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「作品の表と裏――観る人への想い」藝大生インタビュー2023 | 絵画科日本画専攻 修士2年・藤野七帆さん

ちょうど東京でイチョウの落葉が発表され、雨上がりの上野公園に黄色い絨毯が敷かれた12月12日の午後。その穏やかな陽気のように温かく優しい人柄の藤野七帆さんが、卒業・修了展に向けてお忙しい中、目下制作中の作品と一緒に、われわれとびラー3名をアトリエで快く迎えてくれました。

 

―修了制作ではすごく大きなサイズの作品を描かれているのですね。

 

そうですね、これは150号といって、長辺が220センチぐらい、短辺が180センチ超えるくらいです。学部4年生の時に初めてこのサイズで描いたときは大きくて戸惑いましたね。今ではもう見慣れてきましたが。

 

―下図もしっかりと描かれていますが、皆さんこれくらい丁寧に描かれるのですか?

 

私は結構慎重なので、細かいサイズのものなどいろいろな下図を描いていますが、人によっては実寸大で制作する大下図なしにぶっつけ本番で描いてしまうすごく器用な方もいますね。

 

修了制作の下図など。制作の精緻さが窺えます。

 

藤野さんの他の作品や修了制作の作品を見たところ、建物を描くことがお好きなんですか?

 

日本画と聞くとモチーフに植物や人間をイメージする方が結構多いのかなと思いますが、私はそういった有機物の質感を描くのがあまり得意ではなくて、きちっとした直線形を書く方が好きなので、建物をよく描いています。特にヨーロッパの景色が好きで、建物のデザインも日本より緻密だったりして、それが整然と並んでいる姿がすごく好きです。なので、実際に家族と海外旅行に行った際にはよくスケッチをしています。家族が観光に出かけている間も、私はずっと街に留まってスケッチしていて、「退屈にならないの?」とか言われますが、私はスケッチしている方が楽しいです。

そうすると、この修了制作の作品も外国の風景をモチーフにされているのですか?

 

これはすごく高い塔から見下ろしたフランスの街並みをメインにしていますが、今まで見たいろんな景色を組み合わせてオリジナルのものを描いています。一つひとつ異なる家が集まって大きな街を形作る、そんな「個々と集合」の繋がりに興味があり、この修了制作のメテーマにしました。

今まで見てきた風景で1番印象的だった風景はどこですか?

 

1番印象的だったのはスペインの風景ですね。直線できっちりした感じの暖色系の建物が並んでいて、温かみがありながら整然としている感じが自分にとって心地良かったです。あと、サクラダファミリアを訪れた時は、人の手によって作られた人工物のはずなのに自然の力みたいなものもすごく感じて感情が高まり、創作意欲もすごく湧いて、帰国してからたくさん絵を描きましたね。

 

実物のエネルギーが凄かったのですね…!

 

そうなんです。来年イタリアに行く予定があるので、またその時にもスケッチできたらなと楽しみにしています。もちろん日本も日本の良さがありますし、国によって雰囲気が違うので、そういった違いを自分の中で消化して、絵にできたらなと思っています。

 

人物を描く時と街並みや建物を描くときは、何か心持ちとかに違いはありますか?

 

結構違いますね。私は建築物はあまり悩まなくても描いていけるのですが、たとえば友人を描くとすると、「この子とはこういう思い出があるなぁ」、「いま何か悩んでいるんだろうか」、「この子を表現するにはどういう色を使ったらいいんだろう」とか、考えることが増えてしまいますね。でも、そこがまた自分が狙っていないような作品になったりして面白いので、今後も描いていけたらいいなと思います。

 

絵を描くこと自体は、小さな頃からお好きだったのですか?藝大を目指そうと思ったきっかけもぜひ教えてください。

 

小さい頃からお絵描き教室に通ったりして、何かを観察してリアルに描くことが大好きでした。絵を描いている時間がすごく心地良くて、学校でも「七帆ちゃんは絵が上手だね」と言っていただけることが多くて、それもすごく嬉しかったです。

そんな中、年齢が上がって、私の絵が同い年の子たちが描く可愛い絵や綺麗な絵と少し離れてきて、ギャップも感じ始めていたときに、美術に精通している人たちの中で私はどういう風に評価されるのだろうって思い始めたのが藝大を目指すきっかけでした。自分の1番好きなことを、他をそぎ落として突き詰めていったらここに辿り着いた感じです。

 

お話から藤野さんの絵に対する思いがとてもよく伝わってきました。逆に、「いまは絵を描く気分じゃないな」とか「スランプだな」とか思うことはありますか?

 

めちゃくちゃあります!

 

こんなに絵がお好きでも、そう思うこともあるんですね!

 

私はあまり自信があるタイプの人間ではないので、「こんないまいちな絵を描いちゃって明日からどうしよう…」とか思ったりもしてしまいます。でもやっぱり展覧会とかに絵を出品した時にたくさんの方に観ていただき、感想をいただけた時がすごく嬉しくて。それを思うと、「また絵を描いて、人の目に触れられるようになりたいな」と思って、その気持ちを原動力にして描いていますね。嫌なことばかりではもちろんないですけど、たとえ苦しいことがあっても、それを耐えるだけの得るものがあるなって思います。

 

外国がお好きということでしたが、なぜ西洋画ではなく日本画を選ばれたのですか?

 

そもそも日本画という存在を中学生ぐらいまで知らなくて。当時学校で頼まれて描いた挿絵、例えば彩度が低めな自然の風景とか、雰囲気もちょっと大人っぽいものを描いていたのですが、そんな時に母と藝祭に来て、最後に日本画の展示室に何気なく入って作品を観たとき、色とかモチーフとか、「あ、私の描いてる挿絵にそっくり!こんなジャンルがある!」と感動して、それで日本画を専攻したいと思いました。

 

藝祭が日本画との運命的な出会いの場だったんですね。日本画のどんなところがお好きですか?

 

私は小さい頃から1個始めるとそれがクリアできるまでしつこく努力しちゃうところがあって。日本画のそうやって細かく追求していって出来上がったような、緻密なところがすごく好きですね。心が惹かれます。

ただ、私は元々宗教美術が好きだったり、ヨーロッパの景色に憧れていたり、西洋の画家の方が好きだったりもするので、それをうまく日本画として、私の見てきたものを落とし込めないかなと考えています。

 

抽象的な質問ですが、「絵を描く」ことと「表現する」ことはどちらの方が好きですか?

 

今は技術的にもまだ乏しくて、「絵を描く」という1つの行為を完成させることでいっぱいいっぱいですけど、ゆくゆくは、もっと自分の世界観をクリアにして、「表現する」ことも重視していけたらと思っています。同級生はみんなすごく上手で、一人ひとり自分の描き方を追究していて、その姿を見るといつも刺激を受けますし、尊敬しています。本当に良い同級生に恵まれています。

 

作品制作時に1番大切にしていることは何でしょう?

 

最終的に、私の描いたものが、観てくださった人にどう伝わるかということをすごく大切にしています。先ほどの「表現する」ということに通じるかもしれませんが、この絵で私が何を伝えたいのかというところがその原点になっていますね。私の絵を観て嫌な気持ちになってほしくないので、ノイズになるものがないかどうかとかも考えながら、絵を観てくれた方に、少しでも豊かな時間を過ごしていただけたらいいなと思って描いています。

 

われわれ観る側にとって、すごく素敵なお話です。自分の表現したいことを考えているのと同時に、作品を観てくださる方のことを思いながら描かれているのですね。

 

そうですね。学部生の時、私の地元の最寄り駅を描いた作品を展覧会に出展したのですが、その絵を観た方が、「なんだか懐かしい感じがしてすごく良い」と言ってくださったことがありました。私がその絵に込めた地元に対する想いを絵を通じて近い気持ちで観てくださったのかなって思った時に、観てくれた方にどういう感情をもたらしたいかということを深く考えるようになりました。

それが自分の中ですごく大きな出来事で、今も絵を続けられる原動力になっています。絵を通して、私の心情を伝えてさらに何かしら共感してもらえるということが、私にとって絵を描く醍醐味だと思っています。

 

こちらに絵具がたくさんありますが、画材の使い方は入学してから学んだのですか?

 

使い方は入学してから学び始めました。今は大きいサイズを描いているので絵具があっという間になくなっちゃって、週に5~6回は画材屋さんに買いに行っています。

同じ色の種類でも粗さによって塗った時の表情や色具合とかも変わってくるので、いろいろ組み合わせながらその場その場で判断してやっています。乾くと色が変わることもあるので、そこがまた難しいです。未だに苦戦しています。

作品の中では実際の風景の色とはかなり変えたりもします。色だけでなく、形も結構変えたりしています。

 

 

(修了制作の作品を観ながら)この道の削っているような部分がすごく味があって良いですね。

 

ありがとうございます。ここは竹の櫛で削っているのですが、焦げ茶を塗った後に削って、先に塗った下の赤地を出しています。他には箔を貼っている部分もありますね。絵具を厚めに塗ってでこぼこさせた上に箔を貼ると、岩絵具の質感とは異なるものが表現できます。

日本画って写真で見ると質感の細かい表現が潰れてしまったりしてわかりづらいかもしれないですが、実物を触ってみるとちょっとザラザラしていたり、質感に差があることがわかったりもします。ぜひ触ってみてください。

 

※今回は藤野さんのご厚意により、特別に触らせていただきました。卒業・修了展では実際に作品に触ることはできませんので、ご注意ください。

 

こうやって作品に触らせてもらえると、観る以外の楽しみ方ができたり、新たな発見もあって良いですね。

 

そうなんです。写真だとこの質感の差が潰れちゃうので、私は可能なら実際に作品に触って体感してほしいと思っています。「ここの部分触ってほしいな」とか「近くに寄って上の方も見てほしいな」とか考えています。

私は壁の質感がすごく好きで、外国で見つけた壁の質感を岩絵具を使ってメモ書きみたいにこうやって残しています。これもぜひ触ってみてください。

 

―パターンがたくさんありますね…!これは外国に行ったときに現地で作るのですか?

 

これは帰国してから、良いと思ったものを写真で見たり、これまでに自分で見た光景を思い浮かべながら作っています。大学院に入ってから作り始めて40~50種類くらいありますが、今メモしているものをゆくゆくは絵に活かしていけたらいいなって思っています。

 

 

この作品で、1番こだわっている点や見てほしい点などはどこでしょうか?

 

このメインにしている塔の壁の質感みたいなものが、現地で見た壁の劣化も思い浮かべながら描いているので、そこの部分ですね。作品の完成度はまだ5~6割くらいなので、これから描き詰めていきたいと思います。

 

藤野さんこだわりの塔。ぜひ皆さんも展示会場でじっくりご覧ください。

 

最後に、卒業・修了展後の活動など今後の予定や展望を教えてください。

 

来年の春に藝大のすぐ近くのギャラリーでのグループ展示に参加する予定です。せっかくここまで絵を続けてきたので、できればこれからも絵を描いていけたらいいなと思っています。制作場所や資金などの悩みはありますが、やっぱり作品が人の目に触れられるっていうことがすごく嬉しいので、その機会は持ち続けられたらいいなと思っています。

 


  • インタビューを終えて

藤野さんの優しいお人柄と絵を愛する真摯な気持ちに触れられ、インタビューというよりも作品を介して気楽におしゃべりするような場となり、約1時間半という取材時間があっという間に感じるほど、とても楽しいひと時でした。(ご家族のこと、好きな色のこと、作品のポートフォリオのこと、画材屋さんのことなど、記事にまとめきれなかったお話もたくさんあります。)

皆様も完成した作品を卒業・修了展でご覧いただき、こだわりの質感や色使いなど作品の表側はもちろん、裏側にある藤野さんの想いにもぜひ触れてみてください。

藤野さん、お忙しいところ快く取材に応じてくださり、ありがとうございました。

 

取材:廣澤星花、森淳一、植木雅之(アートコミュニケータ「とびラー」)

執筆:植木雅之

2024.01.21

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