東京藝術大学(以下、藝大)の建築科は1学年たったの15人だそうです。インタビューさせていただいたのはその建築科に所属する学部4年生の岡崎万実子さん。案内された総合工芸棟4階の製図室には、ゆるく仕切られたスペースで各自が研究や制作をする建築科独特の空間が広がります。お話を伺ったのは、まさに追い込み中の12月。卒業制作はなんと、施主さんがいる本物の建築物でした。
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建築科4年岡崎万実子さん
ドローイングの貼られた壁の前の建物模型に目が留まります
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岡崎さんのスペースには、建築素材や模型、図面がおかれ、右手の壁一面には何枚ものドローイングが貼られています。
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– こちらが卒業制作ですか?
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はい、卒業制作の背景からお話しします。藝大音楽科の友人のご両親が、住宅とゲストハウス(宿泊施設)を建てるという計画がありまして、その友人に声をかけてもらって、学部3年生の頃から設計に関わらせていただいています。その場所が、瀬戸内しまなみ海道が通る「大島」です。目の前には海が広がり、裏手には山がある敷地です。島の中でも住宅が集まった場所からは少し離れていて、波の音だけが聞こえるような静かな場所です。
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卒業制作が建つのは瀬戸内海の大島
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実際に現地では施工が始まっていてこの写真は棟上式の様子です。今の設計段階としては、建具の取っ手やフックなど、小さいものの選定と、ディテールの設計をしています。
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施工場所の写真と棟上げ式の様子
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– 3年生からメインの設計者として関わっていらっしゃるなんて素晴らしいですね!
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工務店さんと相談しながら進めています。全体は、住宅とゲストハウスが連なる構成で、まず住宅があり、その「はなれ」としてお父さんの書斎と倉庫が配置されています。その奥にゲストハウスが続き、ゲストハウスは中庭に面しています。住宅とゲストハウスの空間は分けられていますが、一部で動線が重なり合っています。設計する上では、ドローイングを描くようにしています。
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壁一面にドローイング。一旦抽象化して考えるのに欠かせないとか
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– 壁一面が全部そのドローイングなんですね。模型を作るより先に絵を描くのですか?
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そうです。正確には、模型を作りながらドローイングを描き、また模型を更新する、という往復をしています。
例えば、室外機の配置を考えたときも、ドローイングがきっかけになりました。これは、ドアの並びと室外機の関係を考えたドローイングです。ドアと同じような形で開口を設け、そこを室外機の置き場にしてみました。室外機を壁面から突き出さずに納めようとすると、壁に窪みが必要になります。その窪みは、室内側から見ると出っ張りとして現れますが、そこをスーツケースを置くための棚として利用できると考えました。すると、それまでキッチンが想定されていた位置と、クローゼットの配置が入れ替わることになります。
見え方やものの関係を起点に、そこから新しい形や機能に波及していく。そうした連鎖を意識しながら設計しています。
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左はドアと室外機の配置を考えたドローイング、右は内側にできた窪みの断面図
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– 見た目からの発想が機能に転換されていますね。では、こちらは何ですか?
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天井のドローイング
白抜きの楕円がダウンライト、黒い楕円が火災報知器
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寝室のベッドから天井を見上げた図です。ダウンライトが天井に3つ必要で、さらに火災報知器をどこかに置かなければなりません。ダウンライトと火災報知器の実物を並べてみると、似たような形と大きさをしているなと。
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ダウンライトと火災報知器
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普通は火災報知器は付属物として扱われますが、それを一旦ドローイングに置き換えて抽象化してみることによって、同じ形としてフラットに設計に取り込めるのではないかと考えました。同じようなものとして配列しているけれど1つだけ火災報知器になっているという訳です。
部分的にドローイングを描いて、その度に決定を下していきますが、全体を見ると部分同士はリンクしているというか、韻を踏んでいるというか。
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– リンクして韻を踏む・・・形や間隔のリズムがということですね。
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そうですね。例えば壁の高さとネジのピッチなど一見バラバラのものが関係づけられて、寸法が決められています。
そして、こちらのドローイングも・・・住宅側のトイレ前の壁のポケットに置かれた一輪挿しの花と、奥の窓越しに広がるお庭の風景とが、ちょうど同じ高さで並び、同じ額縁の中に切り取られたように重なって見えています。
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壁のポケットの一輪挿しと奥の窓
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ドローイングにすると、大きさとか距離感が抽象化されるので、大きい・小さい、遠い・近いみたいなことを同一平面で考えるきっかけになります。このようにすごく具体的な部分と、抽象的なイメージとを擦り合わせるように進めています。
建築の設計というのは、一般的に大きい外形から決まって、それから構造が決まって、壁、天井、巾木、家具、というふうに、ヒエラルキーがあると思うんです。一旦はディテールまで設計していきますが、引き戻ってスケールを横断的に考えていくように意識しています。
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– 施主さんとお話しして最初に作り上げたコンセプトやイメージなどはどんなものだったのですか?
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授業での設計と大きく違うと感じているところが、自分だけの設計ではなくて、施主さんの要望であったり、工務店さんの施工性の有無だったり、社会的な制度などが複雑に絡み合った中で設計されるというところです。最初にコンセプトは立ててはいたのですが、どんどん形が自分の手から離れていくというか。ですから、個々の要素を統合的に制御するのではなく、ものの関係を部分的に結びつけながら、全体が何となく見えてくるような設計を目指しています。
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例えば、全体プランとしては、もともとゲストハウスと住宅は別々の棟で考えていたのですが、建築申請をする段階で1棟に変更する必要が出てきました。それを受けて、この住宅とゲストハウスをつなぐ外壁が、住宅側から連続してそのままゲストハウスの内壁として現れてくるようにしました。制度によって定住する夫婦とゲストとの関係が作られていった訳です。このように、検討中の様々なフェーズで出てくる新たな条件に従って形が変形していくような設計をしています。
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手前が住宅、奥がゲストハウス、間の直線部分が書斎兼倉庫
ゲストハウスの中心には廊下が斜めに走っている
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– いろいろな変更は施主さんも予測できないのですね。そもそも施主さんがいちばん大切にされた設計上のポイントはありますか?
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ゲストハウスについては、海が見えること、そして、お庭でバーベキューができるスペースがほしいということでした。そこで、ゲストハウスには大きな土間を設けています。キャリーケースを持ったまま土足で入り、クローゼットで荷物を置いて、そのまま中庭に出られる動線を想定しています。釣ってきた魚を土足のままキッチンで調理できるなど、靴を脱ぐ・脱がないといった行為の切り替えも、意識しています。
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– こだわった素材、特徴的な素材はありますか。
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外装は「焼杉」にしています。焼杉は塩害に強いので海の近いこの地域でよく使われてきました。その焼杉を、外壁だけでなく内側の廊下にも連続して用いています。特徴的な焼杉の外壁に沿って外部を歩いていくと、そのまま内側の廊下へとつながり、さらに進むと再び外壁として現れます。表裏が次々と反転していくような感じです。
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焼杉の外壁が模型にも表現されている
焼杉の外壁材。仕上げで異なる表情が出る
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こちらはその焼杉のマテリアルのスタディ(素材の検討)です。焼いたままではマットな黒ですが、その上にオイル塗装をして、さらに強く表面を布でこすってみると、凸になった木目だけが浮き上がり、奥行きや立体感が出るようになりました。このように異なる仕上げ面をどこかで採用していこうと思っています。
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– 岡崎さんご自身についても伺いたいのですが、なぜ建築に興味を持たれたのですか?
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建築をやりたいと思ったのは物心ついた時からです。3歳くらいのことなのでよく覚えていないのですが、ものを作ったり絵を描いたりすることが好きで「建築家」という職業があると教えてもらったときに、これだ!って思ったのを覚えています。
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– 3歳から!家を作りたいと思うきっかけがあったのですか?
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家で部屋を移動するとなると、人は壁に沿って歩くことになりますよね。さらに、その壁の素材によって、過ごし方や人との関係性までも規定されることがある、そんな建築の力みたいなものに惹かれたんです。
建築は、作るものの中でも人に与える影響がすごく大きいものだと思っています。そういうものに携わりたいというのがいちばん大きいです。
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– その時思っていた建築家のイメージは今も同じですか?
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いいえ、大学に入ってすごく解像度が上がりました。それこそ今、実際の建築物の設計に初めて携わることでイメージは大きく更新されています。設備や制度的なことは、大学の課題だけでは考えることがない領域だったので、そういうものをむしろ肯定的に受け取りながら設計しています。
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– 藝大の建築科を選んだ理由は?
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意匠設計に興味があり、藝大にはそうした設計について議論し合える仲間がたくさんいると思ったので選びました。藝大に入ったことで、建築の表現にも興味を持つようになりました。今回は実際に建つ建築を設計していますが、実施されないものであっても、建築を通して考えを示すこと自体に意味があるのではないかと思っています。建築は建物そのものだけでなく、そこに至るプロセスや考え方にもあるという面白さに、大学で気づきました。
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– 建築は幅広いようですが、特に興味があって今後取り組んでみたいことはありますか?
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大学の課題では、一人で考えながら設計を進める時間が多かったのですが、実際の設計では、施主さんや工務店の方など、さまざまな人と対話しながら形が決まっていくことに面白さを感じています。そうした人との関係の中で建築が立ち上がっていくプロセスにも、関心があります。
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– 卒業・修了作品展はどんな展示になりますか?
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ここにある全部です。ドローイングと図面を並べておいて、ドローイングでは、切り取ったものの関係をどう見せたいのかを示し、図面ではそう見せるために実際にどのように設計しているのかを表現していきます。あとはその図面に至るまでの過程を文章で補ったり、採用されなかった図面を置いてみたり、そういうプロセス全体を作品として展示します。
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– 今回の設計に携わることで、見直したこと、感心したことはありますか?
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たくさんあります。例えば、コンセントカバーひとつでも、素材や質感の違いによって空間の印象が大きく変わることに改めて気づきました。造作家具を考える際も、ビスをどこに、どの間隔で留めるかによって見え方が変わってきます。そうした細部の選択が積み重なることで空間がつくられていくのだと実感し、これまで意識していなかったものが、少しずつ見えるようになってきました。
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– 建築に関する考え方に変化はありますか?
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建築は、ひとつの論理で説明できるものとして、わかりやすさを求められる部分がありますが、もう少し建築は複雑なものなのではないかと思い始めています。模型をそのまま肥大化させたような作り方ではなくて、もう少し包括的に全体を説明する・・・何というか「つぶさな目線」を持って建築を見るようなことではないかと。この制作に関わったことで、実際にものがどう成り立っているのかについて解像度がものすごく上がりました。今までは、建築の形態や機能性といった全体性に関心を持っていたのですが、最近は、材料やもの同士の接続といった細かな部分から建築を考えていくことの可能性を感じています。
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– 学部4年を卒業された後はどちらに?
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東京藝術大学の大学院に進学を予定しています。
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– どんな建築家に将来なりたいですか?
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常にまだ自分が扱ったことのない建築に関わっていたいですね。公共建築とか、住宅とか、家具スケールのものまで、いろんなスケールのものを手がける建築家になりたいです。
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– 岡崎さんのこれからがとても楽しみです。今日はありがとうございました。
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取材・執筆:12期斎藤朱織、14期清水愉美、14期岡本洸彰
撮影:神道朝子
2026.01.23