展示室からショップを抜けて進むと、ガラス越しに正門を見下ろす休憩スペースがある。薄暗さに慣れた目に外光がまぶしい。
「さあ、これからどうしようか?」。鑑賞の余韻から現実に戻るその場所で、私達アートコミュニケータ(以下、とびラー)は、皆さんを今一度、ターナーの世界へいざなう。11月の最初の連休。ターナー展を観た人に、その時の気持ちをカタチにして持ち帰ってもらいたい、という想いで、缶バッジを作るワークショップを開催した。
「こんにちは!いまご覧になったターナーの作品を振り返って、自分の印象に一番近い色をこの中から選んでください。」
目の前には、30種類、枚数で言えば200枚を超える色が本の栞くらいの大きさにカットされて並んでいる。手に取っては戻し…を繰り返した中から選んだ1枚を手にテーブルに着く。
「では、選んだ紙のどの部分を切り取ってバッジにするのかを決めましょう。どの部分を選ぶかで、同じ色味でも印象が全く変わります。ここにあるスタンプでも遊べますよ。」
直径25ミリ。缶バッジは意外に小さい。この小さな円の中に、それぞれが自分のイメージするターナーを詰め込む。作品を観てからあまり時間が経っていないからか、迷って手が動かないという人はほとんどいない。スタンプで人気があったのは、船、そしてTURNERの文字。同じスタンプでも、どこにどのように押すか、何色で押すか次第で印象は全く異なる。一方、「ターナーらしさは、やはり独特の色彩だ」と考える人は、スタンプには目もくれない。選んだ紙から切り取りたい部分を決めたら手を加えずにそのままバッジにする人。水彩色鉛筆やペンで更に色を重ねて自分だけの色を作ろうとする人。「あ~これだと黄色が強すぎる!」と、また紙を選ぶところから始める人。それぞれがターナーのイメージを切り取り、その上に自分らしさを加えてゆく。
デザインが決まったら、最後の仕上げはとびラーが手伝い。作ったものの上にプラスチックのカバーを重ね、顕微鏡のような形の機械に手際よく差し込んでゆく。ハンドルを持ち上げ、出来上がったバッジを見せると、不安そうな表情が一転、笑顔に。すぐにバッグにつけたり、とびラーに「上着のこのあたりに付けてください」と頼む人も。「彼と同じ作品をみても出来上がったバッジが違う。感じ方がちがうんだなと思いました。」という女性の声も印象的だった。
「ねえ、これってターナーっぽくない?」。
作業テーブルで何度も聞いた言葉だ。「自分のターナーの印象はこうなんだけど、どうかな?」という想いから出た言葉なのだと思う。聞かれた側は、相手が自分と全く違う色を選んでいても「それもターナーっぽいね」とうなずいている。心の中にあるターナーのイメージ、ターナーの色はひとつではないのだろう。そのいくつもの残像の中から、ひとりひとりが選び取り、表現したものには、同じものはひとつもなかった。
美術館で感じたことは、たいてい、その後のおいしいランチや上野駅に向かう道すがら、次第に薄らいでゆく。今回は、もう一度立ち止まり、作品のことを思い返し、手を動かしてみた。時間にして5分から10分。短い時間だけれど、この時間のおかげで、じんわりと、いつもよりくっきりとターナーが心に染み込むように感じた。ミュージアムショップで自分の気に入ったものを買うのとは違う印象の残し方が出来たのではないだろうか。
ターナー展で感じたことを「持ち帰る」というコンセプトでの始めたワークショップだけれど、実際やってみると、持ち帰るというより、新しい作品を作るのに似ていた。世界で一つだけの缶バッジは、ターナーの一部であり、25ミリの小さなキャンバスに描かれたオリジナル作品でもある。今回参加して下さった方は、バッジを手にするたびにその時の気持ちがよみがえり、またいつか、ターナーに会える機会があれば、美術館にきっと足を運んでくれることだろう。
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筆者:とびラー 山本明日香
美術館を通う場所から関わる場所にしたくて「とびらプロジェクト」に参加。缶バッジで選んだのは黄色。
2013.11.02