2016.07.10
2016年7月10日(日)
アクセス実践講座①
「創造・想像から排除された人々へとひらかれる美術館」
熊谷晋一郎氏(東京大学先端科学技術研究センター准教授)
今回のアクセス実践講座では、美術館にアクセスしづらい人々について、より具体的に先進的な事例から学びます。第1回目となる回では、医師で当事者研究をされている熊谷晋一郎さんをお招きしました。
生まれつき脳性麻痺の熊谷さんは車椅子で生活をされています。
熊谷さんが生まれた1970年代は少しでも健常なひとに近づこうというトレーニングが主流でした。当時脳性麻痺は治ると思われていたそうです。
80年代になってレジデンスが支持されるようになり、それまでは偉い人が治るといえば治ると言われていたが、しっかり研究したうえでその結果を知ろうという流れになってきました。81年に入ると当事者運動が起こります。
ここで一枚のスライドが映し出されます。

「みなさんはどこにやどっていると思いますか」
「階段を指差す」
「車椅子を指差す」
「周り。まわりに人がいないから。」
「足。足に障害があるから階段がのぼれない。」
他の場所で行った例で、こどもたちは頭を指さして「根性がたりない」と言ったそうです。どれも正解です。
障害がやどる場所は大きく2つにわかれる、と熊谷さんは仰います。
本人の体のなかに宿っている医学モデルと本人の体のそとに宿っている社会モデル。
80年代は医学モデルから社会モデルに意識が移動した時期で、その背景には脳性麻痺はなおらない、当事者問題(社会が変わるべきなんだ 障害者に限らない問題。個人は変わらない。社会が変わるべきなんだ)が挙げられるそうです。医学モデルから社会モデルの変化は、熊谷さんにとって生きるための大きな変動だったそうです。
「みなさま東日本大震災はどこにいましたか?」と熊谷さんからとびラーへの投げかけがありました。震災の時、熊谷さんは研究室にいらっしゃいました。エレベーターが動かず結局救助されて担ぎ出された時に「これが障害だ」と思ったそうです。
健常者は階段に、はしごやロープに依存して逃げることができるので、エレベーターに依存しなくても逃げる手段がたくさんあります。この社会は健常者の身体用にカスタマイズされており、健常者は依存先が多いです。しかし、障害をお持ちの方にとっては、依存先が少ない。階段にもはしごにもロープにも依存できず、エレベーターへむける矢印が太いと熊谷さんが仰います。
健常者は本数が多く矢印が細い
矢印の本数と依存度は反比例する
矢印の本数が多ければ多いほど依存度は低く、矢印の本数が少なければ少ないほど依存度が高い。
そもそも依存という概念に太さと本数のバラメーターを知らないと足元を掬われてしまいます。太さと本数のバラメーターを混ぜてしまうから間違った解釈が起こり、本数が多く矢印の細い方が自立していることになっています。結果として、依存先を奪うことが自立支援だということになります。
例として、薬物物依存症を挙げます。依存しすぎるのが依存症ではなく、
身内から虐待されている人、トラウマを抱えている人等、「人に依存してはいけない」「人なんか信用していたら大変なことになる」という人の病です。その結果物質や、一部の神格化した誰かにしか依存でき無くなります。これは、障害の問題にも通じることです。
回復するにはどうすれば良いか?矢印の数を減らすことではなく、薬物以外に依存するツールをふやす支援が大切であると熊谷さんが仰います。
1970年代までの身体に障害を持つ人々にとっては、依存先がとても少なかった状況でした。年老いた親か、施設に身を置くしかありませんでした。依存先が少ないということは、暴力の被害者になる確率が増え、共依存に陥ることが多くなります。こうした背景を変えるため、自立生活運動へと時代は進んでいきました。様々な視点からよりよい生活デザインの提案がされ、その結果、地域と市場に依存先を開拓することが可能となり、飛躍的に暴力事件は減りました。
前半より、自立生活運動の話が続きます。
自立生活運動では大きな二つのスローガンが掲げられました。
・自己決定の原則
・手足論
この2つは、介助者に支配されないためにどうすれば良いか、という課題から考えられました。
文化的な生活というのはそれをするためにたくさんの条件が必要ということを伝えたい、と熊谷さんは仰います。
当時は自己決定の権利を失ったら支配されてしまうと思っていたそうです。
しかし、例えば、シャワーを浴びる時、介護者は指示がないと動くことができません。
左腕から、左腕のどこから?脇から?爪先から?
日常生活のあらゆるところにこの構造があるが、全てこれに支持していたら生活が果てしなく終わりません。
しかし健常者の人はこれらのことを、ほぼ習慣として自己決定しています。手足に良き計らいボタンがあると、熊谷さんは続けます。
つまり、自己決定と手足論は同じ意味に成り立ちません。
このようなことを実現するためには、自分のベーシックレベルを相手に意識してもらうことが大事だと言えます。例えば、いつお風呂にはいるのか、いつ行くのかは自己決定だが、腕のどこから洗うのかなどは徹底しなくてもよい領域です。このベーシックレベルの幅は人によって違う。
ここで「自分の声を制御することができないから、会話に入れない。」という障害を持つ方の事例が出されます。
フィードバックが大事
A発生期間の筋肉
B肉体電線フィードバツク
C空気伝導
D他者のリアクションのフィードバック
発話を構造的に整理します。
・予想していたよりも喉の動きが大きかった、予測しながら運動していた
・運動指令とフィードバックをしている
・予測誤差に直面するとは話せなくなる。
・たとえば自分の声が違うようにきこえる、それだけで話しづらくなる。
・予測誤差の敏感さが自閉症の根本にあるのかもしれない
発声だと思考と運動が直列になり、手話だと思考と運動が並列になるそうです。
これはパソコンに通ずる親和性があると言えます。
人間の意識の状態について、3種類のモードを事例として説明されました。
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●あたふたモード
予想をたてた瞬間から予想を裏切られる状態が続いていること
予測誤差と自己決定がたくさんせめられている状態
親の気持ちがわからないなど
社会的弱者の子が多い
●すいすいモード
生活の中のおおよそ扉がひらく。
身体を含めた生活の基盤が予測可能な状態で、初めて人はクリエイティブにな意識を立ち上げることができる。
●ぐるぐるモード
世界とオフラインになる。過去の記憶だけど思い出して反芻する。生産的なこともあるし、ネガティブなこともある。
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薬物依存症の人は、日中は覚醒しあたふたしてしまいます。しかし夜になるにつれて、あたふたからぐるぐるに移動する。この時間帯が一番危ないと考えられます。そういったときにクリエイティブな気持ちになるのは難しい。
少数派の人たちは、単に不便さを享受しているだけでなく、すいすいモードや文化的体験の機会を剥奪されていると言えます。社会的排除、文化的生活の排除を受けている人たちにとっては、創造的な活動ができるために美術館が「安全な場所」である必要があります。そして安全な場所であると分かれば、すいすいモードになり、創造的活動をはじめて行うことが可能になると熊谷さんは仰っていました。
執筆:奥村圭二郎(東京藝術大学美術学部特任研究員)
2014.07.27
アクセス実践講座の第2回目です。今日の講座では、お二人の講師をお招きし、お話を伺います。
林建太さん(視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ 代表)
林さんが代表されている「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」についてのお話を伺います。林さんがなぜ、視覚に障害のある方々と鑑賞をしようと思ったのか、その原点や鑑賞中(活動中)に交わされる言葉などについても話しが及びます。
2014年3月には、とびラーによる「視覚に障害のある方々との鑑賞プログラム『トーク∞トーク』」の実施に向けても、林さんたちにご協力頂きました。(東京都美術館で行なわれている「障害のある方のための特別鑑賞会」内において実施)その時のわたしたち自身の活動についても振り返ります。
杉山貴洋先生(白梅学園大学子ども学部准教授)
こどもの表現についてのお話の後、実際に手を動かす活動も行いました。「芸術の原型に近づこう!」という杉山先生の呼びかけの下、筆と墨汁で自分の目の前に座っている人の自画像を描きます。左手だけで描く、一筆書きで描く、画面を見ないで描く…、様々なルールをかせられて描く絵。少しずつ絵がのびやかに変化していきます。絵を見る時間よりも、目の前の対象をじっくり見る時間をもつこと。相手を感じて描きます。
実際に自分の手を動かすワーク。頭で理解したことが、身体と結びついたとても楽しい時間でした。
(東京芸術大学美術学部特任助手:近藤美智子)
2014.07.06
4月から6月に開催されていた「基礎講座」が無事終わり、とびラー対象の3つの「実践講座」が始まりました。
今日は、そのひとつ。アクセス実践講座の初回日です。アクセス実践講座の目標は「障害のある人も、介護や介助が必要な人も、小さなこどもたちも、そしてそのご家族も、誰もが何のためらいもなく文化資源に出会える環境を目指して、様々な対応や状況への理解を深める」ことです。
今日の講座では、東京都美術館アート・コミュニケーション事業の担当学芸員である稲庭彩和子さんから、初回ガイダンスが行なわれました。稲庭さんご自身が働いていた神奈川県立近代美術館と養護学校が連携して行なった「音でつながる私とアフリカ 」の活動のお話、そして海外の博物館などで行なわれている認知症の方へのプログラムなど、他館で行なわれている様々な取り組みを学びます。
その後、白梅学園大学子ども学部准教授である杉山貴洋先生から、「障がいのある子どものためのWS」についてお話して頂きました。とびらプロジェクトで活動するとびラーは「Museum Start あいうえの」で実施しているこども向けプログラムにて、こどもたちの冒険の仲間としても活動しています。昨年度活動したプログラムのひとつ、障害のあるこどもたちを含むすべてのこどもたちのためのプログラム「のびのびゆったりワークショップ」を振り返り、今年度に向けて、意識を高めていきます。

昨年度の映像を見ながら、顔がほころぶとびラーたち。今年度もたくさんのこどもたちに会えることが今から楽しみです。
(東京芸術大学美術学部特任助手:近藤美智子)
2013.03.11
「障害のある方のための特別鑑賞会」が開催されました。今回は「エル・グレコ」展が会場となりました。介助の方を含めて凡そ800名もの方々にご参加頂きました。この「障害のある方のための特別鑑賞会」は月曜日の休室日を利用し、障害のある方に混雑していない展示室の中でゆっくりと作品を鑑賞して頂こうという企画です。入り口から展示室までの誘導や受付、車椅子の貸し出しなど、当日の運営はとびラー候補生(とびコー)が担当します。
エル・グレコの肖像画とされる作品です。エル・グレコ展に展示されている作品の多くは、キリスト教絵画ですが、どれもエル・グレコ独特の際立った配色とディフォルメされた人物のフォルムがみる者に強い印象を与えています。
展示室の中でとびコーさんが来場者の方と絵画について何気ないお話をすることもあります。小さなコミュニケーションが展示室の中の雰囲気を柔らかいものにします。
少しずつ絵画に近づいて行くところから、絵画との対話ははじまっています。
高さ3mもある「無原罪のお宿り」。しばし眺めていと絵の中に吸い込まれそうな気分になります。
展示室をでると、ミュージアムショップが設置されています。エル・グレコ展にちなんだアイテムがたくさん販売されています。
2012.12.10
メトロポリタン美術館展の休室日を利用して、「障害のある方のための特別鑑賞会」が開かれました。とびラー候補生(以下:とびコー)のみなさんが会場の運営にあたります。シフト表の作成から、人員の配置個所まで全てとびコーのみなさんが自主的に会議を重ね決定してきました。障害のある方がゆっくりと展覧会を楽しめる時間にするため、万全の体制で望みます。
展覧会会場の入り口では、「メトロポリタン美術館展」の担当学芸員である中原さんのギャラリートークが手話通訳付きで開かれました。中原さんはこの「メトロポリタン美術館展」の開催のためにニューヨークに滞在し、展示作品を現地の学芸員とともに選んでこられました。それだけに説得力のある、分かり易く興味深い素晴らしいギャラリートークでした。でも、よく見ると、中原さんの横にはクリスマスツリー、そして中原さんも何かかぶっている様子です。
実はクリスマス前の特別鑑賞会ということもあり、既に設置されていたクリスマスツリーの前でギャラリートークを開き、更にとびコーの時田さんが「メトロポリタン美術館展」に出品されている作品をモチーフとして丹誠込めて作って来てくれた帽子をかぶり、来館者の皆さんをお出迎えさせて頂きました。
入り口は賑やかですが、展示室の中は落ち着いた雰囲気で、ゆったりと作品を鑑賞することができます。
静かにポツポツ言葉をつぶやきながら、そして一緒に来た方と会話しながら鑑賞されていた様子でした。時々、とびコーさんが声をかけたり、一緒に何気なく作品を鑑賞したり、質問に答えたりも(知っている範囲でですが、、)など展示室内でのコミュニケーションもありました。
展示室内での移動は、とびコーのみなさんのサポートのもとスムースに行なわれていました。