2026.07.26
<新しいアートの鑑賞体験と対話を探して>
この鑑賞会を実施することになったきっかけは、ろう・難聴当事者の筆者が、とびらプロジェクトで参加した鑑賞実践講座の中で初めて対話型鑑賞(複数の人が一緒に作品を見て、感じたことや考えたことを話しながら鑑賞する)を体験し、その魅力に強く惹かれたことです。
しかし、多くの対話型鑑賞の場では、参加者とファシリテーターがお互いの声を聞き合って進めることが当たり前になっています。そうした環境のなかで、講座に参加した際にも、私は様々な課題に直面しました。
講座では、手話通訳や音声認識システム(文字情報)で情報保障が行われています。しかし、情報保障があることで音声言語で行われる対話型鑑賞に参加しやすくなる一方で、それだけでは解消できない課題もありました。作品に視線を向けながら、通訳や文字を確認していると、周りとの会話にちょっとした時間差(タイムラグ)が生まれます。対話を行う場合には、その微妙な差がネックとなり、タイミングを逃さずに自信を持って自分の考えを伝えることに特有の難しさを感じることがありました。
そこで「手話によって実践した場合、どのような鑑賞体験や対話が生まれるのか」を探究することを目的に、ラボを立ち上げ、継続的に活動を行ってきました。
<試行錯誤のラボ>
活動初期には、とびラー同士で手話のみで行う対話型鑑賞、手話通訳を介した対話型鑑賞、筆談による対話型鑑賞など、複数の方法を試行しました。
手話のみで実施した鑑賞では、手話が分からないとびラーも参加し、身振りや表情、限られた手話表現を用いながら作品について意見を交わし、相手の表情やジェスチャーから意味を推測しようとする場が生まれました。振り返りでは、「伝えたい気持ち」と「理解したい気持ち」が自然に生まれることや、声による対話とは異なる、身体や空間を生かした自由で即興的なやり取りが生じることが共有されました。
一方で、手話通訳を介した鑑賞では、参加とびラー同士の話の内容は理解しやすくなる反面、新たな課題も指摘されました。手話ならではの感覚的な表現や視覚的なイメージを音声言語に置き換える際、どうしても通訳者の解釈が加わりやすく、発話者本人の意図やニュアンスが変化してしまう可能性があることです。さらに、参加者は「作品を見る時間」と「手話通訳を見る時間」の両方を確保しなければならず、通訳による時間差(タイムラグ)も重なって、鑑賞や対話のテンポが掴みにくくなることが課題として共有されました。
さらに、ジェスチャーゲームなどのワークを実施し、言語による認知の違いについても体験しました。参加したとびラーからは、図形や位置関係を言葉だけで伝える難しさや、手話が持つ空間的・視覚的な表現力への気づきが多く報告されました。
<日本語の置き換えではない、日本手話の豊かさ>
活動を重ねるなかで、手話は単なる日本語の置き換えではなく、独自の言語体系を持つ視覚言語であることについて、とびラボに参加しているとびラーの理解が深まってきました。特に、顔の表情や視線でニュアンスを伝えること、ものの形や動きを手でリアルに再現すること、体の向きを変えて何役も演じ分けること、そして目の前の空間を実際の場所に見立てて、様々な情報を同時に描き出せることなど、日本手話が持つ豊かな特徴について学び、それらが鑑賞の場にも大きく影響することを確認できました。
身体と空間を豊かに使う日本手話での対話型鑑賞だからこそ出会える、独自の可能性が見えてきました。
<情報保障から直接対話へ>
複数回のラボを通じて感じてきたことは、通訳を介して情報を受け取るだけでなく、ろう・難聴者同士が手話で感じたことを伝え合いながら進めていく「直接対話」の場が必要だということです。アートを「自分たちの言葉で語るもの」として捉え直し、美術館を多様な視点が交差する場へと開いていくために、「手話で話すアート鑑賞会」を開催しました。
<いよいよ本番>
プログラムの実施日は、2026年6月19日(金)の18時〜に設定しました。プログラム名は「夜の美術館で、みて、考えて、手話で話すアート鑑賞会」。東京都美術館で開催中の「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」の作品を鑑賞するプログラムとして企画しました。
手話で会話が可能なろう難聴者という条件に加え、平日の夜の開催にもかかわらず、募集開始後すぐに申し込みが定員に達したことには驚かされました。人気の展覧会で会場が混雑するため、多くの人を募集することができないのが課題でした。一方で、参加された方の中には今回のアンドリュー・ワイエス展を初めて観る方もいらっしゃるなど、この機会を提供できたことを嬉しく思いました。
今回は2作品をそれぞれ10〜15分間、手話で対話しながら鑑賞しました。
鑑賞中、参加者のみなさんが作品を説明する際、描かれた人物の位置関係や視線、髪の動きなどを、ご自身の身体や空間を使って生き生きと表現する姿が多く見られました。また、他の参加者の手話表現を見ることで新たな気づきが生まれ、お互いの見方がどんどん更新されていく様子も非常に印象的でした。他の人の意見と自分の意見を照らし合わせながら、作品をよく見て、考え、ともに対話を重ねることで、作品への理解や味わいが深まっていくことを実感しました。
筆者自身にとって初めてのファシリテートで至らない点も多々ありましたが、何よりも参加者のみなさんに楽しんでいただけたことに大きな手応えを感じました。作品の「答えに導く」のではなく、自分も対話の輪に加わりながら、全員が安心して手話で話し、考えを共有できる場を整えることこそ、ファシリテーターに求められる大切な役割なのだと改めて認識する機会となりました。
<参加者のみなさんの声>
終了後の鑑賞シェアタイムでは、作品への向き合い方や、コミュニケーションの本質に触れた温かい言葉がたくさん寄せられました。
一方で、アンケートには「時間が足りないと感じた」や、多くの方からは「もっとこういう場が増えてほしい」といった意見があり、このような場を求める声があることも伺えました。
<情報保障のその先へ>
アート鑑賞会とラボの実施を通して、手話による対話型鑑賞は、ろう・難聴者が手話という自分たちの言語で対話しながら作品を味わう、新たな鑑賞体験を生み出せる可能性があることを感じました。さらに、今回の取り組みは、美術館におけるろう・難聴者主体の新たな鑑賞の場づくりのチャレンジとして、私たち自身にとっても、多くの学びを得る実践となりました。
今回の実践を通して、私たちは改めて「情報保障」のその先にある、「ともにアートを楽しむ体験」について深く考えるようになりました。手話通訳や文字情報があることで、安心してプログラムに参加できることは、本当に大切で欠かせない第一歩です。同時に、そこからさらに、参加者同士が手話で直接対話し、お互いの気づきや思いを分かち合いながら、ともに作品を味わい、鑑賞を深めていくことにも大きな価値があります。だからこそ私たちは、誰もが作品について対等に語り合い、ともに豊かな鑑賞体験を育んでいける環境を、これからも目指していきたいと考えています。
近年、美術館(ミュージアム)には収集や展示だけでなく、包摂的で多様な人々が関わり合える持続可能な場(ウェルビーイングを育む場)であることが求められています。手話を通じて鑑賞することは、誰かのための福祉や保障に留まりません。私たちがまだ気づいていないアートの新たな魅力を多角的に引き出す可能性を秘めた創造的なアプローチであると、私たちは考えています。
情報が伝わるだけでなく、感じたことを自分の言葉で語り合い、鑑賞の場をともにつくること。そのような経験の積み重ねが、「情報保障のその先」を考える手がかりになるのではないでしょうか。手話で直接対話する場だからこそ生まれる新たな鑑賞体験があり、その価値を今後も実践を重ねながら検証していきたいと考えています。
今回の出会いと場を一過性のものにせず、参加者のみなさんと一緒に、ボトムアップで更新していけるよう、これからも焦らず、一歩ずつ活動を続けていきたいと思います。
平日は公務員として働き、土日は「とびラー」としてアートを介したコミュニティ作りに励んでいます。中途失聴ですが、手話でおしゃべりするのが大好きです!多様な人々と繋がり、豊かな時間を共有したいです。
会社員として働く傍ら、休日はとびラーとして活動。ろう当事者としての視点から、