◆とびラボの「この指とまれ」~VTSを学んで~
とびらプロジェクトでは、とびラー向けに通年で3つの実践講座が開かれています。その一つ「鑑賞実践講座」では、複数の人がともに作品を鑑賞するためのコミュニケーションの場づくりの基本として、対話型美術鑑賞の手法の一つであるVTS(Visual Thinking Strategies)のファシリテーションを学びます。講座では、VTSをMuseum Start あいうえののプログラムなど、さまざまなとびラーの実践に活かすことを目的に、専任の講師による実演ととびラー同士のワークによって手法と理論を学び合います。
この鑑賞実践講座での1年間の学びを終え、ファシリテータとして実践をするなかで「これで鑑賞者の作品鑑賞は深まっているのかな?」という迷いが生まれました。その靄(もや)のような感覚を共有し、試行錯誤する場として、想いを同じくしたとびラーが集まって「VTSを練習する!」ラボがスタートしました。
◆キックオフ~ラボの目的の共有と練習方法について~
まずは、メンバーそれぞれのVTS実践に対する課題認識や想いを共有しました。
VTSを1年間学んだ2年目のとびラーからは「とにかくファシリテータとしての場数を増やして慣れたい」という声が多く聞かれました。
また、3年目のとびラーからは「VTSをもっと楽しみたい」「鑑賞の場ではファシリテータの力が大切。練習を積みたい」という声が聞かれました。
鑑賞実践講座を選択していないとびラーからは、「日程的に鑑賞実践講座を選択することが叶わなかったので、このとびラボで学びたい」という声もありました。
経験の段階はとびラーごとにそれぞれですが「VTSのファシリテーションを練習したい」という動機は共通していました。
こうした声を受け「とにかく練習する!」というラボの目的を共有しました。
練習方法は、グループワークをメインにして、必ず対話のふりかえりをすることにしました。
鑑賞作品は鑑賞実践講座で馴染みのある6作品を予めピックアップ。メンバー各自がラボ当日(練習日)までにファシリテーションする作品を決めて参加を表明します。これによって、練習の人数把握とグループ分け、タイムテーブル作成、というラボ運営に際しての準備作業をおこないました。

「V」「T」「S」を作っての撮影がお決まりのポーズになりました。
◆いざ、練習!~ふりかえりで得るもの~
計4日程4回の練習を実施しました。
各回の練習は、以下の要領で進め、その日参加したとびラー全員が必ず1回はファシリテータをしました。
・1グループ4~5人で、2~3グループを作ってのグループ練習。
・各グループ内で「ファシリテータ」「鑑賞者」「観察者(記録)」の役割を分担。
・役割を交替しながら「VTS(12分)+ふりかえり(7分)」を1セット。
・4~5(人数分)クールを実施。
ふりかえりの時間では観察者の記録を基に、グループで対話の流れを確認しながら、ファシリテータの声掛け・態度によって、対話がどのように進んでいったかを考察しました。
それにより、それぞれの役割に以下のような効果がありました。
・ファシリテータは、自身の課題をより明確に把握できる。
・鑑賞者は、ファシリテータの言葉や振る舞いが作品の鑑賞にどのように作用するのかを体験できる。
・観察者(記録)は、対話の流れを書き出すことで鑑賞の場を客観的に捉えることができる。
いずれも、多様な視点を持ち寄ることで、より良い鑑賞の場をつくるためのファシリテーションのヒントを得る時間になりました。
◆スピンオフ~作品研究&練習会をふりかえる~
練習を重ねるうちに、メンバーは各自の課題をみつけ、具体的にその課題と向き合うことが多くなっていきました。そうしたなかで、「作品研究」(※)について、このとびラボで取り組む”スピンオフ回”も実施することになりました。
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※作品研究とは…VTSの場において、ファシリテータが鑑賞者の多様な意見を受けとめることを目的に、予め、ファシリテータ自身が作品を細部まで観察し、作品の特徴や鑑賞者の解釈を多角的に分析する作業。作品から感じたことを「客観的事実」と「主観的解釈」に分けて書き出し、グルーピングして小見出しをつけ、グループ同士の関係性について分析して、作品の全体像を把握すること。
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この「作品研究」は、通常はファシリテータが一人で取り組みます。このとびラボでは、作品研究を複数人でおこなうことで、自分一人では至らない発見や考えに触れ、これまでの各自の作品研究のやり方を見直す機会になりました。
また、この回では、各自がファシリテータとして鑑賞者と向き合うなかで生じたさまざまな課題感や想いを共有し、話し合う時間もありました。
・VTSでよく最初の問いかけに使われる「この作品の中で何が起こっている?」という質問だけではなく、作品によって相応しい問いをみつけるのがよいのではないか。
・ファシリテータは鑑賞者の話を受けとめる人、鑑賞者が作品と向き合う時間に伴走する人であるということ。
・ファシリテータも鑑賞者として作品に向き合う姿勢が大切。
等、様々な気づきをとびラー同士で共有していきました。
それらをまとめると、「作品研究はあくまでも目の前の鑑賞者の話を、ファシリテータがよくきくための準備。鑑賞の場では目の前の鑑賞者の話しに集中する。ファシリテータは鑑賞者の話をよくきき、対話を編集することも忘れずに。鑑賞者が作品と向き合って思考することの手助けをするのが役割」ということがわかりました。
◆とびラボの活動を通して
「参加した全員が必ず1回はファシリテータをする」というミッションの下、限られた時間内で活動するため、ラボ当日(練習日)は時間厳守が求められるハードさがありましたが、「少しでもVTSでの課題を克服するんだ!」というメンバーの情熱で練習に励んだ日々でした。目的を同じくする仲間同士で、忌憚のない建設的な対話によってフィードバックをもらいながら研鑽を積んだことで、「とにかく練習して慣れる」という目標の達成には近づくことができたのではないかと思います。
VTSでの対話型美術鑑賞の場は、一つとして同じことはありません。私たちは、鑑賞者との作品鑑賞は一期一会であることを知っているからこそ、ファシリテータとしてよりよい鑑賞の場を作るため、今後も、それぞれの実践のなかで試行錯誤を続けていきたいと思います。
対話型美術鑑賞に興味があってとびラーになりました。VTSって簡単ではないのだな…と痛感。それでも、誰かと対話をしながら作品を鑑賞するのは楽しい。これからも、鑑賞者の声に耳を傾け続けたいです。
2025.07.04