<触図(しょくず)とは>
まずここでいう触図ですが、手指で触って作品の構図や形を理解するための図です。点、線、面などの要素が凹凸で表現され、触感によって絵の情報を捉えることができます。鑑賞の際は、サポートする人が、見えない・見えにくい方に、作品の視覚情報を伝えながら使用します。
東京都美術館では、2024年の「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」より、すべての特別展で、展示作品の中から2〜3点の作品の触図を制作しています。この触図は、展覧会の会期中、触図を必要とされる方にご利用いただいています。
<触図ラボ、キックオフ!>
13期とびラーの山本さん(全盲)と活動中の2025年3月末、特別展「ミロ展」展示作品の触図を山本さんがテストで触る機会に立会いました。
そのテストの場で、山本さんが
「線が多いとモチーフがわかりづらい…。」と感想を言いました。
この時のミロ作品の触図では、
・赤色の部分:ドット柄
・黒色の部分:斜線
など、別々の触感を使って色の違いがわかるようにすることが試みられていました。
ただそうすることで、手に触れる要素が増え、山本さんにとっては逆に、作品に描かれているモチーフそのものの形状が分かりづらいと感じることがわかりました。
その触図を用いた鑑賞の様子に、そこにいたとびラーはとても興味を持ちました。
そして、この触図が5月に実施する『障害のある方のための特別鑑賞会(以下:特別鑑賞会):「ミロ展」』で活用されることを聞きました。見えない・見えにくい方がより作品鑑賞を楽しめるように、私たちが伴走をしたい、そのためにどう触図を利用していくかをみんなで考えたい、という思いで、4月上旬に「触図ラボ@特別鑑賞会」のとびラボを立ち上げました。
今回は主に以下のことについて試しました。
<「障害のある方のための特別鑑賞会」@ミロ展での活動>
▽実施日:2025年5⽉26⽇
▽展覧会:ミロ展
▽とびラボ活動期間:2025年4月7日〜6月7日 計10回実施
<対話鑑賞と触図鑑賞…どちらが先?>
山本さんの体験談に耳を傾けながら、触図で構図を理解するだけでなく、より深い作品鑑賞まで行きつくためには、どう触図を活用したらよいかを話しあいました。
その中で、下記のような鑑賞サポートのヒントが見えてきました。
・ゆっくり時間をかけてみんなで作品をみて対話をすることで理解が深まりやすい(人によって捉え方が違う=情報が増える)
・対話での鑑賞を先にするのが良いか、触図に触れるのを先にするのが良いかは、作品の性質によって変わる
・触図を触っている最中に、作品説明を聞くのは難しい
鑑賞方法の順序として、見える人は「森→木」、
そして見えない人は「木→森」なのでは?というキーワードが出てきました。
・森→木:見える人はまず作品の全体を見てから気になるところを細かく見ていける。
・木→森:見えない人はまず作品の部分的なものを知ることから始まり、それを集めて全体の作品のイメージを作り上げる。
見えない・見えにくい方全員が、同じ状況ではありませんが、基本の考え方の1つになりました。
<鑑賞を楽しんでもらうための工夫>
ある日のミーティングでは、とびラーが持参した、さわる絵本や、触知図印刷(特殊インキで凹凸を表現した印刷)を用いた冊子を、触ったり見たりして「さわって鑑賞する」ことを体験してみました。
ミロ展の触図は、2作品あります。特別鑑賞会当日に触図ラボのとびラーが担当する作品は、月と星が印象的な《涙の微笑》。
そこから、当日の鑑賞に向けて、鑑賞サポートのより具体的なアイデアも検討されました。
・ミロの作品に月や星のモチーフがよく登場することを紹介し、星のモチーフの形を比較したりできると良いのでは?
・作品鑑賞の補助ツールとして触図を利用して、ミロの色彩や線を楽しんでもらう。
・言葉だけでなく指での触覚を通しての鑑賞をしてもらう。
・とびラーとの対話で、普段とは違う鑑賞体験が生まれるのではないか?
そんなことを考えながら、今回の企画意図を整理、共有していきました。
また、展示室内で実際の作品の前で触図を用いた鑑賞を行うための工夫を模索しました。見えない・見えにくい当事者と、介助者、、とびラー3人での鑑賞を想定し、触図を安定した姿勢で触ってもらえるように、A3サイズの紐付きボードを使用することにしました。
触図の持ち方を思案中
<目標だった鑑賞を深めることはできたのか?>
本番当日。触図についてや構図の説明がおもになってしまった時もありましたが、全盲の鑑賞者からはこんな声をいただきました。
・月や星に希望を感じられる。
・3本の髪の毛(のようなもの)は、目を閉じた時のマンガで描かれるシワのようで、そこから涙が流れ、下の赤い部分にたまっていくようだ。月の周りの白いグルグルした筆跡は、暗くモヤモヤした気持ちで、涙の理由になったものではないか。
・ずっと見てきたミロの星の形が触ってわかった!鑑賞の補助になった。
積極的な作品鑑賞ができたからこそ出てきた言葉を、私たちはうれしく受け取りました。この実施で、ミロ展での触図ラボは終了しました。
<「障害のある方のための特別鑑賞会」@ゴッホ展での活動>
▽活動日:2025年10月27日(月)
▽展覧会:ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
▽とびラボ活動期間:2025年9月7日〜11月2日 計8回実施
「ゴッホ展 特別鑑賞会」へ向けて、9月上旬に「触図鑑賞ラボ@ゴッホ展特別鑑賞会」をキックオフしました。今回は、鑑賞を深める気持ちを込め、とびラボの名称に「鑑賞」を入れてラボ名をリニューアルしました。
まずは前回のとびラボでの実施を一通りふりかえりました。さらに鑑賞の深め方を試行錯誤していきました。今回のゴッホ展で、私たちのとびラボが担当する作品は《種まく人》です。前回担当したミロ作品の《涙の微笑》よりも要素が多く遠近感のある作品です。
基本姿勢としては、作品全体のモチーフの配置情報を伝え、それから人物、木など個々のモチーフについて伝える手順が伝わりやすそう、色の情報なども伝えたほうが良いと話しあいました。また前回の経験から、じっくり鑑賞したい人、さらっと鑑賞して次に行きたい人と、目の不自由な方の鑑賞の様子をみて対応していこうと確認しました。
<本番のふりかえり>
・「構図がよくわかった」との声が複数あった。
・来館者の状況がそれぞれ異なるので、声をかけるタイミングが難しかった。
・全盲の方と弱視の方では見せ方が違った。
・「輪郭だけがわかる触図が別にもう1つあるといい」という声。
鑑賞者の手をとり、モチーフの輪郭をなぞってもらうなどし、前回より構図やモチーフの形をわかりやすく伝えることができたと思います。
ゴッホ展の図録で何度も対話型鑑賞をして作品研究をしました
<「障害のある方のための特別鑑賞会」@スウェーデン絵画展での活動>
▽活動日:2026年2月9日(月)
▽展覧会:東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」
▽とびラボ活動期間:2026年1月24日〜2月22日 計5回実施
今回のスウェーデン絵画展に向けて、新しく立ち上げた触図鑑賞ラボのキックオフの時点で触図は未完成でした。また、スウェーデン絵画展での特別鑑賞会は開幕してから数日後で展示室での検証期間も少なく、ドキドキの準備となりました。
スウェーデン絵画展の触図は3作品です。
3作品全ての作品の鑑賞サポートを触図鑑賞ラボで担当することになり、3ヶ所3チーム編成で活動しました。会場の下見では展示室の動線の妨げにならない立ち位置の確認や、椅子が目の前にある作品では、来館者に座ってもらって行う鑑賞も想定しました。
鑑賞の流れとしては、前回までの鑑賞体験から、作品の構図や情景を伝え、全体から部分モチーフへの説明へと進めるようにしようと話し合いました。
また、来館者の鑑賞深めるための準備として、とびラー同士で、作品を時間をかけてよく見て言語化していきました。とびラー自身の作品への理解を深めることが、鑑賞サポートをする際に大切なことです。。
<触図のタイプが変化>
東京都美術館の触図は、社会共生担当のスタッフが、展覧会担当学芸員に相談しながら、触図制作者とともに作成しています。その制作過程では、来館者からのフィードバックを元に、作品の魅力がより伝わるように試行錯誤が重ねられています。
今回のスウェーデン絵画展で制作された触図は、素材感も楽しめる触図が制作されました。
作品の女性がしている編み物の部分には赤い毛糸を編んだものが貼られています。
<鑑賞の変化>
今回の触図では色は表現されてないため、ロービジョンの方など、色を認識する方の鑑賞用に、iPadに取り込んだ作品画像で必要に応じて色をみてもらえるようにしました。
鑑賞者の手をとり誘導しながらモチーフの輪郭をなぞってもらいます。
作品鑑賞、会場下見が終わり展示室を出ると雪景色。
北欧の作品とのリンクに思わず笑顔。
<本番のふりかえり>
・立体・白黒印刷の触図は「さわって構図を知るためのもの」という目的がより明確で良かった。
・ロービジョンの方が多かった。触図を指で触って形を認識し、iPadで色や細部を認識する。あえて分けて提供するやり方は今後も継続した方が良いと感じた。
・ロービジョンの方だと思うが、同伴者と作品を見た後、触図で鑑賞。中央の馬を触りながら「お尻じゃなくてこちらを向いているのね!」と触図で顔の向きを理解していた。
・雪が描かれた部分に並ぶ無数の「◯」のボツボツ感にスウェーデンの雪の硬さを感じてくれた。
・触図があります、いかがでしょうか?という声かけだけでなく「鑑賞をいっしょにしませんか?」の声かけが効果的だった。
・《川辺の冬の夕暮れ》で同伴者の「木目のような波紋が・・」のような解説に反応していたのを見て、全体の構図の説明より先に、真ん中の波紋を触ってもらった。「本当木目みたい、ここが川なのね。」と嬉しそう。鑑賞者と同伴者の、鑑賞の様子に注意を向けて行動することも大事だと思った。
<鑑賞者の印象に残った声>
対話と触図で鑑賞を深めていくと、作品を起点に紡がれたコミュニケーションが生まれる場面もありました。印象的だった鑑賞者の言葉をいくつかご紹介します。
作品1《編物をするダーラナの少女コール=マルギット》
・ロービジョンの方と、言葉での鑑賞 → 触図での鑑賞 → iPadでの鑑賞の順に進めた。「昔、母に編み物を教えられたんだけど…」と棒針での編み方を教えてくれた。
作品2《川辺の冬の夕暮れ》
・ロービジョンの方「水辺の絵でモネだったら花が描かれるけど、この絵はスウェーデンだからシンプル、冬で光が足りないから花がないのではないか?」一つの絵から他の絵もイメージしていたことが印象に残った
・日本の川幅が狭く流れが早いのと違い、作品の川は水面に映る木々の影や空の色がわかるほど、ゆったりと静かな印象を話し、「北欧の広大な大地ならではの悠々とたゆたう川を感じる」と仰っていた。
作品3《夜の訪れ》
・ストレッチャーに横たわる男性の手を母親がとり触らせ、わずかに目や手がピクッと動いたようだったので「鑑賞で反応したのかな?」と。パリの美術館へ行くほどアート好きだったという話しを伺いました。
<今後の展望>
触図に限らず、見える人・見えにくい人・見えない人がともに行う鑑賞のあり方を、今後も試行していきたいと考えています。
<3回目の触図鑑賞ラボを終えて>
回を重ねるごとに声かけの工夫がだんだん出来てきました。触図を、構図の理解をしてもらうツールとし、目標である鑑賞を深めていくことも徐々にできつつあると感じています。
経験をみんなでシェアしながらブラッシュアップしていけると思います。これからの触図鑑賞の進化が楽しみです。
執筆:染谷 都(12期とびラー)
ラジオ番組制作ディレクター。旅と音楽と建築好き。藝大の森お世話隊でボランティア活動中。 ラジオの仕事を長くやっているせいか状況・情景描写を細かくする習性が少しあります。音声メディアで働く者として底辺のところで目の不自由な方を意識する感覚があり少しでも役にたつことができればと思っています。
2026.02.22