東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

【とびラボ活動報告】『とびラーとあそんだり、みたり』

2025.12.04

とびラー12期・柴田麻記です。私は社会人として働く時間を経て、今は高校生と小学生を育てる親として日々過ごしています。自身の役割や視点が変わる中で美術館との距離感も変化しました。また、とびラーとしての時間を送ることで物事の捉え方が広がりました。

そんな私が参加したとびラボ『とびラーとあそんだり、みたり』は、昆虫が成長するように、形態を変えながら続いてきたラボです。

 

 

 

『とびラーと〇〇(仮)』としてスタート

 

このとびラボの前身となったのは、『とびラーと◯◯(仮)』というとびラボでした。

当初は、「とびラーが“ただいる”だけで、来館者の心が少し軽くなるといいな」という思いを持ち寄ったとびラーが集まったことが始まりです。

 

そのとびラボのミーティングでは、
・東京都美術館にとびラーが存在する意味とは何か

・美術館に気兼ねなく来てもらうとはどういうことか

・とびラーができることは何か?

といった問いを、話し合いを通して考えていきました。

 

とびラボ名を「〇〇(仮)」としたことで、来館する対象を限定することなく、様々な人を想定しながら考えることができました。

 

たとえば、

・学校に足が向かない子どもを、美術館に誘ってみようかなと思ったとき、誰かいてくれるといいな

・『障害のある方のための特別鑑賞会』の日ではないけど、とびラーと一緒に触図(しょくず・作品の構図やモチーフを凹凸のある線や点で立体的に表わした図版)を触りながら作品を見られたらいいな」

といった場面で、とびラーが“ただいる”ことはできないか、という想定が挙げられました。

とびラーが常駐することは難しくても、『とびラーWeek』のような期間を設けられたらいいのでは、というアイデアも生まれました。

 

 

『とびラーとあそんだり、みたり』  へ

 

さらに話し合いを進める中で、子どもにとって親でも教師でもない「とびラー」という第三者の存在が、親子で美術館に来る際のハードルを下げるのではないか、という視点が浮かび上がりました。

親子で美術館に行くと、親は子どもを気にかけるあまり落ち着かなかったり、子どもは興味のままに動いたことで注意されてしまい、結果としてどちらも楽しめない…。

そんな経験を持つとびラー自身の問題意識も、このとびラボの背景にありました。

 

そこで、『とびラーと◯◯(仮)』を一度解散し、「あそんだり、みたり」という言葉を〇〇の部分に据えて『とびラーとあそんだり、みたり』として新たにスタートしました。

 

『とびラーとあそんだり、みたり』は、とびラーが間に立つことで場の空気が少しゆるみ、親も子もそれぞれのペースで美術館を楽しむ時間を作りたい、という思いから始まりました。

親子で美術館に来ることに敷居の高さを感じている人に、作品鑑賞だけでない美術館の楽しさを知ってもらい、「もう一度美術館へ来てみようかな」という気持ちををそっと後押しする。

その方向性が少しずつかたちづくられていきました。

 

 

既存のプログラムとの違いを考える

 

検討を進める中で、とびらプロジェクトと連動するプロジェクト「Museum Start あいうえの」のファミリープログラムや、学校プログラムと、私たちが検討しているアイデアの違いは何か、という問いも持ち上がりました。

 

子どもたちのミュージアムスタートを応援する、「Museum Start あいうえの」のプログラムで美術館デビューする子どもたちは確かに増えています。その参加者のうち、再訪している子どもや親子はどれくらいいるのだろうか。

このラボの取り組みで再訪につなげられるといいな…。

 

また、「親子で美術館に来ることの敷居の高さ」を和らげるプログラムとは、どんな内容がふさわしいのだろうか。

 

また反対に、「Museum Start あいうえの」ホームページを見て関心は持つけれど、プログラムへの参加までには至らない人たちに、どうすれば「美術館は気軽に楽しめる場所だ」というメッセージや情報を届けられるのか。

これらの問いは、現時点では明確な答えに至っておらず、ラボが問い続けている課題です。

 

美術館で「あそぶ」”とは?

 

このラボでは「あそぶ」という言葉についても時間をかけて考えました。

何をするか決める前に、そもそも「美術館であそぶ」とはどういう状態なのか。「あそぶ」「あそび」という言葉から、それぞれのとびラーが思い浮かべる感覚や経験を出し合いました。

 

一見すると掘り下げる必要がなさそうなことも、あらためて見つめ直し言葉にしていきました。そうすることで美術館で何をして、どう過ごしてほしいのかが見えてきました。

 

 

自分の気に入った野外彫刻を写真に撮る。

館内を探検する。

あるいは、ゆっくりお茶を飲んで過ごす。

 

美術館は、自分のペースで関われ、意味づけを急がず、ただそこにいられる場所。

このとびラボでいう「あそぶ」とは、そうした過ごし方の状態をひらくための言葉として、ラボに参加するとびラーの間で共有されていきました。

 

「みる」方法はひとつじゃない

 

もう一方の「みる」については、せっかく美術館に来たのだから、展示室の作品とも出会ってほしい、という思いがとびラーに共通してありました。

とびラーと一緒のときだけでなく、プログラム参加後に親子だけで、再び美術館を訪れた際にも活かせる「展示室での過ごし方」を考えたい。

そこで、とびラー自身が子どもと美術館に行く際にしてきた工夫を出し合ったり、「あいうえの」の学校プログラムやファミリープログラムを振り返ったりしました。

話し合いの中で見えてきたのは、「展示の全部を全力で見なくても、作品は楽しめる」という考え方でした。そのような時間のあり方を、私たちなりの“みかた”と位置づけました。

 

 

プログラム実施を見据えた検討と、その先へ

 

親子でのお出かけ先として、敷居が高く感じられがちな美術館。

展示を見ることに限定しない過ごし方を提示し、親子それぞれが安心して「みる」時間をもてるようにしたい。

願わくば、それが次の親子での来館につながってほしい。そんな、少し欲張りなラボとなりました。

 

話し合いの結果、学校プログラムに参加した子どもが、次は親子で美術館に再訪して楽しむという流れを想定したプログラムを企画しました。

しかし、対象者へのアプローチ方法を検討する過程で行き詰まり、今年度中にプログラムの実施には至りませんでした。

 

一般の方に参加してもらうプログラムを立案し、実施するまでには十分な時間が必要であること。特に、対象とする参加者をどう見つけ、どう案内するかの難しさを、とびラボとして実感しました。

 

また、同じような関心を持って集まりながら「あそび」ひとつ取り上げても、とびラーそれぞれの考え方や想定の違いがありました。その違いに気づき合い、実現に向けて考えられたことは、このとびラボでの収穫となりました。

 

 

もう一段階、変化したラボへ

 

プログラム実施には至りませんでしたが、スタッフも加わりながら話し合いを重ねる中で、とびラボはさらに形を変えています。

 

『とびラーとあそんだり、みたり』は解散し、現在は、『とびラーが考える美術館を楽しむためのガイドづくり(仮)』というとびラボを新しく立ち上げました。

・展示室以外の美術館の過ごし方

・作品を見るためのヒント

をまとめたガイドブックをつくるラボです。

 

 

昆虫が脱皮を繰り返しながら姿を変えるように、私たちのアイデアも、いくつものとびラボを通して成長し続けています。

 

 


 

執筆:柴田麻記(12期とびラー)

以前は、テレビ番組を制作していました。現在は、愉快な高校生と小学生と過ごす主婦。私のいちばん身近なコミュニティは家族です。とびラーで得た視点を日々の暮らしの中でこっそり試す実験中。実験範囲をじわりと広げているところです。

【開催報告】親子で楽しむまるごと野外彫刻 〜あなたの気持ちはどんなかたち?〜

2025.09.23

「東京都美術館の野外彫刻を楽しむラボ」とは

 

東京都美術館には、10点の野外彫刻があります。これらの彫刻は、「いつでも会える」作品です。多角的に鑑賞できて、季節や天気によって様々な表情を見せてくれます。そして抽象彫刻であるため、多様な解釈が生まれるのも魅力です。

そんな野外彫刻の魅力をもっと多くの人に伝えたいと願うアート・コミュニケータ(とびラー)が集まって、東京都美術館の野外彫刻を楽しむとびラボを立ち上げました。

 

このブログでは、私たちとびラーが、来館者向けに野外彫刻を楽しむプログラムを企画し、実施するまでの半年間の軌跡を紹介します。

 

 


東京都美術館の野外彫刻はこちら:https://www.tobikan.jp/archives/collection.html


 

 

私たちがこだわった2つの価値

 

これまでにも、とびラーによるプログラムとして、来館者に野外彫刻を楽しんでもらう企画は実施されてきました。そこで、過去のプログラムから学びつつ「私たちは誰にどんな価値を届けたいのか?」を話し合いました。その結果、このとびラボでは2つの価値の実現を目指すことにしました。

 

​​①未就学児を含む子どもとその保護者が、安心して親子で美術館を楽しむ場をつくる。

②子どもと大人が対話をしながら作品を見ることと、造形活動を用いて鑑賞のふりかえりをすることを通じて、世代を超えて、感じたことを多面的に伝え合うコミュニケーションの場をつくる。

 

これらの目標は、次のような思いから生まれました。

 

・美術館の館内よりも自由に過ごせる野外の環境を活かして、乳幼児や多様な個性を持つ子どもとその保護者など、展覧会に行くのを躊躇しがちな親子にも、もっと気軽に美術館を楽しむ機会を広げたい。

 

・対話型鑑賞(複数の人が対話しながら作品を鑑賞すること)の場で、感じたことをすぐに言語化するのが難しい子どもでも、工作やお絵描きなど慣れ親しんだ表現を用いることで、みて感じたことをもっと伝えられるのでは?

 

・野外彫刻をみて、感じたことを工作や絵などで造形的に表現し、その形にしたことをあらためて言語化するというプロセスを辿ることで、大人と子どもが世代を超えて感じたことをもっと伝え合えるのでは?

 

 


 

とびラーによるプログラムメイキング

 

まずは、とびラー自身が鑑賞して感じたことを造形してみる

はじめに、「造形を用いた鑑賞のふりかえり」によってどんな効果が生まれるのか体験するため、とびラー同士で野外彫刻を鑑賞して、感じたことを造形してみました。

そして、形にすることで「何に心が動いたのか?」を制作物によって視覚化でき、その人が感じた質感や印象がもっとリアルに伝わるという手応えを共有しました。

 

例えば、

 

「どっしりとした石の作品が、地中に深く根を張っていると想像した」

「金属の作品をみて、表面のざらざらした質感が心に残った」

「雨の日に、彫刻の窪みに水が溜まっていたり、ナメクジがいたり、生き物の住処になっていると感じた」

 

など、一人一人の感性が制作物を通して伝わりました。

 

 

 

作品研究

同時に、野外彫刻への理解を深めてより良い鑑賞の場を作るために、各自が興味を持った作品について作品研究を進めました。作品にまつわる情報を調べたり_自分自身でしっかりと作品を鑑賞して発見を書き留めたり、自分が感じる作品の魅力を言語化したりしていきました。また自分で作品研究をするだけでなく、とびラー同士でそれらを共有していきました。

 

プログラム作り

来館者にむけて、具体的なプログラムを作っていく過程は、手探りの日々でした。

 

プログラムの対象者は、対話による鑑賞や造形活動を楽しめそうな「5歳以上」の子どもとその保護者としました。ふだん「美術館に来るのはハードルが高い」と感じている幼児期の親子にも門戸を開きたい、というとびラーの願いからです。

さらに、様々な個性を持つ子どもにも美術館に来てもらいたい、異なる年齢層の子どもがともに鑑賞することで生まれる気づきもあるのではないか、という理由から、5歳〜高校3年生までの子どもと、その親を対象とすることにしました。

 

次に、とびラーが野外彫刻作品を介して、大人と子どもが対等な参加者として対話する場を作ることができれば、普段の親子関係とは少し違うお互いの姿を見る機会にもなるのではないか、という理由から、親子一緒に活動するプログラムを作ることにしました。

 

そして、野外彫刻を鑑賞して感じたことを形にする「造形を用いた鑑賞のふりかえり」を設計するために、「どんなステップで行う?」「どんな声がけをする?」「どんな材料を使う?」「作る時間はどれくらい必要?」「制作物をどのようにお互いに見せ合う時間をつくる?」といった一つ一つの問いについてとびラー同士で議論を重ねました。

 

とびラー親子対象のトライアル

夏真っ盛りの7月末、プログラムの内容と対象者を検証するために、とびラーとそのご家族19名に協力してもらい、5歳から高校生まで幅広い年齢の子どもとその保護者を対象とするトライアルを実施しました。

トライアルの時間は、1時間半。参加者は3グループに分かれて、彫刻をみる練習をしてから、2つの野外彫刻を鑑賞しました。その後、「みんなで野外彫刻をみて心に残ったこと」を造形的に表現し、各々が表現したことを造形物を見ながら、互いに伝え合いました。

 

トライアル当日の様子を、写真を交えてお伝えします。

 


 

①アートスタディルームに集まってプログラム開始

 

②複数の親子が混在するグループに分かれて、自己紹介&彫刻をみる練習

 

③2つの野外彫刻をグループで鑑賞

 

④「みんなで野外彫刻をみて心に残ったこと」をかたちにしてみる

 

⑤表現したことを言葉にして伝え合う

 

 

⑥他のグループの表現も見てみる

 

トライアルの実施後には参加者にヒアリングを行い、大人・子ども双方から沢山のご意見をいただきました。

 

トライアルで検証したこと① 子どもの対象年齢

トライアルに参加いただいた5歳のお子さん2名とも、グループで鑑賞して感じたことを形にできたため、「5歳以上」の子どもと一緒に活動できるという手応えを得ました。

 

トライアルで検証したこと② グループ構成

5歳から高校生まで年齢差のある子どもとその保護者を混合した、親子一緒のグループで活動してみて、対話による鑑賞や造形を用いた振り返りができるか?参加者はどう感じるか?検証しました。参加者からは「色んな年齢の子どもが一緒にみることで自分にはない視点が面白かった」「大人と子どもの発想の違いを知ることができてよかった」「複数の家族が一緒で色んな意見を聞けてよかった」といった声が聞かれました。異なる年齢の子どもや大人が混ざることで生まれる効果もある、というのは、私たちにとって新たな発見でした。

 

また親子一緒に活動することについて、子どもからは「家族と一緒で安心感があって話しやすかった」「お母さんが作るものを見られてよかった」、大人からは「親も制作できて楽しめた」「日頃見ない子どもの表情や一面を見られてよかった」といった声が聞かれました。

 

トライアルで検証したこと③ プログラム内容(特に、造形ワーク)

「造形を用いた鑑賞のふりかえり」では、大人も子どもも、野外彫刻をみて感じたことや、対話から感じたことを、制作物と言葉の両方を使って伝え合っていました。参加者からは「形にすることで、どこにその人の感性が動いたかが伝わる。」「爆発してくる、重いなど、鑑賞中の発言だけでは分からなかった、その人が感じた質量などが、制作物をみると分かった。」「対話から感じたこと、作品そのものの印象など、多様な表現が出てきて面白かった。」といった声が聞かれました。子どもも大人も表現することをとても楽しんでいたことが、印象的でした。

 

一方で、プログラム全体の時間配分、子どもだけでなく親も遠慮せずに参加者として楽しめる場づくり、「造形を用いた鑑賞ふりかえり」のファシリテーションなど、本番に向けたさまざまな課題も見えてきました。

 

「親子で楽しむまるごと野外彫刻〜あなたの気持ちはどんなかたち?〜」決定

トライアル後には、ラボメンバーみんなで、このプログラムが届けたい価値を改めて話し合いました。「親子で楽しむ」を大事にしたい、立体作品を360℃いろんな視点から楽しみたい、みて作って作品を「まるごと」味わいたい、「感じた気持ちをかたちに」したい、ということで、プログラム名は「親子で楽しむまるごと野外彫刻〜あなたの気持ちはどんなかたち?〜」に決定。

 

またトライアル結果を踏まえて、プログラムの導入→彫刻をみる練習→野外での彫刻鑑賞→造形によるふりかえりといった各パートの意義やつながり、全体進行や各グループのファシリテーター・サポートの声掛け、場づくりで大事にしたいことなどを、入念に再検討しました。

 


 

そして迎えた本番

 

秋晴れの青空が広がる9月23日、来館者向けプログラム「親子で楽しむまるごと野外彫刻〜あなたの気持ちはどんなかたち?〜」を開催。午前・午後2回のプログラムを通して、未就学児から高校生までの子ども20名、親23名および同伴のきょうだい児、総勢45名が、親子一緒に彫刻をみて、感じたことをかたちにして、まるごと野外彫刻を楽しみました。

 

今回、子どもの対象者を「5歳〜高校3年生」と幅広く設定した結果、参加した子どもの内訳は、未就学児5名、小学校低学年8名、小学校高学年4名、中高生3名となりました。また、5歳未満のきょうだい児同伴の親子には、保護者と共にきょうだい児を見守るスタッフを配置して、保護者がプログラムに参加しやすいように配慮しました。

 

第1回 9月23日 10:15〜12:00

参加者:5歳〜高校2年生とその保護者(同伴のきょうだい児)=24名

とびラー =15名

 

第2回 9月23日 15:00〜16:45

参加者:6歳〜中学1年生とその保護者(同伴のきょうだい児)=21名

とびラー =15名

 

 

本番当日の様子の詳細を、写真を交えてお伝えします。

 


 

 

①アートスタディルームに集まってプログラム開始

今日のプログラム全体の流れや「よくみる」「感じる」「言葉にする」「他の人の言葉をよく聞く」といったみんなで彫刻を楽しむコツをお伝えします。グループ構成は、トライアル結果を踏まえて、複数の親子が混在するグループとしました。

 

 

②グループに分かれて、自己紹介&彫刻をみる練習

まず自己紹介をしたら、金属、石、木材など様々な素材や形の小さな立体の中から、好きな立体を2つ選んで組み合わせ、自分で思いついた形を作ってみます。

「金属の球は重くて冷たい」「ざらざらした石、つるつるした石がある」「平たい形の石もある」など、皆さん素材の手触りや形に興味津々。

 

 

2つの立体を選んだ理由をお話ししてもらったり、作品タイトルを考えてもらったり、みんなで色んな角度から見たりして、彫刻をみる練習をします。

 

初めて会った親子同士もだんだん打ち解けて笑顔が見られるようになってきたところで、いよいよ野外へ出発です。

 

③2つの野外彫刻をグループで鑑賞

離れてみたり近づいてみたり、色んな角度からみたり。野外ならではの光と影、周囲の景色の映り込み、木の葉の揺れる音、生き物の気配なども感じて、対話しながら鑑賞します。

 

イロハニホヘトチリヌルヲワカヨタレソツネ・・・・・・ン》(以下、《イロハ》)を色んな角度からみて「文字だけではなくキャラクターみたいな形もある!」と発見するお子さん。

 

P 3824 M君までの距離》をみて考えたことを全身で伝えてくれるお子さん。

 

《メビウスの立方体》をみて感じたことを話す子どもの言葉に、大人も真剣に耳を傾けます。

 

《三つの立方体 A》の形について考えたことを話すお父さん。子どもも大人もグループの仲間として、みんなでみることを楽しんでいました。

 

④「みんなで野外彫刻をみて心に残ったこと」をかたちにしてみる

野外彫刻をみて心に残ったことを、自由にかたちにしてみます。粘土で形を作ったり、ダンボールや折り紙で工作したり、絵を描いたり、参加者それぞれの表現が生まれます。

 

《三つの立方体 A》を鑑賞して印象に残ったエッジを、銀紙で表現してみるお母さん。

 

《三本の直方体 B》の形を、粘土で再現してみるお子さん。

 

P 3824 M君までの距離》を粘土で作ってみるお子さん。大人も子どもも、かたちにすることに没頭していました。

 

⑤表現したことを言葉にして伝え合う

制作物を見せ合いながら、どんなことを表現したのか、一人ずつ説明します。

 

「《三つの立方体 A》の線がかっこよかった。」とダンボールで立体模型を作って表現したことを話してくれるお子さん。

 

P 3824 M君までの距離》をみて造形したことを話すお子さんと、その言葉に耳を傾ける大人たち。

 

《イロハ》を一緒にみた子どもたちからは、それぞれの表現が生まれていました。

 

《イロハ》鑑賞中にお子さんが発見したことを受け止めて、お父さんがかたちにする場面もありました。子どもの感性に触れた親も、自分の視点が伝わった子どもも嬉しそうで、親子で鑑賞する意味を感じた一コマでした。

 

⑥他のグループの表現もみてみる

歩き回って他のグループの表現も見てみます。この活動によって、今日グループで鑑賞した2作品以外の東京都美術館の野外彫刻にも興味を持ってもらい、他のグループの参加者との交流を促します。各グループの担当とびラーが、鑑賞した野外彫刻の写真パネルを見せながら、制作物がどんなことを表現しているのかを説明しました。

 

小学生と高校生が、どんなことを表現したのか和やかに会話するなど、制作物を見ながら参加者同士のコミュニケーションも生まれていました。

 

 

プログラムの最後に、今日見た2つの作品以外の野外彫刻にも会いに行ってみて下さい、という思いを込めて、子どもたちに東京都美術館野外彫刻ガイドをお渡しました。

 

 


 

参加者の感想(アンケートから抜粋)

 

大人の参加者

・野外ならでは、太陽の色で、《さ傘(天の点滴をこの盃に)》の色の見え方が変わるところが印象に残った。

・遠くから見る、近くでみる、距離が生み出す見方のギャップが面白かった。

・グループで鑑賞すると自分では気づかなかった意見がたくさん出て楽しかった。

・みたものを自分がどう感じたのか深く考えることや、他人がどう感じるのか知ることができたのが楽しかった。

・同じものを見ていても、人それぞれ受けとるものや感じることが違うと発見があった。

・人によって見え方、感じ方が違って、表現には自由がある。

・自分の感じたことを形にできてよかった。

・自分では思ってもみないことを子ども達が発言することが新しい気づきだった。

・「かたちにしてみる」で、子どもの自由な発想に驚かされた。

・子どもと大人がフラットに作業できたのがよかった。

・子どもが自分の言葉で感じたことを話せていたことが印象に残った。

・言葉にして人前で表現することが苦手な娘が生き生きとしていてうれしかった。

・4歳の面倒を時々見ていただき助かった。

 

 

子どもの参加者

・とてもよかった。(5歳)

・彫刻をみるのが楽しかった。(7歳)

・Mくんまでの距離(作ったほう)が心に残った。(8歳)

・(彫刻をみてかたちにして)いろいろ話してもっと分かった。(8歳)

・みんなで色んな形を作るのが楽しかった。(9歳)

・見ることによって感じるだけでなく、聞いたり、肌で感じることができて面白かった。(12歳)

・形の見方を自分で表現できて楽しかった。(12歳)

・他のグループの作品をみて他の彫刻も見てみたいと思った。(16歳)

 

 


 

終わりに

今回のプログラムでは、たくさんの親子が野外彫刻を囲んで賑やかに鑑賞し、感じたことをかたちにすることを楽しんでくれていました。また参加いただいたお子さんの大半が未就学児〜小学生であったので、このラボの狙いの一つ「未就学児を含む子どもとその保護者が安心して美術館を楽しむ場を作る」ことを実現できました。

 

「対話による鑑賞と造形を用いた鑑賞のふりかえりによって子どもと大人が世代を超えて感じたことを伝え合う」というもう一つの狙いについても、特に大人が子どもの発想から刺激を受ける様子が見られ、親子が共に鑑賞し、造形を用いてふりかえることで、世代を超えた対話の場が生まれていました。

 

このプログラムをきっかけに、またご家族で東京都美術館の野外彫刻に会いに来てくださることを願ってやみません。最後に野外彫刻をイメージしたポーズで、ありがとうございました!

 

 


 

 執筆:木原裕子(12期とびラー)

文章を書いて伝える仕事をしています。趣味は子どもとMuseumめぐり。子どもたちが美術館でワクワクする場づくりをしたくてとびラーになり、親子で美術館を楽しむ一つのカタチをこのラボで模索。とびラー活動で学んだ対話型鑑賞を通して、世界のどこに行っても「ありのままの自分で共に在る」場を開いていきたい。

 

【とびラボ活動報告】絵本とアートとコミュニケーション

2025.08.31

絵本でコミュニケーションをとると聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは「読み聞かせ」ではないでしょうか。また一方で、絵本の原画展が人気を集めるなど、絵本は「アート」としても多くの人に親しまれています。

私たちとびラーは、アートを介して人と人とのコミュニケーションを生み出すアート・コミュニケータです。では、絵本をアートとして捉えたとき、どのようなコミュニケーションが生まれるのでしょうか。そんな問いから、この絵本のとびラボは始まりました。活動期間は、2025年1月から8月まで。年度をまたいだ長期の活動となりました。

参加したとびラーの中に、普段読み聞かせ活動を行っているとびラーがいたので、まずは絵本を読んでもらうことにしました。大人である私たちが「読む側」ではなく、「聞かせてもらう側」になるのは久しぶりの体験です。みんなが耳を澄ませて聞き入っている様子がとても印象的でした。人の声の心地よさも、改めて感じる時間となりました。

 


 

私たちはまず、絵本でコミュニケーションを生む方法について、アイデアを出し合うことにしました。例えば、文字のない絵本を鑑賞してみる・絵本から想像する音を作ってみる・アニマシオン(読書に親しむためのゲーム)を取り入れてみるなど、さまざまなアイデアが出ました。

 

いくつかのアイデアの中で「リレー方式でページをつないでいく方法」が紹介されました。さっそく実践してみることに。絵本の1ページごとに言葉を考え、次の人へバトンタッチしていきます。自分にどのページが回ってくるのか分からないため、その場で言葉を考える面白さもありました。「ワークショップの前のアイスブレイクとして使えるかもしれない」という感想も出ましたが、同時に「まだアートの要素が少し足りないかもしれない」という声もありました。

 

とびラーは、「対話型鑑賞」という、複数の人が意見を交わしながらともに作品を鑑賞することを活かして活動しています。そこで「絵本をアートとして捉えるなら、絵本でも『対話型鑑賞』ができるのではないか?」という案が出ました。しかし同時に「1ページの絵だけを鑑賞しても、それは絵本を『鑑賞する』こととは違うのではないか」という疑問も出てきました。

 

疑問が残る中でしたが、私たちは「絵本で対話型鑑賞を行い、コミュニケーションを生み出す」という試みを実践することにしました。考えているばかりではなく、実践してみないと分からないことがあるからです。


まずは作品選びです。「みんながよく知っている物語では、絵を見るときに固定観念が働き、感想も既に知っている物語から連想してしまうのではないか」という意見が出ました。対話型鑑賞では鑑賞者の主観的な見方を大事にしつつ、作品をクリティカルに読み解いていき、感じたことを自由に話しながら鑑賞を深めていきます。

 

そこで「出版されたばかりの絵本なら、みんな初見で鑑賞できるのではないか」という考えから、あるとびラーが一冊の絵本を持ってきてくれました。



『ピンクのカラス』(文:松本千登世 画:牧かほり出版元:BOOK212)

初めに表紙を使って対話型鑑賞を行います。
以下のような対話がありました。


「ピンクのカラスが誇らしげに見える。目に生命力や生き生きとした感じを受ける。」


「カラスの身体にピンクだけでなく赤色も入っている」


「それは、どんな印象?」


「どこかで戦ってきたのかも」

 

「ここはどこなのか。時間は早朝なのかな。背景に街が見えるけど、カラスや虫たちと距離を感じる。」


「それは、この絵のどの辺りから?」


「自転車も止まっていて、信号に色が無いから。街には動きを感じない」

 

「ビルの隙間にクローバーが生えている。」


「どんな感じを受けますか?」


「生き物はカラスや虫だけでなく、植物も生き物の仲間という感じ。」


対話型鑑賞が終わったあとで、読み聞かせを行いました。「じっくり絵を見ていたので、物語の世界に入りやすかった」という感想がある一方、「答え合わせのようになってしまう」という意見もありました。

 

また、違った取り組みとして、アメリカで行われているダイアロジック・リーディングという方法も試してみました。読み手から聞き手への一方向の読み聞かせではなく、読み手と聞き手が絵本に書かれている内容について、やり取りをしながら読み進める方法です。いずれも読み手と聞き手との間にコミュニケーションを図ることができました。

 

絵本の表紙を対話型鑑賞したり、絵本の中の1ページの絵について対話型鑑賞する方法などさまざまな方法を実践し、私たちはあることに気づきました。


どうやら絵本には、
・対話型鑑賞をしてから読み聞かせをするのに向いている絵本
・読み聞かせをしてから対話型鑑賞をするのに向いている絵本
の両方があるのではないか、ということです。

そこからは、対話型鑑賞に適した絵本探しも始まりました。ミーティングのたびに試行錯誤を重ね、最終的に導き出した方法をとびラー向けのワークショップで紹介することになりました。


ワークショップでは、「対話型鑑賞をしてから読み聞かせ」、「読み聞かせをしてから対話型鑑賞」という順番の組み合わせで2冊の絵本をとりあげました。

 

 

開催中はいずれのグループでも活発に発言がありました。大人に読み聞かせを行った場合、湧き上がった思いを言語化し他者にそれを聞いてもらいたいという気持ちが強いようです。

ワークショップに参加したとびラーからの感想はいずれもポジティブなものでした。対話型鑑賞をしてから読み聞かせを体験した時には、「どんなストーリーなのかワクワク感が高まった。」「絵本の世界観にすぐ入ることが出来た。」といった感想が聞かれました。絵本の内容に期待感を膨らませている様子が分かりました。

読み聞かせをしてから対話型鑑賞を体験した時には、「絵からイメージが広がった。」「読み聞かせの声により絵に対する季節感も感じた。」といった感想がありました。

単に描かれている絵を表面的に見ているのではなく、絵の描かれている背景まで見ているようでした。



ワークショップを終えて、私たちは絵本とアート、そしてコミュニケーションの関係について、いくつかの考えをまとめることができました。


・大人に対する読み聞かせでは、感想を誰かに伝えたいという気持ちが生まれやすく、伝え合うことでその場にコミュニケーションが生まれる。
・先に対話型鑑賞を行うことで、先入観なく絵を鑑賞できる。それは思考のトレーニングにもなり、ストーリーに入っていく準備運動にもなる。
・読み聞かせの後に対話型鑑賞を行う場合、読み聞かせの声の印象やページの前後関係が鑑賞に影響し、鑑賞自体がより深まる可能性がある。


このようにまとめてみたものの、まだまだ疑問が残っています。
今回のラボでは、たくさんのアイデアが生まれました。そして、それをとにかく実践してみることを積み重ねてきました。試してみたからこそ気づいたことがたくさんありました。が、すべてが明確になったわけではありません。でも、それでいいのではないか。また新しいアイデアが浮かんだら「絵本のとびラボ」を「この指とまれ」して始めましょう。そう確認し合い、8カ月に及ぶとびラボ活動はひと区切りとなりました。

さまざまな角度から絵本にアプローチし、絵本の可能性を改めて感じることができた絵本とアートとコミュニケーションラボでした。

 


とびラー12期 猪狩麻里子

都内小学校の情緒固定特別支援学級講師。アート鑑賞では、みんなで作品を見ながら語り合う時間を楽しんでいます。また、街歩きでは素敵な建築にときめき、その土地の地形や歴史にも興味が尽きません。

【とびラボ活動報告】「とびdeラヂオぶ〜☆@AC展2025」前編(ラジオ収録編)

2025.08.10

 

<美術館ラジオをやりたい!>

2023年7月からメンバー、形を変えながらとびラボとして活動している「とびdeラヂオぶ〜☆」(以下:ラヂオぶ)。このネーミングは、東京都美術館(以下:都美)のラジオ部!として音声コンテンツを届けたい!という気持ちと、Museum Startあいうえのでお馴染みの、上野公園の9つの文化施設の頭文字を合わせた呪文「ビビハドトカダブ」をちょっとだけもじったというもの!1年目はとびらプロジェクトのスタッフやとびラーのインタビュー番組を作り、自分たちのコミュニケーションを活発にするツールとして楽しみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*お決まりポーズ、ラヂオぶの「ラ!」

やりたいことの1つだったのがTV番組「病院ラジオ」の美術館版、来館者の声を届ける「美術館ラジオ」でした。それに近いことができたのが2024年度に制作した番組「ずっとアートと生きていくラヂオ」

そして今年度は、『アート・コミュニケーション事業を体験する 2025 みること、つくること、つながること 「Museum Start あいうえの」12年と現在地』(以下:AC展)の展示室の一角に、即席ラジオブースを構えて、来館者のインタビュー収録をして制作した「みること、つくること、つながることラヂオ」。我々が軸にしてきた「美術館にあまりこない人にも美術館の良さを知ってもらいたい!来館者のアートにまつわる素敵なエピソードをシェアしたい!」という想いから、より拡散可能なポッドキャストへの音声公開をイメージしながらスタートしました。

*収録テスト中。奥にいる3人はわざと会話したりノイズを出したり。

 

<待望のマイクがきた!>

前回はボイスレコーダーをテーブルに置いて収録しましたが、周囲の音が入ってしまい聞き取りづらい部分があったことが課題でした。そこで、今回は新しいマイクを使って、参加者の声がしっかりと収録できるようにしました。事前の動作チェックでは、マイクの指向性を変えながら周囲の音がどれだけ入って来るのか確認しました。ちょっとレトロなフォルムのマイクにワクワクしながらのテスト収録でした。

<AC展の会場でインタビュー>

AC展では、3組の作家(森友紀恵、三輪途道、がかのか族(幸田千依と加茂昂とその息子)の作品が展示されており、後半のスペースには、私たちが参加するアート・コミュニケーション事業「とびらプロジェクト」や「Museum Start あいうえの」の歩みを知ることができる資料や映像も公開されていました。

8月9日・10日の2日間で展覧会の出口付近の机に、マイクとPOPを設置したブースをつくりインタビューを実施しました。

帰り際に興味を持ってくれた方や、作品や資料を鑑賞中に声がけをして、承諾してくれた方々の生の声を、ラヂオぶのブースにて収録しました。

インタビューの収録は基本的に、メインインタビュアー1人とメモ係1人の2人体制で臨みました。話が白熱して、テーブルのそばで聞いていた人から過去の展示内容について質問が飛んでくることもあり、スタッフがその場に加わって話してくれることもありました。

インタビューでは友人や、親子、一人で訪れた方やITや教育関連のお仕事をされている方、リタイア世代の方など様々な背景の人と出会いました。

父親と来ていた5歳のこどもは、がかのか族の展示室の一角で描いた絵の話をしてくれました。描いた絵を美術館に展示することができたのに持って帰ることを選んだそうです。「どうして?」と聞くと「ママがまだ見てないから持って帰る〜」と、アートでつながる家族の様子をうかがうことができました。

 

<インタビューを行ってみた感想(藤井)>

よく上野公園に散歩に来るという中国人留学生のインタビューが印象的でした。物腰が柔らかい方でした。

聞くところによると前日にも都美に足を運んでいたそうです。

自分は繊細で友人があまり多くないが人と話すこと自体は好きで、美術館に来ると自分と同じ世界の人がいっぱいいる、と語ってくれました。

その後、別の日に偶然彼と都美であいさつを交わす機会がありました。日本という異国の地で自分が心地いい居場所、つながることを見つけたのかもしれないと感じました。

改めて、美術館という場所がもたらす効果・多種多様な人々を受け入れる裾野の広さについて考えることができました。

 

 

<インタビューを行ってみた感想(柴田)>

中途失明の方へのインタビューでは、これからもアート・コミュニケータとして活動していくうえで大切にしておきたいことに気づかされました。会場内でガイドさんととても熱心に会話を交わしながら作品をみている様子を見て、私たちは「話しかけないほうがいいのではないか」と、自分たちなりの判断をしてしまったのです。ところが感想を伺うと、男性は「何人かの話を聞くことで作品の解像度が上がるので、いろいろな人の話を聞いてから、みたかった」と話してくれました。アート・コミュニケータとして会場にいるからこそ、まずは声をかけ、コミュニケーションを始めてみること。その大切さを、あらためて教えてもらった出来事でした。

<インタビューをふりかえって(藤井)

ラヂオぶの活動を通して、美術館に足を運ぶ人の多種多様さを肌で感じることができました。

こうして「多種多様」と言葉にするだけでは、こぼれ落ちてしまう個人個人の美術館への想いや過ごし方。そして、これまでの人生。そんな個別具体の生に対峙できたことが、何より貴重でやりがいに溢れる経験だったなと、ブログを書き振り返りながら、改めて思いました。

自分と同じ世界の仲間たちを見つけ足しげく美術館に通う人。記憶を辿りながら、ものを作ることが生きる力になると語る人。暮らしの中でスケッチすることが好きな人。娘を初めての美術館に連れて来たことを喜ぶ人。エンジニアにはアーティスト的な発想が必要だと力説する人。名前も知らない者同士が、ゆるやかにつながれる居場所づくりに取り組む人。など

あえて大袈裟にいうならば、

ラジオは、個々人の生き様や心の機微をこぼすことなくすくい上げ、映し出すことのできる、最も適したメディアの一つなのではないか、と感じました。

大きなメディアでは取り上げられにくく、またSNS上では声の大きな人の意見が先行しがちななかで、そうした声はなかなか見えてきません。

私たちが制作した音源も、そのような市民の「声」を届けるラジオ番組の一つとなれていることを、切に願っています!

 

<まとめ>

メンバーや形態を変えながら積み重ねてきたからこそたどり着いた「とびdeラヂオぶ〜☆@AC展2025」。実は、昨年から変化したことで、インタビューコーナーによい影響を与えたものがあります。冒頭でも紹介したように、新しく置き型のマイクを導入したことです。

これは質の良い音声を収録するためでしたが、マイクがあることで、2024年のAC展に比べて私たちが何をしているのかが伝わりやすくなり、来場者の方々も思いをより丁寧に話してくれたように感じます。

展示室の最後の一角に現れる“かたり場”は、ときに、たまたま居合わせた者同士が感想やアートへの思いを共有する場となり、ときに、自分の考えをアウトプットしたり整理したりする場にもなりました。また、一緒に来た人がどのように感じ、何を考えているのかを知るきっかけにもなっていました。

あるメンバーからは「収録をしなくても、こんな場が展示室の一角にあるっていいね」という声もあがりました。

AC展はラヂオぶにとって、来館した人たちととびラーが会場で直接コミュニケーションを交わすことができる場です。その中で生まれた思いや対話を“ラジオ”という音声コンテンツにのせて、来館したくてもできない・できなかった人や、アートには興味があっても美術館はハードルが高いと感じている人に向けて、会場の様子や訪れた人たちの感じ方を発信するのにぴったりな舞台となりました。

ぜひ「とびdeラヂオぶ〜☆@AC展2025」後編(ラジオ制作編)のブログもお楽しみください

 

執筆:藤井孝弘(とびラー14期)

普段はIT企業に勤務。仕事の傍らで、ジェネラティブ・アートを楽しむ日曜芸術家。

人と人とがそれぞれの「違い」を尊重し補い合いながら、一人ひとりが生きる喜びを実感できる社会の実現に、微力ながら貢献できればいいなぁという想いを胸に活動中。

 

執筆:柴田麻記(12期とびラー)

以前は、テレビ番組を制作していました。現在は、愉快な高校生と小学生と過ごす主婦。私のいちばん身近なコミュニティは家族です。とびラーで得た視点を日々の暮らしの中でこっそり使いながら実験中。実験範囲をじわりと広げているところです。

執筆/構成:染谷 都(12期とびラー)

ラヂオ番組制作ディレクター。旅と音楽と建築好き。藝大の森お世話隊でボランティア活動中。これからゼミ「上野の森と建築を考える」「『アートコミュニケータの建築鑑賞まちあるき』を考える」を実践中。その場が実在しなくても誰もが参加できるラジオ番組のようなココチいい場づくりをリアルで模索中。 

 

【とびラボ活動報告】VTSを練習する!ラボ

2025.07.04

 

◆とびラボの「この指とまれ」~VTSを学んで~

とびらプロジェクトでは、とびラー向けに通年で3つの実践講座が開かれています。その一つ「鑑賞実践講座」では、複数の人がともに作品を鑑賞するためのコミュニケーションの場づくりの基本として、対話型美術鑑賞の手法の一つであるVTS(Visual Thinking Strategies)のファシリテーションを学びます。講座では、VTSをMuseum Start あいうえののプログラムなど、さまざまなとびラーの実践に活かすことを目的に、専任の講師による実演ととびラー同士のワークによって手法と理論を学び合います。

この鑑賞実践講座での1年間の学びを終え、ファシリテータとして実践をするなかで「これで鑑賞者の作品鑑賞は深まっているのかな?」という迷いが生まれました。その靄(もや)のような感覚を共有し、試行錯誤する場として、想いを同じくしたとびラーが集まって「VTSを練習する!」ラボがスタートしました。

 

◆キックオフ~ラボの目的の共有と練習方法について~

まずは、メンバーそれぞれのVTS実践に対する課題認識や想いを共有しました。

VTSを1年間学んだ2年目のとびラーからは「とにかくファシリテータとしての場数を増やして慣れたい」という声が多く聞かれました。

また、3年目のとびラーからは「VTSをもっと楽しみたい」「鑑賞の場ではファシリテータの力が大切。練習を積みたい」という声が聞かれました。

 

鑑賞実践講座を選択していないとびラーからは、「日程的に鑑賞実践講座を選択することが叶わなかったので、このとびラボで学びたい」という声もありました。

経験の段階はとびラーごとにそれぞれですが「VTSのファシリテーションを練習したい」という動機は共通していました。

こうした声を受け「とにかく練習する!」というラボの目的を共有しました。

 

練習方法は、グループワークをメインにして、必ず対話のふりかえりをすることにしました。

鑑賞作品は鑑賞実践講座で馴染みのある6作品を予めピックアップ。メンバー各自がラボ当日(練習日)までにファシリテーションする作品を決めて参加を表明します。これによって、練習の人数把握とグループ分け、タイムテーブル作成、というラボ運営に際しての準備作業をおこないました。


「V」「T」「S」を作っての撮影がお決まりのポーズになりました。

 

 

◆いざ、練習!~ふりかえりで得るもの~

計4日程4回の練習を実施しました。

各回の練習は、以下の要領で進め、その日参加したとびラー全員が必ず1回はファシリテータをしました。

・1グループ4~5人で、2~3グループを作ってのグループ練習。

・各グループ内で「ファシリテータ」「鑑賞者」「観察者(記録)」の役割を分担。

・役割を交替しながら「VTS(12分)+ふりかえり(7分)」を1セット。

・4~5(人数分)クールを実施。

 

ふりかえりの時間では観察者の記録を基に、グループで対話の流れを確認しながら、ファシリテータの声掛け・態度によって、対話がどのように進んでいったかを考察しました。

 

それにより、それぞれの役割に以下のような効果がありました。

・ファシリテータは、自身の課題をより明確に把握できる。

・鑑賞者は、ファシリテータの言葉や振る舞いが作品の鑑賞にどのように作用するのかを体験できる。

・観察者(記録)は、対話の流れを書き出すことで鑑賞の場を客観的に捉えることができる。

 

いずれも、多様な視点を持ち寄ることで、より良い鑑賞の場をつくるためのファシリテーションのヒントを得る時間になりました。

 

練習の様子。12分間で1作品を鑑賞。

 

ふりかえりの様子。対話の流れを確認。

 

◆スピンオフ~作品研究&練習会をふりかえる~

練習を重ねるうちに、メンバーは各自の課題をみつけ、具体的にその課題と向き合うことが多くなっていきました。そうしたなかで、「作品研究」(※)について、このとびラボで取り組む”スピンオフ回”も実施することになりました。

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※作品研究とは…VTSの場において、ファシリテータが鑑賞者の多様な意見を受けとめることを目的に、予め、ファシリテータ自身が作品を細部まで観察し、作品の特徴や鑑賞者の解釈を多角的に分析する作業。作品から感じたことを「客観的事実」と「主観的解釈」に分けて書き出し、グルーピングして小見出しをつけ、グループ同士の関係性について分析して、作品の全体像を把握すること。

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この「作品研究」は、通常はファシリテータが一人で取り組みます。このとびラボでは、作品研究を複数人でおこなうことで、自分一人では至らない発見や考えに触れ、これまでの各自の作品研究のやり方を見直す機会になりました。

 

また、この回では、各自がファシリテータとして鑑賞者と向き合うなかで生じたさまざまな課題感や想いを共有し、話し合う時間もありました。

・VTSでよく最初の問いかけに使われる「この作品の中で何が起こっている?」という質問だけではなく、作品によって相応しい問いをみつけるのがよいのではないか。

・ファシリテータは鑑賞者の話を受けとめる人、鑑賞者が作品と向き合う時間に伴走する人であるということ。

・ファシリテータも鑑賞者として作品に向き合う姿勢が大切。

等、様々な気づきをとびラー同士で共有していきました。

 

それらをまとめると、「作品研究はあくまでも目の前の鑑賞者の話を、ファシリテータがよくきくための準備。鑑賞の場では目の前の鑑賞者の話しに集中する。ファシリテータは鑑賞者の話をよくきき、対話を編集することも忘れずに。鑑賞者が作品と向き合って思考することの手助けをするのが役割」ということがわかりました。

 

グループで作品研究をして、発表しているところ。

 

グループでおこなった作品研究のシート。

 

◆とびラボの活動を通して

「参加した全員が必ず1回はファシリテータをする」というミッションの下、限られた時間内で活動するため、ラボ当日(練習日)は時間厳守が求められるハードさがありましたが、「少しでもVTSでの課題を克服するんだ!」というメンバーの情熱で練習に励んだ日々でした。目的を同じくする仲間同士で、忌憚のない建設的な対話によってフィードバックをもらいながら研鑽を積んだことで、「とにかく練習して慣れる」という目標の達成には近づくことができたのではないかと思います。

VTSでの対話型美術鑑賞の場は、一つとして同じことはありません。私たちは、鑑賞者との作品鑑賞は一期一会であることを知っているからこそ、ファシリテータとしてよりよい鑑賞の場を作るため、今後も、それぞれの実践のなかで試行錯誤を続けていきたいと思います。

 


 

執筆者:石井真理子(12期とびラー)

対話型美術鑑賞に興味があってとびラーになりました。VTSって簡単ではないのだな…と痛感。それでも、誰かと対話をしながら作品を鑑賞するのは楽しい。これからも、鑑賞者の声に耳を傾け続けたいです。

 

 

【開催報告】iPadで見せたい@ミロ展:障害のある方のための特別鑑賞会

2025.05.26

 


 

執筆者:寺岡久美子

 

 

⚫ iPad を活⽤したコミュニケーションとは

東京都美術館の「ミロ展」で、2025年5⽉26⽇に障害のある⽅のための特別鑑賞会が開催されました。その中でとびラボの活動である、iPad を活⽤した来館者とのコミュニケーションを実施しました。 iPad を使⽤することで、⾞いすの⽅などで壁や台の上の作品が⾒づらい⽅や、ロービジョンの方、細かいところが見えづらい方が、作品を⼿元で拡大して⾒られるなど、アート・コミュニケータ(とびラー)とコミュニケーションしながら作品鑑賞を行う取り組みです。

 


ラボのキックオフ集合写真

 

 


 

⚫ 当⽇を迎えるまでの準備

当⽇を迎えるまで、ラボメンバーで準備を重ねました。まずは、どの作品がiPadを活⽤するのに適しているのか、メンバーで展⽰室を回りながら話し合いました。今回のミロ作品は⼤きなものが多く、作品のサイズが⼩さいことが理由で⾒づらいことはあまりないように、はじめは感じていました。しかし、展⽰室を回りながら確認するうちに「この作品は、近寄って⾒るとすごく細かく草⽊が描かれているから、ぜひこれを拡⼤してよく⾒てもらいたいね。」という意見や、「ミロが作品を描く元となったポストカードや素描と、作品を⼿元で⾒⽐べられるとより⾒やすいね。」というような意⾒が出ました。さらに「このエリアは他と⽐べて展⽰スペースの照明を落としていて、⾞椅⼦からだと作品が光ってしまって⾒えづらいかも。」など、さまざまな方に合わせた視点も重視しながら、どのようなコミュニケーションが⽣まれるか想像して、iPadで扱う作品選びをしていきました。

 


iPadで使う作品の選出1

 


iPadで使う作品の選出2

 

 

また、来館者からも何の取り組みをしているのかわかりやすいように、とびラーが肩から掛ける看板も作成しました。


肩掛け看板

 


鑑賞者との対話記録シート

 

 

そして以下の作品を選定しました。

①《ヤシの⽊のある家》1918年

②ヘンドリク・ソルフ《リュートを弾く⼈》1661年 ※《オランダの室内Ⅰ》の元になった作品

③《オランダの室内Ⅰのための準備素描 Fig.4》1928年

④《コラージュ=ドローイング》1933年

 

 


 

⚫ 当⽇の様⼦

特別鑑賞会にはさまざまな方が参加します。作品の前でしばし止まり興味深そうに鑑賞されている方、作品を見ていて細部が見えづらそうな方などにとびラーが「この作品気になりますか?」「お好きですか?」などお声がけし、「この作品はお手元で拡大してより見やすくできますよ。」とiPadで作品を拡大して一緒に鑑賞しました。今までも特別鑑賞会に来たことのある⽅はiPadでの取り組みもご存じで、来館者からお声掛けされることもあり、約210名の⽅とiPadを活⽤した鑑賞とコミュニケーションをすることができました。

作品ごとにどのようなコミュニケーションをしたのか、⼀部ご紹介したいと思います。

 

 

①《ヤシの⽊のある家》1918年

この作品は⾮常に細かく建物やヤシの⽊、畑などが描かれている作品です。「この絵が新聞で紹介されていたので、ゆっくり観てみたかったんです。」と⼿元のiPadでも拡⼤してご覧になった⽅が、拡⼤して⾒てみると畑に描かれている植物がひとつひとつ異なることに気づかれました。「まるで着物の紋様のようね。」と、感じたことを伝えてくれました。

建物にツタが絡まっている様⼦や、ひまわりが1本だけ咲いていること、かぼちゃがたくさん並んでいるのを⾒つけたり、拡⼤して初めて発⾒したことを教えてくれました。そこから「季節は夏なのかなぁ。」「⼀般の⺠家ではないと思う。」など、絵の中の物語を語り合うことができました。

 

 

②ヘンドリク・ソルフ《リュートを弾く⼈》1661年(※《オランダの室内Ⅰ》の元になった作品)

《オランダの室内Ⅰのための準備素描 Fig.4》1928年

ミロはオランダ旅⾏の際に買ってきた《リュートを弾く⼈》のポストカードを元に、《オランダの室内Ⅰ》を描きました。この元となった絵を、ミロ作品の前でiPadを使って⾒⽐べました。「あぁ、猫もあそこに描かれている。でも右側の⼥の⼈はどこに⾏っちゃったんだろう?」「元のポストカードにはカエルやコウモリはいないのに、ミロにはこんな⾵に⾒えるんだね、楽しさが伝わるなあ。」「⾃分はポストカードよりミロの絵のほうが、元気が出る感じで好きだなあ。⾊が良いんだよね。」など、お話が弾みました。

 


《オランダの室内Ⅰ》の前で、参考作品と見比べている

 

 

④《コラージュ=ドローイング》1933年

ドローイングの上に、ポストカードや切り取りされたモチーフが貼り付けられている作品です。「拡⼤したらコラージュだと気づいた。最初、貼られているものは窓だと思っていた。」と、拡⼤することでどのような作品なのか気づいてもらうことができました。「コラージュは、どう作られているのか良くわからなかったので、拡⼤して⾒られて嬉しい。」と、iPadを活⽤してじっくり作品を鑑賞してもらいました。ドローイング部分は「お地蔵さんがシャワーを浴びているみたい。」「⼥性が⽝を抱えているように⾒える。」など、いろいろな⾒⽅を聞くことができました。

 


《コラージュ・ドローイング》の前で、参考作品と見比べている

 

 


 

⚫ 終わりに

展覧会を鑑賞しに来た来館者の⽅に、作品そのものを楽しんでもらうため実施したiPadによるコミュニケーション。われわれアート・コミュニケータにとっても、来館者と直接⾔葉を交わしながら⼀緒に作品を鑑賞できることが予想以上に楽しく、喜びに満ちた嬉しい時間でした。これからも、来館者に楽しんでもらえる活動をしていきたいと思います。

 

 


 

執筆者:13 期とびラー 寺岡久美⼦

普段よく使っているiPadが美術館と掛け合わさることで気づきや喜び、嬉しさに繋がるという体感を得られました。普段は情報通信系企業で働いています。小さい頃は図鑑の昆虫、植物、図画・工作の巻を眺めるのが好きでした。大人になってから美術館で過ごす時間が癒しの時間で、展示室以外にも美術館のカフェであれこれ考え事するのが好きです。自分も描きたいなぁ、と昨年から通信制の芸術大学に入学して洋画を学び中です。

 

【とびラボ実施報告】上野公園探検隊

2025.03.17

 

執筆:11期とびラー 曽我千文

◇上野は日本初の都市公園

東京都美術館に行こうとJR上野駅公園口改札を出ると、そこはもう上野恩賜公園(以下:上野公園)です。東京都美術館は上野公園の中にあるのですが、たいていの場合、噴水広場を横目でみながら、駅と美術館の間を歩くだけで、公園全体の様子をみる機会は少ないのではないでしょうか。

上野公園は面積54ヘクタール。東京ドームの約11個分の広さがあり、2023年に開園150年を迎えた日本で一番古い都市公園のひとつです。上野のお山から、斜面を下った不忍池まで、実に多くの見どころにあふれ、歴史と自然を楽しむことができます。

 

上野公園中央の広場 右奥が東京都美術館(提供:東京都東部公園緑地事務所)

 

私たち東京都美術館のアート・コミュニケータ「とびラー」も、せっかくいつも訪れている上野公園のことを、もっとよく知ってみようと「上野公園探検隊」を結成し、2022年度から2024年まで7回の探検を行いました。

 

 

◇上野公園のはじまり

上野公園があるところは江戸時代、東叡山寛永寺の境内地でした。それが明治維新後に官有地となり、明治6年の太政官布達(国の政治機関が府県に対し、公園という制度を発足させるので、「群集遊観ノ場所」などのふさわしい土地を選定してうかがい出るようにといったお達し)によって、日本で初めての公園に指定されました。

当初は社殿と霊廟、東照宮と桜を中心にした場所でしたが、その後、博物館や動物園、美術館などが建てられ、多くの文化施設が集まった世界でも希代の場所に発展しました。

江戸時代、家康、秀忠、家光の三代にわたる将軍に信頼された天海僧正によって開かれた、東叡山寛永寺には、京都や滋賀の名所に見立てた建物や景観が多く作られました。延暦寺にならって寛永年代から名を取った寛永寺。琵琶湖と竹生島を見立てた不忍池と弁天島。清水寺を見立てた清水観音堂。方広寺に見立てた大仏。上野の代名詞である花見の名所も、天海僧正が吉野山の桜を取り寄せて植えたのが始まりだそうです。

 

そんな上野の歴史や自然について、東京都美術館のアートスタディルームでスライドを使って、基本情報を共有した後に探検に出発しました。

2023年度には、探検のまとめとして、参加したとびラー全員で、発見したこと興味を持った思ったものを1人2つずつあげて、かるたを作りました。最初に五十音を任意に割り振られた文字を使って、詠み札の文を考えるのに苦労しましたが、楽しいこと、おもしろいものが大好きなとびラーたちの力作になりました。その「上野公園探検かるた」の一部をご覧にいれながら、探検の様子をご紹介します。

 

 

◇間違えられた公園の父

東京都美術館を出てすぐ、動物園正門の前には、ここでしか見られないパンダのポストがあります。2011年、東日本大震災の被害に悲しむ日本に明るい話題を提供してくれたリーリーとシンシンの公開を記念して建てられました。さて、ここでクイズです。「パンダのしっぽは黒でしょうか白でしょうか?」早速パンダポストで確認しました。当たった人も知らなかった人も嬉しそうです。

 

 

噴水広場のスタバの隣にある桜の木。これは上野公園で発見された新しい品種のサクラで、白花のしだれ桜です。公募で「ウエノシラユキシダレ」という名前が付けられました。ソメイヨシノより少し早い時期に白い雪が降るように咲くので、ぜひ、花の時期に見に来てください。

「真っ白な花が楽しみ。」

「貴重な木なのに、ヒョロヒョロで、枯れちゃうのが心配。」

などの声があがりました。枝から後継樹も育てられているそうです。

 

ウエノシラユキシダレ

 

上野白雪しだれの少し北よりには、ボードワン博士の胸像があります。西洋医学を伝えるため来日したオランダ人の医師ボードワンは、明治政府から上野に東大医学部の前身である西洋医学所を建てる計画に意見を求められた際に、上野の貴重な緑地は公園にして残すべきだと進言したため、「上野公園の父」と言われています。ちなみにこの銅像は、上野公園開園100年に当たる1973年に、写真の間違いから、先に来日していた弟さんの像を建ててしまい、2006年になってから本人の像に替えられたエピソードがあります。

 

ボードワン像を探検

 

「そんなことってあるの?」

と一同大うけでしたが、オランダ領事を務めていた弟さんの像は、現在は神戸のポートアイランド北公園で海を見つめていると聞いて、ほっとした笑顔が見られました。

 

ボードワン像とその周辺を紹介した探検かるた。上野公園は文化施設と自然の宝庫、大噴水のある竹の台広場には江戸時代に寛永寺の本堂がありました。

 

 

◇リニューアルした公園口広場

JR上野駅公園口を出た広場は、令和2年にリニューアルされました。それまで、駅の正面には、往来の激しい車道があって、信号待ちの乗降客で混雑していたのですが、当時を知るとびラーからは、

「本当にここは快適になった、前は危なかった。」

と声があがります。現在は、広場の南北に造られたロータリーで車はそれぞれ行き止まりになっており、駅を降りた来園者が、安全で快適に公園に入れるようになりました。上野駅も一緒に、改札口が北寄りに改修されて、改札から上野動物園の正門が、まっすぐ正面に見えるようになりました。

駅を降りると、左手には東京都美術館と同じく前川國男設計の東京文化会館、その向かいにはル・コルビュジェ設計の世界文化遺産に指定された国立西洋美術館があります。とびラーたちはひととき、西洋美術館で見た展覧会の話題に花を咲かせていました。

 

リニューアルした上野駅公園口前広場周辺の探検かるた。世界文化遺産の国立西洋美術館や、パンダ型ベンチが人気です

 

 

◇西郷さんは西郷さんに似ていない?

東京文化会館の裏手から桜広場に進むと、上野寛永寺の祖である天海僧正の毛髪塔があります。なんと108歳の長寿だったそうで、お墓は家康と一緒に日光東照宮にあるそうです。

隣にあるのは、上野戦争で幕府の降伏と江戸城無血開城に納得せず、上野戦争で明治新政府軍に敗れた悲劇の侍たち「彰義隊」のお墓です。

「上野戦争や彰義隊のことは今まで知らなかった」

「そんな悲しい歴史が上野にあったんですね」

と江戸時代終焉時の志士に思いを馳せて手を合わせました。

その先、上野台の先端には有名な西郷隆盛像があります。意外にも、知っていたけど見るのは初めてという人が多くいました。西郷像は「西郷さんに似ていない」という説があるのですが、西郷さんは写真嫌いだったため、有名な肖像画も弟と従弟の姿を参考にして描かれたものなので、そう言われているようです。西郷像の除幕式で、奥さんが『あれまあ!うちの人はこんなお人ではなかったのに!』と言ったのがことの起こりらしいのですが、奥さんは着流しの姿で兎狩りをしている西郷像の身なりが気に入らなかった、もっときちんとした人だったと言いたかったというのが本当のところのようです。とびラーはみな、この像が兎狩りの様子だということに驚いていました。確かに、のんびりと犬の散歩をしているように見えます。

 

上野のランドマーク、西郷さん像とその周辺を詠んだ探検かるた。彰義隊の墓や、花見のにぎわいも有名です。

 

上野に大仏があるのをご存じでしょうか。天海僧正が、京都や滋賀の風景を見立てて、江戸に再現したもののひとつが大仏です。この大仏は安政年間の地震や、関東大震災などで何度も頭部が落ち、現在では顔面部しかないため、「これ以上落ちない」ということで受験生に人気があります。「合格祈願」の文字が書かれた桜の花の形の絵馬がたくさんかけてあるのを見て、

「お顔だけになってしまってかわいそう。」

「ご利益ありそうだから受験生に教えてあげなくては。」

と知られざる名所にわいていました。

 

顔だけの上野大仏、60年前に寄贈されたトーテムポール、小高い摺鉢山はあまり知られていませんが、約1500年前に築かれた前方後円墳です。驚きの出会いがかるたになりました

 

 

◇上野の洞窟・穴稲荷

外国からの観光客で大変にぎわう、朱塗りの鳥居が並ぶ花園稲荷神社の細い参道は幻想的で、下っていくとどこか違う世界に入っていきそうです。下りた右手に社殿があり、左手の斜面に探検隊の心が騒ぐ秘密の場所、洞窟がありました。鉄格子の扉を開けて中に入るとそこが、寛永寺を建てる際に、天海僧正が住処を失ったきつねを哀れんで掘らせた穴稲荷です。

「まさに秘密の場所ですね。扉の中に入れるとは知らなかった」

「東京の真ん中で、異次元の世界に入る気持ち」

と、どきどきしながら一人ずつ、暗く、ひんやりとした通路をそろそろと進み、薄明りに照らされた祠に、静かに手を合わせてきました。

このあたりの上野台の斜面林は、はるか昔に不忍池が海だった名残で、海岸沿いに育つシイやタブの木が多く見られる環境で、大きな木々が神社を包んでいます。

 

上野には、公園と古い寺社が共にあります。動物園の中にある五重の塔、神秘的な花園稲荷神社、東照宮の巨大なおばけ灯篭と、探検はタイムスリップの連続です

 

花園稲荷神社の鳥居をくぐる

 

 

◇絶景かな清水の舞台

山の上から不忍池を見下ろすように、京都清水寺を見立てて作られたのが清水観音堂です。清水の舞台のすぐ下には、広重の「名所江戸百景」にも描かれた、太い枝をぐるりと輪の形に仕立てた「月見の松」があります。明治の初めに、台風の被害で松は失われてしまったのですが、江戸の風景を復活させようと、2012年に150年ぶりに植えられたものです。輪をのぞくと、下に不忍池の辨天堂がちょうど見え、みんな江戸時代にタイムスリップして、代わるがわるに写真を撮っていました。

桜の名所で有名な上野公園ですが、園内に50種類以上のサクラが植えられており、ソメイヨシノを中心に、早咲きと遅咲きのサクラの花を長い期間楽しめるようになっています。探検を行った2月にも、早咲きのカンザクラの花に、メジロが蜜を吸いにきていて、かわいいしぐさに癒されました。

花の蜜を吸うメジロは人気者。不忍池を見下ろす清水観音堂の月の松。辯天堂の龍の天井画に歴史を感じます 

 

◇弁天島は発見がいっぱい

清水観音堂から階段を下ると不忍池の畔に出ます。不忍池の中央には、琵琶湖の竹生島を模して造られたという島があり、弁財天を祀る弁天堂があります。不忍池の弁天様は、八本の腕のそれぞれの手に煩悩を破壊する武器を持ち、頭上には「宇賀神」という人頭蛇身の神様を乗せています。宇賀神像はお堂の手前にもあり、今年は巳年ということもあり、関心が集まっていました。

お堂の天井には、児玉希望画伯による迫力のある龍の天井画が描かれ、とびラーが集まって拝見していると、誰からともなく対話型鑑賞が始まりそうでした。

弁天堂の周囲には、「ふぐ供養碑」、「魚塚」、「スッポン感謝之塔」「包丁塚」など、様々な供養塔や記念碑がたくさんあります。「めがねの碑」には徳川家康の愛用した眼鏡がかたどられていますし、「暦塚」は日時計になっています。

「徳川家康って眼鏡かけていたの?」

「小学校に日時計があったわ。正確に時間を示しているんですね。」

と、ひとつひとつをじっくり見てまわりながら、誰がいつ、何を思って建てたのか、碑文を読みながら楽しんでいました。

 

弁天池にたくさんある石碑の中でもめがねの碑は大人気。弁天堂の宇賀神様や、池の水源などに関心を寄せたかるたです

 

 

◇上野の自然とパワースポット

弁天島を西に渡ると、左手にスワンボートが浮かぶボート池、右手が上野動物園の区域の鵜池です。水辺には冬を日本で過ごすカモやカモメ、カワウなどがたくさんいて、望遠鏡を使ってバードウォッチングを楽しみました。

「人手が多いのに不忍池にはたくさん野鳥がいるんですね。」

「パンダに似ているかわいいキンクロハジロちゃんの大ファンになりました」

園内には随所に大木があり、丹精を込めて管理された季節の花壇や、所々では「いいにおい!」と花の香りに立ち止まり、普段気づかなかった上野の自然を満喫することができ、

「桜だけじゃないんですね。知らない植物などをもっと知りたいと思った」

「新しい品種の木や、植物の手入れの様子、花といっても知らないことが多かったです。」

という声も聞かれました。

 

不忍池にはたくさんの野鳥が。黒くて大きなカワウや、ポニーテールのキンクロハジロなどに人気が集まり、かるたに描かれていました

 

望遠鏡をのぞいて初めて見る野鳥の美しさを堪能

 

東京都美術館に戻る途中、最後に噴水広場で上野のパワースポットを探しました。駅改札と動物園正門を結ぶ線と、東京国立博物館と桜通りを結ぶ線の交点、上野のおへそです。みんなで下を見ながらうろうろ。

「あった!これだ!」

石の舗装に小さく「+」が刻まれているのを見つけました。

「今後は都美への行き帰りには必ずや秘密のパワースポットでエネルギーchargeすること間違いありません。」

「+印のパワースポットで定期的にエネルギーチャージしたいと思います。」

と、みんなで代わるがわる+印の上に立ち、なんだか足取りも軽く、都美へと帰る探検隊でした。

 

パワースポットの+印

 

 

◇探検を終えたとびラーたちの感想

東京都美術館に戻り探検をふりかえると、みんなそれぞれに印象に残った場所が違い、上野公園の見どころの豊かさを感じました。身近に思っていた上野公園も、みんなで探検することで知らない世界を見つけることができたようです。

「いつも通り過ぎるだけだった場所も、がぜんクッキリと見えてきました」

「上野の奥深さを改めて認識」

「行ったことのないエリア、本当に知らないことばかりで、上野をより知ることができた」

「たくさん発見をしたので、ますます上野公園が身近になりました。」

「今度1人でゆっくり上野公園を回ってみようかなと思います。」

「みなさんといっしょにおしゃべりしながらの探検、楽しい時間でした」

「季節ごとの上野を味わいながら歩いてみることの楽しさを実感」

「銅像から伝統や文化を知り、自然を感じることができた」

「時代毎のニーズなどを踏まえて公園が変化していく様子を知ることができて面白かった」

「みんなと見ると楽しい、ちょっとしたつぶやきから発見が広がりました」

 

3年間、とびラーと上野公園の探検を続けてきました。観察力が鋭く、楽しむことに長けた仲間と歩いていると、少し詳しいつもりになっていた公園に、こんなにも新しい疑問や発見が湧いてくるのかと、わくわくの連続でした。上野公園が奥深いのは、江戸時代から続く様々な人や自然のドラマが集積されているからだと思います。多くの文化施設が集まり、今日もたくさんの人でにぎわうのも、自然の摂理なのかもしれません。とびラーの活動も、この上野公園の歴史の一ページになっていけたらと思いました。

みなさんもぜひ新しい発見を見つけに、上野公園の探検にいらしてください。

 


執筆:とびラー11期 曽我 千文

公園を造ったり管理したりする仕事をしています。公園の中にある大好きな東京都美術館でとびラーとして活動できた3年間は至福の時代でした。公園と美術館という、どちらも幸せの場所で、みんなに幸せになってもらうために歩き続けたいと思います。

 

【とびラボ実施報告】本日開店!とびら堂書店

2025.02.02

執筆:11期とびラー 曽我千文

 

ある一冊の本を読み終わり、「この本はとびラー(東京都美術館アート・コミュニケータ)なら、きっと面白がってくれるんじゃないかな」と思ったのをきっかけに、推しの本をテーマにしてラボを立ち上げました。読書会ではなく、もっと気軽に持ち寄った本を手に取り、交換しあう場を、本屋さんのイメージで形にしました。それが「とびら堂書店」です。
とびら堂書店からは、「いらない本」ではなく「仲間にすすめたい本」を、自分の本棚から選んで持ってきてくださいと呼びかけました。リサイクルではなく、とびラー仲間に渡す本のバトンです。
コンセプトを考える過程でできあがった店の看板には「Gift×Gift ~誰かのもとへ、本の旅~」という言葉を入れました。美術館という非日常の場所での「出会い」や「関わり」の中で、お互いを尊重しあい、新たな価値を生み出していく感覚を、「Gift×Gift」という言葉で、そして、手元に置いておきたいお気に入りの本を、あえて誰かに手渡していくことを、「本の旅」と表現しています。
こうして、2025年2月2日(日)に、とびら堂書店を開店しました。とびらプロジェクトの掲示板で呼びかけたあとに、活動で集まった仲間に紙のちらしを配って呼びかけたりもしましたが、交換できるだけの本が集まるのだろうかと心配でした。開いてみると、とびラーとスタッフ26人から、36冊の本が集まりました。

 

 

テーブルに平置きされた本の表紙に、マスキングテープで貼った図書カードに書かれた「おすすめポイント」からは、とびラーの本への愛、興味関心どころが伝わってきて、今日は本を持ってこれなかった人も、受け取る本を選ぶ人も、熱心に読んでいました。

 

 

ページをめくる姿も真剣です。みんな本が好きなんですね

 

 

【とびら堂書店の当日の流れ】

(ステップ1)「本を集める」

ひとり2冊まで持ってきた本を、記入した図書カードを表紙に貼って出す。

本を出したらチケットを受け取り名前を書く。(2冊なら2枚)

 

(ステップ2)「本を選ぶ」

書店に置かれた本から、欲しい本を選んで自分のチケットを貼る。

 

(ステップ3)「本を受け取る」

選んだ本に貼られたチケットが1枚なら、そのまま本を受け取る。

ふたり以上がチケットを貼っている本は、希望者同士でじゃんけんして受取者を決める。じゃんけんで負けてしまった人は、次の本を選ぶ。2冊出した人は2冊受け取る。

 

本が旅立ちました

 

 

【とびラー来店者の声】

・とびラーに譲る本を選ぶのは楽しかった。

・どんな本と、どんな想いに出会えるのか楽しみだった。

・最近電子書籍にしているので手持ちの本がない。手放せる本がなかった。

・今日は本を持ってこなかったけど、みんなのおすすめの本を見られて面白かった。

・読みたい本がたくさんあった。メモして買うつもり。

・定期的に開店して欲しい。

・書店じゃなくて図書館にしてとびラー同士の情報交換の場にできたらいいな。

・受け取った本は宝物にします。「おすすめポイント」のコメントが嬉しいです。

 

【ラボメンバー書店員の声】

・「おすすめポイント」を書くのが結構むずかしく、本屋さんのポップを見る目が変わりました。私はうまく書けなかったけど、みんなの図書カードはすてきでした。

・原田マハさんの小説のような定番もありながら、多様性に富み、かつ皆どこかとびラーっぽく、それぞれがどの本をだそうか悩んでいる姿が目に浮かぶようなラインナップでした。

・あくまで印象ですが、受け取る本は実用的な本よりも、心象に踏み込むような小説や哲学の本を希望する人が多いと感じました。

・報告用にお取り扱い本の書名リストを作っていたら、ひとつひとつの「おすすめポイント」に心打たれ、みんなにも共有したくなって、急ぎ写真から、ことばを拾いました。

・最初、ラボ掲示板に反応がなく「みんな本には関心がないのかな」と意気消沈しました。とびラーと本との親和性を信じて、図書カード付のちらしを配ったりもするなかで、じわじわと仲間が集まり、当日はとっても素敵な本たちが旅立っていきました。あきらめなくてよかった。

・書店を開きたいと妄想を話したら、速攻で看板を作ってくれた仲間に背中を押してもらいました。コンセプト、イメージカラー、ロゴマークを使うことで、訴求力が高まっていった様子から、デザインの力の大切さを感じました。大人のごっこ遊びのようですが、紺色のエプロンを身に着けることで、書店員としての気持ちも上がりました。

・絵本ラボとコラボレーションして「とびら堂書店絵本館」を開けないか考えています。誰かのもとへ、本の旅!またのご来店をお待ちしています。

 

【本日のお取り扱い書籍リスト】

 

 


執筆:11期とびラー 曽我千文

 

野鳥が好きなので、鳥に関する本は手放さずにコレクションにしています。とびラーになってからアート系の本も増えてきて部屋が大変なことに!憧れの書店員は、仲間の顔を思い浮かべて本を手に取る至福のひと時でした。

 

 

【活動報告】性・ジェンダーとアートコミュニケーションを考えるとびラボ

2025.01.14

 

執筆者:とびラー12期 坂井雄貴

活動期間:2024年2月〜2025年2月
1年間にわたるとびラボでは、10期から13期の延べ70名が参加してくれました。

 


 

 

性・ジェンダーについての”とびラボ”を立ち上げたきっかけ

LGBTQ(性的マイノリティ)は人口の約3〜10%程度と言われており、とても身近な存在です。一方で、社会に性やジェンダーに基づく差別や偏見が根強く残る様子を日々感じながら、こうした差別や偏見の根底には人の価値観があること、そして多様な人たちが社会で混ざり合い、認め合うためには価値観を揺さぶるような「心が動く」経験が必要だと考えました。
とびらプロジェクトでは、美術館は作品を介して人間や社会に関して共に考え、共有し共感する社会装置であると学びます。を通して、性・ジェンダーの視点からも人が多様性に触れ、見たこともない表現に出会い考えを深められる場を作りたいと思い、このとびラボを立ち上げました。

 

 

アートコミュニケーションの場で感じた”性・ジェンダー”

とびらプロジェクトの活動でも、性やジェンダーについて考える機会は多くありました。例えば対話型鑑賞(以下VTS* )のときに、「男性が」「女性が」と人物のジェンダーを指定することがよくあります。当たり前のように共有されているジェンダーの認識は、本当にその場の人たちの間で共有できているのでしょうか?
また、子どもを迎えての鑑賞プログラムでは、子どものジェンダーを尊重して「くん」「ちゃん」と決めつけるのではなく「さん」付けで呼ぶことになっています。私たちは鑑賞の場を作るときに、参加者のジェンダーを尊重するという視点を持てているのでしょうか?
性・ジェンダーは人の生き方の根幹にあるものだからこそ、美術館で行われるアートコミュニケーションの場にも様々な形で現れています。

(* VTS:Visual Thinking Strategiesの略。複数人の対話を通して作品をより深く鑑賞する方法。)

 

 

安心・安全な場のためにーとびラボのグラウンド・ルール

まず、参加するとびラボのメンバーにとって、安心・安全な場になるように、グラウンド・ルールを定めました。大切なのは「とびラボ」だから、失敗してもOK!みんなで考えていきながらルールを変えていくこともOK!としたこと。

 (とびラボミーティングで使用したスライドより)

4回重ねたキックオフおよびブレインストーミングの会では、それぞれが様々な当事者性や問題意識、バックグラウンドや関心のグラデーションがある中で、思いを表現し、仲間の語りをじっくり「きく」時間を持ちました。

・LGBTQという言葉がない時代を長く過ごしてきたため、自分の意識を変えていきたい。
・身近な人にLGBTQの当事者がいる。
・職場でのジェンダーバイアス、男女役割へのモヤモヤを感じる。
・最近話題に上がることが多いLGBTQについて学びたい。
・自分の中に無自覚の差別や偏見があるかもと思い、価値観をアップデートしたい。
・アート業界におけるジェンダーの不均衡への違和感を感じていた(歴史的に著名な作家に男性が多い、絵画のモチーフに裸婦が多いなど)。

関心を持って集まったとびラーが、それぞれ人の意見に呼応して言葉にしたり、自問自答したり。そんな場面がとびラボの中で起こっていました。
その後、実際に3つの活動を通して、性・ジェンダーとアートコミュニケーションについて深めていきました。

 


 

 

◼️鑑賞ピクニック「大吉原展」

2024年3月〜5月に東京藝術大学大学美術館で開催されていた「大吉原展」をグループで鑑賞し、対話を行いました。
江戸時代の一大遊郭「吉原」の文化を扱うこの企画展では、広報について「女性が性的に搾取されていた歴史への配慮が不足しているのではないか」との議論があり、開催前にタイトルや広報について一部変更がなされるということがありました。

対話では、次のような意見がありました。
・吉原が持つ二面性(人権侵害・性売買という負の側面と、文化の拠点としてのポジティブな側面)について、アート作品の扱い方や展示はどうあるべきなのか。
・鑑賞者は当時を考える上で誰の立場として鑑賞するのか(遊女の視点、客や訪問者など)。
・吉原の作品に多くある浮世絵の美人画は画一的な描かれ方だと感じた。
・江戸時代に、人権=一人一人の人間にフォーカスを当てる考え方がなかったことを、作品を通して感じた。

性・ジェンダーというテーマを意識してグループで鑑賞することで、作品そのものはもちろん、美術館という場の展示や広報のあり方にも意識を向けることができた時間でした。

 


 

 

◼️クィア・アートでVTS

LGBTQの「Q」=「queer(クィア)」は、もともと「奇妙な」「変な」といった意味があり、もともとは同性愛者の蔑称として差別用語として使用されていましたが、LGBTQの当事者運動の中で、性的マイノリティのアイデンティティを広く指す言葉として使用されるようになりました。
今回は、クィア(社会における多数派の性規範に一致しないこと)をテーマで扱った作品、あるいは広く性・ジェンダーをテーマとして鑑賞できる作品を”クィア・アート”として捉え、VTSを通して考えを深める時間を持ちました。

その後、性・ジェンダーラボでのVTSだから意識したこと(できたこと・できなかったこと)ってなんだろう?という点を議論しました。

・言葉に気を遣った(人物について、男性なのか、女性なのか、それはどこからどう感じたのかを意識するようになった)。
・男性、女性と言ってはいけないわけではないはずなのに、どう言葉にしたらいいかわからない感覚があった。
・ファシリテーションでは、描かれている人物の年齢や性別を決めつけてしまわないように意識した。決めつけると鑑賞者の見方を狭めてしまうが、カテゴライズすることのわかりやすさとのバランスも大切だと思った。
・男性、女性と決めつけないために「男性のようにみえる人」「白い服を着ている人」といった表現をしていた。
・とびラボの場を安心できる場所にしたいという思いがあるから、慎重になるのかもしれない。

VTSを通して、自分の考えを表現する「言葉」(自分はなにを伝えたい?その言葉は相手にどう伝わる?)に意識を強く向ける、そんな経験を多くのとびラーがしていました。
また、この人は男性?女性?どちらでもない?どこからそう思うのか?そもそも男性か女性かをどうして知りたいのか?性別を知ることで、ジェンダーに紐づいて共有していると思っている価値観や経験ってなんだろう?そうしたことに思いを馳せることができた時間でした。

 


 

 

◼️読書会「アートとフェミニズム」

村上由鶴著「アートとフェミニズムは誰のもの?」を読み、深めるオンライン読書会を開催しました。

現代アートではフェミニズムをテーマにした作品が多くありますが、「フェミニズム」と聞くと怖い、とっつきにくい、男性を敵視している、といったイメージが語られてしまうことがあります。とびラーとして、まずアートとフェミニズムについての理解を深めたいと思い企画した読書会でした。
それぞれのアートとフェミニズムに関する美術館での鑑賞体験について共有し、モチーフとしての女性、男性の違いなどについて議論をする中で、様々な意見が出ました。

・フェミニズムについて伝える方法としてなぜアートが選ばれるのか?言葉で理解するのではなくアートをみることは、体験として五感に訴えるものが強くなると感じた。
・鑑賞という体験では、一緒に何かを感じている人の存在にも意味がある。作品そのものだけではなく、その場所や環境に身を置き、参加することで得られる感覚がある。
・依然男性の力が強いことが多い社会で、フェミニズムは女性が人間としてどう存在するのかを考えることだと感じた。
・社会に根付いている「みる男性、みられる女性」という構造的なものを改めて感じた。
・性に関する視点について、自覚せずに生きている部分があった。自分が考えていたこと、感じていたことを思い出してみようと思った。

 


 

 

◼️最後に・・・性・ジェンダーをテーマにしたとびラボを通して

解散回(とびラボの最終回)では、合計8回のとびラボを重ねる中で、「性・ジェンダーなど時に対立を生みやすくセンシティブなテーマを扱うとき、安全な場とはどんな場だろうか? 場づくりに必要なことはなんだろうか?」というテーマで話し合い、さまざまな意見を交わしました。

・安全な場とは、何かがわかる場ではなく、わからなくてもよいと言える・感じられる場であること。
・ことばの主観と客観の違いに敏感であることが大切。日常では混ざっていて、主観をあたかも客観=共通の認識のように扱ってしまうことが多い。本当に共通の認識かを疑い続けて、場に問いかけていきたい。
・新しい価値観や見方との出会いや対話の場をデザインするアートコミュニケーションは、社会的マイノリティの公共性につながる社会的資源を育む活動につながっていくと感じた。

とびラーは、とびらプロジェクトの任期中、そして任期を満了した後にもアートコミュニケーションを通して、人と人、人とアートのつながりを作るハブになっていきます。このとびラボを通して、年齢やバックグラウンド、性のあり方も様々なとびラーと対話を重ねました。
とびらプロジェクトというコミュニティが、社会では時にセンシティブに扱われながらも人の生き方の中核をなす「性・ジェンダー」というテーマについてフレンドリーであること。そしてアートを通して、センシティブなテーマでも安心して話し合える場づくりができること。そんな未来の社会資源に繋がっていくような、種まきになったと感じられたとびラボでした。

 


 

 

執筆者:とびラー12期 坂井雄貴

とびラボの軌跡を振り返りながら、改めてアートや対話の場が持つ力を感じました。様々なバックグラウンドを持つとびラーは、社会の写し鏡でもあります。アートコミュニケーションの楽しさや可能性を多くの方に知っていただき、共に生きる多様な人たちにとってより優しい社会の実現につながっていくことを願っています。

 

 

 

【開催報告】おしゃべり鑑賞会

2024.12.20

一緒に畳にこしかけて
~上野アーティストプロジェクト2024「ノスタルジア―記憶のなかの景色」~

 

執筆:11期とびラー 曽我千文

 

おしゃべりしながらノスタルジア展

2024年11月16日から2025年1月8日まで東京都美術館で行われた、「上野アーティストプロジェクト2024 ノスタルジア―記憶のなかの景色」(以下「ノスタルジア展」)で、私たちとびラー(東京都美術館アート・コミュニケータ)は、「おしゃべり鑑賞会」を行いました。普段は静かに鑑賞している展覧会で、初めて出会った人や世代の違う人とお話をしながら鑑賞する楽しさ、ひとりでみるのでは得られない視点の広がりを体験していただこうと思ったからです。

あわせて、「ノルタルジア―記憶の中の景色」をテーマにしたこの展覧会の作品を通じて、ご自身の中にしまわれていた想い、過ぎ去った時代を懐かしむノスタルジアと向き合い、出会った人との対話により生まれる、新たな感情を味わうことで、豊かなひとときを過ごしていただけたらと考えました。

 

■あらかじめじっくりみる作品を選ぶ

ノスタルジア展で展示されている8人の作家による作品の中から、グループに分かれてじっくりみる作品を、あらかじめとびラーたちで考えて選びました。まず、4グループで各2点、計8点の作品を、8人の作家の作品からひとつずつ選んで鑑賞することとしました。  

次に私たちは、8名の作家の作品を、鑑賞者にどこか懐かしい風景だなと思わせる作品を「ノスタルジー系」、実在するとは思えない不思議な世界を描いた「ファンタジー系」と名付けて2つに分けました。ひとつめの作品では、参加者のみなさんがお話ししやすいように、どちらかというと、個人の思い出と接点を見つけやすい「ノスタルジー系」を、2つ目の作品では「ファンタジー系」の不思議な世界から、自由に話題を膨らませていただけるようにと考えました。その上で、展示室内でグループの鑑賞ルートが交錯しないか、他の来館者のご迷惑にならない位置にあるか、鑑賞を言葉にして伝えやすい要素の多寡や、二作品の関係性など、準備のための打ち合わせやリハーサルをやりながら、様々な視点で検討して決めていきました。

ノスタルジア展が始まる2か月ほど前に、東京都美術館の担当学芸員の方が開いてくださった事前勉強会で、作家の紹介やどのような作品が出展されるのかの情報をうかがいました。その世界に惹かれたことが、おしゃべり鑑賞会をやりたいと思うきっかけになりましたが、ラボで準備を進めていても、会期前には具体的にどのような作品があるのか分かりません。そのため、待ちわびた会期初日には、どんな作品と出会えるのだろう、どの作品を「おしゃべり鑑賞会」で見たら話が弾むだろうと、わくわくしながら会場に入りました。「どの絵を選ぼうか?」と前のめりになっていたとびラーたちに、とびらプロジェクトスタッフからいただいた「まずは、作品との最初の出会いを大切にしてくださいね。展覧会を楽しんで!」とのアドバイスにはっとさせられました。対話型鑑賞のやりやすさ、グループが絵の前に立つための展示場所の広さや位置などを考慮して、作品を「選ぶ」気持ちで展覧会に臨もうとしていたことに気が付き、作品に対して申し訳ない気持ちになりました。まずはひとつひとつの作品に向き合い、作家の心に思いを馳せ、素直に鑑賞して展覧会を楽しむことの大切さを再認識しました。それは、おしゃべり鑑賞会に来て下さる参加者みなさんに、ご一緒に体験していただきたいことでもあったのです。

 

■会場をみんなでお散歩

「おしゃべり鑑賞会」を行ったのは、12月20日の金曜日。東京都美術館の2024年の最後の開館日でした。集まってくださった参加者は事前にお申込みいただいた14名のみなさん。ギャラリー入口であらかじめ入場券をお求めいただいた方から受け付けし、3人から4人の4つのグループに分かれていただきました。

 

会場受付 参加者が集まってきました

 

ノスタルジア展は8人の作家による作品を、地下2階と地下3階のギャラリーで展示していました。はじめに、散歩をするように会場をひととおり歩いて見てまわりました。短い時間ですが、展覧会全体の雰囲気をつかんでいただくことと、「おしゃべり鑑賞会」が終わった後にも、ひとりでじっくり見るために気になる作品を見つけていただくことが目的です。

作家ごとにまとめられた展示では、それぞれの作風が鮮やかに主張されていて、歩きながら世界旅行をしているようです。参加者には、ご自身で感じる思いを大切にしていただくために、ファシリテータから説明や印象などは伝えずに、みんなで会場の雰囲気を味わうことを意識しました。

 

 

■グループで鑑賞する

グループ鑑賞は、ひとつの作品の前で足を止め、ファシリテータが「みなさんで、この作品をじっくり楽しみたいと思います。」と声をおかけして始めました。まず作品を、各自が自由に、近づいたり離れたりしながらじっくりと見ます。横長の大きな作品では、歩いて見る位置を変えるなどして、丁寧に味わっていただきました。そのあと全員が集まって、感じたことや、気づいたことを一人ずつ話して共有していくのですが、ここでは一緒に鑑賞している方の発言をよく聞いていただくことが大切です。一人の参加者がお話しするたびに、自分では気づかなかった発見を知り、「ほぉーっ」とため息がでたり、感じたことに同感して瞳を輝かせたり、自分の感想とはまた違う視点に「なるほど」と大きくうなずく姿が見られ、他の人の感想への共感によって、グループの中で、ひとつの作品に対する新たな視点や共通の見解が、どんどん広がっていきました。

 

 

■リラックス・スペースでおしゃべりタイム

2作品のグループ鑑賞を終えた時には、全員が旧知の仲のように打ち解けて、会話も弾む様子に、鑑賞を共に分かち合う場の力を感じました。

本展会場では、吹き抜けの天井を持つ広いフロアの真ん中に、八畳間ほどの畳敷きの休憩スペースが用意されていました。畳は触れるとほんのり温かく、腰かけてもよし、靴を脱いで上がってもよしのリラックス・スペースです。展覧会が始まる前のとびラー向け事前勉強会で、担当学芸員の方から「くつろぎながら鑑賞できるように、会場に大きな畳敷きのリラックス・スペースを作ります。」とうかがっていた私たちは、絶対この場所を楽しんでいただかなくてはと張り切り、鑑賞の体験をここで語りあおうと、「おしゃべりタイム」を用意していました。広さの関係から、2つのグループにリラックス・スペースを使っていただき、もう2つのグループにはそれぞれ見た絵のそばのベンチに座っていただきましたが、どのグループものんびりと、ノスタルジア展ならではの時間を過ごしていただけたようです。

 

リラックス・スペースでおしゃべり

 

あるグループでは、鑑賞後のおしゃべりタイムで、ファシリテータから2つの問いかけをしました。1つ目の「どんな時間でしたか?」の問いには、

「1人で見ると1つの考えしか持てないけど他の方の言葉を聞けて発見があった」

「2作品が対象的でメリハリがあって楽しかった」

「絵をみる醍醐味を味わった感じ」

「見た時に生まれるモヤモヤする気持ちを、一緒に見た人と共有できて安心できた」

という感想がありました。

2つ目の「ノスタルジアを感じましたか?」の問いに対しては、

「川の絵を見て、実家の近くに川が流れていて水の音に癒されていたと改めて感じた」

「描かれた場所を知っており、見慣れていた風景だとわかった」

「2作品目は原体験からアジアやルーツを表しているみたい」

という言葉があり、それぞれの思い出を想起したり、作家のノスタルジアに思いを寄せたりしたというお話をうかがうことができました。

 

おしゃべりタイムも楽しく

 

 

 

 

もうひとつのグループは、それぞれ友人同士の世代の違う2組でしたが、4人の息がとっても合い、「世代の違う方から違った視点での鑑賞ができてとても楽しかった」という声をいただきました。鑑賞会が終わり解散してからも、しばらく4人で仲よく絵を見ている姿が印象的でした。高校生からは、「今まで、展覧会で感想を話す人の声をうるさいと思っていたけれど、これからは何と話しているのか聞いてみようと感じられるようになりました。」という心の変化もうかがうことができました。

 

■いただいた感想から

終了後のアンケートからは、14名の方全員から、参加して「とても満足」とのお答えをいただきました。たくさんの方が印象に残ったことに、「初めて会った人との鑑賞」をあげており、その理由として、

「自分が見ていなかったこと、気づかなかったこと等おしゃべりしながら見つけられて嬉しい」

「いろいろな見方や感覚・視点があることを実感して面白かった。絵画を通じたコミュニケーションで、初対面の相手でもその人の深い部分を知れたようで新鮮な感覚だった」

「1人でみるより何倍も楽しかった。皆さんの視点で想像力がふくらんでいくいのが、これまでにない経験でした。」

というような感想が寄せられています。

 「美術館って、黙って作品を見なくちゃいけないところだと思っていました。」

この言葉が教えてくれるように、おしゃべりをしながら絵を鑑賞する初めての体験を、みなさん新たな美術館の楽しみ方として手ごたえを感じていただけたようです。

みんなで鑑賞することで、今までになく作品をじっくり観察し、発見や思いを言葉にして伝えることで、自分の感情や、新たな価値観に気づくことができたのではないでしょうか。そして、一緒に見る方の視点を理解することで、さらに鑑賞が深まっていきました。私たちとびラーも、何度同じ絵を見ても、一緒に見る人によって新たな気づきや感動が生まれる「おしゃべり鑑賞」の楽しさに憑りつかれています。また、ぜひとびラーと一緒に展覧会を楽しんでいただければ嬉しく思います。

 


執筆:11期とびラー 曽我千文

 

以前は美術館も映画も独りでみていました。とびラーになり、仲間や初めて会う方と、発見や心の動きを分かち合って作品をみると、その時々で輝きや形が変わる虹のような魅力があることを知りました。 

 

 

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