東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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2022.01.28

穏やかな冬の午後、東京藝大上野校地絵画棟のアトリエで行われた、絵画科日本画専攻学部4年の坂本皓平さんへのインタビュー。

 

卒業・修了作品展(卒展)に向けた制作に取り組む学生の方々の熱気あふれるアトリエで、坂本さんに作品への思いや制作スタイルなどを語っていただきました。

 

<卒業制作の作品を前に行われたインタビュー>

 

Ι卒業制作の作品のテーマは「モラトリアム」

 

――初めまして。今日はよろしくお願いします。早速ですが、こちらの作品のテーマを教えていただけますか?

「自分の心情・心境を通して、最近の(世の中の)人の心境を表すことに通じるものがあればと。自分の心象風景をイメージして描いています」
「タイトルは《モラトリアム》。『自分がこうなりたいと決めるまでの猶予期間』という意味が当てはまっていると思って」
「絵を描くという道は定まっているけど、何を描きたいとか画材を含めてどう描きたいを考える時間が大学生活。まだ自分も決まっていないし悩んでいて。核がなりきっていないというところを表現したいです」
「周りの人を見ても、一旦学力を蓄えるために大学に入ってそこから考えるという人が多いイメージですね。大学4年間でやりたいことはつかめないんじゃないかな、という気持ちがすごくあるので、自分の世代に向けた絵でもあります」

 

Ι自分の挑戦をキャンバスに

 

<柔らかな色の中どこか少し不安な感じが>

 

 

――描かれている人物はご自分ですか?

「自分ではなく誰でも投影しやすいようにと思っています。モデルはロン毛の男性だったのですが、もう少し中性的でもいいかな。シルエットはあるけど中はもっとぼやかして、もやがかかった感じであいまいさを表現したい」

 

―― なんかこの人物と視線が合わない感じです。表情はあまり描き込んだりしないんですか?

「手数はめちゃくちゃ入ってるんですけど、表情は限りなく抑えたい。一枚すりガラスがある、そのぐらいの感覚でいます」

 

――あんまり嬉しそうでもないけど悲しそうでもない。そんな遠い感じがします。

「それがモラトリアムにもつながってくるのかな。結構自分がドライな人っていうか、感情はあるんですけど、関心のない事には本当無関心なんで。そんな意味もあったりします」

 

――右上の窓の外に描かれた光あふれる風景と、室内のギャップも気になります。

「窓の外は理想ですね。『楽しい未来があるだろう』という明るい将来図は誰でもあると思います。『でも今の自分は未確定』というところを表したい」

 

――コラージュのように組み合わせていますね?

「この絵の前にコラージュっぽい絵を描きたいなと思ってやったんですが、うまくいかなくて。その意識が多分入っています」

<様々な要素を1つの画面に。描かれている情景にとびラーの興味は尽きません>

 

 

――作品は、特定の場所を想像したり個人的な昔の記憶を投影して描いてるんですか?

「特にここっていうのはないんですけど…強いて言えば左の水辺は葛西臨海公園的なところです。曇ってるけど、すごい見通しがいいのが面白いなって思って」

 

――画面左の色が重なっている部分は、何を描いているのですか?

「実は決まってなくて(笑)自分の心象風景というテーマで描いているので、他の人とリンクしないところもあっていいのかなと。このどろどろとした感じの技法を使うのはまだ2枚目。(作品は)こういうことも研究してます。っていう発表の場でもありますね。」

 

――ほかに技法でこだわったところは?

「手前のここはキャンパスを立てて絵の具を垂らしました。紙の凹凸や先に塗った絵の具の上に垂らした絵の具が溜まって、まだまだ途中なんですが、独特のマチエールが生まれたと思います。フィルターみたいな感じで質感を変えて描いていて。ピントが合わない感じでやりたいです」

<近づいてみると絵の具が溜まっているのがわかりました>

 

 

――フローリングの木目にも工夫が?

「最初白っぽい色をびちゃびちゃに塗って、絵の具を上からかけて重力で垂らしたんです。うまくいけば木目ができるんじゃないかという気がして」

 

――描いたんじゃないんですね!

「水の作用で描いてます。そういう試みをやってみました」

<水を使ってこんな風に描けるとは!>

 

 

――タイルの部分の質感も気になります。粒子が残ってる。

「盛り上げるっていう1つの最近主流な技法なんですけど。絵の具を盛り上げて上から色を塗ってやすったりすると、下の盛り上げた絵の具の色が出てきてなんか面白い表現になるんです」

 

―― タイルの目地もすごい。近づくと質感の違いがよくわかります。多彩な表現をされていると思いました。

「やれることはやってみようかなっていう感じで進めてます」

<描き方の違いをぜひ卒業・修了作品展の会場で>

 

 

Ι試行錯誤しながら描く

 

坂本さんにとって卒業制作(卒制)の230cm×180cmという作品サイズは初挑戦。色々試行錯誤があったようです

 

――初めて描く大きな作品。大変だったことなど教えてください。

「なかなか思ったようにいかず、『画面がもつか』とかのやりとりもありちょっと難しかったですね」

 

――画面がもつ?

「なんていうか…単調にみえても『もっている』ところはあるので『単調=もってない』ではなくて。手つかずだったり未完成にみえたら『もってない』かな。他の画面との比較にもなりますが」

 

作品の横にスケッチを見つけたとびラーからこんな質問が。

 

――こちらは習作でしょうか?現在の作品とずいぶん違いますね。描きながらイメージが変わってきていますか?

「そうですね。自分の好きな絵の具や偶然できた色がよかったりするので、そちらに重きを置きながら(描いています)。これはかなり(初期の)イメージすぎて、もはや気にしていない(笑)画面がよくなる方に進めばいいかなと、いじりながら考えてます。」

 

――卒制に取り組み始めたのはいつ頃ですか?

「夏休み途中の9月くらいから練り始めていました。10月になって『なんか違うな』と(自分でも)思ったり、先生のアドバイスもあって、考えやモチーフは変えず配置とかをガラッと変えてみました。10月半ばに入ってから描いてます」
「時間もなかったんで、イメージができたら大きな下絵に移って、微調節したり位置関係を直しながら直接描いていきました」

<初期に考えていたという、部屋の中でくつろぐ人物がいる日常風景のスケッチ>

 

 

――こちらのスケッチは、キャンバスなど坂本さんご自身を想像させるものも描かれていますね。それと比べると今の作品はずいぶん客観的ですが、その作業は難しくなかったですか?

「特には。客観視することは好きなので、難しいとは思いませんでした」

 

――色の計画や構成などは事前にきっちりされてるんですか?

「基本は本物寄りで描きます。形や色をめちゃめちゃ変えて、本物からかけ離れていくというのは苦手。ちょっと変えたいとかこうした方が良いなという時、色を変えるぐらいです」

 

――卒制の進捗状況は?

「昨日は90%ぐらい完成のつもりだったけど今朝見たら70%後半くらいかな。特技なのか自分の中の完成度とかっていうのが、頭のどっかにあるんで、それとパーセンテージを比較して。でもほかが進んだことで足りてなくなって、下がってみえたり」
「詰めの作業に近くはなってくるんですけど、まだ自分の中で終わりって感じはないですね。1個1個は面白いんですけど、親和性が描かれてなかったりと完成し切れてないっていうのがあります」

 

Ι表現方法を探した4年間

 

日本画との本格的な出会いは藝大入学後だった坂本さん。チューブに入った絵の具とは違う、岩絵の具の粒子感や物質感に魅力を感じ「日本画の魅力=岩絵の具」とも仰っています。

 

――色はご自分で作るのですか?

「基本混色して色を作っています。やっている人はあまりいないかもしれません。微妙な色味を表現したり、大きさの違う粒子の岩絵の具を混ぜることで、塗るときのまぜこぜした質感を出したいですね。」

 

「量の調整が苦手で」と苦笑しながら、整然と並べられた岩絵の具を小皿に出して混色のやり方を見せてくださった坂本さん。混ぜた岩絵の具に溶かした膠を入れて絵の具は完成。使う時は水を足し、色を重ねるときは上の層ほど水の量を多くするそうです。 

 

―― この4年間どんなことにチャレンジされましたか?

「ここ3年間は表現の模索だったり、今につながってくることを中心にやってました。3年間でいろんな表現方法を探して見つけて、それがまだ続いているしこれからも続いていく感じ。そうあるのがいいなと思っています」
「こういう技法をやりたいと思ったら一旦それで試して。失敗は失敗でいいやと。ただあんまり成功例が無いっていうか…そういう感じで過ごしてますね(苦笑)」
「完全に『終わった』っていうのは最近描けてないです。3年生の時はたぶん1枚ぐらいかな」

 

――ずっと続けて行く途中だから、試していく、チャレンジできる時間とご自分では捉えられてる気がしました。

「そういうところで、題名《モラトリアム》とも繋がっているんですけど…引き出しを多く作っておく時期ですね」

 

――自分の引き出しが全部1つの作品の中に親和性を持って収まったら?

「それがたぶん完成です。そこ目指して頑張っています」

<とびラーからの質問に真摯に答えてくださった坂本さん>

 

 

――藝大卒業後は?

「大学院への進学希望です」

 

――次は院で、今のチャレンジを続けて自分の本当にやりたい事を掘っていく感じですか?

「もう最悪(院には)そのまま(課題を)持っていってもいいくらい」

 

Ι卒制の裏モチーフは「水」

 

話は再び目の前の作品に戻ります。

 

――人物は水に浸かってるようですが?

「水は、イメージですけど時間の流れという表現の意味合いを持たせながら描いていて。最初言ったモラトリアムのところに通じています。自分は曖昧というかまだ決まってない状態だけど時間としては進んでいく。そんな意味合いを込めながら、水はかなり意識しながらいろんなところに入れてますね」
「浴槽からあふれている水は、絵の具に使う水の量を多めにして描いていて。そういうところも含めて、裏モチーフという感覚の(もう一つの)主題として水っていうのは扱ってます」
「フローリングの木目も、感覚的に水っぽく見えるって感じて描きました。模様、年輪とかが波の軌跡みたい見えて面白いなって。そのイメージを水と融合できないかな、と試してみました。それなら家の中が水浸しになっても。と発想を広げてみました」
「水が世の全てというか。普段意識されないけど、必要不可欠なもの。案外こういうとこに水の作用があったりするのかな」

 

浴槽からあふれる水を描く技法、フローリングの木目と重なる水のイメージ、水と時間の関係…お話からこの作品にとって「水」が重要なモチーフであることがわかりました。

 

最後に、卒業・終了作品展に来場される方に「ぜひここをみて欲しい」というところを伺いました。

 

「完成したら全部見て欲しいです。いろんなこと試してるんだな、って感覚を少しでも持ってもらえれば。表現に重きを置いているので、いろんな表現だったり質感を描いてるんだな、というのを観て貰えると描いた甲斐はあるかな、と思います」

 

「絵を描くという道は定まっている」と仰る坂本さんは、既に目指す方向を示す羅針盤を手にされているようです。自分を客観視し自らの表現を探求する姿は、ストイックなアスリートと重なりました。

 

提出までの日数が残り少ない中のご対応、ありがとうございました。4年間の挑戦の集大成である《モラトリアム》。東京都美術館の展示室で拝見するのを、楽しみにしています!

<最後に記念撮影!>

 

 


インタビュー&執筆:石山敬子・細谷リノ・遊佐操

 

アートを介して多くの人たちと関わり、素敵な時間をたくさん共有できていることに感謝しています(石山)

 

 

 

藝大生インタビューは、とびラー冥利に尽きる時間。3年連続で貴重な機会をありがとうございました(細谷)

 

 

とびラー活動で出会う人や作品にパワーを貰っています。感じた豊かさ、喜びを皆さんとシェアできたら!(遊佐)

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