2026.01.25
取手駅からバスに乗って10分ほど。そこは雑木林に囲まれた、なだらかな丘陵が続く東京藝術大学(以下、藝大)取手校地の広大なキャンパスでした。絵画専攻(油画)修士2年の大松美加子さんが、構内にあるバスの停留所で私たちを迎えて、制作室に案内していただきました。今回のインタビューは3名のとびラー(アート・コミュニケータ)で行いました。その中には全盲のとびラーもいます。事前にお伝えしていたので、大松さんは用意してくれていて、作品の一つを特別に触らせてくださいました。私たちはそれを手に取り、触感を確かめながらインタビューが始まりました。
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– 大松さんの作品はどういう風にできているのですか?
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キャンバスに描いた絵の上から豚革で覆っています。半透明で透けて見えるので、奥に描いた絵がうっすらと浮かび上がります。
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– どうして豚革を使っているのですか。
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最初は見た目から入って、視覚的に魅力があると感じたからです。半透明で、中のものが直接的に見えなくなるというか、まるでヴェールがかかったような状態になることに興味を持ちました。豚革で絵を覆うことを続けるうちに、革の内側に絵具が付着して、新しい層ができるような視覚的な面白さも感じるようになりました。
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豚革に包まれた大松さんの絵画作品
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あと、生活していると埃が溜まりますよね。埃は皮脂や服の繊維だったものが少しずつ剥がれて堆積して重なったものですが、その状態が豚革の質感と近いものを感じて面白いと思いました。
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大松さんのお子さんのサイズアウトした靴を豚革で包んだ作品
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学部生の時の卒業・修了作品展(以下、卒展)に出した作品も制作室に持ってきています。これらは一部が割れたガラスやコップ、サイズアウトした私の子供の靴で、豚革でくるんでいます。どれも形は保っていますが、私からすると既に失われたものです。もう役割を失って、ただの形になった時点での状態を残しておくのにちょうどよいという点で、豚革という素材でくるむことは私にとって、しっくりきました。
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– 豚革という素材を見つけて、作品に使い始めたのはいつごろからですか。
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思いついたのは学部2年の頃です。学校から紹介された訳ではなく、多分何かを調べていた時、偶然見つけました。初めて作品に使ったのは学部4年の卒業制作の時です。私は学部生の間に出産して一時休学していました。復学後は精力的に何か新しいことを試したり、作るというよりは、「今の自分ができることは何か」を考えていました。その後、卒業制作を考える時期になり、以前に少し試して、手元に残っていた豚革を手にして、これは活用できるかもしれないと思いました。豚革は面白くて、今触ってもらった時は硬く感じたと思いますが、水に濡らすとふやけて、ブヨブヨになるので、いろいろな形にできるという性質があります。そして、乾くとまた硬くなります。加工しやすい訳ではありませんが、私ならうまく表現に使える素材だと思いました。
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– 今回の修了出品も豚革を使った作品が中心になるのですか。
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半々でしょうか。これまで制作した絵画と豚革を使った作品に加えて、ジュエリーの技法を使った作品や写真作品の展示、そして私のiPhoneのストレージにある動画を編集した映像作品の上映を考えています。
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まず、ジュエリーの工法を使った作品の途中経過をお見せします。これは1枚の写真から小さな円をたくさんくり抜いて、ロケットペンダントにはめ込んだものです。ティグ溶接というジュエリーを台座に取り付ける技法を使って、繋げてみました。これらをさらに長く繋げていって形を作ろうと思っています。元の写真は記憶が薄れてきていますが、iPhoneのストレージに残っていた旅行中のものです。
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他にも、自分が食べ終わった皿の写真作品も準備しています。食べ終わった後の皿が視覚的にすごくきれいに見えることが多くて、数年前から撮ってきました。私は記憶みたいなものをテーマにしていますが、生々しい記憶というよりは、もう薄れてしまった後の記憶みたいなものに惹かれます。私には食べた後のお皿はきれいに美しく見えていますが、既に失われた後の姿に何か見出せるものがあるのがいいなと思ったりします。
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– 目が見えない人にも楽しめるポイントがもしあれば教えてください。
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今回、匂いを使った作品も取り入れたいと思っています。
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匂いを使った作品の素材の香りを立たせている大松さん
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渡された乳鉢の中の香りをかぐ山本さん「この香りは?」
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これはミルラという天然の樹脂香で、昔からお香として使われてきました。サクランボ大の塊で、ブロック状の炭を砕いて一緒に焚くのが本来の使い方らしいのですが、今回は砕いてみました。匂いや音のような立ち上るものがある作品を出品するのもいいなと思っています。匂いに関しては、実験してみたいと思っている作品があって、今まで豚革でやっていたように、膠(にかわ)とミルラを混ぜて、花をコーティングしてみたいです。多分透明な膜のようになると思います。ミルラは東方の三賢者がキリスト誕生祝いの一つにしました。また、エジプトではミイラの防腐剤としても使われていたそうで、ミイラの語源ともいわれています。象徴的な面と実用的な面を併せ持つところが面白く、作品に展開していけたらと思っています。卒展でそれを出品する可能性があるかもしれません。間に合えばですが…(笑)。匂いというのは一番早く忘れる感覚といわれていますが、再び嗅いだ時に一番早く記憶を呼び覚ますきっかけになると思います。記憶が匂いと結びついていると以前聞いたことがあり、匂いという感覚は儚いけれど力強いものでもあると思っています。
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– 修了制作で苦労した点やエピソードはありますか。
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子供がいることもあって、制作に使える時間が減り、頭の切り替えがうまくいかないところが、苦労した点でした。修士課程での制作中のエピソードといえば、たびたび研究室で研修旅行に行ったことでしょうか。その土地その土地には記憶があるし、そこに溜まっている埃というか、生活の痕跡みたいな、ちょっと訪れたぐらいでは見えないものもたくさんあるのだろうなと旅行しながら想像していました。頭の切り替えが難しかったと先ほどお話しましたが、そんな小さい旅行をすることで、自分のペースを取り戻すことができたと思います。
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もう一つ、卒展の作品構成のヒントをもらったエピソードがあります。修士2年になって、教授のプロジェクトで制作室内にホワイトキューブという四角い展示スペースができました。年度後期になってその教授から、この場所で学生が交代で個展を開こうという提案があり、私が最初に一週間後から作品を展示するように依頼され、急いで準備して、何人かを招きました。それまで自分の作品で個展をしたことがなく、自分の作品を一つの場所でまとまって見るという経験がありませんでした。展示してみて、制作の大きな気づきになりました。卒展へ向けても、あえて大作に挑まず、小さい作品をたくさん制作することで表現できると思えたのは、この経験がステップになったと思います。
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– 美術系の大学に進もうと思ったきっかけは何でしょう。
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高校が美術系だったこともあって、美大受験予備校にも通っていたのですが、現役の受験では落ちてしまいました。高校を卒業してすぐは、そこまで美大に行きたいという強いモチベーションがあったわけではなく、しばらく迷いの中にいて、派遣の仕事をしながら生活する時期もありました。その後、改めて美大に通っている友人に会って話をしたら、美大では長い付き合いの友達ができる場所だと思いましたし、興味の点で言えば、写真を撮ったり文章を書いたりするのがすごく好きだったこともあり、美大を再受験することを決めました。
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– 藝大の絵画科油画専攻を選んだ理由は?
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絵を描くこと以外、できる気がしなかったからでしょうか。入学する前は、未来の自分が作る作品をできるだけ楽しみにしたい、今は予想もしてないようなものを作ってみたいという気持ちがありました。そして、自由度が高いのは油画専攻だと思ったので、選びました。私はブランクがあったこともあって、まっすぐ絵を描くということより、他の要素を取り入れたり、他の媒体に挑戦したりすることに興味がありました。
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– もともと美術はお好きだったのですか。
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小さい頃から絵を描くことが好きで、小学校の休み時間は絵を描くとか図書室で過ごすような子どもでした。あと、祖父の家に紙がたくさんありまして、私が落書きをしているのを見るたびに、祖父がそれをいつも壁に飾ってくれていました。今考えるとそういう経験も大きかったのかもしれません。中学までは普通の公立です。中学の時は不登校だったので、普通科に進むよりは何か別なことをした方がいいだろうと、美術系の高校への進路を考えました。
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– 藝大受験や学生生活の思い出は何でしょう。
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最初に受験した時は緊張しましたし、こうでなければという気持ちも強く、力を抜くのが難しかったです。合格したのは3回目に受験した時だったと思います。記憶が薄れていて、しかも曖昧な年が1年あって、3回目か4回目かよく分からないのです(笑)。学部時代は上野キャンパスで過ごしました。学部1年の時は藝祭で模擬店係をやったことが思い出に残っています。確かタピオカ屋さんをやりました。油画科は、学部の間は全員が上野で過ごすのですが、大学院進学で上野の研究室と取手の研究室に分かれます。私は取手の研究室に配属になりました。今から考えるとそれが結果的にすごく良かったです。アトリエの居心地がとてもいい。制作しない時でも、学生同士で話したり、本を読んだり。取手はすごくゆっくりした場所です。散歩するなど、これだけ穏やかにいられる場所は、私のこれまでの中では割と珍しかったので、貴重な時間でした。
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– 今は制作の時間が長いと思いますが、気分転換にはどんなことをされていますか。
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散歩でしょうか。制作中にちょっと疲れたなと思うと、構内の下の方に行ったり、制作室内のソファーに座っておしゃべりしたりなど、うろうろしています。その際に何かひらめいたり、作品のヒントを得たりすることはないですね。作品制作に繋がらないところがかえって息抜きになっているかなと思います。
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– 修了後の展望を教えてください。
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本当に迷っていて、これがしたいなど、しっかり決まっているわけではありません。働きつつ、アート活動は続けていきたい。作品のサイズや規模が小さくなっても制作を継続するのが大事かなと思っています。どこかに作品を出品することも、これから考えていきたいです。
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– 最後に、卒展へ来館される方々に伝えたいことや、こう感じてほしいと思うことがありましたら、教えてください。
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誰の中にも、もう忘れて思い出すこともできない記憶みたいなものがあると思います。自己の中ですら辺境化されている記憶…。記憶に限らず、そんな部分があって、その存在を感じてもらえたらいいなと思っています。
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取材:長谷山恵子、山本祐介(ガイドペルパー同行)、岡浩一郎
執筆:岡浩一郎
写真:大東美穂(とびらプロジェクト コーディネータ)
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仕事は、小学1年生の児童支援と新任の先生のクラスで時々担任もしています。趣味は地元のスケッチ会で水彩画を外で描いています。猫二匹を飼っていて、餌の好みを研究中。(長谷山恵子)
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2022年に全盲となった理学療法士。現在は、自転車旅や表現活動を通じ、善意による制約や無関心が生む社会の壁を打ち破るべく活動しています。とびラーとして、視覚に頼らない独自の感性を大切にしています。(山本祐介)
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宮城で27年間、日本酒蔵元で働いて、親のいる東京に戻りました。現在は小学校で、3~4年生に英語を教えています。東京に来てから習い始めた津軽三味線は「乱れ弾き」を夢見て、練習に励んでいます。(岡浩一郎)
2026.01.24
年末も近づく12月下旬、私たちは東京藝術大学(以下、藝大)取手キャンパスの教育棟を訪れました。大学構内で飼育されている散歩中のヤギと出会うなど、上野キャンパスとは異なる取手キャンパスの雰囲気を楽しみながらアトリエのドアを開けると、篠崎遥香さんがあたたかく迎えてくれました。アトリエに入ってまず目に飛び込んできたのは、壁に掛けられた大きな絵と、床に置かれた同じサイズの下絵。その迫力に圧倒され、ご挨拶もそこそこに、思わず絵に引き寄せられてしまいました。
「触っても大丈夫ですよ」とのことで、特別に手で触れながら、さっそく作品についてのお話に。和紙を使ったコラージュの技法や、「一度描いたら直せないから、緊張しながら進めています」と、制作時の心持ちも教えてくださいました。
少し落ち着いたところで、改めてお互いに自己紹介を交わし、椅子に腰かけて本格的にお話を伺うことにしました。
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– 大学院に入学するまでの経緯をお聞かせください。
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私は、一度別の大学で日本画を専攻した後、社会人入学で藝大に入りました。普段は高校の講師をしています。元々、アートスクールを開きたいという夢があり、いずれは自分のスクールをメインに活動したいと考えています。その一環で数年前はカルチャースクールや絵画教室で修行していました。コロナ禍で教室の継続が難しくなり、生活スタイルや描きたいものに大きな変化がありました。その中で美術教育を本格的に学び、制作も教育も両方を極めたいという思いが強くなって、美術教育研究室(以下、美教)への入学を決めました。
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1 修了制作について
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今後、このような青系の色がついていくそうです
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– これが修了制作ですね。
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2年くらいで心境の変化がありました。元々コロナ禍の誰もいない情景に人が空を舞っている作品を描いていて、2023年にコロナが落ち着いてきてから構成を変えたりしています。今最も追及しているのは、浮遊することとは何かを人物像を用いて表現することです。突き詰めて描いていきたいと思っています。
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– 「浮遊」している状態は、どういうメッセージが込められているんですか?
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これまで「絵でしか表現できないこと」をやりたいと思ってきました。浮いている状態を違和感なく表現できるのは、絵画の醍醐味だと思います。「飛ぶ」のは昔から多くの人が興味を持つことなので、見た感じ方は人それぞれ、いろんな感情が想起されるような浮いている状態を作りたいと、最近は思っています。
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二人の人物を重ねるような配置で「浮遊」を表現したいと思ったのは、自分自身の実体験がきっかけです。実際に人間が空を飛ぶことはできませんが、ジャンプやトランポリン、飛び込み、泳ぐといった浮遊に近い身体の動きを通して、私はいつも開放感や心地よさといった浮遊が持つイメージとは裏腹に、怖さや体に力が入るような感覚も抱いてきました。そんな相反する気持ちを、異なるニュアンスを持つ二人の表情に込めることで、鑑賞する人にも「浮遊」という感覚に少しでも近づいてもらえたらと思っています。わざとダブらせて物理法則を無視したり、服の形もあちらこちらになびかせたりするのは、「浮いている」と人の目をうまく錯覚させることができないかと考えて、二人の人物を重ねる配置にしてみました。
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制作で参考にしている服も見せていただきました
制作に使うケーキナイフとヤスリ
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– 制作の過程で、楽しかったことや大変だったことは?
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2025年6月頃にサイズ感と方向性が決まり、人生最大の作品になりました。大きいということで一人ではできないことも多く、研究室の仲間の協力には本当に助けられました。美教は論文の提出もあり制作との両立はとても難しく、仕事もしているので日々葛藤しながら駆け抜けて行く感じでした。最近はアクリル絵具を主軸に制作することも多かったのですが、そんな中でも日本画の伝統的な技法を取り入れて制作できて、今までの学びに立ち返ることができました。
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2 これまでについて
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– 教えるということが、元から好きだったのですか?
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結果として適性があった、という方が近いです。たまたま人生初のアルバイトが塾講師で、続けていく中で教えるスキルが積み上がっていきました。私は喋ることが好きで、言葉にするのが得意だったので、できるかもしれない、と思うようになりました。
指導をしている中で、子どもたちが何かを理解したときにニコッと笑みを浮かべた姿を見て、教えたことでその人の人生にプラスになったと実感でき、私の喜びになりました。
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– 小さいころから、アートは身近にありましたか?
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全く身近ではありませんでした。お絵描きは好きでしたが、小・中学校で、特別な教育は受けていませんでした。
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– いつ頃から美術の道に進もうと思ったんですか?
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小学5年生のときの担任の先生がきっかけです。40代の体育の先生で、ご自身の今後のことを考えて、夏休みの間に大学で美術の教員免許を取得したという話を朝の会でして、実技の授業のデッサンを見せてくれました。私はそこで初めて大学というものがあること、そして美術が学問になるということを知りました。それまで図工の時間はレクリエーションのように考えていたので、ただ楽しいだけではない美術の世界に興味を持ち、進路として意識しました。そのあと少し時間が空いて、高校で美大受験予備校に通い始めました。美大を目指す他の人に比べたら本格的な実技対策は遅い方だったと思います。
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– 将来描くことが生活につながっていくとは想像していましたか?
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始めは大学で美術を学ぶことってなんだろうと考えるところまでで、その先はあまり意識していませんでした。
絵画教室の先生になるという夢は、大学3年生のころには思っていたのですが、人生の目標としてもう少し先のことと捉えていました。中高を過ごした地元に絵画教室がなく、地域にそういう場所があった方が良いと思っていました。
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– どうしてそう思ったのでしょうか?
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父が社会科の教師で、教える環境には自然と馴染んでいたからだと思います。気が付いたら人に何かものを教える自分という像が表れていました。振り返ると、人生の決断には出会った人や環境の影響が大きく、教育の力は侮れないと実感しています。
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丁寧にご説明くださる篠崎さん
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3 美術教育研究室での学びについて
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– 美術教育とはどんな研究室ですか?
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「教育」の名の付く研究室なので学校の先生を養成する場所と思われがちですが、必ずしもそういうわけではないです。美教では、作品制作の他に理論研究として論文を書くのですが、そこで自分の研究を丁寧に言葉にしていきます。言語化はとても大切なプロセスで、美術を学ぶ意義を深く掘り下げることができます。
修了後の進路は結構バラバラです。学校の先生になる人も、学校ではない教育活動をする人も、作家で頑張る人も、学芸員になる人もいます。なんらかの形で言葉にすることを強みに活かした進路にいく人が多いですが、必ずしも学校の先生ではありません。そこが教育学部系の美術教育とは異なる、藝大ならではのところです。
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– 美教の2年間を振り返って心に残っていることは?
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古美術研究旅行がとても楽しかったです。古美術研究旅行は他の科では単位として設置されていますが、実は美教にはこの制度が無く、私の代の学生の強い要望で美教内でも希望者による催行という形で実現しました。美教には学生の「学びたい」気持ちを尊重してくれる空気があると思います。美教では学生の制作分野はバラバラなので、日本画、彫刻など専門の異なる学生と一緒に古美研行くのですが、日本画専攻の学生は仏像の塗装や絵付けについて、彫刻専攻の学生は木彫の作り方など、互いに知識を共有できるので学びも多く、貴重な体験となりました。
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この経験は私の制作にも活かされていて、「浮遊」を表現する際は、平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩像を参考にしています。物理法則として正しい形と、人が見て心地よい浮遊表現になるかどうかというのは全く別だと気がつきました。これまでは物理法則に囚われていたところがありましたが、最近は解放されてきたと思います。
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図録に掲載されていた平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩像
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また、一度社会人を経験してから藝大に入学したのですが、最初に他の大学で学んだ時は、なぜ勉強するのかが本当はよくわかっていませんでした。どこかで「みんなが大学に行っているから私も進学する」という気持ちがあったのだと思います。今回はただ自分が勉強したくて藝大に入学したというところが大きいので、主体的に学ぶことができています。普段教員をやっているので、先生がどういう意図で話しているか、学生に何を求めているのかが以前よりはわかるようになり、指導内容がより理解できていることを実感しています。
この2年で、学びたいと思ったときにいつでも学べる生涯学習の喜びを、身をもって実感しています。
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4 おわりに
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– アートスクールを開きたいという夢があるとのことでしたが。
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私は生涯学習に関心があり、学校教育や美術教育の機関と連携・協働しながら、地域に開かれた教室をつくりたいと考えています。
様々な学びが展開できるすごいスクールでありながら、出で立ちは素朴で、「街の絵画教室」のような、老若男女さまざまな人が集まる場をイメージしています。私は絵画を専門に教えたいと思っていますが、他の分野の人たちとつながりながら、幅広い学びを提供できたら嬉しいですね。美教で、横のつながりが広がったことも大きな収穫でした。関わる人たちと協調しながら、私自身も活動を通して成長していけるような、「一緒に楽しく勉強しよう」というスクールにできたらいいなと考えています。
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(※ちなみに…制作と同時に提出されたという修士論文もみせていただきました。論文名は「高等教育の美術教育における学外連携の現状ーー学外教員と学外教育者の両者調査から見える課題の考察」。理論と制作のいずれからも、夢に向かって進まれている姿が印象的でした!)
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– これからの展望を教えてください。
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自分のスクールに向けての準備を、本格的に行っていきたいです。まずは自宅での子ども教室からスクールの一歩を踏み出していこうと思っています。もっと「楽しい」にフォーカスした活動ができれば良いなと思います。
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– 藝大を目指す方へのメッセージをお願いします。
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藝大にはいろんな側面があり、美教のようなアート×教育の研究室もあります。藝大の学びは想像より広い、ということを伝えたいです。
藝大を目指す人には、何が自分の学びとしてフィットするかは実際にやってみないとわからないので、「色々やってみよう」と伝えたいです。何か自分が最も輝くものが見つかるかもしれない。それが今現在の自分が好きでやっていることと一致しているかはわからないから、広い視点を持ってやってみることも大切です。何かハマるものがあって、藝大へ足を踏み入れることになるかもしれない。それがもしかしたら10年後、20年後、30年後かもしれない。学びはいつまでもあるということを伝えたいです。
ここまでさまざまな経験をして、私は本当に美術や教育の勉強がしたかった、勉強が好きだったんだ、という感覚がやっと出てきました。これからも楽しく長い目で学んでいって、理想の「先んずる人」になっていけたらいいなと思います。
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– 私たちも篠崎さんのスクールに通いたいと思いました。ありがとうございました!
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ありがとうございました
最後にみんなで「浮遊」体験!
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14期の高阪妙子です。とびらプロジェクトでは、主に鑑賞にかかわるプログラムに参加しています。
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13期の西田明子です。今回で2回目となる藝大生インタビュー。様々なプログラムに参加することでたくさんの出会いや気づきがありました。
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14期の坂本悠美子です。普段は出版社で編集をしており、今後は美術分野の書籍編集にも携わっていく予定です。とびらプロジェクトでは鑑賞講座をとっています。
2026.01.23
東京藝術大学(以下、藝大)の建築科は1学年たったの15人だそうです。インタビューさせていただいたのはその建築科に所属する学部4年生の岡崎万実子さん。案内された総合工芸棟4階の製図室には、ゆるく仕切られたスペースで各自が研究や制作をする建築科独特の空間が広がります。お話を伺ったのは、まさに追い込み中の12月。卒業制作はなんと、施主さんがいる本物の建築物でした。
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建築科4年岡崎万実子さん
ドローイングの貼られた壁の前の建物模型に目が留まります
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岡崎さんのスペースには、建築素材や模型、図面がおかれ、右手の壁一面には何枚ものドローイングが貼られています。
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– こちらが卒業制作ですか?
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はい、卒業制作の背景からお話しします。藝大音楽科の友人のご両親が、住宅とゲストハウス(宿泊施設)を建てるという計画がありまして、その友人に声をかけてもらって、学部3年生の頃から設計に関わらせていただいています。その場所が、瀬戸内しまなみ海道が通る「大島」です。目の前には海が広がり、裏手には山がある敷地です。島の中でも住宅が集まった場所からは少し離れていて、波の音だけが聞こえるような静かな場所です。
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卒業制作が建つのは瀬戸内海の大島
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実際に現地では施工が始まっていてこの写真は棟上式の様子です。今の設計段階としては、建具の取っ手やフックなど、小さいものの選定と、ディテールの設計をしています。
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施工場所の写真と棟上げ式の様子
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– 3年生からメインの設計者として関わっていらっしゃるなんて素晴らしいですね!
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工務店さんと相談しながら進めています。全体は、住宅とゲストハウスが連なる構成で、まず住宅があり、その「はなれ」としてお父さんの書斎と倉庫が配置されています。その奥にゲストハウスが続き、ゲストハウスは中庭に面しています。住宅とゲストハウスの空間は分けられていますが、一部で動線が重なり合っています。設計する上では、ドローイングを描くようにしています。
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壁一面にドローイング。一旦抽象化して考えるのに欠かせないとか
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– 壁一面が全部そのドローイングなんですね。模型を作るより先に絵を描くのですか?
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そうです。正確には、模型を作りながらドローイングを描き、また模型を更新する、という往復をしています。
例えば、室外機の配置を考えたときも、ドローイングがきっかけになりました。これは、ドアの並びと室外機の関係を考えたドローイングです。ドアと同じような形で開口を設け、そこを室外機の置き場にしてみました。室外機を壁面から突き出さずに納めようとすると、壁に窪みが必要になります。その窪みは、室内側から見ると出っ張りとして現れますが、そこをスーツケースを置くための棚として利用できると考えました。すると、それまでキッチンが想定されていた位置と、クローゼットの配置が入れ替わることになります。
見え方やものの関係を起点に、そこから新しい形や機能に波及していく。そうした連鎖を意識しながら設計しています。
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左はドアと室外機の配置を考えたドローイング、右は内側にできた窪みの断面図
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– 見た目からの発想が機能に転換されていますね。では、こちらは何ですか?
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天井のドローイング
白抜きの楕円がダウンライト、黒い楕円が火災報知器
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寝室のベッドから天井を見上げた図です。ダウンライトが天井に3つ必要で、さらに火災報知器をどこかに置かなければなりません。ダウンライトと火災報知器の実物を並べてみると、似たような形と大きさをしているなと。
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ダウンライトと火災報知器
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普通は火災報知器は付属物として扱われますが、それを一旦ドローイングに置き換えて抽象化してみることによって、同じ形としてフラットに設計に取り込めるのではないかと考えました。同じようなものとして配列しているけれど1つだけ火災報知器になっているという訳です。
部分的にドローイングを描いて、その度に決定を下していきますが、全体を見ると部分同士はリンクしているというか、韻を踏んでいるというか。
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– リンクして韻を踏む・・・形や間隔のリズムがということですね。
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そうですね。例えば壁の高さとネジのピッチなど一見バラバラのものが関係づけられて、寸法が決められています。
そして、こちらのドローイングも・・・住宅側のトイレ前の壁のポケットに置かれた一輪挿しの花と、奥の窓越しに広がるお庭の風景とが、ちょうど同じ高さで並び、同じ額縁の中に切り取られたように重なって見えています。
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壁のポケットの一輪挿しと奥の窓
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ドローイングにすると、大きさとか距離感が抽象化されるので、大きい・小さい、遠い・近いみたいなことを同一平面で考えるきっかけになります。このようにすごく具体的な部分と、抽象的なイメージとを擦り合わせるように進めています。
建築の設計というのは、一般的に大きい外形から決まって、それから構造が決まって、壁、天井、巾木、家具、というふうに、ヒエラルキーがあると思うんです。一旦はディテールまで設計していきますが、引き戻ってスケールを横断的に考えていくように意識しています。
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– 施主さんとお話しして最初に作り上げたコンセプトやイメージなどはどんなものだったのですか?
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授業での設計と大きく違うと感じているところが、自分だけの設計ではなくて、施主さんの要望であったり、工務店さんの施工性の有無だったり、社会的な制度などが複雑に絡み合った中で設計されるというところです。最初にコンセプトは立ててはいたのですが、どんどん形が自分の手から離れていくというか。ですから、個々の要素を統合的に制御するのではなく、ものの関係を部分的に結びつけながら、全体が何となく見えてくるような設計を目指しています。
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例えば、全体プランとしては、もともとゲストハウスと住宅は別々の棟で考えていたのですが、建築申請をする段階で1棟に変更する必要が出てきました。それを受けて、この住宅とゲストハウスをつなぐ外壁が、住宅側から連続してそのままゲストハウスの内壁として現れてくるようにしました。制度によって定住する夫婦とゲストとの関係が作られていった訳です。このように、検討中の様々なフェーズで出てくる新たな条件に従って形が変形していくような設計をしています。
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手前が住宅、奥がゲストハウス、間の直線部分が書斎兼倉庫
ゲストハウスの中心には廊下が斜めに走っている
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– いろいろな変更は施主さんも予測できないのですね。そもそも施主さんがいちばん大切にされた設計上のポイントはありますか?
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ゲストハウスについては、海が見えること、そして、お庭でバーベキューができるスペースがほしいということでした。そこで、ゲストハウスには大きな土間を設けています。キャリーケースを持ったまま土足で入り、クローゼットで荷物を置いて、そのまま中庭に出られる動線を想定しています。釣ってきた魚を土足のままキッチンで調理できるなど、靴を脱ぐ・脱がないといった行為の切り替えも、意識しています。
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– こだわった素材、特徴的な素材はありますか。
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外装は「焼杉」にしています。焼杉は塩害に強いので海の近いこの地域でよく使われてきました。その焼杉を、外壁だけでなく内側の廊下にも連続して用いています。特徴的な焼杉の外壁に沿って外部を歩いていくと、そのまま内側の廊下へとつながり、さらに進むと再び外壁として現れます。表裏が次々と反転していくような感じです。
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焼杉の外壁が模型にも表現されている
焼杉の外壁材。仕上げで異なる表情が出る
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こちらはその焼杉のマテリアルのスタディ(素材の検討)です。焼いたままではマットな黒ですが、その上にオイル塗装をして、さらに強く表面を布でこすってみると、凸になった木目だけが浮き上がり、奥行きや立体感が出るようになりました。このように異なる仕上げ面をどこかで採用していこうと思っています。
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– 岡崎さんご自身についても伺いたいのですが、なぜ建築に興味を持たれたのですか?
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建築をやりたいと思ったのは物心ついた時からです。3歳くらいのことなのでよく覚えていないのですが、ものを作ったり絵を描いたりすることが好きで「建築家」という職業があると教えてもらったときに、これだ!って思ったのを覚えています。
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– 3歳から!家を作りたいと思うきっかけがあったのですか?
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家で部屋を移動するとなると、人は壁に沿って歩くことになりますよね。さらに、その壁の素材によって、過ごし方や人との関係性までも規定されることがある、そんな建築の力みたいなものに惹かれたんです。
建築は、作るものの中でも人に与える影響がすごく大きいものだと思っています。そういうものに携わりたいというのがいちばん大きいです。
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– その時思っていた建築家のイメージは今も同じですか?
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いいえ、大学に入ってすごく解像度が上がりました。それこそ今、実際の建築物の設計に初めて携わることでイメージは大きく更新されています。設備や制度的なことは、大学の課題だけでは考えることがない領域だったので、そういうものをむしろ肯定的に受け取りながら設計しています。
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– 藝大の建築科を選んだ理由は?
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意匠設計に興味があり、藝大にはそうした設計について議論し合える仲間がたくさんいると思ったので選びました。藝大に入ったことで、建築の表現にも興味を持つようになりました。今回は実際に建つ建築を設計していますが、実施されないものであっても、建築を通して考えを示すこと自体に意味があるのではないかと思っています。建築は建物そのものだけでなく、そこに至るプロセスや考え方にもあるという面白さに、大学で気づきました。
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– 建築は幅広いようですが、特に興味があって今後取り組んでみたいことはありますか?
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大学の課題では、一人で考えながら設計を進める時間が多かったのですが、実際の設計では、施主さんや工務店の方など、さまざまな人と対話しながら形が決まっていくことに面白さを感じています。そうした人との関係の中で建築が立ち上がっていくプロセスにも、関心があります。
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– 卒業・修了作品展はどんな展示になりますか?
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ここにある全部です。ドローイングと図面を並べておいて、ドローイングでは、切り取ったものの関係をどう見せたいのかを示し、図面ではそう見せるために実際にどのように設計しているのかを表現していきます。あとはその図面に至るまでの過程を文章で補ったり、採用されなかった図面を置いてみたり、そういうプロセス全体を作品として展示します。
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– 今回の設計に携わることで、見直したこと、感心したことはありますか?
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たくさんあります。例えば、コンセントカバーひとつでも、素材や質感の違いによって空間の印象が大きく変わることに改めて気づきました。造作家具を考える際も、ビスをどこに、どの間隔で留めるかによって見え方が変わってきます。そうした細部の選択が積み重なることで空間がつくられていくのだと実感し、これまで意識していなかったものが、少しずつ見えるようになってきました。
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– 建築に関する考え方に変化はありますか?
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建築は、ひとつの論理で説明できるものとして、わかりやすさを求められる部分がありますが、もう少し建築は複雑なものなのではないかと思い始めています。模型をそのまま肥大化させたような作り方ではなくて、もう少し包括的に全体を説明する・・・何というか「つぶさな目線」を持って建築を見るようなことではないかと。この制作に関わったことで、実際にものがどう成り立っているのかについて解像度がものすごく上がりました。今までは、建築の形態や機能性といった全体性に関心を持っていたのですが、最近は、材料やもの同士の接続といった細かな部分から建築を考えていくことの可能性を感じています。
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– 学部4年を卒業された後はどちらに?
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東京藝術大学の大学院に進学を予定しています。
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– どんな建築家に将来なりたいですか?
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常にまだ自分が扱ったことのない建築に関わっていたいですね。公共建築とか、住宅とか、家具スケールのものまで、いろんなスケールのものを手がける建築家になりたいです。
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– 岡崎さんのこれからがとても楽しみです。今日はありがとうございました。
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取材・執筆:12期斎藤朱織、14期清水愉美、14期岡本洸彰
撮影:神道朝子
2026.01.23
美術学部工芸科素材造形で木工芸を専攻するタオリグ・サリナさんが、茨城県取手にある取手校地で温かく迎え入れてくれました。美術学部専門教育棟2階の木工芸研究室は、鉄の重たいドアを開けると削りたての木の匂いと静かな作業場の空気が混ざり合い、時間の流れが少しゆっくりになるような感覚がありました。
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その一番奥に、彼女の修了制作である大きな木の構造体が立ち上がっていました。天井近くまで伸びる柱、組み合わされた桁(けた)*。まだ仕上げの途中であるはずなのに、すでに「庵(いおり)」としての気配をまとっていました。近寄ると、木材の節や色味の違い、そのひとつひとつの木材が呼吸しているようで、白いすべらかな木肌に思わず手を伸ばしたくなる存在感があります。
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*桁(けた):建物の柱の上に棟の方向に渡して、ささえとする材木。
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インタビュアーの背後にあるのがタオリグ・サリナさんの作品
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<修了制作展に向けて制作中の作品について>
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– 部屋に入った時に、小さな家のようなものが目に飛び込んできて驚きました。
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高さが3.1メートルほど、横幅は桁から桁の間で約3.3メートルくらいあります。これは庵のようなもので、一つの場所に固定せず、移動することで風景や人々との関係を更新していく、というコンセプトの作品です。楔(くさび)を外せば解体して運ぶことができます。
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この柱と床の交差する部分に刺さっている大きな釘のようなものが楔
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「自分で作る」というこだわりを強く持っていて、屋根以外は全部自分で組み立てました。基本的に日本の伝統的な建築の技術・技法を使っていますが、私の専攻(木工芸)では教わらないので、独学です。私は建築や大工の技術を知らないけれど、「庵」を作りたいと思ったので、図書館で本を読んだりしながら一から勉強をしました。今回は木の仕口(しくち)*や継ぎ手の作りといった技法にも挑戦しています。木と木をはめてみて合わなかったら少し削って、もう一度はめてまたやり直して、と微調整を繰り返しています。
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*仕口(しくち):木材の接合方法の1つ。2つ以上の木材を交差するように組み合わせる接合。
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作品の横にはさまざまな種類の鉋(かんな)やのこぎりが並ぶ
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– こんなにたくさんの道具を使うのですね。
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この部分を作るためにはこの道具が必要と、だんだん増えていきました。木工芸専攻に入ると全員が作る「罫書き(けがき)」は今回初めて実践で使いました。ほかにも自作の道具があります。その中で気に入っているものは鉋の刃を支える木の台です。
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自作の罫書き。墨を入れてまっすぐ木材に線を引く道具
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電動の工具もありますが、手の作業よりスピードがかなり速いので、怖くて使っていません。ほかにも木材の繊維を壊すのがすごく嫌なので、釘や接着剤は一切使いません。
木材は生きていたものなので、一本一本の癖を見て「木の心」を読みながら作業しています。「この木目はこっちを見せたいのかな?」など、その木が持っている力をそのまま活かしたいと思っています。今回ヒノキを選んだのは、日本の建築によく使われているということと、白い色に惹かれたからです。
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– この作品はどんなふうになる予定ですか?
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現時点でまだ制作中ですが、奥の壁に窓を取り付けたいと思っています。右手と左手で輪っかを作った形の窓です。(といってタオリグ・サリナさんは両手で〇を作ってくれました)
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右手と左手でつくった輪っか。この形の窓を「庵」につくるそう
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建築の基礎的な構造の中に、人間の身体から生み出した窓枠を付けたくて。自分の両手で作った窓の形がいいと思いました。窓の大きさは肩幅くらいです。既存の丸い窓ではそこから見える世界が「切り取られた世界」になるけれど、人間の身体から生み出した窓ならば「自分の手が作る世界」に。
そこから見える世界がどんなものかをみんなにも眺めてもらいたいです。
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自分の手が作る世界の窓
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– この作品はどのような場所に展示するのですか?
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大学附属図書館B棟1階のラーニングコモンズです。普段は自習したりイベントをするスペースで、コンクリート打ちっぱなしの天井が高い空間です。「庵」は場所を変えて変化していく作品です。今回は「庵」の窓からコンクリートの壁が見えますが、展示する場所が変われば光が入ったり、林がみえたり、その時々で違う風景を見ることができるところもこの作品の面白さだと思っています。
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– 移動する作品を作った理由はなんですか?
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作品を一つの場所に固定せず移動させることで、さまざまな人々と交流したり、文化と出会うことができます。そこからインスピレーションをもらい、アイデアが生まれるのが楽しみです。例えば「庵」に障子をはめてそこに穴をあけたりとか(笑)いろいろな可能性が出てくると思います。
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<アイデンティティと作品>
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タオリグ・サリナさんは中国・内モンゴルの出身。遊牧民の文化が自分の根底にあることに、日本にきてから気づいたそうです。
2025年の瀬戸内国際芸術祭では、香川県の粟島に4ヶ月間滞在し、島の人々と島の竹を材料にして制作した110羽のカモメとゲル*と船の作品《航海する記憶の船 -ノマドギャラリーin粟島-》を展示しました。それは、今回の修了制作へとつながる作品でした。
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*ゲル:モンゴル高原の遊牧民が使う、円形で移動可能な伝統的な住居のこと。
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《航海する記憶の船 -ノマドギャラリーin粟島-》(2025年)
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– どのようにして今回の庵へ至ったのですか?
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共通点は移動式ということで、そこにはこだわりがあります。私がモンゴル民族なので、遊牧民の生活を意識しています。私はそういう生活はしていませんが、遊牧民の自然を壊すことなく共生して、移動しながら生活しているところ、持っているものを最小限にして軽便さを大事にしているところなどに憧れがあります。道具も大切にして、一生のものとして使い続ける姿勢もですね。
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遊牧民の文化に携わりたいと思いゲルを作りました。ゲルも庵も現地の素材を使って組み立てるもので、そこにいる人が周りの風景や空気とも近い空間ということが似ています。
ゲルは窓がなく、空間が外と区切られています。足元の幕を上げて風を通したり、天幕を引いて光を通します。しかし、庵は障子などで光が自然に入ってきますし、縁側を通して外とつながっています。
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また、モンゴルは乾燥していて湿気が少ないため、床を地面から離す必要がなく、何か敷くだけで生活ができます。日本は湿気が多いので床の下にスペースを作りました。高さがあるので縁側のように座ってもらいたいです。
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– 瀬戸内国際芸術祭の制作について少しお話を聞かせてください。
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粟島は日本初の船員養成学校があり、今でも島に住むおじいちゃんたちは元船員の方が多いです。なので粟島の船乗りの物語をテーマにすることは最初から決めていたのですが、それをどう表現するかは、現地に滞在して制作する中で生まれました。
当初は木を使う予定でしたが、島にたくさん自生している竹を使用しました。おじいちゃんたちが船で世界中を回っていた話を聞き、船乗りもゲルで暮らすモンゴル民族も移動しながら生活する点がつながっていると思い、それを追体験ができる作品にしようと考えました。
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竹細工は私にとって初めてで、竹細工が好きなおじいちゃんが、道具を貸してくれたり切るところから教えてくれました。カモメをモチーフにしたのは、90代の元船乗りの方が昔、船に乗っていた時に、なかなか会えない奥さんへの想いをカモメに託した歌を作ったというエピソードに心を動かされたからです。110羽のカモメは地域の方々と一緒に作りました。平均年齢80歳ぐらいの島民のおばあちゃんたちが特に手伝ってくれたのですが、朝は畑があって午後にお手伝いに来てくれて、毎日ちょっとずつやって2ヶ月ぐらいかかりました。
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地域の方々と一緒に作った110羽のカモメ
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– 移動式の作品は最初はどんなものでしたか?
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最初は数年前にパフォーマンスとして始めました。《ノマドギャラリー》と名付け、籠のようなものを作り背負って、居合わせた人に手紙を配るイベントを様々な場所で行ってきました。
きっかけは内モンゴルで、モンゴル語での授業がなくなったことです。《ノマドギャラリー》はその出来事を知ってもらい、文化を守っていきたいという気持ちを込めた手書きの手紙を配り歩くというものでした。
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– アートを目指すきっかけ、日本へ留学した想いを教えてください。
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内モンゴルでは、子どもはたくさん勉強をします。私が高校生のときは朝7時から夜10時まで勉強で、部活や文化的な活動もなく、勉強だけをしていればいいという生活でした。趣味も必要ないという風潮でしたが、絵を描くことに自由を感じました。内モンゴルの大学での専攻は油画で、写実的な絵を描いていました。技法などに縛られずに表現したいと思い東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科に入学しました。日本に来てから私にしかできないものを探すようになり、自分の文化的背景やアイデンティティを考えるようになって、そこでゲルが生まれて、移動する作品として庵に行きついたと思います。
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<今後の活動について>
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– これからの夢、やりたいことはありますか?
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まだ見ぬ場所へこの庵と行ってみたいです。内陸育ちなので、4ヶ月間の粟島生活はとても刺激的でした。その影響もあり今度は新潟県で開催される「大地の芸術祭」に参加したいです。庵の窓から田んぼをみたり、その田んぼで穫れたお米を使った甘酒を飲んだり、お煎餅を焼いたり。ただ作品を見るだけじゃなく、中に入ってゆっくりして庵を五感で体験してもらいたい。人や場所との出会いで、思いがけないことになっていって欲しいです。
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<インタビューを終えて>
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修了制作の庵の作品を携えて、これからさまざまな土地の芸術祭に出向いてみたいというタオリグ・サリナさん。作品と人、作品と土地、そして人と土地。その三つが交差する「場」そのものを作品として立ち上げていく…。 木を組み、自らの身体を窓の形で表現し、移動しながら更新されていく庵は、これから出会う風景や人々によって、さらに別の姿へと変わっていくと感じます。静かに佇むこの小さな庵は、彼女自身の旅のように、これからも世界のどこかで新しい物語を受け取り続けるに違いないと思います。
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<インタビュー/構成>
染谷 都(とびラー12期) ラヂオ番組制作ディレクター。藝大の森お世話隊員。旅と森と建築が好き。興味が同じ仲間が集まり活動する「とびラボ」、「上野の森と建築を考えるラボ」では藝大の森&建築ツアーを試行。「とびdeラヂオぶ〜☆」では東京都美術館の来館者インタビュー番組を制作し音声公開。
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<執筆/構成>
久保田裕美(とびラー13期) オンライン秘書。香道を子どものころからたしなむ。古典文学と文化史が大好き。とびラボでは今年1年間の活動を残す「アーカイブラボ」、美術館を誰でも楽しめる「ガイドを作る」ラボに参加。気が付いたら作るもの、つながるものにばかり参加している。
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<構成>
河野智恵美(とびラー13期) 「自然×アート×探求」をテーマに昆虫クラフトのワークショップを開催、保育園へ探求学習のプログラム提供や、自然体験・アート体験の提供などを行なう。物作りが好きで、趣味で縄ないをしている。歴史好きで繊細な7歳女子と、多肉植物マニアで好奇心旺盛な9歳男子の子育て中。
2026.01.21
12月初日の晴れた上野・東京藝術大学彫刻棟。天井の高いアトリエから木を彫る音が響き、関楓矢さんが木の香り漂う制作現場で迎えてくれました。
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1.卒業制作について
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– この作品はどのようなものですか?
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卒業制作は、男女の立像と獣(けもの)がいて、三体の一部がつながっている木彫を作っており、それぞれのパーツが組み替えられる作品を制作しています。頭、腕、足、胴体、尻尾が組み替えられるので、とても数えきれないほど、沢山の組み合わせがあります。獣の体に人物の頭を組み合わせたり、尻尾の部分に腕が付いていたりしても面白いかなと思います。
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– 組み替え可能な構造はどのようにして着想されたのですか?
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昨年2024年の冬、唐招提寺の千手観音が修理のためにいくつものパーツに分解されている写真を見る機会があり、構造が露わになっている姿に衝撃を受けました。同時に、もし仮に数本の手の位置が入れ替わっていたり、または欠損していても観る側にはわからないのではないかとも思いました。実際、本来は1000本あったと考えられている手も、現存するのは953本だそうです。像と参拝者あるいは鑑賞者との関係性を考えると、みかけが変わっていても、ある意味成立してしまうのではないかと思い、その感覚を作品に取り入れました。
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関さんが感銘を受けた分解された千手観音の写真
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– 何通りにも見せられるということですか?
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はい。ひとつの彫刻の中に様々な実像のあり方があり、いろいろなパーツを組み替えることで見え方が変わるということを表したいと思いました。また、大学生活の中で、生活環境や内面の変化を抱えながら生活しているのですが、周りから見たらそれは見えない。外から見たら内面とは違う自分が見えているというギャップを表すことも考えにありました。形を変えることで感じることが変わってくる、だけどそれが正しいかは分からない。そういう部分を観せられたら良いなと思っています。
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– この作品があることで空間に緊張感がありますね。
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嬉しいです。組み変えるということは形態の変化にとどまらず、そのたびに周囲の空間にも影響します。いわば、多層的な空間表現を目指しているというところです。それは、彫刻表現を通じて並立する世界線を示唆するようなものだとも思っています。その作用のあり方を、常に考えています。
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– 素材はクスノキなのですね。
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クスノキは彫刻材としてはオーソドックスな木です。卒業制作にあたり、様々な木を試しましたが、試行錯誤でクスノキに戻ってきました。
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– 卒業・修了作品展(以下、卒展)では展示期間中にパーツの組み換えなどするのでしょうか?
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パフォーマンスとして組み替えているさまを見せるという手段や、写真作品を展示することで組み替えができる構造や状況を表すアイデアもあります。パフォーマンスや組み替えについては各所と交渉中です。結果次第では、また違う観せ方を検討します。ある程度彫り終えたら、着彩もしようと思っているので、印象がかなり変わるかもしれません。タイトルもいろいろ案があるのですが、まだ決まっていません。楽しみにしていてください。
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2. 原点と出会いについて
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– 彫刻を始めたきっかけは何ですか?
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美術系の高校に通っていたことがきっかけです。はじめは直感的でしたが、学び進めていく中で次第に没頭していきました。木彫に触れる機会もあり、靴を彫ったのを覚えています。
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– 素材が木ということで、うっかり必要なところを落としてしまうなど、制作中の苦労はありますか?
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パーツの結合部位が特に繊細で、破損させてしまったこともあり「やってしまった」という感じにはなりますが、比較的それを前向きに捉えているので、あまりストレスに考えたことはないですね。作品について再考する機会が生まれると思っています。
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– 制作中の喜びはどんなときに感じますか?
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像が立ち上がった時の喜びは大きいです。制作が進むにつれて作品に対してどんどん実感が湧いてきます。最初は平面のドローイングだったのが行程が進むごとに、自分のイメージが空間にでき、実態となっていき、そこで初対面というか「こんにちは」と作品と出会うのが一番の喜びです。
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– 今までの制作作品の中にも今回の作品に通じるものがあるのですか?
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一貫して、虎あるいは獣のようなモチーフを引用して制作をしてきましたが、分解ができるスタイルの作品は学部2年生(2023年)の11月くらいからです。この時はスカジャンに縫われた顔虎(ガントラ)と呼ばれる刺繍に着想を得て、阿吽の構成となっている作品を制作しました。昨年2024年には今回の形式と少し通ずるような、分解できて組み換えできる木彫作品を制作して今に至ります。
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2024年の分解組み換えできる作品
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3. 制作の過程について
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– どのようなものを作品の糧としてインプットされていますか?
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今、すぐに思い浮かぶものとしては、スマホの待ち受けにしている新宿御苑の木が一本あります。桜が満開の時期に見たのですが、この木は、葉も花もないのにイキイキとしている気がしました。すでに朽ち始めているようにも見える、名前もわからない小柄な木でしたが、とにかくかっこいいなと思い、忘れられない印象を持ちました。
僕はいろんなものからインスピレーションを得て、アイデアがとっちらかってしまうところがあるのです。いろいろなものからあれもいい、これもいいなと思ってしまう。それをいかに集約して作品としてどうみせるかを意識しています。時に、彫刻は多義的な恒久性を併せ持つ側面があるかと思いますが、この分解できる作品は、そのこととの抗いの表現で生まれたとも思っています。
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スマホの待ち受け画像の新宿御苑の木をみせてもらう
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– 卒展を意識したのはいつ頃からですか?
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千手観音の手が展開されている写真を見たのが去年学部3年生の時で、その頃から意識しました。今のプランになったのは今年の3月くらいです。それ以前はこんな姿になるとは思ってもいなかったし、自分の制作技法が木彫になるとも思っていませんでした。木彫以外の制作もやっていましたが、主題を反映する際に何が素材として最適か考えた時に木彫だと徐々に決まっていきました。
頭に浮かんだ瞬間は、これだ!と思いましたが、リサーチを重ねるごとに違うなと思うことも何度もあり、制作が始まってからもプランは変わっていきました。
最初のプランのエスキース(下絵)では男女が居て、獣が居て首輪でつながっている感じでした。身体を隠すようなわからなさを全面に出していましたが、構想が進むごとにビジュアルを変え、首輪をなくし、足元も最初はつながっていませんでしたが、全体が繋がっている方がいいなとなり形は変化していきました。
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最初のプランでは男女の身体が隠され獣は首輪で繋がっていた(スケッチブック右ページ)
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構想が進んでからの男女の下絵は足の形があらわになる
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– 下絵から立体にする過程では、粘土などで模型を作っているのですか?
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固まらない油粘土で形を探りながらマケット(模型)を作ります。完成サイズを大体想定して縮小率も考えています。この段階はなるべく自分がイメージできる範囲内の手のひらサイズのものを作ります。その後は、乾くとある程度固くなる水粘土で形が変えられないものをスケールを大きくして作ります。
マケットを作っている時に、身体が完全に全部くっついていたプランから気持ちが変わっていって、どんどん分解できる箇所を増やし、全部取り外して組み替えたいと思うようになりました。
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「ボロボロですが」と言いながら油粘土の模型を見せてくれました
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– 使うクスノキはもともと大きな丸太だったのですね。
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そうです。使ったのは大きいもので直径1mほど、長さは2m10cmくらいだったと思います。およそ5本の木から使うパーツごとに切り出しました。男女、獣もすべて交換できるパーツ間ごとに、腕は腕、頭は頭の木から、といった感じで使用する丸太を統一して作り上げています。
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– 木目も意識して切り出しているのですか?
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ある程度予測は立てられますが、実際に木目がどう出てくるかは彫ってみないとわかりません。虫喰いや節などもそうです。人物の膝のところにちょうど木の節が出てしまったのですが、それもいいなと思ってそこに獣のしっぽの先を持っていこうと思いました。
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人物の足に現れた木の節の色の濃い部分と獣のしっぽの先が合うようになっている
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– 道具のノミがピカピカに研がれていますがどのように手入れをしていますか?
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大学1年生の時に木彫実習があり、研ぎや道具の手入れを習いましたが、自分のモノになるのはまだまだです。研ぎのタイミングは彫られたノミの跡に現れる木の様子を見て決めています。切れ味が良いとノミ跡もささくれなくきれいに出ます。今は30本くらいのノミや彫刻刀を使っていて、家にあるものを合わせると100本弱持っています。手入れをきちんとすれば一生ものだと思っています。
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アトリエ内の関さんのノミ
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4. 将来のことなどについて
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– どんな子ども時代でしたか?
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家族がスポーツ一家で僕もバスケットボールをやっていました。その傍らで絵を描くことも好きで漫画やアニメの模写、風景など何でも描いていました。年末年始に親戚で集まる時も絵を描いていました。また、蜜蝋粘土で遊ぶのが好きで、レゴブロックでの遊びも盛んにやっていました。生まれ持った病で、定期的に通院や入退院をしていた頃もかなり長くありましたが、全てが支えになっていましたね。
5歳くらいの時にお絵描き教室も通っていたのですが、机の足を遠近法を使って描くように言われたことに反抗して「僕はそういうふうには描きたくない」と、足を全部開いた形で描いていたのを覚えています。あまり長続きしませんでしたけど、良い思い出です。
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– 趣味は何ですか?
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いろいろあります。継続してバスケットボールをやっています。最近では、料理や野球観戦を楽しんでいます。料理は、青椒肉絲が得意でその流れでおいしいものを食べるのも好きですし、いろいろなところに散歩に出かけることもよくあります。
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– 将来のことはどのように考えていますか?
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直近では大学院への進学を考えています。将来的には表現活動を続けていきたいと思っていて、おそらく彫刻は自分の礎になると思います。彫刻領域から美術を考えた時に指針となるものをより確かにしたいと思っています。
遠い将来のことはあまり考えておらず、正直なところまだ決まっていないので、試行錯誤しながら、その時の自分の中の衝動を大事にして生きていきたいと思っています。
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取材/執筆:杉山佳世、村上剛英、寺岡久美子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
撮影:神道朝子
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通称《ドラ妃》。この“ドラ”は大好きなドラゴン、トラ、ドラ猫の略。とびラーの活動以外にも、神奈川県立音楽堂建築ガイド、横浜美術館でのボランティアとしても活動中。横浜・イギリス館「朗読、チェロ・ピアノの会」開催。関さん自身・作品から無限の世界を感じ柔軟性を学びました(杉山佳世)
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年だけは取っているのですが、まだまだ知らないことばかり。世の中に興味の種は尽きません。歴史、妖怪、アニメ好き。関さんの作品を一目見て、「バンパイヤ」や「人狼」の変身シーンがありありと浮かんできました(村上剛英)
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普段は情報通信系の企業で働いています。美術館へ行くのが好きですが、とびラー活動でアートに関わる機会が増えてワクワクしています。組み替えられる関さんの彫刻は、見ている側に多様な想像力を湧き起こさせ、様々な可能性を感じました(寺岡久美子)
2026.01.21
色づいた銀杏の葉の黄色が晴れ渡った青い空に映える 2025年11月下旬、東京藝術大学(以下、藝大)上野校美術学部を訪れました。絵の具の匂いや制作の音がする中、柔らかな優しい印象のmightさんがにこやかに迎えてくれました。6畳くらいのスペースには油彩画とアクリル画の作品(この時にあったのは8作品でこれから倍くらいに増える予定)が壁面だけでなく、床に置かれていたり、家を形どった木枠の中に吊られていました。その中には楽器と椅子が置いてあり、それをフェンス越しにみるという、空間全体で作品を体感できるような展示になっていて、インタビュー前からお話を伺うのが楽しみになってきました。
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色々な位置に絵を配置して、空間全体で作品を体感できるような展示
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– 藝大を目指したきっかけは何でしたか。
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小さい頃から絵を描くのが好きで、美術好きの祖父母がよく上野の美術館へ連れて来てくれました。私は静岡出身なのですが、上野の空気感やその中に大学があることに惹かれて、小学生の頃から「藝大に行けたらいいな」と思っていました。また親もよく芸術に触れさせてくれたのでその影響も大きいと思います。小さい頃に見て覚えている絵は、ひとつあげるとすれば印象派の絵です。具体的に描いていないのに光や風景がこんな風に表現できるんだ!と感動したのを覚えています。その感覚が、風景や人や物に惹かれる理由のひとつかもしれません。
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– 卒業制作について教えてください。
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卒業制作の試作段階では、カセットブック(歌詞に挿絵が添えられており、ブックカバーも含めて、音楽と絵を一緒に味わえるアート作品)を制作していましたが、卒業・修了作品展(以下、卒展)では手元でみるような小さな作品ではなく、作品をその迫力も含めて体感してもらいたいという想いがあり、今年の9月頃に完成形が見えてきました。そこから空間全体を通して感じとれる展示形式へと今の形に近づいています。ただ、これはまだ制作途中で、卒展のときには音楽も聴けるようにする予定です。
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カセットブックという形式の音楽と絵を一緒に楽しめるアート作品
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元々音楽が好きで、高校卒業後からイラストレーターとしてミュージックビデオやジャケットを担当していたこともあり、音楽にずっと支えられてきた分、自分の絵で今度は音楽を支えられる活動をしたいと考えていました。絵と音楽との新しい関わりも模索していた頃、大学3年次の課題の際、友人のシンガーソングライターに絵の前で歌ってもらうという試みをしました。それをきっかけにご縁ができて一緒に暮らしながら制作したらどうなるのだろうと、1ヶ月間の共同生活をしながら、彼女は音楽を、私は絵の制作をするという体験をしました。
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– なかなかできない経験ですね。
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これから先、このようなことはできないだろうなという貴重さを感じながら暮らしました。ほぼ毎日、朝起きて、食べて、制作することの繰り返しで1ヶ月でお互いに20作品ぐらい制作しました。ただただ夢のような時間でした。とにかく時間がたっぷりあるので、生まれ育ちのことや制作のこと、お互いの共通点や逆に相違点を知ったり。それぞれに長い間別々の人生を歩んできてもすごく通じ合うものがあって、彼女が見てきた風景を私が想像して描いたりすると、これこれ!というようなことがあったり。その経験から別々の道を歩んできてもお互いに通じる共通の感覚があり、そのありふれた日常が人と人を繋げるのだと感じました。そのような経験をしたからにはぜひ卒業制作に活かしたいと思い、卒展のために暮らしたわけではなかったのですが、今回の制作にも繋がっています。
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– 何か新たな気づきはありましたか。
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この生活を通して、積み重なっていて表には出てくることは少ないけれども確かにある記憶で私たちはすでに溢れてるんだなという感覚をもちました。そのことに希望を感じたので「私たちは溢れている」をテーマに制作しています。時には、私には何もないかもしれないと不安になることもありますが、本当はもうたくさん持っているんだということを彼女の曲づくりを見て振り返ることができました。卒展では彼女が以前に録りためた下書きの曲も聴けるようにします。それを元に描いた絵も一緒に体感してもらうことで「全部があって今に繋がっている」ということを伝えられたらいいなと思っています。
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卒展では絵の元となった音楽を聴きながら、鑑賞できるようにする
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– 曲を元に描いたということですが、具体的にどの作品をどのように描いたのですか。
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彼女の作った楽曲を元にその下書きも含めて20曲分ほどの歌詞を読み込み、言葉を書き留めて、どんな風景が見えていたんだろうと想像しながら、私が見てきた風景、撮り溜めてきた写真と重ね制作しました。左側のバス停がある作品は地元の田舎の景色で、右側の鉄橋のある作品は上京するときに新幹線から見えた景色です。その曲の持つ、不安もあるけど背中を押してくれる感じを絵にも表現しました。1曲ができるまでに積み重なった言葉も大切に拾い上げて、作品に仕上げたいです。
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たくさんの歌詞や書き溜めた言葉も作品のインスピレーションになっている
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– 色々なところに作品が配置されていますが、どのような意図があるのですか。
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レイアウトはインスタレーション全体の手前が「現在」、奥が「過去」を表すレイヤー構造にしています。家の形の木枠の中には、心の内を表しているのではないかと感じる曲を元に描いた作品を窓の位置に吊るしたり、屋上や校舎、桜など高校生の頃(過去)を思い出すような歌詞を読んで想像した風景は「過去」を表す奥に配置しています。
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フェンス越しに心の中をそっと覗き込むような体験にしたい
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卒展では外側のフェンスから内には立ち入れないようにして、私や、シンガーソングライターの彼女が普段出していない部分を覗きみるような体験にしたいと思っています。心の中にある風景を絵にしているので、鑑賞者はあえて遠くからみる位置関係にした方が展示の意図が伝わると考えています。
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– 作品の中の光や瑞々しさが印象的です。
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光を“描こう”というよりはいいなと思って撮ったり描いたりすると自然と光になる、という感じかもしれません。気分が明るくなる風景やモチーフが好きなので、光や瑞々しさを表せたらいいと思っています。女の子がレモンを持っている作品もモデルは同年代の友達で、10代、20代の年齢にある瑞々しさも重なっているから、そのような印象になるのかもしれません。これから私自身が歳を重ねていく中で、どのような絵を描くようになるのだろうという変化も楽しみにしています。
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光を描こうというより感覚的にいいなと思って描くと、自然と光になる
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– ここにある作品は油彩画のようですが、表現するときのこだわりはありますか。
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小さい頃はクレヨンなどアナログで描いていて、同時にデジタル画面の中で描くことも身近だったので区別していませんでした。デジタルは主にモニター越しで見てもらう作品に使いますが、今回はせっかく来場者の方に作品を実際に見てもらう機会でもあるので、生の筆跡や絵の具の厚みといった質感まで届けたいと思い、油絵とアクリルを使って描いています。
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– どの作品も一瞬を捉えている感じがして、学生時代の記憶が蘇ってきます。
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嬉しいです。自分のテーマとして「日常のふとした瞬間」というのがあります。私自身平凡な日常の中で見てきた町や通学路の景色が好きで、東京でも地元を思い出す瞬間があります。絵を眺めて、思いを馳せたり記憶や気持ちが蘇ったりする、それが絵を見る良さだと思うし、なくなってしまった場所や人も絵の中に存在し続ける。ありふれた日々にも、確かに積み重なった一瞬があって、それがいつか自分を支えてくれると思っています。
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– 最近ハッとしたことはありますか。
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先日卒業制作の指導教授からの講評会があり、その時に友達の作品を見たのですが、みんなそれぞれの思いや好きなものを抱えて作っているのが作品からあふれていて、そういう環境にいられるのがすごく幸せだなと思って、めちゃくちゃハッとしました(笑)。デザイン科といってもこれをデザインしなさいということもなく本当に自由にやらせてもらえるので、みんなの「好き」が溢れてみえてきて、それでいいんだなと。好きなことに夢中なのはこんなにも眩しくて強い存在になるんだと改めて感じました。卒展まであと1ヶ月ちょっとですが、改めて頑張ろうとみんなの作品を見て背中を押されました。
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– 時間があるときは何をしていますか。
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今日着ているベストも自分で作ったのですが、もの作り全般が好きです。お菓子作り、料理、アクセサリー作り、とにかく作ることが大好きで、材料が山のように部屋にあります。大学に入学してからも作風はどんどん変化しているのですが、今後はアクセサリーや洋服、大好きな音楽ともの作りのコラボレーションなど、幅広く挑戦してみたいと思っています。ただ誰かに届けるにはまだまだだと思っているので、納得できるものができるようになったらお見せしたいです。
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– 音楽が欠かせないとのことですが、音楽のジャンルにこだわりはありますか。
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何でも聴きますが、日本語で日常を歌った曲を聴くと風景が浮かび、絵がさらに描ける気がして好きです。言葉は絵にはない要素で繊細にイメージを伝える力があると感じています。私は静止した絵より、少しの時間の幅を一瞬に閉じ込める絵を描きたいと思っていて、それは音楽と重なる感覚です。「この曲を聞くとあの景色を思い出す」というような力に憧れているので、音楽を体感できるような絵を描きたいですし、匂いや風などの感覚を自分の意思で絵にのせたいと思っています。記憶を思い出しながら描く行為そのものが、私にとってリラックスする時間でもあり楽しさでもあります。
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– 見ている人に何を届けたいですか?
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絵を描くときもすべてが選択の積み重ねで、生きてきたことと同じ、人生の経験と似ているところにすごく興味があります。悲しいことなど負の出来事があっても、それも含めて今の自分なので、全部を受け入れたいという気持ちがあります。みんなにそう思ってほしいというよりは、同じように考えている人の気持ちが少しでも楽になるような作品をこれからも作っていきたいなというのが今の目標です。
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– 藝大での学生生活について教えてください。
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みんなが何かを作っているという環境は本当に特別で、高校生までは味わえなかった感覚です。友人と専門的な相談も気軽にできて、深い話ができることが本当に楽しいです。例えるなら“文化祭前夜”のような感じで、みんなで何かをより良くしようと動いている。それは非日常のようでいて、でも毎日そこにある日常でもあり、本当に貴重な4年間でした。
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– これからのことを聞かせてください。
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これからは高校生の頃から続けているイラストレーター兼アーティストとしての経験も活かしながら、さらに自由に制作していきたいと思っています。初めて制作活動で社会に出るという不安もありますが、今までの経験を糧に活動を広げていくことが楽しみでもあります。この卒業制作を通して、みんな違う人生を歩んできたからこそ、自然とそれぞれ違うものができるのだという考え方にすごく支えられていますし、忘れないようにしようと思っています。これからも経験や記憶を丁寧に積み重ねながら、歳を重ねたときも面白いと感じられるといいな、作り続けられたらいいなと思っています。
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取材・執筆:井戸智子・柴田麻記(アート・コミュニケータ「とびラー」)
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普段は主婦、たまに絵本作家の活動をしています。mightさんの描く、何気ない日常の一瞬に勇気をもらいました。卒展もこれからの活動も楽しみにしています。(井戸智子)
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愉快な高校生と小学生と過ごす主婦。優しい雰囲気のmightさん。「描くことは生きること」という凛とした希望を感じました。これからも生み出されていく作品に出会うのが楽しみです。(柴田麻記)
2026.01.19
上野公園の木々が色づく11月中旬、東京藝術大学(以下、藝大)構内の赤レンガ2号館へ文化財保存学専攻 保存修復日本画研究室 修士2年の堀内七海さんを訪ねました。笑顔で玄関まで出迎えてくれた堀内さんと共に階段を上り、靴を脱いで、堀内さんが制作に使う作業場に入りました。そこで私たちを待っていたのは、金色の阿弥陀さまの絵と、白黒の同じ阿弥陀さまの絵でした。
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◆堀内さんの修了制作について聞きました。
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– 修了制作について教えてください。
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「阿弥陀三尊来迎図(あみださんぞんらいごうず)」という、藝大所蔵の鎌倉時代の仏画の模写に取り組んでいます。一心に念仏を唱える人々の前に、金色の阿弥陀さまが現れる様子を描いたものです。
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「阿弥陀三尊来迎図」(鎌倉時代/藝大美術館蔵)を模写した制作中の修了制作(左)と、修了制作のために原寸大写真から図像を写し取った白黒の線描(右)。どちらも堀内さんの手によるもの
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– どうしてこの作品を題材に選んだのでしょうか。
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学部生として学んだ愛知県立芸術大学で、仏画や仏像の着衣の装飾文様などを描くのに使われる「截金(きりかね)」という技法を知り、学外の教室にも通って学ぶうちに失われつつある職人的な技に魅了されました。
文化財保存学を学ぶため進学した藝大大学院では、截金の第一人者である並木秀俊先生の特別講義がありました。藝大の文化財保存学専攻では1年生の5月頃に修了制作の題材を決めるのですが、この作品は截金が多く使われていて、截金を極めるにはとても良い作品だと思いました。
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– 卒業・修了作品展(以下、卒展)で見てもらいたいポイントはどこですか。
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着衣の文様を描く截金は一番頑張ったところなので、ぜひ皆さんに見てもらいたいです。阿弥陀さまの着衣の文様は、截金の長さや太さを調整しながら、隙間を埋めるように貼っていきます。私が一番好きなところは花模様のところです。見ていても楽しいですし、貼っていく作業も楽しいです。裾の部分の卍紋や渦を巻いたような雷紋はとても細かく、見るのは楽しいのですが作業はちょっと大変です。全てを描き終わるのは12月末になりそうです。これからは手を付けていない部分の文様の作業と、掛軸に仕立てる作業を進めなければならず、卒展まで残り2か月でぐっと進めていきたいです。
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花模様や雷紋など、着衣の細かい文様まで写し取った白黒の作品の細部
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もう一つ見てもらいたいのは、絵の右下の部分、お寺のお堂のような場所にいる人々です。この部分は彩色が剥落して下書きの墨線が見え、ずいぶんと太い線で描いていることが分かります。
ここに描かれている人たちが、この掛軸を描いてくれと依頼したのではないかと言われています。お寺での仏事で飾り、念仏を唱えながら自分が極楽へ往生することをイメージしていたのではないかと。彼らの表情は柔らかくて安らかで、ちょっと可愛らしい描かれ方をしているなあと思うところでもあります。
また、この作品は金泥(きんでい)を塗った上に截金で文様を入れているのですごく金色に輝いています。描いている時、「こんなに光り輝いている仏さまが自分が死ぬ時に迎えに来てくれたらちょっとすごいな」「人生に満足出来るんじゃないかな」と思うことがあります(笑)。
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絵の右下にはお寺のお堂で一心に念仏を唱える人々が描かれている
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– 堀内さんはどのような思いを込めて作品を制作していますか。
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絵が描かれたその当時に思いを馳せるというか、鎌倉時代を生きた人々がどれだけ仏さまに救いを求めていたのかや、作者がどれだけ熱意を持ってこの仏画に向き合っていたのかということを想像せずにはいられません。
また、私自身保存修復の研究室に所属しているため、自分が描いたこの模写の作品が長く残るにはどうしたら良いのだろうということも考えながら制作していました。実物の作品の截金は剥落が少なく、とても美しい状態です。どういう工夫があって今まで美しさを保てたのか、その状態でこの絵を残すにはどういう技法を用いれば良いのかということを常に考えながら制作に取り組んでいます。
保存修復の作業は単なる作業ではなく、作品と向き合う時間そのものが大切だと感じています。
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◆白黒の作品と金色の作品それぞれについて聞きました。
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– まず、この白黒の作品はどういったものでしょうか。
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実物の作品を原寸大に写し取ったもので、「上げ写し(あげうつし)」と呼ばれる工程です。
原寸大に印刷した実物の写真の上に薄い紙を重ね、紙をめくって目に焼き付けた残像を戻した紙にすばやく描く、ということを繰り返して忠実に再現していきます。
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実物の作品を目の前にして模写する「臨写(りんしゃ)」という貴重な機会が2回あります。模写では最初仏さまの肌を一本の線で描いていたのですが、臨写でじっくり見てみると何本かの薄い線を重ね、最後に強い線で締めるように描かれていると分かりました。そうした描き方が仏さまの柔らかくも、ハリのある皮膚の質感や立体感に繋がっています。
臨写の時に「色合わせカード」も作ります。どの部分にどんな色が使われていたかを記録したもので、その後の制作ではカードを頼りに作品に色を入れていきます。
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上げ写しの工程は、修士1年生の時にほぼ1年かけて終え、修士2年生から、彩色に移りました。これから細かい着衣の装飾文様を截金で描いていくことになります。
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– 金色の作品に使われている截金について詳しく教えてください。
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截金は薄い金箔を3枚から4枚焼き合わせて少し厚みを持たせたものを細く切って、仏画などの表面に貼り付けて文様を描く技法です。
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今回の作品は鎌倉時代のものです。長年お寺にあったものなので線香の煤が付くなど経年変化しており、制作時のピカピカのままではありません。現状模写ではそうした変化による質感をそのまま再現するため、使う金箔もあえて線香で燻したり、煤をつけたりして古さを表現しています。
金箔を細く裁断するために「竹刀(ちくとう)」という道具を使います。截金は太い主線と細かい文様の線では、それぞれ太さを変える必要があります。この作品では細いもので0.2~0.3ミリ、太いもので1ミリまで描線の太さに合わせて竹刀で切断します。
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◆実際に截金の作業を見せてくれました。
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堀内さんは金箔の上に竹刀を当て、金箔を幅1ミリにも満たない細い短冊状に切断。一同、思わず感嘆の声を上げる。
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– このとても細い金箔を手で貼り付けるのですか。
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筆先の細い筆を2本使って貼り付けます。一方の筆に水分を含ませ穂先に金箔を取り、もう片方の筆で糊となる「膠(にかわ、動物の皮や骨に含まれるコラーゲンを抽出して作られる天然の接着剤)」と「ふのり(膠が固まりづらくなる海藻から出来た接着剤)」を調合した液体を画布に引き、その上に箔を置いて貼っていきます。途中で金箔が切れてしまう時もありますが、その時はそこから続けて貼っていけば大丈夫です。
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◆これまでの歩みについて聞きました。
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– 文化財保存学を学ぼうと思ったきっかけはなんですか。
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高校卒業後に浪人をしていた時期に、自分の将来についてじっくり考える時間がありました。絵を描くこと、特に植物を描くことが好きで、日本画は植物を描くことが多いので日本画専攻を選びました。日本画の制作を通して美術への理解を深める中で、美術館や博物館で文化財を保存修復する人たちがいることを知り、「私がなりたいのはこれかもしれない」と思いました。
美術館や博物館で目にする昔のものは、誰かの手で大切に守られ受け継がれてきたものです。その人たちのおかげで、現在の私自身はもちろん、後世を生きる人たちも見ることが出来るんだということ、時を超えた人の繋がりみたいなものにじんわりと感動します。作品を後世に長く残していくには、こうした人の感動があってのこと。バトンを繋ぐ一人として文化財保存に取り組んでいきたいと思います。
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◆これからについて聞きました。
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– 今後はどんな道に進むつもりですか。
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卒業後は修復工房に就職が決まりました。仏画などの修復に携わる予定です。掛け軸の修復に関わる全ての工程を一人で出来るようになるには、10年以上かかると言われています。最初は糊や紙のような修復の材料を準備するなどの修行的な作業から始まる長い道のりですが、全てが勉強だと思ってやっていきたいです。
やはり「手を動かして生きていたい」という気持ちが強いです。コツコツと手を動かす作業、ひとつの技術を究める職人的な仕事にこだわりや憧れがあります。私にとって保存修復はまさにそのものだと感じています。
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– 堀内さんはご自身で日本画を描いておられ、学部生時代には院展(日本画を中心とした公募展覧会)での入選歴もあります。今後のご自身の制作活動についてはどう考えていますか。
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日本画を描くことはこれからも続けていきたいです。やっぱり絵を描くことが好きなので、感動した風景や好きな植物などを描き留めていきたい。
日本画制作と保存修復は、私の中ではすごく繋がっています。自然や植物が好きで、それらを描いてきたことは、そういうものを好きと思える感性を養っていたと思います。保存修復でも「この表現ってすごいな」「どうやって描いたんだろう」と考えます。描いていた経験があるからこそ、見えてくる感動があると思います。
また、保存修復で養われた知識や気持ちが、自分の絵にも生きてくると思います。例えば、紙の種類や絵の具の選び方など、今まで知らなかったことを保存修復の研究室では沢山学びました。素材の背景や歴史を知ることで、自分の表現の幅が広がりました。これからも、自分のペースで日本画の制作を続けていけたらと思っています。
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◆終始穏やかな口調で丁寧に作品や保存修復、ご自身について話された堀内さん。インタビューがおおかた終わり、ホッとした表情になったところでインタビューの感想を聞いてみました。
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– インタビューを終えての感想は?
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緊張して言語化することが難しかったです。修了制作の完成までまだまだやることは沢山ありますが、最後まで丁寧に仕上げていきたいです。
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取材/執筆 高原一大 日比野花 古川実利(アートコミュニケータ「とびラー」)
写真 竹石楓(美術学部絵画科日本画専攻4年)
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日比野花:14期とびラーの日比野花です。大学では学芸員課程を履修しています。大学の学びと、とびラーの経験、純粋に芸術が好きな気持ちを基に、芸術に関わっていきたいです。
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高原一大:アート大好き、美術館大好きで、日本全国を巡っています。とびラーとして、今は鑑賞者同士で感想や気づきを共有する「対話型鑑賞」の習得に励んでいます。
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古川実利:中途失聴の難聴者として、とびラーとして活動しながらアートとコミュニケーションについて考え続けています。今回のインタビューでは音声認識アプリを通して堀内さんのお話を伺い、その経験自体が貴重でした。
2026.01.18
JR常磐線 取手駅からバスで15分ほどのところにある広大な東京藝術大学(以下、藝大)取手キャンパス。インタビューを行なった11月下旬は並木道の紅葉が美しく、青空の広がる穏やかな温かい日でした。大学構内で飼育されているヤギ達がのどかに草を喰むのを見ながら待っていると、藝大大学院であるGlobal Art Practice(グローバルアートプラクティス、以下GAP)の修士課程2年生のStiniguta Melanieさん(以下Melanieさん)が迎えにきてくださり、GAP生のスタジオにご案内いただきました。
(以下のインタビューは英語で行われ、取材したとびラーで翻訳・編集しました)
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– まず、Melanieさんご自身についてお聞かせください。
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私はブルガリア人の母とルーマニア人の父の下、オランダで生まれ、様々な文化や言語に囲まれて育ちました。オランダで通った大学もインターナショナルスクールで、クラスメートは世界中から集まっていました。それが私の作品に確実に影響を与えていますし、もちろん今、海外で生活していることも影響しています。
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オランダの大学ではFine Art(ファインアート、美術系学科)を専攻として学びました。もともとは油絵を描いていましたが、大学1年の終わりにはコンセプチュアルな作品作りに転向しました。そして、大学3年生の時、交換留学で名古屋で学ぶ機会があり、それがきっかけで日本のアート分野に興味を持つようになりました。名古屋では油絵、日本画や陶芸について学んだのですが、素材や実践に重点を置いていてとても新鮮な経験でした。特に日本画では、自分で顔料を作ったり紙を漉いたりする方法も学んだのですが、芸術の背景にあるコンセプトやアイデアに重点を置いて学ぶオランダの大学では絶対にやらないことでした。
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こうして私は西洋の概念的な部分と東洋の実践的な部分、両方の良さを知ることができました。そして、日本でも概念的な部分をもっと探求したいと思い始めた頃、GAPを見つけました。世界中から集まる人々と交流し、アートに対する考えや見解を共有できるこのプログラムは完璧だと思いました。実際、GAPには日本人で留学経験のある人もいれば、セーシェル、香港、中国、韓国出身の学生もいます。こうした文化的背景の違いだけでなく、ダンサーやパフォーマーもいれば、デジタル分野で活動する人やキュレーターもいるなど芸術的背景の点でも多様性が高いですし、皆さんは本当に親切で、先生方やアシスタントの方々も、とても協力的で優しいです。
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ここに来るためのお金を貯めるのに本当に頑張りました。オランダの病院で3年間栄養士をし、並行して画廊で働いたり、高校生にコンセプチャル・アートを教えたり、シンクロナイズドスイミングのコーチをしたり。実際に来られるかどうかわからなかったけど、チャンスに賭けてがんばり、希望が叶いました。
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ただ、朝から晩まで忙しく働いていたので、留学前に日本語を勉強する時間がありませんでした。日本にいながらも日本語が話せないことに罪悪感を抱いていましたが、同時に、言葉が通じない場所にいるのは非常に興味深い経験でもあります。言葉が通じなければ、人はコミュニケーションを取るために別の方法を見つけなければならないからです。私の作品の多くはそこからインスピレーションを得ています。
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– GAPに入られてからの作品について教えてください。
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日本に来てから生まれた問い ” Is it everything you wanted?(それがあなたが望むすべてですか?)” を半透明の紙に印刷して透明なフレームに挟み、藝大キャンパスの建物内の色々な場所に置きました。もともとは個人的な実験として始めたんです。この作品は実際には複数のレイヤーで構成されています。テキストの各行は重なった紙によって徐々に覆われていき、下の行にいくほど半透明性が低くなり、読み取りにくくなっています。そのため「Is it」 の部分が最もはっきりと見え、「wanted?」 に近づくにつれて不明瞭になります。これは、何かを強く望んで手を伸ばすほど、その対象がかえって遠ざかっていくように感じられる感覚を表現しています。
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”半透明”という概念にもとても興味がありました。自分を共有することはできるけれど、全てをさらけ出す必要はない。完全に透明ではなく、透けて見える状態は、ある意味で自分自身を正直に表現する方法として、共感できる概念だったんです。
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そして、GAPのある建物の照明がとても素敵だと気づき、そこからインスピレーションを得て、問いを挟んだフレームを、毎週違う場所に移動させました。見る場所や見る時間によって問いの持つ意味が変わったり、暗くなると文字はほとんど見えなくなるので、読めなかったりもします。
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私が創作で最も重視しているのは、観る人が作品に参加する余地を残すことです。私はオランダの大学に入学した時点では油絵画家を目指していたのですが、大学1年生の時に行き詰まってしまい、絵を描けなくなってしまいました。その時、先生が「君は絵に近づきすぎている、作品と観る人の間にスペースを設けなくてはいけない」とおっしゃったんです。これが自分にとって大きな転機になりました。それ以降、私自身の経験や思考、感情を取り入れて作品を作りつつも、それを見た人がその人独自の物語を構築できる形で提示する。これを大切にしています。
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あちこちにフレームを移動することを続ける中で、予想外のフィードバックをもらいました。私の作品だと気づいた人たちがご自身の考えた答えをテキストメッセージで私に送ってきてくれたんです。この作品から生まれた幸運なアクシデントでした。
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私は問いを投げかけるけど、見た人は頭の中で答えるだけで、私には決してわからないものだと思っていました。それが、答えが返ってきたんです。これがすごく楽しかったので、この経験をもとに、昨年の取手藝祭(取手キャンパスで行われる学祭)では他の問いも制作してキャンパス内にあちこち配置しました。また、自分の考えや感情について匿名で回答を書けるスペースを設けました。投稿する箱はプラスチックの透明な箱で、封筒は半透明なので中身が透けて見えたりもします。たくさんの人が投函してくれました。
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作業スペースに保管されている取手藝祭で展示した作品を見せてくれました
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– 1月に行われる藝大の卒業・修了作品展(以下、修了展)では、どのような作品を予定しているのですか?
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修了展では、体験型の展示を考えています。以前、藝大の教職員や学生の方々に私の作品を体験してもらって、直接フィードバックをもらうワークショップ形式の展示をしたのですが、それを発展させた作品を予定しています。そのワークショップをぜひ体験してみてください。
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まずは、壁に貼られた12枚の写真をみてください。
次に、字幕のような英語の短文を印刷した透明のシートをお渡ししますので、書かれた言葉を読んで、選んだ写真の上に一枚ずつ重ねてください。
学内で試した時には、写真の上に短文のシートを重ねた後に、感じたことを話してもらったりしました。
次は、英語の書かれたシートを外し、同じ写真の上に、日本語で書かれた短文が印刷された透明のシートを重ねてください。同じ写真でも、英語の言葉のシートを重ねる時と日本語のシートを重ねる時では違う味わいがあると思います。
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– 実際にやってみると、写真だけみるのと言葉を組み合わせるのとでは、違った見え方がしますね。
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言葉が重なることで、自分の過去の記憶や感情が浮かび上がってきました。そして他の人が組み合わせた結果も味わい深いですし、英語と日本語という言葉の違いでも感じ方が違うのが面白いですね。
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最後は、写真の上に、ブルガリア語やオランダ語で書いた短文を印刷した透明のシートを重ねてください。私にはわかるけれど周さんや加藤さんにはわからないという状態です。私は日本語がわからないので、お二人には私が日本語と写真の組み合わせを見ている時に感じていることと同じことを体感していただくことになります。
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日本語、英語、ブルガリア語、オランダ語など、色々な言語が透明シートに印刷されている
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– この作品はどのように着想したんですか?
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取手藝祭の後も、文字や短文などのテキストや言語を使った作品を創作したいと思っていました。担当の先生が「日本にいるんだから日本語でやってみたら?」と提案してくれたんです。最初は乗り気ではありませんでした。最初の作品で使った問いは、私自身の正直な感情から生まれたものだったので、英語で書くのが自然だったからです。
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でも、先生の提案を受け、日本語で作品を作ったらどうなるか、どんな結果になるだろうかと考え始めました。広告や看板など、道を歩けば私の周りには、様々な日本語が溢れているけれど、私には理解できない。だから、私が見るのとそれを見て理解できる日本の人とは違った経験をしているわけです。それを作品に取り込むことにしました。また、画像を見て感じることに文字や短文などのテキストがどう影響するかを知りたかったんです。こうしてこの作品が生まれました。
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先程述べたようにワークショップを実施したのですが、 ワークショップ体験者の反応そのものがとても良く、強い印象を残すものであり、 そして、美術館では来館者が積極的に関わったり触ってもいい作品の展示はとても珍しいので、 そういう場所で来館者がこの作品にどう関わるのかを知りたくなりました。
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修了展では、私自身が常に作品のそばにいて来場者と対話することができないため、 基本的な形式はそのままに「説明用の動画」を用意するなどの小さな工夫を加え、説明がなくても来場者が自分自身で作品を体験できる形へと発展させることにしました。
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– 使用される写真やテキストはどのように選んでいるんですか。
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写真は、この作品のために撮ったものではなく、自分のスマホの写真アルバムから選んだものです。日本、オランダ、ブルガリアなどいろんな場所で撮ったもので、私が見た世界のスナップショットです。使用したテキストの多くは、友達から送られてきたメッセージや友達との会話そのものです。私の日常のあらゆる要素をすくいとって作った作品は、自分自身を深く投影した極めて個人的なものです。一方で、観る人が、写真の上に短文の書かれたシートを選んで重ね合わせ、味わうことで、その人の中にある心象風景が浮かび上がる。つまり、作品としては誰でも参加できる非常にオープンなものです。
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Melanieさんのアトリエでの展示風景
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– キャンパス外での日本での日常的な生活はどうですか?
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GAPに入学してからずっと亀有に住んでいますが、ここに住んで本当に良かったと思っています。ちょっと郊外で、静かだし、いろんな年齢層の人を見かけます。それが本当に楽しいんです。
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日本人であろうとなかろうと、素晴らしい友人や人々がいて、小さなアパートに住み、行きつけのお店もあり、日本語で人と話せなくても、日常はとても平和で居心地がいいのです。そして、理解や繋がりが変に欠けているという感覚と、非常に多くの繋がりや理解があるという感覚が混ざり合っていて、私の作品と似ています。言葉は時に強すぎる力を持つから、言語を超えた繋がりがあるのは素晴らしいことだと思います。日常は常に創作の源です。日本に来て環境も経験も変わったので、私の作品では言語の要素がより顕著になりました。
・
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– Melanieさんはコミュニケーションに関心があるように感じましたが、オランダにいる時からそうだったんですか?
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そうですね。オランダにいる時は、言葉を話すことには困りませんでしたので、人とのコミュニケーションでは、その人がどれほど正直で、率直で、オープンで、他の人と共有しようとしているかに焦点を当てていました。
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それが「半透明」というコンセプトの起源です。私はオープンであることや他の人と共有することが好きですが、時にそれは無防備で怖いことでもあります。だから、私はあらゆる状況で自分自身を守るために半透明な中間領域を創り出そうとしているんです。完全に透明である必要もなければ、完全に閉ざされる必要もない。その間の微妙なバランスを探しています。
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そして、日本に来てからは、言葉の意味よりもむしろ言語そのものへと焦点が移りました。最初に名古屋に来た時、自分の言葉が理解されない場所、あるいは他人の言葉を理解できない場所に居ることが奇妙だけれど、むしろ楽しいと気づいたんです。
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– すべてが繋がっているように聞こえますね。
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ええ、まさにその通りです。私にとっては、ただ自分の人生を生きているだけですから。
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私の作品は、まず頭の中に浮かんだ言葉や文章から始まることが多く、最後にビジュアルが浮かび上がるんです。こういう自然に湧き上がる創作プロセスを大事にしています。学校という環境では難しいこともあるけれど、無理にテーマや作品に落とし込むのではなく、頭の中で考えたり、体験に多くの時間を費やして、それが一気に溢れ出るから、私は大抵、土壇場で作業するんです。
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– ここから修了展に向けての準備は大変ですか?
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言葉や写真選びもここから最終的なものに仕上げて行きますし、展示で使う備品も手作りします。最終試験も近々あるのでやることがたくさんです。通常の美術展は、作品を見るだけですが、今回は来館者に直接体験をしてもらえるのをとても楽しみにしています。ぜひ会場にいらしてくださいね。
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インタビューを終えて
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Melanieさんにとって、コミュニケーションが重要なキーワードであり、ご本人の中の正解を表現するというよりも、参加者との間に生まれる偶然性をアートとして表現していらっしゃるようです。そして、言葉が通じないという一見ネガティブに見える経験すらも楽しみ、創作活動の起点にするという話も大変興味深かったです。最終的な作品を体験するのが楽しみです。
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取材/翻訳/執筆 周思敏、加藤めぐみ(アートコミュニケータ「とびラー」)
写真/校正 西見涼香
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周思敏:14期とびラー、中国出身、日本在住13年目。言語とコミュニケーションに強い関心を持っているので、Melanieさんの作品に共感しました。
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加藤めぐみ:14期とびラー、プロジェクトマネジメントが大好きな会社員。アートを媒介として人同士が関係性を深めたり、コミュニティが形成されることに関心を持ちとびラーに参加しています。
2026.01.17
11月下旬の晴れた朝、金色に輝く銀杏の木々を眺めつつ上野公園を抜けて、東京藝術大学(以下、藝大)上野キャンパスを訪れた。絵画棟に入るとドアの前に靴が並んだアトリエが続いている。私たちも靴を脱いでアトリエに入ると、大人の背丈ほどもある大きな作品の前で、竹石さんがにこやかに出迎えてくれた。
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1. 卒業制作のこと
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– 卒業制作はどんな作品ですか。
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私が暮らしている池袋の情景を描いた作品です。6年前に上京してから2年間池袋の予備校に通っていて、現在も池袋の近くに住んでいます。卒業制作は身近な題材を選びたいと思って通学路で探していたときに、この案内掲示板と信号と街灯と電柱を兼ね備えた、住んでいる街の身近にある構造物を見つけました。これは形も面白いし、かといって池袋の象徴というわけでもなく、ただ機能としてそこにある佇まいもいいなと思って、作品主題として選びました。作品サイズは150号です。
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– とても大きな作品ですね!制作プロセスを教えてください。
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4年生の夏頃から題材を探し始めて、見つけた題材の写真を撮りためておき、「小下図」を描きながら絵の構想を練りました。「小下図」では、風景を色んな角度から描いたり、主題とする構造物をアップで描いたりして、画面の中の構図を考えます。構図を決める時はスケッチした建物や人物をバランスを考えながら配置していって、風景を再構築します。同時に、画面の配色も決めていきます。この作品では、空の色を私の好きな青緑にすると最初に決めて、そこからどんな色彩の絵にしていくかを考えました。
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「小下図」で構想を固めたら、作品と同じ大きさの紙に正確に形を描き込んでいく「大下図」を描きます。それが終わったら、「大下図」を本番の和紙に転写します。木製パネルにまず脂止めのための薄手の和紙を貼って土台とし、その上に厚手の和紙を貼り、カーボン紙を挟んでさらに「大下図」を重ね、正確になぞります。この「大下図」を写し取った和紙に着色して、本番の完成作品「本画」にしていきます。この作品では、画面全体にグレーの下地を塗ってから「大下図」を転写しました。
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色を入れ始めたのは11月頃で、それから1ヶ月経った現在はまだ30%くらいの完成度です。このあとは、主題である街灯をくっきり浮かび上がらせるために、背景の建物に薄いベージュ色をかけて潰します。「潰す」とはいったん描いた部分に上塗りすることです。このように「描く」→「潰す」を繰り返して色を重ねて描くのが、現代日本画のベーシックな技法です。
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完成形は、空の部分の青緑色を主軸とする色合いの絵になる予定です。青緑色を主軸に選んだのは、私の好きな色であり、青緑の空が現実とも非現実とも感じられるところが面白いからです。卒業制作の提出締切が1月初めなので、構想から半年、色を入れ始めてから約3か月かけて仕上げていきます。
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– どんな材料や技法で描いているのですか。
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これが、私が使っている日本画の絵の具、皿、筆です。
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絵の具は、色材と水と膠(にかわ)が混ざった状態になっています。膠を水でふやかして電熱器で温めて溶かし、粉末状の色材と水を混ぜて絵の具を作ります。色材は石や土やガラスなどからできており、自然素材もあれば人工的に造られた素材もあります。粒子の大きさも粗いものから細かいものまであります。細かい粒子の絵の具で滑らかな質感を出すこともできますし、粗い粒子の絵の具でざらざらした質感を出すこともできます。また水や膠の量を調節することで、薄めた絵の具、とろっとした濃い絵の具など、自分の欲しい絵の具を作ることができます。
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色材と水と膠を混ぜる
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画面に色を載せる方法には、皿で絵の具を混ぜる、画面上で絵の具を混ぜる、絵の具を何層も塗り重ねる、水やお湯をつけた刷毛で上層の絵の具を剥がして下地の色を見せる、など多様なやり方があります。絵を描く道具も、柔らかい筆、硬い筆、刷毛、たわしなど様々なものを使います。例えば、私は油絵用の硬い豚毛筆を使って画面から絵の具を剥がしたりもします。
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絵の具を塗ってから乾かして色を固着させるのに2〜3日かかるので、画面に色を重ねていくのは時間がかかります。絵の具を塗った上から薄めた膠を塗って表面を固めることで、絵の具を固着させる方法もあります。
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このように、絵の具、膠、筆の組み合わせによって多様な技法を駆使して描くのが、現代日本画の特徴です。
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– 竹石さんの作品は平面なのに奥行きを感じますね。
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日本画は、どう奥行きを作っていくか?を常に意識しています。もともと日本の美術では白い背景に黒い墨の線で描いていたので、白背景に奥行きを出すために「近くのものを濃く描いて、遠くのものを薄く描いて白い背景に溶け込ませる」、「近くのものを太い線で描き、遠くのものを細い線で描く」といった遠近感の出し方が編み出されました。現代は絵の具の色数が増え、白背景ではない絵も描けるようになりましたが、こうした技法は今も受け継がれています。この作品も、特に意識したわけではありませんが、伝統的な奥行きの作り方を用いています。
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– 制作していて楽しいところ、苦労したところは。
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作品のアイデア出しが楽しいです。自分がワクワクできるアイデアで描き始めたいので、完成したら絶対良い作品になると確信できるものを描くようにしています。頭の中にあるイメージを自分で描き上げなければいけないところは苦しくもあるけれど、自分のイメージに近づいていく過程は楽しいです。
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実際に作品を描いていく中で、下図で決めた色を思い通りに表現できないなど、最初の構想どおりにいかないこともあります。もしかしたら、この作品も完成形は違う色になっているかもしれません。
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– 竹石さんが作品づくりで大切にしていることは何でしょう。
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私は、自分がよいと感じたものを、自分が好きな色で、自分がワクワクするように描くこと、そして、私の絵を見た人が、作品を媒体として、描いた主題とつながるような絵を描くことを大切にしています。
卒業制作は、私の好きな身近な風景を好きな色で描いて、見る人が「あっ!ここ通ったことある。こんなふうに絵にするのか」と、絵を通して風景とのつながりを感じる作品にしたいです。
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– この作品を鑑賞する人に、どんなところを見てもらいたいですか。
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まずは、見た人が「池袋だな」と気づいてほしい、そして描いた風景を思い起こしてほしいです。それから、この色いいなと私の作家性にも共感してもらえたら嬉しいです。
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2. 美術の道へ進んだきっかけ
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– どんな子ども時代でしたか。
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私は新潟で生まれ育ち、子どもの頃はイラストやアニメを描くのが好きでした。母が美術好きで、家には母の好きな山口晃さんや会田誠さんなどの画集があり、子どもの頃からアートに触れる機会はあったと思います。
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– 美術の道へ進んだきっかけは。
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中学生の時にモネの展覧会を見に行って、モネの絵は「近くで見ると何だか分からないけれど遠くから見ると分かる」ところが面白い!と思いました。それまで好きだったイラストは描き方に型があると思っていたけれど、絵画ならば自分が感じたことをもっと自由に表現できると感じました。モネの絵を見て、自分の思いや感じたことを直球で表現できる絵画をやろうと思ったのが、美術の道に進んだきっかけです。
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高校では美術部に入って油絵を描いていて、藝大の油絵科に進学した先輩から話を聞いて私も藝大に行きたい!と思い、藝大を目指すことにしました。
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– なぜ日本画を選んだのですか。
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高校生の時にファインアートをやると決めて、油絵か日本画か迷った末、やったことがないし面白そう!と思って日本画を選びました。藝大の日本画専攻の入試はデッサンと水彩画で、私は水彩画をリアルに描くことが得意だったので、日本画の経験がなくても目指すことができました。
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3. 東京藝術大学の学生生活
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– 日本画専攻について教えてください。
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日本画専攻は、1学年に25人の学生がいて、各学年に2人の指導教授がいます。1年生から3年生前半までは、人物、風景、建造物などの指定課題を描きます。3年生後半からは自由課題となり、自分が描きたいものを自由に選んで描きます。
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– 竹石さんの最近の1日はどんな感じですか。
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毎日、10時頃にアトリエに来ます。早く来た人がお湯の準備をして、膠を溶かして、パネルを寝かせて描き始め、17時から20時頃まで描き続けて、最後に火の元を消して帰ります。
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描く時は、絵の具が垂れてしまうのでパネルを平置きします。見え方を確認するときは立てる必要があるので、寝かせて描いて、立てて確認し、また寝かせて描くという繰り返しです。卒業制作は大きな作品なので、アトリエの仲間と協力してパネルを動かしながら制作しています。
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– 4年間を振り返ってみていかがですか。
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現代日本画は、主題や技法の自由度が高く、日本画の絵の具で描けば何を描いても日本画とみなされます。こうした、画材に依拠して日本画が定義される現状に対して、私はこの4年間「日本画って何だろう?」という問いにずっと向き合ってきました。
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藝大の日本画では、材料や技法の研究が重視されており、指導では「どう描くか」が中心です。高校から大学入学当初の私は「何を、なぜ描くのか」へのこだわりが強く、なかなか筆が進まなかったのですが、日本画を学ぶうちに「どう描くか」も大切なのだと気づいて、それからは絵を描きやすくなりました。「どう描くか」の大切さに気づけたことは、藝大で得た大きな学びです。
現代はアートのコンセプトが大事だと言われますが、その時代にあって「どう描くか」にこだわり続けているのが日本画というジャンルです。「どう描くか」を追求することが作家性につながり評価されるのは、現代における日本画の価値だと思います。
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4. 今後の展望
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– 卒業後の進路は。
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大学院に進学して日本画の制作と理論研究の両方をやっていくつもりです。「日本画とは何か?」という問題意識から、大学院では、現代社会における日本画のあり方を探究したいです。例えば、戦時中は、横山大観が富士山を描いて戦意高揚を図るなど、戦争画として日本画が描かれた歴史があります。私はこうした日本画の社会的文脈を研究し、現代の日本画の立ち位置とは何か?を明らかにしたいです。並行して、作品の制作も続けます。
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– これから作りたい作品や将来の夢を聞かせてください。
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公共空間に置かれる作品を作りたいです。私の作品を中心に地域のコミュニティができるような、身近なランドマークのような作品を作りたいです。
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私は、みんなが見て共有している形やイメージに関心があって、日本といえば富士山のようにランドマークとなるイメージに面白さを感じます。だから、夢としては、池袋を描いたこの卒業制作が、豊島区役所に飾られたら嬉しいです。区役所を訪れる人がこの絵を見て「西口のあそこだね」と会話するなど、私の作品が地域の人々に共有されるランドマークのようなものになったらいいな、と思います。
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また、私は美術教育に関心があって、教員免許と学芸員資格を取得する予定なので、将来は学校の美術教育や美術館の教育普及などに携わりたいと考えています。
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5. インタビューを終えて
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竹石さんの「何を、なぜ、どう描くのか」を大切にする思いと「日本画とは何か?」を問い続ける真摯な姿勢に心を打たれた。身近なランドマークとなる作品を描きたいと語る竹石さんの卒業制作が、これからどう進化するのか、卒業・修了作品展で完成した作品と出会うのがとても楽しみだ。
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取材:木原裕子、前田浩一、矢吹美樹(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:木原裕子
写真:神道朝子(とびらプロジェクト アシスタント)
2025.12.24
第6回建築実践講座|建築を鑑賞する -見る・考える・繋がる-
日時|2025年12月6日(土) 14:00〜16:00
会場|東京都美術館 講堂
講師|頴原澄子(千葉大学大学院 教授)
「建築を鑑賞する」をテーマに第6回 建築実践講座を行いました。
身近な建物を見て、その魅力や背景を知り、大切に保存していくことについて、頴原澄子さんにお話を伺いました。
建築家の思いや建物の価値を伝えるために作られたガイドブックや、年齢を問わず楽しめる工夫などが紹介されました。
さらに、実際に建物を守るための活動の話もあり、建物を「残す」だけでなく、「知ってもらい、感じてもらう」ことの大切さを実感しました。
普段は何気なく見ている建物も、少し立ち止まって観察してみることで、新しい発見や愛着が生まれると気がつくことができた講座でした。
(とびらプロジェクト コーディネータ 大東美穂)