ」での活動を通して、今日の学びがきっと活きてくることと思います。
(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)
2019.10.05
今回で2回目を迎えるオープンデイ「キュッパ・チャンネル」!あいうえのに初めて参加する人向けのデビュー・プログラム、これまでにあいうえのに参加した人向けのリピーター・プログラム、年間通じて参加するムービー部が実施され、計5種類ものプログラムが同時開催しました。この日だけであつまった人の数は、なんと377名!!台風が近づいていて、天気に不安をかかえていましたが、当日は最高気温が31度の真夏日になりました。それぞれが迎えた”あつい”プログラムの様子をお伝えします。
撮影:中島佑輔
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2019.09.30
9月30日(月)、厳しい残暑の中、今年度2回目となる学校向けプログラム「スペシャル・マンデー・コース」が実施されました。
展覧会の休室日に、学校のために特別に開室して行われるこのプログラムは、貸し切り状態でじっくり本物の作品と出会える特別な機会です。この日の午後に参加してくれたのは、2校。そのうちの1校である、足立区立高野小学校の様子をご紹介します。
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2019.09.30
「こんにちは!」
「東京都美術館にようこそ!」
東京都美術館のアートスタディルーム(以下、ASR)に入ってきたこどもたちに、美術館の学芸員やスタッフ、アート・コミュニケータ(愛称:とびラー)たちが声をかけます。
やってきたのは、多摩市立教育センター ゆうかり教室の、小学生6名、中学生7名、保護者7名、引率7名の計27名。
そこに、プログラムの伴走役を担う9名のとびラーと、スタッフが加わります。
今日は、学校向けプログラム「スペシャル・マンデー・コース」の日。展覧会の休室日(月曜日)の東京都美術館を舞台に、特別な鑑賞授業が行われます。
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2019.09.30
ここは、上野恩賜公園の竹の台広場の前。
こどもたちの到着を待っている大人たちがいます。彼らは、東京都美術館を拠点に活動する、アート・コミュニケータ(愛称:とびラー)たち。
「もうすぐかな」
「あ、来た!」
この日行われるのは、学校向けプログラム「スペシャル・マンデー・コース」。
展覧会の休室日(月曜日)の東京都美術館を舞台に、特別な鑑賞授業が行われます。
バスに乗ってやってきたのは、町田市立鶴川第三小学校(以下、鶴川第三小学校)の、小学4年生76名、保護者7名、引率4名の計88名。そこに、プログラムの伴走役を担う22 名のとびラーと、スタッフが加わります。
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2019.09.29
アクセス実践講座・第3回
「認知症に対応した鑑賞プログラム」
日時|2019年9月29日(日)13:30~16:30
場所|東京藝術大学第3講義室
講師|林容子(一般社団法人アーツアライブ)
全8回で構成されるアクセス実践講座の第3回目を行いました。第3回目は、一般社団法人アーツアライブの林容子さんを迎え、認知症に対応した鑑賞プログラムに携わる経緯と、現在のご研究、また、超高齢化社会が抱える課題に対しアートができることについてお話を伺いました。
日本の現在の状況について林さんはこのように説明します。
「日本は世界一の超高齢化社会です。65歳以上の人口が今年度の6月で全体の28%、すなわち4人に1人以上が65歳以上。これが2060年までには33.9%、3人に1人が65歳以上という、超超高齢化社会を迎えるっていう現実があります。今のままでは立ち行かないということがよくわかると思います。
現在認知症を患う高齢者数が500万人。さらに大きい問題は、都心部においては特に独居高齢者が多い。独居高齢者が700万人います。財政負担も非常に大きい。GDPの30%が社会保障でそのうちのなんと78%が高齢者向けになっています」
このような社会的課題に対し、これまでの林さんの活動の経緯とこれからをお聞きしました。
アートマネジメントの道へ
大学で美術史を専攻していた林さん。卒業後は、美術の仕事に想いを残しながらも貿易を扱う仕事につかれたそうです。「ペッパーミル」や、ホテルのポーターが使う機能性が高くエレガントな「ワゴン」など、当時はまだ日本に存在しなかった海外の文化を輸入し一般に広めていく仕事に心血を注がれた時期がありました。ビジネスの現場で様々なご経験を積まれた林さんは、アメリカの大学院で「アートマネジメント」という分野に出会います。アートマネジメントについて学ぶため、ニューヨークに渡った林さん。講義は、林さんがどのように「アートと福祉」の出会いに立ち会ったかというお話に続いていきます。
アートと福祉との出会い
海外で様々なアートプロジェクトに立会い、特に欧米の企業や社会全体が「アート」に大きな価値を見出す文化に驚いた林さん。1999年にイギリスで行われた国際シンポジウムに出席し、病院や施設を視察したことが、アートと福祉に関わるきっかけだったそうです。
「入院している方、高齢の方、リハビリ中の方、外出することができない方々にとって、アートがものすごく必要なものなのだということに気づかされました」
当時の日本では病院や施設は、アートとまったく無関係な世界だったと、林さんは言います。そんな中、林さんはどのようにアートと福祉を繋げていったのでしょうか。
福祉の現場にアートを持ち込む
「一番大変なのは、活動の許可を取るということなんですね。アートが健康に寄与するという意識が浸透していないので、アーティストが来てとんでもないことをされては困るという不安が施設側にあるのです」と、林さんは回想します。
そこで、ある高齢者施設を訪れた際、林さんはまず「何か困っていることはないですか」と聞いてみたのだそう。
すると、
「利用者が部屋にこもったきり出てこない」
「同じような作りの部屋ばかりで、自分の部屋がわからなくなってしまう」
という“困りごと”が見えてきました。
そこで林さんは、教え子である武蔵野美術大学の学生とともに各部屋の障子に絵を描くプロジェクトを始めます。その部屋の利用者の楽しかった思い出を聞き、その様子を学生が絵にしていく中で、「着物はこんな柄だった」、「今の私もここに入れて」と様々なコミュニケーションの中で、利用者と学生が一緒に作品を制作していったのだそうです。
この活動を始め、認知症の方のための施設などでも活動の場を続けていた林さん。2009年には、一般社団法人アーツアライブを設立します。
アーツアライブでは「アートリップ」というプログラムを行なっています。アートリップは、認知症の方と美術作品を鑑賞するプログラムです。アーツアライブでは、アートコンダクターと呼ばれるファシリテータを育成し、プログラムを実施しています。
認知症の方との美術鑑賞について、林さんは次のように語ります。
「日本の高齢者のレジャー白書では、一番やりたいことは旅行なんですね。それから、ハイキング。その次にくるのがこの美術鑑賞なんです」
実際にプログラムを行うと、これまで笑わなかった方がニコニコとお話をしながら楽しそうに鑑賞する様子が見られることもよくあるそうです。
認知症で認知の機能が低下しても、「感情」が最後に残ることに着目し、「感情」の部分に直接作用するアートの効果をを認知症予防に取り入れることを提唱されています。
国際シンポジウムの成果
2018年10月、国立新美術館にて「アート・記憶・高齢化:アートを通した“認知症フレンドリー社会”の構築」というシンポジウムを開催されます。このシンポジウムでは、欧米で美術館や劇場といった芸術団体が認知症当事者と家族の為のプログラムを企画実施し、介護の現場でも芸術が認知症当事者の症状の緩和や、QOL(生活の質)を向上させることに注目し、米国、英国、オーストラリアという同分野の先進国より第一線の研究者、実践者を迎えて国内外の先端事例を紹介し、芸術、アートの力は“認知症フレンドリー社会”の構築にどう寄与することができるのか、その実現に向けての課題について考察が行われました。国内外から、医療関係者、美術館館関係者など約230名が参加したそうです。
認知症に処方されるアート
海外では、認知症に効果があるとして、美術鑑賞が処方されるというニュースが報道され記憶に新しいところです。人々のwell-being(心身ともに病気ではない、虚弱ではないというだけでなく、肉体的・精神的・社会的にすべてが快適で幸せな状態)にとって、アートに触れる機会を持つのは、ヒューマンライツ(人権)として尊重されるべきという考え方が広まりつつあります。
林さんは力強く語ります。
「私の夢としては、日本は今はアートがリハビリ療法の対象にしかなりませんが、将来は音楽やアートとか、そういった活動が介護保険や医療保険の一部でまかなわれていくべきだと思っています。ずっとアートリップのプログラムを始めた2012年の頃からそう思って活動しています。最終的にアートというものが医療に組み入れられていくということに繋がっていくために、もっともっと、説得力を持ってそれを証明していく必要があります」
アートを介して社会課題に立ち向かう1人のアクティビストとしての林さんの信念と力強さに胸を打たれた林容子さんの講義でした。
(東京藝術大学美術学部 特任助手 越川さくら)
2019.09.17
9月17日(火)、今年度最初の「スペシャル・マンデー・コース」が行われました。晴れ空のもと上野公園にやってきたのは、墨田区立第四吾嬬小学校に通う5年生・6年生・たんぽぽ学級のみなさんです。こども62名、9名の引率の先生、4名の保護者の方を迎えて行われたプログラムの様子をお伝えします。
スペシャル・マンデー・コースは、休室日の展示室を学校のために特別開室し、ゆったりとした空間の中で行われます。こどもたちが本物の作品と出会い、アート・コミュニケータ(愛称:とびラー)と共にじっくり鑑賞することができるとあって、毎年多くの学校から申し込みをいただいている好評のプログラムです。
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2019.09.17
9月17日(火)、秋のはじまりの晴れ間のもと「スペシャル・マンデー・コース(学校向けプログラム)」が行われました。
午後は、北区立田端小学校の6年生と足立区立足立入谷小学校の5年生が来館しました。
「スペシャル・マンデー・コース」は、お休みの美術館の展示室を学校のために特別に開室する日です。普段の展示室とは違い、ゆったりとした環境の中でこどもたちが本物の作品と出会い、アート・コミュニケータ(愛称:とびラー)と共に鑑賞できるプログラムです。
このブログでは、足立区立足立入谷小学校の様子を紹介していきます。
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