東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

「身につける人の”内側”と結びついた装身具を作りたい」藝大生インタビュー2023 | 工芸科彫金専攻 学部4年・髙橋星さん

2024.01.22

2023年12月のよく晴れた午後、緑豊かな上野キャンパスを訪れた。

正門をくぐり野鳥のさえずりが聞こえる雑木林を抜け、敷地の一番奥まで進むと、上野動物園に隣接した金工棟がある。中に入るとどこからともなくトントンとものづくりの音が響いていた。エプロンをした学生とすれ違いながら2階に上がると、凛とした雰囲気の髙橋さんがにこやかに迎えてくれた。

 

 

彫金オープンアトリエは、白い壁に大きな窓から陽射しが降り注ぐ明るい広々とした空間で、数人の学生が黙々と制作に励んでいる。入り口のホワイトボードには「卒制終了まであと15日!」というイラスト。卒展に向けたラストスパートの気迫がひしひしと伝わる。

 

 

  1. 卒業制作のこと

 

―卒業制作について教えてください。

 

私は伝統的な装身具が好きで、装身具の作品を作っています。

 

現代のジュエリーは着飾ることが主な目的ですが、伝統的な装身具は、身を守るもの、民族のアイデンティティを示すものであり、身につける人にとって生きるためになくてはならない親密な存在でした。例えば、古代アジアの装身具には、護符(コーランや仏典の一節)を入れてお守りのように持ち歩くアミュレットケース(護符入れ)という箱型のものがあります。また中国の少数民族ミャオ族などは、婚礼の際に銀の装身具で身を飾りますが、これは魔除けの意味があります。

 

私は、ただ綺麗なジュエリーよりも、そういった身を守る意味がある伝統的な装身具、自分のアイデンティティを示す民族衣装、そして人の想いや歴史とともに大切に受け継がれてきたアンティークジュエリーなどに心惹かれます。

 

卒業制作では、人体の内側にある血管や骨などをモチーフとして、内側にあるものを体の外側に纏う装身具を作っています。これまでは実際に身に着ける作品を作ってきましたが、今回の作品はそうではなくオブジェです。

 

卒業制作の作品をじっくりみるとびラーたち

 

本来は装身具の内側にある人体を外側に露わす作品には、「装身具にはかつて心身を守る意味があったが、現代ではそれが忘れられている」という皮肉を込めました。血管という見えないものが見えているグロテスクさや、内側と外側をひっくり返すことによって、現代の装身具のあり方を問い直しています。

 

また体の内側にあって見えないけれど、生きるためになくてはならない血管を露わにすることで、装身具は自分のアイデンティティであることを表現しています。

 

大きさは、私の身長165cmくらいの人間が全身に纏うイメージで作っています。卒展では、棺桶をイメージした展示台に標本のように載せて展示します。白い長方形の展示台の上面にアクリル板が貼ってあり、作品を置くと白い展示台に陰影が映る仕掛けになっています。

 

精緻な文様がつくる美しい陰影

 

―これまでも人体をモチーフに作品を制作されていますが、なぜ人体なのですか。

 

人体の「かたち」が好きだからです。美しいと思うし、生命の源であることに強く惹かれます。この作品では、心臓から全身に張り巡らされる毛細血管をイメージしています。

 

毛細血管のイメージがリアルに伝わる作品

 

 

―ところどころ文字も刻まれていますね。

 

心臓の周りに、記憶、心、自分自身を一緒に閉じ込める意図で、言葉を散りばめました。見る人によって受け取るメッセージが異なると思うので、何を感じるのかな?と興味があります。

 

作品に散りばめられた言葉

 

 

―どんな素材や手法でできているのですか。

 

中心の透明なハート型の心臓はガラス製で、全身を覆う血管は金属製で、シルバー925*を使用しています。銀は古代より月の光を意味し神聖な輝きを持つものと考えられ、強い反射で邪悪なものをはね返す力がある金属として尊ばれています。私が好きなアジアの装身具も銀で作られてきた歴史があるので、銀を選びました。

* 銀の含有率が92.5%の合金。

素材や手法を丁寧に説明してくれる髙橋さん

 

銀の細工は、まず下絵を描いて、それをスプレーのりで0.7〜0.8ミリの薄い銀板に貼り付けて、糸鋸を使って一つ一つ透かし技法*で切り抜いています。立体にするところは手で曲げて作ります。

*金属の一部を切り落とし、残った部分で模様を作る技法。

 

 

精密な下絵

 

一つ一つ手作業で切り抜かれた真鍮板

 

 

黒い部分は、銀の腐食が難しいので真鍮板を腐食させ、模様を出した後に黒色の耐火スプレーで塗装しています。それ以外は全て銀です。また血のような赤色の部分は、日本画の岩絵具を電着塗装しています。色をつける部分を電着塗装用の液体に浸け、岩絵具の粉を振りかけて接着させ、200℃くらいの乾燥炉で乾燥させて色を定着させます。

 

鮮やかな岩絵具の粉

 

−全て手で切り抜いている!(一同びっくり)この作品はどれくらい時間がかかっているのですか。

 

学部2年の頃から構想はずっと温めていて、さまざまな装身具の資料を調べたりして具体的にどんな作品にするか決めるのに1年ほどかかっています。「こういうものを作りたい」というイメージを作ることが自分にとって一番重要なので、考える時間が長かったです。実際に作り始めたのは今年の8月頃で、半年近く金属板を切り抜く作業を続けています。

 

―制作プロセスは、構想を固めたら一直線ですか。

 

私は下絵を全部きっちり描いて作り始めるので、基本は下絵通りに作りますが、完成形には余白を残しておきます。最初から全部イメージできると途中でつまらなくなってくるので、色や重なり合いは途中で変更したりします。でも大体は最初のイメージ通りです。

 

―一番苦労したところは。

 

作品のイメージを固めるまでが、一番時間がかかって苦しかったです。装身具で人体を使った表現をしたいという想いは入学当初からあって、本を読んでリサーチしたり、精密なスケッチを描いたりして、時間をかけて考えていきました。精密なスケッチを描いても平面だと立体になったときのイメージができず、テストピースを作ってみて「こんな感じになるのか」とようやくイメージを掴めました。手を動かして試しに作っている時に、「これかもしれない!」と分かってくるところがあります。

 

―作品のインスピレーションは、どこから得ているのですか。

 

日常で美しいと感じるものや写真、ハイファッションのSNS、装身具に関する本を読むこと、アジアの伝統的な装身具や西欧のアンティークジュエリー、そして自分が大切にしたい装身具の持つ意味などから、作品のインスピレーションを得ています。

 

―髙橋さんは作り手として、作品の意図を強く伝えたい、または、作品の解釈は鑑賞者に委ねる、どちらですか。

 

作品の題名などで作者としての意図は伝えますが、同じ言葉でも伝わる意味合いは人によってそれぞれ異なるので、私は作品の解釈はその人に委ねるという感じですね。今回の作品に散りばめた言葉も、鑑賞者によって解釈が異なると思うので、その人が見てどう感じるかは逆に聞きたいなと思います。

 

作品について語る髙橋さんは、穏やかな口調ながら真っ直ぐで強い目をしていて、装身具や制作への真摯な思いが、聞き手の私たちにストレートに伝わってきた。

 

 

  1. 藝大での学生生活

 

―どんな学生生活ですか。

 

新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化していた年(2020年)に入学したので、行動制限の影響で、大きな行事はほぼ潰れてしまいました。入学後1ヶ月くらいは休校でした。彫金は手を動かして技術習得することが必須なので、そのあとは通学を許可されて、人気のないキャンパスに通っていました。現在は、ひたすら制作の日々です。向こうの学生教室に自分の机があって、毎日そこで作業しています。行きますか?

 

毎日作品と向き合っている学生教室を、見せてもらう。

 

学生教室は、よく使い込まれて歴史を感じる木製の小ぶりな机が並ぶ部屋で、エプロン姿の学生たちが机に向かって作業している。レトロな石油ストーブが真ん中に置かれた温かな部屋にはコーヒーの香りが漂い、コンコンコンコンというリズミカルな打音が響いていた。

 

髙橋さんの机には糸鋸がセットされ、作業中の真鍮板が置かれている。

 

 

こうやって糸鋸で切り抜きます、と実際にやってみせてくれた。

 

 

―毎日、ここで何時間くらい制作するのですか。

 

毎日、朝10時〜11時に自分の机に来て、夜20時〜21時ごろまで制作しています。気分転換にキャンパス内の生協まで散歩をして甘いものを食べるくらいで、それ以外はずっと一日中、糸鋸で銀板を切り抜く作業をやっています。彫金は一人で作業することが多いので、黙々と制作して、時々おしゃべりする感じです。

 

学生教室の風景

 

 

  1. 子ども時代のこと

 

―どんな子ども時代でしたか。

 

群馬県の、星がよく見える自然豊かな田舎で育ちました。だから今でも自然や星が好きです。自分の名前が「星(あかり)」であることもあり、星には自分のルーツが詰まっているという特別な想いがあります。星をモチーフにした装身具を制作したこともあります。

 

それと、子どもの頃からファッションが好きでした。東京のようにファッションが身近な環境ではなかったので、モードの世界への憧れがありました。装身具や民族衣装が好きになったのは、もともとファッションが好きだったからです。

 

―アートが身近な環境で育ったのですか。

 

身近に美大出身者などがいたわけではないけれど、子どもの頃から美術館にはよく連れて行ってもらいました。子どもの頃から絵を描くのが得意で、連絡帳にびっしり絵を描いたりしていました。絵を描くことも、モノを作ることもすごく好きでした。

 

―なぜ美術の道へ進んだのですか。

 

最初は好きなファッションの道に進もうかと考えましたが、ファッションは自分が作るイメージが湧かなかったので、得意な絵を活かそうと思い美大を目指しました。好きなことしかやりたくない性格ですし、親もやりたいと言ったことを自由にさせてくれる環境だったので、自分がやりたい道を選びました。

 

 

  1. 今後の展望

 

―卒業後の進路は。

 

学部を卒業したら大学院に進むつもりです。彫金は時間がかかる作業が多くて、2年生までは彫金の基礎技法を学び、3年生の半ばまでは与えられた課題をこなし、3年生の後半からやっと自分の作りたい作品を作る時間ができたという感じです。大学院へ進んで、これからは自分の作品を作っていきたいです。

 

―これからやりたいことを聞かせてください。

 

ジュエリー、美術、ファッションの3分野が重なり合う領域でやっていきたいです。例えば、アート寄りのジュエリーをもっと身近にすることや、舞台衣装のような自由なイメージの装身具を作ることに取り組みたいです。

 

これまで装身具を作ってきましたが、卒業制作では(実際には身につけない)オブジェとしての作品を作ることに挑戦しました。でも、これを作ってみて、やはり実際に身につける装身具を作っていきたいという気持ちが明確になりました。

 

―卒業制作の次に作りたいものは何ですか。

 

今面白く感じていて、次に作りたいと思っているのは、モーニングジュエリー(mourning jewelry)です。もともとヨーロッパで喪に服す意味で身につけられた装身具で、黒い宝石のジュエリーや、遺髪などを入れて死者を身につけておくものです。

 

 

  1. インタビューを終えて

 

凛とした佇まいで、一つ一つ真っ直ぐな言葉で語ってくれた髙橋さん。心身を守るという装身具本来の意味を表現する髙橋さんの作品は、身につける人の”内側”と結びついた装身具なのだと感じた。インタビューを終える頃には、髙橋さんの装身具への強い思いと作品を生み出すパワーに魅了されていた。卒展で完成した作品と出会うのがとても楽しみだ。

 

 

取材:田尻真也子、矢吹美樹、木原裕子(アートコミュニケータ「とびラー」)

執筆:木原裕子

執筆協力:田尻真也子、矢吹美樹、染谷都


 作家の髙橋さんから製作過程をお聞きし、作品が生み出される思考を垣間見ることができました。アクセサリーでもジュエリーでもなく、『装身具』とこだわって語る言葉一つにも強い想いが伝わってきます。今後のご活躍を楽しみにしています。(田尻真也子)

 

過去の人々の「思い」を感じとり、作品が生み出されていたのが印象的でした。髙橋さんの「思い」が込められた作品によって、次は過去と未来をつないでいく。インタビューを通して、そんな時空を感じることができました。(矢吹美樹)

 


 

初めてのアトリエ訪問。髙橋さんの、心やからだと結びついた装身具への深い考察、そして作品を生み出す情熱に心打たれました。大きな窓から光が降り注ぐアトリエは心地よい空間で、作品が生まれる場のエネルギーを感じました。(木原裕子)

「作品の表と裏――観る人への想い」藝大生インタビュー2023 | 絵画科日本画専攻 修士2年・藤野七帆さん

2024.01.21

ちょうど東京でイチョウの落葉が発表され、雨上がりの上野公園に黄色い絨毯が敷かれた12月12日の午後。その穏やかな陽気のように温かく優しい人柄の藤野七帆さんが、卒業・修了展に向けてお忙しい中、目下制作中の作品と一緒に、われわれとびラー3名をアトリエで快く迎えてくれました。

 

―修了制作ではすごく大きなサイズの作品を描かれているのですね。

 

そうですね、これは150号といって、長辺が220センチぐらい、短辺が180センチ超えるくらいです。学部4年生の時に初めてこのサイズで描いたときは大きくて戸惑いましたね。今ではもう見慣れてきましたが。

 

―下図もしっかりと描かれていますが、皆さんこれくらい丁寧に描かれるのですか?

 

私は結構慎重なので、細かいサイズのものなどいろいろな下図を描いていますが、人によっては実寸大で制作する大下図なしにぶっつけ本番で描いてしまうすごく器用な方もいますね。

 

修了制作の下図など。制作の精緻さが窺えます。

 

藤野さんの他の作品や修了制作の作品を見たところ、建物を描くことがお好きなんですか?

 

日本画と聞くとモチーフに植物や人間をイメージする方が結構多いのかなと思いますが、私はそういった有機物の質感を描くのがあまり得意ではなくて、きちっとした直線形を書く方が好きなので、建物をよく描いています。特にヨーロッパの景色が好きで、建物のデザインも日本より緻密だったりして、それが整然と並んでいる姿がすごく好きです。なので、実際に家族と海外旅行に行った際にはよくスケッチをしています。家族が観光に出かけている間も、私はずっと街に留まってスケッチしていて、「退屈にならないの?」とか言われますが、私はスケッチしている方が楽しいです。

そうすると、この修了制作の作品も外国の風景をモチーフにされているのですか?

 

これはすごく高い塔から見下ろしたフランスの街並みをメインにしていますが、今まで見たいろんな景色を組み合わせてオリジナルのものを描いています。一つひとつ異なる家が集まって大きな街を形作る、そんな「個々と集合」の繋がりに興味があり、この修了制作のメテーマにしました。

今まで見てきた風景で1番印象的だった風景はどこですか?

 

1番印象的だったのはスペインの風景ですね。直線できっちりした感じの暖色系の建物が並んでいて、温かみがありながら整然としている感じが自分にとって心地良かったです。あと、サクラダファミリアを訪れた時は、人の手によって作られた人工物のはずなのに自然の力みたいなものもすごく感じて感情が高まり、創作意欲もすごく湧いて、帰国してからたくさん絵を描きましたね。

 

実物のエネルギーが凄かったのですね…!

 

そうなんです。来年イタリアに行く予定があるので、またその時にもスケッチできたらなと楽しみにしています。もちろん日本も日本の良さがありますし、国によって雰囲気が違うので、そういった違いを自分の中で消化して、絵にできたらなと思っています。

 

人物を描く時と街並みや建物を描くときは、何か心持ちとかに違いはありますか?

 

結構違いますね。私は建築物はあまり悩まなくても描いていけるのですが、たとえば友人を描くとすると、「この子とはこういう思い出があるなぁ」、「いま何か悩んでいるんだろうか」、「この子を表現するにはどういう色を使ったらいいんだろう」とか、考えることが増えてしまいますね。でも、そこがまた自分が狙っていないような作品になったりして面白いので、今後も描いていけたらいいなと思います。

 

絵を描くこと自体は、小さな頃からお好きだったのですか?藝大を目指そうと思ったきっかけもぜひ教えてください。

 

小さい頃からお絵描き教室に通ったりして、何かを観察してリアルに描くことが大好きでした。絵を描いている時間がすごく心地良くて、学校でも「七帆ちゃんは絵が上手だね」と言っていただけることが多くて、それもすごく嬉しかったです。

そんな中、年齢が上がって、私の絵が同い年の子たちが描く可愛い絵や綺麗な絵と少し離れてきて、ギャップも感じ始めていたときに、美術に精通している人たちの中で私はどういう風に評価されるのだろうって思い始めたのが藝大を目指すきっかけでした。自分の1番好きなことを、他をそぎ落として突き詰めていったらここに辿り着いた感じです。

 

お話から藤野さんの絵に対する思いがとてもよく伝わってきました。逆に、「いまは絵を描く気分じゃないな」とか「スランプだな」とか思うことはありますか?

 

めちゃくちゃあります!

 

こんなに絵がお好きでも、そう思うこともあるんですね!

 

私はあまり自信があるタイプの人間ではないので、「こんないまいちな絵を描いちゃって明日からどうしよう…」とか思ったりもしてしまいます。でもやっぱり展覧会とかに絵を出品した時にたくさんの方に観ていただき、感想をいただけた時がすごく嬉しくて。それを思うと、「また絵を描いて、人の目に触れられるようになりたいな」と思って、その気持ちを原動力にして描いていますね。嫌なことばかりではもちろんないですけど、たとえ苦しいことがあっても、それを耐えるだけの得るものがあるなって思います。

 

外国がお好きということでしたが、なぜ西洋画ではなく日本画を選ばれたのですか?

 

そもそも日本画という存在を中学生ぐらいまで知らなくて。当時学校で頼まれて描いた挿絵、例えば彩度が低めな自然の風景とか、雰囲気もちょっと大人っぽいものを描いていたのですが、そんな時に母と藝祭に来て、最後に日本画の展示室に何気なく入って作品を観たとき、色とかモチーフとか、「あ、私の描いてる挿絵にそっくり!こんなジャンルがある!」と感動して、それで日本画を専攻したいと思いました。

 

藝祭が日本画との運命的な出会いの場だったんですね。日本画のどんなところがお好きですか?

 

私は小さい頃から1個始めるとそれがクリアできるまでしつこく努力しちゃうところがあって。日本画のそうやって細かく追求していって出来上がったような、緻密なところがすごく好きですね。心が惹かれます。

ただ、私は元々宗教美術が好きだったり、ヨーロッパの景色に憧れていたり、西洋の画家の方が好きだったりもするので、それをうまく日本画として、私の見てきたものを落とし込めないかなと考えています。

 

抽象的な質問ですが、「絵を描く」ことと「表現する」ことはどちらの方が好きですか?

 

今は技術的にもまだ乏しくて、「絵を描く」という1つの行為を完成させることでいっぱいいっぱいですけど、ゆくゆくは、もっと自分の世界観をクリアにして、「表現する」ことも重視していけたらと思っています。同級生はみんなすごく上手で、一人ひとり自分の描き方を追究していて、その姿を見るといつも刺激を受けますし、尊敬しています。本当に良い同級生に恵まれています。

 

作品制作時に1番大切にしていることは何でしょう?

 

最終的に、私の描いたものが、観てくださった人にどう伝わるかということをすごく大切にしています。先ほどの「表現する」ということに通じるかもしれませんが、この絵で私が何を伝えたいのかというところがその原点になっていますね。私の絵を観て嫌な気持ちになってほしくないので、ノイズになるものがないかどうかとかも考えながら、絵を観てくれた方に、少しでも豊かな時間を過ごしていただけたらいいなと思って描いています。

 

われわれ観る側にとって、すごく素敵なお話です。自分の表現したいことを考えているのと同時に、作品を観てくださる方のことを思いながら描かれているのですね。

 

そうですね。学部生の時、私の地元の最寄り駅を描いた作品を展覧会に出展したのですが、その絵を観た方が、「なんだか懐かしい感じがしてすごく良い」と言ってくださったことがありました。私がその絵に込めた地元に対する想いを絵を通じて近い気持ちで観てくださったのかなって思った時に、観てくれた方にどういう感情をもたらしたいかということを深く考えるようになりました。

それが自分の中ですごく大きな出来事で、今も絵を続けられる原動力になっています。絵を通して、私の心情を伝えてさらに何かしら共感してもらえるということが、私にとって絵を描く醍醐味だと思っています。

 

こちらに絵具がたくさんありますが、画材の使い方は入学してから学んだのですか?

 

使い方は入学してから学び始めました。今は大きいサイズを描いているので絵具があっという間になくなっちゃって、週に5~6回は画材屋さんに買いに行っています。

同じ色の種類でも粗さによって塗った時の表情や色具合とかも変わってくるので、いろいろ組み合わせながらその場その場で判断してやっています。乾くと色が変わることもあるので、そこがまた難しいです。未だに苦戦しています。

作品の中では実際の風景の色とはかなり変えたりもします。色だけでなく、形も結構変えたりしています。

 

 

(修了制作の作品を観ながら)この道の削っているような部分がすごく味があって良いですね。

 

ありがとうございます。ここは竹の櫛で削っているのですが、焦げ茶を塗った後に削って、先に塗った下の赤地を出しています。他には箔を貼っている部分もありますね。絵具を厚めに塗ってでこぼこさせた上に箔を貼ると、岩絵具の質感とは異なるものが表現できます。

日本画って写真で見ると質感の細かい表現が潰れてしまったりしてわかりづらいかもしれないですが、実物を触ってみるとちょっとザラザラしていたり、質感に差があることがわかったりもします。ぜひ触ってみてください。

 

※今回は藤野さんのご厚意により、特別に触らせていただきました。卒業・修了展では実際に作品に触ることはできませんので、ご注意ください。

 

こうやって作品に触らせてもらえると、観る以外の楽しみ方ができたり、新たな発見もあって良いですね。

 

そうなんです。写真だとこの質感の差が潰れちゃうので、私は可能なら実際に作品に触って体感してほしいと思っています。「ここの部分触ってほしいな」とか「近くに寄って上の方も見てほしいな」とか考えています。

私は壁の質感がすごく好きで、外国で見つけた壁の質感を岩絵具を使ってメモ書きみたいにこうやって残しています。これもぜひ触ってみてください。

 

―パターンがたくさんありますね…!これは外国に行ったときに現地で作るのですか?

 

これは帰国してから、良いと思ったものを写真で見たり、これまでに自分で見た光景を思い浮かべながら作っています。大学院に入ってから作り始めて40~50種類くらいありますが、今メモしているものをゆくゆくは絵に活かしていけたらいいなって思っています。

 

 

この作品で、1番こだわっている点や見てほしい点などはどこでしょうか?

 

このメインにしている塔の壁の質感みたいなものが、現地で見た壁の劣化も思い浮かべながら描いているので、そこの部分ですね。作品の完成度はまだ5~6割くらいなので、これから描き詰めていきたいと思います。

 

藤野さんこだわりの塔。ぜひ皆さんも展示会場でじっくりご覧ください。

 

最後に、卒業・修了展後の活動など今後の予定や展望を教えてください。

 

来年の春に藝大のすぐ近くのギャラリーでのグループ展示に参加する予定です。せっかくここまで絵を続けてきたので、できればこれからも絵を描いていけたらいいなと思っています。制作場所や資金などの悩みはありますが、やっぱり作品が人の目に触れられるっていうことがすごく嬉しいので、その機会は持ち続けられたらいいなと思っています。

 


  • インタビューを終えて

藤野さんの優しいお人柄と絵を愛する真摯な気持ちに触れられ、インタビューというよりも作品を介して気楽におしゃべりするような場となり、約1時間半という取材時間があっという間に感じるほど、とても楽しいひと時でした。(ご家族のこと、好きな色のこと、作品のポートフォリオのこと、画材屋さんのことなど、記事にまとめきれなかったお話もたくさんあります。)

皆様も完成した作品を卒業・修了展でご覧いただき、こだわりの質感や色使いなど作品の表側はもちろん、裏側にある藤野さんの想いにもぜひ触れてみてください。

藤野さん、お忙しいところ快く取材に応じてくださり、ありがとうございました。

 

取材:廣澤星花、森淳一、植木雅之(アートコミュニケータ「とびラー」)

執筆:植木雅之

「成長する立体モザイク彫刻~勝手に成長してくれてありがとう~」藝大生インタビュー2023 | 彫刻科 学部4年・中垣百恵さん

2024.01.20

2023年12月4日、雲一つない快晴の東京藝術大学取手キャンパス。私達は緊張を和らげるため、ヤギを探し、菜園もある藝大食堂でランチを食した後、待ちに待った卒業制作インタビューに期待で胸を躍らせて、取手204アトリエを訪ねました。アトリエのドアを開けると、ちょっと緊張しながらも温かく包み込むような雰囲気の中垣百恵さんと卒業制作中の作品が。私達は一瞬で心を奪われ、いよいよインタビュー開始です。

 

 

ー まず初めに、中垣さんの作品はどのようなものか教えていただけますか?

 

この作品は、立体モザイクという技法で制作しています。家などに使う断熱材で形を作って、その上にモルタルに浸した布を付着させていき、上から石をモルタルで付けています。
立体モザイクは、大学3年生の時からやっていて、素材を色々使えるのが面白いです。元々の内側の形態からすると、外側だけをとりつくろっている感じが面白く、色々な素材を表層に貼り付けて一つの作品として成り立たせているところに魅力を感じています。

 

ー この作品は、いつ頃から作り始めたのですか?

 

今年の4月頃から作り始めました。当時「フィッシュマンズ」というバンドにハマっていて、バンド名から作品をイメージして、「フィッシュ」、つまり魚にしました。裸婦像が好きだったので、「マン」を女の人にして、本当に作りたいものを作っちゃった感じですね。「フィッシュマンズ」というバンドには、ちょっと不気味だなという印象を抱いていたので、最初はすごく怖い感じで作り始めました。その後、パニック映画『アナコンダ』の一場面で、ジャングルで巨大蛇に人が喰われるシーンを観て、人を喰う蛇を作りたいなと思ったんです。滅茶苦茶気持ち悪い蛇にしようと思って作り始めたけど、全然怖くならなくて。泥っぽい感じにしようと思っていたけど、今は全然違う感じの立体モザイクになっています。

作っていく過程で自分の心境がすごく明るい方向に変化して、作品も自然と明るくなっていきました。もう少し綺麗に石が納まっていくことを考えていたのですが、石の凹凸があって、まとまらない方が面白いなと作っている過程で思えてきました。

 

ー 作品を見ていて、これ(本体から離れたところにあるかたまり)が気になったのですが、頭か何かですか?

 

そうです、頭です。分かってくれて嬉しいです。パーツを一旦全部くっつけますね。
一人じゃ可哀想そうだったから、ちょっと水から出てきてくれる人がいたらいいかなって、もう一人作ったんです。

 

 

作品に触って凸凹感を感じさせてもらってもいいですか?

 

どうぞ触ってみてください。

石の種類は20種類くらいあります。先輩からもらった石、落ちていた石や、実家の方で拾った石なども使っています。素材として用意している石の中には、実家の母が卒業制作に使うように持たせてくれた紫アメジスト等も含まれています。

 

 

同じ素材の石の大きさは、どのように扱っているのですか?

 

石を使いやすい大きさに割って作っています。みなさん、石を割ってみましょうか。

 

―中垣さんが割台の上に石をのせ、金槌で叩くと「キン、キン」と小気味のいい金属音が響いて、ポロっと石が二つに割れた。次に私たちがチャレンジするも、力加減などコツがつかめず、なかなかうまく石を割ることができなかった―

 

 

今度は、石を貼ってみませんか?皆さんにも石を入れてもらえたら嬉しいです。

こんな感じで石をのせていってください。作品の背面は、石を選びながら、どうなるか実験している最中の部分なので、目印のところに合いそうな石を選んでのせていってください。

 

作品の一部に手を加えると思うと緊張しつつもワクワクした気持ちになりますね。

 

貼った石は削れば取れますので、自分のノリで石をのせて大丈夫です。

この作品も、全部私のノリで作っています。その時の気分に合わせて作る方が自分には向いていますし、これいいなと思って作った方が、自分の気持ちが見ている人にも伝わって楽しいんです。また、作品が上手くできていると、自分も嬉しくなって、モチベーションが上がり、それがまた作品に反映され、相乗効果で良くなっていくことも感じています。

 

―目印の場所にそれぞれが選んだ石を連なるように付けていく。中垣さんの明るい包容力に助けられ、緊張が和らぎ、楽しく雑談しながら貼った―

 

ありがとうございます。このラインが皆さんで作ってくださったところです。
皆さんが付けた石のラインを、ぜひ卒業制作展でご覧ください。

 

 

 

創作に駆り立てるものは、何なのでしょうか?

 

立体モザイクの魅力は、物理的に小さな石という、ずっと昔から地球にある恒久素材が集積していって、一つの大きなものを形作っていくということと、行為的に色々な人からの強い気持ちがこもった材料を貰ったり、手助けを受けたりして作っていくということが、同じ感じに思えるところだと思っています。色んな要素が一つのものを作り上げていくというところが面白くて制作しています。彫刻は、アートの中でもガチっと存在感が激しいものだと思うのですが、フワッとしたイメージから行為を重ねていくと、自分の予測しなかった方向に作品がいって、作っているというよりは、作品に引っ張ってもらっている感じがします。作り終わったときに、こうなりたいというビジョンが無くて、どうなるのか作りながら、楽しいとか『ここいいなぁ』と乗ってくると勝手に作品も良くなってきて、自分以上のものに出会える。そういうのを求めてやっています。

 

普段好きでやっていることで制作につながるインプットしている事はありますか?

 

小説を読むことが好きです。ビジュアル的なことだと、もしかしたら彫刻より絵画を見ていることの方が多いかもしれないです。

 

絵画からは、どんな影響を受けていますか?

 

彫刻って重力にとらわれますよね。最初から彫刻を作ろうと思ってアウトプットするとすごく重力に縛られるけど、絵画や小説からインプットして彫刻制作にアウトプットすると重力にとらわれないんです。そこが面白いと思います。裸婦像が好きなので、普段から身体モチーフのドローイングをしています。SNSにアップしているドローイング作品は、コロナ禍の登校停止期間の悔しい気持ちを表しています。せっかく大学に入ったのに、部屋に一人で居るのがとても寂しくて悔しくて泣いている子、小さい頃に自分の部屋に色んな生き物が居る妄想をしていたことを具現化していました。

 

 

この作品の目や口は、これからですか?

 

そうです、これからです。作品は、顔で決まってしまうので、仮で作っていて、もう少し修正しようかなと思っています。最後の最後に、すごい不貞腐れているかもしれないです。やっぱり不気味にしたいとなるかもしれないし、わからないです。彫刻の素材が木や石だと、1回削ると戻せないので、私はそれが苦手です。それに対して立体モザイクは、取ったりつけたりする作業で深みが出てくるので、楽しくて好きです。

卒業制作が過ぎても、直そうと思えば直せるから、やり続けようと思えばもう一生もてあそび続けられる。それをずっと繰り返してもいいのかなと思っています。一生完成しなくて、全部途中経過の私を切り取って見せているだけなのかなと。自分が思っているよりも作品は自分を映してしまうので、作品を見せるのは正直恥ずかしいんですけど、認めていくしかないです。1年かけてやっていると、その時によって、考えや気持ちが変わってきます。これを作っているとき、何を考えていたんだろうと思うことがあります。何か月も前にやったところになると、もうどうやって作ったか忘れていて、自分が本当に作ったのかなって感覚になることがあります。また、当時はこんなこと考えていたなとか、過去の自分との関わりも生まれてくるのが面白いです。2年前の自分は、もう全然いまの自分じゃない。時間とか行為の蓄積によって、一つの作品として成り立っている、成り立たせていくっていうのが、ロマンチックでいいと思っています。長くやっていると、自分の作品が自分から離れて勝手に暴れて、意図しなかった方向に進んでいくんです。こういうイメージじゃなかったけど、何回もつけたり外したり、やり直していくうちに、思ってもないことがだんだん良くなってきてくれている。作り始めた最初の頃の1年前に決めていたのは、立体モザイクをやることと、人を作ることだけでした。どうやって表現していくかっていうのは全く決めてなくて、本当に計画性がないんです。仕上がりがとても格好良くなってきたので、勝手に成長してくれてありがとう、と言いたいです。

 

 

上手くいかなくて、壊したいと思うことはありますか?

 

よくあります。こんなの人の前に出したくないと思う日もあれば、皆に見て欲しい!と思う日もある。同じものを作っていても、その日によって違う。壊したいような恥ずかしい日でも、蓄積してきた自分の行為は壊すものではなく認めるべきものだと思います。作品を作り上げていくというよりは、作る過程で、色々な人と関わったり、教えてもらったりして、自分がもっと成長できる、相乗効果になればいいと思っています。

 

最後に、この卒業制作は自分にとってはどんな位置づけですか?

 

実習で習ったことや、3年生の時に研究したこと、4年生の1年間という時間、人との関わり・・・。4年間の全部が蓄積されているので、それにふさわしい卒業制作になっていて、まとめとしてすごく適切だと思います。

 

インタビューを終えて 

人と関わることが好きで、卒業制作を通して、新しく人と知り合えたり会話が生まれたりするのが良かったと、気さくに話してくれた中垣さん。明るく自己を乗り越えて、全てを受け入れる「心の強さ」は、彫刻と関わりあう中で、人としても柔らかく、そして強く成長されたのかなと思いました。大切な卒業制作に、私たちも関わらせていただき、作品に触れることができて、とても嬉しかったです。

 

 

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取材:村上剛英・串崎敦子・足立恵美子(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:串崎敦子

執筆協力:村上剛英・足立恵美子

 

今回のインタビューで、「立体モザイク」作品や作者の中垣さんと出会うことができてとてもハッピーでした。作品からは、何となく郷愁がそそられ、柔らかさや温もりが感じられました。それは、中垣さんの大らかかつ、強靱でしなやかなお人柄が反映され、そのとき時の思いの軌跡が集積されたものなのだと理解することができました。

(村上剛英)

 

 

中垣さんの、おおらかで自然体な姿にとても癒されました。また、そんな中垣さんの鏡のような作品と中垣さん自身が影響しあって進んでいく制作の様子は、とても興味深く、これから作品と中垣さんがどのような道をたどっていくのか楽しみで仕方ありません。(自分が貼った愛おしい石にも、卒展で会いに行きます!)

(足立恵美子)

 

 

中垣さんは、人のつながりをとても大切にしていて、作品にも心境が現れていると感じました。取手キャンパスの広大な自然を満喫しながら卒業制作に没頭できるのも、上野とは趣の異なる好さがありますね。記事を読んでくださった皆さんに、中垣さんと作品の魅力が伝わればいいなぁと思っています。

(串崎敦子)   

「漆と螺鈿に魅せられて」藝大生インタビュー2023 | 文化財保存学専攻 修士2年・胡詩琳さん

2024.01.19

まだ暖かな陽気の11月末、東京藝術大学(以下「藝大」)上野キャンパスの総合工房棟、地下1階。
研究室で「こんにちは」と笑顔で私たちを迎えてくれた胡詩琳さん。スリッパに履き替え足を踏み入れると、そこには障子戸の備わった和風の一室が。胡さんはここで修了制作に励んでいました。大学ということを忘れてしまうような空間で、胡さんにお話をうかがいました。

 

和風の研究室。以前は畳敷きだったとか。

 

 

―ご出身と、来日・入学までの経緯を教えてください―

 

中国湖南省から来ました。中国江西省の景德鎮陶瓷大学で4年間、陶芸の研究をしていました。景徳鎮市は古くから陶磁器の生産地として有名で、たくさんの陶磁器工房があり、焼くときに失敗したりして割れた陶磁器が多くありました。
卒業後、そうしたものを金継ぎする機会があり、その時初めて漆に触れました。それから漆や修復に興味を持つようになり、漆についてもっと勉強したいという気持ちと、修復についても学びたくて日本に来ました。

 

―中国の大学を卒業後、すぐに来日されたのですか―

 

大学を卒業後、中国の博物館に3年間勤務した後、4年前に日本に来ました。来日1年目は日本語学校で学び、2年目は漆の専門会社で働きながら、漆に関する技法を勉強しました。中国の大学で漆専門の勉強をしたわけではなかったので、修復を学ぶ前に、漆に関することを知らないといけないと思い、1年間学びました。そして、来日3年目に藝大の修士課程を受験・入学しました。

 

―修了制作について教えてください―

 

藝大美術館所蔵作品《輪花葡萄栗鼡螺鈿卓》(りんかぶどうりすらでんたく)の天板部分の復元模造です。これは李朝時代晩期の制作と思われる卓で「ソバン(小盤)」と言い、李朝時代の特徴的な家具です。日本語では「お膳」ですね。食べ物や食器を載せて台所から食事をする所まで運ぶものです。当時のソバンは漆塗りだけのものが多く、このように螺鈿文様が施された作例は少ないです。

 

修了制作作品《輪花葡萄栗鼡螺鈿卓》復元模造

 

―なぜ、この作品を選ばれたのですか―

 

私は螺鈿の作品が大好きなのです。藝大入試の作品も螺鈿の作品を制作しました。だから、今回も是非、螺鈿に関する作品を修復したり復元したいという希望を担当教授の北野珠子先生と直接、修復を指導いただいている松本達弥先生に伝え、先生と何点かの作品を見学・検討して、この作品に決め、修復から始めました。

 

―修復と復元模造の両方をされたのですね。では、まず修復について教えてください―

 

1年目に原作(収蔵作品)の修復をしました。あわせて制作背景、材料や道具について調べたり科学調査をしたりして、資料を読んだうえで素材や制作方法について推測するところから始めました。
最初に螺鈿の剥落箇所の補修をおこなったのですが、観察したところ、貝の表面から木地に墨で下書き(以下「置目」)したと思われる黒い線が透けて見えたので、おそらく貝は直接、木地に貼られたと考えました。こうした作品は、劣化すると表面素材の剥離・剥落が激しいのです。こういった作品をどのように修復するのかに興味がありましたので、実際に修復作業をしてみて、とても勉強になりました。

 

(左)《輪花葡萄栗鼡螺鈿卓》修復前、(右)《輪花葡萄栗鼡螺鈿卓》修復後
さまざまな調査後、螺鈿の剥落箇所の補修をおこなった。

 

 

 

―その後、復元模造の制作に着手したのですね―

 

はい。2年目に復元作業を始めました。

 

―《輪花葡萄栗鼡螺鈿卓》の復元模造について教えてください―

 

この工程見本を見ながら工程順にみていきましょう。

 

たくさんの工程が工程見本に整理されている。作品同様、とても美しい仕上がり。

 

まず、木地ですが、栗を選びました。原作の表面には漆が塗られていて木地を見ることはできませんが、裏面には木目が確認できます。目視では欅のように見えますが、欅は原作よりも重いことと、資料から、栗は李朝時代によく使われていた木材のひとつであり、原作に近いことから選びました。栗はとても軽いです。

 

<膠固め><貝貼付>
次に、原作はどうやって木地に貝を接着したのかを考えました。日本なら、ほぼ、漆を使います。でも、原作の螺鈿部分から、置目の黒い線が透けて見えるため、螺鈿を貼る際に使用された接着剤は漆ではないと判断しました。そこで、透明な接着剤だったら膠ではないかと考え、木地に薄く塗って、貝を貼付しました。

<炭+糊地付>
貼付した貝と木地との間のわずかな段差を埋めるためと、より螺鈿の輝きを引き立たせるための、黒色の下地の素材を考えました。原作の剥離していた漆塗膜と木地の間をルーペで拡大して見ると、黒い粒状のものが確認できます。制作年代および文献資料と合わせて考え、先生と検討した結果、炭粉ではないかということになりました。

 

「これで覗いて見てください。黒い粒が炭粉です」と言って、ルーペを貸してくださった胡さん。

 

とびラー 「粒?粒?どれですか?」
胡さん  「このへん、見えますかね?近づいて大丈夫。
      螺鈿が剥落して露出している木地の上です。」
とびラー 「エッ?木地の上?どれですか?」

 

なかなか見つけられないでいるとびラーに、胡さんは粘り強く教えてくださいました。胡さんは、きっと、こんな風にして先生や周りの方、研究対象と丁寧に向き合っていらしたのだろうと感じる一幕でした。
目を凝らして、ようやく、ポツッ、ポツッと微かな黒い粒を見ることができました。こんな小さな粒を手がかりにして素材を探るとは、一同驚きでした。

 

次に、炭粉に何を混ぜて塗付したのかを考えました。そこで、原作から剥落した塗膜片、漆と下地が付いた塗膜片の2つを使って実験をしました。この2片を湯の中に浸したところ、下地の部分が溶けてしまったことから、炭粉に混ぜたものは水溶性ではないかと推測しました。そして、韓国でよく使われた下地の材料の4種類「漆、膠、糊、柿渋」と炭粉をそれぞれ混ぜて、操作のしやすさや乾いた時の状態を観察した結果、一番作業性が良いと感じた糊を選びました。炭粉は、番数の異なる4種類のメッシュでふるい、その中から原作の細かさに一番近いものを採用して糊と混ぜ、下地として塗付しました。

 

―実験の繰り返しなのですね。工程としては、全部で何工程あるのですか―

 

最終的に展示用として整理したのは、13工程です。先生と検討を重ね、実験を繰り返したので、実際にはもっとたくさんのデータと工程がありました。
この後、<拭き取り>、<空研ぎ>、薄い生漆での<下地固め>、<透漆塗り>、<剥ぎ起こし>、<空研ぎ>、<毛彫り>、再び生漆での<固め>、<透漆塗り>、<剥ぎ起こし>をして完成です。

 

私たちが聞いて気の遠くなるような工程の数々について、笑顔でお話ししてくださった胡さん。その楽しそうな笑顔は、「苦労」を全く感じさせないものでした。

<剥ぎ起こし>とは貝の上に塗った漆を竹べらなどの刃の無い道具で削り取る作業。透漆を塗り、乾燥後の2日以内におこなわないと、漆塗膜が硬くなってしまい、作業しづらくなる。

 

―こうした工程見本作成は、胡さんのアイディアですか―

 

はい。これは必須のものではなく、私自身が面白いなと思って作りました。

 

―わかりやすいですし、とてもきれいです。貝の切り方についてもまとめられていますね―

 

原作から剥落した貝の厚さと同じ位の0.2mm厚の中厚貝で原作の虹色の光沢に一番近いものとして、韓国のアワビを採用し取り寄せました。カッターで切るには厚すぎて、糸鋸で切るには薄すぎる、微妙な厚さです。そこで今回は、中厚貝2枚を糊で貼り重ね、糸鋸で形を切った後、水の中に浸して1枚ずつに分けました。李朝時代晩期の作品は量産された可能性が高いので、1枚ずつ切るのではなく、効率的な作り方をしたと考えたからです。また、重ねることで強度が増して切断に耐えることができます。当時は、もっと何枚か重ねて切っていたのかもしれません。これが正しいとは言えないけれど、当時はどうしただろうと思いを巡らせ、当時の考え方、作り方に近づくような方法で再現しました。

 

 

―とてもたくさんの工程があることがわかりました。苦労された点は何でしょうか―

 

工程の大変さ以外で一番困ったことは、原作に使われた黒く見える漆の種類が黒呂色漆なのか、(茶色っぽい)透漆なのか、その種類がわからなかったことです。科学調査(蛍光X線分析および低加速電圧高分解能走査電子顕微鏡FE-SEM分析)をしましたが、結果が出ませんでした。縁の朱色のところは、科学調査によって水銀朱であることがすぐわかったのですが、黒の部分は漆自身の黒さなのか、あるいは炭粉下地部分から透けて見える黒さなのかは判断しづらく、使用された漆が黒呂色漆であるか透漆であるか、現段階でははっきりとしません。でも、工程から考えると、貝の上に漆を塗った後、貝の表面の漆を削って<剥ぎ起こし>をする必要があります。もし、黒呂色漆だった場合、塗ると真っ黒になって貝の位置がわからなくなってしまいますが、透漆だった場合は茶色いので、貝の位置がはっきりわかります。こうした工程から、透漆の可能性が高いと考えています。

 

(参考:漆を塗ってから螺鈿を漆塗膜から出す必要がある。螺鈿を出す方法について、よく使われる技法は「研ぎ出し」あるいは「剥ぎ起こし」の2種類がある。原作の漆塗膜表面には艶があることから、当時使用された方法は「研ぎ出し」でなく、「剥ぎ起こし」の可能性が高いと考えた。螺鈿表面の塗膜のみ剥ぎ起こすため、まず螺鈿の位置をはっきり見えるようにすることは非常に重要であり、透漆は透明な茶色の漆なので、黒呂色漆より工程に適すると考え、今回は透漆を使用した。)

 

―楽しかった点や、良かった点は何でしょうか―

 

文化財の保存と修復に関する考え方が変わりました。当初、復元模造はただ展示するためだけのものだと思っていましたが、実際に修復をしながら復元模造の制作をしてみると、原作に対する理解が深まり、そのうえで、どうやって修復・保存するかを考えるようになりました。

 

使っている道具。竹べらはカスタマイズしたもの。

 

卒展では、復元した作品と、工程を整理したパネルと貝の切り方実験のパネルの計3点を展示する予定です。

復元模造作品とともに展示するパネル。「伝えたい」という胡さんの思いが感じられる。

 

―今後の展望をおきかせください―

 

博士課程への進学を志望しています。博士課程で、もっともっと螺鈿に関する作品に触れて、中国・日本・韓国の3か国の螺鈿作品の関連性について調査をしたいと思っています。
修復については、原作のような作品は塗膜の剥離・剥落が激しいので、それに対して何か良い修復方法を見つけたいです。今回は芯張り*という方法により、膠の含浸*をして、塗膜の剥離をほぼ押さえましたが、塗膜から木地が露出している際の部分については、どうやって剥離を止めるか、それには何の材料が良いかと考えていて、まだわからないです。

*芯張り:剥離した螺鈿部分の圧着作業は芯張りという方法で施す。(膠や希釈した麦漆を含浸し、アクリル板と塩ビ板を螺鈿の上に置き、竹の弾力を利用し圧着する方法である。)
*含浸:中に浸み込ませて隙間・空間を無くすこと。

 

 

―修復の技術は完成されたものではないのですね。まだ課題がありそうですね―

 

そうですね。修復の場合、どのくらいまで手を加え、どこで止めるかが一番難しい問題だと思います。私は、できるだけ手を加えない方が良いと思っているため、今回、螺鈿の剥落箇所は補填せず、剥離や剥落を止めるため、際処理用の錆を作って可能な限り目立たないように補強作業をしました。特に、赤外線撮影により、木地に墨書きされた置目の様子や、置目をするための目印となる‘十字線’が確認できました。こうした線は貴重な資料の一部分ですので、貝を補填したり、漆の含浸をして線が見えなくなるようなことはしませんでした。

 

―将来、修復あるいは復元模造でたずさわってみたい作品はありますか―

 

今は特に決まっていませんが、今後も螺鈿作品の修復・復元について、もっと経験を積みたいです。将来的には文化財の保存・修復に関する仕事をしたいです。大変なこともありますが、自分が好きなことだから、辛いことも我慢できます。そして、作品が完成した時は、とても嬉しいです。

 

―インタビューを終えて―

復元模造は、ただ原作と同じものが作られているのではなく、原作についての調査・研究結果をもとに、制作当時となるべく近い素材・道具・方法で制作されていることを胡詩琳さんのお話から知ることができました。素材一つ一つを確固たる理由のもとに選定し、自身の手で再現する。たゆまぬ探究心と確かな技術で表現された作品には、私たちを当時にタイムスリップさせてしまう、そんな力が宿っていると感じました。

 

 

取材:長瀬あやり、猪狩麻里子、石井真理子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:石井真理子
執筆協力:長瀬あやり、猪狩麻里子

 



無知な質問にも終始しなやかにアルカイック・スマイルで応えてくれた若いその人は真摯で明るく、そしてたくましく、何より愛らしく。心が洗われました、深謝。(長瀬あやり)

 

 


修復ってただ直すだけじゃない。奥深い作業、その難しさを知りました。好きを突き詰めている人の笑顔にこちらまで笑顔になる良い時間でした。(猪狩麻里子)

 

 


胡さんの穏やかな笑顔の中に、文化財を後世に伝えたい、という芯の強さを感じました。螺鈿のようなキラキラした輝きに魅了されました。(石井真理子)

「誰かのために〜色と線で紡ぐ重なり」藝大生インタビュー2023 | デザイン科 学部4年・坂田真紀さん

2024.01.18

11月16日、私たちは初めての藝大生インタビューに緊張しつつ、暖かい日差しが降り注ぐ中庭を通り、東京藝術大学上野校地美術学部を訪れました。現れた坂田さんはその緊張を解くようにとても柔らかな雰囲気で気さくにお話をしてくださり、インタビューが和やかにスタートしました。

 

アートの世界に進もうと思ったきっかけはなんですか?

 

親が音楽を日常的にかけていたり、美術館に連れていってくれたり、「絵の具を持って公園に絵を描きにいく?」と外に連れ出してくれるような、身近に芸術がある家庭で育ちました。美術は小さい頃から当たり前にあった楽しいことの一つで、中高生になると、モノをつくることが最大の楽しみになり、自分はどこにいたら楽しく生きられるかなと探してきた先に、藝大がありました。

また、例えば銀座のショーウィンドウを見ている人たちが楽しんでいるのを見て、誰かに感動や喜びを与えられる人が羨ましいと思ったことがありました。そうした機会を重ねて、自分だったら、人を楽しませるためにいったい何ができるんだろう、自分が楽しいことのその先で一緒に喜んだり楽しんだりしてくれる人がいたら素敵だな、と思いました。今は個人で作品を作っていますが、みんなで何か大きなものをつくることにも興味があります。それぞれができることを持ち寄って、掛け算で何か新しいことができたら楽しそうです。

 

 

卒業制作の作品に至るまでの経緯を教えてください。

 

卒業制作は、自分がやってきたことの点と線が繋がった集大成です。これまでの作品遍歴をお話しすると……。まず「縫う」ことのきっかけになったのが、2年生の時の、実在する特定の人のためにデザインをする、という課題の『ペルソナ』でした。私は祖母を取り上げたのですが、祖母を調べたり話を聞いて思ったのは、人はとても複雑だということです。そこで、綺麗な直線ではない線によって、いろいろなことがあった祖母の人生の輪郭を表現したいと考えました。足踏みミシンで線を縫ってみると、自分の思い通りに線をコントロールできませんでした。でもそれが面白いと思いました。ちょっと揺れがあったり、凸凹があったりして、線に息遣いを感じて、まるでおしゃべりしているよう。ミシンで線を縫うと、何かをちょっとずつ吐き出していくような感覚も面白く、縫った糸が手触りとして残っていくことにも惹かれました。

 

<卒業制作の最初のきっかけになった作品 >

 

 

 

等高線のようにも見えますね。布の下に線が透けて見えたり、線が曲がったところに何かあったんだな、悩みながら進んでいったのかなと、色々なことを想像させてくれますね。

 

<卒業制作のきっかけになった二つ目の作品 >

 

 

こちらは、作品に詩を添えて、創作の新たな表現として展開する『詩を注ぐ』という三年時課題で作ったものです。今度は、透明なオーガンジーの布に、エスキース(下絵)もなく思うがままに縫い進めていきました。制作過程で、担当教授より「線だけでなく、線の密度を上げて面になるところも作ってみては」というアドバイスがあり、1ヶ月ぐらいずっと無心でぐるぐると縫って、このような作品に仕上がりました。

私は色を大事にしていて、自分の表現の武器だと思っているのですが、この作品でも色の選択にこだわり、色鉛筆で色を重ねるように糸を縫い、表(上糸)と裏(下糸)の色を変えて混色するという表現も発見しました。

 

そのような経緯から、こちらの卒業制作の作品に繋がっていくのですね。

 

そうですね。オーガンジーをミシンで縫うと、ボコボコと立体になるのですが、作品を遠くから見ると平面にしか見えません。そのことが少し寂しいなと感じ、卒業制作では模様を立体にすることに挑戦しようと考えました。オーガンジーの布の真ん中に穴を開けて固定し、格子状の布目に対して斜めに放射状に縫っていくと、布目が伸びて波打つ形状になりました。

作品をさわってみてもいいですよ。

 

〈制作中の卒業制作の作品〉

 

-根底にはいつも手触りがあるんですね。硬めの和紙のような、不思議な触ったことのない感触です。生きているみたいです。

 

そう感じてもらえて嬉しいです。

 

無機質でなく有機質、自然に近い感じがします。見た目の柔らかさと実際に触った時のしっかりしている感覚のギャップが面白いです。緻密で、もはやミシンの線がコントロールできてますね。こちらの作品名は決めていますか?

 

意図的ではないのですが、植物っぽいところがあるので「脈」のようなタイトルにしようかなと思っています。

 

奥に飾ってある作品も卒業制作の作品ですか?

 

 

はい。こちらは、有機的で絵に近い感じの作品です。流木の木目や根っこの曲線のような流れのあるものをイメージし、菱形を歪ませることで凹凸を生み出しました。納得できないと途中で2時間かけて糸を外して、もう一度縫い直すこともありました。表に鈍い色、裏に少し鮮やかな色を使うことで、表裏の印象を変えています。特に緑の混色が好きで、表に暗い紺色、裏に鮮やかな緑色を使うことでペタッとしない奥行きを出しました。立体的に模様を楽しめるような作品にしたいです。

どちらの卒業制作作品も最後の追い込み中で、最近はずっと家に篭って、ご飯を食べるより制作に夢中になっているので、今日は久しぶりに大学に来ました。

 

 

ちなみに自然の中は好きですか?

 

好きですよ。自然の中が落ち着いて好きなので、新宿のような人混みの激しい街に行くと反動で山に登りたくなります。今回の作品も、森の中で大きな木を見上げたり、木漏れ日の中を歩いたり、枝の下をくぐったりするように、ぐるぐると360°回りながら鑑賞してほしいと思っています。布に光を当てて、壁や床に線(縫い目)の影が落ちるように展示しようと考えています。楽しみにしていてください。

 

〈 見る角度によって全く違う表情をみせてくれる 〉

 

 

 

卒業制作展に向けて、意気込みをどうぞ。

 

卒業制作では、これまで取り組んできたことの答えを出したいですね。見る方にも楽しんでもらえたらうれしいです。ここで着地せず、この表現技術を服とかさらに別の形におこすなど、次の展開につなげていきたいですね。

 

卒業後の予定は決めていますか?

 

大学院に行く予定です。もっと大きな作品をつくったり、他の人との掛け算による作品を手掛けられたらと思っています。あくまでも今回の卒業制作はその過程。自分がやりたいことを気持ちよく出し切れたらいいなと思っています。

 

今回インタビューさせていただき、卒業制作展がとても楽しみになりました。今日は本当にありがとうございました。

 

 

インタビューを終えて 

 

印象に残ったのは「自分のためというよりは、誰かのために楽しんでもらえるような作品をつくりたい。」という言葉でした。小さな頃から芸術に囲まれて育ち、自然の中や手触りのあるものが好きだという坂田さんが紡いていく線は、どこまでもしなやかで、選び抜かれた色合いが織りなす優しさとその線に費やした時が重なって生み出す強さがありました。時にコントロールできない線をも楽しみながら、変わらない芸術に対する想いを胸に、これからも作品を見てくれる誰かのためにその線を生み出し続けて欲しいです。

 

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取材:梅川久惠・後藤麻木・井戸智子(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:井戸智子

執筆協力:梅川久惠・後藤麻木

 

めての藝大生インタビューで、少し緊張もありましたが、出迎えてくださった坂田さんは私たちが理解しやすいように準備してくださっていました。お話を聞くうちに学生と言うより、一人の作家の作品や創作への想いにどんどん引き込まれました。

(梅川久惠)

 

 

作品のことを語り出すと止まらない坂田さん。「ミシンの縫い目が おしゃべりしているよう」と表現されていましたが、縫い目を目で たどっていると、本当に坂田さんの楽しいおしゃべりが聞こえてきそうです。これからどんな作品が紡がれるのか楽しみです。

(後藤麻木)

 

 

まっすぐな人柄と柔らかな笑顔で自然と場を和ませてくれる坂田さんの雰囲気がそのまま現れているような作品でした。これからもずっと紡いでいくであろう坂田さんの線がどこまでも伸びやかに広がっていくよう願っています。

(井戸智子)   

【開催報告】みえない人とみえる人が一緒に楽しむアート鑑賞 『みんなでみる美術館』

2023.12.16

「みえない人」も「みえる人」も、お互いがいるから、みえること、気づけることがあります。「みえない人」と「みえる人」そして「とびラー」が、作品鑑賞を通じて障害の有無に関わらずフラットに対話することで、新たな発見や気づきを分かち合いたい。この企画は、そんな思いからスタートしました。

 

半年近くにわたる活動では、とびラーは実際に「みえない・みえにくい」状況とはどういうことなのかを考えることから始め、みえる・みえないの垣根を越えてフラットに対話し鑑賞するにはどうすればよいか、議論を重ねていきました。

プログラムの骨格が決まると、当事者(視覚障害者)の方と一緒にトライアルを行い、そこで出た意見も反映しながら、安心・安全かつ、みんなで楽しめるプログラムへとブラッシュアップしていきました。

そして、いよいよ本番当日! 一般応募いただいた「みえない人・みえにくい人」と「みえる人」をお迎えしてプログラムを開催し、たくさんの気づきと発見に満ちあふれた時間となりました。

 

■開催日時: 2023年12月16日(土)

■参加人数: みえない人・みえにくい人(視覚に障害のある方):6名

       介助者:4名   

       みえる人(晴眼者):5名

       とびラー:17名

■会場:上野アーティストプロジェクト2023『いのちをうつすー菌類、植物、動物、人間ー』展、アートスタディルーム

■プログラム概要:「みえない人・みえにくい人(+介助者)」と「みえる人」、とびラーによる4〜6名のグループに分かれ、アイスブレイクを経て『いのちをうつすー菌類、植物、動物、人間ー』展の3作品をそれぞれ鑑賞。その後、一緒に鑑賞したことでの発見や気づきをシェアする。

 

 

<開催に至るまでのプロセス>

「みえない」「みえにくい」って、実際はどういうことなのでしょう?鑑賞会を企画するにあたり、まずは「みえない」「みえにくい」方がどのように作品を楽しんでいるのか、また、みえる人とどのように共有できるのかを考えました。そこでの気づきから「めざすゴール」や「実現のためのアイデア」を検討していきました。そこで「一緒に作品を味わい、お互いの違いを意識することなくフラットに対話することで、みえない人もみえる人も楽しめる場をつくる」ことを目指そうと決めました。

そうして作ったプログラムを、実際に視覚障害者の方を招いた2度のトライアルを行い、実践するうえでの意見や、アドバイスをもとにブラッシュアップしていきました。

本番の1か月前に展覧会が開幕してからは、実際に展示フロアでの作品鑑賞や移動の動線を何度もシミュレーションし、メンバー全員が各々の役割と持ち場で準備を進めていきました。

開催直前には、目指している対話の場づくりをもう一度思い起こして、「安心・安全な場」そして「楽しむこと」を大切にしようと確認し、開催当日を迎えました。

 

<開催当日の様子>

 

1.開会~アイスブレイク

 

冒頭でとびらプロジェクトとプログラムの概要を説明し、「言葉が大切なコミュニケーション手段なので、今日は感じたこと気づいたことをたくさんお話してください」と大切な思いをお伝えして、プログラムがスタートしました。

先ずはお互いのことを知り、発言しやすい場をつくるために自己紹介。話す人と聞く人を明確にして、触覚という共通の体験を入れて話すとよいのでは、というアイデアから、今回の展覧会のモチーフにもなっている鳥のぬいぐるみを持って話すようにしました。自然と和やかな雰囲気になり、鑑賞への期待感も高まりました。さあ、展示室へGO!

 

2.作品鑑賞

 

展覧会場は2つのフロアに分かれ、ゴリラ、鳥、牛、馬、キノコ、草花といった様々な動植物をモチーフにした絵画、彫刻、写真などの作品が展示されていて、各グループ毎に3つの作品を順番に鑑賞していきます。作品と作品の間の移動時間には、展示室全体の空間について、言葉で説明しながら、楽しくおしゃべりします。鑑賞作品が会場全体の中でどのように展示されているのかを伝えることで、みえない人の理解につながっていきました。

 

また、みえない方それぞれのみえ方に応じて、鑑賞時の立ち位置なども工夫するように配慮しました。参加者の状況を見ながら、適宜休憩も入れて鑑賞していきました。

ご主人や娘さんと一緒に参加された80代のみえない女性。介助者のご主人はアイスブレイクではおとなしい感じでしたが、アホウドリをみて「抱きしめたい」と思いがけない胸キュンの一言!グループ全体が打ち解けて、一気に対話が弾んでいきました。

また、あるグループのみえにくい人は、何とか作品をみてみよう、感じてみようと、作品に近づけるギリギリまで近づいて食い入るように鑑賞されていました。そのあまりの熱心さに、みえる方も感動されて、言葉でその場を補うように発話が増えていき、徐々に対話の場ができていきました。

 

最初は緊張していた参加者も、作品鑑賞が進むにつれて、みえる人がどのように伝えればみえない人にわかりやすいかを考えて一つ一つ丁寧に話しかけたり、みえない人も説明や問いかけに対して積極的に気づきや質問をするようになっていきました。2作品目、3作品目と鑑賞を重ねていく中で自然に発言が出るようになり鑑賞が深まっていく様子がはっきりとわかりました。そのような姿を見ると、「フラットに対話をし、みんなでみる」という鑑賞は実現できたと思われます。

それは何度も現場で確認した事前の準備と、みえる・みえないに関わらず相手に寄り添う気持ちを持って接したことにより達成できたのだと思います。

 

1時間の鑑賞タイムを終えて、参加者の皆さんも充実した笑顔でアートスタディルームに戻ります!

 

3.シェアリング~閉会

 

アイスブレイクと同じテーブルでのシェアタイムでは、参加者の皆さんの表情もイキイキとしていて、感想話に花が咲きました。例えば、ゴリラの作品では、「一つ一つの表情に喜怒哀楽があるように繊細で豊かに感じられるようになった」というグループもあれば、「みえにくい人にはゴリラの顔は黒い毛玉にしかみえなかった」という感想が出たグループもありました。

みえない人・みえにくい人がどのように対象を見ているのか、対話により得られる共通の体験を分かち合う喜びと難しさなど、他のグループの話を聞くことで、さらなる発見や気づきにもつながり、ふだんみえているようでみえていなかったものに気づいたり、みえていないものをありありと感じられた時間になったようです。

 

 

<参加者の感想>

 

終了後に記入いただいた参加者のアンケートから一部をご紹介します!

 

・「みんなの見る目が人によってちがう。自分1人だと絵を見ることが難しいけど、みんなと一緒なら見ることができる」(みえない人)

 

・「見える人から説明してもらうことで鑑賞のきっかけをもらえる。見える人→見えない人への一方向ではなく、会話の中から作品鑑賞が生まれてくる感じがした」(みえない人)

 

・「アートはみえる、みえないということは関係なく、一緒に鑑賞することで自分自身で発見があった。今までなかなかいけなかった美術館に行こうと思うきっかけになった」(みえにくい人)

 

・「見えていると思っていたら、実は大して見ていなかったことに気づいて驚きました」(みえる人)

 

・「見えない人に対して絵を伝えるために、分かりやすい言葉を選ばなければならないことに気づくことができた。見える・見えないの0か100ではなく、見えないのはグラデーションだと気づいた」(みえる人)

 

・「自分の見方の高さを少し変えるだけで、ものの見方、伝え方はこんなにも深くなるのだと実感しました。ちょっとした変化でコミュニケーションはもっと深まるのですね」(介助者(みえる人))

 

・「みなさんの感想をお聞きしていると、作家さんの「ここを見てほしい」という意向がちゃんと伝わっているんだと思いました。それをみなさんがきちんと受けとめていることに感動します。生命は美しいとあらためて感じます」(介助者(みえる人))

 

また、ファシリテーターを務めたとびラーからはこんな声がありました。

 


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「最初は見える人が見えない人に説明をしていましたが、鑑賞が進むにつれ、見えない人の質問によって鑑賞がさらに深まっていくことに皆が気づいて、見える人も見えない人もお互いの立場を平等に感じているように思いました」

 

「見える人の素直な感想が、見えない人の質問を生み出しだんだんと垣根のない空間なっていきました。和やかで温かい時間を一緒に過ごすことができました」

 

「描かれているゴリラのイメージについて話した時に「会社のボス的な存在なのでは?」となりました。

Aさん:「俺についてこい」 みたいな感じかな。

Bさん:う~ん…きっと部下には何も言わないと思う。

Cさん:背中で語るタイプですね。

皆さんの想像していたのは昭和タイプのボスだったのかもしれません」

 

「馬の作品の印象をみんなで話す中で、みえない人の「何となく不穏な感じを受ける」というひと言から競走馬の悲しいエピソードが引き出され、より鑑賞が深まる体験ができました」

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たくさんの感想をいただき、もう少しシェアタイムの時間があればとの声も多くいただきました。「みえる人」の中には、今回の体験をきっかけにアート・コミュニケータに関心を持っていただいたり、「みえない人」で、美術館でまた鑑賞してみたい、新しいことにチャレンジしてみたい、と前向きな発言をされている方がいたのが印象的でした。参加者それぞれが何かを感じて、新しい視点が生まれていたようです。

 

みんなでみて フラットに対話をして 鑑賞を楽しむ。

みえない人とみえる人の対話を通じて、お互いの視点によってよりよく作品を味わうことを目指した「みんなでみる美術館」。

みえる・みえないをハードルと考えるのではなく、その人の特性の一つとしてとらえ、お互いの違いを楽しむ、そんな場になる一歩を踏み出すことができました。

今回の実践を次のインクルーシブな場へとつなげていき、またみんなで一緒に分かち合えますように。

 

東京都美術館では、たくさんの参加体験型のプログラムや、障害のある方のための特別鑑賞会なども開催されています。また皆さんとご一緒できることを楽しみにしています!



10期とびラー 安東豊

アートを介して対話することで、人と人との多様な価値観や想いがつながり、新しい世界がみえてくる。そんな出会いや化学反応の場に立ち会い、寄り添える喜びを感じています。

 

 

 

10期とびラー 飯田倫子

「遠くに行くならみんなで行け」そんな言葉の意味を強く感じたラボでした。みんなで取り組んだからこそ、「みんなでみる」ことが実現できたと思っています。

【開催報告】エスプラナードで会いましょう

2023.12.16

 

東京都美術館には「エスプラナード」と呼ばれる空間があります。上野公園から正門を通ってすぐ、レンガ色の建物に囲まれた広くて開放的なスペースのことです。館内の建物に入るまでの散歩道となっているその空間は、この美術館の建築的な特徴にもなっています。

とびラーにとっては、来るたびに通るなじみ深いエスプラナード で、来館者に楽しんでもらえるような何かをしたい!と思い立ってとびラボを始めたのが8月のことでした。

具体的に何をするかやその目的については、とびラボに集まったとびラーみんなで考えることにしました。

 

 

まずはエスプラナードについて各々が思うことや期待することを話し合ってみました。「せっかくの素敵な空間なのに来館者にあまり意識されずに素通りされているのでは?」「野外彫刻がたくさん展示してあるのにあまり見てもらえていない」「美術館に来た人に展示を観るだけでなくプラスアルファの楽しみをここで提供したい」などの意見が出ました。

 

そして今度はエスプラナードでやってみたいことのアイデアを自由に出し合いました。

「パラソルや椅子を置いてのんびり過ごしてもらいたい」「レッドカーペットを引いてゴージャスな気分で歩いてもらう」「広い空間を生かしてファッションショーをおこなう」「建物の壁でナイトシアターをやる」「コーヒーを無料でふるまう」などたくさんの案が出てきました。エスプラナードという空間を舞台に、みんなで妄想を広げる時間がとても楽しくどんどんアイデアが広がりました。

 

 

次のミーティングでは、たくさんの案の中から本当に自分たちがやりたいこと、ここでやるべきことはなんだろう、と考えてみました。

そこでみんなの意見が一致したことは「エスプラナードを通るどなたでも気軽に参加できる」、そして「アートや美術館をより親しみやすく感じて欲しい」というものでした。

エスプラナードはこの美術館の入り口だからこそ、すべての市民にとってアートへの入り口になるような体験を提供したいと考えました。

 

 

その目的をはたすためにできることはなんだろう?と、今度はみんなで実際にエスプラナードに出て来館者の様子を観察することにしました。

 

美術館に来る多くの人は自分が観たい展示や用事を済ませるために、建物の中にまっすぐ入っていきます。帰りもあまり寄り道をせずに上野公園へと出かけていき、エスプラナードはその通り道となっています。

 

けれど時折、美術館の正門の前で記念写真を撮る人や、エスプラナードで一番目立つ大きな球形の彫刻《my sky hole 85-2 光と影》に興味を示して鏡のような表面に映り込む自分の姿を覗き込む人たちがいました。

 

その様子を見てみんなで考えたことは、わたしたちとびラーが来館者に声がけして少しの間立ち止まって話をしたり、エスプラナードを一緒に散歩してみてはどうか?ということでした。

 

会話を生むきっかけとして、記念写真を撮ってあげたり道に迷っている方の案内をしてみる。そこからコミュニケーションをとれたら、来館者に楽しい思い出を提供できて、美術館に親しみをもってくれるかもしれない。それいいね!とエスプラナードで自分たちがおこなうことを現場で決めました。

 

 

また、来館者に声をかける際に、他の来館者とは違うここで何かをする人だと分かる格好をした方が声をかけやすいのでは?と考えました。広いエスプラナードで少し目立つように背の高い帽子をかぶるのと、写真を撮る役割を示すカメラのマークを入れた腕章をつけてはどうか。

 

するとその場で持っていた紙を折って小さな帽子を作ったとびラーがいました。それをみんなでかぶってみることで、エスプラナードで自分たちがやりたいことのイメージが一気に固まりました。

 

そうと決まったら手先が器用なとびラーたちがあっという間に帽子や腕章を手作り。自分たちが衣装をまとうことで気分も大きく盛り上がり、これで来館者に喜んでもらいたい!と意欲満々で実施の日を迎えました。

 

 

その日は12月とは思えないぐらいの暖かい晴天で朝から美術館に来る人もちらほら。午前10時から声がけを始めました。

 

しかし最初は緊張し、まっすぐ建物に向かう人に足を止めてもらうことへ少し躊躇しました。けれどこれまでみんなで話し合ってきたことを実践する大きなチャンス、と勇気を振り絞ってエスプラナードを通る人にどんどん声かけをしていきました。そうすると意外と足を止めて話を聞いてくれる人がいました。

 

 

この日は特別展が開催されていない時期でしたが、市民が応募して作品を出品する公募展を観に来た家族連れや友人グループが多くいました。「記念に写真を撮りましょうか?」と彫刻や門の前で話しかけると「じゃあせっかくだから」とスマホやカメラを手渡してくれました。中には手作りの衣装をまとったとびラーと一緒に撮りたいと言ってくれるグループもいてうれしくなりました。

 

「はい、チーズ!」と撮影した後、「今日はなにを観に来られたんですか?」とうかがうと「孫の書作品が入選したので家族で観に来たの」「友達が撮った写真作品が飾られてる」などと話す方が多く、「入選おめでとうございます!」と伝えると照れくさそうにしつつ「ありがとう!」と喜ばれました。そこからアートにまつわる家族の素敵な話や作品への熱い思いを聞いたりして来館者と一緒に会話を楽しみました。

 

 

また、置いてある野外彫刻の説明をすると他の作品も観たいと言ってくださる方もいて、ぐるりとエスプラナードを案内しました。

 

声がけや会話の内容もとびラーそれぞれ得意な話し方があり、エスプラナードのあちこちで笑顔の輪が同時にいくつも出来ていました。中には一人の方とじっくり話し込むとびラーもいて、美術館に来たそれぞれの人のストーリーを聞けるとても良い機会になりました。

 

行きがけにお話しして展示を観た帰りにまた寄って話かけてくれる方や、「今日ここに来て良かった」と言ってくださる家族もいました。

 

 

二時間半の間に合計110組以上のグループとお話ししました。時間が来ても止めるのが惜しい気持ちになりましたがこの日は一旦終了。またやりたいね、とみんなで話しながらエスプラナードを後にしました。

 

 

 

 

今回の活動を通して、ミュージアムにある「場」から発想して、場と人、人と人を結ぶアートコミュニケーションについてとびラー同士で考えることができました。

 

また、実際に来館者に声がけして会話をすることで、いろんな方がアートや美術館を身近に楽しまれている様子を知ることができました。

 

美術館に来る方に楽しんでほしいと始めたことですが、私たちが来館者から美術館の魅力を教えてもらうという、とても良い経験になりました。

 

今回のとびラボでは最初に目的ややることを決めずにスタートしましたが、いろんなとびラーが自分で企画を提案したり衣装を持ち込んだりみんなで自主的に動いて一つのプログラムを形作ることができました。

 

例え少しのスペースでもアイデアしだいでコミュニケーションの「場」をつくる活動は、他の美術館や文化施設でもできるかもしれません。またどこかでいろんな人との出会いを楽しみたい、そう思えるとびラボでした。

 

 


 

10期とびラー 池田智雄

美術館・博物館・郷土資料館や音楽ホールなど、人が文化の楽しさを求めて集まる場所が好き。そこがもっと楽しくて親しみやすい場所になるようなことを自分たちでできたらうれしいです。

2023鑑賞実践講座⑦|「ファシリテーション研究」

2023.12.11

 

 


 

第7回鑑賞実践講座|「ファシリテーション研究」

日時|2023年12月11日(月)10:00〜15:00
会場|東京都美術館 アートスタディルーム、スタジオ
講師|三ツ木紀英(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA)
内容|テーマ:鑑賞が深まるとは。対話の構造を理解する
・共同的でクリティカルに思考する場のデザイン/構造
・作品研究を対話に活かす方法

 


第7回の講座では、Visual Thinking Strategies(VTS)による鑑賞のファシリテーションを分析することで、鑑賞が深まる対話の構造を理解することを目標に講座を行いました。

 

まずはじめに、VTSの基本的なテクニックを用いた鑑賞の資料映像を見ながら、VTSファシリテータのはたらきかけが、どのように鑑賞者に作用しているのか、対話の流れにそって書き出します。書き出すことで、対話がどう深まっていったのか、そのきっかけとなるファシリテーションの作用に気がつくことができます。

 

 

 

 

 

そのあとは、書き出した対話の流れとファシリテータのはたらきかけの言葉を元に、第5回の講座で行った、ファシリテーションの事前準備である「作品研究シート」を作っていきました。そうする事で、事前の準備をどのように実際のファシリテーションに生かしていくことができるのか、その構造を理解していきました。

 

最後は、全員がファシリテーションを実践し、VTSファシリテーションの基本的な要素を用いることで複数人での作品鑑賞が深まることを体験しました。

 

 


 

(とびらプロジェクト コーディネータ 越川さくら)

【とびラボ活動報告】マイスカイホールLOVEのらぼ

2023.12.10

東京都美術館の正門を入ると一際目を引く大きな銀色の球体。
これは東京都美術館の収蔵品の一つ《my sky hole 85-2 光と影》。彫刻家・井上武吉の作品です。この大きな球体に映り込む風景や自身の姿を楽しんだり、大きく開いた穴から差し込む光に魅了される多くの来館者にいつも囲まれています。


東京都美術館で活動するとびラー(アート・コミュニケータ)も例外ではなく、これまでもこの彫刻を題材としたとびラボ活動が多く企画されました。とびラーは愛を込めて、「マイスカイホール」略して「マイスカ」と呼んでいます。マイスカ愛溢れるとびラーが集まったこの活動は、マイスカを通して野外彫刻作品の新たな鑑賞方法や魅力を発見するとともにとびラーどうしの親睦を深めるため、井上武吉の誕生日(12月8日)を祝う意味もこめて以下のような内容で実施しました。

・とびラーどうしの親睦を図る場づくりをみんなで考えて楽しむ。
・マイスカの魅力を語り合う。
・美術館の楽しみ方を考え体感する。

では、早速どんな活動だったのか、見てみましょう。

 


実施日 2023年12月10日(日)11:30~14:00


🔶流れの確認

マイスカには自然環境に影響される興味深い仕掛けがあります。その一つがマイスカに貫かれた穴から溢れる太陽の光が作る像(日射像)。作者の井上武吉さんの誕生日に太陽光がマイスカの穴を貫くように設計されています。

太陽の動きにつれて差し込んだ光が作る像はどんどん変化していきます。活動の最初はこの太陽光の観測、光の像の観測です。観測に先立って注目ポイントや観測の流れなどを全員で確認しました。


日射像

🔶観測

いよいよ実際にマイスカへ移動して観測です。少しずつ日射像が現れ、半月の状態に。刻々と変わる像に目が離せません。

1分ずつ写真を撮って光の円の「成長」を確認。半月から満月状態に、そしてまた形が変わっていく・・やっぱり地球は動いている。観測しつつマイスカトリビアを披露したり、マイスカから感じたことをおしゃべりしたり。

 

🔶誕生日会〜球体の食べ物を持って集まろう

 

観測の後はみんなでランチタイム。井上武吉さんの誕生日を祝う意味でマイスカのような球体の食べ物を持って集まりました。銀紙で包んだまんまるのおむすび、プチトマト、チョコレートや飴玉など思い思いの球体の食べ物が集まりました! マイスカを模して台座まで再現したチョコやマイスカの穴の部分を具で表現したおむすびなど楽しい工夫がいっぱいのまるい食べ物の数々についつい撮影会に。

 

🔶観測日記


ランチをしながらちょっと真面目に、マイスカを観測・鑑賞しての気づきをシェアしました。

・刻々と変わっていく日射像。穴を通ってくる光がとても明るくなる瞬間があった。

・日射像の周辺の渦が美しかった。

・マイスカの上に輝く太陽がちょうどマイスカに掛かって、ダイヤモンドリングのようだった。

・マイスカはその球体の上に周囲の風景や空が映り込む。そこまで含めての作品であり、時間や季節、見る角度によって常に新しい作品となっている。

・逆光になるマイスカはどこかから飛来している感じ!

・美術館に来た多くの人がマイスカで一旦立ち止まり写真を撮ったり写り込みを楽しんだりしている。こんなに愛される作品はないかも。

🔶もう一つの仕掛けのこと

マイスカには台座があります。ですが台座が作品の一部だと気づいている人は案外少なそう。
1年に2度、この台座とマイスカの影とが一致する現象を見ることができます。地球の自転と公転の関係で重なる日は毎年変わるようです。そして今回の活動でも体感したように刻々と変わる太陽の位置から、影と台座がピッタリと重なるのは一瞬。天候にも左右されるので、見られたらとても幸運です!

展示を見る他にも、東京都美術館でこんな楽しみ方もしてみてはいかがでしょうか。

 


🔶マイスカのミュージアムもあります


マイスカをモチーフに作品を創ることもあります。そんな作品を所蔵するため、「マイスカイホール・バーチャル・ミュージアム」をとびらプロジェクトの共有ドライブ内に設けて、随時とびラーが作品を収納しています。2022年2月22日22時22分に創設しました。下の画像のような作品が展示されています。

 


 

 

🔶マイスカからの贈り物


この活動を通じて、わかったことは、みんながマイスカのことが大好きで、そしてマイスカからさまざまなインスピレーションを得ていることです。
この作品の製作の歴史・作者についてなどの作品研究をしてみて、井上武吉さんによるマイスカ彫刻が全国のあちらこちらにあること、そして太陽の動きを計算に入れて立地していることなどもわかりました。仲間のことを思いながらマイスカから連想される球体の食べ物を考えたり、作品から受けたインスピレーションをもとに新たな作品を作ってみたりもしました。
たった一つの野外彫刻作品を観察する、鑑賞する、それだけのことからこんなにも豊かな広がりがあります。


野外彫刻作品の特徴でもある時間や空間の移り変わりで刻々と変化する美しさをじっくりと時間を追って見つめることで、その作品の奥にある独特の味わいにも気づくことができました。
一つの作品を囲んで、様々な角度から作品にアプローチすることで作品についてより深く知り、親しくなることができます。みんなで作品を見ることの楽しさも感じることができます。
他者の発見を知ることで、新たな視点が自身の中に生まれ、そこでの共感は人と人との繋がりも深くし、鑑賞の幅が広がります。これらはマイスカからの贈り物です。私たちのマイスカさん!ありがとう!


執筆:

矢野聡子(とびラー10期)

以前は美術館は1人で行って、誰にも邪魔されないことが好きでした。とびらプロジェクトに参加して「みんなで見る」ことの喜びを知りました。「みんなで見る楽しさ」や「アートに触れることは特別なことではない」ことを多くの人に知ってほしいです。

 

 

藤牧功太郎(とびラー10期)

とびラーになって作品の見方は多様であること、そしていろいろな楽しみ方があることを知りました。マイスカイホールなど屋外の彫刻作品が面白く、街中でも見かけたらついその周りのあちこちから眺めたり、いっしょに楽しむアイデアを思い浮かべるようになりました。

【開催報告】トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー2023

2023.12.08

◆はじめに

夜間開館日にライトアップされた東京都美術館の美しさ・建築の魅力をともに味わいたい、そんな思いでツアーを開催してきました。12年目を迎えるこのラボ、今までの良さを受け継ぎつつも、刷新してきたこの1年の様子をお届けします。

夜の公募棟。ヤカンツアー参加者だけが入ることができる。

 

◆実施概要

・開催年月:2023年6月・9月・12月(計7回)

・参加人数(延べ人数):参加者124名 とびラー59名

・開催時間:19:15-19:45(6月)19:05-19:45(9月~)

・テーマ及びコース:ガイドを担当するとびラーがおススメをご案内

 

◆ツアーの様子  

ツアーでは、夜ならではの建築や空間の見どころを30~40分で紹介しました。ここでは、2023年12月に2回開催した「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー@ローマ展」の様子をお届けします。

 

夜の空気感や光はもちろん、発見やまなざしをともにしているシーンなど、参加者の皆さんととびラー20名の一期一会のステキなひとときをご覧ください。

 

<開始前>

本番前の事前準備風景。コースの共有やチームごとの最終打合せも入念に

準備を整え、さあお迎え!

ぞくぞくとお客様がいらっしゃる。受付後に、各チームへご案内

 

<ツアー>

ツアーのテーマ・コースはガイドによってまちまち。ちなみに、ローマ展2回目で各ガイドが用意したテーマは
「夜のおしゃべり都美散歩/光に照らし出された都美空間を楽しむ/夜ならではのトビカンの陰影を楽しむ/100年保つ建物とその夜景/夜の都美をみんなでみてみよう!/色と光の調和」と多彩です。

ツアーテーマを伝えてスタート

反射する光を堪能

エスプラナードを散策

天井やライトを愛でる

椅子も愛でる

素材をジェスチャーで説明

通称おむすび階段にて何やら楽しそうな様子

公募棟より何やら発見

お話もはずむ!

素敵なツアーを終えて控室へ

撮影班もお疲れさま!

 

◆過去から受け継いできたこと

11年続いているラボの良さを継承する、特に①シンプルな運営②ツアーの知見を貯めていくことを改めて大事にしようと話し合い、スタートしました。

 

①シンプルな運営

とびラーも家庭に仕事に忙しい人が多いので「金曜夜に2時間だけぱっと集まって集中して準備→ツアー→振り返り→解散」という流れができていました。この流れをよりブラッシュUPして、短い時間で楽しめるようにしました。

 

②ツアーの知見を貯めていく

ツアー実施には、ガイドやサポートはもちろん、受付や撮影など各役割の連携が欠かせません。過去の実施例を集めて知見集をつくりました。自分たちの知見も加えつつ、秘伝のタレ化を目指して更新中です。

 

◆今年のメンバーで変えてみたこと

よりツアーを手軽に楽しんでいただくために、①アンケート廃止②ツアー時間延長③当日呼び込み、この3点を刷新。アフターコロナも追い風になりました。

 

①アンケート廃止+②ツアー時間延長

ツアー時間を10分延長。参加者から「もう少し長いと嬉しい」とお声をいただくことが多く、我々ももう少しご案内したいという想いがありました。そこで、準備時間を短縮し、アンケートもツアー後に感想をいただくことで代用。ゆったりと夜の散策を楽しむことに繋がりました。

 

③当日呼び込み

アフターコロナでツアー人数などの安全対策が緩和され、キャンセルされた枠を当日呼び込むことにしました。たまたま通りかかって、たまたま一緒になった人と楽しむ、そんな偶然のめぐり合いもデザインできました。

 

◆予行演習

今年は新たに8人のガイドがデビュー。本番により良い状態でお客様を迎えられるように、とびラーが参加者役となり模擬ツアーを実施しました。

6月の大雨の中、練習会に集まったメンバー

雨の夜も、地面に光が反射してとてもキレイ

模擬ツアー終了後に、本番に向け温かく愛あるフィードバック

 

◆終わりに

毎回終了後に、良い点・改善点を皆で共有し、次にきちんと活かす。よりよいチーム・ツアーにするために、密度濃い振り返りを繰り返しました。その積み重ね、のべ59名のとびラーで作ってきた2023年のヤカンツアーでした。

 

次年度以降も、メンバーや環境の変化に合わせて進化し続けるラボになりそうです。今後もこのヤカンツアーは続いていくことと思います。ぜひ、ご参加をお待ちしています。

ランチMTGで振り返り。ヤカンツアー@マティス展の解散回

新しいメンバーも増えました。ヤカンツアー@荒木珠奈展の解散回

毎年恒例のクリスマスコスチューム。ヤカンツアー@ローマ展2回目終了後

 

◆おまけ

一緒に建築を見ることが楽しすぎて、今年からラボメンバー限定「オマケツアー」を打ち上げとセットで開催。マティス展では神田駅~東京駅、荒木展では東京駅~有楽町駅の近代建築を巡りました。発見して、伝え合って。建築って楽しい。

オマケツアーの様子

 


10期とびラー 橋本啓子

古代~現代まで脈々とつくられてきたアート(絵画・建築等)との出会いをつくり、他者と一緒に味わうことが元気の源。次は、本業の人材開発とアートの掛け合わせで世の中を元気にしたいです

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