2012.12.27
とびらプロジェクト(以下「とびら」)スタッフの近藤美智子さんより一通のメールが届いた。<今度、都美の学芸員の中原さんのインタビューをプロジェクトルームでしてみませんか?>私はパソコンの前でふと一枚の絵画を連想した。ゴッホの《糸杉》である。中原さんは、メトロポリタン美術館展(以下「メット展」)を担当された学芸員さんである。先日BS日テレの『ぶらぶら美術・博物館』で、ネクタイスーツ姿で、おぎやはぎや山田五郎氏を案内している場面をご覧になった人もいるだろう。あるいは、11月の都美の講堂での講演会をお聞きになった人もいるかもしれない。
(ニューヨークでの研修生活を語る中原さん。毎週日本に向けてレポートを送り続けていたそうだ。)
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さて、私と中原さんとの出会いは、とびらの研修プログラムにおける中原さんのメット展解説を、とびラーの仲間と一緒に拝聴したのがはじまりだった。中原さんの作品語りは、的確かつ冷静で、当意即妙なものだった。また、とびラーの仲間たちとメット展で“まなざし”を共有したことも、鑑賞に深みをあたえてくれた。 だから、私にとって、インタビューはメット展の鑑賞体験の“続編”に過ぎなかった。おそらく近藤さんのねらいもそこにあるのだろう。つまりインタビューには、お互いで“まなざし”を更に交し合おうという意図が含まれていた。言い換えると、中原さんを交えて、アート・コミュニケーションを図ろうという趣向があった。アート・コミュニケーションといっても、建前はインタビューで、表面は雑談のかたちをとる。
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当日は、とびラーから玉井あやさん、松澤かおりさん、佐藤史さん、そして私(阪本)が出席し、とびらスタッフの近藤さんと大谷郁さんが同席した。テーブルの中央にはサンタのクッキーが置かれ、窓の外は午後4時を過ぎてはや暮れかかっていた。 玉井さん松澤さんは中原さんのインタビュー記事をつくると張り切り、佐藤さんは気ままにお話をきくだけと嘯いていた。私はここでもやはり、メット展の天井をぼんやり空想していた。病み上がりだったせいもあった。
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去年の3月11日。中原さん、研修先のニューヨークから帰国へ向う飛行機のなかにいた。その刻限に大震災が起こった。インタビューは、中原さんの機内でのエピソードからしずかに語られた。
どうやら日本で大地震が発生したとの連絡が入った。阪神大震災より規模が大きいらしい。緊急事態により機内での携帯電話の使用を許可する。もしかすると飛行機の着陸ができないかもしれない。
まるで昨日のことのように話は鮮明だ。飛行機はなんとか成田ではなく中部国際空港に着陸した。私は現在メット展が開催されている事実に奇妙な安堵感をおぼえはじめていた。(その代わり、メット展作品の保険代は震災の影響下で高騰したそうだが・・・)
インタビューでは、学芸員志望の玉井さんが熱心に質問を繰り返し、松澤さんは美術教育の話題から現在の学校教育の惨状を述べた。 佐藤さんは小冊子『ライぶらり』を手土産に渡して、中原さんはそれをニコリとしながら眺めていた。雑談は続く。( 玉井さん[左]と松澤さん[右]はとびらの情報誌を作成中。 都美のトリビアを採集中。 )
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中原さんいわく。比較的、小さな美術館が好きである。自分にとってゴッホの評価はぶれず、アイドルはジャコメッティ。ニューヨークの美術館でみた、認知症の人のワークショップの作品は感動的だった。都美のアート・コミュニケーション事業の在り方は、これからの美術館を支えていく大きな主題(テーマ)のひとつである……。
中原さんは頷きながらこんこんと語ってくれた。私も共感しながらうんうんと頷いていた。とりわけ私がもっとも印象ぶかくおもったのは、中原さんが学芸員となることを決意するまでのエピソードである。
高校時代に新聞記者か歴史研究家になろうか漠然とおもっていたが、親の「それがあなたの本当にやりたいことなの?」の問いかけから、学芸員を本格的に嘱望するようになった。もっとも身近な人物からの声が未来の動機となったのだ。
そこから中原さんの最初の“アート体験”に話がうつる。それは10歳離れた兄と過ごした時間だった。中原さんは少年時代、画学生の兄が絵を描くうしろ姿がとても好きだったそうだ。また、中原さんのお兄さんも、弟のまなざしを感じながら、絵を描くことを愉快に思っていたそうだ。なんと仕合わせな関係だろうか。ところがどっこい、この兄こそが中原さんにとっての初めての“アーティスト”だったのである。
われわれは、展覧会で作品という対象物をみている。だが、そのじつはアーティストの肩ごしからその世界観を垣間みているのである。まるで弟が兄の肩ごしから絵をそっとながめているように。メット展で、中原さんは《糸杉》をみながら「晩年のゴッホの絵はすばらしい。私はゴッホの人生は幸せだったとおもう」と決然と語った。私はメット展に飾られたその一枚の絵から、中原さんの“まなざし”の秘密を知ったようにおもった。
(今年の10月に長女が誕生したという中原さん。 帰宅したら毎晩抱っこをしてあげているそうだ。)
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とびラー候補生:筆者:阪本裕一(さかもと ゆういち)
現在、台東区で育児に没頭しながらアート・コミュニケーター活動へ奔走する。とびらプロジェクトを街づくりの一環として認識。0歳と100歳のヒトが同等に遊べるようなミュージアム計画を野望している。趣味は相撲観戦。白鵬、日馬富士と同年齢。
2012.12.23
「メトロポリタン美術館展」にちなんだワークショップ「ポンポンに挑戦 シロクマ大行進!!」が、22日・23日の2日間開催されました。会場は特別展示室前のフォワイエです。
今回のワークショップは参加できるのは「メトロポリタン美術館展」を観覧頂いた来館者限定です。その理由は展示作品であるフランソワ・ポンポンの「シロクマ」を鑑賞するところからこのワークショップがはじまるからです。写真が展示されている大理石でできた「シロクマ」です。ゆったりとしてどことなく愛らしい雰囲気のある作品ですね。
「ポンポンに挑戦 シロクマ大行進!!」では、フランソワ・ポンポンに負けない「シロクマ」をつくることを目指します。参加方法は至って簡単。手順は写真の通りです。会場にはお隣の上野動物園でとびラー候補生(以下:とびコー)が撮影したシロクマの写真があちらこちらに掲示されました。
紙粘土をもらった来場者のみなさんが、熱心に「シロクマ」をつくっています。やり方はいたって簡単ですが、それだけに奥が深い作業です。誰でも参加できて、個々人のこだわりと個性がはっきり現れます。
あっと言う間に、会場はたくさんの来館者で満員御礼となりました。シロクマの帽子をかぶっているのはとびコーの皆さんです。
出来上がった「シロクマ」は持って帰ってもOK。でも、たくさんの方に見て頂きたい場合は、氷山の上に展示することもできます。フランソワ・ポンポンの「シロクマ」を思い出しながら、そして本物の「シロクマ」の写真を参考にしながら、自分の手でシロクマの形を確かめることにより、より作品の奥深さを感じ取ることができます。「シロクマ」をつくり終えたあと、「もう一度、展示室のシロクマをみたい!」という参加者には再入場して頂きました。楽しさや親しみ安さの中に、作品をより深く味わうための仕掛けがひっそりと含まれているのが「とびら」らしさですね。
2012.12.17
今回の「スークールマンデー(対話を通した作品鑑賞)」実践講座のテーマはVTS(ビジュアル・シンキング・ストラテジー)の実践です。講師の三ツ木さんから、VTSを行なう上で必要な「3質問&7要素」を前回の講座に引き続き再度確認して頂きました。もう既にとびラー候補生(以下:とびコー)のみなさんも頭にしっかりと入っていることかと思いますが、何度となく基本に立ち返ることが重要ですね。
続いて、アメリカの小学校で行なわれたVTSの実践記録映像を鑑賞しました。自分が実際にVTSのファシリテータになることを想定した上でこうした実践記録をみると、ファシリテータの言葉の選び方や、対話の進め方など、参考になることをたくさんみつけることができます。この実践記録映像は字幕で日本語訳されていますが、とびコーのみんさんの中には英語が堪能な方も多く、映像を見終わった後のディスカッションでは、英語でのニュアンスと日本語でのニュアンスの違いや、それを補う工夫などについても話題が広がりました。気になった映像の部分は繰り返し再生し、確認することで、対話の流れやファシリテータのテクニックなどをつぶさに観察していました。
こうしたやり取りを、VTSに参加したメンバー全員で共有し、さらに3)記録役がそこでの会話を記録することになります。また、VTSの様子は全て音声録音がされており、後で、自分のファシリテートが適切であったかを確認し、ファシリテータとしてのスキルを高めます。
2012.12.16
12月15日・16日「マウリッツハイス美術館展」で好評だった「おえかきボードでGO」が「メトロポリタン美術館展」でも開催されました。今回は「どうぶつボードでGO」と名前を改めての実施です。
上野恩賜動物園と連携したジュニアガイドをもとに「どうぶつボード」(磁気式描画ボード)を使って、展示室内にある動物をモチーフにした作品の絵を描くプロジェクトです。普段は込み合う展示室の中では、全ての作品をお絵描きの対象とすることが出来ません。そこで、動物をモチーフにした作品の中から6種類を指定し、ジュニアガイドで推奨させて頂きました。しかし今日は「親子ふれあいデー」、推奨した作品以外の展示作品でも、「どうぶつボード」を使いながら親子で楽しく描いて頂きました。「どうぶつボード」と「メトロポリタン美術館展・ジュニアガイド」は展覧会場入り口で常時貸出し・配布が行なわれております。
まずは、入り口でジュニアガイドをもらって中に入ると、とびコーさんから「どうぶつボード」を借りることができます。使い方はとびコーさんが説明してくれます。みなさんおなじみの磁気ボードですからとても簡単です。
展示室の中では、子どもたちが作品を鑑賞しながら早速絵を描いていました。
こちらは、お父さんとお子さんが一緒に彫刻を鑑賞しながら、じっくりと描画中。
ふたり並んで、写真の作品をみながら鳥の絵を描いていました。よくみると、1枚の「どうぶつボード」の中に、幾つもの動物の絵や、他の展示物の絵が描かれています。はじめに描いた作品から、次にその絵のとなりに描く作品を選ぶ、そんな風にしてこどもたちは展示室の中を歩いている様子でした。つまり、1枚の絵を深く鑑賞する体験が、次にじっくりと鑑賞したい作品を選ぶことに繋がってゆく、そうしたプロセスが生まれてことが分かります。何をみたらいいかわからない、そんな戸惑を上手く解決してくれる思わぬ効果がある様でした。
「どうぶつボード」をもって展覧会の出口にむかうと、そこにはとびコーさんたちが待機しています。凡そ5分程度で子どもたちの描いた作品がポストカードになります。今回は12月ということもあり「クリスマス」「お正月」「ノーマル」の3種類のフレームをご用意させて頂きました。どれも、とびコーさんたちのオリジナルデザインです。
クリスマスのフレームに羊の群れ。きっとミレーの絵からヒントを得たのかな。
お正月のフレームに、お魚。きっとウィリアム・ド・モーガンの大皿かな。
これはライオンの兜ですね。上手です。
2012.12.16
「マウリッツハイス美術館展」での紙芝居に続き、「メトロポリタン美術館展」でもとびラー候補生(以下:とびコー)オリジナルの紙芝居ができました。タイトルは「くろねこメット だいかつやく」です。ニューヨークのメトロポリタン美術館からやってきたエジプト生まれの黒猫の小像メットが、谷中(上野のお隣の地域)の野良猫たちとともに繰り広げる冒険物語。さらに「メトロポリタン美術館展」にて展示されているさまざまな動物たちも加わり大活躍します。
展覧会の入り口付近で紙芝居の呼び込みをします。みんなが頭にかぶっているのは、とびコーの時田さんお手製の「メトロポリタン美術館展」に出品されている作品をモチーフにした帽子です。
今回の紙芝居の前座は、展覧会の目玉、ゴッホの糸杉にまつわるマメ知識とクイズです。凄くためになります。
前座が終わると、いよいよ紙芝居の上演です。とびコーの山近さんの張りのある声で紙芝居が進められて行きます。絵がとっても奇麗で見応え十分です。上演中はとびコーのお子さんたちもお手伝いをしています。
会場は満員御礼となりまいた。作品を鑑賞するだけではない、心に残る美術館体験をみなさまに少しでもお届けできたのであれば何よりです。
(とびらプロジェクトマネージャ 伊藤 達矢)
2012.12.10
メトロポリタン美術館展の休室日を利用して、「障害のある方のための特別鑑賞会」が開かれました。とびラー候補生(以下:とびコー)のみなさんが会場の運営にあたります。シフト表の作成から、人員の配置個所まで全てとびコーのみなさんが自主的に会議を重ね決定してきました。障害のある方がゆっくりと展覧会を楽しめる時間にするため、万全の体制で望みます。
展覧会会場の入り口では、「メトロポリタン美術館展」の担当学芸員である中原さんのギャラリートークが手話通訳付きで開かれました。中原さんはこの「メトロポリタン美術館展」の開催のためにニューヨークに滞在し、展示作品を現地の学芸員とともに選んでこられました。それだけに説得力のある、分かり易く興味深い素晴らしいギャラリートークでした。でも、よく見ると、中原さんの横にはクリスマスツリー、そして中原さんも何かかぶっている様子です。
実はクリスマス前の特別鑑賞会ということもあり、既に設置されていたクリスマスツリーの前でギャラリートークを開き、更にとびコーの時田さんが「メトロポリタン美術館展」に出品されている作品をモチーフとして丹誠込めて作って来てくれた帽子をかぶり、来館者の皆さんをお出迎えさせて頂きました。
入り口は賑やかですが、展示室の中は落ち着いた雰囲気で、ゆったりと作品を鑑賞することができます。
静かにポツポツ言葉をつぶやきながら、そして一緒に来た方と会話しながら鑑賞されていた様子でした。時々、とびコーさんが声をかけたり、一緒に何気なく作品を鑑賞したり、質問に答えたりも(知っている範囲でですが、、)など展示室内でのコミュニケーションもありました。
展示室内での移動は、とびコーのみなさんのサポートのもとスムースに行なわれていました。